3.人の耳の聞こえ方


 人の耳は、物理的に同じものでも全てをきっちりと均等に感じるのではなく、音の強さ、音の高さ、音の質、それぞれにある感じ方の特性を持っています。これらは聴覚の特性として、音響心理学という分野で研究が進められています。ここではそのうちのごく導入部分をご紹介しましょう。
聴覚の各種弁別閾
専門書によれば、「差を検知できる確率が1/2となる強度差」のことを「弁別閾」と定義する、とあります。「弁別閾が小さい」ということは「差に敏感になる」ということです。聴覚に関する主な弁別閾としては以下の2つがあります。

  • 音の強さの弁別閾
  • 音の高さ(周波数)の弁別閾
    どちらも一般に以下のような傾向があります。
  • 音量が大きいほど弁別閾は小さい。
  • 2KHz付近を中心に最も弁別閾が小さい。
  • 強さや周波数の変化の周期としては3Hzあたりが最も弁別閾が小さい。
    音量感の周波数特性
     音の高さ(成分的な意味も含む)により音量の感じ方がどう変わるかが「音量感の周波数特性」で、それを調べた結果が右グラフのラウドネス曲線です。音量感の単位はdB(デシベル、詳細説明は略)というものを使います。右グラフは以下のように読みます。
  • 人が感覚的にxxxdBと感じる音量を実現するにはその時の音の周波数(横軸)に応じて"Feeling xxx"の曲線で示された物理音量(縦軸)が必要となる。
     例えば人が0dBと感じる音量は"Feeling 0"の曲線で示されますので、周波数100Hzならば物理音量は約40dB、1000Hzならば約0dBが必要となります。

     大まかな傾向としては、特に500Hz以下の低域で、周波数が低くなるほど、また物理音量が小さくなるほど、音が聞こえにくくなる、ということがわかります。オーディオ・アンプに付いているラウドネス・コントロールとは、物理音量が小さい時の低域と高域の聞こえにくさを、物理音量が大きい時並みに補う機能です。ちなみに、人間が最も敏感に感じる周波数帯域は、赤ん坊の泣き声の最も強い周波数成分と一致する、ということを聞いたことがあります。



  • 「聴覚と音声/電子通信学会」より

    ピッチ感覚
     実際に周波数は物理的に正しい設定であるにも関わらず、音量の変化によって音が高く、あるいは低く聞こえる現象を総じて「ピッチ感覚」と言います。ピッチ感覚には一般に以下のような傾向があります。
  • 周波数の低い音ほど音量の上昇とともに、より低く感じる。
  • 周波数の高い音では逆に音量の上昇とともに、より高く感じる。
  • 倍音が多く含まれる音では、その効果は大幅に減少する。
    電子楽器での例としては、昔の電子オルガン(エレクトーンなど)の倍音の少ない16フィート・フルート・ベース音が、ピッチがズレた感じがする、という指摘が良くありました(最近の機種ではこの種の音色そのものがなくなりました)。このズレを楽器の側で補正することは現在の技術では不可能です。これは聴く側の一種の錯覚であるためで、以下のように説明すればおわかりいただけるでしょうか。
  • 6畳の部屋で、電子オルガンの16フィート・フルート・ベース音を、音量最大で発音させると、音量感はものすごく大きく、したがってピッチ・ズレ感も大きい。
  • しかし同条件の音を、学校の体育館ほどの建物内で、エレクトーンから離れた所で聞いたならば、音量感は6畳の部屋ほどには感じないため、ピッチ・ズレ感も減少する。
  • ピッチ・ズレ感が大きい場合でも、ベース以外の(電子オルガンでいうと上下鍵盤の)音が加わると、倍音が加わったのと同じことになり、ベース音を単独で聞いた場合ほどにはピッチ・ズレが気にならない。
     以上の理由により、電子オルガンの音量設定のみを見てベース音のピッチ補正をするわけには行かないのです。
    マスキング
     ある刺激が、他の刺激の存在によって、その認知度を低下させる現象で、聴覚以外の感覚でも起こる効果です。下のグラフは800Hzの純音(倍音を持たない音、つまり正弦波)によるマスキング曲線で、800Hzの音が100dBの音量で鳴っている時は、他の周波数の音は「100」と記された一番上の曲線で示される分だけ減衰して聞こえる、また曲線以下の音量の音は聞こえなくなる、というものです。
     グラフからもわかる一般的傾向としては、以下のような特徴があります。
  • 高域側はマスクしやすいが、低域側はマスクしにくい。
  • マスクする音の音量が上がると、マスクする範囲・マスキング量(他の音を減衰させる量)共に増加する。
  • 近接した周波数ほどマスクされやすいが、あまり近いとビート(差の周波数による「うなり」)が顕著になり、かえってマスキング量は減少する。
  • 倍音を含む音では倍音成分同士でもマスキング効果が発生する。
    専門書を見ると、この他にも様々な種類のマスキング効果に関する記述があります。デジタル・オーディオの世界で、この効果を利用してデータの削減をしたのが、カセットテープに取って代わりつつあるMini Disk(通称MD)や、インターネット音楽配信の主流となったMP3方式です。
    合唱では子音が母音にマスキングされる、という現象が起きるので、合唱で歌う時は独唱の時以上に子音をはっきり発音する、またパート内あるいは全パートで子音の発音タイミングを揃える工夫が必要となります。

  • 「聴覚と音声/電子通信学会」より