4.オーケストラ
バッハの音楽を演奏する合唱団の演奏会では、オーケストラと一緒に上演する機会が多いので、J.S.バッハの音楽で使用される楽器をひと通りご紹介しましょう。「オーケストラ」は「管弦楽団」と訳されるように、まさに管楽器と弦楽器が集まっています。
弦楽器
まずは弦を弓で擦る楽器ですが、高音域楽器より順にヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの4種類があります。弦楽器の音は高い倍音まで出るので、低音楽器でも明るい音質ですが、弦楽器単体の音量は管楽器に比べると(特に高音域楽器ほど)弱いので、複数で同じパートを弾くことにより音量を補います。したがって合唱をオーケストラに例えるならば、弦楽器群が最も近いでしょう。音楽によっては器楽が合唱パートを重複して演奏することがありますが、その時の弦楽器の対応はたいていは以下のようになります。ソプラノ 第1ヴァイオリン
アルト 第2ヴァイオリン
テノール ヴィオラ
バス チェロ+コントラバス(チェロのオクターヴ下)
この他に弓で弦を擦る楽器としてはヴィオラ・ダモーレ(愛のヴィオラ)、ヴィオラ・ダ・ガンバ(足で支えるヴィオラ)などが登場しますが、音量が更に小さいので、声楽曲では独唱の伴奏向きです。ちなみに普通のヴィオラは元はヴィオラ・ダ・ブラッチョ(腕で支えるヴィオラ)と言い、ドイツ語名「ブラッツェン(Bratschen)」に名残りをとどめています。また弦を弾く楽器としてはギターの親戚のリュート、また鍵盤楽器のチェンバロなどがあります。
木管楽器
J.S.バッハの音楽に登場する木管楽器はフルート系とダブルリード系の2種類のみです。
フルート系 空気の振動のみで発音します。オーケストラの楽器の中では倍音が少なく、また基本周波数成分が強いため、柔らかな音が出ます。
- ブロックフレーテ J.S.バッハの音楽ではソプラノ・タイプがしばしば登場します。現在のリコーダーのことで、音質もほぼ同じです。
- 横型フルート 現在のフルートに相当します。現在のフルートは(今の)オーボエよりも大きな音が出ますが、当時の横型フルートは、今日のものより倍音成分が少ないため音質が暗く、音量も(当時の)オーボエより弱いものでした。
ダブルリード系 空気振動を起こすリードが2枚あることからこの言い方があります。発音の仕組としては人の声に最も近いのではないでしょうか。いずれも管による独特の共鳴があるため、弦楽器よりは痩せて癖のある音が出ます。クラリネットなどのようなシングルリード系の木管楽器はJ.S.バッハ存命時にはまだありませんでした。
- オーボエ フランス語で「高い木=高音が出る木管楽器」という意味の言葉が語源で、これは低音楽器バスーンに対応した言い方です。当時のオーボエは、今日のものよりも音量の変化幅とそれに伴う音質の変化が大きく、特に強い方ではかなり野性的な音色が出ます。オーボエ属で、より低音が出る楽器としてはオーボエ・ダモーレ(愛のオーボエ)、オーボエ・ダ・カッチャ(狩りのオーボエ、今日はイングリッシュ・ホルンで代用)などがあります。
*ダブルリード系の木管楽器は音の高さや良い音質を保ちにくいため、演奏の習得が難しいそうです。一方でオーボエは楽器の構造上、正しい高さと良い音質で発音する時の音の高さを(例えばA=440Hzを442Hzに)変えるのが、管弦楽器の中では最も手間がかかるため、チューニングの際はやむを得ず他の楽器がオーボエにピッチを合わせます。ところが最近では小型の電子ピッチメーターが普及して、オーボエ奏者はチューニング時の音をこのピッチメーターを見て調整しながら音を出すため、オーボエの音にピッチを合わせたにもかかわらず、演奏中にオーボエの音が外れる、ということが起きる場合があります。
- ファゴット 語源はイタリア語で「束」という名の通り、長い管が折れ曲がって束になっています。英語・仏語では「バスーン」と言います。今日のファゴットは倍音が強いため明るい音質で、TVアニメのコミカルな場面に使われたりしますが、当時のファゴットの音質は低音楽器と呼ぶに相応しい暗目の落ち着いたものです。
木管楽器群の合唱との対応は、たいていは以下のようになります。
ソプラノ オーボエ(・ダモーレの場合も)、フルート
アルト オーボエ(・ダモーレまたは・ダ・カッチャの場合も)
テノール オーボエ・ダ・カッチャ、フルート(ヴィオラと共にその1または2オクターヴ上)
バス ファゴット
鍵盤楽器ですが発音原理が木管楽器と同様なものに、オルガンが挙げられます。
金管楽器
人の唇を振動源とするためリップリード楽器という言い方もあります。音の倍音構成的にも遠くまで届く質の音が出るため、通信手段としても使われました。
トランペット 現在のものよりは音質が暗く音量は弱く、小型で高音を出すのに適していましたが、音の高さを変えるためのピストンやバルブがないため、その演奏は大変難しく、トランペットの名手は高給取りだったそうです。J.S.バッハの音楽ではトランペット3本とティンパニがセットで用いられることが多く、主に以下のような役割り分担となります。
第1トランペット 最も華やかな旋律を担当。
第2トランペット 第1トランペットの旋律の下側に調和旋律を添える。
第3トランペット ティンパニと同じリズムで動き、和声を補う。
ティンパニ 打楽器ですがトランペットとセットで使われるのでここに記します。音の高さを変えるには革の張り具合をネジで変えるのみで、まだペダルで変える仕組はありません。たいてい2個1組で使用します。現代楽器よりもかなり野性的な音がします。
コルノ・ダ・カッチャ(狩りのホルン) コルノとはイタリア語でホルンのことで、獣の角(一角獣は「ユニコーン」)を角笛として使用したことに由来します。これも現在のものよりは小型で高音を出すのに適していましたが、やはり音の高さを変えるバルブがないため、演奏は難しいものでした。J.S.バッハの音楽では2本セットで用いられることが多いです。
トロンボーン 現代楽器と仕組的には最も変化が少ない楽器ですが、やはり当時の楽器の方が音質が柔らかでした。J.S.バッハの音楽では、独奏として用いられるよりは、合唱パートの補強などに用いられることが多いようです。
楽器の並び方
様々な並び方がありますが、客席に近い順にまず音量の少ない弦楽器群、次に木管楽器群、そして一番奥に最も音量の出る金管楽器群というのが一般的です。また各楽器群の中では高音楽器ほど左側に置かれます。これはヴァイオリンの音の出口となるf字孔を客席側に向かせるためですが、もうひとつの理由として、音楽を聴く耳が左耳であることが既に経験上わかっていたのではないか、という説もあります。
おまけ:合唱のパート名
必ずしも合唱のみに使われるわけではありませんが、意味を知っておくのもひとつの雑学かと思うのでご紹介します。語源は全てイタリア語で...
ソプラノ soprano: 英語で言うなら"super (超)"
アルト alto: 「高い」という意味です。英語では"high"ですが、高度を"altitude"というのはこの名残でしょう。ソプラノは「超高い」ということなのでしょう。
テノール tenore: 「中位の」という意味です。
バス basso: 「低い」という意味で、これが英語化したのが"bass"、なので低音部という意味では"base"と書くのは間違いです。