第一話
『人権を奪われた者』
('04/07/27改訂)
決意を秘めた瞳、思いを紡ぐ唇、そして、理想を現実に変える両手、明日を探すための両足。私に宿る無限の可能性。志は高く、天に向かい拳を突き出す。私
は生きてるんだ
慌しい雰囲気の中、人が行き交う。殺気立ち、怒号が飛び交う。夏でもないのに熱気が満ちている。油のにおい、鉄屑のにおい、汗のにおい。ただそこにいる
だけで、倒れそうになる。もう、たくさんだ。そう叫びたくなる。だが誰も叫ばない。なぜか。主役ではないからだ。米国艦隊壊滅とともに飛び込んできた怪物
の襲来の知らせ。そして、とうとう発せられた出撃命令。卒倒しそうになる緊張の中で、整備班長ロバートは声を張り上げる。
「確実に作業をこなせ!人の命がかかってんだから!そしてテキパキ終わらせな!敵さんは上陸寸前なんだからなぁ」
人が右往左往する中、厳しい台詞で整備班の連中のケツをたたく。ふと時計を見ると出撃命令が下ってから8分も経過していた。
『これじゃあ、気付いたときには全滅だな。情けない』
油まみれの手袋でかまわず汗をぬぐう。部下達の体たらくにため息が漏れた。
『ボクたちは主役じゃない、脇役でしかないんだ。はやく主役を出さないと』
傍らのモニターに視線を移す。そこには舞台に早々に上がるべき主役たちが映し出されていた。
「ふぃぃー」
間延びした欠伸ともため息とも取れる声が響く。
「あーあ、退屈退屈ぅー。どぉせやらなきゃならないならサッサと片付けたいね。」
少女の声だった。場の雰囲気を完全に無視したお気楽な台詞だ。
「海戈斗」
少女の行為をたしなめる声が響いた。やさしそうな少年の声だった。
「なぁに?コウ」
たしなめられたことに全く気づかず海戈斗と呼ばれた少女は聞き返した。
「なぁにって....、今はそんなときじゃないだろ」
コウと呼ばれた少年がこたえる。
「わかってる。そんなことぐらい」
少女は冷静に言い返す。
「ほんとにわかってるよ。それぐらい....」
そして、にっこりと微笑んだ。
「だけど、ここに押し込められて10分はたったよね。一刻を争うのになぁ。どうなってんだろ?」
その質問に別の声がこたえた。
「訓練のつもりが本番になっちまったんだ。慌てるのは仕方がないだろ。でも、海戈斗も耕一も緊張してないのか?初めての実戦なんだぜ!」
少しキーの高い、繊細そうな少年の声だった。そして、僅かながらうわずっていた。
「サッちゃんも腹をくくることだね!もう、後戻りはできないんだから」
「緊張しても仕方がないと思ってるだけ。まぁ、ただの開き直り」
二人が同時に応えた。そのとき、ブザーが鳴り男の声が割り込んだ。
「海戈斗、耕一、沙月、もうすぐ準備は終わる。無駄話はそれくらいにしておけ!」
司令からの厳しい言葉だった。
ロバートはモニターから視線を戻し、部下達の迷活躍を見つめる。そして部下達が悪戦苦闘するモノを見つめる。特殊機甲兵器クォルフス。そいつはそう命名
されている。三つの飛行機が組み合わせを変えることで、六つの形態に合体可能な万能強襲人型決戦兵器。今は分離状態(隼フォーム)で出撃を待ちわびてい
る。
『アメリカ海軍を潰すような化け物に対抗できるのは、化け物のこいつだけだろうな。だが....』
またモニターに視線を移す。
『パイロット次第だな。所詮、脇役にできることはたかが知れてる。頼むよ、主役は君達なんだからな!』
部下達は右往左往している割には作業が捗らず、まだまだかかりそうだった。
海戈斗と耕一と沙月。いや、源
海戈斗と高畑耕一と松永沙月は一ヶ月前まで赤の他人だった。共通点といえば武道のたしなみがあることと、高校生であり同い年であることくらいだ。だが、彼
らは知りあった。それは語弊のある表現だろう。彼らはそれを望んでいなかったからだ。運命とあきらめざるを得ない力で彼らは知り合い、そして明日をも知れ
ぬ境遇にともに身をおくことになった。生きるためには戦うしかない。今まで意識したことがなかった自分の命と他人の命。平和に慣れ、抜け出せなくなった者
達の代わりに戦うことを運命付けられたのだ。
海戈斗は深呼吸をした。胸の高鳴りを押さえようとする。もう後戻りはできない。ただ突き進むのみだ。
「ミカド、コウイチ、サツキ。整備がもうすぐ終わる。待たせたね」
機体のモニターに整備班長のロバートの顔が映し出された。
「遅かったな」
「待ちくたびれちゃった」
「ふぅー」
パイロット三人がロバートに応えた。
「気楽に、気負わずに、いつもどおりに頑張ってこいよ」
「死にたくないからな」
「当たり前でしょ」
そのときロバートの部下が、ロバートに整備完了を報告した。ロバートはモニターを通してパイロット3人を見つめる。
「Are You ready?」
「YEAH !」
「YEAH !」
「YEAH !」
ロバートの台詞に三人は満面の笑みで親指を立てて答えた。
「御武運を」
ロバートは敬礼するとモニターから消えた。
三体の飛行機が滑走路に押し出されていく。右端から海戈斗の乗る一号機、耕一の乗る二号機、沙月の乗る三号機。整備班はロバートを先頭に敬礼をもってそ
れを見送る。
「発進準備開始します」
「オリトロン=パワード始動」
「回転数...30....42...76....」
「天候、風向き全て予想範囲内です」
「回転数、基準値に到達しました」
オペレーター達が矢継ぎ早に報告している。
「海戈斗、耕一、沙月。覚悟はいいな」
特殊機甲団司令、荒原恵一が海戈斗たちに声をかけた。三人は無言でうなずく。
『はじまるのか。とうとう。』
荒原は唾を飲み込む。そして周りを見回す。準備は完了し、命令を待つばかりだ。
「クォルフス出撃!知多半島沖に出没した敵機を殲滅せよ」
荒原は命じた。戦いは、海戈斗たちの戦いは今始まった。舞台に主役が踊り出たのだ。
大空へ向け飛び立った三機の飛行機。一路、知多半島を目指す。夕日を背に飛び立った機体は紅に染まる。
「さぁて、いくよ!準備はいいね、コウ、沙月!」
「当たり前だろ!」
「聞くまでもないな」
モニターを通して互いの顔を見合わせることにより意思の疎通を図る。海戈斗は覚悟を決め唇を僅かに噛締める。沙月は汗ばむ手で操縦桿をきつく握り締め
る。耕一は気を落ち着かせるために深呼吸をした。
「フォームチェーンジ!翼皇(ウィーング)!!」
一号機、二号機、三号機の順に並び、合体しクォルフスは人型を成した。第一形態の翼皇だ。
「さぁて、遅れを取り戻さなきゃね!」
翼皇は翼を広げ飛び立った。真っ赤な太陽に背を向けて。
司令室は奇妙な静けさが包んでいた。司令の荒原以外は顔の表情が暗く青ざめている。
『初めての実戦だからな。無理もないか。整備の連中があの調子だから、ここの連中も当てにはできんな。』
荒原は心の中でつぶやく。結局、整備班の遅れにより12分も時間を失った。そして目の前にいる連中も、顔が青ざめ仕事は十分にできそうにない。戦場とい
うものを経験したことのある荒原にとって、ここの連中の体たらくは目を被いたくなるものがあった。兵士であるのにかかわらず、自分への甘さが抜けきってい
ない。荒原は殴りつけたくなる衝動を必死に押さえた。
『まぁ、後方支援といっても何もできんからな。あいつらに任すしかない。』
荒原は自嘲の笑みを浮かべる。そのとき、司令室のドアが開き一人の男が入ってきた。整備班長のロバートだった。
「ロバート!ここは君の持ち場ではない!」
「司令に提案があります。ボクをここにいさせて下さい」
「なぜだ?」
「初めての出撃のため、パイロット達がパニックに陥る可能性があります。彼らはまだ操縦の技術面で手一杯で、メカニックについての知識が不足しています。
とっさの対処はできないでしょう。ですが、ボクならば例えクォルフスのネジ一本についてでも対処できます!」
ロバートは荒原をにらみつけるように見つめる。また荒原もロバートをにらみつけている。
「いいだろう。許可しよう」
「ありがとうございます。司令!」
「邪魔をせんようにな」
「わかりました」
荒原はモニターに視線を戻した。司令室の静けさがほんの少し和らいだ。
『少しは骨のある奴がいるようだ。まぁ、少しでは困るんだが。これでちっとはまともな支援ができるかもな』
傍らにいる金髪青年を見る。こわばっているが恐怖に震えてはいない。僅かに顔が綻ぶ。少しずつだが希望が積みあがっていく。錯覚でもそう思いたかった。
ロバートは深呼吸をするとモニターをみつめる。海戈斗たちは顔をこわばらせているが、司令室にいるオペレーターたちよりも遥かにマシな顔をしていた。
『パイロットのほうは心配要らないか。それで....』
オペレーターのもとへ歩み寄りモニタリングされているクォルフスの計器類をチェックする。
『クォルフスも調子はいいみたいだ。しかし...』
ロバートは二三歩下がり、オペレーターたちの顔を見渡す。暗く青ざめている顔ばかりだ。
『心配なのはむしろこっちのほうか。』
ロバートは誰にも気づかれないようにため息を漏らした。これでは海戈斗たちは孤立無援といわれてもしょうがない。ロバートは目の端で荒原を見る。腕を組
み身動き一つせずにモニターを見つめていた。考えが読めない。そう思うしかなかった。まさに能面だった。ロバートも荒原に習いモニターを見つめる。脇役が
あれこれ詮索しても意味はない。主役の活躍を祈るしかなかった。
女性オペレーターが荒原のほうに振り返る。
「し、し、し、司令。あの、、、」
「落ち着け!」
「あ、、、はい。そ。そ、、、その、内閣から」
「ホットラインか?」
「はい」
「繋げ」
「わ、わかりました」
たどたどしい指使いでオペレーターがパネルアクションをするとモニターの片隅に内閣の面々が映し出された。その中心には内閣総理大臣、辻平雅樹が厳格な
面持ちでにらみをきかせている。荒原はその面々が映るモニターに敬礼をする。それにつられ司令室にいた全員がモニターに向け敬礼をした。
「堅苦しいことは抜きだ、荒原君。それより本題に入りたい」
辻平内総は荒原たちの敬礼を止めさせた。
「どうだ?」
「どうだとは?」
「君の眼から見て勝算はどうだと聞いている」
「率直に申しますと、わかりません」
「わからないか。なぜだ」
「機体自身、クォルフスについては引けを取らないと思いますが。問題はパイロット、特にメンタル的なことがありますから」
「そうか」
辻平内総は椅子に深く腰を沈めた。何かを思案しているようだった。
「わからないでは困るのだよ。君には自覚があるのかね。我々は戦争をしているのだよ。....」
辻平内総の傍らに控えていた大臣の一人が声をあげる。法務大臣、西村武志だ。
「国運を賭けた戦いに、我々の命をチップにギャンブルを楽しもうとでもいうのかね。冗談じゃない。...」
西村法務の言葉を荒原は身じろぎ一つせずに聞いている。顔色一つ変えない。全く反応がないことに西村法務は苛立ち、その言葉に怒りが混じり始めた。
「....だいたい君は、何年軍人をやっているのかね。そのような....」
「やめたまえ、西村君。耳元でうるさくてかなわん」
辻平内総が止めた。西村法務が辻平内総に目を向ける。
「しかし....」
「しかしではない。君の役目はこのような愚痴を言うことではない。自分の役目を弁えたまえ」
「ですが、総理!」
「もう一度言おう。君の役目ではない。それが聞けぬなら出ていってくれないか」
辻平内総が最後通告を出した。西村法務は黙るしかなかった。
「メンタルか」
辻平内総がぽつりと言う。
「ギャンブルは我々が彼らを選んだときから始まっています」
「そうだな」
辻平内総は深いため息をつく。
「信じよう、彼らを」
「あと五分くらいで目的地に到着するよ、海戈斗。敵さんをそろそろ肉眼で確認できるんじゃあないかな?」
「そう。じゃ、スピード落として慎重に接近したほうがいいかな?」
「敵さんが何かしてきたらかわせばすむことさな。とりあえず近づいたほうがいい」
「了解」
海戈斗と耕一のやり取りが聞こえる。だが、それに参加する気にはならなかった。胸は高鳴りつづけている。のどはからからだ。手は汗ばみ、目はかすむ。
『....本当にこいつで戦えるのか?』
疑問が次々に浮かぶ。
『....本当にオレは戦えるのか?』
頭の中が疑問で埋め尽くされていく。
「おーい。サッちゃん、大丈夫?」
海戈斗の声が耳をかすめる。
「顔色悪いけど、心配事でもあるの?」
モニターには海戈斗の心配そうな顔が映し出されていた。
「別に、大丈夫」
「うそでしょ」
「気にするなよ」
「本当は大丈夫じゃないんでしょ」
「気にするなよ、頼むから」
「気になるよ、さっきからスピードが落ちてきてるから」
「なっ....」
慌てて計器類を確かめると、海戈斗の言うとおりスピードが落ちていた。三号機のメインパワード、通称『アグレッシブ』の回転数が落ちたのが原因だった。
「すまない。ボーっとしてた」
アグレッシブの出力を元に戻す。
「頼りにしてるよ。沙月」
海戈斗が笑顔を見せる。元気付けようとしているのだろう。
「ああ」
オレは生半可な返事を返すことしかできなかった。
『オレは戦えるのか....』
司令室には敵と対峙したクォルフス(翼皇)が映し出されている。海岸線、海側に敵、陸地に翼皇。月明かりと潮騒が二つの静かなる戦いに彩りを添える。
「気持ち悪いね、ったくぅ。」
吐き捨てるように海戈斗が言う。杓文字をひっくり返したような体格に、蛇腹状の腕と足が四本ずつついている。そして胴体の中心には、蛙に塩酸でも引っか
けたような気味の悪い顔がついていた。挙句に、全身が鱗のようなもので被われている。吐き気を催すのも無理はない。
「さぁて、一丁やりますか」
翼皇は腰の長刀を抜き、敵に向け駆け出した。
「ストォーップ、海戈斗!攻撃はまだだ !!!」
沙月が大声をあげた。海戈斗は慌てて翼皇を後退させる。沙月はモニター越しに海戈斗をにらんでいた。
「どうしたの、沙月」
「いたずらに攻撃する必要はないはずなんだ。ちょっと確かめなきゃならないことがあるんだ」
「なにをさ」
「とにかく、ちょっと待てくれ!」
沙月は海戈斗に簡潔に応えると、司令室との回線を開いた。
「こちらは、クォルフスの沙月。司令室聞こえますか?」
「なんだ?沙月」
「司令、一つ聞きたいことが?」
「急を要することか?」
「そうです。我々にとって」
「簡潔にな」
沙月と荒原のやり取りを海戈斗は固唾を飲んで見つめていた。耕一は敵を見つめつづける。
「司令、領海侵犯以外にこの敵が何をしたんですか?」
「何を言いたい?」
「問答無用で倒すべき理由です。領海侵犯のみで倒すべき理由なのですか?」
「米国艦隊を潰した怪物がわが国に来たのだ。それを倒すのに何の理由がいる?」
「私が聞いているのは、日本国としての理由です!」
沙月の言葉に荒原は黙り込んだ。ロバートは傍らにいる荒原の顔、沙月の表情、そして内閣の面々に目を移した。辻平内総以外は、口々に言いたいことを叫ん
でいた。だが、沙月が言った『日本として』を満たすものはロバートが聞いた限りでは見つからなかった。ロバートはパイロット達に視線を戻す。沙月はモニ
ターごしに荒原をにらみつけている。耕一は敵から目を離さない。海戈斗は、多分沙月が何を言いたいのかわからないのだろう、困惑した顔だ。司令室の雰囲気
がかなり劣悪になりつつある。
『....ふぅ、心情的にはサツキに味方したいが、時と場合によりけりだよなぁ...』
ロバートはモニターの前に歩み寄り、マイクを握った。
「サツキ、破壊じゃない、追い出すことが目的なんだ」
あくまでも優しく語り掛けた。
「えっ、ロバートさん」
沙月は驚きの声をあげる。
「敵を破壊すること。それは我々にとって、敵を追い出す手段に過ぎない。最も簡単な手段だ。だが、どのような手段を選ぶかは君達にも選ぶ権利はある。後は
君達次第だ。」
ロバートは一息つく。
「まぁ、このような言い方は卑怯だけど、ボクの顔を立ててくれないかな?」
「沙月ぃー、どうするの?」
海戈斗が三号機のモニターを海戈斗の笑顔が全て占領していた。思わずその滑稽さに笑みがこぼれた。その笑みが幾分冷静さを取り戻させてくれる。
「海戈斗に任せる。迷惑かけてすまない。迷惑かけた分は戦いで返すよ」
オレは素直に謝った。
「迷惑は常にお互い様。これからもさ、猪武者の私を諌めてくれればいい。沙月らしくやればいいよ。無理にあわす必要なんてない....」
海戈斗が敵をにらみつける。
「....でもね、武道をかじったものならね、敵は自分の目で見極めなきゃね!」
海戈斗に痛いところを突かれた。オレは反論できず、僅かに目を伏せた。
「さぁ、無駄話はお開きにしよう」
耕一が割り込む。もう迷う訳には行かなかった。
翼皇が敵との間合いを詰めていく。敵にはまだ動きはない。こちらの様子をうかがっているようだ。
「海戈斗、米軍は問答無用で攻撃を仕掛けたそうだ。だから、沙月の言うとおり、倒すべき存在ではないという可能性も否定はできないな」
「コウ?」
「慎重に」
海戈斗と沙月がモニターを通して目を合わせる。
『すごいな』
『隙がないね』
耕一は、沙月が司令室と言い合っている間、海戈斗がそれの傍観者に徹している間、敵の動向を見極めつつ情報収集するという離れ業をやってみせたのだ。
敵の瞳が怪しく光る。だが、まだ動かない。翼皇は、敵の射程圏内と思われる距離まで接近していた。
『さぁて、どうでる?』
海戈斗の心は踊った。心臓の鼓動が聞こえる。僅かに汗ばむ。周りが時が止まったかのように静かだ。心地よい緊張感が全身を支配していた。
グゥワギィヤァー
敵が咆哮した。その瞬間。四つの腕が翼皇めがけて四方から振り下ろされた。翼皇は真上から振り下ろされた腕のみを長刀で穿ち、上空に脱出した。
「キマリだね!」
海戈斗は嬉しそうに言う。これで、敵ではないという可能性は潰えた。戦うしかない。だが海戈斗の嬉しそうな顔が、耕一と沙月に、荒原司令にロバートほか
の面々に、内閣の面々に、緊張の中に余裕を生み出した。
「ディーラーはあの小娘か」
辻平内総がつぶやいた。回り始めたルーレット。国運を賭けた勝負(ギャンブル)に海戈斗(ディーラー)の笑顔(ハッタリ)がツキを呼び込むか?
上空に逃れた翼皇に向かって敵から無数の鱗らしき物が放たれる。沙月はバルカンにて迎撃、耕一はエネルギーフィールドを形成し防御、海戈斗は片っ端から
長刀で叩き落した。結果、翼皇には何らダメージはなかったが、叩き落された鱗が海岸沿いの家々を破壊した。
「ちぃ、飛んでたら被害は増えるかぁ」
海戈斗は翼皇を着陸させる。着陸の瞬間の僅かな隙をとらえ、敵が急速接近した。
「はやいっ!」
沙月がバルカンやミサイルで牽制するが、かわされる。だが、牽制によってできた僅かな時間に、海戈斗は長刀を構え気を練る。
「はぁぁぁぁ!」
気を解き放つ海戈斗。翼皇の後ろは海岸沿いの民家があり、逃げることは許されない。間近に接近した敵、その四本の腕がうねり、振り下ろされた。
「やらせない!」
腕の動き一つ一つを見切り、操縦桿を押し込む。刹那。
バキィッ
金属音が響く。海戈斗の右手に痛みが走った。
ダガァッ、ドゴッ
続けざまに敵の手が振り下ろされた。轟音が響く。翼皇は激しくゆれ、弾き飛ばされた。民家をいくつも粉砕し、たたきつけられる翼皇。止めを刺すべく接近
してくる敵。翼皇は腕が振り下ろされる前に、すばやく起きあがり左肩でタックルをきめ、敵を海岸に押し戻した。
「さんきゅ!コウ!」
海戈斗は顔をゆがめながら礼を言う。たたきつけられた際、敵を海岸線に押し戻したのは耕一の操縦によるものだった。
「どうしたんだ?海戈斗」
二人とも怪訝そうな顔をしている。海戈斗は右手を見せた。鮮血に染まった右手を。
「操縦桿、握りつぶしちゃった」
「えっ」
「なんだと」
沙月と耕一の悲痛な叫びがこだました。
「まさか、あれが?」
ロバートがつぶやく。海戈斗が吼えたとき、僅かだが、海戈斗の体は光を放った。操縦桿は、その海戈斗の力に耐え切れず握り潰された。
「あれが目覚めたのだろう。あれから、一月もたったんだ。おかしくはあるまい」
ロバートの疑問に荒原が答えた。一月が経っている。それはあれが育つには十分な期間だ。だが、今の今まで何の兆候もなかったものがいきなり目覚めたの
だ。何かがおかしいと思わざるを得ない。
「クォルフスに乗ってることと、本気を出したこと。それがきっかけと考えるのが自然だな。そうだろう?ロバート」
たとえ納得できなくても認めざるを得なかった。あれが目覚め始めた。それはクォルフスの真の完成を意味する。
「あれが目覚めたなら、システムロックも解除される。勝ちは見えてきたな」
システムの開放。クォルフスの覚醒。それこそが、彼らが選ばれた理由。彼らが戦わなければならない理由。そして、彼らが彼らでいられなくなった理由。
『ミカド、コウイチ、サツキ....。許してくれとは言えないよな....』
「ごめん、コウ、沙月。しばらく二人でがんばって」
「わかってるよ」
「気にすんな」
海戈斗は右手に刺さったプラスチック片や鉄片を取り除く。右袖を破き、右手にハンカチを巻きつけた上に袖を巻きつけた。ケガ自体は少し痛むが、たいした
事はなかった。だが問題は、握り潰してしまった操縦桿だ。
「司令室、こちら海戈斗です。ロバートさんにつなげて下さい」
海戈斗は司令室に通信を繋げる。
「さっきからここにいるが?ミカド」
「えっ、何でロバートさんが司令室に?」
「不測の事態に備えるためだよ。まさか不測の事態を起こすとは思わなかったけどな」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないな。で、簡潔に言う。右メインレバーのマルチ入力が全て潰れてると思う。その結果、右手の開閉、砲撃兵器および機関部の制御、索敵、分離
時の右スラスターの出力調整などが一号機側で入力できない。ま、ミカドに影響があるのは、右手でモノをつかむ操作が自分でできない事と分離がかなり不利だ
ということかな」
「そうかぁ。じゃ、なんとかなるね。ありがとう、ロバートさん」
「あぁ」
海戈斗は一息つくと潰してしまった右の操縦桿を握る。痛みが走るが、かまってられない。
『なんとかしなきゃいけないんでしょう?ロバートさん』
「司令!一号機のパワード(原動機)の回転数が異常です。まもなくレッドレベルに達します」
「なにぃ?」
オペレータの報告に荒原は珍しく顔色を変えた。回転を示すメータの針が、振り子のように激しく揺れながら徐々にレッドゾーンに達しようとしている。
「二号機にも異常発生。ディフェンシブ(二号機のメイン原動機)の回転数が下がっています!」
「くぅ!どういうことだ!」
荒原はロバートをにらみつけた。ロバートは目をつぶって僅かに思案する。
「潰れた操縦桿を無理に使用しているため、動力系統の命令が誤入力されていると思われます。二号機は一号機のそれを逃がすために、わざと耕一が下げている
んでしょう」
ロバートが簡潔に応える。
「原因はどうでもいい!なんとかならんのか!」
荒原がイライラをぶつける。
「最悪の場合は一号機の右メインレバーの操縦系統命令を遮断するしかありません。ですが、翼皇の右腕が使用不可能になるだけではなく、ほぼ、右半身が使え
ないのと同じです。それ以外では、誤入力によりあふれ出しているエネルギーをうまく逃がす、つまり耕一が取っている策が最良の策だと思います」
ロバートがよどみなく応える。
「操縦桿を握りつぶすこと自体が不測の事態です。よって、整備側としても何ら対策を講じてはいません。それに....」
ロバートはモニターを指差す。そこには海戈斗が映し出されていた。右メインレバーから漏電しているのがこちらからでもわかる。右手に巻きつけた右袖は、
こげたボロ布に化しつつあった。
「...彼らも現状を把握しています。彼らに任してやってください!」
ロバートの声は悲鳴に近かった。
現在は沙月が翼皇を動かしている。深夜にもかかわらず槍による正確な一撃で、敵の腕二本を無力化していた。敵の腕は、胴体との接続部で電子部品がショー
トを起こし、それ自体がちぎれかけている。
『さすがね』
海戈斗は素直に沙月の腕に感心した。だが、肝心な胴体への一撃が与えられなかった。敵はちぎれかけた腕をひきちぎり身軽になると、残った腕を足として使
い、機動力をあげた。沙月の眼は完全に敵の動きを捉えてはいる。しかし、敵の動きを先読みし一撃を与えるには至っていない。下手に動くと敵の思うツボだ。
一気に間合いを侵略され、こっちが一撃を受けることになる。翼皇は槍を構え、動けずにいた。
『いい線いってるけどねぇ、まだまだかな』
海戈斗は苦笑する。それは、沙月らしい戦法とも言える。海戈斗なら間違いなく、一撃もらっても相手を捕まえる策に出る。そして沙月には、待ちに徹する器
量が未だできていないことを、額の汗が証明していた。
「沙月、操縦代わるよ」
「でも、敵の動きはかなり速い。とらえられるか?海戈斗」
「とらえるんじゃなくてさ、相手をおびきよせるの」
「な、」
「今は明らかに敵の間合い。ボヤボヤしてると止め刺されるよ」
沙月の顔から冷や汗が流れ落ちた。左手で汗をぬぐって、気持ちを切り替えるため深呼吸する。完全に間合いを封じられているということが、沙月を傷つけ
た。
「海戈斗、頼む」
「りょーかい」
笑顔をかわす。沙月は気持ちを切り替えた爽やかな笑顔だった。沙月の頼むという台詞が海戈斗の耳に残る。
『頼まれた以上、結果を出さなきゃね』
痛みで麻痺しつつある右手を動かし、翼皇の武器を槍から長刀に替えた。沙月は耕一に代わって機関部の出力調整に専念している。耕一は敵の分析を再開し
た。今、戦えるのは海戈斗しかいない。
「でやぁぁぁ!」
翼皇は敵に向かって、駆け出した。
翼皇は敵に接近戦を挑んでいた。敵の胴体へ一撃一撃を繰り出していく。驚くべきことに海戈斗は敵を眼で追っかけてはいない。僅かな動きから敵の動きを先
読みし、最小限の動きで最大限の効果を出していた。だが敵への一撃には至っていない。敵が逃げに徹しているからだ。敵は上肢二本、下肢四本、合計六本の脚
を使い逃げに逃げた。
「攻撃は最大の防御なり!」
翼皇は一歩踏み込み、敵の上肢一本を踏んづけた。そして逃げ足を封じた敵に向かって、斬撃を繰り出す。
グワァリャァルゥゥー
逃げられない。そう悟った敵は、逆立ちをして上肢と下肢を入れ替えた。そして今まで下肢だった腕四本を、うねりながら振り下ろした。
「海戈斗、上だ!」
耕一が叫ぶ。
「わかってる!」
海戈斗は言い返す。だが、海戈斗は致命的なミスを犯した。先程と同じ轍をまた踏んだのだ。
バキィッ
一号機の操縦桿、左メインレバーも握りつぶしてしまった。そして、長刀を弾かれ翼皇は吹っ飛ばされた。
「っきしょぉぉぉ!」
叩きつけられた翼皇の中で海戈斗は吼えた。
一瞬の暗転、一瞬の静寂、一瞬の空白。叩きつけられ、無様な姿をさらした翼皇。敗北を意識した瞬間、思い出したくない記憶が呼び覚まされた。戦う理由、
そして負けられない理由を。
「うーん....。て、あれ?ここ....ってどこ?なんで私こんなところにいるの?」
頭に靄がかかったまま、私はあたりを見回す。徐々に覚醒する意識。思い出したように私は自分の背中をさわった。高校からの下校途中に撃たれたことを思い
出したからだ。だけど、傷らしい傷は背中にはなかった。
「傷が無い....」
安堵のため息が漏れた。でも、根本的な問題はまだ解決していない。
「僕は高畑耕一。よければ君の名前を教えてほしい」
後ろで声がした。びっくりして後ろを向く。そこには私と同い年くらいの少年がいた。やさしそうな微笑をたたえ、興味ありげな視線を向けてきた。
「背中をさすってたようだけど、ひょっとしたら背中を銃で撃たれたんじゃないか?」
私にとって核心をつく一言だったが、それで相手が信用できる理由にはならない。でも、信用できそうだとカンが告げていた。
「私は海戈斗。源 海戈斗。とりあえず、名乗っとく」
相手を見据えることを忘れずに、私は自分の名を告げた。
「僕は、多分海戈斗さんとまだここに寝ている兄さんも一緒だと思うけど、背中を銃で撃たれて気を失って、気がついたらここで寝かされていたんだ。」
耕一が後ろを振り向きながら話し出す。耕一の陰に隠れていて今まで気付かなかったが、奥にもう一人の少年が軽い寝息を立てていた。
「僕が目覚めたのは海戈斗さんの一時間前くらいで、その一時間でわかったことは今は何もすることがないということだけ。あっ、念のために付け加えておくけ
ど、襲ったりはしてないよ」
耕一は最後にぎこちないがにっこりと微笑んだ。
「何もすることがないっ....て、どうしてわかるの?」
私は素直な疑問をぶつけた。
「僕達は敵の手中にある。白昼堂々、人をさらえる様な組織を持つ連中のね。敵の手の内がわからないうちは、迂闊な行動はできない。それにね....」
耕一は天井を指差す。
「僕達の行動は逐一監視されている」
私は耕一の指差した天井の一点に目を向ける。ほんの小さな黒点があり、光を僅かに反射する。耕一が言ったとおり、監視されているようだった。だけど、私
はその答えに納得がいかなかった。なぜなら、敵の手中にいる限り事態は好転しないからだ。何らかの打つ手があるときは、手遅れにならないうちに打つべきで
あって、敵に時間を与える必要はないはずだ。私は打つべき手段について考えをめぐらせてみた。
「僕はこの兄さんが起きるまで何もしないほうが無難だと思うけど、海戈斗さんはどう?」
耕一が私に尋ねる。私が何を考えてるのかを見抜いた上の発言だった。しばらく考えた後、私は耕一に答えを出した。
「とりあえず、この兄ちゃんを起こすのが先決みたいだね」
私は立ち上がり、未だ寝息を立てている少年のもとに歩み寄ろうとする。
「無駄だよ」
耕一が言った。その顔にはあきらめと疲れの色が浮かんでいる。
「当然、僕はこれまでの一時間の間に君たちを起こそうとした。でも、無駄だった。薬を投与されてるんだろうな。ただの眠りじゃない....」
ため息混じりに言う。
「そして....、この兄さんが起きたとしても、僕には打つべき手が見つからない。」
耕一は私から目をそらした。耕一が私に言った言葉、
『....僕には打つべき手が見つからない。』
先程までの軽い口調から想像できない重苦しさがあった。逃げ出す手段を考えている私への解答だろう。私が寝ていた一時間の間、耕一は逃げ出す手段を必死
に考えたはず。結果、考えつかなかった。認めたくはない結果だけど。今までの言葉は、絶望を悟らせまいとする彼なりの気遣いだったことにやっと気づいた。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
私は耕一のそばに腰掛けながら言った。
「何を?海戈斗さん。」
耕一が答えた。私は耕一の額に、でこピンを食らわせた。
「さん付けなんかしなくていいよ。海戈斗でいい。これから付き合いが長くなりそうだしね」
私は笑みを耕一に向けた。
「で、コウはこれからどうする気?」
「えっ、コウ?」
「言ったでしょ、付き合い長くなりそうだって。」
「そうか、耕一のコウか。そう呼んでくれてかまわない、海戈斗。とりあえず、よろしく」
耕一はやっと明るい表情を取り戻し、私に手を差し出した。
「よろしく」
わたしはその手を握った。
「で、さっきの答えは?」
「答えって、言っただろう。打つべき手が見つからないって」
「私はね、ここの親玉をぶん殴ってやろうと思ってるの。一口乗らない?」
「ブ・ン・ナ・グ・ル?....って、どうやって?」
「さぁね。そのうちに、ここの親玉が出てくるはずだし。チャンスはあるでしょ。とりあえず、ただ逃げても癪だし一発くれてやらないとね。さぁ、はやく来な
いかなぁ、親玉」
急に耕一が笑いだした。声をあげて。
「なぁに?コウ。なにがおかしいの」
ちょっと不機嫌な声で私は尋ねた。
「....気楽でいいなぁと思ったんだ。ま、僕も一口乗らせてもらう。親玉をぶん殴ることを」
耕一は笑うことをやめずに答えた。私はこれでいいと思う。とりあえずの目的は、親玉をぶん殴ること。できそうにない目的をあれこれ悩むよりも、できそう
な目的を一つずつ片付けていくほうが現実的だから。それから私と耕一は、敵の親玉をぶん殴る手筈(作戦名 プロジェクトX)を練り上げていった。といって
も大した物ではなく、親玉を見つけたら先ず気をそらし(耕一の提案で猫だましが全会一致で採用された)、その隙に近づいて一発ぶん殴る(私の提案で攻撃目
標は金的に全会一致で採用された。相手が女である可能性は全く考慮しなかった)という他愛もないものだった。
私が目覚めてからちょうど一時間が過ぎた。今まで寝息を立てていた少年がやっと目を覚ました。
「あ....れ?ここはどこなんだ?なんでオレはここにいる?」
一時間前の私みたいに頭に靄のかかった台詞を吐き出している。
「気分はどう?お寝坊さん」
私は目覚めたばかりの少年に話しかけた。
「私の名前は、源 海戈斗。海戈斗と呼び捨ててくれてかまわないよ。で、あなたの名前は?」
彼は私の言葉にびっくりしたようだった。驚きと戸惑いの表情が浮かんでいる。
「海戈斗。いきなり名乗れと言われても無理だと思うけど?」
「なんで?コウもそうだったじゃない」
「そ、そうだった」
「これから付き合い長くなるんだし、先ず名前を聞くのは当然でしょ?」
私は彼に笑顔で話しかけた。
「き、君たちは誰?なんでここにいる?どうして、オレはここにいる?....」
彼はかなり混乱しているようだった。まぁ、無理もないか。私自身もこんなに落ち着いていられるのが不思議だから。
「それより、なんで君はここにいる?」
耕一は唐突に議題を変えた。
「ちょっと、コウ?なぜそんなこと....」
「彼を落ち着かせることが先決。そのためには、どういう状態にあるかを彼自身に納得させなきゃな」
耕一が落ち着いて答える。
「結局は彼自身の問題だ。だから彼自身が答えを出さなければならない。混乱している相手には骨が折れるけど、一つ一つ納得していってもらうほかないよ」
そう耕一は答えた。そして彼に一つ一つ飲み込ませるように納得させていった。それは耕一自身、逃げられないという事実の再確認であり、つらいものだった
と思う。耕一のやさしく落ち着いた表情は頼もしくもあった。だけど、つらい事実を押し込めてるだけだということを私は知っている。
「オレは松永沙月。沙月って呼んでくれ」
彼、いや沙月は落ち着きを取り戻した。いや、ようやくあきらめたというのが正確な表現だろう。
「で、オレが言うのもなんだけど。何でオレたちさらわれたんだ?」
「それがわかったら苦労はしないんだけどなぁ。ねぇ、あんた達こそ心当たりないの?」
「なんだかんだ言ったって、僕達は一介の高校生だからなぁ。さっぱり」
「オレも無いな。馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、唯一あるとすれば....」
「あるとすれば?」
「なぁに?」
「無駄話はそこまでだ」
突然ドアが開き、軍服らしきものを着た中年の男が入ってきた。鋭い視線で私達を射抜く。直感的に私は彼が親玉であることを悟った。チャンス到来。ぶん
殴ってやろうと隙を疑う。しかし私は肩をつかまれ引き寄せられた。引き寄せたのは耕一だった。抗議の視線を耕一に向けると、耕一は小声で答える。後ろに銃
を持った連中が控えてるはずだから無駄だと。
「源 海戈斗、高畑耕一、松永沙月だな?」
中年男が私達に声をかけた。
「先に自分の名前を名乗るのが礼儀でしょ」
私は言い返した。
「問うたのは私のほうが先だ。君達のほうが先に答える義務がある」
「あんたの言ったとおり。間違えちゃいない」
「もう一度問う。本当に源 海戈斗、高畑耕一、松永沙月だな?」
「自己紹介でもしろって言うの?私の名前は源 海戈斗ですとでも言えば満足?」
中年男は耕一と沙月のほうに向いた。
「松永沙月....」
「高畑耕一」
二人とも不本意そうに名を告げた。
「私は、荒原恵一。この『特殊機甲団』を預かるものだ」
中年男も名乗った。
「で、私達に何の用なの?」
「それを聞く相手は私ではない。総理に直接お聞きすればいい」
「ソウリ?」
「そう、総理だ。もうすぐお会いになる。モニター越しだがな」
荒原は私にそう答えると、腕時計に小声で話しかけた。多分、通信機能があるのだろう。部下が数人、私達の監禁部屋に入ってきた。テレビを持ち込み何かし
きりにいじっている。私と耕一と沙月はただ呆然と成り行きを見ている以外にすることが無かった。
「一佐。準備完了しました」
「わかった。持ち場に戻れ」
「了解しました」
荒原と軽いやり取りの後、部下達は部屋から去っていった。テレビモニターには内閣の面々が映し出されていた。その中心には40歳くらいの男性がいる。日
本の内閣総理大臣、辻平雅樹であるのは疑いようが無い。
「ご苦労だったな。荒原一佐」
「いえ、職務を全うしただけであります」
「さてと、私が内閣総理大臣、辻平雅樹だ。念のため君達の名前を聞こう」
威厳のある声で私達に聞く。
「時間の無駄でしょ。サッサと用件に入ったらどう?」
私はむかっぱらで言い返した。ここで気合負けするわけには行かない。
「そうか。まぁ、いい。では用件に入ろう....」
辻平内総は一息ついた。そして一際大きな声で語り出した。
「源
海戈斗、高畑耕一、松永沙月。君達三人に日本国内閣総理大臣として命じる。本日の現時刻をもって国民としての全ての権利を停止し、一切を陸上自衛隊特殊機
甲団所属、荒原恵一一等陸佐に委ねるものとする」
そう、その一言だった。たった一言が私達の運命を変えた。
「ハイリスクハイリターン。ギャンブルとはそう言うものだとしても、あっけないものだ」
荒原がつぶやく。確かに、翼皇の操縦自体は沙月や耕一だけでもできる。しかし、沙月にしか機関部を押さえられない状態の上、耕一は....。
「あれが足を引っ張るとはな....」
自嘲の笑みが浮かぶ。だが、笑ってばかりではいられない。司令である限り、断を下さなければならない。
『あれがもし目覚めているのなら、操縦桿が砕けても問題はない。だが、それを受け入れる器があるかどうかで....』
荒原はモニターに目を移す。こうなった以上、撤退させ操縦桿の応急修理を行った後の再出撃が妥当だろう。その間に通常戦力で敵を押さえられるかという問
題があるが。
「ロバート!操縦桿の応急修理の支度をしろ!」
「えっ、りょっ了解!」
荒原は断を下した。ロバートは司令室を後にする。
「春名!」
「はいっ」
「長官に連絡。あちらも状況がわかっているはずだ、出撃を要請しろ!大至急だ!そして、避難地域を20km拡大!実行させろ!」
「了解!」
女性オペレーター、春名知子にも断を下した。知子は、同僚に指示を出し命令を遂行する。そして荒原は、傍らのマイクを握った。その瞬間、荒原は目を見開
いた。翼皇が、猛然と迫ってきた敵の胴体、その中心にある顔を左の拳でぶん殴った。殴られた敵は大きく吹っ飛ばされる。モニターに映る海戈斗、耕一、沙月
の顔にはこう書いてあった。まだ負けたわけではないと。
『こいつら....』
荒原はマイクを置き、祈るように見守る。
「負けてたまるかぁぁー!」
海戈斗の雄たけびが司令室に響いた。
翼皇は右腕を前、左腕を僅かに後ろに引き、脚を半歩開いた自然体に構えた。
「耕一、沙月。全力を出そう」
海戈斗が静かに言う。耕一は微笑み、沙月はため息をついた。
「まぁ、しょうがないな」
「ホントは一旦、退くのがスジだぜ!でも、だろ!」
「そーゆーこと!」
海戈斗、耕一、沙月、三人は腹を決めた。
「海戈斗、敵さんの弱点とかなんかは全くわからなかった。で、全身くまなくコテンパンにするしかないかな」
「りょーかい」
「機関部は、オレが手を離したら五分、いや三分で暴走しちまう。大丈夫だよな」
「もち!当然でしょ!」
三人の顔が引き締まる。殴り飛ばした敵がようやく起きあがった。今度は逆立ちのままだ。悠然と一歩ずつ歩いてくる。
「機動力重視じゃなくて、破壊力重視に切り替えたみたいだな」
「関係ないね。どちらにしてもツブすから!」
「じゃあ、そろそろ開放するぜ!」
制御から解き放たれた機関部。溢れ出したエネルギーが翼皇を覆い、光を放つ。そして、そして、激闘が始まった。
敵が右側二本の腕で上から横から殴りつける。その二本の腕の間を縫って、左拳のクロスカウンターを敵胴体右肩に打ち込む。右肩を殴られた反動を使い、敵
は左腕で殴りかかる。だが、翼皇は右腕でガード、右拳が体の内側から外側に円を描くように敵の左腕を絡め、叩き落す。そして一歩踏み込み、両拳を敵胴体中
央に打ち込む。敵は後退るが倒れず、腕四本を大きく振りかぶり、真上から一点集中で振り下ろす。翼皇は頭上で両腕を交差してそれを受け止め、腕を僅かに曲
げ、片膝をつくことにより衝撃を可能な限り逃がす。交差した両腕で敵の腕を挟みこみ、敵横腹を蹴り飛ばす。敵はダメージを減らすために自ら跳び、距離を
取った。
「両下腕部と両拳、左膝にダメージ大。早々に受け止められなくなるぞ」
「多分、殴打による敵への有効なダメージはないな」
「こちらが不利かぁ」
翼皇の下腕部から拳にかけて装甲が剥げ、所々にスパークが起きる。特に右腕がひどい。左膝は大きくひしゃげ、大腿部に干渉する。翼皇のダメージは決して
軽いものではなかった。
「殴って倒せないなら、叩っ斬るしかないよね。というわけで、ちょっと無理するよ!」
言うが早いか、海戈斗は翼皇を走らせた。先程、敵に弾き飛ばされた長刀のもとへ。敵は阻止すべく猛然と突っ込んできた。沙月は牽制弾を撃つが、敵は怯ま
ない。巻き上がる爆風に爆煙、轟く爆音。そして光が包んだ。
海戈斗が光り輝いていた。翼皇も眩い光を放っている。敵はうなだれた。その左肩には、翼皇の突き出した右腕に握られた長刀が深々と突き刺さっている。
グワリャーリユルルゥー
最後のあがきとばかりに、敵は残った力を振り絞り全部の腕で殴りつける。しかし、一瞬早く胴体を袈裟斬りで両断した。
「あんたは強かったよ」
海戈斗は悲しげに言うと、爆発に巻き込まれるのを避けるため翼皇を退かせる。そして、大爆発が起こった。
「やっと、決着(ケリ)がついたか....」
ため息混じりの声が響く。辻平内総の台詞だ。荒原は言い返さなかった。彼は内総の姿を映し出すモニターではなく、クォルフスの姿を映し出すモニターを見
つめていた。そして、おもむろに両手を上げると数にして五回ほど手をたたいた。
「とりあえず、彼らは自分の役割を果たしました。後は、我々の役目です。よって....」
荒原は内総をモニターごしに見つめる。
「....誉めてやるべきではないですか?」
「よぉ、お疲れ様!」
ロバートが帰ってきた三人に声をかけた。
「まぁ、死なずにすんだみたい」
「生きてかえって来れてほっとしてるよ」
「無様だった...」
三人が応える。笑ってはいるが、満面の笑みというわけではない。
「司令に報告したら、ゆっくりと体を休めてくれ。そのあとでいい、ちょっと....」
「報告ならここで聞こう」
振り返ると荒原がいた。
「とりあえず、良くやったと誉めておく。問題点は各自わかっているだろう。次はあのような戦いは許されん。わかっているな」
三人は無言で頷く。
「我々も自分の役割を全うしなければならない。我々にできることがあれば遠慮なく言ってくれ」
荒原は僅かに笑みを浮かべた。三人は笑みには笑みを返した。
「源 海戈斗、高畑耕一、松永沙月。以上三名、唯今帰還しました」
三人は姿勢をただし、代表として海戈斗が報告した。
「わかった。とりあえずは体を休めることだ。その後は通常にもどれ!いいな?」
「了解」
「了解」
「了解」
荒原は頷くとその場を去っていった。
沙月は自室に戻り、ベッドに寝転んでいた。色々な事が頭に浮かぶ。ロバートは、整備の甘さを責めていた。司令室の面々も格納庫の面々も、司令も己を攻め
ているだろう。海戈斗と耕一は自分のふがいなさを責めているだろう。それに比べて自分は....。
『これから....、どうしようか』
今日は眠れない夜になりそうだった。
薄暗い司令室に一人、荒原がいた。モニターには今日の戦闘の録画が映し出されている。
『この程度の敵で苦戦するようではな』
海戈斗が操縦桿を握りつぶす場面だった。もし、ここで操縦桿を握りつぶしていなかったなら、楽に勝てたはずだった。先ず雷皇に変形、沙月の腕なら敵の腕
を全て落とせたはずだ。そしてトドメは震皇だ。翼皇では殴っても効果はなかったが、震皇なら敵のどてっ腹に拳を食い込ませることができただろう。クォルフ
スは、変形を行うことにより万能を誇る。マルチタイプの翼皇だけではなく、スピードの雷皇とパワーの震皇、少なくともこの二形態は自由に使いこなせるよう
でなくてはクォルフスの強さは半減してしまう。荒原は三人のパイロットとしての腕の未熟さを痛感した。
ふぅと荒原は一息ついた。ポケットをまさぐり、煙草とライターを取り出す。一本くわえ火をつけた。自分が吐き出した煙をしばらく見つめる。次第に気分が
落ち着いてきた。荒原は傍らの書類を手に取ると、目を通す。それには、クォルフスの破損状況と予測修理期間及び予測費用が書かれていた。
『よくもまぁ、これほど壊したものだ。』
そこにはため息も出ない金額が書いてあった。この金額をかき集める苦労を思うとまた頭が痛くなってきた。結論だけ言えば、どのような金額になろうと修理
に必要な金額であれば出るはずだった。しかし、ほかの予算を圧縮することができなければ相手は納得しまい。だが予算管理に強そうな者は部下にはいなかっ
た。
『経理屋が必要かもしれないな』
頭を痛める問題がまた増えたことに、笑うしかなかった。
『子供を守ってやるのが、大人の役目のはずだ!』
無性に腹が立ち、壁を殴りつける。拳から痛みが伝わる。それは彼の心の痛みでもあった。自分を傷つけずにいられなかった。理想と現実の狭間で、妥協が生
まれる。そんなものを知りたくはなかったが、今は明らかに自分が先導している。夜は自分でいられる唯一の時間。涙を流し、自分を傷つける。それ以外に彼ら
のためにしてやれることがなかった。朝になれば否応無しにかぶらねばならない仮面、内閣総理大臣。今は、ただの辻平雅樹でいたかった。
END