第二話
『新たな犠牲者』
('04/07/27改訂)
ひざを抱えてうずくまった時、僕は泣きたくなるんだ。なぜなんだろう?
抱えたひざの向こう側。寂しそうに見えるもう一人の僕。いつもとは違うもう一人の僕。あふれる涙が教えてくれる。もう昨日までの僕じゃないんだ。
「海戈斗!耕一!いくぞ!」
沙月の威勢のいい声が通信機から響く。沙月の三号機が噴射をやめ惰性飛行を始める。そこへ一号機と二号機が続き、直線を描く。
「張り切りすぎて、ヘマしないようにね」
海戈斗がモニターを通して沙月にウインクしてみせた。まかせてくれとばかりに沙月は親指を立てて応える。
「チェンジ!雷皇(サンダー)!」
三機の飛行機が一つの人型になる。その瞬間。雷皇は急降下した。
「うわっ!なんだぁ?」
成す術もなく地面に叩きつけられた。目の前の画面が真っ暗になり、爆発音がこだました。
「うまく両肩のスタビライザーをうまく使わないからだ!それ以上に、合体場所の高度がたかすぎる!そんなとこから叩きつけられたら、ただじゃ済まないぞ。
それに、雷皇じゃ空中では自由に動けないんだ。格好の的になるだろ!」
通信機からロバートの声が聞こえる。パイロット三人はうなだれた顔を上げた。
「うまくいかないもんだね」
海戈斗がため息をついた。真っ黒な画面に再び灯がともり、耕一と沙月の顔が映し出された。
「本当ならあの世で再会ってわけか」
耕一が縁起でもないことを言った。そうしないための模擬訓練ではあるが、冗談を冗談として受け流せない重たさがそこにあった。
「すまない。ヘマをやらかして」
沙月がまたうなだれる。その惨めな姿に海戈斗はただ腹が立ってきた。
「サッちゃん!いちいちそんなこと気にしないの。ミスはお互い様なんだし、落ち込んでる暇があるなら、このミスを次の機会に生かすことを考えるの!」
姉が弟を諭すような口調に耕一はほほえましく思う。
「それを言うなら、海戈斗はいちいち沙月に茶々を入れないこと」
笑みを浮かべながら耕一が茶々を入れた。海戈斗はその言葉を受け、耕一のほうに振り向く。
「コウ....。今、話の腰を思いっきり折ったでしょう」
明らかな不満の声だが、その瞳の中の小悪魔を耕一は見透かしていた。
「仲がいいのは結構だが、こいつは三人乗りなんだよなぁ。夫婦漫才をされると寂しくってね」
「夫婦漫才??????」
「そう!」
「そんなに...」
海戈斗と耕一の脱線が始まりかけとき、ロバートのカミナリが落ちた。
「聞いてるのかぁ!!!!!!!!!!!!」
モニター画面を占領したロバートに向かって三人はVサインで応える。
「もっちろん、きいてます!」
三人の声がぴたりとそろった。底抜けの明るい笑顔。ロバートは苦笑するしかなかった。
「じゃ、もう一回チャレンジだ!」
ロバートは通信を切ると同時に模擬訓練プログラムを作動させた。三人の悪戦苦闘がはじまる。
『無理が見え見えだな』
三人の明るい笑顔。だが、瞳は笑っていない。怒り、悲しみ、戸惑い。いろいろな感情が渦巻いている。感情に濁った瞳では見るべきものが見えない。三人は
冷静さを欠いているのではない。むしろ冷静すぎるくらいだった。それ故に、感情を暴発させることができない。濁った感情がいつまでも体の中にくすぶり続け
ている。
『まだ、子供でいられる年齢(トシ)なのに』
人権をなくした存在。それは野良犬よりも不幸かもしれない。野良でいる権利さえも奪われたのだから。
ドグァーン
また爆発音が響く。今度は合体の相対速度を間違えていた。言いようのないむなしさがロバートを包む。
「ミカド、コウイチ、サツキ。今日は疲れてるようだな。もういい。あがれ」
いま、彼らに必要なことはありのまま、等身大に帰ること。だが、この手の問題は他人では解決できないことをロバートは知っている。手の貸しようがない事
がロバートにはもどかし過ぎた。
「入るよ!」
海戈斗はドアを開けて勢いよく沙月の部屋に入った。そして沙月と目が合う。沙月は、上はカッターシャツ、下はトランクスという恥ずかしい姿だった。
「おいっ!いきなり入ってくるなよ。着替えてんだからな!」
「なぁに?まだ着替えてたの。後ろ見ててあげるからサッサとズボン履いてね」
「ちぇっ、いきなり入ってきてそれはないだろ...」
不平を吐きながら沙月はズボンを履いた。そのときにノックも無しに耕一が入ってきた。
「入るぞ」
「言うのが遅い!」
「男同士だから気にするな。で、頼みがあるんだ」
「あ、そうそう私も沙月に頼みがあるんだ」
沙月は海戈斗と耕一に見つめられ、いや見据えられた。
「なんだよ、オレに頼みって」
沙月は何とか声を絞り出した。
「ネクタイを結べないの」
「ネクタイを結んでくれ」
語尾語調は違うが二人は同じ事を言った。沙月はため息をついた。
十分ほど前だった。操縦訓練が終わり一息入れていたときに、荒原司令に呼び出され、三人とも正装を命じられた。どうやら辻平のおっさんが来るらしい。正
装と言われても、私達に渡されているモノは隊員着とパイロットスーツのみ。今からドレスやタキシードでも借りてこいと言う事かと問いただすと苦笑とともに
私たち用の正装が差し出された。黒に近いダークグレーのスーツ上下に、薄い紺色のカッターシャツ。渋めの赤色のネクタイに濃いブラウンの革靴。男女の違い
は、女性用、つまり私のスーツやシャツは体の線が出るようになっていることと、革靴がローファーになってることぐらいだった。ちなみに、例え正装とはい
え、武器の携帯も命じられていた。油断禁物ということだろう。だけど、武器の携帯が意外と問題だった。私は長太刀と大脇差、沙月は長巻きだ。さすがに、
スーツの腰に大小差す訳にはいかなかった。で、どうなったかというと、カッターシャツの左腕に篭手をつけ、スーツの上を着て、あらかじめ空いてる左袖の穴
から篭手に特殊な金具をつけ、その金具に私は大小を、沙月は三つに分けられた長巻きをさすことになった。用意周到に篭手と特殊金具が用意されてたことに
びっくりするしかなかった。
「ちっとは、かわいらしくなったかな?」
私は沙月と耕一に上機嫌で聞く。長い髪をリボンでまとめ、左上腕に巻かれたバンダナ。沙月の入れ知恵だった。最初は配給されたとおりの格好でいくつもり
だったのだが、沙月は言った。
「いつから軍人になったんだ?」
その言葉に説得され、女らしくでささやかな抵抗を試みることになった。
「ま、こんなとこだろ?耕一」
「あぁ、かわいらしくなったな」
沙月と耕一がおだててくれ、私は悪い気はしなかった。
「さぁ、いきましょう」
私は耕一と沙月の肩を叩いた。
海戈斗と沙月と耕一、三人が並んで廊下を歩いていく。ただでさえ個性的で浮いてしまう三人がダークグレーのスーツに身を包み、廊下を歩いていくため余計
に浮いてしまった。すれ違う隊員たちはほとんどが顔をしかめていた。
「なーんか、気になるね。他の連中の視線が」
「気にしたってしょうがないさ」
海戈斗の不平に耕一が応えた。耕一も気になってはいたが、どうしようもなかった。配給された服を着ているに過ぎないのだから。
「なんか、新手の殺し屋かスパイかマフィアってとこかな」
失礼な言葉が響く。三人が振り向くとそこにロバートがいた。いつもの油まみれの作業服ではなく、階級章のついた正規の制服に身を包んでいた。金髪碧眼で
あまいマスク。インテリさをかもし出すメガネ。そしてきっちり着こなした制服。まさにエリートという雰囲気だ。
「殺し屋って。まぁ、殺し屋には違いないけどひどいんじゃない」
海戈斗が口を尖らせる。ロバートは苦笑する。
「まぁ、気にするな。そう見えなくは無いって話さ。それにしてもリボン似合ってるな」
ロバートは話題をそらした。海戈斗はロバートの瞳を覗きこむ。いろいろ言いたい事はあったが、好意だけ受け取ることにした。
「ありがと。ロバートさん」
海戈斗は笑みを浮かべた。ロバートは照れくさそうに視線をそらした。あまりにも海戈斗がかわいく思えたからだ。
『無邪気さは女の武器だな』
ロバートは自分自身を笑い、故郷に残している恋人スージィーに詫びた。
司令室に主要なメンバーが集まっていた。司令、荒原恵一。そしてオペレーター三人娘、春名知子、山川志保、東 育美。整備班長、ロバート
テネシーニ。最後にパイロット三人組、源
海戈斗、高畑耕一、松永沙月。ドアが開き男が入ってきた。そこにいた全員が敬礼する。今入ってきた男、内閣総理大臣、辻平雅樹に向かって。辻平内総は手を
振り、敬礼を止めさせた。
「揃っているようだな、荒原一佐」
「はい、総理」
「総理と呼ぶのはやめろといったはずだが」
「はっ」
辻平内総は、総理と呼ばれるのを嫌う。理由は、総理として他の大臣達を仕切っていないからだ。傍目から見れば、大臣達の頂点に立っているように見える
が、実際は押さえきれないことが多い。つまり、総理としての実権を失っているのだ。故に、辻平は総理なり首相と呼ばれるのを嫌い、内総と呼ばせている。荒
原は深々と頭を下げた。
「まぁ、いい。時間が惜しい。準備に入りたまえ」
辻平内総の一言で、準備が始まった。モニターを囲み、辻平内総を中心に全員が着席している。
「では、始めさせていただきます」
ロバートが口を開いた。
退屈な会議が終わり、食堂で遅めの昼食をいただくことになった。缶緑茶を飲みながら、沙月が海戈斗に会議の内容をわかりやすく説明している様子を横目で
見つめる。
「専門用語が多くてさぁ、さっぱりわかんないんだよねー」
と、海戈斗が毎度の同じ言い訳を繰り返す。
「難しいだろうな」
と、根気良く沙月は海戈斗に付き合った。沙月の話には無駄が無く、分かりやすく整理されていた。海戈斗は所々でメモを取り、熱心に耳を傾けている。
「大体分かったか?」
「沙月、ありがと!お礼になんかおごるよ」
「よせよ、たいした事じゃない」
「そう言わないで、コーヒーぐらいはおごらせてよ」
と、言うが早いか、海戈斗は自販機のほうに走っていった。
「医者もいいが、教師にもなれるんじゃないか?」
僕は正直な感想を述べた。
「茶化すなよ。それより、なんだったんだ?あの会議は」
「そうだな...、実りが無い会議だったな」
「なぜ、あんな会議を開いたんだ。わざわざ、辻平内総まで呼んで」
沙月が、首をかしげる。僕も考えては見たが理由が思いつかない。クォルフスの運用方法や、破損状況、改造計画などなど。海戈斗にはちと荷が重い内容かも
しれないが、他のメンバーには既知のものであり、いまさら話す必要の無いものばかりだった。当然、内閣総理大臣として僕達以上に考えているはずなの
に....。
「はい、沙月」
いつのまにか戻ってきた海戈斗が沙月に缶コーヒーを差し出した。
「ありがとう、海戈斗」
「どういたしまして。コウもどうぞ」
海戈斗が僕のほうにも缶コーヒーを差し出した。
「あぁ、ありがとう」
僕は礼を述べてから栓を空け、一口含んだ。
「何を話してたのさ」
「なにをって」
「顔に書いてあるよ、私悩んでますって」
「おいおい」
「さ、白状なさいってね」
海戈斗が無邪気な笑みを浮かべ、ビシッと人差し指を突きつける。僕と沙月は顔を見合わせ、ため息をつくと観念して白状した。
「ふぅぅん。難しいこと考えてんだね」
海戈斗も首をひねる。
「正直言ってお手上げだな」
「そうなの?」
「オレ達が知らない何かがあるんだろうけど。今は...な」
「くやしいね」
海戈斗の台詞が耳に残った。
荒原は官邸へと戻る辻平内総の公用車に同乗していた。辻平はペラペラと資料を流し読む。それは、荒原がこの一ヶ月の間、自分の目で見てまとめたパイロッ
ト三人の所感だった。パイロット三人の資料は(彼らを特殊機甲団に拘束する直前に)諜報部よりわたされてはいたが全く信用せず、辻平は荒原に新たな資料の
提出を求めていた。
「実物は違うな、実物のほうが多分能力が高い」
自嘲の笑みとともに、辻平がつぶやく。
「諜報部の限界でしょう。彼らの真の実力を引き出すのはかなりの手練(てだれ)が必要になります」
荒原が相槌を打つ。
「闘ってみたのか?」
辻平が意地悪な質問をした。荒原は肩をすくめると三回ほど首を振る。
「戦えない理由を内総は知っておられるでしょう」
荒原は真っ直ぐに辻平を見る。その視線にいたずらっぽい笑みを返すと、今読んでいた資料を閉じた。
「よくできた所感だが、まだもの足りないな。手練については考慮しておこう」
「畏れ入ります」
閉じた資料を荒原は受け取った。辻平は軽く目を閉じると車外に目を向ける。つられて荒原も目を向ける。流れていく景色。そびえるビルディング、和らぐ街
路樹。子供の手を引く母親。スーツ姿のサラリーマン。自転車をかっ飛ばす少年。都会のかりそめの平和を映し出していた。
「平和だな」
しみじみと辻平が言葉をこぼした。
「かりそめではありますが」
荒原は現実を直視する。
「そうだ。あいつらの犠牲の上に建った、な....」
辻平は自分の右手に目を落とした。その犠牲を強いたあの一つの朱印。あのときの屈辱、忘れようがなかった。
「それが君の答えか?いや君たちの答えか?」
憤慨を抑え、辻平が声を上げる。
「いえ、私は、可能だと申し上げているに過ぎません。その上の判断は総理次第です」
きわめて冷静な、いや、酷薄な表情で法務大臣西村武志は答えた。辻平は周りを見回すが、ほかの大臣からの反論がない。それどころか、その瞳にはわれ関せ
ずの一言がありありと読み取れるものもいた。
「....続けたまえ....」
辻平は消え入るようにつぶやく。悔しさに唇をかみしめながら。
「....では改めて提案させていただきます。かねてからの懸案事項である軍事的脅威に対する対抗手段、コードネーム[Qwltffs(クォルフス)]の
乗員について、自衛隊に適材がいない以上、臨時徴用ではなく強制徴用にて対応....」
淡々と事務的に述べていく西村を、一人の意見が遮った。。
「....一つ聞きたい。君は人権というものについて考えているのか?」
たまらず声を上げたのは、防衛庁長官坂本佳二だ。
「卑怯な発言はよしていただこう。坂本君」
振り向きもせず、横柄に西村法務は答える。
「何が、卑怯だ?私は、日本国憲法および国民感情等もろもろを鑑み意見している。強制徴用だと!冗談じゃない!」
その横柄さに坂本長官は声を荒げた。
「私から言わせてもらえば、卑怯者の戯言。おっと、坂本君には失礼な発言ですな。まぁ、訳を説明しましょうか」
ゆっくりと時間をかけて振り向く。その顔は正視できないほどのサディスティックな笑みを浮かべていた。
「君が言うとおり、人権など諸々を鑑みて機を逸せればどうなる?敵に蹂躙され荒れ果てた時の責任が君に取れるというのか?それが卑怯の所以だよ、坂本君」
西村法務は完全に見下した反論を返し、坂本の意見を封殺した。
「ことは一刻を争います。万が一を完全回避するための最高かつ最強の布陣が必要です。そのために障害はすべて排除せねばなりません。そうではないでしょう
か?辻平総理」
西村の言葉から数秒の時間が流れたが、辻平は目をつむったまま一言の声も発しなかった。
「強制徴用でよろしいですね。総理」
西村はわざとらしく念を押した。辻平は閉じていた目を見開くと、西村以上の奥深く冷たい瞳で西村をにらんだ。
「....よかろう。とりあえずはな」
辻平は目の前の書類に承認を示す自分の朱印をいれる。そして西村に突き出した。
「最善を尽くします」
社交辞令の美辞麗句を吐きながら西村は書類を受け取けとった。勝ち誇った顔。辻平の冷たい視線ですら、彼にとっては勝利の美酒のようだった。
「機という物は歴史が決めるもの。奴の言ったことは詭弁に過ぎんことを見抜けなかった....」
運命の朱印を押した右手に向けてつぶやく。後悔と自責が辻平にのしかかる。本人に対面したことがいっそう辻平の心に深い傷を与えた。
「....内総。その事は私も存じております。ですが、気になさる必要のない些細なことでしょう」
荒原はあえて毅然と言ってのけた。辻平の視線が荒原に注がれる。
「確かにかの者が言ったことは詭弁に過ぎません。ですが、ほかにとるべき手段が無かったのもまた事実であり、敵が間をおかず攻めてきたのも事実でありま
す。結果論ではありますが、それこそ歴史を記す後人たちがいう機と言う物が、あの場にあったのではないでしょうか」
辻平は鼻で笑った。荒原が言ったことも所詮は誤魔化しかこじつけでしかなく、辻平も見抜いてはいた。
「歴史とは、結果論のみで語られる寂しいものだよ」
たった一言、辻平は荒原に反抗した。
車のドアが開き、SPに囲まれる中、辻平は大地に足を下ろす。思い返したように、まだ車内にいた荒原のほうに顔を向けた。
「そういえば、予算についてはどうにもならんのか?」
荒原は辻平の言葉を飲み込み、十分に咀嚼した言葉を答える。
「金額が大きすぎます。その上、クォルフスは最大の機密事項です。予算関係をすべて明らかにするわけにはいきません。たとえ明らかにできたとしても、その
金額が妥当だと証明することさえも難しいでしょう」
辻平の顔色がわずかに曇る。数秒の思案の後、口を開く。
「正直に言おう。巻き込んでもいいのか?新たな犠牲者になるのだぞ」
辻平の言葉に、荒原は目をそらさず答える。
「最適な人物とはいえません。しかし。私の見た限り、適任の一人であるのは確かです。そして何よりも時間がありません」
辻平は荒原から目をはなし、空を見上げる。
「重いなぁ。重すぎる....」
あまりの事の重さ、業の深さにつぶやきがもれる。荒原には言うべき言葉が見つからない。
「ふぅ、やっと終わったか」
ロバートが肺から絞り出すような声を漏らす。この前の出撃によって、ボロボロに壊された(海戈斗が重点的に壊したかもしれない)クォルフスの修理がやっ
と終わったのだ。整備班がフル回転の突貫修理でも二週間かかった。だが、修理だけではなく前回の戦闘のデータに基づいた改造も施されている。今までは正直
ただの模型とも思える図体だったが、より兵器らしく換装された。
「皆、よくやった。ゆっくりと体を休めてくれ。では解散」
整備をやり遂げた部下たちが、思い思いのところへ向けはけて行く。班長としての仕事を終えたロバートは、カチカチに凝った肩をぐるぐる回すと改めてクォ
ルフスを見上げる。
「今度は、今度こそはそんなに壊さないでくれよぉ、ミカド」
クォルフスをぶっ壊した張本人に願いをかけた。かなえられない願いと知りながら。
「おいっす」
旧時代のギャグと共にロバートは司令室に入った。司令室には三人娘がいたのだが、無反応だった。
「いまさら....、知ってはいるけど、とっても寒い!」
一呼吸置いてからやっと育美が突っ込む。他の二人はさっきからずっと黙々と部屋の掃除をこなしている。泣きたくなるような寒い風が吹き抜けた。ロバート
は笑ってごまかすしかなかった。
「それで、やっと修理が完了したから報告書を持ってきたんだが、司令はいないか」
「もうすぐ帰ってくると思いますけど、待たれた方がよろしいのでは?」
志保が答える。
「そうか。いや、またくるわ」
ロバートが回れ右で帰ろうとすると。
「えぇぇー!何もしないで行っちゃうんですかぁー。当然、手伝ってくれますよね?」
育美がおおげさに声をあげた。手に持っているモップを押し付ける準備は万端に整っているようだ。
「男手が足りないの。ロバート、手伝って」
徹貫作業で疲れているのを知りながら、同い年のよしみで知子は無理なお願いをする。
「へいへい」
同い年であるが故、知子のお願いにロバートは従うしかなかった。しぶしぶモップを受け取った。
「やぁりぃぃー」
押し付けることに成功した育美が歓喜の声をあげる。
「育、ガラス拭いて。私は椅子を拭くから」
「うん。わかった、知さん」
テキパキと作業が進む中、コテコテに汚れた床をクタクタに疲れた体を引きずりながら、ロバートはモップで磨きつづけた。オペレーター三人娘の仕事は多岐
にわたる。資料整理、情報収集、お茶くみ、議事録の整理、司令室のモップがけなどなど。もう13時半を回り、はらぺこだ。それに付き合わされているロバー
トはフラフラだった。
「なんだ、ロバートもいたのか?」
掃除のため開け放した入り口から荒原が入ってきた。その後ろに見たことの無い青年が続く。背は高く、どこか頼りなさげな青年だった。
「ちょうどいい。隊員が増えることになったから紹介しておこう」
荒原は傍らの青年に促す。
「はじめまして。木田清志といいます」
清志と名乗った男がぺこりと頭を下げる。
「これから、君達をまとめてもらう事になる清志君だ。春名、山川、東、頼むぞ」
荒原は清志の肩に手を置き、三人娘に紹介した。三人娘はびっくりした表情だ。
「オペレーターが一人増えるんですか?」
知子が代表して尋ねる。
「あぁ、そうなる。しっかり仕込んでやってほしい」
「えっ、仕込むって言われませんでした?」
「あぁ、確かに言った。実は清志君はオペレーターの経験が無い。だから、三人がかりで育ててやってくれ」
「はぁ」
知子は生半可な返事しかできなかった。まとめる上役が、まとめられる部下より素人だと荒原は言っているのだ。まともな返事ができるはずが無い。
「頼む」
荒原が念を押した。
「わかりました」
疑問を飲み込み、三人娘は厄介事を引き受けることになった。
掃除に一段落をつけ、ロバートと三人娘と清志は一緒に昼食を取ることになった。無経験ながら、自分達の上司になることになった清志に三人娘は質問攻めを
している。
「あの失礼ですけど、今まで清志さんは何をなさってたんですか?」
「何をって?職業のこと?」
「はい、聞いちゃだめですか?」
「大学でてからずっと浮き草。平たくいえば、フリーター。税理士の専門学校には通ってたけどね。」
「言ったら悪いかもしれませんが、なぜここに?」
「うん。オペレーターとしてではなくて、多分、経理が主任務のはずだけど」
「経理?」
「そう」
「軍隊で経理が必要なんですか?」
「いままでは、予算内で戦争ができたんだ。なぜか?それは、本土決戦が無かったから。つまり、本土が無事である限り、補給がしっかりしているって事なん
だ。だから、計画が立てやすい上、計画どおりに進めることが可能だった。多少の無茶も帳消しにできた。だけど、今直面している戦いは守りの戦い。いきなり
本土決戦の籠城戦なんだ。だから、補給線は当然ズタズタになる。いたずらな浪費は避け、ここぞというときのために力を溜め込むなど一歩どころか三歩先を読
んだ運営が必要になるんだ。まぁ、一口に言えば、今までのやり方が通用しなくなって、ひどくみみっちい戦いをしなければならなくなったってこと。そのため
の予算管理が必要になったんだ」
「大変なんだ」
「まぁ、大変かもしれないけど。それを大変にするかは僕の腕次第なんだよな。がんばってみるよ。なんとか」
三人娘の清志を見る目がここで明らかに変わった。清志はさらりと言ってのけたが、とんでもない責務を負うことになるのを三人娘は見抜いた。それでも、心
配無いと言わんばかりにのん気に言った清志に尊敬の念を感じた。
「経理が必要な訳は分かった。だけど、失礼だが、なぜあなたが来ることになったんだ。他にも適任者はいなかったのか?」
ここで初めてロバートが口を挟んだ。
「それは事が急を要するからでしょう。だから人選している暇、いや、その前の資料集めする暇も無かったそうです。だから、僕が選ばれたんです。僕は、僕と
司令は親戚関係ですから」
清志が答える。だがその台詞を聞いたとき、ロバートの顔色が変わった。
「なっ、いま、親戚がどうとか」
「うん、僕と荒原司令は叔父と甥の関係なんだ。人を選んでる暇が無かったから仕様が無く、叔父が内閣総理大臣に僕を推薦して承認される形で入隊することに
なったんだ」
「なぜ!そんなことが許されていいはずが無い!」
ロバートが叫んだ。
海戈斗は沙月と鍛錬室での訓練を行う前に、水筒代わりのスポーツ飲料のボトルを買いに食堂へ向かっていた。だが、食堂方面が騒がしいことに気づいた。少
し早足で食堂へ向かう。食堂に着くと、ロバートと見慣れない青年(清志のこと。このとき、海戈斗は清志を知らない)が口喧嘩していた。ロバートとその青年
の間に立って知子が仲裁しようとしているようだが、効果がない。それを何人かの隊員が遠巻きに取り囲んでいた。海戈斗はその中に耕一と沙月を見つけ、事情
を聞く。青年が木田清志という名前の新入隊員だということ。清志はオペレーター経験が皆無なのに、オペレーター勤務になったこと。司令が経理の知識を持っ
たものが必要だと辻平内総に言い、司令の親戚でもある清志を推薦し、採用されたらしいこと。これがロバートの気に触ったらしい。
「それぐらい、誰でもできるだろ!」
ロバートが言う。にらみつけているロバートに対して、清志は優しく諭すような視線を向けている。
「ロバートさん。経理の知識は?」
「今は無い。けど、そんなことすぐにできるようになる」
「それじゃあ、無理です」
清志が冷たく言う。
「経理の勉強をする暇があるのなら、新兵器の一つでも開発するのがあなたの役目でしょう。つまり、全くの無駄です」
「なんだと!」
「違いますか?」
ロバートに返す言葉は無い。まさに言うとおりだった。だが、怒りをおさえられず、一触即発のところまできていた。拳を硬く握り、今にも殴りかかりそう
だった。知子は思わず身をすくめる。
「ロバートさん、あなたは何も言えないはずです。何か言ったらあなたの負けです」
沙月が口を挟んだ。
「なぜならば、オレが隊にいなければならない理由と清志さんが隊にいてはいけない理由を区別できますか?」
ロバートは沙月を見る。沙月も海戈斗も耕一もロバートを見ていた。いや、にらんでいた。
「沙月の言うとおりだな。ふりまわされているだけ。何を言っても負けに違いないか...」
ロバートは負けをしぶしぶ認めた。硬く握った握りこぶしを開く。
「言いたい事はわかっています。入隊する正規のルートから外れて入ってきたことに、困惑しているということぐらいは。しかし、隊の中には経理の知識に秀で
た方がいないのも事実です...」
清志が口を挟む。
「...誰かが少しずつではだめなんです。全体を見渡す誰かがいないと。戦争はお金の流れを無茶苦茶にします。軍隊は親方『日の丸』ですから、お金に苦労
することは無いですけど民間企業は違います。現代の戦争は、お上が国民の全てを投入できた時代のものとは違います。民間の方たちの暮らしを壊さない戦いを
するために、経理の知識が必要なんです!」
力説が続く。
「....それでも気に入らないのなら、殴って気がすむなら、僕を殴ればいい !」
清志は一歩前に出る。凛とした瞳でロバートをはじめてにらみつけた。
「勝手にしろ!」
捨て台詞を吐いてロバートは去っていった。周りの空気が急速に和らぐ。
「疲れたぁ」
清志が座り込んだ。体の底から力が抜けたみたいで、眼も虚ろだ。口喧嘩に気力を使い果たしたようだった。
早足で食堂を去ったロバートを沙月は追いかけた。
「喧嘩しちゃって良かったんですか?」
「なぜ、そんなことを聞く?」
「いや、ひょっとしたら、罠にはまったんじゃないかなと...」
「罠ってどんな罠が?」
「予算を管理する上で、一番出費をかさませ、かつ予測が不可能なのがロバートさん達の整備班。だから、喧嘩して仲違いしておくと、予算の都合をつける必要
がなくなるでしょ。ロバートさん、清志さんに頭を下げられますか?下げたくないでしょ」
「なっ」
「よって、多少無理な予算を押し付けることも可能でしょうね。会計のことなんてすぐにできるようになるって啖呵を切っちゃったから始末が悪い。与えられた
予算で最大の仕事をするのが経理の役目でもありますから」
「くっ」
沙月の説明で、ようやく自分で自分を不利な状況に追いやったことにロバートは気づいた。
「清志さんが言わなければ、司令と親戚関係だと言う事はばれなかったはずなのに。多少の計算があるのでしょうね。一歩や二歩先を読んだ計算が。嫌われるこ
とによって得られる何かに....」
沙月が独り言のようにつぶやいた。
「なぁ、海戈斗。どう思う?」
沙月は鍛錬室に入るなり問いかけた。木刀の素振りを繰り返していた海戈斗は手を止める。
「どうって?さっきの口喧嘩の事?」
海戈斗は問い返した。
「あぁ」
海戈斗は腕くみしながら考え始める。二人の間に沈黙が流れた。
「わざと嫌われたんだろうね。あれは」
「多分な。でもなぜ?」
「私にそんなこと分かるわけ無いじゃない」
「でも、敵をその眼で見極めることも武道家の才覚なんだろ」
「敵じゃないと本質的には分かっても、わざと嫌われようとする理由まではわからない」
「そうだよなぁ」
「第一、経理のことなんて私知らないもん。沙月の方がわかるんじゃないの?」
「オレも分からないよ。なんとなくしか」
「そのなんとなくって、何?」
「それは....」
沙月が先程のロバートとのやり取りをかい摘んで説明する。
「やっぱり、沙月の方がわかってるんじゃない」
「いや、肝心なトコが抜けてるような気がするんだ」
「私が分かっているのは、清志さんにはロバートさんへの敵意は感じられなかったことくらい。だから、わざと怒らせたんだろうって事しか分からないなぁ。あ
とは、本人のみが知ること。気にしたって始まんないかな。そのうち分かるでしょ」
「楽天的だなぁ!命を一緒に賭ける仲間だって言うのに」
「別に、そんなんじゃないよ。今考えられる対応策は考えたんだから、これ以上は無理でしょう。先取りして悩む必要は無いと思うの。その時その時に臨機応変
に考えればいい。違う?」
「そうか。かなわないなぁ、海戈斗には」
沙月は照れ笑いを浮かべると、木槍を構えた。
木刀と木槍がぶつかる音が響きわたる。飛び散る汗、乱れる髪。荒々しさが場を支配する。一瞬の隙を突いて、沙月が海戈斗の左わき腹を狙う。その槍先をか
わしながら海戈斗は、その柄を蹴り上げ沙月の態勢を崩す。だが、沙月は木槍を手放すことによって素早く態勢を立て直し、蹴撃によって態勢が崩れている海戈
斗の左ほほを殴りつけた。だが、槍を手放した沙月に刀を防ぐ獲物が無く、反撃もここまでだった。
「おしい。あと一撃なのに」
殴られた左ほほを冷やしながら海戈斗が言う。唇の端に血がにじんでいる。
「あっ、血がにじんでるじゃないか。ごめん。ごめん...」
沙月が狼狽する。
「ごめんじゃない!」
ピシリと沙月の言葉を切る。
「気にする方がおかしいよ。実戦訓練なんだから...」
にっこり微笑む。それでも沙月は納得いかないという顔をしている。海戈斗が新たな言葉をかけようとしたその時。
ビィィー!
ブザーが鳴り響いた。出撃命令。海戈斗と沙月はタオルと氷のうを投げ捨てると走り出した。目指すは格納庫。徐々にスピードが上がり、最高速で廊下を駈け
ぬける。
「ミカド、受け取れ!」
格納庫の入り口にいたロバートが駈けぬけようとする海戈斗に何かを投げた。走りながら海戈斗はそれを受け取る。
それは腕などにはめるサポーターのようなものだった。
「それを手首にはめとけば、二度と操縦桿を壊すことは無いはずだ!外すべき時は、自分で分かるだろ!」
「わかった!」
海戈斗と沙月が各々自分の機体に乗り込んだ。耕一はもう乗りこんでいた。オリトロン=パワードを始動させ、通信回線を開く。
「今度はどこへ?」
耕一が司令室にたずねた。
「もう少し待って下さい。まだ情報が混乱してます」
志保が怒鳴るように答える。ヘッドパットに絶えず流れる情報、モニターに流れる情報。恐ろしい速さでキーパッドを叩き、それらを一つに纏め上げる。志保
の額に汗が浮かんだ。
海戈斗と沙月は司令室が情報収集している間にパイロットスーツに着替えていた。全力疾走のために乱れた呼吸を深呼吸で整える。耕一は落ち着くために軽く
眼をつむっていた。
「じゃ、ちょっと避難地域を拡大しといた方がいいかな。出足が遅れそうだから」
育美が言うと荒原のほうに視線を向ける。荒原は無言で頷いた。
「避難させすぎると住民の混乱を招くけど、どうしますか?」
清志が口を挟む。育美が清志の方に目を向ける。眼がなぜ?と語っている。
「より大きな地域を避難させるのは大変なんだ。避難路のキャパシティの問題からね。あと、デマの危険性も増す」
「そうか。納得」
「いや、他の(部隊の)連中が誘導してくれるはずだから、これくらいはできると思う」
知子がまとめる。それに従い、清志が通信機を操作し、育美は避難路の検索を開始する。
「大体半径30kmくらいに目標が絞れてきたから、とりあえず出撃して。今あるデータはすぐ転送するから」
知子が志保の作業状況を見ながら、決断する。
「わかった。行くよ!準備はいいね?コウ!沙月!」
「当然だろ!」
海戈斗、耕一、沙月が互いを見合わせる。
ゴォォォォォ!!!
エンジン音が轟く。風きり音が続き、三機が飛び立った。あっという間に特殊機甲団のバラックが遠ざかっていく。
「また。また、勝たなきゃな」
耕一が、つぶやいた。視線を落としたその先には、果てしない雲が広がっていた。
END