第三話
『それが現実』
('04/07/27改訂)
宴が始まる。悲鳴の調べにのって、孤独の手を取りワルツを踊る。罪と罰を貪り喰らい、血の涙でのどを潤す。夜は気高く、夜は尊く、夜は儚く、夜は寂し
く。踊りつかれた孤独は、希望をつれて宴を去る。残された僕は、怠惰を纏い眠りに落ちる。朝という闇が宴を壊すまで、虚無の快楽に溺れ続けるだろう。そ
う、僕が人間でいる限り。
怪物襲来。その報が司令室に衝撃をもたらした。続々と情報が集まってくる。怪物の出現ポイント、街の破壊状況、死傷者数など。しかし、それらの情報が全
部有用とは限らない。実際に目の前に怪物が現れ、家々を破壊する様を見た人々はパニックに陥っている。パニックに陥った人々のとりとめの無い被害報告の中
から、ウソとマコトを選び出すのは至難の技だった。そのため、自衛隊中枢は早々にその情報処理を放棄し、特殊機甲団に全てを丸投げした。理由は単純だ。一
つの事案にかまい続ける事はできないという建前はあるが、処理能力が無かったというのが本音だった。結果、怪物に対する全てを特殊機甲団が背負うことに
なってしまった。まさに孤立無援。司令室の面々はその重責を感じずにはいられなかった。
ロバートは汗だくになって廊下を走る。司令室へ向かって。深呼吸で呼吸を整えると入室した。
「また来たか。ロバート」
司令の荒原が振り向きざま声をかける。
「はい」
ロバートは顔を上げ、姿勢を正した。
「邪魔だけはするなよ」
荒原はそう言うとモニターに視線を戻した。ロバートはその荒原に並ぶと、前回の戦闘時と同じく周りを見回してみた。だが、前回とは何かが違う気がする。
そう、周りの顔つきが違う。オペレーターたちのその顔つきが違っていた。実戦というモノを経験した彼女らは、もう迷わない。迷えなかった。覚悟を決めた爽
やかさが満ちていた。司令室とは、緊張と慌しさが同居するもう一つの戦場。もう、海戈斗たちは孤立無援じゃなかった。
『ミカド、コウイチ、サツキ。今度こそ支えてやれる....』
「また勝たなきゃな....か」
現在、専属通信士になっている清志(配属されてすぐ扱える機器が通信機ぐらいしかなく、必然的にそうなった)が耕一の台詞を繰り返す。現在の司令室では
オペレーターは四人。通信機を握る清志。敵の情報収集中の志保。その他の作業である避難状況の確認、他部隊の連携や調整などは育美がほぼ仕切っている。そ
の三人を一歩引いた立場で知子が総括、サポートしている。階級の上では清志が知子の上司であり、総括は彼の仕事なのだが、その全権を知子に着任と同時に委
任していた。
「絞りきれない」
情報収集中の志保がつぶやく。
「えっ」
オペレーターの面々が志保に視線を向ける。
「敵の居場所が絞り込めない。考えられるのは、全く同じモノが複数いるか。もしくは、想像を超えるスピードの持ち主か。情報のみではこれが限界」
にじんだ汗をハンカチでぬぐう。その前に冷えたオレンジジュースが満たされた紙カップが差し出された。隣に座っていた清志からだ。
「あっ、ありがとうございます」
礼を述べてから志保はそれを一気に飲み干した。清志は志保の礼を無視して、通信機で海戈斗達に話しかける。
「聞いてたと思うけど、敵の居場所が絞れないんだ。十分に気をつけて」
モニターに映る海戈斗たちは困惑顔だ。
「気をつけてと言われてもな....」
「ぼやいても仕方が無い」
「臨機応変。目の前にあるものを受けとめればいい。さっきも言ったでしょ、沙月」
沙月のぼやきに二人がかりの突っ込みがはいる。同年代がゆえの気安さ。清志は三人の仲良しぶりをうらやましく思った。ため息を一つつくと清志は言葉を続
ける。
「...そこで君達に提案があるんだけど」
「提案?」
「何を?」
「何をするんですか?」
「できれば、震皇か雷皇で勝ってほしい。平たく言えば、この戦いで翼皇をなるべく使うなって事」
「な、そんなことを....」
「してもらわないと困るんだ」
「戦いは奇麗事じゃないから...」
「勝ち方にこだわる余裕はない...」
「もちろん。だから、敵が戦い、いやこの戦争に本腰を入れる前にできる限りの事をしなければならないんだ」
「実戦でテスト運転をしろっていうこと?」
「そ、そんなこと....」
「そう取ってもらっても構わない。だけど、追い詰めれた時に初めて運転しているようじゃ100パーセント負ける。今しか時が無い。多少不利でも」
パイロット三人は考え込む。清志は荒原の方に眼を向ける。荒原は余計なことをと言わんがばかりに睨んでいた。沈黙が司令室を包む。
「戦術としては愚策だが、戦略としては一考の余地があるな」
野太い一言が沈黙を破る。モニターの端に辻平内総が映し出された。周りにいるはずの他の大臣達が今回はなぜかいなかった。
「聞いておられたのですか?」
敬礼の後、荒原が辻平内総に聞く。
「当たり前だろう」
辻平内総が威厳をこめて答える。そしてその目を清志に向ける。
「本来、君が言ったことは余計なことだ。君が関知すべきことではない。だが、我々にも耳はある。聞くべきことは聞こう。故に、パイロット達に直接言うので
はなく我々を通してからにすべきだ」
内総の言葉に対して清志は真っ向から対決を挑んだ。
「そうとは限らないと思います」
「何?」
「私の提案と内総の提案では重みが違います」
「そうだ。それがどうした」
「私は彼らと同格ゆえ、私の提案を彼等は吟味する権利を持ちます。対して内総の提案は彼らにとって実行する義務があり拒否できません」
「....」
「もう、わかられたと思いますが、彼らの意見が入る余地があるか無いかが違います。彼らが内総の提案に疑問を持ったなら、それが隙を作り彼らが敗れること
になります」
「....一つの見方として認めよう。だが、組織としては成り立たん」
「内総は履き違えをなさっています」
「なんだと?」
「我々が最優先すべきことは、組織を保つことですか?」
「何が言いたい?」
「例え、我々特殊機甲団が組織として壊滅しても、彼らが勝つことが最優先のはずです。彼らがベストで戦えるようにすることが、我々の存在理由ではないので
すか?」
「うむぅ...」
辻平内総は腕を組み思案する。自分の甥である清志の暴言の数々に、荒原は下げた頭が上げられなかった。
「....認めよう。だが、君が組織の一部という事には変わりない。組織というものは結果が出せてこそ、その行為が正当化される。重大な責務を負うことに
なる。わかるな?」
「....承知しております」
「わかった。もはや、何も言うまい....。それよりも荒原君。顔を上げたまえ」
内総の命令により荒原はゆっくりと顔を上げた。真っ直ぐに辻平内総を見つめる。
「組織にはこういう者も時には必要だ。そう卑下する必要もあるまい。いい部下ではないか」
「はっ」
「手綱はしっかりとな」
「心得ています」
荒原は一礼すると、モニターに映し出されたパイロット達に目を向ける。
「最終判断は、君達に任せる。だが、清志の言ったことも一理あることを肝に命じておけ!」
「了解」
「了解」
「了解」
荒原の一言に三人は即座に答える。分離形態(隼フォーム)のクォルフスが雲を引き裂き、さらにスピードを上げた。
「敵の居場所がわかれば....」
先程から汗だくになって分析している志保に加えて知子も敵の居場所を見つけるのに必死になっていた。情報が混乱し、敵の居場所が特定できないと言う事
は、完全に後手に回ることになる。まだ戦闘に不慣れな海戈斗たちにとっては命取りになりかねない。ひいては、日本の壊滅につながる。甘えは許されない、現
実の危機だった。だが、単純に敵の出現場所のみを探れば、場所は絞れた。それは和歌山県潮の岬。いわゆる本州最南端だ。だが、出現時刻と逃走方向という要
素を加えると絞りきれなかった。原因は、軍当局が敵本体を把握できなかったため、パニックに陥っている被害者達の供述に頼るしかなかったからだ。人の感覚
という曖昧さ。最新鋭の分析機器がどうがんばってみても、それに打ち勝つことはできなかった。
「敵のねらいは、何だと思う?知さん」
呆けた声で清志が知子に言う。
「いま、忙しいから」
怒りを込めた言葉が返ってくる。振り向きもしない。『この非常時に何を言い出すんだ!』とありありと読み取れた。
「狙いはクォルフスだと思う。日本転覆が狙いなら、差し当たり国会など政治的中枢をねらうか、混乱させるために東京、大阪、名古屋にある圧縮発電所をねら
う。真の目的がそれなら、敵さんは破壊活動を盛大にやるはず。だけど、死傷者の数が少なすぎるんじゃないかな」
「でも、現実に尋常じゃない被害が出てる」
「それくらいはしないと、クォルフスは出動しないだろ。陸自か空自が出動で終わるはず」
「じゃ、敵は何のために...」
「そのことは後から調べればいい。僕が言いたいのは....」
「....わかった。クォルフスを中心に(索敵)対象を絞る。そういうことでしょう」
「そう。検討して欲しい」
「でも、もしも国会とかを狙ってきたらどうするの?」
「その答えは簡単。大臣の代わりはいるけど、クォルフスの代わりは無い」
「えっ、それって」
「それが現実、そうでしょう?」
清志はモニターに映る内総に視線を向ける。内総は腕を組み目をつむっていた。そしてゆっくりと目を開く。
「最悪の場合、それも選択肢の一つだ。避けるべき事態ではあるが」
冷たく重い静寂がつつんだ。現実。それは目を背けられないもの。知子は喉元にナイフを突きつけられたような冷たさを覚えた。
「フォームチェンジ!雷皇(サンダー)!!」
沙月の叫びとともに三つの飛行機となっていたクォルフスは、肩に巨大スラスターユニットを付けた細身の人型に変形した。スピード重視の機体、第三形態の
雷皇に。
変形完了とともに雷皇は地上に降り立つ。だが、ゆっくりと倒れこむように片膝をついた。
「なっ、どうして?」
沙月が混乱する。あちこちのレバーやスイッチをガチャガチャ動かすが、機体が軋み音をあげるだけで雷皇を起こす事ができなかった。
「ちょっと待て!安定させるから」
耕一が怒鳴る。数秒の沈黙の後、機体が低い振動音を出し始めた。
「これで安定したはず。ゆっくりと雷皇を起こしてみてくれ」
「あぁ、起こしてみる」
多少のギクシャクはあったが、今度こそ起こす事ができた。すぐさま雷皇に槍を構えさせ、臨戦態勢を取る。
「あまり街中では使えないね。雷皇は」
海戈斗が急に口を開いた。モニターに映る海戈斗の瞳は、未だ見ぬ敵の姿では無く他の何かを写しているようだった。大概、海戈斗が口を開くときは何らかの
意図があり、無用の事はあまり話さない。
「まぁ、同感だな。だが、街中は障害物が多いからどっちにしても使えない」
耕一が海戈斗に答える。耕一も海戈斗が気づいた何かに気づいたのだろう。
「何かあったのか?」
沙月が正直な気持ちを吐き出した。
「よく周りを見てみなよ。砂をものすごく巻き上げてる....」
「....いや、正確に言うと、雷皇が加粒子を放射しているんだ」
「放射?」
「そう、放射している。加粒子を放射してバランスを取らないと立っていられないんだ。だからさっきこけた」
「なるほど。って、じゃあ(加粒子を放射しているって事は)機体は浮遊しているって事だろ!(攻撃に)ウェイトが乗らないじゃないか!」
「あぁ、力技は無理だな」
「あいたぁ。結構使いづらいな....」
沙月が露骨に顔をしかめる。だが、思い直すように激しく首を振った。
「臨機応変。考えてばかりじゃ何もできない。そうだったな、海戈斗」
「当然でしょ」
海戈斗が切り捨てるように言う。だがその言葉とは裏腹に表情は優しさにあふれていた。信頼しているからこそできる事。それもわからない沙月ではなかっ
た。
「海戈斗、耕一。さっさと敵をやっつけて今日の夕食は外で食おうな」
照れを隠すように沙月は言葉を紡ぐ。
「サッちゃんのオゴリでね!」
「おごってくれるんだろ」
海戈斗と耕一はその照れ隠しをありのままに受け止めた。
「当然だろ!」
沙月はありのままが嬉しかった。
『あぁは言ってみたけど』
沙月は頭をフル回転させる。構造自体に欠陥があり、雷皇は単体で機体を維持できない。そのために、加粒子を放出して支えている。だが、副作用として地上
に接地していない。つまり、浮いてしまっている。浮いてしまっていては攻撃にウェイトが乗らない。平たく言えば踏ん張りが利かなくなるので、競り合いにか
なり不利になってしまう。よって競り合いを避けられる戦法といえば、ヒット アンド アウェーになる。となると別の問題が発生する。機体自体が、そのよう
な無茶な運用に耐えられるかどうか?こればかりはやってみなくちゃ分からない。結局は臨機応変という結論に達してしまった。考えるだけ無駄だったという結
果が空しく思える。
『結局、なるようにしかならないって訳か』
腹をくくる。そうするしかなかった。
カチコチと秒針の音が聞こえてくるような、静けさが包む。極度の緊張を強いられる待ちの戦い。一分が一時間にも感じられる無情な時間が過ぎ去っていく。
そんな中、海岸で雷皇は槍を構え、ピクリとも動かなかった。ぽたりと沙月の額から汗が流れ落ちる。口を引き結び、前を見据える。操縦桿を軽く握り締める。
沙月もピクリとも動かなかった。
目をつむり、操縦桿に軽く手を置く。静かに流れる川のせせらぎのような静寂に溶け込む呼吸音。悠久を感じさせる周りとの一体化。耕一は、来るべき時に向
かい静かに時を過ごす。
腕を曲げる、伸ばす。手を開く、握る。足を踏ん張る、開放する。沙月と耕一の集中を乱さぬように、海戈斗は静かに穏やかに黙々と体を動かし続ける。筋肉
をほぐし、暖めることでいつでも全力が出せる。海戈斗の額に汗がにじんだ。
司令室では、とうとうオペレーター三人娘が総がかりで敵の居場所探しに没頭している。最新鋭の探査装置を使っても敵の影も形も捉えられない。三人娘は緊
張と重責と焦燥に押しつぶされそうになっていた。
「敵の技術のほうが一枚上手なんだろなぁ。レーダーをかわすなんて。そう考えるべきだろう....」
あえて口に出せずにいた結論を、清志がさらりと口にする。清志は三人娘の抗議の視線を浴びた。
「やることはやったんだ。後は彼らに任せるしかない。今君たちがすべきことは自分の気を落ち着けること。君たちの焦りは必ずパイロットに悪影響を及ぼす。
だから、落ち着いて」
「そんな無責任なことできるわけないじゃない!」
志保が金切り声をあげ、こぶしをディスプレイにたたきつけた。怒りと悲しみのこもった視線が清志の胸に突き刺さる。清志は無言で志保の腕をつかむと無理
やり席を立たせ、自分がその席に座った。
「たとえド素人でも、冷静さを欠いた君よりも僕のほうがいい仕事ができる。志保ちゃんはほかの仕事を頼む」
そう言うと清志は足元からマニュアルを取り出し、たどたどしい手つきで分析を開始する。
「そ、そんなこと...」
志保がさらなる金切り声をあげようとしたとき、
「志保ちゃん!私がやるから任せといて」
知子が声をあげた。知子と志保の視線がぶつかる。志保の体がわなわなと震えている。
「志保ちゃん落ち着いて。志保ちゃんは、他部隊とかとの連携をおねがい。避難状況とか損害状況など再確認して。育はパイロットとの連携。クォルフスやパイ
ロットに気を配って」
「えっ、私もいいの?」
「やらなきゃならないことは一杯ある。だから、分析は私と清志さんに任せて。お願い」
知子は二人を見つめる。視線で通じ合える仲。育美と志保は無言で言われたとおりの作業を開始した。たった一言、
「知さん、清志さん。ごめんなさい」
目を伏せながら、志保はつぶやいた。
静かに時間が過ぎ去っていく。夕暮れから夜へ。曇りから雨へ。小波から大潮へ。環境は刻々と変わる。雷皇はまだピクリとも動かずにいた。司令室の喧騒を
断ち切るために、ずいぶん前から通信回線は閉ざしていた。完全な無音空間。静寂を破るのは、波の音、風の音、そして雷の音。そのときだった。ピカッ。強烈
な光が周りを包む。降る雷光。轟く雷鳴。瞬間的に視覚と聴覚を奪われたときに、敵は来た。海面を割り、そのとげとげしい体を一直線に雷皇に向けて。その手
には剣とも槍とも取れる鋭い突起物が握られている。だが、雷鳴が消えたとき、敵の体は真っ二つとなり地上に落ちた。
「卑怯者(ヒキョーモン)にかける情けはないな」
沙月の居合によって、敵は一瞬にしてたたき伏せられた。
「ほう、やるようになったな」
荒原の口から自然に出た言葉だ。瞬間の出来事だった。落雷による僅かなスキをついて、猛然と襲いかかってきた敵が真っ二つに落ちた。瞬時に荒原は見抜い
ていた。闇夜の海に潜んでいた敵を一瞬で察知したのは、耕一の感覚の鋭さ。いや、野生のカンとも言うべきものだろう。そして、いち早く攻撃行動を開始した
のは沙月の瞬発力。敵を真っ二つにしたのは、海戈斗の剣客としての腕。雷皇の主武装である長槍で敵を真っ二つなんて芸当が成立するのは、海戈斗が刺突では
なく斬撃を行った以外に考えられなかった。耕一、沙月、海戈斗の息がぴたりと合った攻撃。成長を感じずにいられなかった。
「油断はするな!」
荒原が怒鳴る。歓喜の表情を浮かべた隊員たちが顔を引き締める。
「山川はクォルフスの現状を報告!春名は現状のまま敵機の分析を続行!木田は通信に専念せよ!」
「了解!」
荒原が断を下し、各オペレーターが応える。司令室が慌しくなった。
「司令!クォルフスの機関部および操作系統異常なし!あっ、雷皇の両腕部が破損率82パーセント!爆損の恐れがあります!」
志保がモニタリングされている計器をみて絶叫する。
「ちっ。ただじゃすまなかったようだな。どうにかならんのか?ロバート」
司令の命令を受け、傍らに控えていたロバートは志保の下に行き計器類を覗き込む。
「無理です!ここまで壊しては!むしろパージを進言します!」
ロバートが血相を変える。
「たとえ飾りでも両腕は必要だろう!ふっとばす訳には行くまい」
荒原が瞬時に否定する。ロバートは何か言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。
「司令!やはり現状の分析機器では敵機の分析はかなり困難です!おそらく、分析機器によるアクセスを吸収無効化していると思われます!」
知子が荒原のほうに振り向いた。
「くぅ、その件は君に任す!できる限りのことはしろ!」
「了解!」
荒原は苦渋の表情を浮かべた。最新鋭の分析機器でもアクセス手段(例えば、赤外線など)を吸収されてしまっては何もできないに近い。司令室としてこれ以
上の屈辱はなかった。
「やつら、通信回線閉ざしてやがるな。繋がりゃしない」
清志が顔をしかめ、独り言をつぶやく。
「清志さん、そういうことは司令に報告する!司令!クォルフスは通信回線を閉ざしている模様!広域回線の使用許可を願います」
知子が清志をたしなめがてら、司令に報告する。
「しょうがないやつらだ!許可しよう」
荒原が吐き捨てるように応えた。
「了解!清志さん!チャンネル501番!『通信回線を開け』とだけ叫んで!」
「わかった!」
清志は指をパネルに走らせた。
「どうする?」
沙月が重苦しく口を開く。雷皇は槍を構え、動けずにいた。真っ二つに両断した敵に感じる違和感。いやな予感。何かが引っかかっていた。
「それは、とどめを刺....」
海戈斗が答えようとしたが、最後まで言わずに口を閉ざす。自分が言おうとした事に矛盾を感じたからだ。
「真っ二つになっても死なない敵に、どうやってとどめを刺すのかが問題だな....」
海戈斗が感じた矛盾を耕一が引き継いだ。
「とりあえず、下手に動かないほうが得策だろう」
「でも、それじゃあキリがないよ」
「いっそのことフルパワーで焼き尽くしてやろうか」
「目と耳をふさがれたに等しい落雷の瞬間まで、電気を通しやすい海水の中でじっと耐えることができるような慎重かつ狡猾、さらに大胆な敵なんだ。見誤る
な。沙月、海戈斗」
耕一の苦言が海戈斗と沙月を貫く。いつのまにか冷静さを奪われていたことに二人は気づいた。その時だった。
「通信回線を開けぇ!」
操縦室に大音声が響いた。何事かと耕一があたりを見回すと、コンソール右端のモニターで清志が通信機片手にわめいてる様子が映し出されていた。耕一の背
筋に冷や汗が流れる。敵に集中するため、がやがやとうるさい司令室との音声回線を閉ざすことを最初に提案したのは耕一だった。当然、自分の尻拭いは自分で
しなければならない。嵐の予感がしても....。
「通信回線を開くぞ」
言い終わると同時に、通信機を操作し回線を開く。モニターに映る清志に頭を下げることを忘れずに。そして、カミナリが落ちた。
「敵さんを分析できないそうだ」
司令室との一通りの報告が終わったあと、ため息混じりに耕一は言葉をはいた。
「敵さんを分析できないって?」
目を丸くしながら沙月は繰り返す。この事態を打破するために、司令室の分析力には期待を寄せていたのだが。期待が大きかった分、落胆が大きくなる。
「そう、司令室ではお手上げだそうだ」
耕一はもう落ち着きを取り戻し、いつもの表情に戻っていた。口調も淡々としている。
「お手上げって、そんな無責任な」
焦りからか、沙月は思わず批判の声をあげる。
「そう言うな!彼女たちも一生懸命やってるんだ」
耕一はきつめにたしなめた。パイロットとしての苦労も知っているが、自分たちの無力を嘆く彼女達をさらに追い詰める気にもならなかったし、させたくもな
かった。
「はいはい。喧嘩はあとあと。現実的な話をしよう」
海戈斗が珍しく喧嘩の仲裁役を買って出た。だが、一瞬で険悪な雰囲気は吹っ飛んだ。ゾクリ。悪寒が走る。三人は無言で見つめていた。動き始めた死体を。
真っ二つにしてもとどめをさせなかった敵を。微量の光を放ち、完全再生して立ち上がった。
「....これも現実か」
沙月が空しくつぶやいた。
「敵機、立ち上がりました。おそらく完全回復した模様!」
知子が絶望的な報告をする。これ以上ないくらい司令室が沈痛な雰囲気で包まれていった。
「厄介なことになったな...」
荒原はつぶやくと、ロバートのほうを向く。
「分析ができない状態では、からくりの解明は無理です」
荒原の真意がわかっても、望むような答えはロバートには出せなかった。
「再生か。アメーバじゃあるまいし....。」
こぼれ出てしまった一言の愚痴。そんな自分に荒原は歯噛みした。そして。新たな愚痴がこぼれぬよう、屈辱に唇をかみ締めた。
「なるようになれだっ!」
高速の槍がくりだされ、突き、薙ぎ払う。敵に反撃の暇を与えない怒涛の攻撃。されど、全く平然として敵は其処にいた。
「ちくしょー、あたっちゃいないのかぁ?」
沙月はいったん距離をとる。沙月は苛立ちを隠せなかった。
「違う!瞬時に傷を治してるだけ!それよりも....」
その時、敵は距離を一瞬で詰めた。そして、敵の反撃が始まる。流れるように、激しく、そしていやらしく。退いたことが仇となり、敵に先手を完全に握られ
た。
「相手に間合いを完全に制されてる....。まずいね。これは」
海戈斗が消え入るようにつぶやいた。戦況は一進一退。いや、決め手に欠ける分だけこちら側が不利のように思えた。
薄暗い部屋だった。官邸内の司令室。椅子にもたれている男がいる。内閣総理大臣、辻平雅樹。身動ぎ一つせずにモニターをにらみつけていた。そこへ一人の
男が入室した。スーツを着込んだ、五十代くらいの男。重苦しい足取りで、辻平内総の右後ろに立った。
「坂本君か?」
振り向きもせず、辻平内総は肩越しに言う。
「はい。辻平内総」
防衛庁長官、坂本佳二は身を正した。
「首尾はどうだ?」
辻平内総は振り向きざま問いを発した。その内総の視線を坂本長官は無言で受け止める。数秒の沈黙。辻平内総は自嘲の笑みを浮かべると、体を元のモニター
のほうに戻した。
「奴等は、責務よりもメンツの方が優先するのか。実に。嘆かわしい....」
「申し訳ありません」
坂本長官は必死の思いで言葉をつむいだ。
「当たれぇ!」
沙月はミサイルを発射、敵の両腕の付け根を破壊した。敵の両腕はぽとりと落ちる。だが、落ちた両腕は怪しく蠢くと、雷皇の腕に巻きついた。
「なっ!腕がぁ....」
両腕を地面に縫い付けられ、雷皇は動けなくなる。敵は動きを止めた雷皇に猛然と突っ込んできた。
「パージする!」
耕一は使い物にならなくなりつつあった雷皇の両腕に見切りをつけ、切り離した。ついでに自爆させる。爆炎の中、敵本体は怯まず突っ込んできた。
「分離!」
沙月は合体をとく。雷皇は三つの飛行機に分かれ、各機、上空に離脱した。
「手強いなぁ。とにかく、(両腕を吹っ飛ばしたから)雷皇は使えない」
「しょうがない。翼皇で行こう」
「いや、武器で倒せないんだ。翼皇でも結果は一緒だ。勝てやしない」
「じゃ、どうす....」
「僕がやる。震皇で行かせてくれ」
「震皇でたおせるの?」
「試したい方法がある。多分、これしか敵さんを倒せない....って僕は思ってる」
「....耕一の頼みだ。任せようぜ、海戈斗」
「....コウ、信じるからね」
「あぁ」
戦法は決まった。三人は敵に鋭い視線を向ける。
「チェンジ!震皇(クェイク)!」
轟音とともに震皇は地上に降り立った。パワー重視の機体、第二形態の震皇だ。
「海戈斗、とりあえず敵さんの攻撃を受け流してくれ!沙月は海戈斗の補助!とにかく!これ以上、震皇を傷つけないでくれ!」
耕一が叫ぶ。二人は無言でうなずいた。なぜとは聞かない。自分の力で倒せないから、耕一を信じているから、二人は全てを任せた。敵のまとわりつくような
いやらしい攻撃に、流れるように身を引き攻撃をかわしていく。先ほどまでの雷皇とは違い、震皇は動きが重い。雷皇では攻防一体の動作ができたが、震皇では
回避動作で精一杯だ。その回避動作でも、震皇に幾重にも張り巡らせた重力子フィールドを突き破られないように直撃を避ける程度のもの。つまり、攻撃自体は
震皇に当たってはいるが、重力子フィールドにより無傷で済んでいた。海戈斗と沙月は懸命に役目を果たす。どんなに屈辱的な戦い方でも。
耕一は震皇の現状を洗い出していた。パシッ、パシッ、パシッ。乾いた音が響く。敵がその腕を重力子フィールドに打ちつける音だ。今は攻撃を紙一重でかわ
してるが、いつかわしそびれるかわからない。沙月と海戈斗の苦難が目に浮かぶ。だが、耕一は沙月と海戈斗の期待に答えなければならない。乱れそうになる思
考を一本の糸にする。耕一は黙々と作業を進め、端末のEnterキーを押す。表示された結果を見てうなずくと通信機に手をかけた。
「司令、聞こえますか」
抑揚のない声で耕一がたずねる。荒原はゆっくりと耕一が映るモニターに目を向けた。
「なんだ?」
同じく抑揚のない声で答える。
「司令、震皇が震皇たる所以(ゆえん)を示すことを許可願います」
「あれか....」
「機体もそんなに傷ついてはいません。そしてエネルギー残量も十分にあります」
「危険だぞ。半端な攻撃は逆効果だ」
「だから、全力でふっ飛ばします!」
「それこそもっと危険だ!」
「司令、では他に方法があるとでも?」
「くっ」
荒原は黙り込んだ。数秒の時間が過ぎ去る。荒原は右の拳を左の平手に打ちつけた。
「しょうがない。だが、5分待て!こちら側で出来るだけのフォローをする」
わだかまりを振り切り、荒原は断を下した。
「了解!」
力強く答える。カウントダウンが始まった。
「海戈斗、沙月。そのままで聞いてくれ」
耕一が重く静かに語りだす。
「これから仕掛けようとする攻撃は、震皇の切り札の一つだ。加粒子生成技術を応用して、敵さんの体の構成物質を強制的に擬似反物質化するんだ。そうする
と、擬似反物質となった敵さんの体は周りの物質と呼応して超振動を起こし、エネルギーレベルが上がる。つまり、原子と原子の結びつきも限りなく不安定な状
態になるんだ。そこへ、ちょっとしたショックを与えるとラジカル的に反応が進み大爆発を起こす。原子レベルのな。その辺は原子爆弾と一緒の原理
だ....」
海戈斗は耕一の言葉がまるで耳に入っていないかのように平然としている。いや、敵の立て続けの攻撃をかわすのに精一杯で、そんな心の余裕がなかったのか
もしれない。
「....無防備で核爆発か。ちょいときびしいな」
沙月は、耕一が今まで言い出せずにいた理由をずばりと言い当てた。この攻撃は、否応無しに爆心地で核爆発に巻き込まれてしまう。そこに弱点がある。仮に
全エネルギーを敵本体に叩き込んでしまったら、無防備になってしまい、核爆発から身を守るすべがなくなる。その上、核爆発の燃料となる敵本体の構成物質に
も危険性がある。例えば、クォルフスは(敵本体の見かけ質量から推定される量の)ウラニウムやプルトニウムの爆発程度ならば無防備状態でも十分耐えられる
ように設計されている(実際に仮想テストも行われている)が、それ以上の爆発が起きた場合は耐え切れない可能性がある。分析がまともにできない以上、この
攻撃は行き当たりばったりに賭けるしかなく、そこに耕一は躊躇した。
「....耕一、沙月、生き残る方法が見つかったならすぐに試すべき。迷う必要なんて無い!私たちは前進あるのみなんだから!」
海戈斗の絶叫が響く。前進あるのみ。それは、退路が無いこと。人権を奪われた海戈斗たちには、躊躇する権利も危惧を抱く時間さえも無いことを思い出す。
海戈斗と沙月と耕一。三人が一瞬、目をあわした。死ぬときは一緒。腹を決めた瞬間だった。
「辻平内総。射前(イテマエ)の使用許可かつ始動キーの発動を願います」
荒原は重い言葉を吐き出した。凛とした瞳に、顔には汗が浮かぶ。
「理由は?」
表情、姿勢をまったく動かさずに辻平は問い返す。
「言う必要がありますか?」
荒原も同じく微動だにしない。
「....必要性は認められんな。あの程度の敵ならば、現状のままで十分なはずだ」
言う必要がないものに対する理由を突っ返した。荒原の瞳が細くなった。そして表情の冷たさが増す。重苦しさがあふれ出した。
「....内総。残念ながら、現状では無理でしょう。内総のお考えになるクォルフスの実力は、機械的に求められた現実にはありえない状態を想定したもの。
机上の空論に基づいたものであり、現実には何の意味も持ちません。彼らのありのままをご覧になれば、自ずと答えは出ましょう」
荒原の理由は辻平の頬を張ったに等しい。辻平は血相を変え、立ち上がった。
「敵に手の内をさらすことになるのだぞ。最大の奥の手をな」
なんとかならないのか?どうにもならないのか?辻平の気持ちは痛いほど荒原にはわかる。
「ギャンブルは彼らを選んだ時点で始まっています。もう我々の全ては彼らの手の中に。我々にできることは何もないのかもしれません」
やさしく諭すような口調。つらい現実。だが、思い悩む時間もなかった。
「信じるしかない。それしか法がないのだな....」
辻平は力が抜けたように座り込んだ。あきらめの境地。ルーレットは回り続ける。
砂塵を巻き上げ、敵の攻撃を受け流し続ける震皇。操縦席の時計がカウントを刻み続ける。耕一はちらりと時計に目をやる。残り二分!敵の攻撃をかわしなが
ら見極める。左、右、右、右、左、上....。一瞬、敵を見切りその腕を引き寄せ担ぎ上げると、
「とぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合一閃!巨体を一本背負いで投げ捨て、敵との距離をとった。
「脚部収納!強襲型(ブレイクモード)でいく!」
瞬時に震皇は脚部を折りたたみ、収納されていたキャタピラが接地した。海戈斗の操縦管が一部収納され、楕円型ハンドルが現れる。耕一と沙月はおのおの作
業を続け、震皇のシステムを重装甲格闘型から突撃強襲型にリファインする。そして約束の5分を告げるベルが鳴り響いた。耕一の賭けが始まる。
「我が拳、大地を揺るがす光を纏う!光とは!咎人に裁きを降す地獄の業火!名づけて!激震煉獄裁!いくぞぉ!!」
気合を込めた耕一の台詞がキーとなり、震皇が力を解放する。
ゴワッ!
発生した力場が、周囲の空間ごと押しのけた。両下腕部に位置する超々巨大加粒子原動機がうねりを上げ、両拳が眩い光を放ち、震皇を中心に砂嵐が発生す
る。
「こ、こりゃあ、想像以上にでかいぞぉ!」
あふれかえる力場に沙月が悲鳴を上げる。轟音!爆音!激音!地獄の業火にふさわしい光が今、震皇の両拳に宿ったのだ。
「もう、後戻りはできない!覚悟を決めろ!沙月!海戈斗!」
震皇は腰を深く落とし、左腕をかざし右腕を深く引く。正拳突きの構えだ。
「覚悟なんてもう決めてる!」
「ぶちかませ!コウ!」
沙月と海戈斗の絶叫が重なった。重なった三人の気持ち、一つの思いが敵を射抜く。
ズババババババッ!
危険を察知した敵は体中のとげを放ち、急接近。だが、震皇は微動だにせず左腕の力場、その干渉斥力がとげを全て弾き飛ばす。敵は弾き飛ばされたとげに構
わず、全力突進。右腕は鋭くとがり、震皇の胸に狙いを定める。二号機コクピット、耕一の喉元へ。命中の直前、目を見開いた耕一が、震皇が、左腕を払い敵の
体制を崩す。それと同時に必殺の右ストレートが打ち出された!
ドグワァァァン
右拳に宿る光が敵に転嫁され、敵本体が眩い光を放ち表面がボコボコとめくれあがる。そこかしろに小爆発が起こる。だが、だが....。
「くぅっ....」
耕一は瞬時に見抜いていた。右拳だけではエネルギー不足だったということを。だが、左拳のエネルギーを干渉斥力から位相触媒である仮想反物質化エネル
ギーに変換してぶち込むと震皇は完全無防備と化す。耕一の心に恐怖が棲みついた。頭ではすべきことはわかっているが、体が動かない。
「うわぁぁー!」
海戈斗の咆哮!震皇は殴りつけた右手で敵の喉もとをつかむと左腕を振りかぶる。耕一の操縦をキャンセルして海戈斗が操縦していた。
「コウ!」
海戈斗の視線が耕一に注がれた。そのまま殴りつけることもできたのだが、海戈斗はあえてしない。いま、海戈斗が殴りたいのは敵ではなく耕一だ。その視線
が耕一の心に突き刺さる。その視線に込められた思いが耕一に巣食う恐怖を貫いた。
「うぉぉぉぉぉ!」
耕一は恐怖を振り払うように雄たけびを上げる。左拳に宿る光が大きくなった。
「南無三!」
敵に繰り出された左のアッパー。敵を包む光。
ボグワァァァァァァァァァァァァァァァァン
核爆弾に火がつき、地獄の業火が燃え上がった。
地獄絵図と呼ぶことさえ生ぬるい、荒れ狂う白き闇。自分たちが生きることの代償。抗えない必然の選択。一瞬にも満たない時間の中。耕一は自分の犯した業
の深さをまざまざと見せつけられた。気を失うことさえもできなかった。ただただ見せつけられた。
「娑婆(シャバ)は地獄以下とはね....」
聞こえるはずのない声が聞こえた。海戈斗の声?いや、耕一自身の声だったのかもしれない。
「....逃げるわけにはいかないだろう?....」
自問自答。されど答えはかえってこなかった。
END