「凛のその後の物語」

   
~3 年の時を重ねて~
 縁あってKIPOさんのHPに「凛の物語」を書かせていただいたのは、2005 年の春のことでした。
 当時の飼い主によって置き去りにされ、命を落とす寸前という悲惨な目に遭った
フラットコーテッド・レトリーバーを引き取って1 年。
精神的な痛手による「分離不安症」を背負った大型犬との日々を綴ったその「奮闘記」に、
HPを見たという方から多くの
励ましや、共感の思いを寄せていただきました。
 凛のために憤り、涙を流してくれた方が大勢いらっしゃるということに、また、そんな
悲痛な体験をしてしまった彼が再生していくことに喜び、感動してくださったことに私たち夫婦も励まされ、
とても大きな力をいただきました。ありがとうございました。
 あの「凛の物語」を書いてから2年。凛が我が家にやってきて3年の時が、瞬く間に過ぎていきました。
 置き去り犬、捨て犬・・・心無い人の手によって不幸になる犬がいなくなりますように・・・
助けを求めて悲鳴を上げている命がひとつでも救えますように・・・そんな思いを込めて、
KIPO さんのHP に「凛のその後の物語」を綴らせていただきます。

~ 不幸な犬を引き取るということ~  


 不幸な犬を引き取るとき、その覚悟を決めるときに最も強く心に決めたことが、引き取ると決めた以上、
何があろうとも「この命の面倒を最後までみる」ということでした。
受け入れた以上は「もうこれ以上悲しい目には遭わせない」と。
 置き去り犬や捨て犬を新しい飼い主が引き取った場合、全部が全部うまくいくわけではない。
痛手や不安からくる精神症状や破壊行動に「こんなはずでは」と音をあげて、やはり飼えないと
再び"飼育放棄"してしまう例は、実は少なくないのだ・・ということを、
この時私たちも初めて知った事実でした。特に大型犬は可愛いだけで飼えるものではなく、
その症状の出方も半端ではないので、この"たらい回し"は結構多いことなのだ、と。
 中でも留守番に不安を覚えるため、こんなに吠えられたのでは近所迷惑になるから・・とか、
排泄物の世話や予期せぬ病気など思った以上に大変だから無理・・などという理由で
仲介のボランティアの方に戻され、また次の飼い主探し・・そしてやはりまた次と。
 凛と同じ犬種でやはり飼育放棄された犬の場合、転々とした後で、とある牧場に
引き取られていった・・という話を聞きました。周りに動物がいたり、人が近くにいるという
環境はある意味では不幸な結末ではなかったかもしれませんが、リーダーを決めてその居場所の中で
暮らして行くのが本能の犬にとって、人の都合や感情でころころと居場所が変わり、
そこまでに行き着く過程はどんなに哀しいものだったろう・・と想像すると、やはり胸が痛みます。
置き去りにされた、捨てられた犬が、 どんな気持ちで一人にされる留守番のときに吠えるのか・・
どんな気持ちでパニック症状になってしまうのか ・・・その犬の気持ちの「大変さ」を何より考えてほしい。
切羽詰った気持ちを汲み取って、いろんな方法を探し、何より「時間」をかけてほしい。
人間の都合で「押し付ける」のではなく、その犬が痛手を受けた時間の何倍もの時間をかけて、
前の苦痛や習慣を塗り替えることをし続ければ、必ず心の平安に辿り着く・・・凛が今、3 年の時を経て、
留守番の時にもなんとか平常心でいられるようになったことや、当初の引きつった顔がみるみる穏やかになり、
甘えながら安心して熟睡する顔を見るにつけ、そう確信するのです。
 最も、放り出されて傷つく犬を増やさないために、そもそも犬を飼うすべての人が、
やはり「覚悟を持って飼い始める」ということが先決ではありますが・・・。

~生きものと暮らすということ~ 

犬や猫、何らかの動物が自分の生活の中に加わる・・ということ、やはりその存在は
その人たちにとって何らかの意味のあることなのではないか、と感じています。
一緒に暮らしてみてわかることですが、その生きものの心に救われることが必ずある。
しっかり面倒を見、きちんと向き合うことで、その生きものによって何らかが繋がり、
思いもよらない出来事がもたらされる事がある。そして、旅立った後から、必ず温かく見守られたり、
導いてくれるような出来事の実感がある・・・以前共に暮らした「くるみ」という
ゴールデン・レトリーバーとの出逢いがそう確信させてくれました。
 前の「凛の物語」で書きましたが、「もし不幸なわんこがいたらウエルカム」と思っていた私たちのところに
真っ黒な哀しい大型犬を連れてきたのは「くるみ」なのだ、という気持ちが私たちの心を強くし、
その消えそうな命を私たちの手でどうにかして幸せに旅立たせてあげることが、「くるみ」との約束なのだ・・・
それが、思い込みであろうが何あろうが、そんな思いが芯となり、日々の大変さを乗り越えていけたような気がしています。
 「犬」は毛皮をまとった大切なひとつの「魂」。私たちのところに来てくれた、私たちを選んできてくれた尊い「魂」。
たまたまやって来たかにみえるその命のお世話をさせてもらうことによって、
私たちの中の何かがきっと積みあがっていく・・・二人でそう確信したことが、
「最後まで面倒をみる」という覚悟のバックボーンになっているような気がします。
言い聞かせて治るものでは到底無く、不安症状からくるパニックに毎度毎度対処するのは正直気持ちも滅入り、
果てしなく繰り返される苦々しい現状に泣きそうになりましたが
これを超えた時にきっと何かが生まれてくるのだろう・・・と思いながらの、いわば課せられた「修行」。
 「私たちは必ず帰ってくるよ。ずっと一緒だよ。いつまでもここにいていいんだよ」を
呪文のように凛に言い続け、時間の力を借りて、信頼の層を1 ミリ1 ミリ増やし続けていきました。
 そんなこんなで行きつ戻りつ、一枚一枚、凛の中の「恐怖」や「不安」の薄皮がはがされるように
その奥に安心の表情が見え、1 年半も経つと、穏やかに留守番もするようになり、
私たちの言葉をすべて理解し、あたかも生まれた時から一緒にいるような強い絆が生まれていきました。
こんなに甘えん坊だったの?という位、体、心まるごと私たちに甘えるようになっていきました。
 心と身体は連動するというのは本当で、骨と皮で19 キロだったのが、もりもり食べて
立派な筋肉が出来、徐々に体重も増え、今現在は36 キロの堂々とした体躯に。
 やはり、犬はひとと同じように、「愛」をも食べて生きる動物でした。
 不幸な犬との生活は、とにかくその犬が負った経験や痛手に想像力を働かせることが、
「大変さ」を乗り越えて行く原動力になるのではと思います。
「こんな手に負えない犬は無理」と再び放棄してしまう前に、時間をかけてじっくりとその傷を治す「包帯」に
いかに人間がなれるかを人間の知恵で考える。自分たちだけで無理なら、
誰かの力を借りる。協力を得る。知恵を貰う。
 それを乗り越えていったときに、ほんとうに沢山の心の平安をこちらがいただくことが
あるのだ・・ということを、私たちは「凛」から身をもって教えてもらいました。
 

つづく