2.なぜ,サンゴ礁には多くの魚がいるのか

 海水中にはあまり多くの栄養分はなく,それゆえ,遠洋にはあまり多くの魚はおりません。特に,サンゴ礁の成立する熱帯の海では,表層から水が暖められて軽くなるため,水の上下循環があまりありません。したがって,栄養塩類が光合成のできる水面近くまで上昇して来ないため,特に栄養分が少ないのです(有名な漁場の多くがかなり寒い場所にあるのは,この逆の理由からです)。つまり,サンゴ礁はまるで砂漠の中のオアシスのような存在です。サンゴ礁は褐虫藻などに由来する栄養分が豊富なだけでなく,小魚たちの隠れ家を提供しています。豊富な食物と生活場所があること,それがサンゴ礁に多くの魚たちが棲んでいる理由です。

 しかし,ちょっと待って下さい。それにしても多すぎるような気がしませんか?陸上では,沢山の木々や草が茂っていても,昆虫,動物などはそれよりずっと少ないでしょう。しかし,海に潜ると,沢山の魚は目についても,植物の姿はほとんどありません。サンゴ虫の体内に褐虫藻が入っているにしても,植物よりも動物の方がずっと多いというのは変な気がしませんか?動物は,植物に依存して生きているはずなのに…。

 実は,これは,ちょっとしたトリックのようなもので,それほど不思議なことではありません。つまり,「動物は植物に依存している」ということは,より正確に言えば,「植物が光合成で合成した有機物の一部を動物が利用している」ということです。見かけ上,動物の方が多くても,この点に関しては,ちゃんと成り立っています。

 「動物の方が多い」というのは,現在そこにいる動物の重さの方が,植物の重さよりも多いと言い換えていいですよね。「重さじゃないよ,数だよ」と言う人もいるかも知れませんが,それは間違い。植物の大部分は肉眼では見えない単細胞生物なので,数に基づいてこういう印象を持っている人はいないはずです。個体の重さの合計は,何で決まるかというと,生体量(重さ)=成長期間(平均寿命)×成長速度で表されます。成長速度は,食べた量の一部が成長に回るので,むしろ植物の方が大きいでしょう。しかし,成長期間は全く違います。水中の植物の大部分は小さなプランクトンなので,片っ端から食べられています。2週間も生きていれば,長生きの部類でしょう。しかし,魚の方は何年も生きています。毎日の貯金額は小さくても,長期間続けていれば驚くほど大きな金額になる一方,多額の貯金をしても,期間が短くては大した額にはなりません。それと同じことです。 あと一つ言えることとしては(実は,良く考えると同じことなのですが),陸上植物の場合,動物に食べられる量はごく少なく,大半が枯れ葉,枯れ枝になるのに対し,水中のプランクトンが合成した有機物の大部分は動物の餌になります。つまり,植物の合成した有機物に占める,動物に渡る量の割合が,陸より海の方がずっと大きいのです。

 結果として,わずかな量の植物プランクトンが効率よく物質生産を行い,多量の魚などの動物を支えているのがサンゴ礁生態系の特徴です。だから,このわずかな植物ブランクトンが何かの原因でいなくなってしまうと,あっと言う間に動物たちも棲めなくなってしまいます。珊瑚礁を中心とする生態系は,実に微妙なバランスの上に成り立つデリケートな生態系なのです。

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