セレス再び
雲ひとつない快晴。
水飛沫。
黄色い歓声があがる。
水着姿のうさぎが、滑り台を勢いよく滑り落ちてくる。
タワーランドである。
ピーカンのこのよき日に、家でじっとしているようなうさぎたちではない。
いよいよ待望の夏休みに突入したということもあって、快晴の今日はタワーランドに遊びに来ているのだった。
世は怪事件の勃発で騒がしいのだが、事件が起こらなければ彼女たちの出番はない。事件の真相を突き止めなくてはならないのだが、実際問題彼女たちにとってはそれほど深刻ではない。不謹慎だと今朝方ルナに怒られたばかりなのだが、夏休みに入ったという開放感が、彼女たちを遊びへと繰り出させていた。
どんな事件にも真剣に取り組むレイでさえ、たまには生き抜きも必要だと、珍しく積極的に参加してきた。
今日のメンバーはそのレイと陽子と、アルバイトが休みのまこと、舞に、くりちゃん、そしてうさぎを含めた合計六人。他のメンバーも誘ったのだが、生憎となるちゃんは海野とデートだと言うし、ひかるちゃんは部活が忙しいらしく、ゆみこは家族旅行でグァムに行ってしまっていた。
年下組のほたるともなかは、あとから来ることになっている。もうそろそろ来てもいい時間だろう。
滑り台を落ちてきたうさぎは、ズレてしまった水着を直しながら、プールから上がってきた。プールから上がるときは、プールサイドで待っていたまことが手を引いてくれた。彼女は滑り台にはいかなかった。滑り落ちるという感覚が、どうも苦手らしいのだ。
「う〜ん! カ・イ・カ・ン!」
うさぎは思い切り伸びをした。真っ白いビキニ姿のうさぎは、男どもの注目の的だった。伸びをする姿に、見とれている者もいる。白いビキニは、この夏のために買ったおニューである。
もちろん、帰国するはずの衛と海に行くために買ったものだ。男心を擽る純白のビキニで奥手の衛を悩殺し、あわよくばこの夏こそ………! と言ううさぎの下心一杯のビキニなのではあるが、今はスケベな大学生たちを悩殺してしまっている。スケベ大学生たちが何を期待しているのかは想像するに難しくないが、彼らのささやかな期待に応えて上げられるような安物の水着ではない。男性にとっては迷惑この上ないが、最新式の水着は、透けないようなタイプの物も存在するのだ。(まったく余計な物を作ってくれたものである。)
「あっ! ホラ、うさぎ! 次はレイちゃんの番だよ!」
まことが滑り台の上の方を指差す。シンプルなライトグリーンのワンピースのまことだったが、そのばつぐんのスタイルは、やはり男心をくすぐるらしい。胸元をやや強調したデザインのその水着は、もともとボリュームのあるまことの胸を、より一層際だたせていた。子供のお供にプールに来ている、中年のおじさんまでもが鼻の下を伸ばしている始末だ。背が高く、ダイナマイトバディの持ち主であるまことは、やはり男性たちの注目の的であった。うさぎとは違う魅力がある。
見上げると、出発地点に腰を降ろしているレイが、にこやかにこちらに向かって手を振っている。アダルトなイメージの黒いワンピースのレイは、アルバイトの純情そうなお兄さんにエスコートされ、スタート地点にお尻を付けた。
「レーイちゃーん!」
うさぎが手を振るのと同時に、歓声をあげながらレイが滑り落ちてくる。
「あら、こんにちは!」
背後から声をかけられた。
振り向くと、そこにはとびっきり美人が立っていた。
「うそぉ! 黒月先輩! 珍しいところで会いますね!」
「同学年なんだから、先輩はやめてよね、うさぎちゃん。………あたしだって、こういうところに遊びに来るわよ」
うさぎの「先輩」という言い方に肩を竦めながらも、晶は笑顔を絶やさなかった。
「カレシと一緒ですか?」
「ザンネンでした。クラスメイトとよ」
晶は大人びた、黒のワンピースの水着を着ていた。レイのものとは違い、かなり露出度が高いワンピースである。プロポーションもバツグンで、アダルトな風情のその水着も手伝ってか、とても高校生だとは思えない色気があった。確かにうさぎとは同学年ではあるが、一歳年上の晶である。一歳違うだけで、こうも違うものかと深刻に考えてしまう。
滑り降りてきたレイが、プールから上がってきた。晶を見たレイは、軽く会釈をする。
「じゃあね。あっちで友達が待ってるから!」
隣の流れるプールでは、晶のクラスメイトらしい女の子たちが、彼女を手招きしている。ウインクをして晶は、そのボリュームある赤い髪をなびかせながら走っていった。
「ものすごい美人ね………」
溜息混じりに、レイが言う。滅多に他人を誉めたりすることのないレイだったが、晶の美しさだけは認めざるを得ないようである。
「うちの高校の同級生なんだけど、歳はひとつ上なの。人気あるよ」
「やっぱりね」
晶ほどの美人は、そうザラにはいない。芸能界にだって、あれほどの美人はそうはいないだろう。
「あれ? そう言えば、陽子ちゃんたちは?」
うさぎが他の友人たちの姿を捜す。
「え!? 一緒じゃなかったの?」
レイがびっくりしたように、まことの顔を見る。まことだけ、滑り台にいかなかったのだ。滑り台の場所に陽子の姿がなかったから、レイはてっきり陽子はまことと一緒だと思っていたのだ。
「レイのあとから、舞ちゃんやくりちゃんと滑り台の方に行ったから、あたしはてっきり一緒だと思ってたけど………」
「え? じゃあ、三人でどこか別のところで遊んでるのかしらね………。あたしの後ろには並んでなかったから………」
ちょっぴり不安になったレイは、右手を顎に当て、心配そうな表情になった。
夏休み中ということもあって、今日のタワーランドはかなりの人手で賑わっている。さっきの滑り台だとて、三十分待ちだったのである。一度はぐれてしまうと、見つけるのは骨が折れそうだった。
「はぐれたときに、落ち合う場所を決めとけばよかったね」
うさぎも不安そうに、ふたりを見る。
「あたしたちが滑り台に並んでいたことを知ってるんだったら、もう少し待っていれば、ここに戻ってくるんじゃないかしら」
「そうだな。もう少し、ここで待ってみようか………」
幸いこのプールサイドには、椅子もテーブルもある。ジュースでも飲みながら、うさぎたちは三人の帰りを待つことにした。ジュースぐらいなら、大学生風のお兄さんたちが、幾らでも御馳走してくれるのだ。
その陽子たちはと言えば、うさぎたちの心配などつゆ知らず、呑気に流れるプールにプカプカ浮いていた。
先程どこぞの高校生のふたり組が声をかけてきたが、軽くあしらってやった。しっかりと飲み物だけをおごらせ、飲み終わったらハイさようならというパターンである。
呪いの言葉を吐きながら、なおも言い寄ってきたふたりを、舞が強烈な肘打ちで撃退した。
ふたりの高校生にとっては踏んだり蹴ったりだが、世の中そんなには甘くない。
「そのペンダント、綺麗ね………」
くりちゃんは、さっきから気になっていた陽子のペンダントを、見つめるようにした。黄金に輝く、宝石のペンダントだった。プールに入ったばかりの時は身に付けていなかったのだが、滑り台に行ったレイたちを待っている間が退屈だったので、わざわざロッカーに戻って付けてきたのである。
「これ付けてると、なんだか安心するの」
陽子はペンダントの宝石を、指で弄ぶ。オレンジ色のその宝石は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。T・A女学院で拾った、太陽の宝珠である。もちろん、陽子はそれが重要なアイテムであるこを知らない。綺麗な宝石だったので、装飾店(もちろん、ジェエルOSA・P)でペンダントにしてもらったのである。他人に見せるのは今日が初めてだったから、レイも彼女が太陽の宝珠を持っていることを知らない。
「お守りみたいなものかな………」
感慨深げに、陽子は言った。太陽の宝珠を持っていると、妙に心が落ち着く。拾ったものではあるのだが、もともとは自分の持ち物のような、そんな気がした。だから落とし主を捜すようなことをしないで、自分で持っているのである。学院に落ちていたのだから、学院関係者の持ち物であったのだろうと推測できるが、今のところだれかが宝石を無くしたとかいう話は聞いてはいない。陽子も、何故か宝石を拾ったと名乗りでる気になれなかった。落とし主が分かるまでは、黙っていようとも考えた。
「変わった宝石だよね。まるで、太陽のよう………」
舞がうっとりとしたように、ペンダントを見つめた。宝珠は陽の光を受け、暖かい光を放っていた。陽の光をただ反射するだけでなく、まるで自ら光を放っているようでもあった。
「うさぎたち、もうそろそろ滑り降りてきた頃かな?」
不意にくりちゃんは、思い出しように言った。
「まこちゃんにも言わないで来ちゃったから、もしかして捜してるかも………」
陽子が続いた。もともとは彼女たち三人も、滑り台に並んでいたのだが、三十分待ちの立て札を見たとき、そのあまりの待ち時間の長さにウンザリとした。とても待つ気になれなかったのである。せっかく遊びに来たというのに、それでは時間がもったいない。ならば別のところで遊んでいようということで三人は一致団結し、流れるプールの方に来たのである。
「ここで待っててよ。あたしが見てくるわ」
舞は早口に言うと、プールからあがって、滑り台の方に小走りに駆けていった。
「あ! いたいたぁ!」
底抜けに明るい声が、風に乗って流れてきた。
「見つからないかと思いましたよ」
「いえーい! お待ちどうさま!!」
もなかとほたるのふたりである。底抜けに明るいのは、もちろんもなかの方である。白地に大きな向日葵の花がプリントされた、もなかお気に入りのワンピースの水着である。以前、クラスメイトや春菜先生たちとタワーランドに来たときとは、別の水着だった。
「ねえ、ここに来るまでに、美童さんたちを見なかった?」
真っ先にレイが訊いた。
「え? 見ませんでしたよ………」
「うーん。そっかぁ………」
「はぐれちゃったんですか?」
「そうなのよ………」
「ま! そのうち見つかりますよ!」
心配顔のレイとは正反対に、相変わらず脳天気なのはもなかである。タワーランドに来たことがそんなに嬉しいのか、ウキウキとしていて、とても楽しそうである。
「それにしても、あんたたち、この人数の中でよくあたしたちを見つけられたわね」
うさぎが妙に感心して言う。
「うさぎさんたちはすぐ分かりますよ。能力で、星の輝きを捜せばいいんですから」
白地に、水色の大小様々な大きさの水玉模様を散りばめたワンピースの水着を着たほたるが、珍しく得意そうに言った。
どうやらほたるは、うさぎたちの内に秘められているスター・シードの輝きを目印に、この人混みの中を迷わず、彼女たちのもとに辿り着いたようだった。こんなことができるのも、彼女たちがより強いスター・シードを持つセーラー戦士だからだった。
「あ! うさお姉( 、そう言えば、さっき流れるプールの方で、あいつを見たよ」)
深刻な顔になって、もなかがうさぎを見る。
「あいつって?」
「あいつよ! あのよくない噂の………」
「十文字拓也でしょ」
「そうそう! ほたるちゃん、よく知ってるじゃん! その一文字隼人…じゃない十文字拓也がいたのよ!!」
「何しに来てんだろう?」
まことは首を捻った。
「ナンパが目的じゃないんですか? 見たところ、ひとりのようでしたし………」
もなかは不快そうな表情をした。うさぎも困ったような顔をして、小さく溜息を付いた。見つかったら最後、しつこく言い寄られるに決まっている。
「こっちに言い寄ってきたら、あたしが撃退してやるよ」
指の間接をボキボキと鳴らしながら、まことは何とも頼り甲斐のある言葉を吐いた。下手な男より喧嘩の強いまことは、うさぎたちのいいボディガードだと言えた。
「!」
「どうしたの? レイちゃん………」
急に張りつめたような表情になったレイに、うさぎが声をかけた。まことも真顔になる。レイがこのような表情になるときは、ただ事ではないことが起きるときだ。
「妙な“気”を感じたの………」
レイはふうっと息を吐いた。表情が幾分緩やかになる。
それを見て、うさぎまことも緊張を解いた。しかし、レイは真顔のままだった。緊張は解いたが、警戒はしたままなのだ。
「美童さんたちを“気”で探ってたんだけど、そしたら敵の“気”を感じたのよ………」
“気”で相手の居場所を探るのがレイの特技だった。ほたるが言ったことがヒントになって、はぐれてしまった陽子たちのことを“気”で探ろうとしていたのだ。
「この間みたいに、タワーランドに敵が侵入しているのか?」
「分からないわ。敵らしき者の“気”は、すぐに消えてしまったから………」
緊張は解いてはいるものの、レイはどうも合点がいかない様子だった。
「油断は禁物だな」
まことは、ほたるともなかに視線を向ける。ふたりはゆっくりと頷いた。
「………さすがね。分からないように近づいたつもりだったんだけど………」
「セ、セレス!?」
彼女たちの眼前に、顔半分を黄金の仮面で隠した女性が瞬時に出現した。あまりに突然のことだったので、全員身を硬直させてしまった。セレスがその気だったなら、その瞬間に全員殺されていただろう。それほど無防備だった。
「ごきげんよう。セーラー戦士のみなさん………」
「正体がバレてるってことか………」
平静さを取り戻したまことが、うさぎを守るように、前方に歩み出た。うさぎとレイは椅子に腰掛けたままだ。ほたるともなかが、一番セレスに近い位置にいる。
「安心して、知ってるのはあたしだけだから………。組織の無能な連中は、あなたたちの正体なんか知らないわよ」
胸の前で腕を組んだ格好のセレスは、優雅に微笑した。攻撃してくる様子がない。しかも隙だらけだ。
「変身前のあなたたちに攻撃を仕掛けるほど、あたしは野蛮じゃないわ」
「どういうつもり? まさか泳ぎに来たなんて、冗談をいうつもりじゃないでしょうね」
探るような視線で、レイはセレスを見つめた。その神秘的な瞳に見つめられると、心を見透かされているような気分になる。
「そのまさかよって、言いたいところだけど、生憎と違うわ」
レイの言葉に、セレスは笑いながら答える。
「もちろん、目的はあるわ」
「目的ですって!?」
「そう………!」
短く答えると、セレスは空高く舞い上がった。
「なにをする気!?」
うさぎとほたるが、同時に上を見上げた。
セレスが眩いばかりの光を放った。まともに見てしまったうさぎとほたるは、貫くような光に目をやられ、両手で押さえて蹲った。
「くっ! あいつ!!」
辛うじて光を直視しないですんだまことは、右腕をひさし代わりにして上空を見上げた。
「!」
セレスが放った光球が見えた。
まことはとっさに蹲ったままのうさぎを抱き抱えると、プールの中に飛び込んだ。
シュシュシュシュシュ!!
光球が流星雨のように、タワーランド全体に降り注いだ。
「あいつめ! 無茶苦茶やりやがる! 言ってることとやってることが、全然違うじゃないか!!」
水面に顔を出したまことが、悪態を付いた。
「みんなは!?」
うさぎとしては、他のメンバーたちの様子が気になった。光球によって、プールサイドは無惨に破壊されていた。
半狂乱になって逃げ惑う人々の姿が、目に飛び込んできた。
レイが負傷していた。目をやられ、蹲っていたほたるを庇ったためのようだった。右腕から出血している。もなかがどうしたらいいのか分からず、オロオロとしていた。
「大丈夫か!? レイ!」
まことはプール上がると、レイに駆け寄った。傷がかなり深い。早く手当をしなければならない。
「ほたる、やれるか?」
まことはほたるを見る。
ほたるは目をしばたたせながら、レイの傷口を観察している。強烈な光を直視した後遺症が、うさぎ以上に残ってはいたが、大分視力は回復していた。
「大丈夫。あたしで治せます」
ほたるは言いながら、レイの傷口に自らの右手をあてがう。彼女は変身前でも、ハンドヒーリングの能力を持っていた。多少の傷なら、跡形もなく治してしまう。
くりちゃんと陽子は、逃げ惑う人々の中で揉みくしゃにされていた。うさぎたちを呼びに行ったきり、舞も戻っては来ていない。
「とにかく、避難しようよ。きっとみんなも避難してくるよ」
みんなのことが気掛かりだったが、この状態では捜すことは困難だった。一度避難して、そのあとでみんなを捜すしかない。そう判断した陽子は、くりちゃんに避難を促した。
先を争って逃げ惑う人々に、ふたりは揉みくしゃにされた。
初めは手を繋いでいたふたりだったが、人の勢いに押され、いつしか手が放れてしまった。気が付いたときには、もうお互いの位置は確認できなかった。
「どうしよう………」
逃げる人々に取り残されるように、陽子はその場に立ち止まっていた。無性に不安になった。早く逃げなければいけないという意識は働いているものの、体が動かなかった。
「こんにちは………」
顔の半分を、黄金の仮面で隠した女性が、ひらりと目の前に降り立った。
「あっ! 陽子さんが!!」
もなかが前方を指し示し、悲痛の叫び声をあげた。
セレスが気を失った陽子を抱き抱えている。
「陽子ちゃん!!」
形振り構わず、うさぎがセレスに突進した。
そのセレスの前にふたりの女性戦士が現れ、突進してくるうさぎを払い除けた。
「セレス様の邪魔をすることは許さない」
抑揚のない声で、左側に立つ女性が言った。
「キロン、アイーダ。あとを頼むわ。適当に遊んでから帰ってきて」
「はい」
右側に立つ女性が答えた。ふたりとも、ショートカットの同じような髪型をしていたが、別に双子でも姉妹でもないようだった。ふたりとも美しい顔立ちをしているが、似ているわけではなかった。
左側に立つ女性の方がやや背が高く、セルシアンブルーの髪と、同じ色の瞳を持っていた大きめの瞳は、まるで少女漫画の主人公のようにキラキラと美しく輝いている。対して、右側の女性はエメラルドグリーンの瞳と、同じ色のきらびやかな髪を持っていた。細く鋭い眼光が、じろりとこちらに向けられていた。
「う………」
突き飛ばされたうさぎは、コンクリートによって膝を擦り剥き、右足首も捻挫してしまっているようだった。
「殺しちゃおうか? キロン」
エメラルドグリーンの髪の女性が、悪戯っぽい目をして言う。
「捕らえて、聖体( を貰うって手もあるわよ。アイーダ」)
セルシアンブルーの髪を持つ女性が答えた。
「ちっ!」
が、すぐにふたりは舌打ちすると、左右に分かれてジャンプした。
ジュピターに変身したまことが、ライトニングストライクで突っ込んできたのだ。
更に、左に飛んだセルシアンブルーのキロンには、マーズのファイヤー・ソウルが、右に飛んだエメラルドグリーンのアイーダには、サターンのデス・スプリクト・ボールが、それぞれ追い打ち攻撃をかける。
「セレス! 何故彼女だけをさらう!? ここには、これだけの人数がいるというのに、どうして彼女なんだ( !?」)
セレスと対峙する格好になったジュピターが、油断なく間合いを詰める。
「一緒にいて気付かないとはお笑いだね………」
「何のことだ!?」
「あとで、驚かしてあげるわ!」
セレスは砂塵を巻き上げて目眩ましをすると、次の瞬間には上空に舞い上がっていた。
「待て!」
ジュピターはそれを追ってジャンプする。
間髪を入れずに、狙い澄ましたかのようなセレスのアステロイド・ディストラクティブが炸裂した。
咄嗟にガードはしたものの、直撃を食らってジュピターは吹き飛ばされる。衝撃のため、もの凄いスピードでプールサイドに激突すると、コンクリートを砕いて中にめり込んでしまう。
普通の人間なら、即死の状態だ。さしものジュピターも、コンクリートの中にめり込んだまま、ピクリとも動かない。
「ま、まこちゃん!?」
よろよろと立ち上がったうさぎだったが、捻挫した足では思うようには走れない。
セレスの第二波が、動けないジュピターを襲う。攻撃範囲に、うさぎもいた。
「まずい!」
キロンと戦っていたマーズが、ふたりに気を取られた。その隙を、キロンは見逃さなかった。オーラを纏った膝蹴りが、マーズの下腹部にめり込んだ。
「ぐっ!!」
目から火花が飛び散ったような感覚とともに、マーズはがっくりと膝を付いた。
「不動城壁( !!」)
アイーダに対し、一瞬自分が無防備になることを承知で、サターンはジュピターたちを援護した。
アイーダが無防備のサターンとの間合いを詰める。
視界の隅で、そのアイーダを捕らえていたサターンだったが、今からでは逃げることもガードすることもできない。
「やぁぁぁっ!!」
セーラーサンが飛び込んできた。全身でアイーダを突き飛ばす。
一方、セレスの第二波を不動城壁( で防いでもらったジュピターだったが、未だ起きあがることができないでいた。)
陽子を抱えたセレスは、今度はうさぎをターゲットにエネルギー弾を放った。変身する間がなかったうさぎは、未だセーラームーンにはなっていない。普通の体では、エネルギー弾の直撃には耐えられるはずもない。ましてや、うさぎを右足を捻挫していた。素早く動くことさえままならない。
ドーン!!
エネルギー弾がコンクリートをぶち抜く。が、そこにはうさぎの姿はなかった。
うさぎの姿を目で追ったセレスは、少し離れた位置で彼女の姿を見つけると、小さく笑った。攻撃には移らずそのまま陽子を連れて、テレポートしていった。
「大丈夫かい!?」
「え!? あなたは!?」
うさぎの窮地を救ったのは、十文字拓也だった。十文字はうさぎを抱えたまま、真横にジャンプしたのだ。着地するときも、体を上手く捻って、うさぎを抱いたまま背中から地面に落ちた。うさぎを傷つけないようにするためだ。
「早く、逃げた方がいい」
十文字は言った。
今まで気が付かなかったが、あれだけいた人々の姿は既にどこにも見えなかった。いつの間にか全員が避難してしまったのだろう。
「立てるか?」
十文字はうさぎを優しく抱き起こした。
もちろん、十文字も水着である。男性の体温を、じかに自分の肌で感じたうさぎは、思わず頬を赤らめた。衛とプールや海に行ったことはあるが、水着の状態で抱きしめられたことはない。こんな薄着の状態で異性と肌を密着させたのは、うさぎにとって初めての経験だった。どうしていいか分からない。
「歩けるか?」
肩を抱き支えてくれていた十文字の腕が離れた。うさぎは数歩歩いてみる。
「っつ!」
激痛が走った。まともに歩けそうにない。
「よし! 俺が抱いていこう!」
言うや否や、十文字はうさぎを抱き上げると、そのまま走り出した。
うさぎは戦っているレイたちのことが気になったが、十文字がいるこの状態ではどうしようもなかった。
十文字がうさぎを抱き抱えたまま走っていく姿を、ちらり横目で見たサターンは、アイーダに向けてデス・スプリクト・ボールを放った。
右腕でそれを弾き飛ばすと、アイーダはキロンに目を向けた。キロンの方は、既に勝負は決していた。気を失ったマーズを抱えたキロンは、宙空に浮かんでアイーダのことを待っている。
「ずらかるよ! アイーダ!!」
「オッケー!」
アイーダは目眩ましのハリケーンを放つと、キロンを追った。
「マーズ( !」)
サターンは上空に向けて沈黙鎌奇襲( を連発したが、キロンとアイダは巧みにそれを躱した。)
「マーズ( は貰っていくよ!!」)
キロンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。その刹那。
バシューン!!
強烈な衝撃波がキロンの背中に直撃した。
「ぐっ!」
短く呻いたキロンは、あまりの出来事にマーズを放してしまった。そのままマーズは飛び込み用のプールに落下した。
水飛沫が上がる。
「大丈夫か!? キロン」
予期せぬ攻撃の直撃を受けたキロンは、深手を負った。
「この借りは、必ず返す!」
アイーダは呪いの言葉を吐くと、キロンを連れてテレポートしていった。
「今のは!?」
思わぬ援護射撃をしてもらったセーラーサンとサターンのふたりだったが、その相手が見当たらない。東京湾天文台で仕事のはずのせつなが、こちらに戻ってきているとも考えられないし、司令室に連絡をしていないから、ルナやアポロンのはずもない。
「だれが助けてくれたの………?」
サターンは困惑するばかりだ。ましてや仲間だったら、姿を隠す必要などない。
「あっ!?」
食堂のある建物の陰に、何かがちらりと見えた。一瞬だったが、黒いマントのようなものだったように思えた。
「オペラ座仮面………!?」
いや、彼だったら堂々と目の前に現れるだろう。助けてあげたことを、恩着せがましく言うに違いない。オペラ座仮面ではないとすると………。
「まさか、タキシード仮面?」
彼以外、他には思い付かなかった。だとすると、何故彼は自分たちの前に現れないのか。サターンは益々困惑してしまっていた。
「うわぁ、こりゃぁすげぇや」
背後で素っ頓狂な声がした。振り向くと、無精髭を生やした仏頂面がそこにあった。毎度お馴染み、自衛隊の隊長である。
「T・A女学院の時よりは、ちっとはマシのようだがな………」
ぐるりを見回して隊長は言うと、がははと豪快に笑った。おそらく、タワーランドの従業員が通報したのだろう。この間の「青い瞳( の道化師」の時とは違い、周囲に結界は張られていなかった。)
「このタワーランドは呪われてるな………」
一週間のうちに二度もこんな惨事を招いてしまったタワーランドは、修復のためにしばらく営業はできないだろう。
「………ところで、怪我をしているお嬢ちゃんたちはどうする? 病院に連れてくかい?」
隊長は顎で示した。マーズとジュピターを、隊員たちが介抱している。
「すまない。大丈夫だ」
「ありがとう」
若い隊員の手を振り解くと、ジュピターとマーズは寄り添うようにして、サターンたちの方に歩み寄ってきた。
「怪我は?」
セーラーサンが心配そうに尋ねる。ジュピターとマーズは微笑を返した。
「あたしらの体は頑丈にできてるからね。サターンにちょっと触ってもらえば、問題はないよ」
遠回しに言ってはいるが、サターンのハンド・ヒーリングが必要のようだった。かなりのダメージを受けているらしい。
すぐさまサターンが治療に入る。
隊長はその光景を物珍しそうに見ながら、
「まったく、命が幾つあっても足んねーな」
他人事のように呟いた。
「呑気ね、隊長さんは………」
マーズは汗が浮かんでいる額を拭ったあと、深い溜息を付いた。
隊長はそれを受けて豪快に笑ったあと、優しげな瞳で、ひとことだけ労いの言葉を掛けてくれた。