泡と消えて


 騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)の外で激戦を展開しているクンツァイトたちは、サラディアの飛空艇ヴィルジニテの攻撃による爆発によって、城塞の外に吹き飛ばされていたヒメロスとマクスウェルにようやく合流していた。
 城塞を守るべく出撃した勇猛果敢な騎士たちは、機甲兵団の重火器による圧倒的な攻撃力の前に、その戦力は四分の一にまで減少させられていた。原野には、騎士たちの屍がそこら中に転がっている。
 完敗である。
「ちっ! 逃げるなら今のうちだぞ。進路ぐらい確保してやる!」
 大剣を振り回し、ヴィクトールは言った。剣圧で一体の機甲兵を戦闘不能にする。
「こんな状況で、よくそんな冗談が言えるな!!」
 フリーズ・ブレイドを一閃し、複数の機甲兵を葬り去ったクンツァイトは、怒鳴り返していた。つい昨日までは敵同士だったと言う感情は、お互い既になくなっていた。顔を上げたとき、視界の隅で一体の機甲兵を薙ぎ倒しているヒメロスの姿が映った。ヒメロスも同じ同じ気持ちのようである。
 壊滅に近い状態にありながら、侵攻する機甲兵団を尚も押さえていられるのは、ヴィクトールとクンツァイトの存在あってこそであった。ふたりの活躍により、辛うじて敵の侵攻を食い止めているのである。ヒメロスが合流できたことも大きかった。戦力としては不十分であるが、マクスウェルもがんばっていた。
「おい。お前たちも、ああいう船を持っているんじゃないのか?」
 空中に浮かぶ二隻の飛空艇―――〈レコンキスタ〉と〈ヴィルジニテ〉を顎で示し、クンツァイトは言った。
「持っているが、今は使うわけにはいかない」
 持っているなら出撃させろというニュアンスが含まれたクンツァイトの言葉だったが、ヴィクトールはあっさりと拒否した。
「何故!? この状況を打開したくないの!?」
 二体の機甲兵を立て続けに戦闘不能にしたヒメロスが、砲撃の合間を縫って走り寄ってきた。今のふたりの会話が聞こえていたようだった。飛空艇を出撃させれば、絶対的な戦力不足がカバーできるのは明らかなのだ。
「我らの飛空艇は使うわけにはいかない。彼女たち(・・・・)の為にも………」
「彼女たち!?」
 ヒメロスが怪訝そうな表情をしたが、それ以上の質問は許されなかった。圧倒的に有利な状況にありながら、一向に城塞に取り付くことができない機甲兵団が、ついに業を煮やして総攻撃を開始したからだ。今までバラバラに攻めていた機甲兵団だったが、一カ所に集中し始めていた。もちろん、自分たちの前方にである。
「あのでかいやつが!!」
 叫ぶマクスウェルの声は上擦っていた。総攻撃を開始した機甲兵団に加え、今まで上空に待機していた巨大な飛空艇が、動きを見せたのだ。
 イズラエル自慢の巨大な飛空艇〈レコンキスタ〉が、ゆっくりと騎士の城塞に向けて侵攻を開始していた。
「ちっ。イズラエルめ、自らの保身のためにサラディアに付くと言うわけか」
 ヴィクトールは吐き捨てるように言い放った。

「我が騎士団が、こうもあっさりと破れるとはな………」
 サブスクリーンに映し出されている外部の様子を、瞬きもしないで見つめていたジェラールは、ぽつりと言った。メインのスクリーンは度重なる爆発による衝撃でひび割れ、使い物にならなくなっていた。まだ完全に敗北と決まったわけではないが、残された戦力から考えると、騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)が墜ちるのは時間の問題だと判断するしかなかった。
 城塞自体の戦闘能力はすでになく、防御のためのシステムも早々に沈黙してしまった。ヴィクトールが率いた主力部隊も壊滅に近い。オーギュストに任せた第二部隊は全滅したと報告を受けている。
 組織の中でも難攻不落と言われていた強固な城塞も、その防御システムを知り尽くしている同じ組織の奇襲攻撃の前には、いかなる抵抗も無力だった。
「〈レコンキスタ〉が突入してきます!!」
 悲鳴に近い声が、ジェラールの耳を打つ。ジェラールは頬を引きつらせた。
「彼女たちを〈モンレアル〉へ移せ。何としても彼女たちは守らねばならない」
 傍らに控えていた若い騎士に、ジェラールは告げた。
(無事でいるのか? ヴィクトール……)
 ジェラールは最前線で戦っている友人のことが、ふと気になっていた。嫌な胸騒ぎを感じていた。

「まずいよ、アルテミス!! 大きいのが突っ込んでくる!!」
 サンザヴォワールと交戦しながら城塞の外に出ていたアルテミスに、上空の異常をいち早く察知したプレアデスが怒鳴った。だが、アルテミスには上空を見上げている余裕はなかった。ましてや、美奈子たちと合流できたことを喜んでいる暇もなかった。サンザヴォワールが手強い敵なのである。一瞬でも気を抜くと、それが命取りになり兼ねない。
(あたしだけで防げるか………!? いや、防ぐしかない!!)
 心の中で誓いを立て、プレアデスはすぐ近くで上空を見上げていたエロスに顔を向けた
「エロス。お姫様を守って!」
「!? プレアデス!?」
 エロスが視線を上空から戻したとき、プレアデスの姿は既にそこにはなかった。
「姉さん! 上よ!」
 アンテロスの声が聞こえた。エロスは再び視線を上空に向けた。
 巨大な飛空艇〈レコンキスタ〉に向かって、一直線に突き進むプレアデスの姿が映った。「ま、まさかひとりであれと戦う気!?」
 背筋がすうっと冷たくなった。〈レコンキスタ〉の全長は、五百メートルはあるだろう。いくらセーラー戦士と言えども、五百メートルの戦闘艦とひとりで戦うのは無謀すぎる。
 閃光が走った。プレアデスが〈レコンキスタ〉に攻撃を開始したのだ。しかし、さすがは巨大な飛空艇である。ただでかいだけではない。防御の為の磁気フィールドを周囲に発生させていた。プレアデスの攻撃が届かない。
「アルテミス様は!?」
 今度は、エロスは視線をアルテミスに向けた。依然としてアルテミスはサンザヴォワールと激戦の最中にあった。凄まじいまでの重火器による猛攻を巧みに躱しながら、アルテミスは魔剣ヴァンホールで応戦していた。アルテミスでなければ、重火器による集中攻撃により、一瞬で勝敗が決してしまうほどの、凄まじいサンザヴォワールの攻撃だった。アルテミスに加勢したくとも、近付くことすらできなかった。下手に近付けば、戦いの邪魔になるだけだった。
 上空で爆音が轟いた。〈レコンキスタ〉が砲撃を開始したのだ。
 シールドを張って、プレアデスが必死に砲撃を食い止めている。彼女の戦いぶりは、司令室にいるジェラールも見ているはずだ。
「あんな無茶をしているのは、お前の仲間か!?」
 ヴィクトールだった。為す術もなくただ上空を見上げているだけだったセーラーVは、その声で我に戻った。いつの間にやら、見知った相手が近くに来ている。敵の猛攻を防いでいるうちに徐々に後退する結果となったヴィクトールの迎撃隊が、城塞の最終防衛ラインまで下がってきていたのである。
「え!? あっ、彼女は!?」
 まだ正式にプレアデスの紹介を受けていないセーラーVは、ヴィクトールの質問に即座に答えることができなかった。
「あれは、プレアデスか!?」
 クンツァイトが頬を強張らせている。その様子から、セーラーVは、上空で巨大飛空艇に無謀な戦いを挑んでいる戦士が味方であることを知った。
「アルテミスはどこにいる!?」
 クンツァイトはアルテミスを捜した。セーラープレアデスがいると言うことは、彼女と行動を共にしているアルテミスも近くにいると言うことである。その視線が、サンザヴォワールと交戦中のアルテミスを捉えた。フリーズ・ブレイドを下段に構えたまま、クンツァイトは駆け出した。もちろん、アルテミスを援護するためだ。
セーラーV(みなこ)のお守りは任せた!!」
 誰に向かって言ったのかは分からないが、その言葉がセーラーVの疳に障ったことは確かだった。
「お守りですって!? 失礼な!!」
 耳を赤く染めてあかんべーをして見せるセーラーVだったが、それ以上の反論はできないのも事実だった。
「残りの戦力をここに集中させろ! 機甲兵団をここで迎え撃つ!!」
 ヴィクトールの指示が飛んだ。彼に付き従っていた何人かの騎士が、蜘蛛の子を散らすように周囲に散った。
 機甲兵団の攻撃は一層激しさを増していた。ここで食い止めなければ、城塞に突入されてしまう。
「無理よ、ヴィクトール! 地下の飛空艇で一端ここを離れた方がいいわ! 戦力を立て直さないと!!」
 悔しいが、ここは敗北を認めて騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)を捨てるしかないと、セーラーVは考えていた。このままここで戦っていても、悪戯に犠牲を増やすだけのような気がしたからだ。
「駄目だ!」
 だが、ヴィクトールは首を横に振った。
「飛空艇には騎士団は乗せられない!」
 その言葉の意味するところを、セーラーVは理解できなかった。
「む! いかん!!」
 セーラーVがそのことについて質問しようとしたとき、ヴィクトールは宙に身を躍らせていた。
 プレアデスの身が危うくなったことを、いち早く察知したのだ。

 全長五百メートルの巨大な飛空艇を前に、一歩も後には退かない構えのプレアデスだったが、それにも限界があった。
 自らの限界値を遙かに超えるパワーを放出して、防御のためのシールドを発生させていたのだが、体力が底を付いてしまったのである。
 〈レコンキスタ〉からの容赦のない砲撃は止むこともなく続き、彼女の背後に存在する騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)を守るためには、シールドを解いてしまうわけにはいかなかった。
(何で、あたしはこんなことをしているんだ………)
 ふと、疑問が沸いた。騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)を守るために、咄嗟に行動してしまったのだが、冷静になって考えてみると、自分が城塞を守らなければならないという義理は全くない。自分が必死に守ろうとしている城塞は、敵の居城なのである。自分たちは美奈子を助けに乗り込んできたはずである。それなのに、何故内部紛争に巻き込まれなければならないのか?
(こんなことで死んじゃったら、あたしって馬鹿みたいじゃないか………)
 ふと、そんな考えが脳裏を過ぎった。考えてみれば、自分がこうまでして必死に戦う理由がなかった。凱旋門の戦いで知り合った地球のセーラー戦士たちに行きがかり上協力しただけで、本来の自分の目的は何一つ達成されていない。行動を起こしていないのだから、達成しないのは当然のことだった。
「あたしは、ここで力尽きてしまうの………?」
 悔しげにプレアデスは呟いた。自分の使命は何だったのか、ふと思い返してみた。探さねばならない人物がいるのだ。会ったことのない人物だが、必ず見つけだして、伝えなければならないことがある。
「そうだ! あたしはこんなところでは死ねない!!」
 そう思えた瞬間、今まで以上のパワーが出た。気力が充実する。
 ヴィクトールがようやく援護に現れた。ふたりの力で形成された防御シールドは、〈レコンキスタ〉の砲撃をことごとく防ぐ。
「もっと早く来てくれれば、あたしが死ぬ思いをしなくてもすんだのに………!!」
「お前が飛び出すのが早すぎたんだ」
 ヴィクトールに向かって悪態を付くプレアデスに、少しばかり余裕が戻ってきていた。本来なら敵同士であるふたりは、今の会話の不自然さに気付き、顔を見合わせて苦笑する。成り行き上共闘しているとはいえ、敵同士であることには変わりはないのだ。
「!」
〈レコンキスタ〉の砲撃が一段階強化された。
「くっ! このままでは………!!」
 しかし、状況は好転したとは言えなかった。ヴィクトールは次なる作戦を考えなければならなかった。

 戦況は最悪である。
 アルテミスとクンツァイトのふたりを持ってしても、サンザヴォワールを倒すことは叶わず、未だふたりは激しい戦闘を繰り広げている。
 ヴィクトールとプレアデスは、〈レコンキスタ〉の砲撃を食い止めるのが精一杯のようであり、次なる展開に移れるような余裕は感じられない。
 エロスとヒメロス、そしてアンテロス、マクスウェルの四人は、残存の騎士団と協力して、猛攻を仕掛けてきた機甲兵団を必死に食い止めていた。
 明らかに不利な状況だった。敵はまだ残存の兵力を残していると思われるが、騎士団側は兵力がもうない。敵が温存している戦力を注ぎ込めば、一気に畳み掛けられてしまうのは火を見るより明らかだった。
「あたしが、何とかしなければならないのに………!」
 未だ本来の能力が戻らないセーラーVは、悔しげに呻いた。ひとり後方の戦闘区域外に待機
している彼女―――エロスの嘆願で、そうせざるを得なかった―――は、戦闘区域全体を見渡すことができる位置にいた。だからこそ、この危機的状況を改めて確認することができたのである。
 城塞のジェラールは動かなかった。所有する二隻の飛空艇を出撃させれば、この不利な状況を打開することは容易なはずであった。それを敢えて行わないと言うことは、そうしなければならない理由があるはずなのである。
「! もしかすると!!」
 セーラーVの脳裏に、何かが閃いた。それは、ジェラールが飛空艇を出撃させることができない理由の仮定のひとつでしかなかったが、より確信に近いものだった。
「もしそうだとしたら、ジェラールは飛空艇を出撃させない。いえ、出撃させることは絶対にしないわ」
 それは敗戦確実の現在の状況にあって、未だにこの城塞を死守するべく騎士団が戦闘していることにも繋がる理由だった。
「みんなは、あたしが守る!!」
 セーラーVは意を決した。全身にパワーを漲らせ、この絶対的に不利な状況を打開すべく、上空に舞った。
「ひ、姫様!?」
 驚愕してエロスがセーラーVを見上げたが、機甲兵団と交戦中の彼女にはどうすることもできなかったし、セーラーVの考えなどは分かるはずもなかった。

 上空に舞ったセーラーVの目標は、巨大な飛空艇〈レコンキスタ〉だった。まずは、一番厄介な相手を殲滅しなければならない。
「はぁぁぁぁ!!」
 セーラーVの体に集約されたパワーは、凄まじい閃光を伴い始めた。セーラー戦士として不完全な状態で、セーラー戦士の時と同様に戦うためには必要以上のパワーを必要とする。
「ヴィーナス・パワー………フル・チャージ!!」
 セーラーVの状態でのパワー解放は、自殺行為であることは分かっている。爆発的なパワーに肉体がついてこれないのだ。しかし、それでも尚、パワーを解放することを選択した。そうしなければ、現在の状況を打開することができないからだ。
「! や、やめろ、美奈ぁ!!」
 セーラーVの異常なパワーの上昇に気付いたアルテミスが、上空に向かって絶叫した。それが一瞬の隙を作ってしまうことなど、彼は考えていなかった。
 交戦中のサンザヴォワールが、相手の隙を見逃すはずはない。瞬時に間合いを詰め、アルテミスの至近距離から重火器による攻撃を加えた。
「! しまっ………!!」
 気付いたときには集中砲火を浴びていた。シールドも間に合わない。
「アルテミースッ!」
 クンツァイトがフリーズ・ブレイドを一閃した。サンザヴォワールもまた、アルテミスに集中攻撃を仕掛けたことで、僅かに隙ができていたのだ。
「ちっ! あと少しのところで………!」
 アルテミスにトドメを刺すことが叶わなかったサンザヴォワールは、フリーズ・ブレイドの一撃で失った左腕に舌打ちしつつ、後方へと退いた。

「何だ? あの光は………」
 〈レコンキスタ〉のブリッジで腕組みをしつつ、前方の騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)を凝視していたイズラエルは、突如視界隅で発生した光に視線を奪われた。
 眩いばかりの閃光は、騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)の前に陣取って動かないふたりの敵(プレアデスとヴィクトール)と〈レコンキスタ〉の直線上に割り込んできた。〈レコンキスタ〉の砲撃を全て弾き飛ばし、真っ直ぐにこのブリッジに向かって突進してくる。
「か、回避します!」
 副官のカーヒンが、甲高い悲鳴のような報告をする。
 正に特攻と呼ぶに相応しく直進してきた光は、〈レコンキスタ〉のブリッジを掠めた。爆音が轟き、ブリッジは激しく揺れる。艦橋左舷を掠めた光は、反転して再び同じ箇所を抉った。
 二度目の爆発の衝撃は、最初に比べると弱かったが、一度削られて脆くなっていた外壁は、二度目の攻撃に耐えられなかった。
 ブリッジ内に突如発生した突風は、クルーの何人かを外へと瞬時に運び去った。防護シャッターが降りたときには、ブリッジはその本来の機能を果たすには難しい状況となっていた。
「光は………!?」
 外壁が吹き飛ぶと同時に外へと飛び出していたイズラエルは、飛行能力を持たないシスターたちが地上に向かって死のダイブを行っている様を視界の端に捉えつつ、ブリッジの機能を見事奪った光の正体を突き止めるべく、視線を走らせた。
「あれか!」
 約五百メートル前方に、その光を発見したイズラエルは、そこに向かって宙を移動する。
(カーヒン。無事でいるか!?)
(はい)
 イズラエルの飛ばしたテレパシーに、カーヒンが即座に反応してきた。
(ブリッジの状況は?)
(三分の一のクルーが外に投げ出されたようです。計器類は完全に沈黙しました。ブリッジは壊滅です。第二ブリッジへ移動して、戦闘を続行します)
(いや、弾幕を張りつつ、一時後退しろ。そろそろ、サラディアのやつも動きを見せるはずだ。しばらくはお前に指示を任せる)
(はっ!)
 カーヒンの歯切れの良い返事を最後に、テレパシーによる交信は打ち切った。イズラエルが光に到着したからだ。
「セーラー戦士か。なるほど………」
 光を発するものがセーラー戦士であったことを突き止めたイズラエルは、ひとり納得して呻った。
「なかなか思い切ったことをしてくれる」
 口元に僅かに笑みを浮かべ、イズラエルはそのセーラー戦士を見据えた。
「………」
 光を放つセーラー戦士―――セーラーVは、無言のままイズラエルを見据え返していた。
 彼女の更に千メートル程後方には、再び砲撃を開始した〈レコンキスタ〉から、必死に城塞を守っているヴィクトールとプレアデスの姿が確認できた。
「面白い、相手をしてやろう」
 イズラエルのその言葉からは、絶対の自信が感じられた。かつてセーラームーンたち複数のセーラー戦士に圧勝しているイズラエルは、たったひとりのセーラーVなどに負けるはずがないと考えているのだ。
「一気に勝負を決めなければ、あたしの体が保たない………」
 肩で大きく呼吸しながら、セーラーVはひとりごちた。セーラーVの状態でのフルパワーの解放は限界がある。全力で戦えるのは、あと五分程だろう。それ以上は肉体が保たない。
「クレッセント・ビーム!!」
 コンパクトを前方に翳し、光の筋を二射した。イズラエルが躱すのは計算の内だ。その間に一気に間合いを詰める。
「エンジェル・ソード!」
 イズラエルの懐深く突入したセーラーVは、一気に伸び上がるように右手を頭上に振り上げる。右手から発生した光の筋は、鋭利な刃物となってイズラエルに襲い掛かる。
「ふん!」
 間一髪、身を反らして光の剣を躱したイズラエルは、伸び上がった際の隙だらけのセーラーVの腹部に、強烈なボディ・ブローを叩き込んだ。
「うぐぅ!!」
 目から火花が散った。胃酸が逆流する。
「終わりだな!」
 腹部に受けたボディ・ブローは、思いの外セーラーVにダメージを与えたようで、激痛によって硬直した彼女に、イズラエルは容赦ない連続攻撃を炸裂させた。
「死ねない! こんなところで死ねない!!」
 イズラエルの連続攻撃を耐えたセーラーVは、パワーを解放して反撃に転じた。
「はあぁぁぁ!!」
 目も眩む凄まじい閃光を放ち、セーラーVは肩からイズラエルに突っ込んだ。全身の筋肉が軋んだ。爆発的なパワーの解放に、体が付いてこない。
「遅い!」
 イズラエルはセーラーVの行動を見切っていた。初めに受けたボディ・ブローの影響により、スピードが激減していたのだ。
「今、楽にしてやる」
 突進してきたセーラーVをするりと躱し、その背後に回り込んだイズラエルは、残忍な笑みを浮かべた。背後からセーラーVの髪を掴んで引き寄せると、目にも留まらぬ連続技を叩き込む。強固なはずのセーラースーツが、その衝撃で裂けるほどの凄まじさだった。確かにセーラーヴィーナスのセーラースーツに比べると守備力が劣るとはいえ、地球上の物質ではそう簡単に傷は付けられない強化スーツなのである。それがいとも容易く裂けると言うことは、イズラエルの攻撃の凄まじさを物語っていた。
 渾身の一撃を躱されたセーラーVは、もはや為す術がない。一方的に攻撃を受けるだけで、ガードすることもままならなかった。
 既に体は麻痺し、痛みすら感じなかった。セーラースーツが裂け、肌が露わになろうとも、恥ずかしいという感情も沸かない。皮膚が裂け、鮮血が飛び散っているにも関わらず、まるで他人事のように感じていた。
(なに? この血は、あたしなの? あたしがやられている………。抵抗できない。体が動かない………)
 意識が次第に遠のく。イズラエルの連続攻撃は、僅か二分足らずのことであったにも関わらず、数十分にも感じられる長い時間だった。
(ごめん。みんな………)
 意識が失せた。イズラエルの手刀が、セーラーVの胸元を抉った直後だった。胸のリボンが無惨に引きちぎれ、最後の砦のプロテクターも破壊される。
「ふん!」
 失神し、既に意識を無くしているセーラーVに、イズラエルはトドメの技を放った。蒼空に、鮮血が舞った。下から見上げていると、まるで真っ赤な花火のように見えたことだろう。
 トドメの衝撃波の直撃を受けたセーラーVは、きりもみ状態で吹っ飛ばされ、青く美しいエーゲの海に吸い込まれるように消えていった。

「ひ、姫様ぁぁぁ!!」
 エロスとヒメロスは同時に絶叫した。吹き飛ばされるセーラーVを、茫然と目で追う。
 目の前に敵がいることも忘れてしまった。
「姉さん!!」
 アンテロスが気付いたが、既に遅かった。我を忘れてしまったふたりに、機甲兵団は集中攻撃を加えた。

「美奈子ぉ!」
 瀕死のアルテミスに肩を貸し、上空のセーラーVの戦闘を茫然と見ているしかなかったクンツァイトは、海面に叩き付けられた彼女を凝視し、絶叫していた。
 低く見積もっても、セーラーVは二千メートルの上空から海面に叩き付けられたことになる。その衝撃たるや想像もつかない。普通なら即死だろう。加えてあの鮮血の花火である。通常の攻撃程度なら、あれ程派手な出血はありえない。それは即ち、強固なセーラースーツをも裂くほどの凄まじいイズラエルの攻撃だったことを意味する。イズラエルの成すがままにされていたことから推測すると、既に失神していた可能性が高い。
 穏やかだったエーゲの青い海は、セーラーVが激突した衝撃によって、巨大な渦を発生させていた。セーラーVの解放されたパワーのエネルギーによって、海水の温度は沸騰するまでに上昇していた。
 恐らく、彼女はもう………。
 クンツァイトはセーラーVの消えたエーゲ海を見つめながら、唇を強く噛み締める。唇が割れ、血が滲み出すほどに。
「………すまん、アルテミス」
 瀕死のアルテミスをその場に寝かせ、クンツァイトは上空のイズラエルを睨み据えた。フリーズ・ブレイドを手にし、全身にパワーを漲らせる。
 沸騰し、泡立つエーゲ海に一瞬だけ目をやった。怒りのパワーが爆発寸前である。
「許せん!」
 セーラーVの仇を討つべく、クンツァイトが身を躍らせようとしたその瞬間、
「待て、クンツァイト!!」
 彼を制する声が耳朶を打った。アルテミスの声ではない。しかし、知っている声だった。
「今の声は!?」
 クンツァイトは飛び上がることを止め、その声の主を捜した。

「し、しまった! 彼女が………!!」
 イズラエルに一方的に敗北したセーラーVを、ヴィクトールは近くで見ていた。近くにいながら、援護することができなかった。
「そ、そんな………。アルテミス………」
 プレアデスも言葉を失った。アルテミスは彼女のことを救いに、この地にやってきたはずなのだ。だが、その結果は………。
「俺が近くにいながら………」
 ヴィクトールが嘆くのも無理はなかった。ふたりは味方の中では誰よりもセーラーVに近い位置にいたのだ。いながらにして、どうすることもできなかった。一方的にやられるセーラーVを、ただ見ていることしかできなかったのだある。
 弾幕を張りつつ後退する〈レコンキスタ〉を相手にしていては、それは仕方のないことだった。ふたりが防御シールドを解けば、騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)に多大な被害が出た。それは即ち、自分たちの敗北を意味していた。だから、ふたりはその場を動けなかったのだ。
「!」
 しかし、ふたりはいつまでも嘆いていることはできなかった。イズラエルが、次の目標をふたりに定めたからだ。
 〈レコンキスタ〉は後退した。激しい砲撃は今はない。しかし、一番厄介な相手の標的とされてしまった。
「わたしを敵に回したことを、あの世で後悔するがいい。ヴィクトール!!」
 殺気を孕んだイズラエルの視線が、身構えるヴィクトールに向けられる。ヴィクトールとしても、ここは一歩も後ろに退くことはできない。
「やつとは一対一で勝負を付ける!」
 プレアデスにそう言い放つと、ヴィクトールは大剣を鞘から抜いて宙を突進した。まずは自分の間合いまで詰めなければならない。
 だが、イズラエルもそのことは充分承知だった。容易く間合いを詰めることは許さない。
「これ以上、戦いを長引かせるわけにはいかないよ!」
 自分の間合いを作れないヴィクトールは、イズラエルに対して有効な攻撃ができていない。逆にイズラエルも牽制ばかりが目立ち、ヴィクトールを近づけさせないものの、やはり攻め手に欠けているようだ。長期戦になることは必至だった。
 やや後方に待機している状態だったプレアデスは、業を煮やして攻撃に転じた。
「!?」
 そのプレアデスの視界に、突如飛び込んできた巨大な影があった。〈ヴィルジニテ〉である。
後方の位置で今まで静観していたサラディアが、ついに動き出したのだ。
「は、早い!!」
 一瞬のうちに近寄ってきた〈ヴィルジニテ〉の全砲門は、全てプレアデスに向けられていた。この距離で集中砲火を受けては、いくらシールドを張ったとしても防ぎきれるものではない。
「これまでか………!!」
 プレアデスは覚悟を決めた。その時である。
「諦めちゃ駄目!!」
 凛とした声が響いた。突然耳に飛び込んできたその言葉と同時に、〈ヴィルジニテ〉が爆音と共に炎上した。
「なに!?」
 プレアデスも訳が分からない。炎上しながら、〈ヴィルジニテ〉は後退を開始する。
「?」
 プレアデスの瞳が、何かを捉えた。黄金に輝くそれは、彼女の記憶の中のあるものと。非常に酷似していた。
「まさか、『箱船』………!?」
 それは、彼女の本来の目的―――地球で探すはずだった「箱船」によく似ていたのだ。