新たに向かう先


 飛空艇タンプリエのメディカルルームで、マーキュリーは意識を取り戻した。
 目を開けた直後は、自分がどこにいるのか理解できなかった。思考もまだはっきりと覚醒していなかったし、だいいちメディカルルームの存在そのものを知らなかった。飛空艇タンプリエの全てを知っているわけではないのだ。
 ぼんやりと白い天井を眺めていると、徐々に意識がはっきりとしてきた。体中が痛かったが、どうやら生きているようだと認識できたとき、マーキュリーは文字通り跳ねるように上体を起こした。
「くっ」
 関節という関節が軋み、筋肉が千切れるような激痛が走った。あまりの激痛だったので再び意識が飛びそうになかったが、今度は必死に自分を保った。
 自分のいるこの場が飛空艇タンプリエの中だと分かったのは、この後のことだった。隣にベッドがふたつ並んでおり、そのベッドにウラヌスとアスタルテのふたりの姿を見付けたとき、マーキュリーは自分が飛空艇タンプリエに回収されたのだと理解した。
 ベッドとは言っても簡素な物で、形はカヌーを連想させた。その中に埋もれるようにして、ウラヌスとアスタルテがいる。自分も覚醒するまで、同じような状態で眠っていたのだろう。
 ウラヌスとアスタルテは、死んだように動かなかった。頬に赤みはなく、紙のように真っ白だ。息遣いも感じないが、それは彼女たちの体が透明のカバーで覆われている為だった。こうして透明のカバーが閉じられていると、ベッドはカプセルのようにも見える。
 気持ちを奮い立たせるために、マーキュリーは大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。
「気分はどう?」
 全く予期していない状況で声を掛けられたので、マーキュリーは思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「ゴメン。驚かしちゃったかしら」
 声が聞こえてきた方に顔を向けると、申し訳なさそうなネプチューンが佇んでいた。彼女の背後には横にスライドするドアがあり、どうやら今入ってきたばかりのようだ。首の関節と筋肉が痛んだので、首を巡らせるというちょっとした動作にも汗を掻いた。
「タンプリエが、あなたが目を覚ましたようだと言ったので様子を見に来たのよ」
 ネプチューンは自分がこの場に来た経緯を、手短に説明した。飛空艇タンプリエとタンプリエ本人は、一心同体だと聞いている。つまりは、飛空艇タンプリエの中にいる場合は、例えどこにいてもタンプリエならば様子を探ることが出来ると言うことらしい。不思議な話だが、事実、ネプチューンが自分の覚醒に併せてメディカルルームを訪れたわけだから、信じるしかない。
「気分はどうかしら?」
 ネプチューンはもう一度尋ねてきた。
「最悪ですね」
 強がりを言っても仕方がないので、マーキュリーは素直にありのままを言った。
「体中が痛いです」
「関節という関節が、全てと言っていいほど外れてたわ。外傷がなかったのは、セーラースーツのお陰ね。筋肉も損傷しているし、しばらくはまともに動けないと思うわ」
「そうですか……。そうですね」
 マーキュリーは肩を落とした。自分の体のことは自分がよく分かっている。今のこの状態では、とても戦闘参加は無理だ。
ウラヌス(はるかさん)アスタルテ(しんげつ)は?」
「まさか、このふたりがこうもあっさりとやられちゃうとは、思ってもいなかったわ。あたしも何が何だか分からないのよ。実はね、気付いたときにはタンプリエが傷付いたふたりを回収して、バベルの塔から十キロも離れていたわ」
 ネプチューンは肩を竦めた。詳しいことはタンプリエに訊けと暗に告げている。
「ヒアデスがここまでやるなんて……」
 マーキュリーは小さく呟いた。敵ではないと自分には言っていたが、このウラヌスとアスタルテの様子を見てしまうと、彼女の言葉を額面通りに信じることは出来なかった。
「死ななかっただけマシってところかしらね。マーキュリー(あみ)以上に、このふたりは深刻よ。タンプリエは心配ないって言ってたけど……」
 マーキュリーはネプチューンの視線を追うように、ベッドに中で眠り続けているウラヌスとアスタルテに目を向ける。ふたりは以前として覚醒する様子を見せない。ネプチューンが半信半疑なのも無理はなかった。
 やがてマーキュリーは、意を決したようにベッドから起きあがった。
「ブリッジに行きます」
 立ち上がったときに激しい目眩を感じた。体中のありとあらゆる器官が悲鳴を上げた。まだ動ける状態ではないと、全身が訴えかけてくる。
「駄目よマーキュリー(あみ)。もう少し休んでいなさい」
 労るような目をネプチューンは向けてきた。立ち上がった際の激痛で、硬直したところを見せ付けられたのだから無理もない。その言葉に甘えたいところなのだが、今がどういう状況なのか分からないままでは、逆にゆっくりと休めない。まずは現状を把握したかった。そのためには、自らの目で見、耳で聞く必要がある。
「いえ、大丈夫です」
 自らを鼓舞し、マーキュリーはブリッジを目指した。

 ブリッジに到着すると、ギルガメシュとエンキドゥ、そしてひとりの少女がマーキュリーを出迎えた。
 メディカルルームからブリッジまで、せいぜい二十メートルくらいしか移動していないはずなのだが、かなりの時間と体力を浪費した。やはり、まだまともに動ける状態ではないらしい。ネプチューンはマーキュリーのすぐ後ろを、マーキュリーの歩調に併せて付いてきてくれた。彼女の労りの暖かさに背中を押されるようにして、なんとかブリッジまで辿り着いた時には、全身に汗を掻いていた。
 ブリッジに所在なげに佇んでいた三人は、マーキュリーたちの姿を見ると、何故か安心したような笑みを浮かべた。が、ギルガメシュはすぐに表情を曇らせる。
「水巫女殿、大丈夫なのか? 顔色がすぐれない」
 ギルガメシュは、マーキュリーの背後のネプチューンにも尋ねるように僅かに首を伸ばした。
「心配ないわ。現状は?」
「あ、ああ……」
 ギルガメシュは曖昧に肯きながら、本当に大丈夫なのかとネプチューンに目顔で訊いた。ネプチューンが肯くのを確認してから、ギルガメシュは少女を間近に招き寄せた。
「イシュタルだ」
 ギルガメシュが少女を紹介すると、エンキドゥが「“お姫様”だよ」と補足してしてくれた。少女ははにかんだような笑みを浮かべて、清楚な物腰で会釈をしてきただけだった。マーキュリーは、「おや?」と思った。そのマーキュリーの疑問が通じたのか、
「彼女は言葉を持たない」
 ギルガメシュが少女の肩を優しく抱きながら、そう説明した。少女はマーキュリーの顔を見上げて、にこりと笑った。
「あたしはセーラーマーキュリーよ。よろしくね、イシュタル」
 自己紹介を済ませると、マーキュリーはギルガメシュに向き直し、
「でも意外だったわ。あたし、“お姫様”って言うのはシステムのコードネームで、生身の人間だとは思っていなかったの」
 内緒話にならないようにイシュタルにも気を配りながら言った。数瞬、目眩を感じたが、何とか持ち堪えることが出来た。ギルガメシュも少女の方を気にしていたので、マーキュリーの様子に気付くことはなかった。
「全てを明かす必要はなかったのでな」
 愛おしそうな目を少女に向けたまま、ギルガメシュは言った。
「それもそうね」
 ギルガメシュの言葉には、その言葉以上の意味が含まれていたようだが、マーキュリーは言及しなかった。エンキドゥがギルガメシュに目をやりながら、少し不満そうな表情を見せたことも、少なからず気にはなかったが、そのことについても問う真似はしなかった。必要があれば、ギルガメシュが話すだろうし、折を見てこちらから尋ねればいいだけのことだ。
「ヒアデスの攻撃で彼女の精神が飛んだって言ってたけど、もう大丈夫なの?」
 マーキュリーはギルガメシュに尋ねながら、改めてイシュタルを観察した。外見年齢では、小学校の高学年か、中学生くらいだろうか。地球人であればという条件が付くので、見た目だけでは判断できないが、仕草も雰囲気も、まだ幼いように感じる。瞳が大きく、可愛らしい顔立ちをしていた。瞳の色は輝くようなグリーンで、とても印象的であり神秘的でもある。プラチナのような輝きのある髪はサラサラとしていて、くるぶしまでの長さがあるが、重量感を全く感じさせなかった。肌は透き通るように白い。僅かだが、セーラークリスタルに近しい星の力を彼女から感じた。自分を気にしてくれたことが嬉しいのか、マーキュリーの顔を見上げて、笑みを浮かべている。
「ご心配かたじけない。もうバリアが張れるくらいに快復している」
「タンプリエの回りに張ってくださっています」
 どこからかタンプリエの声が聞こえてきた。ブリッジ内にいるようだが、相変わらず姿は見えない。
「手当をしてくれたお礼だなんて……。恥ずかしいですぅ」
 見えないところで、タンプリエが恥ずかしがっている。彼女には、イシュタルの心の声が聞こえるようだ。
「水巫女様のお体の方が心配ですと、彼女が言ってます」
「ありがとう。大丈夫よ」
 イシュタルに嘘は通じないかもしれないが、マーキュリーは努めて明るく振る舞った。それでも心配そうな視線を向けてきた彼女に、やんわりとした笑みを返してから、マーキュリーは顔をギルガメシュに向け直した。
「彼女も、“船”ですか?」
 何となくそう感じたので、マーキュリーはギルガメシュに尋ねてみた。そう考えると、彼女からセーラークリスタルに近い力を感じたことの理由に説明が付けられる。イシュタルが不安そうに、ギルガメシュの顔を見上げた。ギルガメシュは否定も肯定もしなかった。
「すまない。こちらにも色々と事情がある。詮索はしないでもらえるか?」
「そのうち、話してもらうわよ?」
 マーキュリーはそれで話を打ち切ることにした。エンキドゥがまた何か言いたげに、チラリと自分を見たが、気付かないことにした。エンキドゥはギルガメシュの顔色を伺っている節がある。この場で彼に何か尋ねても、得る物は何もないと考えた。それよりも、気になることがあった。
「ノスフェラートがいないわね」
 そう言って、決して広いとは言えないブリッジ内を見回した。相変わらずタンプリエの姿は発見できなかったが、ノスフェラートまでもが彼女を真似て身を隠しているとは思えない。メディカルルームにも姿はなかったので、負傷のため休息しているとも思えなかった。だいいち、名誉の負傷を負ったノスフェラートの姿など、とても想像できないし、彼に一番似つかわしくない姿だ。
「?」
 ブリッジ内の一同の表情がみるみるうちに曇っていったので、マーキュリーは不審がった。ただごとではない。
「どうかしたの?」
 何か、自分はマズイことを訊いてしまったのだろうか? この重苦しい空気は、いったい何の前触れなのだろうか?
「俺が、話すべきなのだろうな……」
 やがて、意を決したという風に、ギルガメシュが重い口を開こうとすると、
「ノスフェラートは、あたしたちをあの宙域から無事に脱出させるために、バベルの塔に残ったの」
 彼に先んじて、ネプチューンの声がマーキュリーの背中に投げ掛けられた。
「バベルの塔に残った!?」
 驚いて振り返った表紙に、また目眩が襲ってきた。今度は耐えきれずに、体が大きく揺らいだ。ネプチューンが抱き止めてくれる。
「ええ、彼は自分の意志でバベルの塔に残ったのよ」
 噛み砕いて説明するようにゆっくりと、ネプチューンはもう一度同じことを言った。
「そんな……。今更、そんなことをしたって……」
「君たちが逃げる分には、連中は見逃してくれるだろう。連中の目的は、バベルの塔なのだからな。しかし、我々も一緒だとなると話は別だ」
「ヒアデスは追ってくると?」
「当然だろう。ましてや、バベルの塔の機能まで持ち出すとなると尚更だ」
「だから彼は、バベルの塔に残って、あたしたちが後退することを援護して見せたのよ。あたかも、逃げたのはあたしたちだけのように見せかけるためにね」
 ネプチューンが、ギルガメシュの言葉を引き継いだ。
「そんな……」
 マーキュリーは言葉を失ってしまった。自分たちが去れば、ヒアデスはバベルの塔を容赦なく攻撃するだろう。自分たちを逃がした後、ノスフェラートが無事にその場から逃亡出来る確率は、極めて低くなる。
「案ずるな、水巫女」
 凍り付いた表情のマーキュリーに向かって、ギルガメシュは努めて柔和な表情を作った。
「あの男は逃げ足は速い。女性に手を出すのと同じくらいにね。なに、そのうち何事もなかったかのように、ひょっこりと現れるさ」
「そう……かもしれないわね」
 本当にそうあって欲しいと願いを込めながら、マーキュリーは肯いたが、笑顔を作る気にはなれなかった。
「憎まれっ子世にはばかるって、よく言うでしょ?」
ネプチューン(みちるさん)。ソレ、フォローになってませんよ?」
 マーキュリーは、やっと笑うことが出来た。目眩も治まった。マーキュリーはネプチューンから離れ、飛空艇タンプリエの進行方向に体を向けた。メインスクリーンには、青々と美しい空の光景が映し出されている。雲の流れを見る限りでは、かなりの高速で飛行しているようだ。迷いのないこの移動は、明確な目的地があるためだとマーキュリーは感じた。
「どこに向かっているんですか?」
 前方を見たまま、マーキュリーは尋ねた。
「日本よ」
「日本に!?」
 予期していなかった答えだったので、マーキュリーは驚いて振り返った。なんだか、先程から驚いてばかりのような気がすると、心の中だけで苦笑した。
 振り向いた自分に、ネプチューンは神妙な顔を向けてきた。気まぐれで日本に向かっているわけではないようだ。日本に行かなければならない理由があるのだろう。仲間たちとの再会に胸が躍りかけたマーキュリーだったが、逸る気持ちを抑えつけなければならなかった。浮かれていい状態ではないらしい。
マーキュリー(あみ)が眠っている間に、色々と重要なことが分かったの」
 ネプチューンは勿体ぶったような言い方をした。マーキュリーは無言で先を促した。
「ルナがね、早く戻って来いって言ってるの」
「ルナが?」
 彼女が戻って来いと言うからには、日本でも何か事件が起こっていると考えるべきだ。本当に気を引き締めなければならないようだ。
「どうやら、忙しくなりそうよ」

 そこはまるで、核爆発でも起こったかのような有様だった。
 金属らしき物も飴のようにドロリと溶け、今はその状態で固まっている。だいぶ冷えたとはいえ、辺りはまだかなりの高温だ。じっとしているだけでも汗が噴き出してくる。空気中に漂う水分もなく、地面に含まれる水分さえ完全に蒸発してしまっているのか、湿っぽさが全く感じられないだけ少しはマシかもしれない。
「バベルの塔の外壁は、ミスリル鉱だって聞いていたが……」
 ひょろりと背の高い男が、遠くを見るように首を伸ばした。
「見晴らしの良いことで」
 大仰に肩を竦める。地図で見る限りでは、バベルの塔の周囲には樹海になっていたはずなのだが、見える範囲は地肌が剥き出しになっている。樹海があったとは、とても想像できない。
「シリウス。敵がまだ近くにいるかもしれない。背の高いところで、そうやって索敵をしていれくれ」
「それだと、もし敵が残っていたら、俺が丸見えじゃないか。パンドラ」
「別にいいわよ。あたしが発見されなければね」
「ああ、さいですか……」
 シリウスは嘆息する。もっとも、敵の気配が消失してからこの場に降り立ったので、この場をこんな状態にした相手と遭遇する確率は極めて低い。そうでもなければ、こんな悠長な会話はしていられない。
「しかし、どんな高熱を与えれば、こんな風になる?」
 返事を返してもらおうとは思わなかったが、完全に無視をされるのも面白くない。パンドラはシリウスを無視して、ガレキの下を覗き込んでいる。
「帰るぞ、パンドラ。探索しても徒労だ。こんな状態で、生存者がいるとは考えられない」
 シリウスとしては、一刻も早くこの場から立ち去りたいのだ。熱くてかなわない。じっとしているだけでも汗が噴き出してくるのだが、自分とは対照的に忙しなく動いているというのに、パンドラはひとりで涼しい顔をしている。
「暑くないのか、パンドラ?」
「よくしゃべる男ね。少しは黙っていられないの? 帰りたければ、ひとりで帰りなさい。でも、ヴァルカン様に叱られるのは、あなたなんだからね」
 堪忍袋の緒が切れたとばかりに、パンドラは一気に捲し立ててきた。
(かば)ってくれないのか?」
 シリウスは、パンドラの剣幕をやり過ごす。
「何であたしがお前を庇う必要がある? 手伝わないのなら、それも併せて報告する」
「脅迫だぞ、それ……」
「口を動かす暇があったら仕事して」
「肉体労働は苦手なわけだが?」
「はいはいはいはいはい。そうでしたね!」
 なんでこんなやつと一緒に行動をしなきゃなんないんだと、パンドラぶつぶつ言いながら、探索の作業に戻った。戦闘力こそ強大だが、こと体力的な仕事となると、てんで役に立たないのがシリウスだった。持久力など皆無に等しい。確かに早々に作業を切り上げないと、この暑さの中ではシリウスの体力が続かないのだろう。もっと素直に言ってくれればいいのだが、シリウスは性格上、他人―――特に女性に対して弱音を吐くことは出来ないらしい。面倒なプライドだとも思う。
「ところで、アンドロメダは?」
 もうひとりこの場に来ていたことを、パンドラは今更ながらに思い出した。
「あいつが、俺たちと行動するわけはないだろ?」
 わざわざ訊くなとばかりに、シリウスは言ってきた。アンドロメダはシルバー・ミレニアムに属する戦士ではない。自分たちと別格なのが分かるが、勝手に行動するのにも程がある。自分たちはチームで行動をしているのだ。チームワークを乱されるのは困る。
「なんでこう、ウチの連中は単独行動が好きなのよ?」
 そう言えば、シリウスもシルバー・ミレニアムに属さない戦士だったと思い出しながら、この男は何の利益があって自分たちと行動を共にしているのだろうかと考えた。
「俺が知るかよ」
 答えるシリウスは、パンドラのその深い考えまでを察知することはなかった。
「ところで、アイネイアスとアキレウスから何か連絡は?」
 アイネイアスとアキレウスは、ヴァルカンが目覚めた直後に一時だけ合流したが、すぐに何か目的があるとか言って別行動をしていた。その後は、自分のところには何の連絡もない。
「知らん。俺はあいつらとは馬が合わない」
 シリウスはあからさまに不快そうな表情を作った。確かに何を考えているのか分からない連中だから、扱いづらいのは事実だ。
「プロキオンも戻って来ないし……。アテに出来るのはフェイだけね。全く、ウチの連中ときたら……」
「アテに出来るメンツに、俺も加えて欲しいんだがな……ん?」
 呆れ返っているパンドラに応じたシリウスの表情が、急に曇った。
「パンドラ。人がいる」
「ヒト?」
「ああ、生存者と言った方がいいのかな」
 他人事のように、シリウスは言った。
「馬鹿を言わないで! こんな状態で生存者なんか……」
「ここの生存者かどうか、直接訊いてみれくれよ」
 シリウスは、顎でパンドラの後方を示した。慌てて振り返ると、パンドラの三メートル程後方に、人が立っていた。男性だ。ヘラヘラと落ち着きのない男だった。
「……味方が回収に来てくれたのかと思って棺桶から出てきたんだが……。どうやら、アテが外れたようだ」
 男は落胆したように、右手で首筋を撫でた。無惨な状態の周囲を眺め回してから、ひゅうと口笛を吹く。
「こんなんで、よく生きてたな、俺」
「お前は、バベルの塔の住人か?」
 パンドラは鋭く問う。ここまで接近されるまで、自分もシリウスもこの男の気配を感じ取ることが出来なかった。明らかにこの男は、気配を殺して近付いてきた。用心しなければならない。
「残念だな。バベルの家主は不在だよ。俺は居候でね。ちょっと前に家主が出掛けるのを見送ったところだ。家主の帰宅を待つんだったら、お茶ぐらい出してもいいぜ。もっとも、この状態だから、帰ってくるという保証はないけどな」
「要は見捨てられたわけだ、あなたは」
「想像するのは勝手だけどね。ちょっと違うな」
「お前、どっかで見た顔だな」
 シリウスがパンドラを押し退けるようにして前に出てきた。危険を感じ、彼女を背後に匿ったとも見えるが、彼の真意は分からない。
「悪いな。俺は男の顔はすぐ忘れるタチでね。そっちの小柄なお姉さんなら、その昔口説いた記憶がある」
 男は戯けて見せた。シリウスの背後で、パンドラが嘆息する。
「あたしも思い出したよ……。コウモリ(・・・・)
「名前の方で覚えてて欲しかったなぁ」
 男はニタリと笑った。



次回予告

うさぎ「お! お! お! 亜美ちゃんが日本に!? ってことは、いよいよあたしの出番ってわけね!」
亜美「いえ、それがね……」
うさぎ「違うの!?」
美奈子「じゃあ、次はあたしがメインなわけね!」
うさぎ「美奈P。自分が日本にいることを忘れてない?」
美奈子「あ゛……」
うさぎ・亜美「(本気で忘れてたのか、コイツ)」

次回「美少女戦士セーラームーン」贄色の帝国編
「闇の胎動」

うさぎ「あたしたちはお休みですかい……」

月の光は、愛のメッセージ...