<02>


――かごめ、かごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる

        夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面 だあれ?――



「後ろの正面、だーあれ?」
格子にもたれて通りで遊んでいる子供達を眺めていると、不意に掌が自分の
両目に覆われた。
くすくす、と背後で小さく笑う声がする。
手に持っていた煙草を地面に落とし、足で踏み付けた。


――なんて名前だったっけ。
 確かこの前女郎屋の女将が呼んでいたような――


「…エドワード」
答えた瞬間、視界が開ける。
振り返ると、不満そうに唇を尖らせたエドワードの顔があった。
「なんだよ、その顔は。けしかけてきたのはアンタだろ」
苦笑を浮かべ、新しい煙草に手を伸ばす。
「なんでオレの名前知ってんのさ」
自己紹介なんてしてないのに、と頬を膨らますエドワードの顔は、先日俺に
『遊んでいかない?』と言った時よりも幼い子供の表情だった。
「こないだ、女将さんが『エドワード』って名前呼んでたからな」
それで知ってるんだよ、と言うと相手は幾らか納得したようで、なんだ詰まらない、
と肩先に垂らした三つ編みを指でピン、と弾いた。
朱色と橙色が織り成す着物に、エドワードの金糸が映える。
「今日も護衛?」
かたん。
エドワードが格子に手を掛け、俺の顔を覗き込む。
「ああ。随分アンタに入れ込んでるみたいなんでね」
「えっ…」
「アンタの上客、俺の上官。護衛の相手」
驚いた表情を見せたエドワードの反応が面白くて、つい意地の悪い笑みを
浮かべてしまう。
ふと、ぴちゅぴちゅと小鳥の囀る声が聞こえて、部屋の中に視線を移す。
「……金糸雀?」
小さな鳥籠の中に、小さな金糸雀が一羽、窮屈そうに羽を伸ばして囀って
いるのが見えた。
朱色と橙が混ざる羽の色が、エドワードの着物と重なる。


――金糸雀、みたいだ――


籠の中に閉じ込められた、宝石のような鳥。
たとえ手に入れたとしても、育て方を俺は知らない。


「エドワード、何してるんだい?早くこっちにおいで」
襖の奥から、聞き慣れた自分の上官の声がする。
「おっと…またね、少尉さん。
 早く帰りたいのなら、早く終わらせてあげるけど?」
外で時間潰すのも楽じゃないでしょ?と赤い紅をさした唇が、三日月の形を造る。
余裕の笑みが気に喰わなくて、俺はこう切り返す。
「…アンタさあ…その金糸雀みたいだよな」
「え?どう言う事?」
俺の言葉の意味が理解できず、エドワードは首を傾げた。


「…ぴーちくぱーちく煩ぇって事」


にこり。
我ながら会心の微笑だったと思う。
エドワードは見る見るうちに顔を真っ赤に紅潮させ、きっ、と強い眼差しで俺を
睨み付けた。
「一晩中そこで待ちぼうけさせてやるからな!」
それだけ吐き捨てると、自分の囲い人が待っているであろう奥の部屋に、
姿を消した。


――煙草を吸いながら、時間が過ぎるのをじっと待つ。
時折漏れて聞こえてくる、エドワードの熱に浮かされた愉悦の音色が、
俺の耳を掠める。
「…参ったな…」
空になってしまった煙草の箱を握り潰し、すっかり闇の色に変わった天を仰ぐ。


――此処の金糸雀は、夜の方が良い声で鳴きやがる――