![]() <08> ――唄を忘れた 金糸雀は 象牙の船に銀の櫂 月夜の海に浮べれば 忘れた唄をおもいだす―― ハボックの右手が、エドワードの頬を優しく撫でた。 二度三度、啄ばむような口付けを交わしてから、褥の上にエドワードの体を 押し倒す。 着物の合わせから覗く白い肌に唇を寄せ、顎に向かって舐め上げると、 エドワードの体がぴくりと跳ねた。 「少尉…待って…」 腕の下で、エドワードが弱い力でハボックの体を押し返す。 「……嫌だね」 何を今更、とエドワードの帯を解き、着物の合わせに手を入れた。 ひやり。 エドワードの肌に触れたはずの左手に、冷たい感触が広がる。 不思議に思い、エドワードの着物を床に落とすと、目の前の光景にハボックは 言葉を失った。 「……びっくりした?これは、五年前、人体錬成したときの痕」 自嘲気味に笑うエドワードの右手と左足には、生来の手足ではなく機械の其れが はめられていた。 「人体…錬成…って……」 ハボックの脳裏に、ロイの言葉が蘇る。 『その事件の後、子供はまだ幼かった為軍事裁判には掛けられず、 失った身体を義肢で補い……』 A-S115事件。 あの事件の当事者だった子供とはエドワードの事だったのかと、ハボックは確信した。 そう考えれば、何故ロイがエドワードに執着するのかも合点が行く。 「そう。オレと弟はそれに手を染めて…。 オレは右手と左足だけで済んだけど、弟は…」 琥珀の瞳を曇らせ、エドワードは俯いた。 「ロイは…俺の全てを受け入れて、俺を囲ってくれてるんだ…」 表情を隠す長い前髪を掬い上げ、ハボックはエドワードの頬に優しく口付ける。 「…こんな体、抱くの嫌だろ?」 「……どうして?」 「…だって、気持ち悪いだろ?」 「……何が?」 「だって…!!」 エドワードが顔を上げた瞬間、言葉を紡ごうとする唇を強引に塞いだ。 「……煩ぇのは、金糸雀だけで十分だ」 碧い瞳で、エドワードを静かに見据える。 「…抱きたいんだよ。俺が、お前を」 ――だからもう、何も言うな―― 二つの影が交ざり合う。 一つは己の罪を。 もう一つは淡い恋心を胸に秘めて。 決して報われないと互いに解っているのに、行為を止める事は出来なかった。 「は…あ…ァァッ、少…尉ぃ……」 投げ出した足が、布の上を滑る。 ハボックの指が、唇が、エドワードの肌に触れる度に、甘い嬌声が 部屋に漏れた。 「も…嫌…ぁ……」 指先で敏感な箇所を刺激すれば、エドワードの体は快楽に朱に染まる。 いつもと違う相手からの愛撫に、最初は戸惑いを見せながらも、エドワードは 次第に体を開いていった。 ここ暫らく触れ合って居なかった所為か、エドワードの体は敏感に反応し、 更なる熱を求めてハボックの背中に爪を立てる。 「少尉…、少尉…!」 お願いだから、と濡れた瞳で哀願する。 お願いだから、焦らさないでと足をハボックの腰に摺り寄せ、誘うように 微かに腰を捩らせた。 「……イかせてよぉ……っ…」 ハボックの首に腕を回して縋り付き、必死に声を振り絞る。 「…エドワード……」 指で散々慣した秘所に屹立した雄をあてがうと、エドワードの体がひくりと 震えるのが解った。 先端をめり込ませると、誘うように肉襞が締め付け、もっと奥にと銜え込む。 「ぁっ、あっ……、ァアッ!」 律動を送り込んでやるとエドワードが愉悦の声を上げながら、白い首を仰け 反らせて身悶えた。 仰け反った首筋に、紅い花弁が一つ咲いているのが見える。 戯れに体を伸ばして所有印に口付けると、ハボックを受け入れている部分が、 きゅ、と収縮した。 「あ、其処……っ」 一番敏感な部分だったのか、エドワードの上げる嬌声が一際熱を帯びたものに変化する。 「気持ち…イイ……」 あまりの快感に、エドワードの唇が無意識のうちに笑みをかたどる。 絶頂が近いのか、しきりにハボックの背中に爪を立て、形の良い眉を寄せて 腰を揺らすエドワードに、ハボックも限界が近付いているのを感じていた。 額に滲む汗も拭わず、ひたすらエドワードの体を貪る自分に、嫌気がさす。 欲望のままにエドワードの体を穿ち、彼を絶頂へと追い立てた。 「も……イく……っ、あっ、あっ、…アァァーーッ!!」 背中に感じる微かな痛みに、沸き起こる衝動を抑え切れず、エドワードの内部に 己の欲望の証を解き放つ。 腕の中で意識を手放したエドワードの体を静かに寝かせると、まだ少し乱れた 呼吸を繰り返す唇に、そっと自分の唇を重ねて啄んだ。 ――……ロイ……―― エドワードの口元が、恋人の名を紡ぐ。 口付けた唇の先が凍り付くような感覚がした。 ハボックは苦笑を浮かべ、金色の長い髪を一房掬って口付けると、眠ってしまった エドワードを起こさぬよう身仕度を整え始めた。 ――ぴちゅ、ぴちゅん―― 不意に鳥の啼き声が聞こえ、格子の外に視線を移す。 するとそこには、エドワードが逃がした筈の金糸雀が、鳥籃の前でせわしなく 小さな体をはばたかせていた。 「…なんだ、お前戻って来ちまったのか」 背後からそっと金糸雀の体を掴み、鳥籃の中に戻してやる。 すると金糸雀は始めは落ち着かない様子で毛繕い等をしていたが、そのうちに 澄んだ声で何度か囀ると籃の中で大人しくなった。 「……やっぱり、飼い主の処に戻ってきちまうのかねぇ……」 寂しげな瞳で、鳥籃を見つめる。 せっかく自由になれたと言うのに。 狭い鳥籃ではなく、大空を飛び回れるようになれたと言うのに。 「…そんなに、飼い主が好きかい?」 その言葉は、金糸雀に向けた物なのか、それとも静かに寝息を立てている 想い人に向けられたものなのか。 「…じゃあな」 静かに告げると、胸に響く甘い痛みを悟られぬよう、薄闇に染まる部屋から 抜け出した。 エドワードが目を覚ますと、雨はすっかりやんでいて、ぼんやりと傘の掛かった月が、 柔らかい光を放っていた。 「あれ…、少尉…?」 ぼんやりと霞む目を擦り、一緒に寝ていた筈の相手を探す。 しかしハボックの姿は何処にも見当たらない。 「…帰っちゃったの、か…」 もう少し一緒に居たかったのにな、とビー玉を指で弾く。 ぱさぱさ、と羽音が聞こえ、驚いて振り向くと自分が放したはずの金糸雀が、 鳥籃の中に身を寄せていた。 「なんだよ…お前戻ってきちゃったのか。 折角逃がしてやったのに、馬鹿だなぁ…」 布団から体を起こし、けだるい体を引き摺りながら鳥籃を自分の胸に抱え込む。 「…馬鹿だよな……俺も、少尉も…」 ――ぴちゅちゅ、ちゅん―― 金糸雀が、小さく啼いた。 |