<01>




――紅いおべべに紅い帯 今日は鎮守の森祭り

          誰と回ろか何処まで行こか 暮れた空には星の華――





「…ワード、…」

誰かが自分を呼ぶ微かな声にエドワードは重い瞼を開く。
どうやら情人を待つ間にうたた寝をしてしまったようだ。
瞼を擦りながら目を開くと、既に部屋は夕暮れで茜色に染まっていた。
「…エドワード」
再び格子の向こうから自分を呼ぶ声が聞こえて、エドワードは座敷から身を起こすと
其方に足を向ける。
「…何だ、少尉さんか」
朱い格子の向こうにいたのはくすんだ金髪に煙草の香りを纏った背の高い男。
しかし、いつもは軍服を纏っているはずの男は今日は普段と違う出で立ちをしていた。

―――濃緑の絣の着流しに、黒い帯。

男は何処かの祭にでも行くような格好をしていた。
エドワードは男の姿を見ると緩く編んだ金糸の先を指で弄びながら小さく小首を傾げる。
「少尉さん、何でそんな格好してんの?何かの任務?」
男はエドワードの囲い主であるロイの護衛だった。
だが座敷の奥に情人の気配は無い。
故にエドワードは男が何らかの任務の途中に上官から頼まれて自分の様子を見に来たの
だと思った。
「まぁ、任務と言やぁ任務…かな」
男は懐から煙草を取り出すと、いつものように火を点け深く吸い込む。
エドワードは男の謎掛けのような言葉の意味が解らず、何ソレ、と呟きながら幼子のように
唇を尖らせた。
男はそんなエドワードに珍しく柔らかな笑顔を浮かべる。
「おいおい、そんな顔するな。…俺はお前を迎えに来たんだよ。お前の御主人様に
 頼まれて」
「?」
不思議そうな顔をしたエドワードに、男は悪戯っぽく目を細めた。
「何だ、忘れちまったのか?今日は皆で川向こうの神社の祭りに行く約束だったろ?」
「…お祭り?」
言われて耳を澄ますと、微かに風に乗って祭りの囃子が聞こえる。
だが、そんな約束などしただろうか。
エドワードは訝しげに眉を顰めた。
「ああ。お前行きたいって言ってただろ、祭り。だから俺もこんな格好してるんじゃないか」
確かに以前そんな事を言った気がするし、それなら男の格好の意味も解る。

…だが、囲われたこの身は朱い鳥籠から出る事は叶わなかった筈。

エドワードがそう言おうと思ったその時。
「後ろ見てみろ」
男が、不意にまだ何か言いたげなエドワードの背後を指差した。
エドワードは促されるまま背後を振り返る。
そこには、朱に塗られた長持が置かれていた。
「こんなのオレの部屋にあったっけ…」
首を傾げながら長持を開けると、中には紅地に金の華をあしらった可愛らしい浴衣が
入っていた。
「これ…」
「あの人がお前の為に誂えたみたいだぜ。…ほら、早く準備してこい」
男はそう言うと格子に背を預け煙草に火を点ける。
エドワードは一つ小さな溜息を吐くと、長持の中身を手に持ち身支度をする為
奥へと姿を消した。




<続>