<03>




男に手を引かれるまま川縁までやってくると、そこには情人と弟の姿があった。
「アル・・・何で!?」
弟は淡い鼠色の甚平を身に纏って、昔と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて立っている。

―――自分が犯した罪のせいで今は眠り続けてる筈の、たった一人の愛しい弟。

「どうしたの、兄さん。幽霊でも見たような顔して」
弟は不思議そうにエドワードの顔を覗き込む。
「お前・・・意識が、」
「いいんだよ、・・・今日はお祭りだから」
言葉を紡ぎかけたエドワードを、謎掛けのような言葉でやんわりと弟が制した。
「でも・・・」
「エドワード」
まだ何か言いたげなエドワードの傍らに情人が立つ。
情人も今日は軍服ではなく紺の着流しを着ていた。
流石に人混みの中を軍服で歩く気は無いらしい。
情人は自分の誂えた浴衣を纏ったエドワードを満足げに眺めると、幼子にするように額に
接吻を落とした。
「エディ、今日は折角の祭りの日なのだから、これ以上野暮な事は言う物じゃ無いよ」
情人の言葉には柔らかい中にこれ以上何も言わせない強さが秘められていて、
エドワードは仕方無く口を噤む。
「・・・良い子だね、エディ。さぁ、行こう。行きたかったのだろう?祭りに」
情人は柔らかく微笑うとエドワードの肩を軽く押す。
その後ろでは、弟と咥え煙草の男が微笑っていた。
少し行った先の橋を越えれば、そこから祭りの行われている神社までは数分も
掛からない。
「兄さん、行こう?」
「きっとお前が食べたがってた綿菓子もあるぜ」
弟と男が促す。
エドワードは金糸を揺らしながら橋の方へと歩き出した。




神社は、人で溢れかえっていた。
華やかに飾られた提灯。
沢山の人で賑わう数々の屋台。
楽しげな声を上げて駆け回るエドワードより少し幼い子供達。
エドワードは皆とはぐれないように後ろを気にしながら、早速近くの屋台を覗き込む。
売られていたのは真っ赤な杏飴だった。
「食べるかい?買ってあげよう」
情人は懐から財布を取り出すと杏飴を二本買い求め、一本をエドワードに、もう一本を弟に
手渡した。
飴の天辺をかじると、水飴の甘い味が口の中に広がる。
エドワードは弟と二人、笑い合いながら飴を頬張った。
そのまま屋台の並ぶ通りをのんびりと歩く。
「あ、綿飴」
歩いている途中に少し先の屋台でずっと食べたかった綿菓子を見つけて、
エドワードは小走りで駆け出した。
「オッサン、綿飴一つ!・・・って、そっか、オレ財布・・・」
と、手持ちが無い事に気付いたエドワードの背後から手が伸びて、屋台の主の手に
小銭が落とされる。
エドワードが振り返ると、そこには蒼い瞳の男が財布を手に立っていた。
「おい、急に駆け出すなよ。見失うだろ?」
屋台の主から綿菓子を受け取ると、男はそう言って困ったように微笑う。
「・・・ごめん」
久し振りの楽しい時間に少々はしゃいでしまったようだ。
エドワードは男の手から綿菓子を受け取ると素直に小さく謝った。
「さ、行くぞ・・・って・・・あれ、大佐がいねぇ」
エドワードの手を捕まえて背後を振り返った男がぽつりと呟く。
その声にエドワードも後ろを振り返るが、そこに弟と情人の姿は無かった。
どうやらこの人混みではぐれてしまったようだ。
「参ったな・・・」
男は困惑したように頭を掻いた。