二人は人混みの中を縫って知った顔を探す。 暫くして、男は諦めたように一つ、溜息を吐いた。 「仕方無いな…。ま、そのうち会えるだろ」 男はそう呟くと懐から煙草を取り出し唇に咥える。 人混み故に火は点けないが、其れが無いと落ち着かないのだろう。 と、男が不意にエドワードに右手を差し出した。 「手ェ貸せ」 「?」 「はぐれたら困るだろ」 エドワードは男を琥珀色の瞳でじっと見上げると、するりと左手を男の手に絡ませる。 「時間もあんまり無いし、折角だから祭り見て回ろうぜ。…お前の御主人様と違って 何でも買ってやるとは言えねぇけど」 男はそう言って苦笑を零すと、エドワードの手を引き歩き出した。 二人は、手を繋いで賑やかな喧騒の中を歩く。 紅や黒の金魚を掬い、玩具屋で白い狐の面を買って。 途中、男は射的を見つけるとエドワードの手を引いてその前で立ち止まった。 ちょっと待ってろよと言って、男は屋台の主の手に小銭を落とす。 男は玩具の鉄砲を構えると、慣れた仕草で的を狙った。 たん、たん、と小気味良い音が響いて、男の弾が的を倒す。 屋台の主が威勢良く「お兄さん、お見事!」と声を張り上げた。 「ほらよ、戦利品」 男は得意げに笑うと、エドワードの手に蒼い布包みを握らせる。 エドワードがそっと包みを開いてみると、中には銀の鎖を編んだ髪飾りが入っていた。 鎖を捻るように編んだその両端には可愛らしい銀の鈴が二つずつ付いている。 「あの人には内緒、な?」 例え高価な物で無いとしても、他の男からエドワードが何かを貰ったと知ったら、 自分の上官は良い顔をしないだろう。 しかしエドワードは手の中の髪飾りを見つめると、刺してあった簪を抜いてそれを頂に 着けた。 「おい、」 「いいんだよ」 簪を懐に仕舞うエドワードの手を掴んだ男に、子供は悪戯っぽく、そして艶やかに笑って みせる。 「…今日は、祭りなんだろ?」 紅い小鳥は可愛らしい声でそう囀ると、小さく首を傾げて男を見上げた。 ちりん、とエドワードの髪に飾られた銀の鈴が涼やかな音を奏でる。 男は愛しげに目を細めると、小さく、そうだな、と呟いた。 エドワードは再び男の手に自分の左手を滑り込ませる。 と、突然二人の頭上で何かが弾ける音がした。 驚いた二人が顔を空に向けると、また何かが弾ける音がして、空一面に淡い光が花開く。 「花火…」 ぽつりと、エドワードが呟いた。 周囲の人々も足を止め、空を見上げている。 「…キレイ」 次々と打ち上げられる花火を見つめ、エドワードはふわりと微笑んだ。 …年相応の、あどけない子供の表情。 光に淡く浮かび上がる金糸が酷く綺麗で。 男は一心に花火を眺める子供を見つめ、穏やかに微笑う。 祭りも終わりが近いのか、花火の打ち上げられる間隔が短くなった。 男は咥えていた煙草を捨てると先刻子供に持たされた狐の面を手に、静かに身を屈める。 男が同じ目の高さになると、陰った視界に子供は不思議そうな面持ちで男の方に顔を 向けた。 白い狐の面が、一瞬だけ二人の横顔を周りの風景から切り取って。 男の唇が、音も無く小鳥の嘴を啄んで。 …接吻は、ほんの一瞬。 男が唇を離すと、祭りの終焉を飾る一際鮮やかな花火が空を彩った。 一段とざわめく喧騒の中、エドワードは唇を結んだままじっと男を見上げる。 「…今日は、祭りだから」 男はそれだけ呟くと表情を隠すように狐の面を被った。 エドワードは黙ったまま男の手を掴む。 …いつしか、賑やかだった祭り囃子は止んでいた。 |