「エディ。・・・漸く見つけた」 聞き慣れた声に顔を上げると、少し先に情人と弟が並んで立っていた。 エドワードはするりと繋いでいた手を離す。 情人はエドワードの姿を見ると、小さく微笑った。 「お祭りは楽しめたようだね、エディ」 情人は指先でエドワードの髪飾りに触れる。 どうやら、怒ってはいないようだった。 「兄さん、花火見れた?」 金魚の入った袋を手に提げた弟がエドワードに尋ねる。 「・・・うん、キレイだった」 エドワードがそう答えると、弟は嬉しそうに笑った。 「さぁエディ、お祭りは終わりだよ。・・・帰ろう」 情人が穏やかに祭りの終わりを告げ、エドワードに手を差し出す。 エドワードは小さく頷くとその手を取った。 静かな川縁の道を、皆で並んで帰る。 既に祭りの喧騒はそこには無く、ただ虫の音だけが響いていた。 久し振りに外の世界に出たエドワードはどうやらはしゃぎ疲れてしまったようで、先程から 眠そうに何度も目を擦っている。 「・・・仕方無ぇな」 傍らを歩いていた男は苦笑しながらエドワードに背を差し出した。 温かい背中に背負われ、エドワードの意識はうつらうつらと眠りに落ちてゆく。 「何か・・・」 夢と現を彷徨いながら、エドワードは男の背中で言葉を紡ぐ。 「何か・・・アルがいて、ロイがいて、・・・少尉がいて・・・」 エドワードは遠くなる意識の中で呟く。 「凄く幸せで・・・、・・・全部夢みたい」 そういえば幼い頃、祭りが終わった後はまるで夢から醒めてしまったみたいで無性に 寂しかった事をふと思い出す。 「・・・エドワード」 眠りに落ちる寸前、男の優しい声がエドワードの耳を掠めた。 ―――またいつか、お前を祭りに連れてってやるから。 ・・・・・・だから、 その先を聞く前に、エドワードの意識は深い眠りへと落ちていった。 何処からか風に乗って祭りの囃子が聞こえ、エドワードは縁側で目を覚ます。 「あれ、オレ寝ちゃってたのか・・・」 何か酷く優しくて温かい夢を見た気がする。 だがしかし、夢の内容はよく思い出せなかった。 エドワードは瞼を擦りながら身を起こし、縁側に腰掛けて裸足の両足をぷらりぷらりと 揺らす。 今日、川向こうの神社では夏祭りが行われている筈だった。 「・・・行きたいな、祭り」 幼い頃は今もまだ眠ったままの弟と二人で綿菓子を買って花火を眺めたものだった。 だが今年は情人が仕事で留守にしている為、祭りに行く事は叶わない。 エドワードは懐から蒼い布包みを取り出すと、そっと開いて中に入っていた簪を見つめた。 銀で出来た、簡素な簪。 涼しげな蒼の硝子玉には小さな亀裂が入っている。 この簪は、以前ある男が祭りに行けない自分の為に買ってきてくれた物だった。 遠くの祭り囃子を聞きながら、エドワードは簪を愛おしげに指で撫でる。 「アンタとも一緒に行きたかったな、お祭り・・・」 簪をくれた男は、もうこの世にはいない。 せめて男を想いながら一度だけそれを髪に飾ろうと思い立ち、エドワードが布包みから 簪を取り出した、その時。 ちりり、と微かな鈴の音がして、布包みから何かが落ちた。 「・・・・・・?」 布包みから転げ落ちたのは、銀の鎖を捻るように編んだ両端に可憐な鈴をあしらった 髪飾り。 指で摘むと、両端の鈴がちりちりと軽やかな音を奏でる。 ・・・その音は、何故か妙に懐かしくて、胸が痛くて。 「・・・何で・・・ッ」 思わず涙が溢れそうになり、エドワードは髪飾りをぎゅっと握り締めると唇を強く噛む。 エドワードは暫し俯いて髪飾りを握り締めていたが、やがてそれを布包みにくるむと 銀の簪を髪に刺した。 紅いおべべに紅い帯 今日は鎮守の森祭り 誰と回ろか何処まで行こか 暮れた空には星の華 昔謡った祭り唄を口ずさみながら、エドワードは川向こうの提灯の灯りを眺める。 もうすぐ、花火が始まる筈だ。 それならきっと此処からでも楽しめるだろう。 ―――アンタと見れないなら、せめてアンタがくれた物と一緒に見るよ。 エドワードは布包みを握り締めながら、微かに笑って空を見上げる。 ・・・やがてその頬を、ゆっくりと鮮やかな光が染めていった。 紅い小鳥が囀れば 白い狐もこんと鳴く 今宵は鎮守の森祭り 一夜限りの夢が咲く ・・・一夜限りと、夢が咲く。 <了> |