+ 夢のアトサキ +   紅鎧 成斗





眼を開けると、真っ白で何にも無い、ひたすら白い空間に立っていた。
ここが端の方なのか、真ん中なのか、検討が付かない。
(俺、今少尉んちだったよな…)
「少尉!…どこいんの!なんだよ〜これ!」
虚しく響く自分の声に泣きたくなってくる。
「少尉!ハボック少尉!」
ハボックの名を呼びながら、当てもなく走る。
目の前は、ウザいくらいの、白。
「おい!ヘボ少尉!早く…むかえに…」
潤み始めた瞳を隠す様に、その場にしゃがみ込む。
自分の呼吸すら飲み込まれそうだ。
「! 少尉…?」
気配を感じる方に走る。
突然現れたのは、戦場と、銃を構える男。
「少尉!何やってんだよ…。」
見つけた安堵、来てくれなかった苛立ち。
とにかく抱き付きたくて手を伸ばす。

――ガキーン――

何かが遮っている。
「!っつ…、このやろう!」
両手を合わせ、こじあけようとしたが、錬成時に放たれる青白い光が宙に消える
だけだった。
何度も、何度も手を合わせ、壁に押し付けるが、透明なそれは何事も無かった様に、
エドの前にある。
「少尉!!」
名前を叫び、力任せに叩く。
左手には血が滲み、右腕を伝い全身に走る衝撃は、小さな少年の体力を奪っていった。
「気づけよ!こっち向けって…!」
渾身の一発を叩き込む。
だがそれは自分に返ってくるだけで、何も変わらなかった。
「…ジャン…」
何だか気恥ずかしくて、一度しか口にしていない、彼のファーストネーム。
無意識に吐いて出た言葉に、向こう側のハボックが反応した。
瞳が合う。
優しく深いブルーの眼。
「ジャン!何してんだよ!…バカ!」
すると、エドの機嫌を取るかのように、ハボックの顔が緩み、あの憎めない魔法の
笑顔が表れた。
エドの顔がつられて緩み始めた…瞬間。

――― 灰白色に拡がる戦慄の深紅 ―――

「!…ジャン!」
夢中で駆け寄り、大きな身体を、やっとの思いで抱き寄せる。
紅く染まったハボックの顔を、自分の涙で見ることが出来ない。
「――いやだ…嫌だ!ぅわああぁぁぁ!」
練成のモーションに入ったその時

―― 貴方は、また同じ過ちを犯すの?…また作ってくれるの? ――

蘇る記憶――あの日みた地獄。
そして、

―― オレタチの仲間 ―― 厭味な嗤いと、……。

自分の手は、あと数センチの所で交わるのを止めていた。
禁断の想いを握りつぶし、震える身体に力をこめた。
「…っ…ぅおらあぁぁぁぁぁぁ!!!」
恐怖を、自分の愚かさを薙ぎ払う様に、エドは後ろに在る罪に向けて裏拳を放った。



――― ゴスッ ―――

「―イッ   てぇぇぇぇぇ!!」
過去のあやまちに放ったはずの右腕の先にあるのは、滅多に見ることの無い
金髪の旋毛。
汗だくで呆然としている少年に、ハボックは気の抜けた声をかける。
「いててて…まさかそう来るとは思わなかったぜ…あっ!」
額を押さえていた手を見ると、薄っすら赤くなっていた。

―― 先刻の悪夢が、エドの脳裏にフラッシュバックする。――

小刻みに震え始めた恋人に触れようとした時、
「ジャン!」
エドが飛びついてきた。
驚いた男の顔を両手で包むと、涙を浮かべながらうわ言のように言葉を発する。
「…ジャン…オレ‥‥オレ、どうすればっ…」
「大丈夫だって。掠っただけだし、舐めときゃ治るって!」
何とか宥めようと、笑いながら冗談のつもりで言うが、混乱しているエドの震えは
止まらない。
「…ホントに?舐めればいいの?血,止まんの?!」
唇が、舌先が、ハボックの額の傷を這う。
背中がゾクゾクして、堪らずエドを引き離す。
「エドワード!大丈夫だ!もう大丈夫だから、落ち着け!」
強く強く、抱きしめてやる。
小さな身体と精神を支配する何かが消えるように、力を込めて…。
「――ゆめじゃ…ないよね…」
エドは呟き、しがみついた。
その声と、背中に回された腕で、眠りの中で起こった出来事を容易に想像させた。
「大丈夫…俺も大将も、ちゃんと生きてんだろ?」
エドが顔を上げる。
真っ赤になった瞳にはまだ不安が色濃く残っている。
「――証明 しようか…」
青ざめた顔に張り付いた金色の髪を取ってやると、唇を重ね、深く絡める。
生きているという証を、刻み込むために ――― 



「ジャン…先に…オレに 咥えさせて…」
接吻で温まり始めた頃、エドから絞り出された言葉。
「いいのか?…苦手だろ、味…」
「…お願い…」
蜂蜜色の瞳に強い意志が見える。
ハボックは少年の口を塞ぎながら、ベルトに手を掛ける。
受け入れの準備が整うと、濡れた唇を下腹部のそれへと導いた。
エドは青い瞳の彼がいつもしてくれる事を真似る。
まず眼で合図を送り、それから、まるい彼の先端にそっと口付ける。
舌を這わせ、恐る恐る口内に含む。
ゆっくり始められた行為は、やがて熱を帯び、左手を呼び寄せた。
「…ぅっ…っ…」
ハボックの声が漏れる。
その声に、長い金髪が激しく揺れる。
「…エド、もう…離せ。…でる…」
下から挑戦的な視線が突き刺さる。
「…いいんだな…」
全身全霊でぶつかってくる少年の愛撫に、ハボックの息はさらに荒くなる。
そして、
「……うっ…っ」
溜っていた快感が一気に溢れ出した。
「ぐ…っっ…ぅ…」
口いっぱいに満たされたハボックを何とか漏らさぬ様、左手で口を覆う。
義肢はシーツを握り締めている。
少しづつ、飲み込もうとした刹那…。
「…げほっ げほっっ…」
指の隙間から乳白色の粘液が流れ出した。
吐き出してしまった恋人を少しでも中へ取り込もうと、掌を舐めようとした。
「大丈夫か?」
―手首が、優しく握られて、生温い舌が口のまわりのそれを丁寧に絡めとる。
「…ん…ごめん、駄目だった…」
健気な恋人に笑顔で答えると、軽くキスをする。
そして、白い粘液に浸された左手の掃除にかかった。
指を一本づつ咥え、自分を飲み込む。
ハボックのその姿に、指に絡み付く舌の感触にエドの身体が急速に熱くなっていった。
焼きたてのトーストの上のバターの様に溶け出した少年を、ハボックが唇を付け
ゆっくりとかみしめる。
二人の影が重なって、柔らかなテーブルに身を沈めた。



「…大将、落ち着いたか?」
“生”を確かめあった後、抱き合ったまま、二人は余韻を味わっていた。
「うん…ごめんな、少尉…その、なんて言うか…。」
口ごもるエドのおでこにキスをする。
呼び名がいつものモノに戻っている。
一安心といったところか。
「…何があっても、俺はここに居るから。落ち着くんだろ?ここ。」
「うん…。」
外から差し込む薄明かりの中、二人の吐息は、同時に寝息へと変わった。



「だめ!!」

――― ドスッ ―――

「ぬおぉぉっ…・い…って…」
幼さが残る声の後、男の苦悶の声がこだまする。
――わき腹に鎮座する右腕。全身に脂汗が浮かんでいる。
「…それ…オレのアイス…・オレン…ジ・・」
エドはアイスを食べることが出来たようで、幸せそうである。
(――大将ってこんなに寝相悪かったっけ?…って一緒に眠ったの…)
今まで、一緒に朝を迎えたことが無かった事実が判明し、男の意識は、そこで途絶えた。



目覚ましがけたたましく鳴ると、やっとエドが目を覚ました。
うるさい目覚ましを手に取り、止めようとした、が、その方法が分からず…

――― パン ―――

「少尉、今日仕事だろ?起きなくていいの?」
強めに身体を揺らしてみた。
「 ぐはっっ…」
「へっ…しっ少尉?どうしたの?腹痛いの?」
蹲るハボックの顔が何か言いたげである。
耳を近づけ、言葉を拾う。
「…って、オレ?オレのせいなの?マジで!どどどどど…」
――今度一緒に寝るときは、右手を身体にくくりつけてやろう…と思うハボックの
検査結果は、

《骨に軽くヒビが入ったが、日常生活には支障なし。》

「大騒ぎするほどではなかった、という事だな。」
少年の電話で駆けつけた黒髪の上官に、冷たい言葉を投げられた。
「すんません…。」
「ごめんなさい…。」
大佐の後を並んで歩く二人の丸い背中。
それはちょっと可笑しな光景だった。




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紅鎧 成斗様より葛城のお誕生日プレゼントという事で<頂いた
小豆SSです。
ご奉仕豆が可愛くて萌え〜v
不憫なハボも可愛いですv
素敵なSSをありがとうございました!








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