明日はきっと



ゆっくりと、大きな手が髪を梳いていく。
最近は手入れをしようにも上手くいかないため、
時折梳いていく指が止まっては、絡まったその箇所をそっと解いていく。
その感触を受けながら、瞳を閉じた。

この手は、あの人の手に似ていた。

「……親父、もういいだろ、結べよ」

不機嫌さをあらわした声で、この手の主にそう言う。
思い出は大切で温かくて、心地よいものではあるけれど、
それを思い出すきっかけがこの親父の手であると思うと複雑だった。

「ああ、そうだな。……それにしても、エドの髪はトリシャにそっくりだ」

名残惜しそうに了承の意を返して、親父は俺の髪をまとめ始めた。
後ろで一つ。もう、三つ編みにはしていない。
編んでくれる人は、もう、一人もいないから。

「色はあんたにそっくりだけどな」

多少の皮肉を込めて言えば、親父が苦笑するのがわかった。
でも、この色はそんなに嫌いじゃない。
……あの人が、言ってくれたから。


『大将の髪さぁ、綺麗な金色してるよな。
 俺みたいにくすんでないし、中尉よりもはっきりしてるし。
 触り心地も最高。なあ、もっと触らせてくれよ』


「エド?」
「あ?」
「ゴムを良いかい?持ってるだろう?」
「ああ……ほらよ」

親父の催促に、左手でゴムを渡す。
赤くて細めのそれは、いつだったかあの人が買ってくれたものに似ていた。

あの人。
あの人。
ジャン・ハボック少尉。
好きだった人。
………違う。今でも、まだその気持ちは衰えてなんかいない。


『そんな表情してると、可愛い顔が台無しだぞ?』

『笑ってる大将が一番だよ』

『わりぃ、夜には絶対戻るから、な?』

『……エドワード、愛してる』


全部、覚えてる。


「ほら、出来たよ」
「サンキュ。じゃあ俺、部屋で本読んでるから」

座っていたソファから立ち上がって、
こちら側に来てから与えられた部屋へと歩いていく。
すっかり、こちらの生活にも慣れてしまった。
着ている衣服や、街中の至る所に存在する機械技術。
使えなくなった錬金術。

ただ、絶対に慣れないだろうな、と思えるのは。
あの人が、足りないと言うこと。

「…………」

前髪を自分の手で梳いてみる。……あの心地良さは感じない。
親父の手は似てこそはいても、あの人とは全く違う。
あの人は、もっと優しく慈しむように触れたり、ぐしゃぐしゃにかき混ぜたり。
その時の気分によって、全然違う触れ方をするんだ。
そしてその全部があったかくて、きもちいい。

「……戻ったら、編ませてやろう」

アルに編まれるのも良いけど、やっぱりあの手が一番好き。
悪いな、と心の中で小さく弟に謝罪しながら、
あの人の指に髪を編まれる感触を楽しみにしている自分に、小さく苦笑いをする。

今目の前にあるこの部屋の扉が、向こう側に戻る扉だったら。

そう望んでは、扉を開けた室内に溜息をついて。
早くこの髪が三つ編みに戻る日が来ればいいのに。
そう願いながら、今日も扉を閉めた。

今日の希望が、明日の現実になることを夢見て。