+ 濃度 +   小之森 花





手が冷たいのはきっと緊張しているせいだと思っていた。
慣れない仕草で俯いてみたけれど、あまりにも陳腐すぎて笑ってしまう。
一つの事を起こす時にはきっかけがなきゃだめだ。
そう思ったのは意気地無しの証拠。
適度に酔いの回った綺麗な横顔を眺めて、ふと言葉を失った。
一瞬だけ視線が絡まる。
そして途切れる。
こんな喧噪の中だと言うのに、沈黙がある。
自分の中に、だ。
あんたに対する沈黙。
それは抑え込まれて足掻いていた。
息が苦しい。
思わず胸を押さえてから、唇を持ち上げた。
「ちょっと…」
小さく謝罪して席を立つ。
未成年にそぐわないこの酒の席に招いた張本人は余裕の笑み。
その闇色を睨み据えて部屋を出る。
ちらりと部屋を振り返ったけれど、あんたの姿は見つからなくて。
諦めに、溜息を吐いた。



休憩所の冷えた空気。夜間には人の気配もない。
「……どうしろって…?」
誰に問うわけでもなく呟く。
手を伸ばせば届く距離。
動かない身体、視線、全神経。
誰か何とかしてくれと呟いた瞬間、黒い影が視界に飛び込んできた。
「大将…?」
返事はできなかった。
これがきっかけだとわかっていたから。
慌てたように立ち上がると、苦笑混じりのあんたがいて、言葉もなく、笑いかけることも
悪態を吐くこともなく、足は止まったまま。
一歩踏み出そうとした途端、足下が揺らぐ。
未成年だと主張していたにも関わらず注がれたアルコールに口を付けていたせいだ。
ぐらりと揺れた視界は、それでも形を失わなかった。
目の前にいる男が、その手を伸ばしたから。
「危ねぇ……」
呟きは耳朶に響く。
腰に回された掌が熱い。
「……少尉…」
戸惑いのままに顔を上げると、空色が降ってくる。
そして、空が閉じられて、暖かい雨が唇に触れる。
一瞬だけ。
それでも、天が落ちてくるような、一瞬。
きっかけはそれだけ。
「あんまアルに心配かけんなよ」
再度、耳朶にほど近い距離で、苦笑混じりに囁かれて、頷くことしかできない。
解放された心臓が脳髄まで響く音を立てている。
言葉なんて出てくるわけがない。
立ち尽くしたままで、遠ざかる背中を見送る。
これがきっかけだとわかっていた。
これが、踏み出す一歩だとわかっていた。
今はただ、アルコールの回った視界を自分で塞いで俯くことしかできない。
「……も…やだ」
勇気をください。
強さをください。
どんなものにも揺るがない心をください。
あんたの手を掴める、その未来をください。
祈りじゃなく、願いじゃなく、欲望にも似た強かさで。
「少尉!」
声を振り絞って駆け出す。
あんたの手を掴むための、最初の一歩。




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小之森 花様より頂いた小豆SSですv
頑張ってるエドが可愛いv
最初は個人的にメールで下さったんですが、
葛城がワガママ言って祭りに強奪しちゃいました(汗)
素敵なSSをありがとうございました!








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