「もう一回、言ってみろ」 キッカケは、些細な事。 今日は久しぶりに会える日だった。 自分はマスタング大佐の護衛で彼方此方と引っ張り回され、相手は自分と弟の 体を取り戻すための情報を得るために所構わず飛び回る日々。 しかも今は東部と中央で全く会えない日が続いていた。 そんな中、やっと取れた寸暇を惜しんで会いにやって来たと言うのに。 「大将、コレ食う?」 「…いらね」 自分を出迎えてくれた相手は、再会してから一度たりとも笑ってくれない。 「なんだよ、今日はご機嫌ナナメか?」 冗談めかして言った言葉にも、神経質そうに片眉をピクリと動かしただけで 碌な対応をしてくれない。 自分が座っているソファと、相手が座っている窓の桟の距離がもどかしい。 いつもなら自分の隣に座って、自分が持って来たクッキーや菓子を頬張って いるのに。 それどころか、今日は視線すら合わせてくれない。 帰りの汽車は2時間後。 駅までの移動時間を考慮すると、あと一時間半ほどしか一緒に居られないと 言うのに。 「なあ、何怒ってるんだよ、エドワード」 「…別に、怒ってない」 まただ。 また自分を見ようともしない。 流石に立ち上がり、窓辺で陽の光を浴びている相手の元に歩み寄った。 「…どうした?」 くしゃ、といつものように彼の頭を撫でる。 「…別に、どうもしない」 「嘘付け。どうもしないってツラか…」 「あのさあ、少尉」 自分の言葉を遮って、やっと相手から話し掛けて来てくれた。 これで突破口が開けると内心ホッとした自分に向けて、彼が次に発した言葉は 信じられない程冷たい物で。 「今日はもう、帰れば」 自分の体温が、急に冷えていくのが解った。 「…なんで、そんな事言うんだ?」 「だって、これ以上此処に居たって意味無いだろ」 冷淡な表情のまま、自分を突き放す言葉を紡ぐエドワードに対して、苦笑を 浮かべるのが精一杯だった。 「折角、会いに来たってのに… まあ、気分が乗らないってんなら仕方無いけどさ。 せめて何があったかぐらいは聞かせてくれても良いんじゃねーの?」 最後の、最大限の譲歩だった。 エドワードが悩み事を一人で背負い込む性格なのは知っている。 それでも。 せめて自分と一緒に居る時ぐらいは、胸の内に仕舞い込んでいる悩み事の 半分くらいでも吐き出して、少しは楽になって欲しいと思っていた。 「何か、ヤな事があったのか?」 話したくも無い事を、あれこれ詮索する趣味は無い。 ただ一言『嫌な事があったから、今日は一人で居たい』と言ってくれれば、 それで良い。 それなのに。 「…少尉には、関係、無い」 俯いたままの、彼の言葉。 「………何?」 余りに小さな声に、思わず聞き返す。 「少尉に話したところで意味無いんだよ。関係無いって言ってんだろ!! もう俺の事放っといて、サッサと帰れよ!!」 まずい、と冷静なもう一人の自分が阻止しようとするよりも早く、頭に血が 上ってしまった自分の腕がエドワードの手を捕らえ、そのまま強く掴んで行く。 「…今、なんて言った?」 「…ッ、痛い…、離せよ…」 手首をギリギリと強い力で締め上げると、エドワードの表情が歪んだ。 「もう一回、言ってみろ」 窓の桟から小柄なエドワードを引き摺り下ろし、そのまま壁に叩き付ける。 「もう一回言ってみろ。エドワード」 けほ、と壁に叩き付けられた彼が、苦痛の吐息を漏らす。 そのまま酸素を求めて喘ぐ唇を、強引に塞いだ。 肩を無理矢理押さえ付け、乱暴な口付けを繰り返すと腕の中の小さな肩が ひくり、と跳ねた。 「…少…尉……ッ」 口付けの合間を縫って、エドワードは必死に言葉を紡いだ。 赤ん坊がいやいやをするように、エドワードが首を横に振る。 なんとか逃げようとする細い体を強い力で押さえ付け、エドワードを睨み付けた。 「早く。もう一回言ってみろ。俺には関係無いって言ってみろよ、なあ?」 ひく、とエドワードが喉を鳴らすのが解った。 その直後に、黄金色の瞳からぽろぽろと大粒の涙を零し、真直ぐに自分を 見つめながら。 「…ごめ……っ、…怒ん、ない…で……謝るから…っ…」 何度もしゃくり上げながらそう呟くと、胸元に顔を埋めてわあわあと泣きだした。 「…怒んないで…、怒んないで……少尉ぃ…」 腕の中で泣きじゃくるエドワードを抱き締めているうちに、段々と頭が冷静に なって行く。 「賢者の、石…調べてたら……っ、嫌な…事……少尉…とか、 巻き込みたく無い…から、話せな……っ…」 泣きながら、か細い声で、何とかして説明しようと言葉を選びながら、必死で 自分の背中に腕を回してくるエドワードの頭を撫でた。 「俺の事を心配してくれてたのか」 こく、とエドワードの頭が縦に小さく揺れる。 「確かに、賢者の石絡みの件じゃあ…俺はエドワードの力になってやれねえ もんなあ…痛かったろ。…ごめんな」 こくこく、と再び縦に小さく揺れる。 「エドワード。顔、あげな」 名前を呼ぶと、ぴく、と腕の中で肩が跳ねる。 しかし顔をあげろと言った事に対しては、ふるふると首を横に振った。 「……怒ってる……から……やだ……」 「怒ってないから」 「……怒ってる……さっき、少尉の顔……すげぇ恐かった… …だから…やだ…」 ぎゅ、と自分の背中に回した腕に力が籠もるのが解った。 そんなに自分はこの子を恐がらせるような顔をしていたのか、と自責の念に 駆られてしまう。 「エド…」 ちゅ、と耳朶に軽く口付けて、甘い声で彼の愛称を囁く。 「頼むから、顔あげてくれよ」 すると、自分の腕の中がもそりと動き、まだ涙で濡れている睫毛をぱちぱちと 瞬かせて、今にもまた泣き出しそうな顔をしたエドワードが顔を上げた。 「泣くなよ…」 困ったように苦笑すると、エドワードの前髪を掻き上げ、額に口付けを落とした。 エドワードは不満そうに唇を尖らせていて。 「…泣かせたの誰だよ」 精一杯の強がり。 「怒らせたの、誰だよ?」 「…う」 今のは自分でも意地悪な切り返しだったと思う。 案の定むくれてそっぽを向いてしまった。 苦笑を浮かべ、腕時計に目を落とすと出立の時刻が迫っていて。 「エドワード。もう行くから」 後ろから頭をくしゃくしゃと撫でる。 彼はバツが悪そうに俯いたまま、しゅんと肩を落としていた。 「駅まで、見送りしてくれるか?」 …こくん、と大きく頭が縦に揺れた。 「あのね、少尉」 汽車の発車ベルが鳴り響く。 自分は窓を開け、ホームで見送りをしているエドワードに顔を近付けた。 「ん?何だ?」 発車ベルの所為で彼の声が良く聞き取れない。 エドワードは『もうっ!』と言ったかと思うと、自分の耳に唇を宛てて、こう囁いた。 「本気で怒った少尉の顔、恐かったけど…ちょっとドキドキしちゃった」 「なっ…」 反論しようとしたが、あまりに予想外の事を言われたので、頭の回転が 追い付かない。 ガタン…と汽車が揺れて走り始めると、エドワードは勝ち誇ったように笑いながら 手をひらひらと振っていた。 「…あんの、クソガキ…」 シートに背中を預け、ガシガシと前髪を掻き毟りながら、はぁー…と大きな溜息を吐く。 全く、人の気持ちも知らないで。 二度と本気で怒ってなんかやるもんかよ。 俺が本気で怒ったら、お前は本気で泣く癖に。 ―何より辛いのは、お前の笑顔が見られないコト― |