1オレが目覚めたのは、病院のベッドの上だった。 日差しが大分西に傾いていたから、25日の夕方近くまで眠りこけて いたんだろう。 軍警察の人間が事情聴取だかに来たけれど、まだ目も痛かったし 機嫌も悪かったから早々に追い返した。 特に怪我も無いから退院して平気だよと医者に言われ、それからずっと オレは少尉の病室に居る。 少尉は、オレを庇った時に怪我をして左肩に残ってしまった銃弾の摘出 手術を終えてからずっと眠ったままだ。 ベッドに横たわる少尉の顔色は、もしかしたらこのまま死んでしまうんじゃ ないかと思う程酷く青白くて、オレは不安だった。 『テロリストにやられて死んじゃえ!!!!』 昨日の朝、電話でオレが少尉に言った言葉が頭の中をグルグル回る。 会ったら謝ろうと思ってた。 でも、もしこのまま少尉が目を覚まさなかったら、オレはどうしたら良いんだろう。 麻酔が効いているだけだから、じきに目覚めると大佐はオレに言ったけれど 少尉と一緒に突入した人から聞いた話だと、酷い出血だったらしい。 それなのに、ガキみたいにわんわん泣き喚くオレの背中をずっと撫でて くれていた。 「……神様……」 病室の床にぺたんと膝を付いて胸の前で十字を切ってから両手を組む。 「……連れてかないでくれよ……」 別にオレは神様ってヤツを崇拝してるワケでも無い。 寧ろ神様なんてのが存在するなら、オレの機械鎧の手足なんてとっくに 生身に戻ってる筈だ。 それでも。 祈らずにはいられなかったんだ。 「……オレの大事な人……頼むから連れてかないでくれよ……」 ―――どうした……エド。 不意にベッドの上から、温かな声が聞こえた。 慌ててオレはベッドに駆け寄ると少尉の顔を覗き込む。 すると、いつものように温和な優しい碧い瞳を覗かせて、少尉がオレを 見て笑っていた。 「……しょー……い………」 麻酔から覚めたばかりで、いつもより2割増眠たそうに見える少尉の顔。 「………どうした………どっか……痛いのか……?」 ハッキリと覚醒しない意識の中で、それでもこの人はオレの体を 気遣ってくれている。 あの時だって、撃たれて辛いのは自分の体だったクセにオレの事を 真っ先に心配してくれた。 オレは静かに首を横に振って、少尉の掌をぎゅっと握り締める。 「……んじゃ…たら…って……ったんだ……っ…」 「……?」 オレの言葉が良く聞き取れなかったのか、少尉が僅かに首を傾げた。 そんな少尉のいつもと変わらない顔を見ていたら、今まで張り詰めていた 心の線がぷつんと切れて自分じゃどうして良いか解らない程に涙が ぽろぽろ溢れて止まらなくなってしまって。 「…オレが…あんな事言ったから……ひっ……、く……、しょーい、が…… 少尉が……本当に……死んじゃうんじゃ……ないか…って……」 ……最後の方は言葉にならなかった。 『ごめんなさい』と言いたかったけれど、これ以上泣き顔を見られたくなくて 少尉の顔の横のシーツに突っ伏して自分の顔を隠す。 泣くな、と自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど涙は止まらなくて自分でも どうしたら良いのか解らなかった。 「………エド……」 温かな掌が、オレの頭をぽんぽんと撫でる。 肩に垂らした三つ編みをぴん、と軽く引っ張られてオレは思わず顔を上げた。 少尉の指が、オレの頬に伝う涙を優しく拭う。 その指の感触は温かくて、少尉が本当に生きているんだとオレに実感させた。 「……こんなに可愛いお前を残して、俺が死ぬ筈無いだろ?」 少尉が、柔らかく笑う。 夜だと言うのに、そこだけ仄かな光が灯ったように。 「……へへ…」 その温かな光に釣られて、オレも涙でぐしゃぐしゃになった顔を綻ばせた。 オレがやっと笑ったのを見て安心したのか、少尉はさっきから眠そうだった瞼を 二度三度瞬かせると再び静かに寝息を立て始める。 オレは両目を手の甲で擦ってから、幾らか顔色の良くなった少尉の寝顔に そっと口付けた。 「…メリークリスマス、少尉…」 窓の外に視線を移せば、ちらちらと白い雪が降り始めていた。 ―――次の日。 オレは一日遅れのクリスマスプレゼントを病室の少尉に手渡した。 銀行強盗に遭った日に買おうと思っていたモスグリーンの毛糸のセーター。 でもセーターだと怪我をして腕の上がらない少尉には着られないだろうから、 急遽変更して毛糸のガウンを少尉に贈った。 少尉の体調は思っていたよりも回復していて、食事もちゃんと取れていると 看護婦さんがオレに教えてくれた。 オレからの贈り物を少尉はとても喜んでくれて、そんな少尉の様子を見ている だけでオレも嬉しくなる。 「……悪いな、エド……俺お前のプレゼント買う暇が無くて…」 少尉が申し訳無さそうにオレを見上げた。 「…ううん。オレ、もうちゃんと少尉からプレゼント貰ってるから、良いんだ」 「…え?」 オレの言葉の意味が理解出来なかったのか、少尉はぽかんとした表情を 浮かべる。 「…少尉は覚えて無いかもしれないけど、オレはもうちゃんとプレゼント貰ったよ」 顔に疑問符を浮かべたままの少尉に『また明日来るね』と手をひらひらと振って 病室を後にした。 オレを助けてくれた時の、大きくて温かな逞しい胸。 クリスマスの夜に、病室を照らしたあの仄かな光。 それはみんな少尉がオレにくれたプレゼント。 思い出すたびに、暖炉に火が灯ったように心がじんわりと温かくなるよ。 ねえ、少尉。 来年のクリスマスは、元気な姿で一緒にデートしようね。 |