石畳を歩けば、その街はまるでセントラルを思わせる。 だけどここはオレが全く知らない街。 教会の鐘が、12時を知らせた。 腹が減ったので何かマーケットで食べ物を買おうとしても、酷いインフレで食べるものも 満足に手に入らない。 食べ物はこんなに並んでいると言うのに。 未だに国内の統治が不安定な国。 それが、今オレが住んでいるミュンヘンと言う街だった。 「…結構栄えてんのな。セントラルみてえ」 決まった曜日にマリエン広場に出店している市場を見て、オレは正直な感想を言った。 オレが住んでいたリゼンブールとは比べ物にならないほど整備された街。 労働党と呼ばれる政党が日々勢力を増し、戦争の色が次第に濃くなっている。 扉の向こうもこっちも、人間と言うのは兎に角戦争が好きらしい。 …全く、自分も含めた人間の愚かさってヤツには吐き気がする。 「住んでみれば良い街だよ、エドワード。どこでも一緒さ」 茫洋とした表情でオヤジはそう言うけれど。 「オレは好きになれねえな。この街」 この国は州ごとが絶大な力を持っている。 そのためになかなか一つの「国」としてまとまらない。 流石に世界大戦に発展しそうな情勢の中ではまとまる気配も見せてはいるがそれは オレから言わせてみればファシズム以外の何物でもない。 もうひとつ、好きになれない理由がある。 この国の男たちは(勿論女もだけど)…背が高い。 そしてちょっとくすんだ金髪の人間も居る。 似てるんだ。 オレの良く知っている、誰かに。 身長の高い男達が、オレの横を颯爽と歩いていく。 薄い茶色の軍服に身を包んで、整然と。 短く刈られた髪。 逞しい背中。 ……似てる。 そのうちに肩と肩が触れ合って、互いに謝りの言葉を述べたときに金糸の間から覗く その瞳の色は、オレの知っている色とは違っていて。 「なにか用か、坊主」 「…いいや、別に」 きっと今のオレの顔は、笑っている。 泣きそうな顔で笑ってる。 違う。 その色じゃないんだ。 オレの知ってるその人の瞳は、もっともっと綺麗なブルーで。 オレはあまり自由に動かない義手の右腕を上空に向かって翳す。 冬の寒さが厳しいこの街は、厚い雲が押し潰すように空全体を覆っている。 いつでもスッキリ晴れているリゼンブールとは大違いだ。 「寒いし、陰気だし…こんな街嫌いだ。サッサとオレは元の世界に戻るからな」 毎日のようにそう言うオレに、オヤジは困ったような顔をする。 「お前は…嫌い嫌いだと言ってばかりじゃないか。一つくらい好きなモノは無いのかい?」 あるよ。 この国で、この街で、一つだけ好きなモノ。 分厚い雲の隙間から、時折射す温かな太陽の光。 そこから覗く、悲しくなるほどに綺麗な青空。 「……あの色は、好きだ」 あの色だけは。 胸が締め付けられるような、澄んだ青空。 オレの大好きな、あの人の瞳の色。 「……あの色だけは」 泣きたくなるような空を見ながら もしかしたらオレは泣いていたのかもしれない。 |