最近、猫を飼い始めた。 飼うと言うか、正確には餌付けしてるダケなんだけど。 俺の住むアパートのベランダで、産気づいた野良猫が子猫を産んでしまったのだ。 猫好きのアパートの大家に相談すると、『里親探しはしてやるから、とりあえず餌と雨風を しのがせてやりなさい』と言う。 まぁ別に俺も血も涙も無い軍人ってワケでもないし、適当な空き箱に毛布を敷いて母猫に 餌をやるぐらいなら構わないんだけど。 ちょっと最近、困る事がある。 「ちっちぇーなぁー!可愛いなぁー!!」 子猫を見て喜んでいるエドワードに気づかれないように、俺は小さな溜息を吐いた。 たまたま東方に用事があって滞在している途中だったらしく、鋼の兄弟は毎日のように俺の アパートに顔を出す。 アルフォンスも最初の一回二回は来ていたのだが、鎧の容姿がどうしても目立ってしまう ため、最近は遠慮して来なくなった。 …………………そう。 俺の家でエドワードと二人っきりと言う、事実。 いつの間にか、この小さな錬金術師に恋をしてしまっていた俺は、このオイシクも歯痒い 状況に手を出せないままでいる。 良い年した大人が、よりによって子供の、しかも男に恋をするなんて。 うっかり告白して嫌われたらどうしよう、とか。 変態と思われて、口もきいてくれなくなったらどうしよう、とか。 何より、大切な目的のために頑張ってる兄弟に、余計な負担を掛けさせたくないと言う 気持ちが一番にあった。 「少尉、コイツらの行き先決まったんだって?」 「ああ。皆行き先が決まった。明日からは大家のおばちゃんが預かってくれる」 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、エドワードはベランダにちょこんと座って猫のような アーモンド型の瞳で、上目遣いに俺を見上げてくる。 ……やべ、超可愛い。 「……じゃあ、コイツらと会えるのも、今日で最後かぁ……」 鋼の指で子猫を構いながら、エドワードがぽつりと呟いた。 その声は、想像以上に寂しそうな色を含んでいて。 俺はどうしたら良いのか解らなくて、エドワードの隣に腰を落とした。 ミィミィと鳴いている子猫を掌で撫でていると、エドワードが俺の肩にこつんと体重を掛けて くる。 「ど、どどどどうした大将」 突然の事に動揺した俺は、素っ頓狂な声を出してしまった。 アアッ、俺の馬鹿っ!! これじゃあ只の変なお兄さんじゃねーかよ!! エドワードは小さく笑うと、子猫が爪を立てて体をわしわしと登ってくるように、鋼の指で 俺の腕をしっかりと掴んだ。 そしてゆっくりと腕を辿って、俺の体にぴったりと寄り添う。 金色の瞳が、すごく近くて。 目の前の金猫が、薄く唇を開いた。 「少尉」 見上げてくる、琥珀の瞳。 甘えるような。 拗ねるような。 強請るような。 込み上げて来るモノを抑えきれず、それでもエドワードの頬に掌を添えてから、俺は。 目の前の小さな子猫に、小さな小さなキスをした。 エドワードが生身の掌で、俺の指先に触れる。 「…少尉、震えてる」 くすっ、とエドワードが笑った。 「純情なんでね」 軽口を叩いてやり過ごそうとしても、きっとこの子猫にはお見通しなんだろう。 俺の、ガキのような感情なんて。 「お前が、好きだ」 自分に言い聞かせるように。 「好きだ」 今度は、相手に伝えるように。 「……好きだよ」 抱き締めて、髪を撫でて、口付けて。 エドワードは嬉しそうに目を細めて笑っていた。 「子猫はね、ただの口実」 ミィと鳴き声を上げた子猫に視線を移し、腕の中の子供が呟く。 あまりにも小さかったその声が聞き取れなくて、『何て言った?』と聞き返すとエドワードは 口元に手を当てながら照れたように微笑んだ。 「内緒」 子猫達は皆無事に貰われていったけれど、俺のアパートには一匹の猫が寄りつくように なった。 その猫は夜になると、俺の背中に爪を立てる事もしばしばで。 フラリと旅をするこの猫と、俺の家でずっと一緒に暮らす事は出来ないけれど、それでも。 帰って来る場所になれるのなら。 ベランダで煙草を吸いながら、ふと空を眺める。 ―――あのやんちゃな金猫は、今頃何処の空の下にいるんだろう? |