+ I stay,I pray +





アルフォンスとエドワードが『向こうの世界』へと旅立った直後。
アメストリスでは門を閉じるために地下都市に大勢の国家錬金術師が集まった。
マスタング元・大佐を始め、軍を辞めたアームストロング少佐が全体指揮を取り足場を作り
ながら天空に創られた門への道を目指している。
「おい、もうすぐ錬成作業に入るってよ」
「お?思ったよりスムーズに進んだなぁ」
土嚢の上に腰を下ろして休んでいた俺に、ブレダが声を掛けて来た。
「…良かったのか、お前」
相変わらず咥え煙草を離せないでいる俺の肩を、ブレダの手が軽く叩いた。
良かったのか、と言うのは勿論エドワードの事だ。
2年間、全く姿を見せなかったと思っていたら突如としてセントラルに舞い戻り、見知らぬ敵との
派手なドンパチをやらかして、またどこかに消えていってしまった。
信じられない話だが、『向こうの世界』と言う場所に行ってしまったらしい。
最愛の弟、アルフォンスと共に。
「…良いさ。アイツが生きていると解っただけでも、嬉しかったしな」
煙草を咥えている口元に浮かんだ笑みは、決して嘘偽りのものでは無い。
「大佐の話だと、背も伸びてたっぽいし」
「ああ、らしいな。それでも13歳のアルフォンスと並んでも大差無かったって言ってたぞ」
やっぱり成長しても大将は小さいらしい。
頭上で不思議な光を放ちながらぽっかりと大きな口を開けている門を見上げ、短くなった煙草を
地面に落として踏み消した。
「俺はさ」
遠い世界に消えていった二人に想いを馳せるかのように、蒼の瞳は空を見詰める。
「あの兄弟には幸せになって欲しいと、ずっと願ってたんだ」
門から零れてくる光が眩しくて、俺は腕を空へと翳した。
「エドワードが幸せなら…その隣に居るのが俺じゃなくたって、良いさ。…でも」
翳した腕を手元に引き寄せ、掌に残っている2年前の傷痕に視線を落とす。
2年前。
エドワードと最後に会った時に出来た傷。
「一目で良いから、会いたかった。…会って謝りたかった。あの時、アイツらに何もして
 やれなかったからさ」
「…別にお前の所為じゃないだろ」
「解ってるよ」
ブレダの肩を叩いて、俺は立ち上がった。
現場が少し騒がしくなって来たからだ。
どうやら、錬成の準備が完了したようだった。
「さてと!仕事すんぞブレ子」
「誰がブレ子だ!」
うん、良かった。
俺はまだちゃんと笑えてる。



国家錬金術師達が天空と対になった地面の練成陣に手を付いた。
凄まじい反応が起こり、光と風の洪水が巻き起こる。
「うお…っ…」
門のある場所よりも離れた場所で待機していた俺達の所にも風と光が容赦無く飛び込んで
来る。
それらが全て収まったとき、天空に光輝く門は跡形も無く消滅していた。
エドワードの居る世界と繋がっていた門は、無事に塞げたようだった。
「……っ……」
その瞬間に、どうしようも無い喪失感が俺の胸を駆け抜けた。
もう二度と。
永遠に会う事は出来無いのだと。


「……エドワード…っ…」


立っていられなくて、息をするのも苦しくて、俺はその場にずるずると座り込んだ。
「……は……、っ……」
息を吐こうとすればするほど、無意識のうちに嗚咽して吸い込んでいた。
隣に居たブレダが、俺の頭を引き寄せてその胸に抱え込む。
「…俺の胸で良けりゃ貸してやるよ」
その言葉で、自分が泣いていた事に初めて気が付いた。
「…うるせぇよ…デブ…っ…!」
俺の吐いた悪態に、ブレダが微かに笑ったのが解った。
今ほど、コイツの存在を有り難いと思った事は無い。
自分でもどうしてか解らない程、後から後から涙が零れてきて、抑える事など出来なかった。
『エドワードが幸せなら…その隣に居るのが俺じゃなくたって、良いさ』
その言葉は、嘘じゃ無い。強がりでもない。
エドワードがアルフォンスと一緒になれて、本当に良かったと心から思う。
だけど俺は、出来ることならエドワードが『幸せ』だと思える時、その隣に居たかった。
俺が、幸せにしてやりたかった。
でもそれはもう永遠に叶わない望み。

だから祈ろう。
お前が苦しんだ、この世界で。
お前が愛した、この世界で。

忘れないでくれ。
お前が幸せなら、俺も幸せなんだから。


じゃあな、エド。
どうかお前の未来が、幸せであってくれ。




――― I stay, I pray ―――