+ 天使の誘惑 +





「少尉・・・も、寝よ?」
オレは、ソファに座って煙草を吸いながら新聞を読んでいる少尉のシャツの裾をくいと引く。
飼い主が新聞を読むのを邪魔する猫みたいに新聞をくぐって頭を出すと、オレは少尉の
腿を膝で跨いでその首にぎゅっと腕を回した。
「コラ、せっかく風呂入ったのに煙草臭くなんぞ?」
「そんなの今更だろ」
オレは頬を軽く膨らませると、苦笑しているた少尉の口から煙草を取り上げて唇を重ねた。
ちゅ、と数度唇を合わせて、そのまま舌先を差し入れる。
暫く少尉はオレの好きにさせてくれてたけど、そのうちオレの拙いキスがまどろっこしく
なったのか途中から主導権を握り始めた。

・・・煙草の味のする、ちょっと苦いキス。

少尉の舌がオレの口内をなぞる度に、身体がだんだんと火照っていく。
「・・・少尉、寝よ?」
濡れた唇をぺろりと舐め、上目使いでもう一度強請る。
「寝る、の意味違うんじゃねぇのか、エド」
少尉はそう言って笑うと、オレの目尻にキスを落した。
少尉のキスが擽ったくて、オレは目を細める。
「・・・じゃ、・・・しよ?」
そう言って少尉の顎にキスすると、少尉の大きな掌がオレの頬を包む。
「どうした、大将。随分と積極的だな?」
くすくすと笑いながら少尉はオレの鼻の頭をぺろりと舐める。
「・・・っ」
その感触にオレは小さく身体を震わせた。
「・・・よく分かんないけど・・・っ、バスルームから出て・・・冷蔵庫にあったジュース
 飲んで・・・で、寝ようと思って少尉を呼びに行ったら、何かそんな気分に・・・」
「・・・ジュース?」
少尉がオレの身体に触れていた手を止めて、怪訝そうな顔をする。
「うん・・・赤い色した、甘いヤツ・・・」
「おかしいな、ジュースなんて冷蔵庫に入って無かったはず・・・って、もしかしてエド、
ラベルの付いてない瓶に入った奴飲んだか?」
少尉の質問にオレはこっくりと頷く。
「フタ開けて匂い嗅いだらクランベリーのいい匂いがしたから・・・」
オレの言葉に、何故か少尉は深く溜息を吐いた。
「アレはな、酒だ」
「お酒?」
「同僚のカミさんが漬けた自家製の果実酒で、この間貰ったまま入れっぱなしにして
 あった奴。俺、甘い酒飲まないから」
少尉は再び溜息を吐くと、突然オレをソファに下ろし立ち上がる。
「え、ちょ・・・少尉、やめちゃうの・・・ッ?」
少尉はオレの頭をぽんぽんと叩くと、何も言わずそのままキッチンに姿を消した。
暫くして少尉は水の入ったグラスを片手にオレの隣に座る。
「とりあえず水飲め」
グラスを手渡されたオレは唇を尖らせて少尉を睨む。
「拗ねても駄目。酔っぱらったお子様とはしませんー」
そう言って少尉は、べ、と小さく舌を出す。
「・・・むー・・・」
オレは頬を膨らませると仕方無くグラスの水を飲んだ。
「エド、お前金輪際他の奴と酒飲むの禁止な」
「えーっ、何ソレ!」
「酒飲んで誰彼構わずあんな事されたら俺の心労が絶えん」
少尉はそうぼやきながら、水を飲み終わったオレを抱きかかえてベッドに放り投げる。
「うわッ・・・痛っ」
放り投げられたオレの上に、追い打ちのようにシーツが降ってくる。
「・・・少尉以外に、んな事しないもん」
オレはそう言ってシーツを引き上げる。
「・・・少尉以外と、あんな事したいと思わない」
もう一度そう言うと、少尉が優しく髪を撫でてくれた。
「なら、今度は酒入って無い状態で誘惑してくれな」
少尉が苦笑しながらそう囁く。
オレは小さく頷くと少尉の肩に甘えるように頬を寄せて目を閉じた。








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