+ 切欠 +





時々思う。
この子はもっと子供らしく暮らしてもいいんじゃないかと。

眉間に皺を寄せながら書庫の片隅で眠っている少年。
その身体はまだ幼く小さい。


我が国で最年少の国家錬金術師、エドワード・エルリック。


子供らしい可愛いさの無い無愛想な表情と、口賢しい言動。
同じ兄弟でも、弟は外見とは違って年頃の子供らしさと人懐こさを持っているのだが、
兄の方は本当に愛想が無い。
以前そういった意味の事を弟のアルフォンスに零した事があった。
その時アルフォンスはこう言ったのだった。

「兄さん、ホントはボクより表情豊かなんですよ。すぐ怒るし、拗ねるし、よく笑うし。
 ・・・でも、ここにいる時は子供扱いされないように精一杯大人の振りしてるんです。
 軍という大人ばかりの世界で生きていく為に。ボクはハボックさんや大佐やホークアイ
 中尉みたいにボクたちの事を見守ってくれる大人をもっと信頼してもいいと思うし、
 そういう人たちの好意には子供らしく甘えるべきだと思うんですけど・・・兄さん、
 そういう所はヘンに頑固っていうか、素直じゃないっていうか」

言い終るとアルフォンスは小さく笑った。
そして小声でこう付け加える。

「今は色々な物を一人で背負い込んじゃってるけど・・・でもいつか、兄さんがボクや、
 ハボックさんみたいにボクたちを理解してくれる人を頼ってくれるようになって、
 前みたいにいっぱい笑ってくれるようになればいいな、って思います。
 ・・・兄さん、ホントは笑うと可愛いんですよ。蜂蜜色の瞳が細まると、まるで猫みたいで」

アルフォンスはそう言うと、それじゃあ、と頭を下げ去っていった。


・・・それから随分経つが、俺はまだこの子供が猫のように笑うのを見た事が無い。


「大将、迎えに来ましたよー」

俺はそう言いながら本に埋れて眠るエドワードの頬を指で突つく。
と、子供の瞼がゆっくりと開いて、眠そうな蜂蜜色の瞳が現れた。

「んー・・・」

エドワードは目を擦りながら俺の袖をぎゅっと掴む。


―――子供が初めて見せた、子供らしい仕草。


エドワードは二、三度瞬きをすると目が覚めたのか、慌てて手を離していつもの無愛想な
顔に戻った。
俺はそんなエドワードの態度に苦笑を浮かべる。

「何だ、ハボック少尉か・・・。もう書庫閉まる時間?」
「そ。もう遅いから大佐が宿まで送ってけってさ」
「いいよ、別に。ガキじゃないんだから一人で帰れるって」

俺は相変わらず可愛いげの無い事を言うエドワードの頭を乱暴に撫でた。

「お前はまだガキだっつーの。ガキはガキらしく大人に甘えろ」

そう言ってやるとエドワードは拗ねた表情で、ちぇっ、と呟き、ドアに向かって歩き出す。

「ちょっ、大将、待てっ!ドコに行・・・」
「帰るんだよ。・・・少尉、送ってくれんだろ?」

照れているのか、顔を僅かに朱くしながらこちらを振り向いたエドワードを見て、
俺は思わず口元を緩める。

「じゃあ・・・行きますか、国家錬金術師ドノ?」

おどけた口調でそう言って、俺はもう一度子供の頭を・・・今度は柔らかく、撫でた。


もっと甘やかしてやりたいとか。

弟の言っていた、猫みたいな笑い顔が見てみたいとか。



―――恋のきっかけなんて、きっといつもそんな些細なコト。








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