+ キスと煙草とあなたと +





―――初めてキスをしたのは、13の時。


初めてのキスは、酷く苦かった。

「苦い・・・・・・」

そう呟くと、少尉は、さっき煙草吸ったからな、と言って笑った。
その笑い顔がいつもと違う『オトナのオトコ』の顔をしていて、心臓がうるさい位
ばくばくしたのをまだはっきりと覚えている。
それから何度もキスを交わしてすっかり少尉の味を覚え込まされた頃には、
逆に煙草の苦さが無いキスに物足りなさを感じるようになっていた。


オレは自分のデスクで事件のファイルに目を落としながら煙草をくゆらせる少尉に
そっと近付く。

「・・・ん?大将、何か・・・っ!」

少尉が言い終わらないうちにオレはその唇をキスで塞いだ。
舌を滑り込ませると馴れた苦い味がして、オレは何度も少尉の舌に自分の舌を絡める。

「ん・・・おいし・・・」

最後に上唇をぺろりと舐めてから唇を離すと、少尉がオレの額をぺちりと指で弾いた。

「痛ッ!何すんだよー」

「何すんだよ、はこっちの台詞だ。・・・いきなりキスしやがって」

怒ってるのか照れてるのか。
僅かに顔を赤くした少尉は乱暴に煙草を灰皿に押し付けると口元を手で覆う。

「だって・・・少尉が煙草吸ってんの見たらしたくなっちゃったんだもん」

オレは唇を尖らせながら、上目使いに少尉を睨んだ。

「・・・その味のキスが好きなんだから、仕方無いだろ・・・」

そう言うと少尉は不思議そうな顔をする。

「味?ああ、コレのか?何だよ、最初は苦いー、って嫌がってたくせに」

意味が通じたのか、少尉は苦笑しながらポケットから新しい煙草を出すと、口に咥えた。

「・・・嫌がったのに、この味で欲情するように仕込んだのは少尉じゃんか・・・」

拗ねた声を出しながら、オレは少尉の膝に跨ってまたキスを強請る。

「・・・コレ、苦いけど・・・もう慣れたし、少尉の味がして、好き」

口の中でキスの余韻を反芻しながら少尉の肩に腕を回すとそれはやんわりと解かれ、
オレは仕方無く少尉の膝から下りた。

「お前、さっきから自分がどれだけ人の事煽ってるか、分かってんのか?」

少尉がオレの顔を下から覗き込む。
その顔は、『オトナのオトコ』で。

「・・・少尉も、欲情した・・・?」

満面の笑みを浮かべながらそう尋くと、少尉の指がオレの唇をちょん、とつっついて。

「・・・・・・した」

少尉はニッと笑うと、オレの頭をわしわしと撫でる。

「もうちょっとで上がれるから、それまではコレで我慢しとけ」

少尉はそう言うとオレの外套のフードに何かを入れた。
オレは手を延ばしてフードからそれを引っ張り出す。


・・・出てきたのは、少尉がさっきまで吸ってた煙草の箱。


「まだ1本残ってるけど、吸うんじゃねぇぞー。背ェ伸びなくなるからな?」

「言われなくても分かってるつーのッ!ったく・・・早く終らせないと先帰るかんなッ」

ソファにぽふりと身を沈めてそう怒鳴ったオレに、少尉は冗談っぽく敬礼してみせる。
そんな少尉にオレは小さく舌を出すと、そっと手の中の煙草の箱をポケットにしまった。