図書館から帰る途中の、一人道。 オレは片手にサンドウィッチの袋を持ちながら駅への道を歩いていた。 歩きながら、ターキーとチーズとレタスが挟まれたサンドウィッチを行儀悪く頬張る。 汽車の時間は、あと一時間後。 「ちょっと早く着くけどまぁいいや」 たまには早く着いてアルに珍しがられるのも悪くない。 次に目指すのは西部のはずれの町だから、この汽車を逃す訳にもいかなかった。 「・・・今回は、会えなかったな」 夕焼け色に染められた石畳を踏みながら、オレはぽつりと呟く。 イーストシティに来ると、いつも自分を迎えてくれる人。 おかえり、とくわえ煙草で頭をわしわしと撫でられるのが大好きで。 自分の頭よりも遙かに高い肩が、悔しいけど憧れで。 ―――・・・いつの間にかオレの中で、『トクベツ』になってた人。 今回は少尉が夜勤だったり外に出てたりで、顔を会わせる機会が無かった。 報告書を出してしまえばオレもそうそう司令部に顔を出す訳にもいかず。 そして、あと一時間後にはオレはもうここを発たなければならなかった。 「・・・会いたかったな」 オレはもう一度と呟くと、手の中のサンドウィッチをまた一口齧る。 と、突然背中の夕焼けが陰った。 肩を叩かれオレはびっくりして振り返る。 「・・・よ、大将」 「・・・ハボック少尉」 肩を叩いたのは、オレが会いたいと願っていた人。 少尉は今日は軍服ではなく、私服を着ていた。 黒いシャツにジーンズ姿が新鮮で、オレは眩しげに目を細める。 「・・・少尉、休み?」 そう尋ねると少尉は、「まぁな」と言っていつもみたいにポケットから煙草を取り出し 火を点けた。 少尉の唇から白い煙が細く吐き出され、茜色の空に消える。 突然の出会いに何を話していいか分からず、オレはそのままぼんやりと少尉の唇を 眺めていた。 と、不意に少尉がオレの顔に指を伸ばす。 「大将、パン屑付いてんぞ」 「・・・え」 笑い声と共に少尉の指がオレの唇に触れて。 煙草の匂いが、ふわりと鼻をくすぐって。 ・・・ただそれだけなのに、心臓がうるさい位、どきどきして。 それから少尉はいつもみたいに「おかえり」って言ってわしわしとオレの頭を撫でてくれた。 オレは精一杯普通の声で、「ただいま」と返す。 「このままいつも宿に帰るのか?」 少尉の問いに、オレはふるふると首を横に振った。 「もうちょっとしたら、汽車の時間。これから、駅行くトコ」 「そっか。俺はこれからブレダ達と飯食いに行く所だったからさ、大将も暇なら一緒に 来るかって言おうと思ったんだけど・・・残念」 少尉はそう言うと、ぽんっと軽くオレの肩を叩く。 「じゃあそろそろ行きますかね、大将。駅でアルも待ってんだろ? 俺も駅の方だから、途中まで一緒に行こうぜ?」 少尉はオレの返事を待たずに煙草をくゆらせながら歩き出す。 オレは、慌ててその背中を追った。 「じゃ、俺こっちだから」 「うん・・・みんなにも、宜しく」 大きな十字路で少尉は足を止めた。 駅はここを右だけど、少尉は多分繁華街だから真っ直ぐ行くのだろう。 「今度来た時はもうちょっとゆっくりしてけや。旨い飯屋連れてってやるから」 そう言って、少尉はまたオレの頭をわしわしと掻き混ぜる。 オレが頷いてみせると、少尉は満足そうに小さく笑った。 「・・・じゃあな、大将」 少尉が手を上げて再び歩き出す。 去ってゆく背中がめちゃくちゃ離れ難くて、オレはその場に立ち尽くしていた。 追いかけたい。 まだ一緒にいたい。 もっと触れてほしい。 ・・・でも。 「・・・少尉ッ!」 オレはそんな気持ちを振り切るかのように勢い良く顔を上げると、少尉の背中に 声を掛けた。 「帰って来たら、メシ!約束だかんなッ!」 ありったけの声でそう怒鳴ると、少尉は笑いながらおどけたように敬礼してみせる。 オレも真似るように敬礼して、それから、くるりと少尉に背を向けた。 遠ざかる足音。 離れてゆく距離。 また、暫く会えないけれど。 髪に、唇に、そして言葉に残された名残はまだ、この胸を温めてくれるから。 いつか全てを取り戻したら、この気持ちを伝えよう。 ―――それまでは、この温もりだけで。 オレはサンドウィッチの袋を抱え直すと、駅に向かって走り出す。 ・・・風に乗って、遠くで微かに汽笛の音が聞こえた。 |