+ 手を、繋ぐ。 +





あれは、いつの事だったか。


国家錬金術師になって、一年とちょっと。
年に数度しか訪れない、故郷のリゼンブールよりもずっと大きなこの街を、オレはなかなか
好きになれずにいた。
だから報告書を出しに司令部に来ても当たり前のように書庫と宿を往復するだけで。
でも、今の自分にはそれだけがあればいいと思っていた。
その日も朝から書庫に籠もっていて、そろそろ遅い昼食を取ろうかと思って身体を伸ばした時。
その人はオレに声を掛けてきたのだった。
「よ、鋼の大将」
くわえ煙草に少しくすんだ金髪、蒼の瞳。

―――ジャン・ハボック少尉。

少尉はオレの後見人である大佐の部下で、時々駅まで送り迎えをしてくれるけど実はあんまり
話した事が無かった。
突然現れた少尉にオレは思わず困惑した顔をしてしまう。
「・・・何」
何を話していいか分からず無愛想にそう答えると、少尉は人懐こくニッと笑ってみせた。
「健全な少年がこんな埃っぽい所に籠もってばっかりじゃダメだぞー。どうせ昼飯まだなんだろ?
 お兄さんが旨い店連れてってやるから一緒に来い」
少尉はそう言うと答えも待たずにぐいとオレの手を引く。
オレはその強引な誘いを断れず、一緒に街に出たのだった。
少尉が連れてってくれたのは普通の家庭料理屋だった。
少尉が言うには、この店のエビフライは絶品だという。
促されるまま注文したエビフライがやってくると、オレは勢い良くそれにかぶりつく。
「うわ、めちゃくちゃ美味い!」
エビフライは確かに絶品で、オレは空腹だったのもあってあっという間にエビフライを平らげて
しまった。
満足して顔を上げると、少尉の蒼の瞳とぶつかる。
「・・・何だよ、じっとこっち見て」
「いや、やっと子供らしいカオ見れたなー、って」
少尉は火を点けないまま咥えていた煙草を楽しげに小さく揺らす。
きっと火を点けないのはオレに気を使ってるのだろう。
「・・・吸っていいよ、煙草」
オレがそう言うと、少尉は嬉しそうに笑って、じゃあ1本だけ、と
懐からライターを取り出す。

・・・火を点ける仕草が手慣れていて、何だかちょっとカッコ良かった。

「大将、この後もうちょっとだけ俺に付き合ってくんねぇ?」
煙を吐き出しながら少尉はまた人懐こく笑いかける。
「・・・ちょっとだけなら」
何故かやっぱり少尉の誘いは断れなくて、オレは結局その日書庫には戻らなかった。




それから何度も少尉はオレを街に連れ出してくれた。
美味い飯屋、ガラクタばかりの骨董屋、静かな公園、いつも野良猫のいる裏道。
好きになれなかったこの街が、次第に居心地良くなる。
少尉の隣が、居心地良くなる。


―――この気持ちって、何なのかな?


ある日の帰り道。
慣れた道を歩きながら、少尉がオレの手を掴む。
初めて手を掴まれた時みたいな強引さは無いけど、やっぱり力強い、大きな手。
オレは隣を歩く少尉を見上げる。


高い肩。
煙草を咥えた横顔。
手に伝わるあったかい体温。


「大将、今日は新しい名所に連れてってやろうと思うんだけど」
「うん」
「ジャン・ハボック少尉の自宅・・・なんてどうっスかね?」

オレの手を掴む少尉の手に、僅かに力が込められて。
見上げた顔は、少しだけ赤くて。
「・・・うん、いいね」

オレは少尉の手をぎゅっと握り返すと小さく笑った。


―――その時。


この人が好きだと、そう思ったんだ。