林檎と蜂蜜


「主公、お呼びですか?」
扉の外から荀いくの静かな声。
不思議と荀いくの声はさして大きくもないのによく通る。
「ああ。」
部屋の主-曹操-は荀いくに短くそう答えた。
それ以外の言葉は不要だと言わんばかりに。
「何ですか、急に。何か火急の件でも?」
荀いくは心配そうに僅かに眉を顰める。
「・・・いや、別に。ただ少し仕事を手伝って貰おうと思っただけだ。」
そう言って曹操は文机の上の竹簡を指差す。
「何も、私を呼ぶ程の事ではないと思いますが・・・。」
文机の上を見て、荀いくが別の意味で又眉を顰める。
そこにあったのが普段の曹操なら決して手に余るような量の竹簡ではなかったからだ。
「まぁそう言うな。最近はあまり二人でゆっくりする時間もなかった事だし・・・。
 それについてお前の意見も聞きたいしな。
 ・・・そう怖い顔をするな。何も獲って喰ったりはしない。」
相変わらず訝しげな顔をしている荀いくを曹操は苦笑しながら自分の傍らへ来る様に目で促す。
「わかりました・・・。
 では、今開いてらっしゃる竹簡にある、今年の人口と税率についてから始めましょう。」
真面目に竹簡を開いて筆を取った曹操を見て荀いくも警戒を解いたのか、それとも諦めたのか。
荀いくは曹操の向い側に立つ。
一つ一つ竹簡を開いて問う曹操に答え始めた荀いくの声はもう凛とした『荀令君』のそれで。
思わず曹操の唇に微笑が零れる。
勿論自分の腕の中で艶やかな声を漏らす荀いくも好きだが、こうして文官として仕事をしている時の
荀いくの声も曹操は好きだった。
自分の問いに対して打てば響く様な答え。
その涼やかな水の様な声。
それが、心地良い。
「・・・が・・・で・・・。
 ・・・・・・?
 ・・・主公、聞いてらっしゃるんですか?」
唇に笑みを乗せたまま手を止めていた曹操に気付いて荀いくは言葉を止める。
「大丈夫だ、聞いている。続けろ。」
それでもしっかりと内容を把握している辺りはさすがと言うべきか。
「では続けます・・・」
曹操の返答を聞いて荀いくは続きを語ろうとした。
しかしその言葉が途切れる。
「どうした?」
「あ、いえ・・・、すいません。
 これについては資料がここにはないですね。
 後で資料を持ってきます。その方が全体が把握しやすいでしょうし、
 資料は私の部屋にありますから。」
荀いくはそう言って手にしていた竹簡を閉じる。
「ああ、待て。それならそこの棚にも資料があったはずだ。
 悪いがちょっと見てくれないか。」
曹操が荀いくの後ろの書棚を指す。
「確か上の方だ。届くか?」
言われて荀いくは背後にあった書棚の一番上の段を探す。
書棚の一番上は荀いくが爪先立ちをしてやっと目線が届く高さだ。
「どの辺りでしょう・・・?」
不安定な体勢のまま、振り返らず荀いくが尋ねる。
そんな荀いくを見て曹操はふと悪戯心に駆られた。
竹簡を探す事に気を取られている荀いくの背後にそっと近づき、そのままふわりと抱き締める。
「・・・!?」
突然抱擁されて荀いくが小さく驚いた声をあげる。
「何をなさるんですか・・・っ」
「さぁな。どうしようか?」
くすくすと笑いながら曹操は悪戯っぽく耳元で囁く。
荀いくは逃れようとするが曹操と書棚に挟まれて身動きができない。
・・・尤もこうなってしまった以上、書棚が無かった所で腕力では曹操に敵わないのだが。
「誰か来たらどうなさるんですか!離して下さい!」
頬を朱に染めながら、荀いくが小さな声で曹操に抗議する。
しかし曹操は意に介さない。
「誰も来やしないさ。お前以外誰も通すなと言ってある。
 せっかくの時間を邪魔されたくはないからな。
 誰も来ないなら、俺の好きにしていいのか?」
言いながら曹操は荀いくの白い首筋に唇を這わせる。
「・・・っ」
小さく荀いくの肩が震えた。
「やはり・・・最初から企んでらっしゃったんですね?」
少し拗ねた様な声でそう言って、荀いくが溜め息をつく。
「まぁ、多少は、な。」
「多少、ではなく全部、でしょう?」
「そうかもしれん。意見を聞きたいというのは嘘ではないけれどな。」
「仕方の無い方ですね・・・。」
そう言って、荀いくは苦笑しながらそっと曹操に口付けた。


「もう、日が暮れてしまいました・・・。」
曹操の腕の中で荀いくがわざとらしく大きな溜め息をつく。
荀いくの着物はまだ緩く前を合わせられただけで裾は乱れたままだ。
その上から曹操の袍を肩にかけている。
ちらりと見える白い肌には緋い痕。
溜め息をついてそう言ってみてはいるが、荀いくは微笑している。
乱れた髪を手で梳きながら、静かに曹操の肩に体重を預けて寄りかかる。
「このまま泊まっていったらどうだ?」
腰に回された曹操の腕は解かれる気配が無い。
「私の答えなど聞く気もないくせに・・・。」
ふふ、と小さく苦笑しながら荀いくは曹操の逞しい指に自分の指を絡める。
「少し、疲れました。
 今夜はこのまま此処にいますから、向こうへ、連れて行って頂けますか?」
甘える様な声で荀いくがそう言い、曹操の首に腕を回す。
荀いくがこんな仕草をするのはめずらしい。
「姫君は随分と御機嫌が宜しいようで。」
いつもなら眉を顰める、からかう様な曹操の態度にもふわりと微笑している。
「誰だって、大切な人と触れ合っていたら幸せな気分になるでしょう?」
さらりと吐き出されたさり気無い睦言に驚いた曹操が僅かに照れた様な表情をする。
「文若、お前あっさりと恥ずかしい台詞を言うな・・・。」
「おや、めずらしい。照れてらっしゃるのですか?」
先程の仕返しとばかりに荀いくがからかう。
その表情は大輪の花のようで。
曹操は柄にも無く頬に血が昇るのを自覚する。
「ええい、うるさい、照れてなどいるものか。
 ・・・寝室へ行くぞ。」
「・・・はい。」
まだくすくすと笑っている荀いくを抱き上げ、曹操は寝室へと歩き出した。

それは何気無い或る日の一幕。



<終>




鯖小屋様に送りつけさせて頂いた 操いく小説です。
オチない上に内容もナッシング・・・。(爆死)
最近駄作が続いていやん・・・
まぁ操いくはいつも普通に仲良しさんなので
ネタ探すのが難しいのですよー。
・・・という事にしておいてやって下さい。
タイトルはポップンミュージックの曲から。
深い意味は無し。
本当は中間部分かなり端折ってます。
えっちネタを書いてみたけどあまりに無駄な
足掻きだったため・・・。
まぁせっかく打ったテキストもったいないので
その辺に隠しておきます・・・。
勇気のある方は探すのも一興。
まぁそんな大した物ではないですがー。
ちなみに鯖小屋様の方では管理人様の描かれる素敵な
挿絵が拝めますのでそちらもぜひ!



裏通路。