午睡|
・・・暑い。 もう夏も終わり、暦の上では季節は秋になったというのに、 ここ数日は残暑とは呼べないような暑い日が続いていた。 普段でさえあまり勤勉とはいえないのに、こう暑いと更に仕事をする気が無くなってしまう。 そもそも俺は暑いのが嫌いだ。 外気が無駄に熱くて鬱陶しいし、じんわりと肌に滲む汗も不快で。 今日も朝から日差しが強くて参ってしまう。 こういう日は無理に仕事してもはかどらないだろうし。 俺は気分転換がてら長文の執務室へと行く事にした。 ---------- 長文の執務室へ入る前に軽く中へ声を掛ける。 返事は無い。 いないのか? まぁいい。 だったら戻ってくるまで居るだけの事だし。 そう思って中へ入る。 しかし中へ入って、俺は思わず呆然としてしまった。 長文は、居た。 いつも通り自分の文机に。 ただ、いつもと違うのは、長文がうたた寝をしていた事、だ。 長文は真面目な性格だけに仕事中も殆ど休憩を取らない。 勿論うたた寝など論外だ。 しかしさすがの長文もここ数日続いた熱帯夜のせいで寝不足だったのかもしれない。 この暑さの中で眠れるのはそれはそれで器用だとは思うが。 やはり暑いには暑いのだろう、その眉はずっと顰められていて寝苦しそうだ。 額にもじわりと汗が浮いている。 「暑いんだったら襟の一つでもくつろげりゃいいのに・・・」 俺は小声で呟く。 そして思わず苦笑してしまう。 そういう所が長文らしいのだ、と。 「・・・ん・・・」 小さく長文が息を漏らす。 一瞬起こしてしまったのかとも思ったが、どうやら違うようだ。 やはり寝苦しいのだろう、頬が上気している。 俺はそんな長文が不憫になって、せめて襟元だけでも寛げてやろうと思い、そっと手を伸ばす。 これだけ近くに寄ればさすがに起きるかとも思ったが、意外にも長文は眠ったままだ。 襟を寛げると僅かに長文の顰められていた眉が穏やかになる。 「意外と起きないんだな」 ふと俺の中に悪戯心が芽生える。 悪戯心というよりは下心かもしれないが。 普段必要以上に固い長文の無防備な姿を見たからかもしれない。 再びそっと手を伸ばして、後ろから抱き締めるようにしながら長文の着物の帯を緩める。 白い背中が露わになる。 続いて律儀に結い上げられている冠を解く。 普段なら中々見る事が叶わぬ首筋。 「・・・このまま襲っても起きなかったりして」 これだけ近くに寄って、これだけの事をされても起きる気配のない長文を見て、 俺は苦笑混じりの溜息をつく。 「これが俺以外の奴だったらどうするんだか・・・」 俺以外の奴が長文にこんな事をするかどうかは別として。 「長文・・・、そろそろ起きないと本気で襲うぞ」 耳元で少し大きな声で囁く。 囁いて、そのまま耳朶に唇で触れる。 ぴくりと長文の肩が動いた。 「・・・私・・・寝てしまって・・・、・・・っ!!」 やっと目を覚ました長文は至近距離にいた俺を見て声にならない叫びを上げる。 「貴方・・・何でこんな所にいるんですか!!」 そして俺と距離を取ろうとして立ち上がる。 が。 緩められていた自分の着物に足を取られて転びそうになる。 慌てて俺は転びそうな長文を支えた。 「・・・なっ、何で私の着物がこんなにはだけてるんですかっ!!」 腕の中に抱えられたまま、長文がそう言って俺を睨む。 「ああ、あんまり暑そうだったから」 しれっとそう答えた俺に長文の顔がみるみるうちに険しくなる。 「貴方の常識を疑います!とにかく、ここから出て行って下さい!」 こうなると長文は手が付けられない。 俺が何を言っても神経を逆撫でするだけだろう。 仕方ないので俺は自分の執務室に戻る事にした。 部屋を出る時に、後ろを振り向かずに一言だけ、声を掛ける。 「ごめんな。本当に、暑そうだったから」 ・・・返事は、無い。 俺はそのまま歩き出した。 ---------- その夜。 大分夜になって涼しくなったので俺はやりかけの報告書をまとめていた。 と、不意に扉の外から声を掛けられる。 ・・・長文だ。 「どうした?こんな時間に」 部屋に招き入れて、そう、尋ねる。 長文が俺の部屋に来るのは珍しい。 「昼間は、すいませんでした」 俯いたままで、長文はそう言った。 「ああ、あれは確かに俺が悪いし、長文が謝ることじゃないんじゃない?」 神妙な顔つきで謝る長文に、俺は思わず苦笑する。 「多少やり方に問題はあったにせよ、貴方なりに私の事を気遣って下さったのに。 驚いて取り乱して・・・失礼な態度を取ってしまいました。 それだけが、言いたくて。夜分遅くにすいませんでした」 そのまま立ち去ろうとする長文の腕を掴む。 「・・・次は、休むならちゃんと私室にしろよ。 でないと、今度こそ本当に襲うからな」 半分冗談で、少しだけ、本気。 「貴方に襲われないよう、これからは気をつけます。 それでは、失礼します」 俺は長文の腕を離す。 「おやすみ」 扉の陰で、長文が小さく頭を下げるのが見えた。 「俺の言う事なす事全てにああやって馬鹿正直な反応してくれるから可愛いんだよなぁ・・・」 だから、気が滅入ると長文に逢いたくなるのか。 俺は困った様に微笑いながら、仕事の続きをやってしまおうと机に向かって歩き出した。 夜は熱帯夜からいつしか秋風へと変わっていた。 <終> |