瞳に映るもの|
「こんな所にいたんですか」 府から少し離れた所にある、小さな、丘。 昼過ぎから不意に姿を消した郭嘉を探していたら、いつの間にかこんな所まで来てしまった。 郭嘉の姿を視線の先に捉えて、陳羣は思わず小さな溜息をつく。 「おや、長文殿。 忙しいのにわざわざ俺を探しに来てくれたんですか?」 涼やかな風の流れる丘の柔らかな緑に仰向けに寝転んだまま、郭嘉はからかい調子でそう言った。 「あなたに、渡す物がありましたから。 たまたま今日は急ぎの仕事もありませんでしたし」 言外に『ここに来たのは偶然だ』といった意味合いを込めながら、陳羣は素っ気無くそう言い、 懐中から一本の竹簡を取り出した。 「何ですか、それ」 ごろりと郭嘉はうつ伏せになり、地面に頬杖をついて上目で陳羣を見上げる。 「先日あなたにお借りした物です」 「そんなの、いつでもいいのに」 「そういう訳にはいきません。 もう目を通し終えましたし、それならば速やかに持ち主に返すのが道理でしょう?」 「はいはい。 相変わらずお堅い事で」 陳羣が起き上がろうとしない郭嘉に竹簡を差し出すと、郭嘉はそれを渋々受け取った。 そしてそのまま陳羣の手首を掴む。 「・・・離して下さい」 「待ってよ。 急ぎの仕事がないなら、もうちょっとここにいない?」 言葉こそ陳羣に選択権があるようだか、その手首を掴む腕は陳羣が府に戻る事を拒んでいた。 仕方無く、陳羣は丘に腰を降ろした。 緩やかな風が淡く草の香りを運んでくる。 心地良い、春の日差し。 「良い、気分」 小さく微笑って、郭嘉が呟く。 「お天気が良くて、風が気持ち良くて。 それから、・・・隣に長文殿がいて」 素直にそう言われて、陳羣の態度が少しだけ和らぐ。 その唇の端に、笑みが浮かぶ。 「ねぇ、長文殿も寝転んでみたら?」 再び空を仰ぐように仰向けに転がった郭嘉が、陳羣を促す。 「でも・・・服が汚れてしまいます」 「大丈夫。草が茂ってるから土はつかないと思うよ。 それに、ほら。今日は、空が綺麗だから」 言われて見れば、雲一つ無い空色の海。 それは丘の遥か向こうまで続いていて。 「こうして空を見ていると、本当に自然というものは大きくて・・・、 人間なんてその片隅で蠢いている、小さいものに思えますね」 空を見上げたまま、ぽつりと陳羣はそう言った。 無限の空。広大な大地。 その片隅で戦を繰り返している、小さな人間という生き物。 「片隅?」 陳羣の言葉に、郭嘉は笑みを含んでそう、返す。 「可笑しいですか?」 「可笑しいね」 自分の言葉を一笑に付されて、陳羣はむっとした表情になる。 「だって」 空を見上げたまま、郭嘉は言葉を紡ぐ。 「むしろ中心だよ」 「中心?」 「そう。俺がいる所が俺の世界の中心。 どんなに空が広くても、大地が続いていても。 自然とか、世界とか、そんな中に俺が生かされているんじゃなくて、 俺という生が中心にあって、この空も大地もその中に映っているものだから」 「・・・・・・」 陳羣は言葉を失う。 自分には思いも寄らなかったその考えに。 そしてそうやって奔放に物事を捉えられる郭嘉に。 言葉を失う。 「あなたという人は・・・・・・」 やっと出たのはそれだけで。 「長文殿も俺と同じ様に寝転がって空を見てみればわかるよ」 また、ぐいと手首を引かれる。 誘われるままに仰向けに寝転ぶ。 瞳に映るのは、何処までも高く、青い、空。 「ね、こうして見ると、自分が空の真ん中にいる様な気分になりません?」 「そう・・・ですね」 今まで見た事の無かった空の風景。 郭嘉の言葉の意味が少し自分にも解った気がして、陳羣は小さく微笑む。 「あなたという人は・・・何事も自己中心的だと思いますが、 ・・・たまにはこうやって空を眺めるのも、悪くないと思いました」 「そう思っていただけたなら光栄、かな」 そう郭嘉の声がしたと思うと、不意に空の青が見えなくなる。 「な、何をするんですか!」 押し倒す様な形で上に乗った郭嘉に陳羣は声を荒げた。 「新しい午後の過ごし方を教えて差し上げたお礼をいただこうかと思いまして」 ・・・ふわり。 抗う暇も無く、陳羣の唇に風の様な口付けが舞い降りた。 「・・・少しでも」 顔を朱に染めた陳羣が唇を抑えながら苦々しげに低く呟く。 そして。 どんっ。 思い切り郭嘉を自分の上から押しのける。 「・・・・・・痛・・・・・・」 不意を突かれた郭嘉は草の上に転がった。 「少しでも、あなたを理解できたと思った自分が悔しいです」 起き上がって、陳羣は踵を返す。 「夕方の軍議までには戻って来て下さいね。それでは失礼しますっ」 顔を赤くしたままそう言い残して、陳羣は去って行った。 「ちょっと、調子に乗りすぎたかな」 郭嘉は苦笑しながらまた、空を仰いで寝転ぶ。 『俺の世界の本当の中心はあなただ、 ・・・・・・なんて言ったら。どんな顔します?長文殿』 郭嘉の言葉にならない微かな声は、丘の上を通り抜けた午後の風に攫われていった。 <終> |
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郭嘉*陳羣同盟での企画、「台詞で30のお題」のチャレンジさせて いただいた時の物です。 規定台詞は「むしろ中心だよ」、でしたー。 ぱっとお題を見た時に書けそうだったのがこれだったので 企画発動当日に勢いで書いちゃいました。 書きたかったお題のシーンはちょっと上手く表現できなくてがっかり・・・。 最後までほのぼので嘉羣ぽくなかったので無理矢理キスさせたのは 秘密です・・・v(爆) |