酔月


「あれ、長文殿、何だか今日は元気無いですね」
郭嘉はいつもの様に陳羣の執務室にやってくると、そう言った。
確かに普段なら陳羣の返事も待たずに部屋に入れば小言の一つでも言われる所だろう。
しかし今日は何故か勝手に部屋に入ってきた郭嘉をちらりと見やって
小さくため息をついただけで、陳羣はまた手元の竹簡に目線を戻してしまった。
「元気が無い様に見えるのでしたら、静かにするなり
 自分の持場に帰るなり気を使っていただきたいものですね」
陳羣は竹簡を目で追いながら顔を上げず郭嘉にそう言う。
陳羣の声は元気が無いというより、冷たい。
だが、これはいつもの事だ。
暫く会話が途切れる。
郭嘉は自主的に陳羣の机から少し離れた所にある長椅子に座った。
陳羣が仕事に集中していて自分に構ってくれない時、彼はいつもここに座って陳羣が
仕事をしているのを眺めている。
今日も郭嘉がそこへ座ったのを見て、陳羣は郭嘉が部屋を出ていく気が無いのを悟る。
諦めた様にまた一つ、陳羣は小さく溜息をつく。
「・・・昨日、文若殿と少し話し込んでしまいました」
「ふぅん・・・、文若とねぇ・・・」
「少し、飲み過ぎてしまいました。
 遅くまで文若殿のお部屋にお邪魔してしまったので、昨夜は寝不足で」
確かに陳羣の瞳は微かに赤い。
陳羣と荀いくの事だ、仕事が終わってから飲んだのであれば大分遅い時間だったのだろう。
「どの位飲んだの?」
郭嘉が尋く。
というのも、陳羣はいつも郭嘉と飲む時は軽く一、二杯位なもので、彼の口から
『飲み過ぎた』などという言葉を聞く事自体がめずらしい。
「そうですね・・・小さな杯ですが四杯か五杯程でしょうか」
『飲み過ぎた』という程の量でもないが、普段は嗜む程度にしか酒に口をつけない
陳羣にしてみれば、確かに飲んだ方だろう。
「長文殿、俺と飲む時はそんなに飲みませんよね」
拗ねた様に長椅子に頬杖をついて、郭嘉はそう、呟いた。
「そうですか?余り変わらないと思いますが」
対する陳羣もそんな郭嘉の扱いにはすっかり慣れている様で、手元の竹簡に筆を走らせる
手を止めようともしない。
「変わりますよ。だって単純に計算しても倍じゃないですか」
「まあ、そう言えばそうですね」
「俺といる時はどうしてあんまり飲まないですかね」
「別に、あなたといる時だけ飲まないという訳ではないですよ」
確かに陳羣は郭嘉が相手だから飲まない、という訳ではない。
逆に言えば荀いくといる時だけ、だ。
「長文殿の文若に対する片想いっぷりには、俺は時々感心しますね」
「ありがとうございます」
「・・・褒めてないですから」
「そんな事わかってます」
「・・・・・・」
郭嘉は肩を竦めて黙ってしまった。
しかし部屋を出ていくつもりはないらしい。
「・・・・・・」
陳羣もまた黙ったまま書きかけの竹簡に筆を走らせる。
半刻程して、陳羣は書き終わった竹簡を乾かすために傍らの小机に置き、立ち上がる。
隣の部屋へ姿を消したかと思うと、暫くしてその手に茶器を持って現れる。
陳羣は郭嘉の前に茶器を置くと、自分も卓を挟んだ向かい側に座る。
「どうぞ」
郭嘉は黙って出された茶に口をつける。
「・・・今夜一緒に飲みますか?」
不意に陳羣がそう言った。
「・・・普段は俺が誘ってもいつも渋々頷いてる癖に」
「いつまでもあなたにそんな顔でこの部屋に居てもらいたくないですから」
「やっぱり長文殿でも好きな人には笑っていて欲しい、とか思うんだ」
「仕事の邪魔をされたくないだけです」
答えた陳羣の言葉は容赦が無い。
「・・・はいはい、そうでしょうとも。
 ま、いいや。仕事に切りがついたら俺の部屋に来て下さいね。
 酒、美味しいのを用意しておきますから」
茶を飲み終わると郭嘉は部屋を出ていった。

----------

「長文殿ってどの位飲めるんですか?」
もう酒が回ったのか、郭嘉は陳羣に抱きつきながら、そう問う。
「さあ・・・そんなに酔い潰れるまで飲んだ事、ありませんから」
絡みつく郭嘉の腕を払いながら、陳羣はそう答えた。
郭嘉は一緒に酒を飲むとすぐに身体に触れたがる。
しかも大して酔ってもいない癖にわざと『酔っているふり』をして
陳羣に触れたがるのだから困った物だ。
「じゃあ、試してみません?」
言いながら、郭嘉は空になった陳羣の杯に酒を注ぐ。
「大丈夫ですよ、俺がちゃんと介抱してあげますから」
「尚更嫌です」
陳羣は郭嘉の注いだ酒に口をつける。
美味しいのを用意しておきます、と言っただけの事はある。
確かにその酒は美味しかった。
空になるとすぐ郭嘉が酒を注ぐのもあって、今日はめずらしく陳羣も杯を重ねていた。
それから一刻程,雑多な話をしながら酒を飲んでいたであろうか。
「長文殿、結構飲めるんですね」
しかしそう言う郭嘉も大分飲んではいるが呂律はしっかりとしているから、
然程酔ってはいないのだろう。
「このお酒、美味しかったのでつい杯が進んでしまいました」
陳羣の方は口調はしっかりしているが頬が赤い。
身体が熱いのか、少しだけ着物の襟元を緩めている。
「この酒、口当たりが良いからつい飲みすぎちゃうんですよね。
 でも、結構強いから思った以上に急に酔いが回るんですよ。
 長文殿、大丈夫ですか?
 少し暑そうですね。夜風にでも当たります?」
郭嘉は襟元を緩めた陳羣に気付いたのかそう言って立ち上がり窓を開ける。
陳羣も少し風に当たろうと思ったのか、立ち上がる。
が。
不意に足に力が入らなくなってしまい、思わず転倒しそうになる。
どうにか転倒しないで済んだのは先に立ち上がっていた郭嘉が陳羣を受け止めたからだ。
「言ったでしょ?酔いが一気に回るって。
 大丈夫ですか?気分、悪くないですか?」
「別に、気分は悪くないです」
しかし足に力が入らない陳羣はそのまま床に座り込んでしまう。
郭嘉も抱きかかえた状態で陳羣の全体重を預けられ、支えきれずに一緒に床に座り込む。
「何だか、長文殿に襲われてる気分です」
「冗談じゃありません」
不可抗力です、と言おうとした陳羣の唇を、郭嘉は頭を引き寄せて口付けで塞いだ。
そしてそのまま陳羣の帯を解く。
「何するんですか」
「積極的な長文殿にお応えしようかな、って思いまして」
抵抗しようと力の無い指を陳羣が伸ばした瞬間、あっという間に天地が入れ替わる。
要領良く、郭嘉に組み敷かれてしまう。
郭嘉の指先が襟元から忍び込むと、そっと陳羣の肌を辿ってゆく。
皮膚の薄い部分を緩やかに撫でる。
その触れられる感覚は酔っている筈なのに全く普段と変わらない。
陳羣の唇から小さく息を飲む音がする。
上がりそうになる声を抑えるかの様な。
「感覚は、あるんですね。
 意識もしっかりしているし、気分も悪くないんだったら大丈夫かな」
「何がですか」
「この先を続けられるかどうか」
「・・・・・・」
陳羣の表情が呆れた物になる。
「あなたはいつも、それしか考えてないんですか」
「好きな人に触れたいと思うのは罪ですかね?
 俺だって手当たり次第誰でも良い、って訳じゃないんですけれどね」
郭嘉は苦笑しながら陳羣に口付ける。
舌先が巧みに陳羣の唇を割り、口内を犯してゆく。
抗おうと伸ばした指先にまた力が入らない事に気付き、陳羣は抵抗を諦める。
郭嘉の指先に、唇に、されるがままに翻弄される。
いつもより意識が朧気で、感覚だけが鋭敏で。
普段と同じ愛撫なのに、まるで身体が溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
肌を滑る指先が、徐々に下へと降りてゆく。
「長文殿」
名を呼ばれて瞳を開くと、郭嘉は陳羣の唇に指を這わす。
「舐めて下さい」
言われるままに陳羣は郭嘉の指に舌を這わす。
もう片方の手が、髪を撫でる。
「もういいかな」
指を唇から離し、郭嘉はその指を陳羣の中へと沈める。
陳羣の身体がひくりと震えた。
「もうちょっと、力抜いて下さいよ」
「無理・・・です・・・っ」
「何度やっても慣れませんねぇ・・・」
「こんな事、慣れてたまりますか・・・っ」
郭嘉はそんな陳羣を愛しげに見つめ、苦笑しながらもその強情な身体を、表情を、
その指先で溶かしてゆく。
口付けを交わすと無意識に陳羣の舌先が郭嘉のそれに絡みつく。
郭嘉は陳羣の着物の裾を大きくはだけさせ、足の間に自分の身体を割り込ませる。
陳羣の白い太腿が露わになる。
「嫌・・・っ」
肌を晒す事が恥ずかしいのか、陳羣は慌てて着物の裾を直そうと手を伸ばす。
「嫌、じゃなくてもっと、じゃないんですか?長文殿」
しかし伸ばした陳羣のその手は郭嘉に捕らわれてしまう。
「ここはこんなに俺の指を離さないくせに、ね」
くすくすと意地悪く郭嘉が笑う。
かぁっと陳羣の頬が羞恥で染まる。
「酔ってるせいかな?いつもより素直じゃないですか。
 ・・・御要望通り、もっと良くしてあげます」
そう言って郭嘉は陳羣の中で遊んでいた指を引き抜くと、代わりに自分自身を押し込む。
「・・・ああ・・・っ!!」
陳羣の口から悲鳴とも嬌声ともつかない声が上がる。
ゆっくりと郭嘉が動く度にその声は艶を増してゆく。
「普段の長文殿を知ってる人が見たら、どんな顔するでしょうね?
 長文殿のこんなに乱れた姿、きっと誰も想像つきませんよ。
 ・・・たとえば、文若が見たら、何て言うかな」
「馬鹿な事・・・言わないで下さ・・・いっ」
潤みを帯びた陳羣の瞳が、郭嘉を睨む。
「冗談ですよ」
「あなたの冗談は、笑えません・・・っ・・・あっ・・・!」
深く突き上げられた衝撃に、思わず陳羣は郭嘉の背中に爪を立てる。
「だって長文殿があんまりにも文若に御執心だから。
 ちょっと意地悪したくなっちゃったんです」
律動を繰り返しながら郭嘉は困った様に微笑する。
「長文殿、そろそろ・・・本気で動いても良いですか」
「・・・待っ・・・」
陳羣の返事を聞く前に、郭嘉は動き始める。
揺さぶられるままに、陳羣の唇からは抵抗の言葉ではなく、甘い悲鳴が零れる。
後はただ、熱に浮かされる。
何も考えられない程、快楽に溺れてしまう。
言葉にならない声を上げながら、ただ、一つを求める。
これ以上無い位に身体を深く抉られ、陳羣の口からまた声が上がる。
その声に、また郭嘉は煽られる。
「長文・・・殿・・・」
名を呼ばれて、応える様に口付ける。
快楽の波の感覚がだんだんと短くなる。
果てが近づく。
繰り返し寄せられるその波に、眩暈に似た感覚を覚える。
・・・そして訪れる終末。

----------

「昨日あれだけ飲んで大丈夫だったんですから、
 長文殿って本当に酒強いんですねぇ・・・」
寝台の中で郭嘉はへらへらと笑いながらそう言った。
昨夜はあれから結局寝台へと連れ込まれ、明け方まで寝かせてもらえなかったのだ。
陳羣は寝不足と酒の残る頭で不快そうに郭嘉を睨んでいる。
「今日は午前中位は休んだらどうですか?
 代わりに俺が少し頑張りますよ」
郭嘉は言いながら陳羣の頬に口付けを降らせる。
「長文殿はちょっと体調が悪くて、ってちゃんと言っておきますから。
 俺と違って日頃の行いが良いから、たまには休んでも大丈夫でしょ」
「あなたはいつも楽観的で良いですね・・・」
苦々しげに陳羣は呟くが、身体は重く、仕事をこなす気分にもなれない。
「まぁ確かにあなたのせいですから、お言葉に甘えて代わりに
 仕事をして頂きましょうか。私も午後には府に出ますが」
「これに懲りたらあまり俺の前で文若文若って言わない事です」
「何ですか、それ」
陳羣は差し出された水差しの水を一口飲んでから、訝しげにそう尋ねた。
「あんまり言うと、さすがの俺でも妬いちゃいますよ、って」
「何言ってるんですか・・・」
陳羣は溜息をつく。
「あなただって」
「えっ・・・?」
「・・・・・・くせに」
陳羣が何かを小さく呟いたが、その言葉はよく聞き取れない。
「今、何て?」
「何でもありません」
陳羣は顔を背ける。
「教えて下さいよ」
「聞こえなかったのなら別に良いです」
「気になります」
郭嘉はその言葉を聞くまでは部屋を出ていかないつもりらしい。
仕方無く諦めた陳羣は郭嘉の耳元に顔を寄せて囁く。
「あなただって、文若殿の事だけは、特別扱いなくせに、と言ったんです」
「・・・そりゃ、ま、そうですけれど。
 それがどうかしました?」
「・・・お互い様、という事です」
意味が解らず暫し郭嘉は考え込む。
「・・・それって、長文殿でも妬いたりするって事・・・」
「そんな訳ないでしょう」
郭嘉が言い終わる前に陳羣はその言葉を否定する。
しかし背けた頬が僅かに赤いのは。
「そんな事ばかり言っていないで、早く府に行ったらどうですか」
「ここ、俺の部屋なんですけどね」
苦笑しながら郭嘉は寝台から降りる。
「あんまり可愛い事言うと、また襲っちゃいますよ?」
「早く行きなさい」
「はいはい。
 じゃ、また府で会いましょう、長文殿」
不機嫌そうな陳羣の声を背に、郭嘉は満面の笑みで扉の外へと消えていった。


<終>





*オチなしですいません〜!!(汗)
がんばってえっちっぽくなるように目指してはみましたが
無謀な挑戦でした・・・。がくっ。
無駄に長くてすいません・・・。