Air
〜Key「AIR」より二次創作〜

 何も無い空だった。
 羊めいた雲の群れも見えない、空。
 青、青、青……あお。
 幾つも渦を巻きながら、うねりを見せながら……それでもそこにあるのは、青。
 息が詰まるほどに、何も無い、ただ、青。

 海の色に似ているかもしれない。
 遥かな昔。
 魚が陸(おか)に上がった瞬間。
 その時、ふと背後を振り返って……。
 視界に広がる母胎を見た、その色に似ているかもしれない。

 幼い頃にも憧れた空。
 そこには、誰かがいた。
 いつも見守っていてくれる、誰かが。
 ……それは多分、私の知っている、誰か。
 だから私は、時折空を見上げては、精一杯の笑顔を向けた。
「大丈夫だよ」……と。

 私は旅立とうとしているのかもしれない。
 暖かい海から、自由な空へ。
 翼を持った魚、それがきっと私の姿だ。
 海の青と、空の青。
 その狭間にいる私が見える。
 海の暖かさを失いたくなくて、躊躇している……恐れている。
 飛び出す瞬間に、戸惑っている。

 振り返った時に、そこにあるものを思って……。

 誰かが、そっと、背中を押した。
 「忘れないで……」と。
 「大丈夫だよ……」と。

 不意に振り返る。
 それが誰なのか、ずっと知っていたような気がする……。
 全てを消し去る、水面から飛び出す瞬間にも、消えない面影。
 どんな辛い現実も。
 どんな悲しい事も。
 そんな全てを包み込んで……笑顔だけが、最後に残っていた。

 背中に残る暖かさが、そのまま心に届く。
 小さな光を、そっと包み抱いた。
 いつか出会う時を思って。
 この温もりだけは、決して忘れてしまわないように。

 …………。

 大丈夫だよ。
 いつでも側にいる、ここにいる。
 空は海につながってるから。
 水平線のずっと向こうで、どんなに遠くても、つながってるから。
 空の青と、海の青。
 同じ青なら、きっと、どこかで一つになれるから。

 …………。

 「大丈夫だよ……」
 だから私は、空を見上げて、精一杯の笑顔を向けた。
 少しでも、そこへ届くように、と。