ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 




 MISSION 1 〜反乱労働者排除〜


 乾いた靴音が暗い無人の通路に響きわたる。
 一歩、また一歩と踏み出される度に反響する音を聞く者はいないが、その間隔は広く、歩む者の足取りが重い事を意味していた。かと言って進む事を恐れている感じなどは無い
通路はむしろトンネルと呼ぶに近い大きさで、そこを照らす光源は少ない。
 さらに所々電球が切れ、時折激しく瞬いたと思えば不意に暗闇を落とし、ここを通る者をイラついた気分にさせる事は容易に想像出来るだろう。
 不意に暗闇から、おぼろげに浮かび上がった男の姿は周囲から浮いており一種、異様な印象を与えていた。
 男は濃いインディゴ・ブルーのジーンズに黒いベロアのハイ・ネックシャツ、髪と瞳はそれよりも暗い漆黒であった。何も持たずにポケットに両手を入れながら、うつ向いて床を見ながら歩いている。
 ここに居るには場違いとも言える余りにもありふれた格好、逆に言えばここに来る人間にしては気味が悪い位に普通過ぎるのである。
 何故ならここは一般人が決して立ち寄るどころか近づきもしない場所、『レイヴン』と呼ばれる、ならず者達だけが利用するガレージであるからだ。
 男は通路の突き当たりにある巨大な扉の端にポケットから取り出したカード・キーを差し込んで暗唱番号を打ち込んだ。
 扉のランプが赤から緑に変わり、男はカードを抜き取る。
 端々から地金がむき出しになった白いネーム・プレートには『ラスティ』と書かれた文字が辛うじて読み取れた。
 ゆっくりと重い音を起てて扉が左右に開いていく。男は相変わらず沈んだ目でそれを眺めていた・・・



 今日も重い足どりでラスティはここに来た。
薄暗いガレージにはトレーラーの上に巨大な人型の鉄の塊が横たわっている。
「またコイツに乗るのか・・・」
 周囲の闇と同じ色の瞳でラスティは静かに眠る巨体を見ると忌々しげに呟いた。
だが、彼はこの世で最も忌み嫌うこの『兵器』に乗るしか無い。
 彼は『レイヴン』なのだから。
 もちろんそれは、ラスティも重々承知の事実である。
 『レイヴン』、それは『アーマード・コア』、A・Cと呼ばれる巨大な人型を模した兵器に乗り込み『レイヴンズ・ネスト』と呼ばれるインター・ネット上の傭兵ギルドから与えられた任務を合法、非合法を問わず依頼があればそれを受け、陣営を問わず戦う、時代が生んだ新しい形の傭兵である。
 当然の事ながら彼らは、この時代の高度な管理社会生活から弾き出されたアウトローが多い。依頼者からも信用は薄く、その任務も使い捨て的な内容の物が多のが現状だ。
 しかし、レイヴンは総人口が五万人に満たないこの地下都市だけでも百人近く存在している。
 ある者は莫大な報酬を求め、ある者は誰にも邪魔されない自由を求めて。
 ラスティは前者にあたる。彼にはとにかく金が必要なのだ。それも尋常な金額で無い金が絶対にだ。
「今回の報酬は一万三千コーム・・・百万までは遠いな」
 ラスティはうつ向きながら呟くと、トレーラーのドアを開けて運転席へと乗り込むとキーを差し込こんだ。
 そして相変わらず沈んだ瞳でラスティはトレーラーのギアを入れ、アクセルを踏み込むと、市街地へと向けて走り出した。
 通常、レイヴンは市街から離れた区画に住居、またはA・Cのガレージを所有している。それはレイヴンは基本的に市民と見なされておらず、扱いは準市民、または特例滞在の異国人扱いであり、一般市民とは区別されているからだ。
 そうなるのは二つの理由がある。一つは一般市民には極秘の事項に仕事がらレイヴンが関わる事が多くその情報の漏洩を防ぐ為、そしてもう一つは安定した社会が形成された際、簡単に街からならず者であるレイヴンを追い出せる様してあるのだ。
 しかしながら、当分の間はシティにレイヴンは絶対に必要な存在であり続けるであろうし、実際に需要は増しこそすれ減る様なそぶりは無い。
 特にこの『テトラ連立都市』では四つの連なった地下都市に共同管理地区である資源採掘場と三つの有力企業があり、常に抗争を繰り返している。
 それは表だっての企業戦略や買収に留まらず水面下での破壊活動、暗殺やテロ行為と言った、ありとあらゆる手段を用いて覇権を争っているのである。
 その他にも今は弱小と呼ばれる企業も現在の『三すくみ』状態を利用し、いずれはこれらを追い落とさんと密かに画策している。
 結局は人類が全てを失い地下に居を移さざるを得なくなった『大破壊』以前から連綿と続いていた国家間の争いが企業に置き変わっただけの話だ。
 人類の歴史から争いが絶える様な事は無い。人が生きると言う事は少なからず他者の犠牲の上に成り立っているからであろう・・・



 連立都市の一都市、リガ・シティの高速へとつながる道路は大渋滞であった。 クラクションと罵声が断続的に鳴り響き、高度な道路管理により『渋滞』と言った言葉が死語となったシティの地下都市に一種異様な空間を形成していた。
 通常、この街では車両通行はシティ・コントロール側が規制、管理しており余程の理由がない限りこの様な事は有り得ない。
 この21世紀前半を思い起こさせる様な大渋滞の理由は一つ、突然現れた武装集団が高速道路を占拠してしまい、完全に通行が不可能となった為である。
 武装集団は、この街で最も有力な企業『リガ・インペリアル』の労働者達らしく労働条件の改善を要求しているらしい。
 ラスティの居る位置からでも彼らが声高らかに何かを叫んでいるのが聞こえる。 安物のスピーカーを通しているらしくカン高いハウリングにしか聞こえない。
「こんな事をしても、何の意味も無いのが分からないとはな・・・」
 ラスティは呟くと、中央分離帯にトレーラーを乗り上げさせ、低い街路樹を薙倒しながら一路、高速の入り口へと向かった。
 100メートル程進むと、次第に周りの車が道を空け出す様になる。
 後ろに積んだA・Cでレイヴンが来た事に気づいたのだ。
 それを見て、ラスティのトレーラーが横を通りすぎると、ある者は声援を投げ、ある者は渋面になり目を背ける。
 ラスティはそれらに一別もくれず高速へと向かう。
 10分程で入り口付近に到着したラスティは現場の警備の者に誘導され、料金所の手前のスペースにトレーラーを止めて荷台へと歩き出す。
「君がレイヴンだな」
 現場の責任者とおぼしきスーツ姿の男が後ろから声をかけてきた。
「そうだ、現状は?」
 ラスティは必要な事だけを口にする。
 責任者はこちらへと振り返ったラスティを見て、驚いた様な表情を浮かべた。 ラスティの格好が彼の持つレイヴンのイメージから余りに遠かったからだ。
 ギンギンの皮ジャンにモヒカン頭、そしてつり上がったサングラス姿、これが一般人の持つレイヴンに対するイメージである。
 実際、そんな姿の奴が多いのも現状ではあるが、少なくともラスティは違った。
「で、現状は?」
 ラスティはため息混じりに同じ言葉を繰り返した。
 責任者は、はっとなって語り出す。
「現在、料金所は封鎖し装甲車を並べ、彼らが街に出れない様にしている」
「そうじゃ無い、奴らの戦力を聞いてるんだ」
 ラスティには奴らが街へ出ようが関係無い。与えられた任務は彼らの作ったバリケードもろとも強制排除する事だからだ。
 つまり、高速道路さえ車が通行可能な状態にすれば任務は終了なのである。
その後、テロリストと化した彼らを食い止めるのは別の仕事と言う訳だ。
「確認したのが、作業用のクレーンを改造してビーム砲を取り付けたのが二台と、M・Tにバズーカを乗せた奴が三機だが、大型トレーラーが一台いる」
 ラスティの意図を読みとったのか責任者は吐き捨てる様な口調で答える。
「中身は?」
「判らん」
 動きの遅いクレーン車など待ち伏せでもしない限りはA・Cの敵では無い。
M・Tとは汎用人型機械だが、余程特化した機体でも無ければM・Tの兵器としての運用を発展させたA・Cの戦闘力からすれば子供の様な物だ。
 問題は積み荷の不明なトレーラーと言う事になる。
 万が一、A・Cが積まれており腕利きのパイロットが搭乗した場合、あちらの戦力はこちらと比べ格段に有利と言う事になる。
「まあ、いい・・・積み荷がA・Cだった場合、特別報酬を出して貰う」
「分かった。『上』の者と相談しよう」
「確約をくれ、排除はそれからだ」
 ラスティがそう言うと現場責任者は舌打ちをして携帯電話を取り出すと、彼の上司とおぼしき人物と話し出す。
 その間、ラスティはA・Cをトレーラーに保持している電磁ロックを解除する。
 ここまで来て追い返えされる様な事は滅多に無い。こちらの要求は確実に通ると踏んでの行動である。依頼者側も時間が惜しい筈だ。
「レイヴン! 敵にA・Cがいた場合、特別に五千コーム追加するそうだ」
「良し、いいだろう・・・」
 予想通りの返事を得たラスティはそれだけ言うとトレーラーのステップに足を掛け、ゆっくりと荷台に登り出した。
 横たわるラスティのA・Cは暗い錆色と艶の無い赤のツートン・カラーで、派手好みの多いレイヴンの中では珍しい地味なカラーリングをしている。
 構成されているパーツも同じく地味であり、レイヴンならば左の肩にエンブレムを刻むのが普通なのであるがそれも無く、エンブレムを持たない新人レイヴンに有りがちなレイヴンズ・ネストのメタル・ステッカーが貼られているだけだ。 それすらも端々が剥げ、機体の色と相まって見苦しく感じさせる。
 改めてラスティのA・Cを見た責任者は当然ながら眉をひそめた。
 ラスティを駆け出しか、腕の悪いレイヴンと思ったのだろう。
 責任者の視線を気にも止める事無くラスティはA・Cのコクピットハッチを開けて、シートへと身を沈める。
 彼はこの瞬間が最も嫌いであった。シートが自分の背中の形を覚えているかの様に馴染む事が嫌でたまらないのだ。
 彼の暗い瞳に更に暗い影が落ちる。
 ラスティはA・Cを操縦する際にヘルメットも専用のスーツも装着しない。
 即座にメインのスイッチをオンにしてジェネレイターを作動させると、センサーやディスプレイの光がコクピット内を照らし出す。
 ラスティはF・C・Sからの機体が捕らえた情報も極端なまでにカットしており、通常出る筈の機体状態の情報などは画面に出る事は無く、淡々と周囲の情景がディスプレイに映っている。
 A・Cの心得がある者が見れば驚くに違いない。『これで操縦が出来るのか?』と、間違いなく口にするだろう。
 事も無げに、彼はスティックを手前に引き寄せて機体を立ち上がらせた。
 鈍く低い始動音と共にラスティのA・Cは軽く背中のスラスターを噴かしながらトレーラーから滑る様に体をずらして立ち上がった。
 同時にA・Cのコンピュータ・モードが通常状態から戦闘状態に移行する。
 背中の広範囲レーダーのブレードが小刻みに位置を補正し、機体の各部に取り付けられたセンサーが淡い光を帯びる。
 ラスティはA・Cにトレーラー後部から巨大なマシンガンを取らせると、警備員達の乗る走行車が並ぶ料金所付近までA・Cを歩かせた。
 そして一気にブースターを使い、料金所のゲートと装甲車を飛び越して武装集団と正対する。
 1キロ程先の道路上にはコンテナが三段に積まれた斜蔽物が幾つかあり、その奥からクレーン車のアームの先端が覗いている。
 問題のトレーラーは陰になり、ラスティには見えない位置にある様だ。
 敵はA・Cの存在に気づいたらしく、突然発砲を始めた。
 クレーンの先端から光の帯が吐き出され、前線を維持すべく奥から慌ただしくM・Tが接近して来る。
 ラスティのA・Cはジグザグに左右へとブースターを使用して一気にコンテナへの距離を詰めた。
 そしてA・Cの右腕に握られたマシンガンで威嚇射撃を開始する。
 この間、前線に上がってきたM・Tも機体の肩部に装備された二連バズーカを乱射するが、ラスティのA・Cには掠りもしない。
 同様にクレーンのライン・ビームも虚しく光を発するだけの存在と化した。
 コンテナに接近しマシンガンの有効射程に達したラスティは左側へと回り込み接近して来たM・Tに照準を合わせる。
 一瞬にして先制攻撃のチャンスを奪われたM・Tがラスティのいる左を向こうと腰を捻った瞬間にすさまじい量の弾丸が脚部へと注がれた。
 M・Tは左の足を失い、横転してロールバーで囲われただけのコクピットから操縦していた男が投げ出される。
 それを確認したラスティは横転したM・Tの残骸をステップにしてA・Cをジャンプさせる。
 奥にいる改造クレーン車は照準を上へ合わせようとアームを延ばしたが、既にラスティのA・Cは目の前まで来ており、運転者は突然にして目の前に現れた巨大な人型の鉄塊に恐怖の叫びを挙げた。
 その瞬間、A・Cの左腕から青白い光が放たれてクレーンのアームが宙を舞う。
 A・Cに取り付られたレーザー・ブレードの仕業である。
「馬鹿な、我々側の地形の方が圧倒的に有利だった筈だ、それなのに一撃も攻撃を食らわないなんて・・・」
 道路に投げ出されたM・Tの操縦者は悲痛な叫びを挙げた。
「レイヴン・・・あれが・・・」
クレーンの運転手は惚けた様に呟いた。
 一瞬にして二台の敵を沈黙させたラスティは更に奥へとA・Cを進ませる。
 コンテナを楯にして二台のM・Tがバズーカ砲をこちらに向け待ち伏せの体制でラスティが射程に入るのを待っているのが画面に映っている。
 その距離90メートル。M・Tバズーカの有効射程まで10メートル程手前にラスティのA・Cは近づくと急に静止してアスファルトに膝を着く。
 そして左腕が肩ごしに背中へとまわされA・Cは何かを掴んだ。
 それはラスティのA・Cで唯一、クロームメッキが施されたパーツである。
 大型の拳銃の様な独特の形状と美しい銀のカラーリングからそれはレイブンズ・ネスト公式認定武器『WC−01QL』と判る。
 WC−01QLは連射が可能な超小型レーザー・キャノンであり、A・Cが装備する火器の中でも非常に強力な部類に入る。
 十発も当たれば堅牢を誇る重A・Cと言えど只では済まない。
 無論、M・Tなど二発も食らえば鉄屑に早変わりだ。
 ただ強力な反面、弱点も存在する。電力を猛烈に食う為にワン・ラッシュで五、六発しか連射する事が出来ない上、ジェネレイターと本体が直結しているので、必然的に電力供給の優先度がA・C本体の動力に対する物より高く設定され移動がままならなくなってしまうのである。
 特に二足歩行のA・Cはその性質上、路面状態を関知するセンサーが多く、電力が足りなくなると、それらが影響を受けてしまい、まともに立つ事すら困難になる。A・Cに流れる各パーツの無駄な分の電力を配分調整すれば移動しながらの射撃も不可能では無いのだろうが、それをやるとA・Cのコンピュータはパンク状態となり肝心の射撃がおろそかになる。
 同様にグレネードなどの反動の大きい武器も構えて射たなくては目標に命中しなくなる。移動の際の姿勢維持と射撃の突発的な反動を処理しきれない為だ。
 結果としてA・Cは静止して射撃を行うしか方法が無いと言う事が現在の技術の限界である。
 通常では機体を知り尽くした人間が操縦したとしても、刻一刻と変化する状況を感知してコンピュータやセンサーの肩代わりする事は不可能だ。
 ラスティは画面に映る照準をコンテナに合わせた。ガッチリとA・Cの左腕がキャノンを掴んでいる。
緑のレティクルが赤に変わり目標をロックしたと同時にラスティはスティックのトリガーを引いた。
 即座に強烈な光をキャノンは吐き出してコンテナを鉄塊へと変えていく。
 爆裂の後には一瞬にして障害物を失い愕然となるM・Tが立ち尽くしていた。
 二台共、でたらめな動きをしており、もはや戦闘状態では無い様子である。
 M・Tはむき出しのコクピットの上、ヘルメットをしていない操縦者にとって至近距離でのレーザー・キャノンの閃光はスタン・グレネードに近い効果をもたらしたのだ。
 ラスティは一気にブスート・ダッシュで距離を詰め、ブレードを使用して二台のM・Tの腰から下を斬り飛ばす。
 そして、バッテリーの余剰電力が快復するのを待つ為に機体を再び静止させた。
 画面には200メートル程先に問題の大型トレーラーが見える。
 ここからならば充分にトレーラーを狙撃できる距離だ。
 更に隣にいる残り一台の改造クレーンも射程範囲に入る。
 危惧していたA・Cは見あたらない。
「あの、トレーラー・・・何か変だ」
 ラスティはトレーラーに妙な違和感を感じた。
 それと言うのもA・Cが積まれているトレーラーにしてはコンテナが若干小さい様に見えたのである。
 ここは先制攻撃が基本なのだが、ラスティは敢えて様子を見る事にした。
 そこへ突如ラスティに通信が入ってくる。
「レイヴン、トレーラーの中身が判明した」
 先程の現場責任者の声である。
「ああ、俺も今、中身が分かった」
 ラスティの瞳にゆっくりとコンテナの外装が開いて行く様が映っている。
 中から現れたのは馬鹿デカい緑のプラスチックのケースの山積み、ケースの側面には黄色い文字で『TNT』と綴られていた。
「爆薬とはな」
「そうだ、ペーパー式TNT爆薬1000キロ、この高速道路の陸橋を破壊するのに充分過ぎる量だ」
「で、どうするんだ。『上』の奴らは要求を飲むのか?」
「当然無視だ。だが、爆薬を破裂さす事無く未然に事態を収拾してもらう」
「随分勝手な話だな」
「報酬はA・Cが居た時と同じ額を出す。それでどうだ?」
「いいだろう。了解した」
 最後に残ったクレーンの腕の先端に取り付けられたビーム砲がトレーラーに向けられている。
 近づくと爆破すると云う牽制だ。しかしラスティはクレーンの運転手が己の命と引換にしてビームを射出するとは当然、思いはしない。
 牽制とは別に、もう一人自由に攻撃出来る者がいて始めて成り立つ物だ。
 ラスティの現状を打開する手段は簡単である。クレーン車の背後に回り込んでしまえばそれで終わりだ。
 発砲の必要も無く脅すだけで終わるだろう。
 ラスティが、さっそくセオリー通り、それを実行に移すべく背中のブースターに火を入れた瞬間、突然、機体のワーニング・コールが鳴り響いた。
「何だ?」
 ラスティの呼びかけに始めてA・Cのコンピュータが発言を許されたかの様に音声を発する。
『敵の増援を確認しました。A・Cです。機数・1』
「ちっ、奴は時間稼ぎか」
 ゆっくりと上空からティルジェット輸送機が降下して機腹のハッチが観音開きになり、一機、濃緑色と派手な黄色に塗装されたA・Cが舞い降りてくる。
「奴は誰だ、照合しろ」
『了解』
 その間に敵A・Cはブースターを軽く噴かし、1キロ程向こうに着地した。
『判明しました。ランカーA・C《バンダースナッチ》です』
「順位と特徴は?」
『現在47位、レイヴン《バックギャモン》のA・Cです、武装はWG−XP2000・パルスライフルとWCーCN35・チェインガン、ブレードの有無は不明』
「なるほど・・・それで奴は妙に距離を開けて着地したのか」
 敵のA・Cバンダースナッチは中量級二足であり、武装は極めて射程の長いパルス・ライフルだ。当初は距離を置いて戦い、止めにチェインガンなりブレードなりの至近攻撃を仕掛ける一撃離脱タイプのレイヴンであろう。
 ラスティのA・Cも同じく中量級二足に入るが、腕と脚、そしてコアはバンダースナッチの物よりもワン・ランク装甲が薄い。
 武装の射程も短く勝っているのは機動力位のものであろうか。
 1キロ先に着地したバックギャモンは愛機のコクピットの中で余裕の笑みを浮かべていた。
新進気鋭のレイヴンである彼は今の処、失敗に終わった任務は無い。
 半年という最短コースで50位以内に滑り込み、ランカー・レイヴンとなった彼は口元に笑みを浮かべ、ラスティのA・Cを画面を通して見つめている。自分に対する確固たる自信を持っているのだろう。
「ふん、《ラスティ》の《レスヴァーク》か。ランクは87位、大した事は無いな、A・Cも俺のバンダースナッチより貧弱と来てる。コイツは貰ったな」
 バックギャモンは画面のターゲットをレスヴァークに合わせた。
「いつもの様にコイツで弱らせてチェインガンで止めだ!」
 バンダースナッチの右腕から青白い光の銃弾がレスヴァークに向けて放たれた。
 瞬く間にレスヴァークの足元に閃光が弾け、ラスティは機体のブースターを逆噴射させ後ろへ飛び退く。
「来たな」
 ラスティは銃弾に即座に反応して機体を対行車線側へとダッシュさせる。
 同時にコンテナの後ろから改造クレーンのライン・ビームが放たれた。
「馬鹿野郎!A・Cは俺に任せて、お前はトレーラーを見てればいい!」
 バックギャモンが外部スピーカーで叫んだが、時すでに遅しであった。
 ラスティは滑るようにしてクレーン車の側面に回り込むと、トレーラーに被弾せぬ様にマシンガンをクレーンの腕に集中させる。
 瞬く間に熱弾がクレーンの先端を吹き飛ばし、クレーン車は無力化した。
「ちっ、時間も稼げ無いのか、素人め!」
 バックギャモンは苦々しそうに呟くとジェネレーターの出力が安定するのを待って再びパルス・ライフルを発射する。
 ラスティのレスヴァークは斜めにブスート・ダッシュし、これを避けた。
 そして、素早く直進すると対行車線に逃れては再び元の車線へと戻ると云う、不規則なリズムで位置を次々と変えて距離を詰めていく。
 バックギャモンの銃弾は事々く後ろに逸らされ虚しく消えていた。
「何だコイツは、まるで当たりゃしねぇ!」
 バックギャモンは心底驚いていた。今までこれほど素早い敵は居なかったからだ。彼は戦闘速度の航空機をも自慢のパルス・ライフルで仕止めてきた。
 しかし目の前のA・Cの動きは完全にそれを凌いでいる。
 一瞬、うろたえたバックギャモンではあったが彼は平静を取り戻し、機体を後ろへとブースト・ダッシュさせ再び距離をとるべく移動を開始した。
 こうなると俄然不利になるのはラスティのほうだ。
 ラスティの方が先にダッシュを開始しており、バッテリーの残量は当然少ない。 さらにレスヴァークにはマシンガンとレーザーキャノンしか射撃用の武器は装備されていないのだ。例えバンダースナッチに追いついたとしてもオーバーヒートの状態では背中のキャノンは使用が出来ない。
 逆にバンダースナッチはパルス・ライフルがオーバー・ヒートで使えないが、背中のチェインガンが発射可能だ。
 大口径の背中に取り付けるチェインガンと手持ちのマシンガンでは射程距離が格段に違ってくる。
 加えてレスヴァークは装甲が薄く歩行で接近した場合、バンダースナッチに近づくまでに多大なダメージを被るだろう。
 更にチェインガンは威力の高い弾丸を高速で射出させる為、攻撃をまともに食らえば安定性の低い軽二足タイプA・Cは弾き飛ばされる可能性が高い。
 バンダースナッチはコクピットで口の端を歪ませている。
「ふん、《動き回る小動物は止まった時に狙え》だ」
 徐々に減っていくバッテリーの残量を気にする事無くバックギャモンは勝ち誇ったかの様に呟いた。
 対するラスティも減りゆくバッテリーの残量を見つめていた。心無しか、その瞳が不自然な赤味を帯びている。
 互いに背中から火を吹き、奇妙な追う者と追われる者のレースは続く。
「ほう、奴めやるな。無駄射ちしやがらねぇ」
 バックギャモンは感心する様に言葉を発する。こう云った時、追う方は心理的に当たらないと分かっていてもマシンガンを乱射したくなる物だ。
 レイヴンにとって弾もタダでは無く、ランクが上位になればなる程、無駄弾を嫌う傾向にある。
 二機のA・Cは文字どおり高速で道路を駆け抜けて行く。
 やがて次のインター・チェンジの入り口が見える頃、バックギャモンは事態の異常に気づき出した。
「何だと、こっちのエネルギーは底を尽きかけてるのに、何故だ?」
後方のカメラにレスヴァークが徐々に追いついてくる情景が映っている。
「馬鹿な、奴はどんなジェネレーターを積んでるんだ!」
 バックギャモンは機体がついにオーバーヒートを起こした事を告げるアラームが鳴り響いた瞬間、バンダースナッチの武装をチェインガンに切り替えた。バンダースナッチは急速にターンして振り返ると、火花を散らしながら地面に膝を着いて射撃の体制に入る。
 その瞬間、バンダースナッチに強烈な閃光が襲いかかってきた。
 振り返った機体のコクピットの中でバックギャモンが見た物は、まばゆい白一色に染まる光の世界であった。
「何だと!」
 バックギャモンは瞬時に状況を理解する。信じられない事だがレーザーキャノンの集中砲火を浴びているのである。
 回避行動を取る暇もなくバンダースナッチの右腕が吹き飛び、各部の装甲の隙間から内部機器が焼き切れ、ドス黒い煙が上がった。
『やられる!』
 バックギャモンがそう思った瞬間、銃撃が止んだ。
「ここまでだ、さっさと失せろ」
 外部のスピーカーから若い男の声がする。ラスティの声である。
 もはや立ち上がるのがやっとのバンダースナッチは既にコンピューターが戦闘モードから強制的に待避モードへと変わっていた。
 金属が干渉する嫌な音を起てながら直立状態になったバンダースナッチのカメラ・アイに映っているのはゆっくりと歩いてこちらに近づいてくるレスヴァークであった。
 バックギャモンはその姿を見て恐怖した。
 レスヴァークは背中のキャノンを構えながら歩いていたのだ。
 バックギャモンはレスヴァークがキャノンの発射体制を取ったかどうかは確認していないが恐らく時間的に、この状態から射出した様なのだ。
「お前、まさか・・・《プラス》か?」
 そう言われ、心を鎮めるかの様にコクピットで目を閉じていたラスティの瞼が上がり、ラスティの瞳が鉄屑寸前のバンダースナッチを捕らえる。
 彼の瞳は普段の漆黒では無く、濁った血の様な深紅と変わっていた。
 『プラス』とは肉体的な知覚、反応、運動能力、耐久力などを人工的に強化した人間の事を指す。
 優れた技術を用いて改造された場合、一部コンピューターを介せずA・Cをコントロールする事が出来、結果としてキャノン系の装備を構えずに発射したり、機体の余分な電力配分を最適に調整してバッテリーの使用量を激減させたりする事が可能なのである。
「何を言っているのか分からんが、逃げた方が身の為だ」
 ラスティは、やや間を置いて返答した。
「何故、俺を逃がす?」
「同じレイヴンだ、俺も何度かこうして助けられた事がある」
「・・・屈辱だが、借りておこう」
 そう言うとバンダースナッチはレスヴァークに背を向け、インターチェンジを目指して不安定なブースター移動を開始した。

 ラスティは再び目を閉じて深いため息をつく。開かれた目には、いつもの暗い影が降りていた。
 視線の先には光ファイバーが埋め込まれた地下都市の『空』がその色を変えて紅に染まろうとしている。
 ラスティはA・Cのコンピュータ設定を通常モードと呼ばれる物に設定を移行して自分のトレーラーの元へと急いだ。
 既に爆薬を積んだトレーラーに散水車が群がりクレーン車やM・Tもレッカー車が引っ張っている最中であった。
 料金所に到着すると装甲車はおらず、変わりに黄色の路上清掃車が止められている。
「ご苦労だったな、レイヴン」
 現場責任者が指揮車のサンルーフから身を乗りだし、マイク片手に出迎えた。
「いや、一時はどうなるかと心配したが、『上』の方々も事態を未然に防いでくれた君に感謝しておられる」
 指揮車のスピーカーは責任者の大声でビリビリと振るえている。
「感謝の印は報酬で見せて貰うと『上』の奴らに伝えろ」
 ラスティは吐き捨てる様に答えた。
 そしてブースターを使って料金所のゲートを飛び越す。
 トレーラーの荷台がレスヴァークから発せられた信号を捕らえ、縦に展開して起きあがってくる。
 トレーラーへのA・C収納作業は全てコンピューターが自動操縦で処理する為、ラスティはコクピットで目を閉じていた。
 今回の任務は一応、成功に終わった。
 だがラスティには後味が悪い任務でもあったのだ。
 何故なら今回の依頼者は他ならぬリガ・インペリアル社だったからだ。
 リガ・シティの名が示す通り、この街では行政機関をも凌ぐ権利を有し今回の件も表向きは、この街のガードがラスティを雇った事になっている。
 ラスティは如何に世論や対面が重要だからと言って自分の社の社員を簡単に始末して切り捨てる非情さは割り切れない物を感ぜずにはいられなかった。
 だから、M・Tやクレーンのコクピットへの攻撃を避けたのである。
 バックギャモンの事も同じだ。彼にしても自分にしても、こんな茶番で命を落とすのは馬鹿らしいとラスティは思った。
「どこにも俺の求める安住の地は無いのかもしれない・・・」
 そう呟いてラスティは軽く首を横に振った。
「いや、必ず見つける・・・レイヴンだけは嫌だ」
 ラスティの目には彼にしては珍しく、僅かな希望を感じさせる光が宿っている。「必ず・・・」
 もう一度、彼が小さく呟いた頃、ラスティの体は真横になり、鈍い振動が伝わってきた。A・Cがトレーラーに完全に乗せられ荷台がロックしたのである。
 ラスティは鈍い足どりでコクピットから出ると、ステップに足を掛け荷台から降りる。
 遠くから風に乗って路面を応急処置する即乾性アスファルトの嫌な臭いがした。
 早くも一般車両が徐々に高速道路へと上ってきている。
 ラスティはそれら全てに背を向ける様に、まだ誰もいない一般道路へと下りる道を目指した・・・



 暗い通路に乾いた靴音が響きわたっている。
黒のベロア地のハイネックシャツに濃いインディゴのジーンズ姿、両腕はそのポケットに入れられていて、髪と瞳は通路と同じ様な闇の黒をしている。
 男は通路を抜け外へと出る。
 既に街は夕闇が支配する夜になっており毒々しい色のネオンが光っていた。
 所々ひび割れた道路を歩いて男は家路を急ぐ。
 見るからに怪しい男達の人並に押されながら、うつ向いて歩いていた男の視線が不意に一軒の汚い町工場へと移った。
 そこには錆びて閉じなくなったであろう大きな鉄の扉の隙間から、濃緑色と黄色に塗り分けられた右腕の無いA・Cが整備台に乗せられているのが見える。
 足元ではA・Cのオーナーらしき短い金髪の男が、太った黒人の工場長とおぼしき人物と激しく口論していた。
「運のいい奴だな・・・」
 男はそう言うと、少しだけ口の端を上げて笑った。
 そして又、男はうつ向いて街の雑踏の中へと姿を消していった・・・
 



『MISSION 1 完』


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