ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER



 MISSION 2 〜 廃棄基地進入 〜


「あれが・・・ターゲットか」
 言葉は低く規則正しい轟音にかき消されていた。
「へへ、オレ達・・・が来たからには・・・だぜ」
 そう言ってニヤつく男の顔には規則正しい間隔で線の様な影が下りている。
 不意に男達の体が軽く左に傾斜した。
「ちっ、ヘリってのはどうも好きになれねぇぜ」
「ぼやくな、ティル・ジェットでは発見され易いのはお前も知ってる筈だ・・・」
 最初に言葉を発した白人の男は、何度も同じ事を言わせるなと云う感じの口調で愚痴る黒人を諭す。
「でもよぅ・・・この振動は勘弁して欲しいぜ、なぁ《デリンジャー》」
 黒人は振り返って室内の最後尾へと声をかけた。
 そこには《デリンジャー》と呼ばれた男がうなだれる様にして腰を掛けている。
 彼は黒人の問いかけには答えず、まるで時間が止まっているかの様に微動だにしない。
「ケッ、相変わらず愛想のカケラも無ぇ奴だぜ!」
「《ゾンネベルク》、奴を刺激するな」
 黒人の男《ゾンネベルク》の言葉を再び白人の男が制する。
「分かってるよ《ゼファー》、奴は《レベル6》だって言うんだろ」
「そうだ・・・俺達《レベル4》では彼が暴れ出したら止められ無い」
 再び三人の男を乗せたヘリが左に傾斜する。
「うぇ、まただ、パイロットの腕前は大丈夫なのか?」
「到着した様だ・・・」
 喘ぐ様な細い声でデリンジャーが初めて言葉を口にすると、ヘリは静かに降下し出し、ゆるい振動が室内を揺らす。
 デリンジャーは静かに閉じていた瞼を上げた。
 彼の濁ったルビーの様な紅の瞳が虚ろで不気味な光を発している。
 眼下には巨大なクレーターが見え、大型ヘリは吸い込まれる様に深くえぐられた中心へと降りて行く。
「良し、A・Cに乗り込むぞ」
 白人の男、ゼファーは室内の前方のドアへと進む。
 残る二人も彼に続いてドアへと向かった。
 ヘリがローターのピッチを下げ、荒れた大地に着地する。
 それと同時に三機のA・Cが機外へと滑る様にして見事な動きで現れた。
 一機は黒い騎士を思わせるシルエットをしており巨大な楯を左手に装備している。
 もう一機はブルー・グレーの全体的にシャープなボディであるが、それには不似合いな位に大型の鈍い銀色の光を放つ銃を右手に装備していた。
 そして最後尾に無限軌道の重兵装タイプが続く。
 誰がどれに乗っているかは分からないが、乗り手は先程の三人だろう。
 高速移動で岩場を駆け抜けながら三機はある一カ所を目指している様であった。
 彼らの向かう岩肌には巨大な横穴が口を開いている。
 そこへ脇目もふらずに三機は飛び込んで行く。
 やがて三機のA・Cは夜明けと共に地獄へ還る亡者のごとく、背中からジェット気流の陽炎を放ちながら暗い洞窟へと姿を消していった・・・



 同じ頃、ヘリの飛んでいた逆の方向の空には三機のティル・ジェット機が連なる様に飛行していた。
 先程のクレーターからは、さほど距離が無く、着陸する直前と言った感じの慌ただしい動きが見受けられる。
 その先頭を行く機の窓際に一人の男が居た。
 男は漆黒の髪をしており、それよりも深い深淵を思わせる瞳には景色が吸い込まれる様にして流れて行く。
「レイヴン・・・五分後に目的地に到達するぞ」
 高速で流れていく窓の外を眺めていたその男へ不意に後ろから呼び止める声がした。
「分かった・・・A・Cに搭乗する」
 彼はレイヴンと呼ばれたのが気に食わないのか、声の方向には振り返らず、そのままの姿勢で呟いて自分のA・Cが格納されているスペースへと歩き出す。
「おい、レイヴン!」
 声の主が再び彼を呼び止めた。
 彼はここで初めて後ろを振り返る。
 そこにはパイロット姿の男が立っており、怪訝そうな表情を髭だらけの顔に浮かべ、肩には副パイロットである事を示す金のモールが揺れていた。
 彼の沈んだ瞳に振り子の様に弧を描く金色のそれが映り込んでいる。
「俺には《ラスティ》と言う名前がある・・・その言い方で二度と俺を呼ぶな・・・」
 ラスティと名乗った彼の言葉には微かながら殺気が含まれており、周囲が凍るような雰囲気になった。
 副パイロットが思わず後に下がり、ラスティの暗い瞳に見つめられた彼は萎縮して小刻みに体が震え出す。
「わ、悪かった・・・」 
 その言葉を聞いたラスティは静かに瞳を閉じる。
 副パイロットはそれを見て、冷や汗を流しながらも全身から緊張が無くなっている事を感じていた。
「お前・・・パイロットスーツに着替えないのか?」
 その言葉を無視し、ラスティは男に背を向けて再び格納スペースの方へと静かに歩き出す。
「何なんだ・・・あいつは・・・」
 副パイロットがそう言った時、突然機体が大きく揺れて窓の外に激しい閃光が起こった。
 ラスティが窓の外を覗きこむと地表からミサイルのロケット噴射を示すオレンジ色をしたドーナツ状の発光物体が次々と近づいて来るのが見える。
「SAM・タイプの地対空ミサイルだな・・・機が完全にロック・オンされている・・・」
 そう呟くと、ラスティは自分のA・Cが有る格納スペースへと駆け出した。
 格納庫へ到着したラスティは、自機A・Cに取り付けられたステップを登りコクピットへと滑るように乗り込む。
 彼はいつもこのA・Cに乗り込む瞬間が最も嫌な時間だったが、今回は緊急時の慌ただしさが、それを幾分か和らげている事を少し有り難く感じていた。
 ラスティが通信機のスイッチをオンにすると輸送機のキャプテンと即座に通信がつながる。
「これ以上はこの高度を維持出来ない。後は任せた」
 じれた様にキャプテンが通信機の向こうで怒鳴る。
「俺はいつでも投下してくれて結構だ・・・」
 四点式のシートベルトを締めながらラスティはそう告げると機体のメインスイッチをオンにしてジェネレーターを作動させた。 
「助かる、すぐに投下する!」
 キャプテンの返信と共に、ラスティの乗機《レスヴァーク》のモニターには降下までの時間を示すカウント・ダウンが表示され出す。
 やがてカウントがゼロになり床が開いてA・Cが機外へと落ちる様にして投下された。
 高度は約3000メートル、A・Cの背中に取り付けられたブースターが真下へと噴射して落下の速度を調節しながら地表へと降りて行く。
「よし、離脱する!」
 キャプテンはミサイルが到達しない高度と距離を保つべくスティックを引き上げ、上昇を開始をする。
 やがて、ラスティのA・Cは乾いた大地に小さな点になって消えて行った・・・



 薄暗い通路に爆音と閃光が轟く。
 炎はモンロー効果を伴って通路の向こうの部屋までも紅に染めていた。
「へへへ、他愛ないぜ!」
 ゆっくりと戦車の様な姿が爆炎の向こうから現れる。
 後ろには二機の人型A・Cが続く。
 三機の足元には五秒前にはM・Tだったと思われる真っ赤に焼けた鉄塊が累々と横たわっていた。
「ゾンネベルク、無駄弾を射つなと言っただろ・・・」
 騎士を思わせるシルエットのA・Cが一歩前へ出た。
「ゼファー、一撃でケリを付けたんだ。オレはお前達の弾まで節約してやってるんだぜ」
「ちっ、口の達者な奴だ」
 ゾンネベルクの言葉にゼファーは舌打ちして返す。
「センサーに反応がある・・・」
 そこへ急にデリンジャーの声が割って入った。
「ターゲットか?」
 ゼファーが喜々とした声で問いかける。
「いや・・・A・Cだ・・・三機いる」
「《掃除屋》か・・・到着が早すぎるな・・・消すか」
「ゼファー、A・Cの始末は俺に任せてくれよ、チマチマした探索はオレの性に合わ無ぇ」
 ゾンネベルクはそう言って指の間接を鳴らした。
「その様だな、このままではお前にターゲットまで破壊されかねない、適材適所だ任せる」
「へへ、ありがてぇぜ」
 無限軌道の転輪が乾いた金属音を発し、戦車型のA・Cは通路の中央で回転し仲間に背を向け前進する。
 二機の人型A・Cは無言で振り返りもせず、更に奥へ向かいブースター・ダッシュで消えて行った・・・



「良し、これで対空ミサイルは始末出来たな・・・」
 ショッキング・ピンクに塗られたド派手なA・Cのレイヴンが射ち尽くしたマガジンを地面に捨てながら後続の二機へと振り返る。
 後ろの二機は周りを警戒しながら近づいて来た。
「これからテロリスト共の掃討に入るぜ!」
 そう言うと先頭のA・Cは地面に、ぽっかりと開く様にして設置されたヘリポートに身を踊らせて降下を初める。
「ケッ、俺よりランクが高いからって威張りやがって・・・ひっくり返してやるぜ!」
 もう一人のレイヴンのA・Cも続いて暗い縦穴の入り口とへ進み、地下へと降りていった。
 地上に残った最後の一機は、黄色と黒に塗り分けられたヘリポートの端に立ち不意に動きを止める。
 鈍い錆ついた様な色と暗い赤のA・C、ラスティの《レスヴァーク》である。
「真下に居るな・・・A・C・・・一機か」
 彼がその瞳の色に似た暗い穴を覗くと同時に激しい火線が走り、閉鎖された地下室に反響する轟音が低い唸りを挙げる。完全な待ち伏せだ。
 敵は特殊腕のビーム・キャノンを登載しているらしく一際明るい閃光が地上まで届いて来る。
「あと・・・二発だな」
 ラスティは敵が二発のキャノンを発射するのを確認すると一気に地下へ機体を降下させた。
 縦穴はかなりの深さがありA・Cの沈下スピードは早く一瞬にしてラスティは地下へと運ばれる。
 ラスティの降りた場所は故障で中途半端な位置に停止したヘリ用のエレベーターらしく、かなり狭い空間であった。
 脇に不用意に降下して先制攻撃を食らった先発の内の一機が膝を着いている。もう一機も何発かキャノンが命中したらしく装甲の一部が無くなっていた。
 ラスティの正面には敵A・Cが丁度、特殊腕から発射武装を背中のグレネードへとチェンジしている所であった。
ラスティは即座に床の脇に居る片膝を着くA・Cに肩を貸してやる形でエレベーターより飛び出す。
爆音が辺りを支配し、一瞬にして視界を炎の紅に染め抜く。
 ラスティは背中のブースターを全開にしてグレネードの爆風圏外へと機体を逃がすが、肩を貸すもう一機の方は炎の洗礼を浴びコアから下が吹き飛んだ。
 着地してラスティは中空に留まるエレベーターを見上げると、もう一機が逃げ遅れたらしく直撃を食らって弾かれ地面へと落下して来る。
 床に叩き衝けられたショッキング・ピンクのA・Cのボディが四散して破片を辺りにまき散らす。
 その後をゆっくりとホバリングして敵のA・Cは降りて来た。
 巨大な無限軌道の脚部にメタリック・グレイの都市用迷彩を施した重A・Cで両腕は特殊腕のレーザー・キャノン、背中にはグレネード砲と大型のミサイルを装備しており、見るからに強力なタイプだ。
 ろくに回避もしない余裕の降下は完全に残りのラスティをナメた行為であった。
「奴は誰だ?」
 ラスティはコンピューターに問いかける。
『データに無いA・Cです』
「レイヴンじゃ無いのか?」
 全レイヴンを掌握するネストとリンクしているコンピューターに検索出来ないレイヴンのA・Cなど存在しない。もし、その様な存在があれば、それはレイヴンでは無いと云う事となるのだ。
「お前、レイヴンじゃ無いな・・・」
 ラスティはスピーカーを使用して敵に問いかけた。
 暫くあって敵も外部スピーカーで返答する。
「・・・今から死ぬ奴にゃ、オレが誰だろうが関係無ぇだろう?」
「レイヴン以外の者がA・Cに乗った場合どうなるか知らない様だな・・・」
 通常、一般人がA・Cに乗り依頼をこなす事は決して許されない行為である。もし、その様な事をして間違ってでもレイヴンを倒せばレイヴンズ・ネストが黙ってはいない。ネストのメンツにかけてでもその者を抹殺する。例外はネスト認可のシティ側の認めたガードと軍人だけだ。
 聞く所によればそう云った規律を乱した者や反抗したレイヴンなどを消すネスト子飼いの暗殺集団が在るらしい。何でもアイザック・シティのネストが壊滅させられた時の教訓らしく、新たに組織された彼らの殆どは強化手術を受けた改造人間で通常の乗り手では太刀打ち出来ないとの噂もある。
「へへ、どうなるって言うのか試しに言ってみな?」
「ネストがお前を抹殺するだろうな・・・」
 ラスティがそう言うと、敵のパイロットは豪快に大声で笑い出した。
「がははは、こいつは傑作だ!」
「何がおかしい・・・」
「ネストがオレを抹殺だと、その仕事は誰がやるんだろうな?」
「お前は・・・まさか・・・」
 ラスティは短い会話の中で何かに気づいた様子で呟いた。
「おっと、お喋りが過ぎた様だな・・・さぁ坊や、そろそろ死にやがれ!」
 敵のA・Cは再びグレネードを発射する。
ラスティは瞬時に反応してサイドへとダッシュした。
 旋回しながらレスヴァークは右手のマシンガンを乱射するが、装甲の厚い敵A・Cに効果がある様には見えない。
「へへへ、豆鉄砲など、痒いだけだぜベイビー、お前の背中のキャノンは飾りか何かか?」
 敵のパイロットはラスティを挑発してレーザー・キャノンの発射体制にさせて動きの止まった所を狙い射ちにする算段だ。
 ラスティは奴を豪快な上に周到な男だと読んだ。
「油断ならない奴」
 そう言ったラスティの瞳が僅かに赤味を帯び出している。
 余り広くは無い部屋の真ん中にはエレベーターの基部があり、それを挟む様にして二機のA・Cは旋回を始めた。
 コンクリートで囲まれた基部は視界を遮り、お互いが正面に位置すると機影を双方が見失う。
 しかし、それは機体に装備された電子の眼であるレーダーが補う為に相手の動きまで見失う事は無い。
 ラスティは相手よりも勝る機動力を駆使して壁を挟むポジションを取り続けた。
 暫くすると、一瞬だけ敵A・Cは今まで規則正しかった円の動きを広げる。
 それを見つめるラスティの瞳は完全に鮮血のような赤い色に変じていた。
「来る・・・」
 ラスティは武装を変更して背中のレーザー・キャノンを発射可能な状態に準備する。同時に相手のA・Cの動きが止まった。
 ラスティのレスヴァークの正面で微動だにしない。
 バッテリーが底をついたのだとしたら絶好の攻撃チャンスである。相手を休ませるのは愚かな選択だ。
 だが、ここで問題になるのが相手がどちらを向いているかである。これによってラスティの有利、不利が大きく決まるのだ。
 相手の向いている反対方向から攻撃を仕掛ければ、敵が振り返る時間内に攻撃を加える事が出来る。旋回速度の遅い無限機動タイプなら破壊も可能かもしれない。今居る位置に対して正面を向いていても有利には違いない。
 右か左か・・・天国と地獄の選択であった。
 敵の向いている方向へ行って仕舞えば最悪だ。火力と装甲の劣るレスヴァークが撃破される危険性は高いどころか確実である。
 ブースター・ジャンプして真上から攻撃を仕掛けるにはエレベーターの止まっている位置が高過ぎて相手に迎撃体制を準備させる時間を与えてしまう。
 レーダーは相変わらず無情にも光の点しか示してい無い。
 だが、ラスティはシビアな選択に関わらず口元に薄い笑みを浮かべていた。
「なるほど・・・考えたな」
 ラスティはそう呟くと、迷う事無く一気にブーストで左へと回り込んだ。
 最後のコーナーを曲がると、そこには敵のA・Cの姿は無く、破壊された友軍のA・Cの残骸が転がっている。そして、残骸に影を落として上空に敵A・Cがホバリングして浮いていた!
 グレネードの銃口が冷たい光を放ち下を向いている。
 先程、一瞬だけ旋回の輪を広げたのは、この残骸を回収する為で、この残骸の反応を自分と重なる様にレスヴァークのレーダーに映させ、近づいて着た瞬間に上昇を開始したのだ。これならば動きの遅いA・Cでも確実に先手を取る事が出来る。
「引っかかったな!」
 勝ち誇った様に敵のパイロットが叫んだ。
 だが、策にはまった筈のレスヴァークから激しい閃光が連続的に放たれ、無限機動のA・Cに強烈な衝撃が走った。
 空中で完全に機体のバランスを失ってグレネードが在らぬ方向へ放たれる。
 それでも容赦なくレーザー・キャノンが装甲を弾き飛ばし、敵のA・Cは地面へと叩き衝けられた。
 ラスティは敵の動きを完全に掌握していたのだ。最初からレーザー・キャノンの銃口は上を向いており、迎撃の体制は整っていたのである。
 そしてレスヴァークは立ち上がろうとする敵機との間合いを詰め、左手から強烈な光の波動を発生させる。
 その瞬間、今までで最も激しい閃光が地下の閉鎖空間を駆け抜け、フェロクリートの床が耐えきれないかの様に低い悲鳴を挙げた・・・



 鳴動は地下中を駆け抜けてゼファーとデリンジャーにも届いていた。
「今のは何だ?」
 ゼファーはブースター・ダッシュを止めて呟く。
「ゾンネベルクの《リムジン18》の反応が消えた」
 先を行くデリンジャーも機体を静止させる。
「信じられん、やられたのか!」
「その様だ・・・」
「馬鹿な、《ベスト・ランカー》にも匹敵する奴が」
 ランカーとは連立都市で全レイヴンの一割に入る順位のレイヴンを指し、ベスト・ランカーとは更にベスト10位までのレイヴンの事を指す。
「それに、あの床の振動は我々が使用する《あれ》に似ていた」
 デリンジャーは淡々と事実を述べる。
「《あれ》か・・・」
 ゼファーのA・Cは後ろを振り返った。
「デリンジャー、貴様はターゲットを捜せ、私は奴を食い止める!」
「了解した・・・」
 細い通路にゼファーを残してデリンジャーのA・Cは次の部屋へと向かって駆け出して行く。
「私が確かめてやる・・・」
 ゼファーのA・Cは元来た方向へと通路をゆっくりと戻り始めた・・・



 その頃、ラスティは機体のヘッドに取り付けられたバイオ・センサーで友軍の生存を確認していた。
「駄目か・・・」
 結果はこの部屋にラスティを除いてネズミ一匹たりとて呼吸をしている者は居ない結果が出た。
 A・Cコアの生存性は重戦車や戦闘ヘリ以上に高く、この程度での戦闘で二機共に全滅と言ったケースは珍しい。
 敵が故意かつ執拗にパイロットの命を奪おうと狙った結果だろう。
 レスヴァークの足元には敵の戦車型A・Cだった残骸が転がっている。
 もはや原型を止めておらないそれにも生命反応は無かった。
 ラスティは今だあちこちに残る小さな炎が黒い煙をあげ、薄い膜の様にたちこめる部屋を後にして北側にある通路へと向かう。
 A・Cが通れるギリギリの幅しか無い通路は曲がりくねっており、進入者を拒むかの様に奥へ奥へと延びている。
 ラスティはレーダーに反応がある事に気づいた。
「一機いるな・・・」
 用心深くラスティは待ち伏せに注意を払いながら最後のコーナーを曲がり、先程の部屋よりも広い場所に出た。
 もう恐らく敵のレーダーもレスヴァークを捕らえているに関わらず、光点が示すレーダーの反応が移動する気配は無い。
 部屋の床にはコンテナが転がっており、四隅には燃料タンクらしき物も見える。
 ラスティはそれらに機体が接触するのを避けながら、ゆっくりとレーダーの光点が正面に来る様にレスヴァークを前へと進ませた。
 やがて薄暗がりの中に、ぼんやりと巨大な鉄骨がそびえているのが見え出す。
 コンクリートの台座の上に井型の鉄柱がむき出しに刺さり、その真ん中にフックが見える。恐らくは物資を持ち上げるクレーンだろう。
ラスティはそれよりも、その更に上にある物体を凝視していた。
 そこには騎士を思わせるシルエットの黒いA・Cがレスヴァークを見下ろす様に微妙なバランスを保ちながら静かに鉄骨の上に立っていた。
「貴様だな、ゾンネベルクを倒したレイヴンは」
 外部スピーカーで敵A・Cはラスティに問いかけた。
「あの戦車型の事か?」
 ラスティは何の事か分からず質問を質問で返す。
「そうだ、やはり貴様か」
 敵A・Cは不意にレスヴァークに向かって鉄骨から飛び降りて目の前に着地した。
 眼前のA・Cは異常に長い両腕をしており、平面を組み合わせた様な装甲が他のA・Cと違っており、一種異様な存在感を醸し出している。
 かつてアイザック・シティに本社を構える一大コングロマリット、《クローム・マスターアームズ》のカスタムA・C《ヴィクセン・タイプ》だ。
「クローム・・・倒産した企業のカスタム・A・Cが何故ここにいる」
「特別な《筋》から我々に贈られたのだ」
 それを聞いたラスティの眉が一瞬、僅かに上がる。
「近頃のテロリストは随分贅沢しているんだな」
 ゼファーの言葉の何かに反応したラスティであったが、声は冷静そのものであった。
「テロリストだと?」
「俺はここに居座っていると云うテロリスト排除の為に来たんだが違うのか?」
「やはり貴様は《掃除屋》か・・・」
 ゼファーが納得した様に呟く。
「掃除屋?」
「そうだ、ここにテロリストが居たのは事実だが、つい先程、この基地は無人になった。あそこの床を見てみるがいい」
 ヴィクセンが体を開いて部屋の奥を指さした。
 ラスティは闇に近い部屋の向こう側を見回す。
 ヘッドに装備された赤外線装置がラスティのモニターへと処理した画像を映し出した。
 そこには無数のM・Tの残骸が無惨な屍を晒しており、どれもが一時間以内に機能を停止したらしく中にはジェネレーターの起動している物さえ存在する。
「我々が目的を達した後に来れば、楽に仕事を終えられた物を・・・」
 ゼファーのヴィクセンは開いていた姿勢を元に戻して再びレスヴァークへと正対した。
「テロリスト排除の任務は表向きの口実で、俺達はお前達の潜入の痕跡を消す為に雇われたと言う事か?」
「そうだ、恐らくは手違いで貴様らの雇い主はヘリを調達出来なかった様だな、それで貴様らは早く着き過ぎたのだ」
 ヴィクセンは腰を落として戦闘体制に入る。
「お前も、レイヴンじゃ無いな・・・」
「そこまで知ってしまったか・・・」
 ヴィクセンは左手に持っている盾を胸にかざす。
「ここまで話すつもりは無かったが、我々は《スレイヴ・クロウ》だ」
 ヴィクセンの構えた盾にはレイブンズ・ネストの紋章が彫り込まれていた。
「我々はレイヴンを管理するネストの忠実な代行者、その意にそぐわない者を刈り取る《鎌》だ」
「ネスト子飼いの暗殺集団か・・・」
「ここまでお前に話した理由は一つ、《ラスティ》と言ったな・・・我々の仲間になれ」
 ゼファーはネストのデータとリンクしたらしく、ラスティの名を口にした。
「俺が?」
「そうだ、貴様はゾンネベルクを倒した。奴は強度の改造を施した《プラス》だった。それ以上の戦闘能力を持つお前は充分な資格がある・・・」
「断る」
 ラスティは即答した。
「そうか・・・なら死ね!」
 ゼファーのA・Cは盾の先端から二筋の光を放ちレスヴァークへと斬りかかって来た。
 ラスティはそれを左に避けるとマシンガンをヴィクセンへと乱射する。
 それに対してヴィクセンも右手に装備したマシンガンをレスヴァークへと発射した。
 暗い室内に乾いた銃声が響き、鮮やかな火線を描いて二機のA・Cはそれが合図かの様に戦いの火蓋を切って落とす。
「ゾンネベルクを倒した貴様は普通の人間では無い筈だ、その力を私が暴いてやる!」
 ヴィクセンの銃から巨大な火球が吐き出された。
 反動でヴィクセンの体が宙に舞う。
 ヴィクセンのマシンガンの下部には小型のグレネーダーが装備されていたのだ。
 火球はレスヴァークへと襲いかかるが、これもラスティは難なく避けてヴィクセンへと距離を縮める。
 更にヴィクセンはマシンガンをレスヴァークへと浴びせかけるがレスヴァークは獣を思わせる動きでこれらを全て紙一重で避け続けた。
「まだまだ、これだけでは並のベスト・ランカーと変わりはしない。もっと貴様の力を見せろ!」
 ゼファーは絶叫して部屋の天井ギリギリまで垂直上昇して行く。
 ヴィクセンはそこで下にいるレスヴァークを見下ろす様に停止した。
 そして突然、コアの先端が光ったと思った瞬間、レスヴァークの足元の床が次々と弾け飛ぶ。
「私の《オー・ド・シェル》だけに取り付けられた拡散レーザーだ、どこまで逃げれるかな・・・」
 そう言ったゼファーの声は殺意とラスティを試す様な気持ちの同居した不思議な響きを放っていた。
「食らえ!」
 再びヴィクセンのコアから光が放たれてレスヴァークの足元を粉々にして行く。
 レーザーのスピードは光の早さと同じ位であり、人間の物を見る速度の限界を軽く越えている。
 加えてゼファーの拡散レーザーは通常、着弾やビーム屈折度の確認を容易にする為の色を着けてはおらず、見切る事は不可能に近い。
 逃れるには第六感に頼り、とにかく効果範囲から離れるべく移動するしか方法が無いだろう。
 しかし、ラスティのレスヴァークは微動だにせず、
 その場に立ち尽くしていた。
 ヴィクセンの攻撃は次々とレスヴァークを中心に残して周囲を完全に破壊して行く。
 攻撃が終了するとレスヴァークを中心として床が穴だらけになっており、もしレスヴァークがどこかへ逃れようと移動していれば間違い無く蜂の巣にされていただろう状態であった。
「やはり貴様はただ者では無いな、普通はこの兵器の威力を見れば光線の軌跡が見えない分、どこかへ逃げたくなる物だ・・・信じられん事だが貴様には着弾の位置が分かるとしか思え無い」
 その問いにラスティは答えずレスヴァークはブースト・ダッシュで部屋の端へと機体のポジションを変更した。
 レスヴァークの背後には巨大な燃料タンクがあり、そこは誰が見ても誘爆の危険をはらんだ位置なのだがラスティは迷う事無くそこを選んだ。
 ヴィクセンはバッテリーの残料が残り少ないのか再び地上に降りてレスヴァークと正対する。
 その瞬間、レスヴァークは地面に膝を折り、背中に装備されたレーザー・キャノンを発射した。
 それにヴィクセンは即反応して盾を機体の前へかざして防御の体制に入る。
 盾に内臓された対エネルギーフィールドでレーザー・キャノンの熱弾を弾きながらヴィクセンはレスヴァークへとフル・スピードで接近して行く。
 ゼファーのコクピット内モニターは盾の陰と閃光の白一色に染まっている。
「無駄だ、その程度の攻撃で、盾を破壊する事は出来無いぞ!」
 ゼファーの言葉は盾にぶつかる爆音に遮られラスティに聞こえたかどうかは分からない。
 だが、レスヴァークのバッテリー不足かレーザー連射の間隔が開いて緩慢になってきた。
『ここだ!』
ゼファーはここを勝負時と判断し、レーザー・キャノンの広くなった間隔の合間にマシンガンに取り付けられたグレネードを射出した。
巨大な熱弾がレスヴァークへと発射され、当然予想されるレスヴァークの背後にある燃料タンクの誘爆に備えヴィクセンは盾を構えてフルバックする。
 グレネードの爆風とタンクの爆発が巻き起こり部屋中に鉄片が飛び散って凶器に変えて行く。
ヴィクセンの盾にも幾らか破片が突き刺さる。
 余りの爆発の凄さまじさにヴィクセンは部屋の中央まで後ずさりしてしまっていた。
「殺ったか?」
 ゼファーは完全にレスヴァークを見失っていた。
 爆風は止み、辺りを奇妙な静寂が包んでいる。
「どこだ?」
 自らの体内に埋め込まれたレーダーでレスヴァークの位置を確認しようとゼファーが意識した時、彼は背筋が凍る思いを生まれて初めて体験した。
 自分の真後ろに反応があったのである!
「馬鹿な!」
 振り返るよりも速く機体に強烈な振動が走り、ヴィクセンは冷たい床へと倒れ込む。
 何が何だかゼファーが分からぬ内に更に背後からレーザー・キャノンの連射が撃ち込まれ機体の損傷度が限界に近づいて行く。
 ゼファーは残るエネルギーをブースターに廻し、全力で機体をキャノンの効果範囲から離す。
 機体の突起部分が地面と摩擦し激しく火花を散らして、ついには耐えきれずに次々とパーツが脱落していった。
「何なんだこれは!」
 激しい振動の中でゼファーは絶叫する。
 やっとの事で立ち上がったヴィクセンは見るも無惨な状態になってしまっていた。
 背中の最も装甲が脆弱な部分からレーザー・ブレードが突いた傷跡が深々と刻まれ、それは正面までも貫通しており右胸には穴が開いている。
 それを恥じるかの様にヴィクセンは盾を構えた。
 動作は先程とは比ぶるべくも無い位に遅い。
「やはり・・・貴様は・・・常人では無い・・・」
 ゼファーの声に荒い息が混じっている。
「俺はお前の盾の陰に隠れていただけだ」
 ゆっくりとこちらへ近づいて来るレスヴァークからラスティの声が発せられた。
「私がグレネードを射出した瞬間を突いて背後に回ったのか?」
「そうだ、別に特別な事をした訳じゃ無い」
「敗因は私の油断だと言うのか・・・」
 ヴィクセンの脚が姿勢維持に耐えきれず片膝を地面に落とした。
「貴様は最初から燃料タンクの爆風を錯視に使おうと考えていたのか?」
「そうでもしなければ機体の性能差があり過ぎるお前のA・Cの背後は取れない」
「どうして貴様はヴィクセンの背後の装甲が薄い事を知っているのだ!」
 ゼファーはコクピットのバルジを殴りつけて叫ぶ。
「さあ・・・お前のA・Cの盾を見た時から、何と無くそう思ったんだ」
 レスヴァークは既にヴィクセンの眼前に来ていた。
「嘘だ、貴様はこのA・Cを知り尽くしている。そうで無くては僅かな時間で、ここまで的確に破壊する事は出来ない筈だ!」
 ゼファーの問いにラスティが答えるのに不自然な暫くの間が空いた。
「・・・運が良かったんだろう」
「運だと・・・そんな結果は納得出来ない!」
「俺は勝負のプロセスに興味は無い、運でも実力でも生き残れさえすればいい・・・」
 ラスティは冷たくそう言うとヴィクセンに背を向けて更に奥へと続く通路に向けて駆け出して行った。
「嘘だ・・・奴は嘘を言っている・・・確かに特別な事はしていないが・・・逆にそれは大きく実力の差があったからとしか考えられない・・・奴は一体、何者なんだ」
 一人残されたコクピットの中でゼファーは歯噛みする思いで敗北を実感した・・・



「ゼファー、ターゲットを補足したが《ゴンドラ》に有らず・・・破壊を敢行、応援に来られたし」
 デリンジャーはもう何度も全く同じ内容の通信を繰り返していた。
「仕方無い・・・独力で破壊するか・・・」
 デリンジャーは腰のラッチから起爆装置を取り出す。
 眼前にはA・Cの数倍はあろうかと言う『脚』が天に向かって伸びている。
 デリンジャーはブーストを使用して飛行しながら丹念に起爆装置を巨大な《物》に設置して行く。
 全く無駄の無い動きで瞬く間に起爆装置が次々と装着された。
 デリンジャーは着地すると同時に起爆装置のタイマーをオンにしてゼファーの残る部屋に向かってダッシュし始める。
『爆発マデ、アト5分』
 冷たい口調でコンピューターがカウント開始する。 既にデリンジャーは通路に達しており、ゼファーの元へと急ぐ。
「敵か・・・」
 デリンジャーは敵の気配を感じ、右手に装備された唯一の射撃兵器《WGー1ーKARASAWA》を構えて戦闘体制に入った。
 KARASAWAは現存する光線銃で最強の部類に入り、《大破壊》以前の宇宙戦艦の副砲をA・C用に無理矢理改造した物で増幅レンズに高純度の天然ルビーを使用している為、現在では生産不可能な品である。 元々がA・C用のパーツでは無いので重量がケタ違いだが、一撃でM・Tなど吹き飛ばす威力を誇り、レイヴン達からもこの兵器を使いこなす者は特別な称号《カラサワ使い》と呼ばれ恐れられている。
 彼はその中でも間違いなくトップの実力を誇り、同じ標的に二発以上は撃ち込んだ事が無い事から誰が言い始めたのか『デリンジャー』と呼ばれているのだ。 やがて通路の向こうからA・Cがブーストする特有の甲高い噴射音が近づいて来た。
 デリンジャーは通路の中央に屈み、銃口を正面に向けて獲物を待つ。
 一見、無防備に見える行動だが狭い通路では跳弾がどこから来るのか分からず端にいるのは危険なのだ。 敵もレーダーの性能によってはデリンジャーの存在に気づいているだろうが速度を緩める事は無かった。 デリンジャーはFCSがロック・オンを示すレティクルを表示していないに関わらず発砲した。
 間髪入れずの二連射で通路に二筋の光が伸びて行く。 彼は完全にKARASAWAの射程や効果範囲を熟知しており無誘導で射撃が可能なのである。
 しかし、彼の着弾よりも早く敵の放った閃光が迫ってきた。
「何!」
 デリンジャーは機体を全速で後ろに下がらせる。
 機体のギリギリの所でビーム・キャノンの閃光は霧散して効果を失ったが、敵のA・Cはなおも速度を緩めず迫って来た。
 敵も又、デリンジャーと同じく無誘導で発砲していたのだ、同じ攻撃が可能ならキャノンの方が若干、射程距離が長く相手が有利と云う事になる。
「これが出来る人間はこの世に《奴》しか居ないと思っていたが・・・」
 デリンジャーは額に流れる汗を蝋細工の様に白い指で髪と一緒に後ろへ流す。
『爆発マデ、アト3分』
「仲間を救出して脱出するのにギリギリか・・・」
 デリンジャーは残された時間が少ない事を知り、ブースターに火を入れた。
 敵は基地を丸ごと吹き飛ばす量の高性能爆弾が始末をつけてくれる。少々の被弾は覚悟ですれ違って逃げた方が賢明だし、全てを回避する自信も彼にはある。 高速で二機のA・Cが距離を縮めて行く。
 互いのA・Cは激しく砲火を交え、通路は振動に耐えられずビリビリと音を起てて震える。
 通路は閃光が支配して白一色の世界に変貌していたが二機共に一発も命中弾は無く距離だけが徐々に縮まって行く。
 そして双方共に機体を視認可能な位置に来た時、二人のパイロットは目を見開いて互いの機体を瞳に捕らえ愕然となった。
「このA・Cは《アンクレット》・・・奴か!」
 デリンジャーが叫ぶ。
 その瞬間、二機は通路の左右に並び限りなく互いの距離は無くなっていた。
 もう一機は錆びた様な色をしたA・C・・・それはラスティのレスヴァークだった。
「あれは・・・《ニーズホッガー》」
 コクピットのモニターに映ったブルー・グレーの敵機を見てラスティが呟く。
 一瞬、二人の時は止まったかの様になり、互いの姿を真っ赤な網膜に焼き付ける。
『爆発マデ、アト2分30秒』
「くっ!」
 デリンジャーはラスティの視線を振り払う様にしてペダルを踏み込み、ブースターを全開にした。
 一瞬の内に二機のA・Cはすれ違って別々の方向へと姿を消して行く。
「生きていたのか・・・」
 互いの口から自然と言葉が漏れた。
 だが、その内にある感情は全く別の物がある。
 デリンジャーは不敵に、そしてラスティは深く沈む様に呟いていた・・・



 ラスティは目の前に立ち並ぶA・Cの数倍はあろうかと云う巨大な人型のM・Tを見て納得した様に言葉を漏らす。
「なるほど・・・こいつを《ゴンドラ》と誤認したのか・・・それで奴は・・・」
 ラスティの赤い目が足元にある起爆装置を見た。
『爆発マデ、アト30秒』
 起爆装置の表示を確認したラスティはレスヴァークのペダルを床まで踏み込みブーストを全開にした。
 暗闇にバーナーの火が遠ざかって行く。
 やがて、閃光と共に廃棄基地が爆炎に包まれると、激しい振動が地面を揺るがす。
 同時に一瞬にして何もかもが壊塵と化した・・・
 



 眼下にはもはや廃虚となった基地が見える。
 地上に開いた穴のあちこちからドス黒い煙がもうもうと天に向かって起ち昇っていた。
「あの様子じゃ、中の奴らは全滅だな」
 ティル・ジェットのキャプテンが呟いた。
 基地が突然、火を吹いて30分は経過している。
 それから何の通信も無ければ出口から何かが出てくる気配も無い。
「燃料がもう帰りの分でギリギリだ、これ以上は飛んでいられない・・・」
 ティル・ジェットは左に軽くバンクすると煙を吐き出すヘリポートを避ける様にして裏に回ると回頭を始める。
 その時、副パイロットは煙の向こう側に発煙灯の赤い煙が起ち昇っているのを見つけた。
「キャプテン、あれは・・・」
 そこには膝を大地に着けて屈んでいるA・Cの傍らに寄りかかる様にして一人の男が立っている。
 ぼんやりと暮れゆく空を眺めるその姿は紛れもなくラスティであった。
「生存者を確認した、回収する」
 ティル・ジェットのノズルが下方へと向く。
「あの爆発の中良く生き残ったな・・・」
 副パイロットはラスティを見て信じられないと云った感じで呟いた・・・



 同じ頃、ラスティとは離れた位置に一機のA・Cがオレンジ色に染まった大地に膝を着いていた。
 コクピットの中には腕を組んでいる白い髪の男がおり、A・Cの巨大な左手の上には白人の男がコクピットから延びたコードを首筋へと繋いでいる。
「はい・・・例のターゲットは《ゴンドラ》ではありませんでした・・・」
 白人の男はゼファーであった。
 A・Cのアンテナを介して自分の身体に埋め込まれた無線機で誰かと交信しているらしい。
「ゾンネベルクのA・Cと私のA・Cが破壊・・・いえ事故です・・・」
 コクピットの中の男は口元に薄い笑みを浮かべた。 異様に白い肌の男・・・デリンジャーである。
「はい・・・クロームのM・T《デヴァスティター》です・・・破壊しました・・・はい・・・《掃除屋》に手違いがありましたが一機を除いて始末しました」
 それを聞いてデリンジャーは目を閉じて少し声を出し笑った。
 ゼファーがデリンジャーの方を睨む。
「・・・いえ、見つかってはおりません・・・はい万全です・・・ゾンネベルクを蘇生させますので一時間以内に施設の手配をお願いします」
 ゼファーは早く交信を断ちたいのか、口調が幾分か速くなっている。
「・・・それでは引き続き《ゴンドラ》の捜索を続行します・・・失礼します」
 ゼファーは首筋のジャックを外して通信を切った。
「よくもあんな嘘がつけるな・・・」
 デリンジャーが身を屈めるA・Cのコクピットから下にいるゼファーに声をかける。
「仕方あるまい、我々にもプライドと言う物がある」
 ゼファーはデリンジャーを見上げて言った。
「つまらん自意識と誇りとは別物だ・・・」
「正直にネストに報告して見ろ、我々の命に関わる」
 そう言いながらゼファーは鋼鉄の掌から地面へと飛び降りる。
「そうだな・・・《ゴンドラ》も俺の物にはならんしな、あれが無いと生きる意味を見失う・・・」
 ゼファーに聞こえぬ様にデリンジャーが呟く。
「上空にいた蝿は帰った様だな」
 下に降りたゼファーは殆ど陽が沈みかけた空を見上げて言った。
「ああ、《掃除夫》を拾ったんだろう・・・」
 デリンジャーはA・Cの足元にいるゼファーを向いて答える。
 ゼファーの瞳は鋭い光を宿し、身体からは微かに殺気の様な物がデリンジャーには感じられた。
「奴は何者なんだ・・・お前は見たか?」
「いや・・・確認はしていない・・・どこかですれ違った様だな」
 デリンジャーはゼファーの方は見ずに夕日を見ながらそう言う。
「すれ違いだと・・・あの状況でか?」
 ゼファーは、しばし沈黙したが、ため息を一つ吐くとデリンジャーに背を向けて小高い斜面へと向かって歩き出した。
「まぁ、いいだろう・・・迎えが来るまで私は寝るとする、来たら起こしてくれ」
 振り返らずに言ったゼファーはデリンジャーとはかなり離れた位置にまで歩いている。
「ああ、いい夢を・・・」
 そう呟くと、デリンジャーはコクピットから降りて再び陽の沈み行く西の空を見上げた。
 自然とデリンジャーに暗い笑いがこみ上げて来る。
「くくく・・・《奴》め生きていたか・・・《ゴンドラ》を手にいれたら必ず一番に殺してやる・・・」
 そう呟いた瞬間、一瞬だけ夕日が青く染まった。
 非常に珍しい現象だが、デリンジャーは見慣れた景色かの様に自然にそれを受け止めている。
「永い戦いの決着をつける為に・・・」
 デリンジャーは不敵に口の端を歪めて笑った・・・                  


MISSION 2 』 


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