ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER



MISSION・3 〜 機密物搬入阻止 〜

 チケットが宙を舞う。
 罵声と歓声が入り交じる中、一つの勝負が終わりを告げた。
 すり鉢状の客席には様々な人種、身なりの者がひしめき合い、立ち並んだ白い柱が間接照明にぼんやりと照らし出されている。
 床には靴跡が残る小さな紙片が散乱し、それを小型の清掃用のマシンが小忙しく吸い込んで行く。
 ここは連立都市に於いて唯一、資源が採掘可能な企業が存在し無い中立地帯《グレイ・キャニオン》の中にある賭博場《アリーナ》だ。
 レイヴンが駆るA・C同士の闘いを見せ物同然に催して客に賭けさせるこの施設は毎週末、各都市の熱狂的なファンで異様な盛り上がりを見せる。
 地下都市ではフットボールなどよりも人気があり、当然、膨大な収益を揚げていた。
 客席の中央には三角形に配置された巨大なスクリーンが据え付けられ、場内を埋め尽くす客はそれを食い入る様に見ている。
 この賭博は連立都市に存在する巨大企業とレイヴンズ・ネストの合同出資によって運営されており、閉鎖空間である地下都市での民衆の闘争意欲を満足させて犯罪を減らす治安の維持を名目としており、実際にアリーナが開設されて以来、犯罪の発生率は減少した。 極めて特殊な状況での運営の為、客はナーヴでのベットが出来無いので、この場外施設までチケットを買いに来なくてはならない。にも関わらず、今日も客席は満席に近い状態であった。


「ケッ、今日はシケた試合ばっかだぜ・・・」
 男はアリーナの最上壇にあるVIP席に居た。
 ここは一般の人々は立ち入る事すら容易ならざる会員制の特別席であった。
 男は酒気を帯びた様な白人特有の肌色をしており、やや垂れた形の瞳はブルー、髪は眩しい位に光沢のある金色である。
 しかし何より彼を特徴づけているのは、その服装であり、白のムートンで縁どりされた黒いミンクのコートを着て、身体中に装着した純金のアクセサリーは男が少しでも動けばジャラジャラと音を起てる。
 簡単に言えば、身なりの派手な彼は典型的な《ガラの悪い成金》なのだ。
 磨き込まれた防弾ガラスを通して映る大画面には次の試合が始まろうとしている様が映っていた。
「ねぇ《ワイルド・カード》、時間ないよ」
 男の事をそう呼ぶグラマラスな身体をした肢体をチャイナドレスに収めた、ショートヘアーの女が彼の座る皮張りの椅子を揺らす。
「ちょっと待て、この試合だけは絶対に見逃せ無ぇんだよ、何たって一万コームも賭けてるんだからな!」
 ワイルド・カードと呼ばれた派手な男は女に向かってそう言うと、金色のチケットを指輪だらけの指で握りしめ、椅子を仕切に揺らす女の手を払い除ける。
 彼は軽く一万コームと言ったが、この金額は一般人の初任給のざっと五倍に当たる。
 画面には濃緑色と派手な黄色に塗り分けられたA・Cが半ば水没した都市でモノトーンのA・Cと正対していた。
「《カシス》見てろよ・・・この試合《バックギャモン》の《バンダースナッチ》で決まりだ」
 そう言いながらワイルド・カードは泣き黒子のある左目を軽く閉じてウインクをする。
 カシスと呼ばれた女は溜め息を一つ漏らした。
「仕方が無いわね、この試合が最後よ」
 画面にデカデカと鮮やかなグリーンで《GO》の表示が出る。
「行け!」
 ワイルド・カードの腕が力一杯と云った感じで振り上げられ、彼の腕に巻かれた成金趣味の極太チェーンで繋がれた純金ブレスレットが音を起てる。
「そんな格下の試合を見て何が面白いの?」
 カシスは半ば諦めた様に呟く。
「女に男のロマンが分かるか、特にギャンブルに関しちゃ話をする気にもなら無ぇぜ!」
 ワイルド・カードはカシスに振り向きもしない。
 画面の中のバンダースナッチはモノトーンのA・Cのグレネードを回避してパルス・ライフルの連射を浴びせる。
「アイツ、やっぱりいい動きするぜ!」
 ワイルド・カードは旨いビールでも飲んだかの様なトーンで歓声を挙げた。
「うふふ・・・《ベスト・ランカー》の貴方にそう言われたと知ったらバックギャモンとか云う男は飛び上がって感激するでしょうね・・・」
 カシスはそう呟いたが、ワイルド・カードの耳には届いていない様子である。
 《ベスト・ランカー》と云えば連立都市で10位以内に数えられるレイヴンの称号である。
 この男こそ、現在、、連立都市全レイヴン中で第5位にランクされているA・C《シュトラール》のレイヴン《ワイルド・カード》なのであった。
 やがて画面のモノトーンのA・Cは大型のミサイルを射出しながらバンダースナッチへとダッシュして急接近して行く。
「あらら、彼、まずいわね」
 モノトーンのA・Cはバンダースナッチにはブレードが装備されておらず近接戦闘が弱い点を突く気でいるのだろう。
 オマケにバンダースナッチはオーバーヒートしているのか、移動を止めて棒立ちの状態である。
誰が見てもバンダースナッチが不利な状況に追い込まれる寸前なのだ。
「へへ・・・分かっちゃい無ぇなカシス、あれは奴の《誘い》なんだよ」
 ここで初めてワイルド・カードはクッキリと割れた顎を掻きながら冷静な声でカシスに返答した。
「《誘い》?」
「まぁ、見てな・・・」
 バンダースナッチは突然、地面に膝を着いて背中に装備されたチェインガンを構えた。
「良し、これで三万コームは俺の物だ!」
 ワイルド・カードが立ち上がって叫んだ瞬間、バンダースナッチはチェインガンを射出する。
 接近しようとしていたモノトーンのA・Cは至近距離で銃弾を浴びて回避しながら後方へと下がった。
 それを追う様に今度はバンダースナッチがダッシュを開始してパルス・ライフルを連射する。
「へ〜、オーバーヒートは芝居だったの・・・」
 カシスは感心した様に声を出した。
「アレが分から無ぇ様じゃ、相手のアイツも二流止まりだな・・・」
 ニヤリと笑ったワイルド・カードの金歯が光る。
「二流で悪かったわね・・・」
 そっぽを向いてカシスはドアへと振り返り、床に転がるシャンペンの瓶をハイヒールの先で軽く蹴ると、そそくさと退室して行く。
「お、おい待てよ!」
 ワイルド・カードは失言にうろたえながらカシスを追う様にして特別室を後にした・・・


 同じ頃、リガ・シティの高層ビルでは、薄紫色のスーツを着た男がマホガニーのデスクの上にある端末の回線を開いていた。
 男は黒い髪をディップで固め、メタルフレームの眼鏡を着けた姿は企業に属する社員その物である。
 就業時間をかなり越えた会社のオフィスには彼の他に人影は無い。
「ああ・・・カレリア、今夜は遅くなるとママに伝えてくれるか?」
 男は柔和な口調で小さな女の子が映っている端末へと向かって、そう言う。
「パパ、約束の物を買って来てね!」
 男は軽く微笑んで小さくうなずく。
「確か、お前がファンの《ワイルド・カード》のプロマイドだったな・・・」
 《ワイルド・カード》と言った男の声のトーンが僅かに落ちた。
「うん!」 
 女の子は気づかずに金髪を元気良く縦に振る。
「こんな奴のどこが良いのか分からんが・・・ちゃんと買っておいたから、安心しなさい」
 男は再び自分の娘がうなずくのを確認すると、端末の回線を閉じた。
 そしてすぐに別の回線へと端末を繋ぐ。
 今度は画像をカットしているらしく、男は席から立ち上がって壁に掛かっている黒いシングルコートに手を伸ばす。
 ややあって、男がコートの左袖を通す頃、回線が繋がって端末のスピーカーから低い男の声がした。
「はい、メッセニール運送です・・・」
 男はコートを着終えて室内にあるロッカーへと向かっている最中だ。
「レイヴン・《ヴェルデモンド》だ・・・いつもの様に頼む、場所はルート42のバイス・トンネル南側入り口に・・・」
 内ポケットから銀の鍵を取り出しながら、ヴェルデモンドと名乗った男は端末に向いて用件だけを事務的に告げる。
「かしこまりました、有り難うございます」
 通話は簡潔に終わり回線が切れた。
 ヴェルデモンドは鍵を捻り、ロッカーから黒いスーツケースを取り出すと部屋のドアを開けて足早に部屋を出る。
 廊下にあるエレベーターで、ヴェルデモンドは地上に降り、ガラス張りの吹き抜けがある一階へと辿り着いた。
「《バンティロ部長》、お帰りですか?」
 彼を見た受付の女子社員が声を掛ける
「取引先と少しトラブルがあってね、これから話し合いに行くんだ・・・そのまま退社するよ」
 ヴェルデモンドの口調は穏やかであった。
「そうですか、お疲れ様です」
 メモ書きする女子社員の言葉に、男は軽く頭を下げて、地下へと続く別のエレベーターへと乗り込んだ。
 そして迷う事無く地下一階のボタンを押す。
「レイヴンと企業社員と一家の主の三足のワラジなど履く物じゃ無いな・・・」
 密室でヴェルデモンドは壁に寄り掛かり、一つ溜め息を漏らした。
 エレベーターが所定の階で停止して、扉が開くと同時に男は小走りで駐車してある自分の車に駆け寄り、愛車へと乗り込む。
「さて・・・行くか」
 ヴェルデモンドがエンジンが掛けると同時に、車のヘッドライトが点灯する。
 黒いセダンは暗い駐車場を駆け抜けて、なだらかなスロープを登ると夜の街へと身を晒す。
「目的地はバイス・トンネルだ」
『了解、設定シマス』
 ヴェルデモンドは音声入力で行き先を設定してスーツケースを開くと、そこにはA・C操縦用のゴーグルと茶色の手袋が収められていた。
 彼はそれを身につけると、ハンドルの下に巧妙に隠されたスイッチを押す。
 すると車のナンバープレートが回転し別のナンバーが表を向いて徐々に車の色が黒から銀のラメが浮き出てガンメタリックへとボディカラーを変えて行く。
「つくづく因果な商売だな」
 そう言ってヴェルデモンドがアクセルを床まで踏み込むと、車が加速の命令を実行に移し、夜の道路を飛ぶ様な速度で走る。
「全く・・・こんな奴のどこが良いんだか」
 男は内ポケットから取り出したプロマイドを眺めて吐き捨てる様に呟くと、写真の中で白い歯を光らせ、ウィンクする白人の顔を指で軽く弾いた。


 資源採掘場から《リガ・シティ》へとつながる環状42号線のバイス・トンネル前に大きなドライブ・インがあった。
 普段ならばアベックや家族連れで賑わうこの場所だが、今日は静まりかえっている。
 やがて、その静けさを断ち切る様に巨大なコンボイが煙を吐きながら停止した。
「ほら見ろ、早く着き過ぎたじゃ無ぇか」
 コンボイの運転席のサイドガラスが下がり、そこから顔を覗かせたのはワイルド・カードである。
「何言ってるの、依頼社よりも先に来るのは最低限の礼儀って物よ!」
 隣に乗っていたカシスが、そう言って高いコンボイの助手席からドアを開けて飛び降りると、着地した彼女の豊満な胸が揺れる。
「ケッ、《ベスト・ランカー》はスターなんだぜ、ファンを待たせるのも礼儀って物さ!」
 肩をすくめて気取った様な仕草で言ったワイルド・カードの顔にカシスの手袋が飛ぶ。
「グダグダ言わないの!」
 カシスは不遜な態度を取り続けるワイルド・カードを怒鳴って叱った。
「お前、グッド・ルッキングな俺様の顔に・・・」
「あら?」
 逆上するワイルド・カードを無視してカシスは遠くから近づいて来るヘッドライトを見つけて呟いた。
「依頼社の車かしら?」
「・・・違うな、あの爆音は乗用車だ」
 目を閉じてワイルド・カードが言った。
「何で分かるの?」
「《響き》だ、人間の言葉のイントネーションの様な物だな・・・それにコイツは聴き覚えのある車だ」
 ワイルド・カードの顔が歪む。
「誰の車なの?」
 カシスは運転席の窓枠にぶら下がる様にして問いかけた。
「俺の一番、嫌いな奴のさ・・・」
 ワイルド・カードが吐き捨てる様に言う。
「まさか・・・《ヴェルデモンド》?」
 カシスがそう言うが早いか、ガンメタリックの乗用車が滑る様にして、コンボイの横に停車する。
「今回のパートナーは、貴様とはな・・・」
 乗用車の電動ガラスが下りて、黒髪をオールバックにした男の顔が現れた。
「よぅ・・・元気だったか《ヒューイ》」
 ワイルド・カードが涼しげにそう言うと、男は激情して車を降りてコンボイへと近づく。
「貴様、本名で私を呼ぶなと何回も言っただろう!」
 男はワイルド・カードを指差して叫んだ。
「悪かったなぁ、物覚えが悪くてよ」
 ワイルド・カードは鼻で笑う様に言った。
「次に言ったら即座に殺してやるからな、必ずレイヴン・ネームの《ヴェルデモンド》で私を呼べ!」
 そう言って男は後ろを振り返る。
「へへっ、大変だねぇ・・・家族にも企業にも内緒でレイヴンやってる奴ぁよ」
 ワイルド・カードはコンボイから降り、ヴェルデモンドに向かってからかう様にそう言った。
「お前の様な下劣な奴が何故、私のすぐ下の順位なのか理解に苦しむ・・・オマケに私の娘はお前のファンと来ている・・・嘆かわしい限りだ」
 ヴェルデモンドは額に指を当てて首を振る。
「へ〜、そいつは光栄だサインでもしてやろうか?」
「うるさい!」
 彼は生真面目な性格らしくワイルド・カードの軽口に逐一反応してイラついていた。
 余程、彼らはウマが合わないのか、やがて二人は本格的な口喧嘩を始め出した。
「100万コームも払って市民権を獲得して、その挙げ句にレイヴンやってりゃ世話無ぇな!」
 ワイルド・カードは唾を飛ばしながら怒鳴る。
「稼ぐ尻からバカなギャンブルでスッてる奴が、人の事を言えるか!」
 ヴェルデモンドはワイルド・カードのネックレスだらけの胸倉を掴んだ。
 カシスは知らん顔をしてガムを噛みながら口笛を吹いていた。
 そこへ、ゆっくりと上空から一機のティル・ジェットがこちらへと降下して来る。
「来たか・・・貴様との下世話な会話は後だ」
 ヴェルデモンドがワイルド・カードから手を離して振り向くと、緩んだネクタイを直して歩き出す。
 オレンジ色のティル・ジェットはドライブ・インの駐車場に主脚を降ろして着陸した。
「ヴェルデモンド様、お預かりしているA・Cをお届けに上がりました」
 スピーカーから声がしてティル・ジェットのハッチが開くと、濃い紫と金色に塗り分けられたA・Cが姿を現す。左肩にはジャンプするイルカのエンブレムが描かれており、その下に《LOVEーP・D》と機体名がカービングされている。
「ご苦労、引き取りの際は連絡する」
 ヴェルデモンドはジェット気流の激しい突風に負けぬ様に大声で叫ぶ。
 A・Cが自動歩行でハッチを出ると、同時にティル・ジェットは上昇を開始した。
「嫌ん、髪が乱れちゃう!」
 カシスは淡いブルーに染めた髪を押さえてコンボイの陰へと走って行く。
「ケッ、派手なのか地味なのか相変わらず分から無ぇ奴だぜ・・・」
「何か言ったか」
 ヴェルデモンドは振り返って鋭い目でワイルド・カードを睨む。
「A・Cに自分の嫁さんのイニシャル付けてる、ダサいレイヴンが居るって話してたんだよ」
「貴様・・・殺してやる!」
 ヴェルデモンドが、そう言って殺気を放ちながら、ゆっくりとワイルド・カードのコンボイへと近づいて行く。
 そこにヴェルデモンドの激情へ水を差す様にして、眩しい光が二人を照らし出す。
「どうやら、依頼社の到着の様ね」
 カシスの言葉に二人が振り向いて見ると、一台の大型トラックがこちらへと近づいて来ていた・・・


 元の静寂を取り戻したドライブ・インには、装甲輸送用の大型トラックを囲む様にして個性的な三機のA・Cが立っている。
「用意はいいでしょうか?」
 トラックから外部スピーカーで運転手が言った声は少し震えていた。
「OKだぜ!」
 鮮やかな青と白の二脚型A・Cから返事が返る。
 隣には先程、空輸されてきた紫のA・Cが居た。
 この二機を連立都市で知らない物は皆無だろう。
 レイヴンとは、ランクが上位になればなる程、装備の変換を行わなくなる。恐らくそれは、得意の戦闘スタイルが固定されてくるのと、ポリシーが強くなるからであろう。
 彼らこそ、現在、全ランカー中で第四位の《ヴェルデモンド》駆る《LOVEーP・D》と第五位《ワイルド・カード》の《シュトラール》だ。
 連立都市で十指に数えられる《ベスト・ランカー》は連立都市ではスターであり憧れの対象であると同時に恐怖の存在でもある。
運転手は恐らく、その内の二人を間近に、しかも一度に見た事で緊張と感動を感じているに違い無い。
 シュトラールは大型のライフルと背中にはビーム・グレネード砲、LOVEーP・Dは両肩式6連装ミサイルにショットガンと両機共に軽二足タイプでは普通ならば有り得ない装備をしていた。
 これは全レイヴンを管理運営するネストが全てのA・Cが互角になる様にする為に定めた各脚部パーツに設けられた《積載量》を二人が無視する事が出来る権限を与えられている為である。
 現時点で、二人を含めてこの権利を持つレイヴンは連立都市に五人しかおらず、たった一人のレイヴンを除いて全員がベスト・ランカーだ。
 その他の者が重量制限を無視すればランクの剥奪と共にネスト側から暗殺者が送られる為、皆はこれを厳守しているのである。
「予定時刻です。では、出発します」
 運転手はヘッドライトを点灯させてエンジンに火を入れた。
 先程の二機がトラック前方の左右を固め、後ろから薄いピンクと肌色のストライプが入った四脚型A・Cが続く、カシスの愛機《フルモンティ》である。
「トンネルは今日の夕方から封鎖してありますが、敵企業の妨害が考えられますので注意して下さい」
 トラックから流れた音声を合図に一行はドライブ・インを後にして道路へと向かう。
「おい、ワイルド・カード。どうも変だとは思わんか?」
 トラックの運転手には聞こえぬ様にA・C専用の通信機を使ってヴェルデモンドは尋ねた。
「ああ、機密物質を運搬するのにティル・ジェットじゃ無く車を使って、しかも道路を完全封鎖するって云うのは匂うねぇ・・・」
 通信を通してもワイルド・カードの過剰に着けられたアクセサリーの音が聞こえて来る。
「それに封鎖する時間が今日の夕刻では事前調査もしていないと云う事になる。全てが中途半端過ぎて腑に落ち無い」
 ヴェルデモンドは呟く様にそう言った。
「つまり二人を消す為の《罠》って事?」
 二人の通信にカシスが割って入って来た。
「違うな、俺は積み荷が怪しいと思うねぇ」
「同感だな・・・我々を本気で消すつもりならA・Cに乗る前に狙撃されているだろう」
 カシスには普通の仕事としか思え無いのだが、二人のレイヴンとしての卓越した《勘》が何かを感じていると云う事だけは理解する事が出来た。
「そんなに重要な積み荷って何なのよ?」
 彼女の問いかけに、ワイルド・カードとヴェルデモンドの即答が返って来る。
「絶対に世に知られてはマズいモンなんじゃ無ぇか」
「街にそれが入る事自体が危険な物だな、しかも何か時間に追われている様だ・・・」
 カシスは彼らの順応性に少し驚いた。あれだけ仲が悪そうに見えた二人が仕事に入った瞬間、意見が割れ無いのだ。
「トンネルに入ります」
 トラックの拡声器から再び声が聞こえると、三機は暗いトンネルの中へと飲み込まれて行く。
 42号線、バイス・トンネルは中立地帯である資源採掘場から連立都市の一つである《リガ・シティ》へとつながる物資運搬では重要な大動脈で、これを封鎖する事態は珍しい。
 トンネル内の片側四車線の道路には車の影すら無く、水を打ったかの様に静まりかえっている。
 重々しい金属音を起てながら先導するLOVEーP・Dとシュトラールはトンネル内のライトの照り返しを受けてオレンジ色に光沢を放っていた。
 一行は、ゆっくりと周囲を警戒しながら前進しており、最後尾のフルモンティは背中を向けながらバックで進んでいる。
 入り口が視界から失せ、トンネル内が更にその暗さを増していく。
「ワイルド・カード・・・気づいているか?」
 突然、ヴェルデモンドから通信が入った。
「隠れているのは全部で七機って所か・・・カシス、トラックをガードしてくれ」
「OK」
 二人の会話を聞いたカシスのフルモンティは前進しながら180度回転して正面を向いた。
 道はやがて、災害時に停車して非常電話を使用する為に広く空けられたスペースへと着く。
 そこで一行は一時、前進を止める。
 ヴェルデモンドのLOVEーP・Dがショットガンをコッキングしてチャンバー内に初弾を装弾する。
 その、乾いた音を合図とするかの様に、壁をブチ抜いて、四機の無人攻撃マシンが現れた。
 小型の滑空砲を前面に四門装備して攻撃力を強化した特別タイプの《シュトルヒ》だ。
 天井からも同時にライフル砲を装備した通常タイプが三機、降下して来る。
「やっぱりな!」
 ワイルド・カードはシュトラールの右手に装備されたライフルを立て続けに発砲した。
 特別型のシュトルヒの一機のボディに風穴が開き、左のエンジンポッドが爆炎を上げ炎に包まれる。
 LOVEーP・Dもショットガンで頭上から降ってきた内の一機を蜂の巣にして鉄屑へと変えた。
「無人機を待機させるとは考えたな。かなり前からここを機密物質が通過する事は予測していたと見える」
「ヒマな野郎共だぜ」
 二人は淡々と会話しながら次々と待ち伏せていたシュトルヒを破壊して行く。
「凄いわね・・・」
 カシスは感嘆の溜め息を漏らす。
 シュトラールはブースターを噴かしながらジャンプして左手のブレードを横一線に薙払う。
 頭上の残り二機のシュトルヒは地面に着地する事無く、空中で四散した。
 地上のシュトルヒもLOVEーP・Dが放つ散弾で破片をまき散らしながら倒れて行く。
 鬼神のごとき強さを二機のA・Cは発揮して、物の一分と掛かけずに、彼らの足元には七機分のシュトルヒの残骸が転がる結果となった。
「さて、先を急ごうぜ」
 シュトラールは後続のトラックとフルモンティにライフルを振って前進の指示を出す。
 それを合図に一行は再び前進を開始した。
「どうやら余程、積み荷は機密性の高い物らしいな」
 ヴェルデモンドは頭部パーツ《HD−ONE》に取り付けられたバイオセンサーと同じく装備されているノイズ・キャンセラーすら、キャンセルしてしまっているモニターの左後ろに見えるトラックを見て呟きながら、諦めた様にノイズの周波数チューニングを止めると、内ポケットから煙草を一本取り出し、口に食わえると火を着けた。
「お前ぇ、アレの中身は何だと思う?」
 ワイルド・カードは缶ビールのタブを太い指で開けながら問い掛ける。
「さぁな・・・空輸しない処を見ると精巧な精密機器か、あるいは・・・生物かもしれんな」
「重要な秘密を知る人間って事?」
 珍しくカシスが口を挟む。
「いや、そうじゃ無い・・・空輸するのには危険過ぎる猛獣の可能性が高いな」
 ヴェルデモンドは紫煙を吐きながら答える。
「おい、ヴェルデモンドよ、煙草は体に悪いぜぇ」
 ワイルド・カードはビールを嚥下して喉を鳴らしながら言った。
「酒は極端に判断力を鈍らせる。お前こそビジネスの最中に飲むのは止めろ」
 そっけなくヴェルデモンドが返答する。
「何だと、人が親切で言ってやってるのに!」
 先導する二機のA・Cの頭部が互いの方を向き、右手に装備された武器を構える。
「そう言えば《海底基地破壊》の時、よくも俺をハメやがったな!」
「お前こそ《遺跡進入》の時、味方の私を背中から撃っただろうが!」
 トラックの前に集まった三機は微かに見えるトンネルの出口が見える位置にまで進んでいた。
「二人共、喧嘩してる場合じゃ無いわよ!」
 カシスのフルモンティのレーダーには敵の存在を示す赤い光点が瞬いている。
「ちっ・・・もうメイン・デイッシュの時間かよ」
「その様だな・・・」
 そう言うとLOVEーP・Dは出口に向けて歩き出す。シュトラールもその後に続く様に動き、フルモンティはトラックの速度に合わせながら前進を開始した・・・


 街の灯が瞬く巨大なトンネルの出口の真ん中に、一機のA・Cが立ち塞がっている。
「あれか・・・」
 ヴェルデモンドは煙草を携帯用の灰皿に捨てる。
 ワイルド・カードはビールの缶を握り潰してコクピット後方へと投げ捨てた。
 モニターに映る敵のA・Cは鈍い錆色と静脈から流れ出る濁った血を思わせる赤に塗り分けられており、 派手好きの多いレイヴンのA・Cの中では一際、異彩を放っていた。
「あのA・C、見た事も無ぇ野郎だな、新人か?」
 ワイルド・カードは拍子抜けした様に言った。
「私も奴を見た事は無い・・・ランカーA・Cでは無いな、しかも単機で我々を迎えるとは。まったくいい度胸をしている・・・」
 ヴェルデモンドも溜め息混じりで、再び懐から煙草を取り出すと口に食わえる。
 二人共、完全に敵をナメた態度であった。
 実際、ベスト・ランカーと、ただのランカーでは実力の開きに天と地程の差がある。
 しかもランク外のレイヴンなど、彼らにとっては誰も居ないのと同じであった。
「じゃあ、お先に行くぜ」
 ワイルド・カードはスティックを押してシュトラールを前進させる。
「下位レイヴン・・・身の程を教えてやる」
 ヴェルデモンドも、それに続いた。
 先手必勝とばかりにカシスのフルモンティがビーム・グレネードを発射した。
 これは直接敵を狙った物では無くトンネル内に爆炎が広がらせ、相手の視界を奪って前衛の二機が接近し易い様にする為である。
 見事な支援攻撃と言えるだろう。
 トンネルの天井にグレネードは着弾し、敵A・Cを紅の炎が包み込む。
 恐らく敵のモニターは完全に赤一色に染まっているに違い無い。
「食らえ!」
 ワイルド・カードが一気に決着を着けるべく、空中からブレードを振り降ろす。
 これは接近戦を好むワイルド・カードが最も得意とする攻撃だった。
 相手にして見れば、突然空中からA・Cが現れて何が何だか分からぬ内に機体が破壊されていると云う正に一撃必殺の戦法なのだ。
 だが、敵のA・Cは紙一重でこれを避けると、逆に着地して、機体が沈み込み、身動きの取れ無いシュトラールにブレードの一撃を入れて来た。
「何だと!」
 ワイルド・カードは必死でシュトラールをフルバックさせてブレードの効果範囲から離脱する。
 即座にヴェルデモンドがショットガンを敵A・Cに撃ち込んで追撃を阻む。
 追撃せんとする錆色の敵A・Cの足元に散弾が着弾して火花を散らす。
 敵A・Cは右手のマシンガンをLOVEーP・Dに乱射して来るが、ヴェルデモンドはブーストでそれを回避した。
「やるな・・・」
 ヴェルデモンドがそう言って、マシンガンを回避し終わって停止した瞬間、ビーム・キャノンの閃光がLOVEーP・Dを捕らえた。
「馬鹿な!」
 LOVEーP・Dは腕に装備された小型の盾の様な装甲でコアを守る様にして離脱する。
 さすがに全弾は避けきる事は出来ず、薄い金に輝いていた盾にはドス黒い焦げ跡が着いている。
「何なんだ奴は!」
 ヴェルデモンドは半狂乱気味に叫んだ。
「アイツ、ただ者じゃ無ぇ、ヴェルデモンド《あれ》をやるしか倒せ無いかもな・・・」
「まだだ、《あれ》を使う程、追い詰められてはいない、私にもベスト・ランカーのプライドがある!」
 再びヴェルデモンドは敵A・Cに向かって行く。
 LOVEーP・Dはショットガンを撃ちながらジグザクに移動して徐々に距離を詰め、軽く機体をジャンプさせると敵A・Cの頭部を目がけてブレードを一閃する。
 ヴェルデモンドの得意とする接近戦法でありショットガンの散弾で相手の行動範囲を限定してしまい、ブレードで斬り込む戦法であり、回避は困難を極める。 かつて彼のこの戦法を破った者は、ここに居るワイルド・カードを含めて数える程しか存在し無い。
「死ね!」
 ヴェルデモンドは渾身の一撃を錆色のA・Cに叩き込むが、ブレードは虚しく空を斬る。
 敵のA・Cはブレードが触れる瞬間にビーム・キャノンを構える姿勢を取り屈んでいたのだ。
 LOVEーP・Dは全速力で空中から後方へと下がったが、錆色のA・Cがキャノンを射出するスピードには勝てず、再びビーム・キャノンの洗礼を浴びた。
「こんな事が!」
 LOVEーP・Dの左腕の盾状の装甲が弾け飛び、トンネルの壁面へと突き刺さる。
 ヴェルデモンドは何とか離脱して、ライフルで援護するシュトラールの隣へと着地した。
「だから言っただろ、《あれ》を使うしか無ぇって」
「くっ・・・しゃくに触るが、貴様の言う通りだ」
 LOVEーP・Dの左腕の肘から下は、だらし無く垂れ下がっていた。
「しかし、お互いレイヴンに《あれ》を使って、しかも二人で殺るのは何年ぶりかねぇ?」
 ワイルド・カードは不敵な笑みを浮かべる。
「最後に殺ったのは確か・・・スゴ腕のパイロットが乗っていた《不和火》以来だな」
 絶対必殺の自信があるのか、二人の表情には驚いていた先程とはうって変わって余裕が見える。
「来たわよ!」
 カシスのフルモンティが両腕のガトリング砲を乱射したのを合図に二機は敵A・Cに向けてダッシュを始めた。
「良し、行くぜ!」
 ワイルド・カードはコンソールの右端にあるリングの付いたピンに指を掛けて引き抜いた。
 すると、シュトラールのブースターから今までとは比べ物になら無い位の炎が上がり、機体の速度が過剰な程に増して行く。
 これは彼が特別にレイヴンズ・ネストより使用を許可された機能拡張装置《SPXーNTR》の効果であり、ジェネレイターを急速に冷却する事により短時間ではあるが、通常の二倍近いパワーをマシン全体へと供給する装備なのだ。
「真二つにしてやるぜ!」
 通常人なら失神しかね無い程の凄さまじいGの中、ワイルド・カードが叫ぶ。
 シュトラールが、敵の錆色のA・Cとすれ違いざまに薙払う様にしてブレードを振る。
 トンネルは一瞬、激しい青色の光で満たされた。
 唸りを挙げてシュトラールのブレードが敵A・Cへと真横に振られる。
 しかし、錆色のA・Cはブースト・ジャンプを行いながら、奇跡的なタイミングでブレードとシュトラールのチャージ両方共を回避した。
「今だ!」
 そう叫んだヴェルデモンドはLOVEーP・Dの肩に装備された6連装のミサイルのトリガーを引く。
 モニターには通常では有り得ない数のロック数が表示されていた。
 これも又、ヴェルデモンドがネストより使用を許可された機能拡張装置《SPXーAXZ》の効果で、どの様な兵器でもFCSの限界ロック数まで発射が可能となるスペシャル・パーツである。
 LOVEーP・Dの背中に装備されたWXーS800ーGFは一度に6発のミサイルを撃ち出す兵器であるが、これを使用した場合、一気に36発ものミサイルを発射する事になり、まともに全弾食らって無事で済むA・Cなどは、この世には存在し無い。
「食らえ、錆びたA・C!」
 LOVEーP・Dの背中から無数の火線が伸びて次々とミサイルが発射される。
「これで終わりだぜ!」
 錆色のA・Cを追い越し、トンネルの出口に着地していたワイルド・カードのシュトラールが、膝を地面に着けながら背中のビーム・キャノンを射出した。
 キャノンの砲身が過剰なエネルギーの通過によって弾け飛んだが、錆色のA・Cに向かって驚異的な熱量を持った火球が襲いかかる。
 トンネルは両者が放つ攻撃の号音に耐えきれず、身震いするかの様に振動した・・・

「そんな・・・信じられん」
 ヴェルデモンドは惚けた様に呟いた。
「これが《ディ・ドリーム》ってヤツか?」
 ワイルド・カードも力無く言葉を発した。
 爆炎の中から、ゆっくりと錆色のA・Cが現れて来たのである。
 ワイルド・カードもヴェルデモンドも、錆色のA・Cがコアに付いている機銃でLOVEーP・Dのミサイルを次々と撃ち落としながら、更に極大グレネードの効果範囲外まで下がると同時に、トラックへ向けてビーム・キャノンを発射させるのを、爆炎の中でも、はっきりと見ていた。 
その一連の動作は素早く正確無比であり、正に神業と言える物であった。
 錆色のA・Cは何かを確認するかの様に立ち止まった後、呆然とする二人を後目に環状線をリガ・シティ側へと滑る様にして去って行く。
「何だったのアレは・・・」
 そう言った、カシスのフルモンティの足元には火を吹いて完全に鉄塊と化したトラックが転がっている。
 突然、炎に包まれたトラックの中から不気味な生物が飛び出して来て、焦げたアスファルトに緑の体液をまき散らして絶命した。
「あれは《センチュリオン・バグ》じゃ無ぇか!」
 ワイルド・カードが驚いた様に言った。
 《バグ》とはかつて世界経済のトップに君臨していたクローム社が創り出した生体兵器である。
 これは、その幼虫らしい。
「《リガ・インペリアル》が、こんな物に手を着けていたとはな・・・」
 ヴェルデモンドは、ずれた眼鏡を上げながら呟く。
「こんな物をシティに入れる片棒を担が無くて良かったけど・・・今回のミッションは落としたわね」
 カシスは複雑な心境で言葉を発した・・・


 三人は再びドライブ・インへと戻った。
 後ろの環状42号線を、けたたましいサイレンを鳴らして緊急車が飛ぶ様にして走っている。
 閉店した小さなレストランの入り口で、三人はそれを淡々と眺めていた。
「証拠隠滅か、ご苦労なこった」
 ワイルド・カードは吐き捨てる様に言うと、レストランのペンキの剥げた階段を蹴る。
 鉄の震える奇妙な音色が夜に染み渡って行った。
「しかし、あんなレイヴンが居るとはな」
 ヴェルデモンドが食わえた煙草に火を着ける。
 銀のライターが発するオレンジの光が一時、暗がりをぼんやりと照らす。
「アイツは68位の《ラスティ》だってよ」
 カシスは気分の切り替えが早いタチなのか、既に他人事の様にそっけ無く言った。
 彼女の掻き上げた髪の甘い臭いが、暗がりの冷えた空気に広がる。
「ラスティか・・・今度アリーナに出やがったら絶対に《買い》だな」
 ワイルド・カードは苦笑いして呟いた。
「さて、私は家に帰るか・・・」
 ヴェルデモンドは、まだ長い煙草を捨てると愛車に向かって歩き出す。
「奥さんとお嬢ちゃんによろしくなぁ!」
 ワイルド・カードが、たっぷりと嫌味を込めて冷やかす様に言った。
 そこで、ヴェルデモンドは何かを思いだした様に急に振り返る。
「おいワイルド・カード。貴様、これにサインしろ」
 ヴェルデモンドの手にはウィンクするワイルド・カードのプロマイドがあった。
「娘にやるんだ」
 ワイルド・カードは唇の端を曲げながら、それを受け取り手慣れた仕草でサインする。
 プロマイドのサインには『最強のレイヴン、ワイルド・カード』と書かれていた。
「最強だと・・・よく言う・・・」
 それを見たヴェルデモンドは、鼻で笑うとプロマイドをひったくる様にして、ワイルド・カードから奪うと、懐に入れて再び愛車へと歩き出した・・・


MISSION 3 』 


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