ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER



MISSION 5 <OUTER MISSION 2> 〜 報酬 〜

 少年がムラクモ・ミレニアムに拾われた《あの夜》から、5ヶ月が経過していた・・・

 窓一つ無い現金輸送車の様なトラックが密林の中を走っている。
 道無き道を走るトラックは、ぬかるみに何度もタイヤを取られ激しく車体が揺れていた。
 運転席と隔離される様に閉ざされた後部の座席に申し訳程度に据え付けられたルームライトの黄ばんだ光が少年と一人の女を照らしている。
 横向きに配置されたシートに、二人は荷物さながらの扱いで乗せられていたが、外気すら入ってこない蒸し暑い状況にかかわらず額には汗一つ無かった。
「マリアさん、一体どこに向かってるんです?」
 少年は怪訝そうに口を開いた。
「《ジルコニア》よ」
 マリアのプラチナに近い金髪が揺れる。
 少年はアヴァロン・バレーから出た事が無い為に地名を告げられてもどう仕様も無い。
「そこで僕は何をすればいいんですか?」
 少年の声は更に不安さを増していく。
 マリアは唇に指を当てた後、車内の天井にある小さな箱を指した。
 そして、再び今度は耳に指を当てる。
 少年は目を閉じて意識を聴覚に集中させた。
 マリアはそれを確認すると殆ど声を出さずに話を始める。
『この車内は盗聴されている・・・貴方はこれから《ジルコニア》でテストを受けるのよ』
『何のテストですか?』
 少年もマリアと同じ様に声を出す。
『《ゴンドラ》と呼ばれる装置に適正があるかどうか・・・ね、多分、クロームから来るもう一人のテストパイロットと戦う事になるでしょうね』
 マリアは《ゴンドラ》と言う言葉を口にするのを一瞬ためらった事が少年には分かった。
 故にそれ以上、彼にはその事を聞く事は出来ないと少年は判断すると、別の疑問が新たに湧いて来た。
『勝てば僕はどうなるんですか?』
 少年は未来が霧の中にある様に感じた。
『不幸になるわね・・・きっと』
 それ以来、マリアは口を閉ざして眠った様に身動き一つし無くなった。
「僕はどうなるんだ・・・」
少年も一言それだけを言った後、静かに目を閉じた。
 トラックは走る。
 道とは到底呼べぬ地面の茶色い水溜まりを太いタイヤが通過して泥を高く上げた。
 その飛沫が、元は旅客機の翼であっただろう白い残骸に跳ね、そして消えて行った。


 施設に到着した少年を一番に出迎えたのはクロサワであった。
 にこやかな笑顔を浮かべて少年の肩を叩く。
「遠路お疲れだったな、休んで貰いたいのは山々なんだが早速テストを開始して欲しい」
 クロサワは少年の肩を持って誘導しながら長い廊下を進んだ。
 そして突き当たりにある高級そうな木製のドアの前で立ち止まる。
「ここに君とテストを競い合う相手が居る」
「クロームの・・・ですね」
 その言葉に一瞬、クロサワの眉が動いた。
 少年には見え無い角度で、後ろに居たマリアを鋭い視線を送る。
 マリアは静かに首を横に振った。
 それを確認したクロサワは言葉を続ける。
「そうだ、我々にとっても君にとっても《敵》と云う事になるんだ」
 そう言ってクロサワは少年を見つめながらドアの取っ手を掴む。
「《敵》・・・僕に?」
 床を見て呟く少年を置き去りにしてクロサワは扉をゆっくりと開けた。
 室内には白衣を着た男達が居並び、丁度少年の正面に濃い茶色のスーツに身を包んだ実年の男が居る。
「やあ、クロサワ主幹、待ちくたびれたよ」
 嫌味な表情で一行を見る彼に少年は改めてクロサワの言った《敵》と云う認識を深めた。
「申し訳無い、ハロルド部長、早速テストを開始しましょうか・・・で、クロームの自信作はどちらに?」 クロサワもハロルドに対して言葉使いは丁寧だが、少年にも高圧的な態度が見えるのが分かった。
「ここだ・・・」
 ハロルドの後ろから声がした。
 そして、ゆっくりと白いコートに身を包んだ男が姿を現す。
 少年はその男の余りに異形な姿に驚いた。
 蝋人形の様な肌、銀糸の様な白い髪、そして燃える様な赤い瞳に少年が映っている。
「《ゴンドラ》は私の物だ・・・《カロン》の座は譲ら無い」
 男が喘ぐ様にそう言う。
「では、始めましょうかね」
 下品な笑みを浮かべながら、ハロルドは自信に満ちた口調で言い放つ。
 少年は言い知れぬ、何かとてつも無い不安を感じて無言でじっと床を眺めてうつ向いた。


 薄暗い格納庫に二機のA・Cがその巨体をトレーラーに横たえている。
「しっかりな」
 少年はクロサワの激励を受けながらコクピットに乗り込んだ。
「マリア、分かってるな」
 コクピットに少年が収まったのを確認するとクロサワはマリアに向かって、そう言った。
 声のトーンは少年と接する物とは違い、聞く者に冷たく暗い何かを感じさせる。
 マリアはクロサワを見ず、目を閉じて小さくうなずくと、トレーラーの運転席に向かった。
 やがて二台のトレーラーが動き出し、巨大なゲートから光溢れる下界へと出て行く。
「くっくっく・・・これで《ゴンドラ》は私の物だ」
 暗い笑みを浮かべるクロサワの背後に一人の逞しい体つきの、ニヒルな感じのする男が立っていた。
「《ゴディバ》、貴様も分かってるな・・・買収した整備員を即座に始末しろ」
 瞳だけで振り返ったクロサワに男は答える。
「へへっ、任せて下さいよ、主幹」
 それを聞いたクロサワは一際に大きな、そして闇の様に暗い笑い声を挙げた・・・


 高原には爽やかな風が吹いている。
 丘の上には黄色い花が今が盛りと咲き乱れていた。
 やがて大地に暗い陰が落ち、巨大な鉄の蹄がそれを踏みしだく。
「こちらの準備はOKだ・・・」
 地獄の亡者の絞り出す声の様な呟きが響いた。
 声が発せられたA・Cの鈍い銀部分が太陽の日差しを拒むかの様に跳ね返っている。
 穏やかな風景と完全にミスマッチで存在する、その銀とブルーグレーのA・Cの周りだけはさながら暗い霧がかかっているかの様であった。
 それと正対する位置に、もう一機のA・Cが居る。
 こちらは銀色をしたマシンであった。
「僕もです」
 そう発せられた声は少年の物だ。
 緊張しているのか、声が若干震えている。
 両機の足元には二機を運んで来た互いのトレーラーが止まっており、少年のA・C《バルダッシュ》の方の運転席にはマリアが座っていた。
「マリアさん、僕は自信がありません」
 不安そうに呟く少年のA・Cのコクピットに向かってマリアは一言、「無いなら死ぬだけね」と、冷たく言い放ってトレーラーを発進させた。
 二台の運搬用のトレーラーが砂塵を上げて離れると同時にひび割れた音声のスピーカーから誰かの声が聞こえてきた。
「では、クローム側のA・C《ニーズホッガー》とムラクモ側のA・C《バルダッシュ》の《実戦テスト》を開始する」
 地下の世界が馬鹿らしく思える位の青い空に高々と信号弾が打ち上げられた。
 二機は開幕と同時に手持ちの武器を射出する。
 《ニーズホッガー》と呼ばれたA・Cのバズーカ砲が轟音を起て、一瞬遅れて銀色の《バルダッシュ》の右手の甲の部分から滝の様な銃弾の連射が放たれる。
 ニーズホッガーは即座に反応してバルダッシュとの距離を開いた。
「やはり射程は短い様だな」
 完全に見下した態度でクロームの《カロン》がせせら笑った。
 バルダッシュはニーズホッガーとの距離を詰めるべく前方にブースト・ダッシュを開始した。
 しかし、重量の重いバルダッシュはスピードで勝るニーズホッガーを射程圏内に捕らえる事が出来ない。
「くっ、距離が詰まらない・・・それなら!」
 少年は即座に武器のセレクターを変更して背中に有る二連の拡散ミサイルに切り替えた。
 その刹那、後ろ向きにダッシュしていたニーズホッガーは今までとは逆に一気にブーストを使って前方に迫り、バルダッシュとの距離を縮めて行く
 凄さまじいスピードで矢の様に進むニーズホッガーの脇を二発のミサイルが飛んで行く。
 少年の必中の思いで射出したミサイルは完全に有効射程以下の距離にまで達していたニーズホッガーを認知せず直進してしまっていた。
 ニーズホッガーの背後でミサイルが拡散する。
「それを待っていたぞ」
 男は喉から絞り出す様な声で叫ぶと、ニーズホッガーが左腕から眩ばゆい光の波動を繰り出した。
「食らえ!」
「しまった!」
 少年は慌てて機体を横に逃がす。
 辛うじて三方向に放たれた光の波動は回避したが、 流石にそれらが生み出す爆圧を避ける事は出来ずに銀色の機体は炎に包まれる。
 幸いにも速度を犠牲にしてまでも極限にまで装甲厚を重視したバルダッシュのダメージは微々たる物であり、逆に少年は絶好の反撃チャンスを手に入れた形になった。
「当たってくれ!」
 半ば祈りに近い叫びを挙げて少年は右手を突き出して五連バルカンのトリガーを引く。
 少年の視界が放たれた弾丸で埋め尽くされる位の熱弾がニーズホッガーへと注がれた。
 大技を振るったニーズホッガーは体勢が開いてしまっており、散弾の雨にその身を晒す。
「くっ!何と云う装甲だ」
 ニーズホッガーは両腕でコアをガードする様にして信じがたい程の速度で真上に上昇する。
「ここで逃がして駄目だ!」
 少年は自分に言い聞かせる様にして、機体の右腕を上へと向けた。
 しかし、サイトが上を向いた時、敵の姿は既にそこに無く忽然と消えていた。
「どこへ・・・」
 少年は意識を集中して敵の存在を追う。
 彼の脳裏に浮かんだ敵の所在は《真上》であった。
「何だって!」
 バルダッシュのコクピットに軽い振動が伝わる。
 と、同時に強烈な衝撃が少年を襲った。
 ニーズホッガーはバルダッシュの肩とミサイルポッドに足を掛けて固定し、引っかかる様にして《乗って》いたのだ。
「くくくっ・・・いくら装甲が厚くとも、この距離からの直撃には耐えれまい」
 男は乾いた笑いを浮かべながら、既に二撃目になるバズーカのトリガーを引いた。
 ニーズホッガーは驚異的なスピードで一瞬だけ軽く飛び上がると絶妙の距離をキープしながら自弾の爆裂の余波を避け、衝撃で真下に沈む標的が立ち直って、ダッシュなりジャンプなりを行う前に再び乗り掛かって攻撃を繰り返して行く。
「素人同然だな、動きが読めるぞ」
「駄目だ、逃げれない」
 いかに重装甲を誇るバルダッシュとは言え、これを続けられると敗北は必至である。
「期待外れだな、ムラクモの《カロン》よ」
 必死に逃れようとするバルダッシュではあったが、如何に制御力が優れた者でも、この絶対的な機体の機動力の差は埋め難い物があった。
 僅かに逃れるチャンスが発生しても、この状況では重装甲が故に犠牲にした旋回性とスピードが卓越した装甲の厚さと同じだけ重いハンディとなってしまう。
「負けるのか、このまま・・・」


 小高い丘を挟んで駐車されたトレーラーから事の次第を冷静に観察するマリアの赤い瞳があった。
 完全に冷めきった視線を苦戦するバルダッシュへと注いでいる。
「あの子・・・下手ね」
 そう言ってマリアは助手席側に体をずらす。
 本来グローブ・ボックスがある筈のそこには、かなり簡素ではあったがA・Cのコクピットと同じ物が据え付けられていた。
 マリアは『リンク』と刻印された赤いボタンを一瞬だけ躊躇したが、ため息と共に軽く押す。
「やるしか無いのね・・・」
 彼女は一言だけ、誰に言うでも無く、そっと呟くとスティックを握って唇を噛んだ。


 バルダッシュはニーズホッガーの常人には到底実行不可能の驚異的な攻撃の前に翻弄されていた。
 このままでは仮に装甲が敵の弾切れまで攻撃に耐えられたとしても衝撃で内部パーツの破損は避けられないだろう。
 バルダッシュは限界近くまで追い込まれていた。
 コクピットのワーニング・ランプの半分が赤くなっている。
「死ね」
 そう言って男が、もう何度目かになる例の攻撃を仕掛けようとした瞬間、異変が起こった。
 ニーズホッガーがバズーカを射出する直前にバルダッシュが突然、絶妙のタイミングで前方へダッシュの向きを変更したのである。
「馬鹿な、確かにブースターは右に向いていた!」
 男が完全に不意を突かれて目を見開く。
 ニーズホッガーのバズーカはバルダッシュのブースターの向きを見てダッシュの予測される方向へ進ませ無い様に計算して撃ち続けられていたのである。
 男は予期せぬフェイントによる前進を計算仕切れずに、不覚にも甘い位置にバズーカの弾頭を当ててしまった。
 それでも、バルダッシュはバズーカを食らって動きが制限されたが、辛うじて今までよりも少しだけ長い時間、ニーズホッガーを機体から放す事に成功したのだ。
「無駄なあがきを」
 男は平静を取り戻して再びバルダッシュの頭上を取るべく滑空する様に素早く接近を始めた。
 だが、バルダッシュはダッシュで左右には逃げずに垂直に上昇を開始する。
「何!」
 スライド滑空をしていたニーズホッガーは急激に垂直へは上昇仕切れずバルダッシュに遅れを取った。
 頭上で空を切り裂く様な轟音と共に銃弾の豪雨が降り注いでくる。
「ぐうぅぅ、このままでは!」
 ニーズホッガーは鉛弾の洗礼に耐えきれず、左へとブーストが焼け溶けんばかりのバーナーを噴かせて逃れて行く。
 それを執拗にフィンガーバルカンの銃弾が追う。
 ニーズホッガーはバズーカを放ってバルダッシュにヒットさせるが厚い装甲に阻まれ、帳尻の合わない撃ち合いとなってしまった。
 更にバルダッシュは急激に重い自重量を落下速度として利用しながら斜め下へと距離を離して両肩のミサイルを射出する。
「しまった、罠か!」
 フルパワーで左に移動していたニーズホッガーは完全に『死に体』であり、方向転換が間に合わず八発のミサイルをまともに食らってしまう。
 こうなると、先程とは逆に背中の武装まで排除して手に入れた機動性と引換にした装甲の薄さが災いし、多大なダメージが機体へと突き刺さって来る。
「甘いのよ、貴方は」
 そう言ったのはコクピットの少年では無くトレーラーの遠隔操縦機の前に居たマリアだった。
 少年は半ば自失状態となってスティックを握る手が震えている。
「何が、どうなってるんだ?・・・僕は・・・?」
 そんな少年を置き去りにして、背中から二撃目のミサイルが白い排気煙を上げて飛び立つ。
 流石にこれはニーズホッガーの試作型の高性能迎撃機能を有するコアと移動によって回避されてしまう。「これ以上は無理ね」
 マリアは遠隔操縦のリンクをカットにした。
 長時間の外部入力は本来、パイロットが軽減すべき機体の挙動までもが発信信号を解読するべくコンピューターへと通常より余分に情報を通してしまう為、ただでさえ機体制御で手一杯のA・Cのコンピューターへと強烈な負担を強いる為、パンクを起こすからである。
「後は自分でやりなさい」
 マリアは丘の向こうを一別すると、トレーラーの自爆スイッチをオンにした。


 二機のA・Cは徐々に元居た場所より遠ざかり、地雷の埋められたエリアへと来てしまっていた。
「・・・手強い」
 ニーズホッガーのコクピットの中で男が言った。
 既にマリアによる遠隔操縦はカットされていたのだが、彼がそれを知る由も無かった。
 男はうかつに手が出せずに相手を正面に捕らえながらミサイルとフィンガー・バルカンの射程の隙間に留まっている。
 無理からん事だが、彼は相手の胸中に未だ何か策があるのでは、と深読みしすぎていたのだ。
 一方、バルダッシュのコクピットでは肩で息をしている少年の姿があった。
「何がどうなってるんだ・・・僕は一体・・・」
 少年の瞳は徐々に鮮血を思わせる赤い色へと変じている。
「突然、機体が言う事を聞かなくなって・・・それから・・・それから・・・」
 取り留めも無い事を口にする少年のスティックを握る手の震えは徐々に静まって行き、正面の敵を捕らえる表情も鋭い物になっている。
「殺らなきゃ、僕が死ぬ」
 ここに来て初めて彼はマリアの言った意味が心の底から理解する事が出来るまでになっていた。
 ニーズホッガーが取りあえずの牽制の為、バズーカを射って来た。
 少年はモニターへと迫る弾頭を見ながら右へとダッシュを開始した。
「普通の方法では実力の差があり過ぎて敵は倒せない・・・何か考えないと」
 少年は必死で思考し、必勝の手を模索し始めた。
 センサーには地面にある無数の地雷を示す光点が瞬いている。
「これだ・・・」
 少年の内に何かが閃いていた。


 丘の向こうにはなだらかな斜面に背を預けて目を閉じているマリアの姿があった。
「あの子・・・勝てるのかしら」
 そう言った後、マリアは自嘲して少し笑った。
 考えて見れば、この勝負自体がどうでも良いのだ。 例え少年が負けたとしても、クロサワが事後工作で何とでもするに決まっていた。
 あのクロームのハロルドも一筋縄で無い人物なのであろうが、クロサワとでは役者が違う。
 彼女の心配は自分の関わった仕事に対する最低限の責任感から来る事だと云う事が自分でも良く分かっていた。
しかし、それすらも本当はどうでも良い事だ。
 どちらかと言えば少年がクロームのあの男に勝った方が自分も少年も辛い事になるのが彼女には火を見るよりも明かな事は誰よりも彼女自身が一番理解していたのである。
 やがて、マリアの前に一台のジープが停止した。
「よう、旨くいった様だな」
 ジープに乗っているのはゴディバであった。
 マリアは何の感慨も無いと云った感じでジープの助手席に乗り込む。
 彼女がベルトを着けると同時にゴディバのジープはその場でリアを滑らせ方向を変えると基地の方向へ向けて走り出す。
「に、しても・・・あのガキ、試作型とは言えあんな凄い武器と機体に乗っていて危なくなるなんてな」
 マリアは何も答えない。
 聞き手の反応などおかまい無しと云った感じでゴディバは半ば愚痴の様に話を続ける。
「へっ、あれなら俺の《バレンタイン》の方がましな戦いするぜ、あのバルダッシュの武器をくれりゃ、もしかしたら勝っちまうかもな」
「それは無理ね」
 ここでマリアは突然、口を挟んだ。
「何だと?」
 ゴディバが話しの腰を折られて不機嫌そうに聞く。
「武器は所詮、道具でしか無い・・・ましてやA・Cが登載可能な武器の性能には実力を越えて勝負を左右する程の差は無いわ。機体もそう、最後は己の技術と僅かな運だけ」
 マリアは今更と云った感じでゴディバへと淡々と戦いにおける彼女の考えを述べる。
「ケッ、そんな事言う奴なんて今時、お前位だぜ。最後は機械の性能が勝負を決めんのさ!」
 ゴディバはマリアとは正反対の意見を吐き捨てる様に言った。
「それより貴方、血の臭いがするわね」
 ゴディバは残忍な笑いを口元に浮かべる。
「ああ、クロサワ主幹の命令でな、買収してトレーラーに細工させたクローム側の整備員を殺ったのよ」
 今戦っている二人の機体とトレーラーは不正の無い様に敵側の整備を受けていたのだ。
「そう・・・」
 マリアは最後にそう呟いて、静かに赤い瞳を閉じると溜め息を一つ漏らす。
 西の空へと傾いた夕日が、一瞬だけ、不気味な青色に変わっていた。


 青い夕日の中、命を賭けた茶番劇は続く。
「バズーカを選択したのはミスだったか・・・」
 コクピットで忌々し気に男が言った。
 実際、高機動を最大の武器とするニーズホッガーは大型バズーカの重量に機体のバランスを崩していた。 破壊力と機動性の両立を狙ったチョイスであったのだが、現状では完全に空中制御に影響が出てしまっており辛い勝負となっている。
「だが、これしき御せ無くて、何が《カロン》か!」
 男は小刻みにスティックとペダルを駆使してバルダッシュの背中へと近づいて行く。
 ニーズホッガーは再びバルダッシュへと例の攻撃を加えるべく舞い降りる。
「もらったぞ、今度こそ終わりにしてやる!」
「ここだ!」
 少年は、死肉に飛びつくハゲタカを思わせるニーズホッガーの背中への《着地》と同時に足元に向けてフィンガー・バルカンを連射する。
 火線は地面へと延び、仕掛けられた地雷が破裂、周囲にあった別の地雷が次々と誘爆して行く。
 両機のモニターの情景が炎の赤に染まり、飛び散る破片が凶器に変わる。
 爆風は爆心より、むしろ上方にいたニーズホッガーへと襲いかかってきた。
 だが、ニーズホッガーは驚異的な上昇力で被害を最小限に止める。
「私が、それしきの奇襲、予想出来ないとでも・・・」
 男がうそぶいた瞬間、拡散ミサイルが爆炎の中から飛び出してくる。
「ちっ!」
 ニーズホッガーはバーナーをカットして落下速度でミサイルを紙一重でやり過ごした。その時、突然、目の前にバルダッシュが迫って来たのだ。
「何だと!」
 バルダッシュは爆風を利用して普段よりも素早く上昇していたのである。
 加えてミサイルを回避するべく下降していたニーズホッガーとの相対速度によってバルダッシュの上昇スピードは男の予測範囲を遥かに越えていた。
「馬鹿な!!」
 ニーズホッガーは機体を右に逃がそうと体を捻るがそれよりも速くバルダッシュはニーズホッガーへの距離を縮める。
「今だ!」
 少年は地面へ銃弾を撃ち込んだ時から、二つの機体がすれ違う僅かコンマ数秒に全てを賭けていたのである。
 バルダッシュの左手から超高圧のレーザーブレードが放たれ、鮮やかな光と共にニーズホッガーの両足を切断する。
 暗い紺色の機体は、影の世界へと帰るかの様に地面に鈍く低い音を起て落下し、それとは対に輝く銀色の機体は勝利の凱旋をするかの様に天へと昇って行く。 かくして茶番の幕は降りたのである・・・


「この役たたずが!」
 薄暗い格納庫に罵声と激しく鈍い音が響きわたる。 顔面を真っ赤にしたハロルドが自社の《カロン》を殴りつけたのである。
「本社に秘密で、お前に幾らの費用と時間を掛けたと思っているんだ。それを・・・」
 男は暗くよどんだ瞳でハロルドを見ている。
 その反対側の格納台の下には、微笑んで少年を出迎えるクロサワの姿があった。
「良くやってくれたな。それに無事で何よりだ」
 バルダッシュのコクピットから少年は顔を覗かせると同時に口を開いた。
「マリアさんは?、トレーラーが地雷を踏んだと聞いたんですが大丈夫なんですか?」
 クロサワは軽くうなずいて返事を返す。
「ああ、最後尾の車輪が引っかけたらしくてな、幸い燃料タンクまで火が廻るのに時間があったらしい。脱出したマリアに怪我は無い」
 それを聞いた少年は胸を撫で下ろす思いがした。
「ご苦労だったな、我が社とクロームのどちらが優れた技術を持っているかが、博士連中にも理解出来たと思う。エキジビジョン的な戦闘だったが、これで有利に事が運ぶだろう」
 満面の笑みを浮かべてクロサワが言った。
『あれが・・・完全に実戦だったのに』
 少年の表情が沈んだ。
 実際、相手は自分を殺すつもりだったろうし、自分も一瞬でも最後のブレードの振りが速ければ、相手のコクピットを二つに割っていたに違い無い。
 A・Cに架けられたタラップを降りて彼が地上に足を着ける頃、もう一度、鈍い音が格納庫に響く。
 ハロルドが再び、男を殴ったのだ。
 少年の目に怒りに奮えるハロルドの姿が映る。
 それが少年の見た彼の最後の姿でもあった。
 何故ならば翌朝、彼らクロームの人間は一人残らず血の海の中で冷たい骸と化していたのだ。
 そして、あの男とニーズホッガーは《ジルコニア》から消えた。
 死者に語る口は無い。
 あの男が殺ったのか、クロサワが始末したのか。
 ただ、確実なのは、これで少年が《カロン》となる事が決定した事実だけであった・・・
 


 少年は試合に勝利した日を境に《カロン》と呼ばれる様になっていた。
「クロサワさん、《ゴンドラ》と《カロン》って何なんですか?」
 少年は今まで口にする事の無かった疑問を長い廊下を先に行くクロサワにぶつけて見た。
 足早に歩くクロサワの足が一瞬、止まる。
 冷たい静寂、少年は聞いてはいけない事を聞いたのかと、不用意な発言に少し後悔した。
「平和の守り・・・とでも言っておこうか」
 不意に答が返ってくる。
「守り?」
 振り返らずにクロサワは続ける。
「そう、《ゴンドラ》とは厳密に言うならば兵器では無い。システムの総称・・・と言う事になる」
 ここで、初めてクロサワは振り向いて少年を見た。「着いて来たまえ」
 少年は『平和の守り』と云う自分に課せられつつある使命に不安で潰れそうになりながら、言われるがままにクロサワの後に続いた。
「これだ」
 たどり着いたガラス張りの部屋の外に、白い大気圏離脱用のカプセルである、HLLVがあった。
 正面の開いている格納スペースには、薄い金色の巨大な筒を抱く人魚を思わせるシルエットをしたマシンが厳重にロックされている。
「あれが《ゴンドラ》だ」
 少年はただ呆然とそれを見ている。
「あれは大気圏を離脱し、地球の衛生軌道に乗った後に、それより下に位置する全ての兵器を壊滅する力が備わっている。あれを見たまえ」
 クロサワの指さす方向には、マシンに背負う様にして付けられた巨大な筒がある。
「あの、装置は他の人工衛生を引きつける強力な電磁石ハーケン付きのワイヤーが収納されている。あれで引き寄せた衛星を解体して、必要な物質だけを保管して巨大な塊に精製するのだ」
 そこで、少年はようやく口を開いた。
「それが、どうして他の兵器に勝るんです?」
「うむ、それを機体に運び、レールガンにより射出するのだ。その気になれば地下都市を貫通させる弾丸を打ち出す事が出来る。そして、迎撃用のミサイルや、A・Cは元より、攻撃衛星すら同様にして撃ち落とす事が出来る」
 クロサワはそこで、少年の肩に両手を置いた。
「そして、君があれに乗り込むんだ」
「僕がですか?」
 クロサワは静かに首を縦に振って答える。
 少年は再び目を見開いて呆然となった。
「マシンは太陽熱発電で永久に動く、だが登載されるコンピューターは宇宙放射線や磁場の影響で簡単な物しか登載出来ない上に、寿命が極めて短いのだ・・・それを君が補う」
「そんな事・・・僕に」
 間髪入れず、少年の後をクロサワは今までよりも声を大きくして言った。
「絶対に出来る、そう云う体に君は生まれ変わったのだから、そして君が居る限り地上の如何なる兵器は無力になる。戦争は、この世界から無くなるんだ!」
 クロサワの熱弁に少年は胸が熱くなるのを感じていた。他の誰でも無い自分が、不安におびえる、この時代の人々が理想とする世界の為に貢献出来る高揚感が心に満ちてくる。
 世界はこんな自分を必要としてくれている、と云う安心感も生まれてきた。
「僕に出来るなら喜んで!」
 少年の黒い瞳は使命に対する意識で輝いていた。
少年にとって《カロン》と言う呼び名は生まれ変わった自分の誇るべき名前。
 黄金色の《ゴンドラ》は平和の証の様に見える。
 だが、それはたった数日の甘い幻想だった・・・


 運命の日はやって来た。
 HLLVは打ち上げの準備に掛かっていた。
 液体燃料が引火せぬ様、数時間に渡ってタンクへと注がれて行く。
 地上では折りからの激しい雨が激しくなり、雷槌が叩きつける様に大地に落ちていた。
「打ち上げは延期かもしれんな・・・」
簡素な机の上に腰掛けて外を見るクロサワは口惜しそうに呟いた。
「これぐらいの天候なら、打ち上げに影響は無いでしょう。幸い風は緩いから」
 傍らには、うつ向いたマリアが居る。
 クロサワは珍しく自分の計画に協力的な彼女を怪しく思って鋭い視線を投げた。
「ほう・・・やけに従順だな、それにいつもより雄弁だ、何を考えている?」
「別に」
 そっぽを向くマリアを見て、クロサワは笑った。
「ふん、今更、計画は止められない。まあ、レベル6の量産体系が整うまで、せいぜいカロンと仲良くしてやるんだな」
 マリアは何も答え無い。
「最初の補給・・・と言っても数年後だが、お前は地上に帰してやるさ、幾らレベル6とは云え宇宙放射線は未知の要素を多分に含んでいる。そう永く持ちはし無い・・・レベル5ではなおさらだからな」
 クロサワの口の端が上がり、端正な顔が歪んで仮面の下にある邪悪な本来の顔に変わった。
「信じるしか無い様ね・・・」
 白々しい口調で彼女が答える。
「そうだ、私の手元には《切り札》がある事を忘れるなよ、これは大気圏外でも有効だ」
 クロサワの掌には黒いライターが乗せられていた。 それは彼女の体内に仕掛けられた起爆装置のスイッチである。
「お前と離れるのは、私だって寂しいのだ」
 美しいカーブを描く、マリアの白い顎をクロサワは指でなぞる。
「心にも無い事を」
 顔色一つ変えず、マリアは吐き捨てる様に言った。
「心外だな、愛の形は人それぞれだ。お前には常に重要な任務を任せていたつもりだがな?」
 そう言って、マリアの右目に掛かる髪を上げようとした時、不意に全部屋にアラームが響き渡った。
 打ち上げ二時間前を示す警告音である。
「時間ね・・・」
 マリアが小さなベゼルの腕時計を見て呟いた。
「ところで、例の逃がしてやった、クロームの《カロン》はどうなっている?」
 クロサワは、髪に掛けた手を外して、からかう様にマリアへと言葉を投げる。
「私の《アンクレット》でアイザック・シティへとつながる道まで誘導したわ。貴方に言われた通り、あの子には含みを入れておいたから、今ごろはこっちへ向かって来てる頃でしょう・・・」
「実に結構だ」
 クロサワは満足気に大きくうなづいた。
「旨く行くといいわね」
 そう言って、マリアは静かに振り向いてクロサワへと背を向けて逃げる様に退出した。
「いくさ、私には好運の女神が着いているからな!」
 去り行くマリアの背中に、クロサワの言葉が投げられ、ドアの向こうからクロサワの高笑いが聞こえる。
 遠ざかるマリアの赤い左目が、闇を見通す豹の様に鋭く光っていた・・・


 激しい雨が降る。
 稲妻が大木を焼き、周囲を赤く照らし出す。
 そして、荒れた岩肌とは明らかに違う光沢を放つ物が暗闇から浮かび上がった。
 巨大な人型の影・・・A・Cの姿である。
 それは一つでは無く、ひしめく様に無数の影が闇の中から現れた。
 恐らく、ここ《ジルコニア》への案内人が乗っているであろう先頭の軽二脚型の一機が、隊列を整えるべく立ち止まって後ろを振り向く。
 それを合図に、総勢十機のA・C達が一斉に突撃の準備を開始し始めた。
 通常モードから戦闘モードへと移行して、各部センサーに光が宿る機体、腰からマガジンを取り出して手持ちの武器に装弾する機体など、様々な準備である。 集団の中にはアイザック・シティでは有名な、ランカーA・Cの姿も見える。
 黄金色に京劇女優が唇にさす様な朱色のラインが入った曲面パーツを多用したデザインの《倒福号》はショット・ガンをコッキングして、初弾をチャンバー内に装填していた。
 その奥には、純白と淡いグレーに塗り分けられた、どこと無く気品を感じさせる軽量A・C、《ヴァルキュリアC》の姿もある。
 再び、暗雲垂れ込める上空から落雷が激しく辺りを照らし出す。
 先頭のA・Cが正面に視線を戻すと、眼前にそびえる《ジルコニア》の施設が姿を現していた。
 そして前へと振り返った、そのA・Cは右手にレイヴンズ・ネスト認可中である試作強化型のハンド・ガンを持ち、背中に翼の様なユニットが付けられてはいたが紛れもなく、何処かへ消え去っていた《ニーズホッガー》であった。
 一呼吸の後、突然、滑る様にしてニーズホッガーは崖の斜面を駆け降りて行く。
 それを合図に、後続のA・C達も同様にして、《ジルコニア》へと突撃を開始し始めた。


 《ジルコニア》館内に警報が鳴り響く。
 味方で無い、進入者を現すエマージェンシー・コールである。
「早かったのね」
 マリアは小声で呟いた。
「え?」
 後ろから続く少年が聞き返す。
「行くわよ」
 あっけにとられる少年を後目に、マリアはHLLVの入り口とは反対側の通路へと足を進める。
「マリアさん、そっちはA・C格納庫ですよ!」
 小走りにマリアを追いながら、少年が叫んだ。
「そんな事は知ってるわ・・・ここは間も無く落とされる、その前に脱出するのよ」
 彼女の言葉に少年は目を丸くして驚く。
「どうして分かるんです、そんな事が?」
 即答でマリアの返事が少年へ返される。
 振り返るマリアの艶やかな金髪が、美しい弧を描いて止まった。
「仕組んだからよ、クロサワが」
 彼女は少年の目を正面に捕らえて語った。
「そう、彼は《ゴンドラ》を自分の物にする為に、レイヴン達を雇って、ここを襲撃させている。そして事故を装って《ジルコニア》の関係者を全て抹殺するつもりよ」
 少年は肩の力が抜けて、ただ呆然とマリアを見るしか無かった。
「そんな・・・」
 この言葉を口にするのが、今の彼に精一杯、出来る事であった。
「彼は貴方が思っている平和主義者じゃ無い。むしろ世界を我が物とする略奪者なの」
 ここに到っても、マリアの口調は淡々としている。しかし、少年にはそれが返って、不思議と真実味を増して聞こえ、彼女の方が嘘を言っているなどと云う考えは彼方に消えていた。
「信じる、信じ無いは貴方の自由、好きにしたらいいわ・・・けれど、ここに居ても、クロサワの言いなりになるだけね、私はチャンスを逃さ無い。今なら敵を迎撃に出て、そのまま行方不明でも不自然じゃ無い」
 そう言って、マリアは振り返ると、足早に格納庫へと向かって歩き出す。
「そんな・・・クロサワさんが・・・そんな・・・」
 冷たい床に少年は両膝を折って、虚ろな瞳でマリアの後ろ姿を見送るしか成す技が無かった。


 銃声が轟き、白衣を着た男が鮮血を額から滴らせて倒れた。
 既に部屋には十人以上の死体が転がっている。
 未だ白煙を吐き出す拳銃を、右手に持った男が懐から携帯通信器を取り出してスイッチを入れた。
「クロサワ様、ゴディバです。《始末》は終了しました。これより予定より早いですが《発射》を敢行します」
 そう言って、逆立った髪型の癖のある金髪を掻き上げたゴディバは、無数のモニターとスイッチが並ぶコンソールの前に立ち、赤く点滅している一際に大きなスイッチを押し込む。
 館内の赤色灯が全て回転し始めた。
「HLLV発射マデ、アト三十分」
 コンピューターが発する合成音を聞いて、モニターの照り返しを受けたゴディバは不敵に笑った・・・


 少年を取り巻く環境と、事態は確実に変化し始めている。
 信じていたクロサワは、自分を騙していた略奪者となり、平和の守りと疑わなかった《ゴンドラ》は、もはや二度と目にしては成ら無い死神の船に感じられていた。
 少年はバルダッシュに搭乗して、激しい雨の中をマリアの愛機である《アンクレット》と並んでブースト・ダッシュで駆け抜けて行く。
 両機共に、元は美しい光沢を放つ銀色をしていたのだが、マリアの事前工作により、雷の光を反射させ無い特別製ステルス・コートが施され、ボディ全体が薄く錆びた様なカラーリングになっている。
 結局、少年はマリアに続き脱出の道を選んだのだ。
 二機が切り立った谷間にさしかかった時、マリアが通信を入れて来た。
「ここから先に一機いるわ・・・私達をスナイプするつもりの様ね、貴方はこのまま直進なさい」
 そう言うとマリアのアンクレットは断続的に噴射していたブーストを一気に放出させ、少年のバルダッシュを引き離して行く。
「は、速い」
 少年は今更ながら、マリアの実力に舌を巻いた。
 重A・Cのバルダッシュと中量級に分類されるアンクレットでは元々のスピードが違うのだが、路面のギャップなど物ともし無い、異常なまでに洗練された動きは正に閃光と呼ぶにふさわしい。
 崖の上から敵のスナイパーライフルによる徹甲弾が放たれる。
 それも又、見事なまでにA・Cの弱点である間接部分をピンポイントで狙ったものであったが、アンクレットは高々とジャンプでそれを回避すると同時に、空中で敵に向かい、右手に持つKARASAWAを発射した。
 崖の斜面からグレーと白に塗り分けられた《ヴァルキュリアC》が飛び出して、肩に装備されたスラッグ・ガンを乱射して来る。
 マリアのアンクレットは神業とも言えるタイミングで散弾を避け、再び反撃を開始した。
 空中で繰り広げられる死闘をよそに、少年のバルダッシュは一路、谷間を駆け抜けて行く。
「悔しいけど、僕では足を引っ張るだけだ」
 少年はあらかじめバルダッシュにインストールされた脱出ルートを速度を緩めずに駆け抜ける事に専念する事が自分に出来るベストである事を理解していた。 そして、暫く少年は孤独な逃亡を続けていたが、いつの間にか横にアンクレットが追いついているのに気がついた。
「マリアさん!」
「大丈夫、もう追って来ないわ、奴もA・Cよりターゲットである《ゴンドラ》の方へ行くだろうから」
 流石に短時間とは言え、ランカーA・Cとの戦闘によりアンクレットの装甲には、いくつかの弾痕が見受けられる。
 二機は、ようやくジルコニアを襲撃する敵の勢力圏内を越えていた。   
「マリアさん。僕達、これからどうするんです?」
 ダッシュを続けながら少年は呟いた。
 言葉の端々に、これからの不安が滲んでいる。
「そうね・・・このまま《アンバークラウン》か《テトラ連立都市》に行って、レイヴンにでも成るしか無いわね」
 不思議と少年の受けた印象として、マリアの言葉尻には、そうしたいと云った感じの願望が含まれている様な気がする。
「マリアさん、レイヴンが普通の人と同じ様に生活するとしたら、どうすればいいんです?」
 少年は、まだまだ世間知らずではあったが、レイヴンが準市民と区別されている位は知っていた。
「都市に100万コームの譲渡金を納めれば市民権が得られるわ」
「100万コームあれば・・・」
 だが、少年はマリアの様子をよそに、うつ向いて何度も同じ言葉を呟く。
 そこへ、レーダーに後ろから急激に追い上げて来るA・Cの反応が霞めた。
「一機来るわね・・・速い」
 マリアの言葉で少年は気を取り直す。
「凄い・・・もうレーダーレンジの半分まで追い上げている。何者なんだ?」
 少年の知る限り、ここまでの速度を出せるのは、マリアと、もう一人しか考えられない。
「まさか」
「そう、《彼》ね。クロームの《カロン》よ」
 少年の体に冷たい物が走った。
「あいつ・・・か」
 マリアのアンクレットは先制の一撃を加えるべく、振り返ってKARASAWAと背中の大型ミサイルを発射した。
 土砂降りの中をビームが薄い蒸気を発しながら、暗闇へと吸い込まれて行く。
 漆黒の影から火線が伸びて、ミサイルと重なり爆発を起こす。
「回避した様ね」
 マリアの言葉と同時に、連続的に無数の散弾が襲い掛かって来た。
 少年とマリアは左右二手に分かれて、突き出した岩陰に身を隠す。
 凄さまじいスピードで、目の前の、ぬかるんだ地面にスライドする様に横を向いて停止した異形の姿をしたA・Cは、紛れも無くニーズホッガーであった。
 こちらを睨む様に向く頭部のカメラだけが、不気味なまでに赤い光を発している。
「隠れても無駄だ、ようやく追い詰めたぞムラクモの《カロン》。今度こそ死んで貰おうか・・・私を逃がしてくれたマリアとか言う女は邪魔をし無いなら見逃してやってもいいがな」
 外部スピーカーで、《あの男》が言った。彼の言葉には、くぐもった笑いが混じっていた。
 男の警告にも関わらず、マリアのアンクレットは果敢にも岩陰から飛び出してKARASAWAを射出する。空気中の不純物と雨を焼く湿った音を起てて、ニーズホッガーの肩を熱線が霞める。
「ふん、それが返事と云う訳か・・・そのアンクレットとか言うA・C共々、スクラップに変えてやろう」
 鈍く光る新型ハンド・ガンの銃口がアンクレットへと向いた瞬間、激しい散弾が牙を剥く。
 マリアの反応は素早く、斜め右へと神速とも云えるスピードで撃ち出された全弾を回避した。
 そして再びKARASAWAを構えた時、ニーズホッガーの背後から、おびただしい銃弾が放たれる。
 その場に居た三人が後方を振り返ると、暗闇のカーテンをくぐる様にして現れたのは、四脚型のA・C《バレンタイン》と、雨を弾く程、ワックスが掛けられた黒塗りのコンバット・リグである。
「良くやったマリア、若干の変更はあったが計画は最終段階に入ったぞ」
 コンバット・リグから発せられた、その声はクロサワの物であった。
「これで、そのクロームの出来損ないを始末すれば、全てはコンベンションに破れたクローム側の一部同志の仕業として《ゴンドラ》は私の物となる」
 マリアは押し黙ったまま、何も答えない。
「それはどう言う事なんです!」
 少年はもはや完全に事態が飲み込めず、ただ狼狽するのみであった。
「見るがいい」
 コンバット・リグが回頭した方向にある、遥かに離れた場所で襲撃を受けている《ジルコニア》から噴煙が上がった。
 HLLVが発射されたのである。
「見えるだろう、あれには当然、《ゴンドラ》が積まれている。ただし行き先は成層圏では無く、私しか知らない場所へ《移動》するのだがね」
 その言葉を聞くや否や、ニーズホッガーはコンバット・リグに銃を突きつけた。
「読めたぞ・・・そして、貴様は事故で《ゴンドラ》は失われた事として、それを回収し、単独で計画を遂行するつもりだな」
 男が声を絞る様にして忌々し気に言う。
「ご名答、だが遅かったな、もうHLLVは誰にも止められ無い。この私の野望もしかりだ!」
 クロサワは高笑いする。
「そうはさせるか、あれの為に私は生まれた。あれが有るからこそ私が!・・・私が!」
 男の悲痛な叫びと同時に、ニーズホッガーはハンド・ガンのトリガーを引いてコンバット・リグへと熱弾を撃ち込む。
 そこへ、強引なまでの割り込みでバレンタインが立ちはだかった。
 厚い上に、丸みを帯びたバレンタインの滑らかなコアの先端が銃弾を弾く。
「へへへ、脇役には、ご退場願うぜ」
 そう言った声はゴディバの物だ。
 バレンタインの両腕の四連機関砲が火を噴く。
「ちっ、こんな所で下らん時間を喰えるか!」
 ニーズホッガーは軽くジャンプして、空中で完全に制止すると、ありったけの銃弾をバレンタインへと浴びせる。
 熱弾は吸い込まれる様にバレンタインの間接部分へと滑り込み、両腕の機関砲が自重に耐えきれずに下を向いて泥水を撃ち、茶色い水柱を上げた。
「何なんだぁ、こいつは!」
 ゴディバは即座に肩に取り付けられた大型ロケットへとウェポン・セレクターを切り替えるが、それよりも更に素早い速度で、ニーズホッガーのハンドガンが肩とロケット・ポッドを繋ぐ基部を吹き飛ばし、ポッドが重い音を起てて落ちた。
「この俺が乗るA・Cが手も足も出ねぇだと・・・」
 ゴディバは微動だにせず、空中に静止しているギラギラとした光沢を放つブルーグレーの敵を成す技も無く、ただ呆然と見ている。
 背後からマリアのKARASAWAが放たれた。
「チャンスは一度しか無い・・・」
 マリアは意を決した様にニーズホッガーへと向かって行く。
 アンクレットの背中に取り付けられた高機動ブースターが青白い炎を吐き出す。
 左腕が空を引き裂いて、強烈な光と共にニーズホッガーの脚部へと襲いかかる。
「こんな攻撃など当たる物か!」
 男がそう言うと、ニーズホッガーは迫り来る光波に対して僅かに上昇し、難無くこれを回避した。
 しかし、すぐ後ろには切り出した岩があり、光波はそれを直撃して激しいスパークと一緒に土砂を蒔き散らす。
 横にいたゴディバのバレンタインとクロサワのコンバット・リグにも大量の土砂が降り注ぐ。
 空中に居たニーズホッガーは、小刻みにブーストを使って襲いかかる岩片を回避していた。
「これで終わる・・・全てが・・・」
 マリアは更にペダルを踏み込み、アンクレットを降りしきる雨と土砂の中に突っ込ませた。
「さよなら・・・」
「え?」
 一人、崖の陰に居た少年には彼女の小さく呟いた言葉は届かない。
 少年の黒い瞳にはただ、一直線に進み行くアンクレットしか見えなかった。
 閃光がきらめいて雷鳴が轟くと、少年の視界から世界の全てが消えていた。


「そんな・・・」
 少年は一瞬の光が生み出した闇の支配する次の世界の光景に愕然となった。
 そこには、クロサワの黒いコンバット・リグへとアンクレットがブレードを突き立て、その背中に有る筈の大型ミサイルがニーズホッガーのブレードによって斬り飛ばされている姿があったのだ。
 静寂の中、少年の目にスローモーションを見るかの様に、ゆっくりとミサイルが地面へと落ちる。
 雨がひとしきり強くなった。
 A・Cの間接から女の悲鳴の様な金属の擦れる音が鳴く。
「しくじった・・・終わりね・・・」
 マリアの悲痛な言葉がレシーバーを通して少年の耳へと滑り込む。
「マリア、私を・・・私を裏切ったな!!」
 次にクロサワの怒声が響く。
 そして小さな、何かが破裂する音がこだまする。それは通信機を通してラスティの耳にも届いていた。
 アンクレットは力無く、糸の切れたマリオネットのごとく、その場に崩れる様にして片膝を着いた。
 その時、遥かな背後で巨大な噴煙と火柱が斜めに上がった。ついにHLLVが発射されたのだ。
「ちっ、こうしてはおれん!」
 男が舌打ちすると、ニーズホッガーは既に弾の尽きたハンド・ガンを投げ捨てて、眼下にうなだれるアンクレットの右手から、もぎ取る様にKARASAWAを奪い取り、急激に上昇して打ち上げられたHLLVへと向かって行く。
 戦闘力を失ったゴディバのバレンタインは、急旋回で方向転換して離脱し、闇の中へと消える。
 クロサワのコンバット・リグはゆっくりと、ドス黒い煙を起ち昇らせながら、少年のバルダッシュへと向いた。
「お前だな・・・お前がマリアを唆したんだな」
 既にクロサワは正気を失っていた。
「マリア・・・私の義妹」
 クロサワの、すすり哭く様な嗚咽が聞こえる。
「僕じゃ無い・・・知らなかったんだ。信じられ無い・・・何が起こったんだ?」
 加速する展開の変化に少年は戸惑う。
 もはや、少年には何が真実なのか、そして何が偽りなのかすら解らなかった。
「恨みか・・・私の命令で、お前の両親を殺したのがマリアだからか!」
 クロサワの叫びを具現化する様に、コンバット・リグが全ての銃口をバルダッシュへと向け、それらが一斉に火を噴いた。
「許さん、私を利用しようとする者は全て!」
 身を隠していた岩が吹き飛び、バルダッシュへと無数の熱弾とミサイルが叩き着けられる。
「関係無い・・・僕は無関係なんだ!」
 少年の言葉は虚しく響き、バルダッシュの装甲が攻撃に耐えきれずに吹き飛んで行く。
「壊れろ、この出来損ないが!!」
「止めろ!」
 バルダッシュは右手のフィンガーバルカンをコンバット・リグへ向けた。
「僕に関わるな・・・僕は、ただ生きて・・・普通に死にたいだけなんだ・・・頼むから!」
 少年は、悲痛な叫びと一緒にバルカンのトリガーを引き絞った。
 五つの砲身が唸りを挙げて火線が延びる。
「狂ってる・・・みんな何かが狂ってる!!」
 バルカンの射程範囲に身を晒すコンバット・リグの外形が徐々に削られて、パーツが脱落して行った。
 互いにあらん限りの弾丸を吐き出して、両機は炎に包まれて行く。
 二人は回避する事を忘れたかの様に、ひたすらに機体のトリガーを引き続ける。
 だが、やがて先にゴールした者が死する、無謀なデス・レースは終わりを告げた。
 黒塗りのリグは燃料に引火して内部が膨れ上がったかと思った瞬間、爆発して激しく鉄片を散らしながら炎の化身に姿を変える。
 凶器と化した破片がバルダッシュへと突き刺さり、もんどり打って、バルダッシュは背中からぬかるんだ地面へと倒れ込んだ。
「この機体は、もうダメだ」
 スティックを必死で引くも、コアから脚部に信号を送るリンケージは寸断されており、少年はバルダッシュを諦めて、蜂の巣の様になった、貫通する一歩手前のコクピット・ハッチを蹴破って外に出る。
 冷たい雨が少年を容赦無く打ちつけたが、不思議と彼にはそれが嬉しく感じられた。
 それはギリギリの戦闘に勝利して生き延びた者だけが味わう、歪んだ感情である。
 それを意識して、理解した瞬間、少年の表情に暗い影が降りた。
「僕はもう・・・人殺しなんだ・・・」
 塗れた両手を少年は見つめる。
 降り注ぐ雨は敵の流した涙に見えた。
「だけど、僕は死にたく無いんだ・・・。こんな風には・・・絶対に」
 未だ炎に包まれている、リグであった鉄屑が黒い瞳に焼き付く様に映っていた。
 少年は意を決した様に、うなだれるアンクレットの元へと駆け出す。
 片膝を着く巨大なA・Cの脚部の突起に、靴の爪先を掛け、よじ登ると少年はアンクレットのコクピットを目指した。
 装甲の裏側にあるステッチを掴んで、跳ね上げるとそこには、シートに大量の血を流して、うつ向くマリアの姿が目に飛び込む。
 何かが体内で爆発した様に、彼女の腹部が異様にへこんでいるのが少年にも一目で分かったが、彼女は肩で小さく息をしている。
「私を・・・リグの前へ」
 掠れて聞き逃しそうな声でマリアは言った。
「死ぬのなら、そこで死にたい・・・狭いコクピットの中だけは嫌・・・」
 彼女のプラチナブロンドに隠れた右目から、止めど無く涙がこぼれる。
 少年はマリアを抱えて、コクピットから出ると、彼女をリグの残骸の傍らへと静かに降ろす。
「教えてあげる・・・旅客機を落として、貴方の両親を殺したのは私・・・そして脱出に誘ったのは貴方を追って必ずこの人が来ると思ったから」
「嘘だ、聞きたく無い」
 少年はきつく目を閉じて、真実から逃れる様に横を向く。
「一人で逃げて、見捨てられるのが恐かった・・・そして貴方が居なければデータは全て彼の手元に無くなる・・・彼は夢を諦める。そう思ったの」
「止めてくれ、もう沢山だ!」
 マリアは静かに言葉を続ける。
「私達は血がつながら無い義兄妹、クロサワの本当の父は、私の父が仕方無く見殺しにしてしまった仲間のレイヴン・・・私は、そんな父も、そして何よりも彼を心から愛していた」
 もはや少年は震えながら、何も言わずに彼女の言葉を聞くしか無かった。
「彼はムラクモに入社して変わった。それも全て私のせい、心の中で尊敬する父と彼を無意識に比べてしまっていたのね・・・彼はそれに気づいて・・・父を越える為だけに、私の為だけに・・・」
 マリアは少年へと手を差し出した。
 その掌には小さな拳銃が乗せられている。
「これで私を殺して、あの人の手で、あの人を裏切って死ぬのだけは嫌・・・」
 少年は拳銃を握り、引き金に手を掛けた。
「両親の仇を討つのね、そして私を、あの人の元へ連れて行って」
 少年の手は震えきって、照準が定まら無いばかりかトリガーを引く事すら出来無いでいた。
「私のアンクレット・・・死んだクロサワの父親の愛機だった・・・もしもどこかで、あの機体を見てクロサワの名前を口にする人がいたら伝えて、《貴方の娘は幸せでした》と」
「駄目だ、僕には出来ない!!」
 少年は激しく首を横に振りながら叫び、叩き着ける様にして、銃を地面へと投げた。
 それを見たマリアは小さく吐息を漏らす。
「貴方、レイヴンになるのでしょう」
 その問に少年は悲痛な表情で答える。
「それしか・・・生きる道が無いのなら」
 マリアは青白くなった顔で静かに微笑んだ。
 血の様に赤い左目が閉じられ、今にも消えそうな命を少年へと予感させる。
「だったら出来無い訳が無い・・・報酬は払う。貴方に私のA・Cと名前をあげる。・・・《ラスティ》・・・。天国で待っている私達の子供の名前だった・・・。さあ、私も連れて行って。あの人を送り出した・・・同じその手で・・・」
 少年は、鉛の様な重い腕で地面から銃を拾い上げる。
「後免なさい・・・貴方を利用して・・・そして、《ありがとう》」
 マリアが静かに微笑む姿が少年の瞳に焼き付いた。
  同時に、彼の人指し指が氷の様に冷たいトリガーに触れた瞬間、少年の心が揺れる。 
 敬愛、憎悪、情念、悲哀・・・
 少年が心を閉ざすにしたがい、雨に濡れた指がゆっくりと曲げられていく。
 濡れた大地に乾いた音が響き、やがてそれは降りしきる雨音にかき消された。
 土砂降りの中に消えた一人の悲しい女の命。
 銃声と共に失った無垢なる少年の魂。
 雨に打たれる少年の心は、錆つき閉ざされていく。
「もう・・・誰も信じ無い・・・僕は一人で生きて行くんだ。誰にも邪魔されず邪魔もせずに、利用されるのもするのも・・・もうゴメンだ」
 少年は、その場に銃を落とすと、振り返って錆色のアンクレットへと歩き始めた・・・



「着きましたぜ・・・旦那」
 その声で、ラスティは薄く目を開けた。
 街の毒々しいネオンは、彼を拒絶するかの様に瞬いている。
「眠っていたのか・・・」
 《プラス》の見る過去の思い出は、デジタル画像の様に鮮明で詳細だと云う。
 辛い記憶を持つ者は、それが耐えきれ無い位の悲しみへと変わる。
 だが、涙は流れない。人工の涙腺が感情による緩みを許しはしないからである。
「幾らだ?」
 ニヤけた顔の運転手の指さすメーターは、破格の200コームを表示している。
 ラスティはポケットに手を入れ、クシャクシャになった100コーム紙幣を押しつける様に運転手へと二枚手渡した。
「旦那、今時カードじゃ無く、不便で偽造かも知れない様な紙幣で払われても迷惑ってモンですよ」
 そんな抗議にも耳を貸さず、ラスティはタクシーのドアを蹴り破る様に降車する。
「この、カラス野郎、のたれ死んじまいな!」
 ウィンドーを開け、周囲に聞こえる様に罵声を浴びせながら、タクシーは去って行った。
 ラスティの周りの人々が急に間隔を開け、ひそひそと耳打つ様に話し始める。
 そんな周りを避けながら、ラスティは両腕をポケットに入れながら、うつ向いて雑踏に紛れる様にして家路を辿る。
 ふと見上げた偽りの空は、光ファイバーの断線による暗闇が広がっていた。
「狭いコクピットで死ぬのだけは、俺も嫌だ・・・」
 小さく呟いた後、ラスティは自重するかの様に首を横に振ると、再びヒビ割れたアスファルトを踏み締めて歩き出した・・・


MISSION・5 <OUTER MISSION 2> 〜 報酬 〜   《完》


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