ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 6 〜 破戒レイヴン抹殺 〜


  連立都市の上部に取り付けられた、光ファイバーが徐々に明るさを増し、偽りの空に朝が来る。
 ラスティは所々ひしゃげたブラインドから差し込む光を瞼に受け、軽いまどろみから目を覚ます。
「もう朝なのか・・・」
 彼は強度の肉体強化手術により、その気になれば一週間程は睡眠を必要としないのであったが、出来るだけ普通の生活を営む事をラスティは心がけていた。
 狭い部屋にはベッドは無く、かわりに毛布を掛けたフェイク・レザー製のソファーから彼は起きあがる。
 そばにある半ば壁に埋まる様にして取り付けられた冷蔵庫を開けると中身は何も無く、簡素な室内に虚しく冷気を散らした。
 ラスティは小さく舌打ちをし冷蔵庫の扉を閉めると、椅子に掛かったジャケットを毟り取る様にして袖を通して外へ出る。
 彼は連日の仕事により、食料を買い出しするのを後回しにしていたのだ。
 大半の強化人間は普通の食事を非効率な栄養摂取品として好まない傾向にあるが、ラスティは無味乾燥した高効率食物を決して口にしない。
 赤錆びた手摺りの階段を降り、朝霧で満たされた世界から目を反らす様に細い道路をうつ向いて歩く。
 シティ中枢部へと続く高速道路の高架をくぐると、ラスティは大通りへと出た。
 ここ、リガ・シティはドーム状の都市外輪に準市民である者が住まわされている。
 敵対企業の万一の進入の際、彼らを盾として使う為であり、かつて存在した《ドイツ》と言う国の東と西を区切る《壁》を思い起こさせる厳重なゲートによって、市民居住区と隔てられていた。
 その分厚い鉄の壁を見ながらラスティは呟く。
「あの向こうに行ける日が来るのか?」
 彼は目を閉じ、苦悶するとも安堵するとも取れる表情を浮かべ、濃い朝霧の中へと再び足を踏み出して行った・・・


 さほど広くは無い、地下都市のレジャー用に設置された人工の海を進み行く小型のサブマリンが居た。
 艶の無い黒色の船体には、所属や船番を表すマーキングは無く、さながら何かを拒んでいる様にも見えるそれは、遠くに陸地を臨む最深部を漂っている。
 スクリューは止まっており、水面下に留まる船胴下に丁度A・Cが一機登載出来るジェット・パックが不釣り合いな形で装備されている。前後の部分が船体を突き出してしまっているので、船体の小ささをより一層際だたせていた。
唯一、水面より上の潜望鏡は小刻みに位置を修正し、明らかに何かを捕らえている様子である。
 薄闇の中、赤い非常灯のおぼろ気な光が支配する船内に機材に囲まれた二人の人影が存在していた。
 その内の一人、カーキ色の帽子を逆さに被って、潜望鏡を覗いていた整備士風の男が不意に口を開いた。
「そろそろ、奴が市内に入ります」
 暗がりで判別はし難いが、声の調子から整備士の男は二十歳前後の若者らしい。
「それは無理だな・・・」
 傍らに窮屈そうに足を投げ出して、シートに座っていた長身の金髪の男が呟く様に返事を返す。
 こちらは、やや落ちついた口調で、整備士の男よりも歳が上らしい。
「何故です?」
 若い整備士の方が、不信そうに質問を投げる。
「簡単な事だ。西の方角を見ろ」
 金髪の男に言われるがまま、潜望鏡を言われた方向へと整備士の男が動かすと、そこには防波堤に立ち並ぶ倉庫が建ち並んでいた。
「倉庫があるだけですが?」
 訳が分からず、間の抜けた調子で整備士が言う。
「無数の熱源があるのだが、お前には分から無いんだったな・・・」
 金髪の男は自嘲する様に軽く笑った。
「そうですよ、僕はプラスじゃ無いんですから」
「不便な物だ。感覚情報が少ないと云うのは」
 金髪の男はゆっくり姿勢を戻して、整備士の方を向き唇の端を曲げて笑う。
「で、どうして奴は市内へ入れ無いんです?」
「すぐ分かる・・・すぐにな」
 整備士が大きな欠伸をして、潜望鏡から目を離して金髪の男の方を見た。
「どうするんです?《ゼファー》」
「今、目立つ行動は取れ無い・・・」
 金髪の男、ゼファーは目を閉じて静かに答える。
「夜を待つ、奴とのコンタクトはそれからだ」
「そうですね、スレイブ・クロウが白昼堂々、こんな所に姿を表すのはマズいですよね」
カーキ色の帽子を取り、潜望鏡の折り畳んだスティックに掛けて整備士は言った。
「じゃあ、僕は一眠りするとします」
「ああ・・・だが、いつでも私のA・Cを射出出来る様にはしておいてくれよ」
 そのゼファーの問いかけに、若い整備士の返事は返ってこなかった。
 不信に思ったゼファーが、機材に隠れて見えない彼の顔を覗き込むと、既に安らかな寝息を起て、顎が一定のリズムで動いている。
「つくづく、プラスで無いと云うのは不便な物だ」
 ゼファーは、整備士の胸に、足元に落ちていたジャンパーを放り投げてやった。
「さて・・・奴が我々の思う通りの腕前なのか、お手並み拝見と行くか」
 そう言ってゼファーは、単調な表示を続けるレーダーを見ながら、凍る様な冷たい笑みを浮かべた・・・


「おかしい・・・誰かに見られている気がする」
 リガ・シティ準市民市街へと続く、波の打ち寄せる防波堤を走り行く四脚タイプのA・Cのコクピットの中でパイロットが呟いた。
 そのA・Cは戦闘を繰り返したかの様に所々の装甲が脱落しており、元は鮮やかだったであろうサーモン・ピンクのボディも、長い間雨にでも打たれたのか水アカで汚れ、更にカーボンが薄く付着しており、その色が完全にあせている。
「気のせいか?・・・追っ手は全て始末した筈だ」
 彼の声は、かなり疲れている様子で完全に掠れており、うめく様な呟きにも似た物だ。
 スティックを握る男の腕には、流れ落ちた血が固まったドス黒い痕が醜く残る。
「姉さん。もうすぐだよ」
 彼は手に抱いた小さな青い壷に向かい、あたかも誰かに話し掛ける様な優しい口調で言った。
「永かった・・・ここに戻って来たんだ」
 男が重い口を開いて、感極まった言葉を漏らした瞬間、防波堤の遥か向こうから火線が延びる。
「追っ手らしいな。ここまでリードすれば、先回りは出来無い筈だが・・・別動隊がいたのか?」
 彼は機体を左右に降って、位置を変えながら目標へと向かって行く。
 時々、背中のブースターを噴かして機体が前傾姿勢になって頭頂が低くなる様に加速を続け、目の前に大小様々な倉庫が立ち並ぶ場所へと四脚のA・Cが達した瞬間、一斉に比較的大きな倉庫のゲートがきしんだ音を起てて開き出す。
 中から現れたマシンを見て、男は愕然となった。
 薄い黄色とベージュ・カラーの偏平なボディに、力強い二本の脚部のそれは、この街に住む人間ならば、例外無く誰しもが知っているマシンだ。
 準市民地区の治安を守るガードの《ステイング・バグ》である。
「ここまで手が、廻っていたかのか・・・」
 男は絶望の嘆きを吐き出して、スティックを前に倒し込んだ。
 次々と防波堤に、揃いの塗色をしたM・Tが四脚A・Cの行く手を次々と塞いで行く。
「この様子では、市内に逃げ込んでも追われる身になるのは確実だな」
 半ば観念した様に、四脚A・Cの動きが止まる。
 両腕に装備された大型のグレネード砲が、力無く下を向いた。
「いよいよ、姉さんの所へ行くのか・・・何もしてあげられず、恩も返せないまま・・・」
 狭いコクピットの上に、ひしめく様に配置された装置を見上げて男は諦めの吐息を漏らす。
 既にガードのM・Tは、規則正しい隊列を組んで四脚A・Cを迎撃する体勢を整えつつあった。
 投降を促すネゴも無く、M・T隊は一斉に砲撃を始め、手負いの傷ついたA・Cに情け容赦の無い剥き出しの牙を突き立てる。
「もう駄目か・・・」
 男の悲痛な言葉とは裏腹に、スティックを握る右手の指が反射的に曲げられて、即座にA・Cは両腕の特殊腕上げ、群がるM・T部隊の中心へと炎を上げる迫撃弾を叩き込んでいた。
 一撃で直撃を食らった数体のM・Tが吹き飛び、ジャスト・ミートの弾着は、更に爆炎が広がって紅連の業火が隣接していたM・Tまでもを巻き込み、防波堤を赤く染めて行く。
 男は、まるで他人が成した事を見る様な呆然とした顔つきで、その光景を瞳に宿していた。
「これが、この体の改造成果なのか?」
 男は壷を抱いた左手を眺めて呟いた。
 M・T群は、徐々に後退を始め、予想外の反撃に戸惑っている様子がありありと男にも伝わって来る。
「やれる・・・これなら!」
 改造手術によって自分の身体に与えられた能力を、この攻撃で新たに再認識した男は、大胆にも中央をハイ・スピードで突破して行く。 
浮き足立つM・Tへと更に追撃を加えながら、A・CはガードM・T群を文字通り跳ね除けて、市内へと通じる環状線へと向かう。
 後方からの攻撃を振り切って、このまま一直線に市内へと逃走するかと見えたA・Cは、突然静止して、ガードの湾岸警備隊の本部が見える、開けた道路で振り返った。
「あれは確か湾岸警備ガードの・・・」
 ゲートで厳重に封鎖された道路の先に、男が何か重大な物を見つけたかの様に呟く。
「あれを旨く使えば、何とかなるかも知れない」
 微かな希望を込めた言葉が男から漏れた。
 その場で方向を変え、ゆっくりとゲートへと移動するA・Cの前方には、湾岸警備隊の施設と巨大な倉庫がそびえる様に建っている。
「誰にも邪魔はさせ無いよ、姉さんの夢は僕が叶えてあげるからね!」
 そう言った男の口調は今までに無く、未だ幼い少年の響きを残していた。
「僕はどうなってもいい・・・大切な人の果たせなかった夢を叶えた後で同じ場所へ行けるのならば」
 四脚A・Cの腕から封鎖されたゲートへと向け、熱弾が射出されて、前途が開けた。
 決して報われる事の無い地獄への前途が・・・


 朝食を済ませ帰宅した早々、ラスティは机の上にある端末のスイッチを入れた。
 画面が起ち上がると、CPUは即座にナーヴへの接続を開始する。
 メールは二件来ており、どちらの内容もA・C管理に関する請求であった。
 保管用の貸しガレージの使用料と、出張整備業者の修理代と弾薬費、合計2千コームという極めて簡素な内容だ。
 ラスティは整備の内容を細かくチェックする。
 彼の極端なまでにA・Cに近づかない性癖の為、やむなく出張形式の業者を選ぶ事になるのだが、この形式の業者に良心的な店は少ない。
 放っておくとコア思想の《疑わしいパーツは交換してしまうのが一番》を良い事に、些細なマシントラブルでもボディパーツを丸ごと交換してしまうのだ。 案の定、ラスティは業者の水増し請求を見つけた。
「アームパーツのサーボモーター交換だって・・・」
 ラスティが見る限り、現在アームに不具合は無い。
 むしろ、レッグパーツのリコイル・ダンパーのスプリングと接地センサーのジャイロシステムの方が傷んでいると考えていたのだ。
「来月から業者を変えるしか無いな」
 溜め息と共に、漆黒と暗いグレーの一目でレイヴン専用と分かるIDカードを端末のスリットへと差し込んで料金を支払う。
 残金は25万コームと表示され、それを見つめるラスティの瞳が曇る。
 中古としてA・Cとトレーラーを売り払ったとしても良くて30万、相場では25万位になる筈だ。一部の大都市には新品の定価と同額で買い取る所もあるらしいが、ラスティの知る限り連立都市での中古A・Cの流通レートは低い部類に入る。
 市民権獲得に必要な100万コームと云う、彼の目標額には程遠い金額だ。
 目を閉じて、小さく首を横に振りながら、ラスティはレイヴンズ・ネストへとアクセスを始めた。
 画面には100近い依頼が写し出される。
 テトラ連立都市では、レイヴンに対する需要が、小規模な都市にしては異様に多い。
 ガードの人材不足と企業間抗争の激化が理由とされてるが、真実は薮の中だ。
 まあ、カラスが餌に困る事は当分は無いらしい。
 中には内容を見た場合、自動的に契約が結ばれてしまう機密性の高い用件もある。
 もちろん、その旨は記載されており、コマンドの色も他とは違う。
 ラスティは、その中の一件の内容に興味を持った。 依頼主はリガ・シティ・ガード、報酬の4万コームと云う金額は、ランカーで無いレイヴンの仕事では破格の値段だ。
 契約発生時間は今日の正午で《破戒レイヴン抹殺》とタイトルにはある。
 ラスティはためらう事無く内容を見ると、現在、リガ・シティの準市民地区湾岸警備ガードの弾薬倉庫を占拠した戒律破りのレイヴンが市民権を要求して篭城し、既にガードの手には完全に負えなくなっている状態らしい。
 通常ならば、ネスト子飼いの暗殺集団が抹殺に乗り出すのが本分なのだが、流石に場所が目だつらしく拒否され、ガードは苦肉の策として《毒をもって毒を征する》方法に出たのだ。
 ラスティは腕時計を見たが契約遂行時間である正午まで、あと一時間と無い。
 彼は契約提携のパスワードを入力するのも早々に、端末からカードを抜き取ると、テーブルの上にあるキーを掴んで駆け出して行った・・・


 埠頭の小さな弾薬庫の周りには厳重な包囲網が敷かれ、正に蟻の這い出る隙間も無い状態であった。
 しかし、弾薬庫の入り口に位置する正面のポジションだけはガラ開きで、一種異様な陣型をガード達は維持している。
 何故ならば、篭城するA・Cが正面に位置するM・Tを次々と薙払って行き、ついにはガードの連中が誰も正面へと行く者が居ない様になってしまったのだ。
「市長、もしくはリガ・インペリアルの重役をここへ連れてこい。要求は市民権の承認だ!」
 弾薬庫から、途切れて良く聞こえ無いくぐもった男の声が響く。
「あの調子でな、今朝未明から膠着状態が続いているんだ。倉庫の中は爆発物で一杯だから総攻撃と云う訳にもいかんのだ」
 丸々と太って、ブルーの制服を窮屈そうに着たガードの主任が《もうお手上げ》と言った仕草で、たった今到着したラスティに現状の説明をする。
「弾薬庫の天井は何で出来ているんだ?」
 突飛な質問に主任は戸惑ったが、元々レイヴンなど何を考えてるのか分からない人種と云う先入観が彼にはあり、面倒臭そうに口を開く。
「お前達のA・Cと同じ、アドヴァンスド・セラミックのハニカム装甲だが・・・」
 その答に対しては、ラスティは目を閉じて何も言わず、端正なカーブを描く顎に曲げた人差し指を添えただけだった。
「弾薬庫を破壊する事無く、事態を収拾し無くては報酬は無いと思ってくれよ」
 そう言って主任は大きな欠伸をする。
「奴の疲れを待って踏み込んだ方が、被害が少なかった筈だが・・・」
 ラスティは地面に転がる1キロ当たり幾らの残骸へと変わり果てたガードの《スティングバグ》を見つめながら呟いた。
「馬鹿言え、奴は《プラス》だ。二、三日の徹夜くらいは何とも無いさ、それまでにシティ全部のM・Tがやられて無くなっちまうよ!」
 そう言いながら、ガード主任は懐から、キャンディ・バーを取り出して口に食わえる。
 実際は余程の強化を受けたプラスでも無い限り通常人と同じく休息を必要とするのだが、ラスティはそんな事をガード主任に講釈するつもりは無い。
「なるほどな」
 溜め息混じりでラスティは返答を返す。
「さっさと始めてくれよ、こっちは昼食抜きで働いてるんだ。腹が減ってたまらんよ」
 無言でラスティは振り返るとA・Cを積んだトレーラーに向かう。
「都市の食料問題だけは良好の様だな」
 膝を折って荷台に横たわる愛機の幌を外しながら、ラスティは口の端を上げ、小さく笑った。
 そしてコクピットへと滑る様にして乗り込むと、メイン・スイッチをオンにして、ジェネレイターへと火を入れる。
 彼は通常のパイロットが行う機体状態チェックを行わず、コンピュータに戦闘モード起動を命じた。
 特殊な強化人間である、ラスティにはスティックやペダルから伝わる微弱な振動と低く唸るジェネレイターの微かな音で機体の状態が、ある程度は把握出来るからである。
 ラスティの瞳から精気が失せた。
 彼は、このA・Cとの一体感を覚える瞬間が、最も苦痛であるからだ。
 人間では無く、A・Cの一部と云う機械のパーツへと成り下がる自分を、どうしても実感してしまう。
「敵の照合を開始しろ」
 自分とA・Cを決別させる様にして、ラスティは冷たい口調で言った。
 彼の機体であるレスヴァークは湿ったアスファルトへと立ち上がりながら、命令を忠実に実行する。
『照合完了しました。元108位のレイヴン《カノン》の《厨子王》です。ランクは午前10時に剥奪されています』
 サブ・モニターへと厨子王が映し出された。
 四脚タイプで特殊腕のデュアル・キャノン・グレネードを装備し、背中には二つの追加弾装を背負っており、純粋に破壊力を追い求めたマシンと言える。
「ある程度の閉鎖空間で能力を発揮するタイプだな」
 ラスティは冷静に敵戦闘力を判断した。
 レスヴァークが弾薬庫の前に立ちはだかると、ガード連中のM・Tが包囲網の間隔を広く取り後方へと下がって行く。
 地上最強の兵器であるA・C同士の攻撃の、《とばっちり》を避ける為だ。
「レイヴンに用は無い、邪魔をすれば排除する!」
 その声は余りに若く、ラスティを驚かせた。
「子供・・・か?」
 と、思わず声が出た。機体の構成と行動から、余程肝の座った剛胆な男だと勝手に決めつけていたからである。
 一応のネゴを試みようと、スイッチを入れたレスヴァークの外部スピーカーからラスティの声が漏れる。
「僕は子供じゃ無い。レイヴンだ!」
 拡張器で会話してい無いに関わらず、カノンはラスティの呟きの問いを激しく否定した。
「こんな事をして市民権が得られた試しは無い。諦めて投降するんだな。今ならランクの剥奪と罰金程度で済む筈だ」
 そう言いながらも、ラスティは武器のセレクターをマシンガンに設定し臨戦態勢を整える。
「そんな事は分かっているよ。でも、特例でも無い限り姉さんの市民権許可は降り無いんだ。こうでもし無ければ絶対に・・・」
「姉さん?」
 ラスティは、中天に射す日の光を遮る弾薬庫の暗がりを凝視した。
 鈍い艶で、濡れた様に輝く巨大な二つの砲身の間にあるコクピットに、黒髪の少年が、何かを大事そうに抱いてうずくまっている。
「そうだ。僕の大切な、この世でたった一人の肉親だった人だ!」
 ラスティの強化された視力で見る限り、少年の肩は小刻みに震えていた。
「姉さんは死んだ。強化手術に耐えきれ無くて、僕だけが生き残ってしまったんだ・・・お前に分かるか、この寂しさ、そして悔しさが?」
 カノンの声の語尾は掠れている。
 それに対し、ラスティの返事は一言だけだった。
「だが、そいつは今はただの《灰》だ。そして、お前は負け犬だな・・・」
 乾いたアスファルトに、その言葉が響き渡る。
 埠頭に吹く冷たい風が一瞬の静寂を撫でた後、カノンは喉を絞められたかの様な叫びを挙げた。
「よくも・・・姉さんを侮辱したな
許さ無い・・・他人の痛みの分から無いカラスめ!」
 厨子王のコクピットが閉じたと同時に、レスヴァークへと巨大な二つの熱弾が襲いかかる。
 ラスティは、ためらう事無く牙を剥く火球へと突入した。
 グレネードの両爆火の隙間をレスヴァークは、かいくぐる様にして厨子王への距離を詰め、同時にマシンガンを地面へと向けて発射する。 
 鉛弾はアスファルトに、ほぼ直角に跳弾した後、厨子王へと飛んで行く。
 数発は厨子王のコクピット付近にヒットし、残りは天井へと突き刺さった。
「何て攻撃なんだ!」
 狼狽しながらカノンは叫ぶ。
 その間にもレスヴァークは、倉庫へと凄さまじい速さで接近して行く。
 それを見ながら、コクピットで厨子王のデュアル・キャノンのリロードが完了するシグナルが点滅すると同時にカノンは二撃目を発射した。
 轟音と共に破壊のエネルギーを満たした紅の炎がレスヴァークへと向かって放たれる。
 だが、ラスティは減速するどころか、むしろ機体の速度を上げながら難無く回避し、厨子王の眼前へと立ちはだかった。
 そして即座に地面へと膝を着き、背中のレーザー・キャノンを構えると厨子王へと発射する。
 間髪入れ無い三連射をした後、弾薬庫の入り口のみと云うカノンの限られた視界から姿を消す様に左へと逃れて行った。
 次の瞬間、厨子王のリロードが終了したが、既に眼前にはレスヴァークの姿は無い。
「畜生!」
 カノンはコクピットのディスプレイを殴る。
「あいつは僕のキャノンのタイミングを熟知してる。ただ者じゃ無い」
 奥歯を噛みしめて口惜しそうにカノンは呟く。
 レーダーには倉庫の左側の壁に反応がある。
「姉さん、奴は強敵だ。僕に力を・・・」
 カノンは膝に抱えた小さな薄い紺色の壷に、すがる様にして話かけた。
 一方のラスティは、冷静に辺りを見回している。
 濁った血を思わせる、彼の深紅の瞳は何かを探しているかの様に左右へと動いていた。
「あれだ・・・」
 ラスティの視線の先には厨子王の攻撃で破壊され、朽ち果てながらも、垂直に立っているM・T《ビショップ・タイプ》の一本の脚部があった。
 レスヴァークは、マシンガンをそれへ向け乱射を開始する。
 銃弾はM・Tの脚を吹き飛ばしながら弾け、何発かが倉庫の中に居る厨子王へとヒットした。
「まただ・・・確実に、こんな事が出来るなんて、間違い無い。あいつは僕よりも遥かに高度なプラスだ!」
 カノンはそう確信して、次の行動へと移る。
 A・Cとリンクさせた弾薬庫の防弾シャッターを作動させ入り口を封鎖し出したのだ。
「ここは篭城するのが得策だ」
 低い音を起て完全にシャッターは降りきり、外界と隔絶された薄暗がりの中で、カノンは安堵の溜め息を漏らした。
「あのまま戦っていたら危なかった・・・好機は必ず来る。それまでは耐えるんだ」
 そう自分に言い聞かせる様に呟いてカノンは静かに目を閉じた。


 弾薬庫の壁に背を着けながら、レスヴァークは射ち尽くしたマシンガンのマガジンを取り替えて突入体勢を終える。
「奴は絶対に休んでいる。突入するなら今だ」
 ラスティはシャッターをブレードで斬り裂いて、正面からの接近戦を挑むつもりでいた。
 それならば敵は誘爆の危険が大きいグレネードを使う事が出来ず、更に接近兵器の無い特殊腕の弱点を突くのが可能だ。
 レスヴァークのブースターに火が入り、滑る様にしてダッシュを開始した瞬間、ガード側から緊急通信が入って来た。
「レイヴン、一端戻れ。これは命令だ」
「奴は消耗している筈だ。又と無いチャンスを見逃すつもりか!?」
 ラスティは信じられ無いと云った風に聞き返す。
「命令を繰り返す、戻れ」
 返事は簡潔に述べられた。
「ちっ」
 レスヴァークは不承不精に突入を止め、ゆっくりとした足取りの歩行で元のトレーラーへと戻って行く。
 ガード主任の乗る指揮車の辺りに膝を着き、コクピットからラスティが降りると、同時に罵声が彼を出迎えた。
「レイヴン、貴様何を考えてるんだね!」
 顔を真っ赤にしたガード主任が車のドアから窮屈そうに出て来る。
「そちらこそ、どう云うつもりだ」
 主任を見るラスティの目は暗く沈んでいた。
「あんな危険な行為に及んだあげく、シャッターを閉められてしまうとは、これなら我々だけで事に当たった方がましだったじゃ無いか!」
 主任の言う危険な行為とは、跳弾で攻撃した事だろう。高度の強化人間であるラスティには造作も無い事だろうが一般人から見れば確かに不確実な賭けに見えても無理は無い。
「とにかく貴様はこれ以上手を出さんでくれ、本部に応援を要請する」
 主任の口の中でキャンディを噛み砕く音が響き、ラスティは嫌悪の表情を浮かべながら背を向けてレスヴァークの足元へ腰を降ろす。
『それこそ奴の思う壷さ・・・』
 ラスティは髪を掻き上げながら、閉じられた弾薬庫をぼんやりと眺めていた・・・


 暫くして、けたたましい音を起てながら埠頭に大型のトレーラーが到着した。
 鮮やかな白とブルーに塗り分けられた二機の人型A・Cがトレーラーに取り付けられた両のサイドステップに脚を掛け、それらと同色の四脚タイプが荷台に後ろを向いて乗っている。
 いずれも、ガード用のマシンで、レイヴン特有のネストが定めた重量制限に縛られずにアッセンブルされた強力なマシンだ。
 右側A・Cがコクピットハッチを開いて、パイロットが顔を覗かせた。
 ヘルメットに隠れて顔は見えないが、切りそろえられた口元の髭の濃さと広い肩幅、何よりも無駄の無い身のこなしが、彼がかなりのベテランであろう事を無言で語っている。
「本社から来た対テロリスト特殊部隊だ、現場はここか?」
 パイロットは威圧的な態度でガード主任へと問いかける。彼らはエリートであり、準市民ガードなどとは一線を画するステータスの持ち主なのだ。
「はっ、あれがターゲットであります!」
 ガード主任は些か緊張した面もちで彼らを迎える。
「ふん、レイヴンなどに頼るからだ。我々ガードの人員さえ足りておれば、ならず者である奴らにA・Cなどと云う過ぎた代物を使わせ無い様、明日にでも企業法廷に申したてるんだがな・・・」
 レスヴァークの足元に腰掛けるラスティに向かい、彼は聞こえる様、あからさまに言った。
 ラスティはその言葉を聞こえていないかの様に、何も言わずハイネックの首元を直して横を向く。
「ふん、死肉に群がるカラス野郎が気取りやがって」
 そう吐き捨てて、パイロットがコクピットへと乗り込むとA・C達はトレーラーから降り、問題の倉庫へと正対する。
「良し、配置に就け」
 隊長の号令と共に四脚と細身の二脚タイプA・Cは、各々の持ち場に移動を開始した。
 中量級の隊長機を先頭に、その後ろを四脚が隠れる様にして追従し、細身のタイプは別行動を取って別の倉庫の屋根へと登る。
 ラスティは、それを見て思わず苦笑してしまった。
 彼にはガードA・Cが、どの様な作戦で奴を仕止めんとするかが分かった上で、それが有効で無い事に気づいたからだ。
「それでは奴を排除する事は出来無いな・・・動きを読まれている」
 彼のついた溜め息と共に突入は開始された。
 隊長機はダッシュで正面から距離を詰め、倉庫の入り口へとたどり着くと、左腕に取り付けられたレーザー・ブレードを振り上げる。
 後方の四脚タイプが特殊腕であるキャノンを構え、細身のタイプはエネルギー・スナイパーライフルの照準を合わせた。
 作戦としては隊長機が接近戦を挑み、ブレードの無い厨子王が不利になって倉庫から距離を取る為、出て来た所を集中砲火で仕止めると云う古典的な物だ。
「いくぞ!」
 隊長が叫んで、A・Cにブレードを振り降ろす命令を下した瞬間、今まで閉じられていたシャッターが不意に開き始めた。
「何だと!!」
 異変に気づいた隊長機がブースターに火を入れてバック・ダッシュで後方へと下がる。
 半開きの扉から、真っ赤な火の玉が吐き出され四脚のA・Cを直撃した。
 続けざまに、もう一撃が射出され、瞬く間に凄さまじい爆火が広がり、四脚のA・Cを行動不能な状態まで破壊して行く。
「くっ、油断したか」
 隊長機が再び倉庫へと駆け出しながら、ブレードを構える。
 しかし隊長は、暗がりから現れた厨子王を見て、その場に立ち尽くしてしまう。
 奇妙な静寂が埠頭に起きる。
「そんな手で来たか・・・」
 その中で、離れた位置に居たラスティが呟く。
 彼の強化された目には暗がりの厨子王が見えるのだ。
「隊長、コクピットを狙い撃ちします。離れて!」
 後方のガード・パイロットが通信機で叫ぶ。
「よせ、スナイプするな!」
 隊長機は後ずさりしながら命令した。
 ゆっくりと闇のヴェールを取り去るかの様に、倉庫から厨子王が姿を現す。
 サーモン・ピンクの機体に巨大な両腕はグレネードの砲身となっており、その間にはカーキ色の大きなケースが挟まっていた。
 ケースには《WMーAT》と綴られている。
「ATミサイルのケースだ。主任、あれには何発の弾頭が入っているのだ!」
 ガードの隊長が指揮車に向かって叫ぶ。
「あのケースには、1ダースの弾頭が入っています!」
 即答で返答が返って来る。
「1ダースだと・・・」
 悲痛なイントネーションで隊長は言葉を漏らす。
 通常、WMーATミサイルは、余りの破壊力の為に本体と弾頭を別にして保管し、出撃前に取り付けるのが普通である。
 故に、それ程大きくは無いケースに大量の弾頭を詰め込むのだが、万が一にも誘爆した場合、周囲の被害たるや甚大な物になるのだ。
 恐らく、この埠頭の建物など跡形も無く灰とガレキに化けるに違い無い。
「僕に近寄るな。邪魔をする奴は容赦しない・・・」
 カノンの重くて冷たい言葉と共にグレネードが射出された。
 火球は屋根の上に居たスナイパー・タイプのA・Cの下腹部に着弾し、ファイヤーストーム現象の爆風に煽られて宙に投げ出される格好になった。
 更に再び、追い打ちとして放たれたグレネードが上半身へと命中する。
 四肢と背中に取り付けられた特殊装備のステルス・ユニットが弾け飛び、焼け焦げたコアが地面へと叩き着けられ重い音をけたてた。
「マクファーソン、無事か!」
 バイオ・センサーに反応は有るのだが、隊長の問いかけにスナイパー・タイプからの返答は無い。
 隊長機は手に持ったライフルを、厨子王の脚へと狙いを定めて射出した。
 厨子王は四本の脚部を器用に可動させ、あざ笑うかの様に回避して行く。
「無駄だよ。大人しくしていてくれ」
 カノンはメイン・スティックのトリガーを押しながら小さく言った。
 ディスプレイには両脚を吹き飛ばされた人型のA・Cが映っている。
 カノンはグレネードのリロードが終了した事を示す赤いランプを確認すると同時に、トリガーを引く。
 数秒のタイム・ラグも無く、人型のA・Cは炎の中で残骸へと姿を変えて行った。
 真っ赤な照り返しを受け、弾頭のケースを特殊腕に挟みながら紅に染まる厨子王は、コクピットで姉の遺灰の入った小さな壷を抱くカノンに酷似している。
 黒い煙を偽りの空へと挙げるガードA・Cのコクピットから隊長が転がる様にして脱出した。
 厨子王は素早く、元はスナイパー・タイプのA・Cであったコアへと移動し、ATミサイルの弾頭ケースをその場に捨て、代わりにA・Cのコアを持ちながら、ゆっくりと倉庫へと向かう。
「人質は市長、もしくはリガの重役が交渉に応じれば無事に返す。早く連絡をしろ」
 カノンは、そう言い残して、再び弾薬庫の暗闇へと戻って行く。
 圧倒的な戦闘力を見せつけられた現場を包囲するガードのM・T部隊は遠巻きに、それを指を食わえて見ているしか無かった。
 そんな中、ラスティは唇の端に薄い笑みを浮かべて腰掛けたレスヴァークの足元から立ち上がる。
 身を屈める機体のコクピットに乗り込んでラスティは無線の周波数を合わせ出す。
 暫くしてノイズだらけだった音声が、徐々に無音となって行く。
 やがて完全に周波数が合致した事を示すコール・サインが鳴り響いた。
「聞こえるか、弾薬庫にいるレイヴン」
 ラスティは集音マイクに向かって呟いた。
「誰だ?」
 驚いたカノンの声がスピーカーから流れる。
「俺が誰でもいいだろう・・・投降しろ」
「その声、お前は先刻のプラスだな!」
 ラスティは、その事には答えず言葉を続けた。
「どんな事をしても無駄だ。死亡した準市民の、しかもレイヴンには如何なる特例も適応され無いだろう。増して、このシティでテロリストの要求は通った試しは無い」
 ラスティは事実を淡々と述べる。
「お前はうるさいよ!前例が無いなら僕がなる。余計なおせっかいを焼く位なら、この仕事から手を引いて帰ってくれ!」
 カノンの語尾は震えていた。
「そうか・・・説得して済むのなら弾代が浮いたんだがな。やはり子供には実力で分からせるしか無いか」
 不意に外から拡声器を使った割れた怒声が響く。
「レイヴン、さっさと仕事に掛かれ、人質を救出した上で弾薬庫を守り、奴を排除するんだ!」
 ラスティは小さく首を振る。
「良くもそんな都合の良い事が言えるな・・・」
 レスヴァークは曲げていた膝を延ばして、潮風を含んで湿ったアスファルトに立ち上がり倉庫へと向かって行く。
「それ以上近づくな、人質を殺すぞ」
 スピーカーからカノンの声、ラスティは無言。
 レスヴァークは、ゆっくりと地面からWMーATの弾頭ケースを拾い上げる。
「お前は致命的なミスをしている」
 低く冷たいラスティの声がカノンへと届いた。
「訳知った様な事ばかり言って・・・本当にお前は気に入らないよ!」
 カノンはグレネードのトリガーに指を掛けた。
「お前に撃てるか、全てを無くしてまでも」
 ラスティの言葉と同時に、レスヴァークが左手に掴んだケースを前へと差し出した。
「僕と同じ手を!」
 レスヴァークは、ゆっくりと歩行しながら倉庫へと近づいて行く。
「言ったろ、お前はミスを犯しているんだ」
「こんな事が・・・畜生!!」
 カノンの慟哭にも似たデュアル・グレネードが、有らぬ方向へと撃ち出され、射線上に偶然あった小さな倉庫を焼く。
「お前は何故、僕の邪魔をするんだ。僕に何の恨みがあるって言うんだ!」
「恨みなぞ無くても理由はある。お前も俺もレイヴンだから・・・さ」
 ラスティは小さく言った。
 この言葉は簡潔だが、全てを物語っている。
「僕はレイヴンになんかなりたく無かった。強化人間にもだ・・・父さんと母さんから貰った大事な体、今の僕にはどれだけの部分がそうなんだ?」
 カノンの悲痛な声にも、ラスティは動じず非情に言葉を漏らす。
「今更、泣き言か・・・」
「お前みたいに、心まで機械仕掛のカラスに何がわかるんだ!」
 カノンの赤い瞳からは止めど無く涙が流れていた。
 通信機を通した声は震えており、時々むせる様な嗚咽も聞こえる。
 レスヴァークのコクピットでラスティは軽く目を閉じ、無言で続けられるカノンの言葉を聞いていた。
「僕は・・・大好きだった姉さんの夢を叶えてあげたいんだ。でないと彼女の人生は何一つ思い通りにならなかった事になる。苦労ばかりして・・・なに一つ手に入れられ無かった意味の無い人生が不敏でたまらない。だからせめて市民として眠って欲しい。ただそれだけなんだよ!」
 カノンの悲痛な叫び、対するラスティは冷ややかな言葉を返した。
「人には分相応の生き方がある・・・それに死んだレイヴンの人生なんて振り返って見ても破壊以外に大した意味は無い」
「何だと!、許さない・・・お前は間違っている!」
 突然、厨子王が倉庫から飛び出してレスヴァークへと体当たりを掛けて来た。
 ラスティは当然、予測していたかの様に軽くレスヴァークの身を反らして回避する。
「もう何をやっても無駄だ。投降しろ」
 レスヴァークがマシンガンを厨子王に向けた。
「嫌だ。他人の痛みが分からないお前だけには屈服はしない!」
 厨子王はレスヴァークに背中を向けてグレネードを射出した。
 その反動の利用とブースターの推力を使用したタックルは厨子王に出来る最速の攻撃である。
「姉さん、僕にチャンスを!!」
 ラスティは静かに目を閉じながら、背中のブースターへと火を入れた。
 レスヴァークは軽くジヤンプする格好となり、その下を厨子王がすり抜けて行く。
 更にレスヴァークは空中で振り向くと、厨子王を追い、着地の間際にブレードを一閃する。
 厨子王の背中に亀裂が走り、周囲に醜く焼けた様な傷跡が残る。
「何故、こんな小さな望みが叶えられ無いんだ・・・どうして僕は、こんな時代に生まれて来たんだ」
 全力を出した攻撃を回避され、絶望に打ちひしがれたカノンが絞る様に言葉を漏らす。
「時代や人のせいにするのは簡単だな、要はお前に実力が無かったのさ」
 ラスティは小さく笑いながら、そう呟くと更に言葉を続ける。
「もう分かっただろう。諦めて投降しろ。この街では自首は他の街よりも罪は軽くなる」
 カノンからの返答は無い。
「それとも、ここで俺に殺されて終わるか・・・だな」
 レスヴァークは、動きを止めた厨子王へと手持ちのマシンガンを突きつけるように構えた。
「分かった・・・投降する」
 カノンは小さく呟いた。
「だけど、忘れるなよ。僕はお前を許しはしない。姉さんを侮辱したお前だけは・・・」
 厨子王のコクピット・ハッチが開いて、中から薄い色をした濡れた様な艶をした黒髪の少年が出てくる。
 少年のレスヴァークを見る瞳には、暗い炎が吹き上げているかの様に赤かった。
「達成出来るアテも無い計画を潰された復讐心で、ようやく生きる気になったのか。そんな甘ったれた奴は俺の敵じゃ無い・・・」
 ラスティの言葉を聞いて、レスヴァークを睨むカノンの目がナイフの様に鋭くなった。
「じゃあ、お前はどうだって言うんだ。金が目当ての汚いレイヴンのくせに説教かよ!」
 暫くの沈黙。
「そうだ、だが憶えておくといい。俺もお前も・・・その《レイヴン》なんだと云う事をな」
 ラスティの声は何故か深く静かにカノンに届く。
 深く心に傷を負った者同士しか分からない共感。
 何かは分から無いが、自分と地続きである様な錯覚。
 そこで、カノンは初めてラスティに自分と同じ香りを感じた。
 レスヴァークは、カノンの乗る厨子王に背を向けるとトレーラーの方向へと歩き始める。
 カノンの目には、ゆっくりと去り行くレスヴァークの姿が心無しか、敗北した自分より儚く悲し気に映る。
「でも認めないぞ、僕はお前と同じ《レイヴン》じゃ無い。心まで機械仕掛になるのだけは嫌なんだ・・・」
 呟きを漏らしたカノンの瞳は涙で曇っていた。
 その声はラスティのコクピットにも届く。
「お前はまだいい・・・《涙》が流せるんだからな」
 ラスティは悲し気な表情で、バックスクリーンを見ながら悲痛な言葉を絞り出す。
 音声は既にカットしてあり、うなだれて漏らしたその言葉は誰にも聞こえる事は無い。誰にも・・・
 偽りの空が、光ファイバーの光源を弱めて地下都市に夕刻が訪れる。
 埠頭には人工塩を含んだ風が強く吹き付けていた。
 それに混ざって突然、ライン・ビームが空間を走る独特の、焼ける様な音が周囲に響いた。
「何!」
 視線を下げていたラスティが、下に居るガード主任の乗る指揮車に気づいてスクリーンを見ると、包囲していた無数のガードM・Tが一斉に厨子王へと集中砲火を浴びせ始めている。
「バカな、奴は投降するんだぞ!!」
 急いで、ラスティはガード主任の指揮車へと通信応答する。
 返答は無くノイズだけがコクピットに流れた。
「攻撃を止めろ!」
 ラスティは通信を諦め、コクピットハッチをオープンして身を乗り出しながら叫ぶが、指揮車からは何の反応も無い。
 次々と厨子王へとビームが照射され、機体が炎上し、墨絵の様に色を無くし、暗くなりかかった海をオレンジ色に染めて行く。
「姉さんごめん・・・何も出来ず・・・僕の・・・も意味は無かったみたいだよ・・・」
 それがカノンの、この世で最後の言葉だった。
 激しく炎を吹き出す厨子王のコクピットから、ゆっくりとスローモーションを見る様に、黒い人影がバランスを崩して地面へと落下した。
 余りにも突然に、あっけなく夢の途上に居た少年の命が、死に神の鎌に刈り取られた。
 数知れ無い人死にを、その紅の瞳に焼き付けてきたラスティにでさえ、その光景は凄惨な物に見える。
「惨いな・・・」
 思わずラスティの唇から言葉が漏れた。
 同時に厨子王の両腕から、断末魔の響きのごとき轟音が起ち、吸い込まれる様に二つの巨大な火球が弾薬庫へと向け、地面を焦がしながら走る。
「まずい!」
 ラスティはレスヴァークを、コクピットハッチも閉めず、フル・ブーストを掛けて熱弾と倉庫へと割り込ませようとするが、余りに距離が開き過ぎていた為、虚しくも阻止は成らなかった。
 火玉を飲み込んだ弾薬庫は、屋根と壁の隙間から激しい炎の噴流を吐き出したかと思うと、一瞬だけ膨張するかの様に姿を変えて爆発する。
 セラミック製の屋根が粉々に砕け、強化スチールの壁面は真っ赤に焼けた刃となって、ガードM・Tを寸断しながら地面へと突き刺さった。
 それは見る者に、さながら地獄へと落ちて行く異形のA・Cである厨子王が、奈落の崖から手を延ばして道連れを次々と引き込んで行く様子を思わせる。
「こんなバカな・・・」 
 ラスティは、燃え盛る厨子王だった鉄の塊の足元に転ろがる小さな青い壷を、炎の照り返しを受けてもなお、夜闇の様に暗い色の瞳で瞬きもせず、じっと見つめていた・・・


 白い波を起てながら潜水艦は、ゆっくりと進路を更に沖へと向け始める。
 「ターゲットは死亡の様です。駄目でしたねぇ」
 若い整備士は、傍受しているガードの通信をカットして他人事の様に言いながら、ヘッドホンをゼファーへと手渡す。
「録音してますけど、聞きます?」
「いや、私には大体の動きがレーダーだけで判断が着く」
 対照的に辛辣な表情でゼファーは答える。
「そう言えば、ずっと見てましたね。レーダー・・・プラスって凄いなぁ」
 ポケットからガムを取り出しながら、若い整備士は半ば呆れる様に呟く。
 それを見たゼファーは、溜息混じりで目を閉じた。
「奴も《スレイヴ・クロウ》の要求する実力には満たなかった様だな・・・一日も現状を維持出来ん様な腕の者に用は無い」
「スカウトマンの真似事も楽じゃ無いですねぇ、それとも奴を倒したレイヴンに声を掛ければどうです。どんな奴か検索しましょうか?」
 計器を見る方が重要と言わんばかりに、ガムを噛みつつ片手間に整備士はゼファーの言葉を受けていた。
「駄目だ。我々は基本的に何かに追われ、ネスト以外に身の拠り所が無い者しか続かない。しかし《ゾンネベルク》の蘇生は失敗、《デリンジャー》は例の発作だ・・・まともな部下が一人は欲しい物だな」
 あからさまに整備士に向かって、含みのある言葉をゼファーは投げかける。
「そうですね、次のターゲットに期待しましょうよ」
 含蓄のある言葉を軽く流されたゼファーは、溜め息と一緒に懐から航空撮影のデジタル・スチールを取り出す。
 そこには、目深に帽子を被り、コートを羽織った男が両手に持った拳銃を乱射している姿が写っていた。
「今時、時代遅れのシングル・アクション・リボルバーなど使っている男がまだ居たのだな」
 半ば呆れた様にゼファーが呟く。
「でも、その人はスゴ腕らしいですよ。何でも五機のA・Cを一瞬で倒したとか」
 ここで初めて整備士が、まともな会話を切り出す。
「噂は尾鰭が着く物だ。レイヴン・ネーム《ゴディバ》か・・・行動拠点は《アンバー・クラウン》だな」
 滑らかなラインを描く端正な顎に手を当てゼファーは言う。
「あそこ、治安が悪いらしいですよ。何でも例の《伝説のレイヴン》がいるって噂もありますしね。我々ネストにとっては《鬼門》って所ですね」
「ふん、アイザック・ネストを壊滅させた《伝説のレイヴン》か・・・どの程度の腕前なのか、一度手合わせ願いたい物だ」
 ゼファーは軽く笑って、デジタル・スチールを懐へと戻して目を閉じた。
「ここには用は無くなった。すぐにこの足でティル・ジェットに乗り換えてアンバー・クラウンへ向かうとネストに暗電しろ」
「了解です」
 言われるがまま、整備士はマイクに向かって、何か暗号を言いながら艦の深度を下げる。
 暗い空の下、黒い小型潜水艦は、その姿を完全に水面から消し、重たそうに下面に装備したジェット・パックを引き擦りながら一路、港へと目指して進水して行った・・・


 未だ炎を上げ続ける埠頭には、周辺から応援に駆けつけた消火車両やM・Tが、ひしめく様に消火作業を行っている。
「奴は投降する意志があった。俺の通信を聞いて無かったのか・・・」
 ラスティは片膝を地面に折り、待機するレスヴァークを背中しながら、ガード主任へと鋭い視線を投げた。
「はん、任務も完遂出来なかったレイヴンが依頼側に意見するのかね?」
 ガード主任は、胴体との境界線があやふやになった首をすくめながら見下した様に言った。
「俺にミスは無かった」
「ほう・・・ではガード側のミスと言いたいのかね」
 ラスティは何も答え無いが、瞳には更に殺気を帯びた暗い光が宿る。
「分かっているとは思うが、レイヴンごときが末端とは云え企業側に何を言っても無駄だがねぇ」
 そう言って、ガード主任はラスティに向けて小型のカード・リコーダーを差し出す。
「君も賢く生き給え、さあカードを出せ。弾薬費位は私のポケット・マネーで出そうじゃ無いか」
「やはり、そう言う事か・・・」
 溜め息の後、ラスティはポケットから小型の録音機を取り出した。
 それを見たガード主任の顔が、見る間に青く変わる。
「商売柄、書面を交わすのが少なくてな。不要なトラブルを避ける為に持っている。」
「幾ら欲しいんだ・・・この死肉を啄むカラス野郎め!」
 忌々しい気にガード主任が怒気に震えながら言う。
 ラスティは目を閉じて何も語らない。
「死肉を漁るハイエナが良く言った物だ!」
 突然、後ろからの野太い声に、はっとなって振り返ったガード主任が見たのは、市民ガードのA・C隊長の姿だった。
「貴様が、あの強化人間を作成した企業から賄賂を受け取った事は分かっているんだぞ」
 左目に火傷の痕が醜く残る隊長の視線が、ガード主任を貫く様に見開かれた。
「な、何を根拠に言われるのです・・・私は、この無能なレイヴンに施しをしようとしていただけです!」
「そうか・・・」
 隊長はミットの様に大きな手に持った一枚のディスクをガード主任へと投げた。
「それは貴様の金銭出納の全データだ。ちょっと見ただけだが、色々出てきたぞ。個人クルーザーに、高級マンション・・・準市民のガード主任と云うのは俺達、市民ガードより高給支給だったかな?」
 ガード主任は、がっくりとうなだれて地面に両手を着けて崩れ落ちた。
「確かにこれだけの資産があれば、哀れなレイヴンに恵んでやろうと云う気も起こるかもしれんな・・・おい、連行しろ」
 A・C隊長は汚物を見る様な目で嫌みを言い終え、連れてきた部下に命令する。
 ガード主任は、だらし無く両脇を抱えられる様にして連れられて行く。
 たった今、一仕事終えた隊長は、ラスティに正対しガード主任を見た目と同じ色で彼を瞳に捕らえる。
「ディスクを渡してもらおうか、証拠にする」
 ラスティは録音機からディスクを取り出す。
 隊長がそれを受け取るべく手を延ばすが、ラスティは湿ったアスファルトへとディスクを落とし、ゆっくりと靴底でそれを踏みつけた。
 乾燥した音を起ててケースが割れる。
「貴様、何をする!!」
 ラスティは完全にディスクを破壊して、狼狽する隊長を後目にしながらレスヴァークへと歩き出す。
「待て、どう云うつもりだ!」
 隊長は地響く様な怒声で、ラスティの肩を掴む。
「俺は何であれ、組織に荷担するつもりは毛頭無い。他人をアテにするのは止めるんだな」
 にべも無くそう言って、ラスティは肩に置かれた手を払い除けた。
「ふん、いい根性してる。さっきの買収の時も確かに、お前は話を蹴っていたな・・・」
 当然ながらラスティの立場からすれば、ガード主任の買収に乗れば弾薬費が浮き、さらに録音で揺すればミッション達成の報酬分位は取れただろう。
 更に市民ガードの口止めと報酬を足せば、しばらくは遊ぶ金に困ら無い額となったに違い無い。
「しかし、変わった奴だ。あの倉庫にたて篭もったテロリストにも説得してたし、驚いた事に、あのプラス野郎はそれに応じていた・・・」
 ここで隊長は何かに気づいた様に、はっとなる。
 彼の記憶が色あせる程に昔の事だが、養成所の講習で犯人に対するネゴのレクチャーを受けていた時の教官が言っていた事を思いだしたのだ。
『説得は共感だ。そいつの気持ちが解らなければ決して成功はしない』
 隊長は深く考える様にして下を向く。
「お前、まさか・・・」
 視線を上げた隊長の眼差しは、先程の様に激しい物では無く、深い哀れみを帯びた瞳に変わっている。
「勘違いするな、俺はただ弾代が惜しかっただけだ。話一つで済むなら金は掛かからんからな」
 それだけを言い残して、ラスティは振り返りもせず、うつ向いて再びレスヴァークへと進んで行く。
 その姿は何故か愁いでいると同時に、近寄り難い雰囲気を周囲に発散している。
 隊長は追いかけて行く気が完全に失せた上、普通の人間の歩む世界とは決定的にかけ離れた何かをラスティに強く感じていた。
「何者なんだ・・・あいつは?」
 見た目、服装共に普通のどこにでも居る若者の姿をしているだけに、かえって隊長にはそれが恐ろしく感じられて全身に鳥肌が起つ。
「本当に何者なんだ・・・」
 立ち上がった錆色のレスヴァークを見上げながら、隊長は永遠に答えの出無いリドルを解く者の様に立ち尽くして見送るしか無かった・・・


 裏路地に市民ブロックを隔てる高い壁を見ながら歩く、一人の青年が居た。
 ポケットに手を入れ、うつ向いて歩く姿はどこか悲しげな印象を与え、後ろからは取り残されて行きそうな程に長い影が伸びている。
 青年は右手をポケットから何かを取り出すと、壁の向こう側へと放り投げた。
 すると普段、目には見えない壁に流されていた電流が異物を阻むかの様にスパークして、暗がりに青白い光をまき散らしたと同時に、ナイロン繊維が燃える独特の嫌な臭いが周囲を包む。
 結局、投げられた物は煙を上げながら、こちら側の地面へと虚しく落下して来る。
「誰が好きでレイヴンなんかなるものか・・・」
 そう言葉を吐き捨てて、青年は再び歩き出す。
 彼の去った後には、マリンスノーの様に壁から静かに落ちる白い灰と、アスファルトに残された青い陶片だけが残されていた・・・ 


『MISSION 6 完』


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