ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 7 〜 ガレージ・アリーナ 〜


  コンクリート階段に影が延びる。
 暗く長い影は、ここが地上から距離が離れている事を示していた。
 影は迷う事無く更に下を目指して行く。
 留まる事を知らないかの様に下へと進み行く影が不意に、ある一点で立ち止まった。
 そこには《BAR・LUNA》と刻印された所々に地金の真鍮が覗いたプレートが、無骨なボルトで埋め込まれている。
「まだ、ここにあったか・・・」
 静寂の中、男の声がコンクリートの壁に反響した。
 男は懐かしそうに、プレートに薄く掛かった塵を拭うと再び階段を降り始める。
 薄暗い間接照明に照らされたマホガニーの扉が、階段の終着点であった。
 ぼんやりとした光に照らされて、男の姿が暗い地下に浮かび上がる。
 艶の無い黒髪をポマードで後ろへと流しており、特に何の変哲も無いダーク・グレーのスーツを着てはいるが、その目線は鋭く物腰にも隙は無い。
 男は扉を押しやり、店の中へと入って行く。
 室内の壁は赤煉瓦で統一され、それに合わせる様にして薄暗い上品な照明が灯っている。
 だが、対象的に客は皆一様に見るからに怪しく、目につくだけでも、カウンターには黄色い人民服を着た弁髪の者、奥のテーブルには皮ジャンを窮屈そうに羽織った巨漢などがおり、いずれも表情は後ろ暗い者特有の雰囲気を醸し出していた。
「あんた《ヒューイ》か?・・・」
 踊り場に現れたスーツ姿の男を見て、入り口近くにいた、白い髭を生やした年輩の男が呟いた。
「奴がヒューイなのか?」
 茶髪を逆立てた年若い男が、続いて思わずと云った感じで声を漏らす。
「馬鹿な、あいつは《引退》した筈じゃ・・・」
「いや、レイヴンになってるって話もあるぜ」
 様々な言葉がささやかれる中、男は取り合おうともせず、カウンターの端に腰掛けた。
 隣に座っていた黒いジャケットを羽織った若い男が、一瞬だけ鋭い視線を男へと投げ掛ける。
 背後では、舌嘗めずりした巨漢がガーバーナイフを手に持って立ち上がろうとするのを、神妙な顔で年輩の男が首を振って制した。
「《アーリータイムズ》をロックで」
 男は周囲の様子を気にも止めず、店に入って初めての言葉を口にする。
 しかし、その声は小さく、周囲には狂った様にシャウトするブルースの調べしか聞こえないだろう。
「変わら無いわね・・・何年ぶりかしら?」
 カウンターの中にいたマスターらしき妙齢の女は懐かし気に彼を見ながら言う。
「最後に私がここに来たのは、丁度十年前になる」
 何の感慨も無いかの様に男は淡々と述べた。
「あの頃は毎日、仲間とここへ来ていたわね」
「だから来なかったんだ・・・ずっと」
 男の表情が濃い愁いを帯びる。
「そう・・・あの中で生き残ったのは貴方だけだったものね」
 女の瞳にも暗い物が宿った。
「昔話は沢山だ《エドガー》、《リップル・ボス》に呼ばれた。まだ来ていないのか?」
 男は凍ったグラスへと注がれる琥珀色の液体を見ながら、目の前の悲し気な目をした女の名前を口にする。
「貴方の知ってる《ボス》なら来ないわ。だって今頃は天国ですもの」
 エドガーと呼ばれた女は、グラスを差し出しながら乾いた笑いを男へ向けた。
「そうか《リーウィッド》は死んだのか。では一体、私を呼んだ現頭目は誰だ?」
「《ルース》よ」
 エドガ−は、笑みを崩さず単語を即答した。
「名前に憶えが無いな。《よそ者》か?」
 男はグラスを傾け、舐める様に液体を喉へと運ぶ。
 その淡々とした口調に変化は無い。
「リ−ウィッドの養子よ、去年にアイザック・シティ大学を卒業して戻って来たの」
「ほう・・・学士の情報屋と云う訳か、時代が変わったな。それにしても奴に養子がいたとは初耳だ」
 男は軽く笑った。
 天井から注す薄明かりが、彼の掛けた黒金縁の眼鏡に反射している。
「で、その学士さんは何処に居るんだ?」
 男の言葉にエドガ−が声を上げて笑う。
「うふふ、貴方の横に居るのが、お目当ての《彼》よ」
 男の真横に座っていた、黒いジャケットの青年が絶妙の間で微笑みながら振り向く。
「お待ちしてました《ヒュ−イ》さん。いえ連立都市ベスト・ランカーの《ヴェルデモンド》さんとお呼びした方が良いですかね?」
 ルースは見る者に、どこか鷹揚で含蓄が無い印象を与える表情をしてヴェルデモンドに問い掛ける。
「喰えない奴だ」
 ヴェルデモンドはルースに聞こえる様に呟いて、手に持ったグラスの残りを飲み干す。
「ははは・・・光栄ですね。僕も《リップル》が板に着いて来たってトコですか」
 ルースは可笑しくて堪らないと云った風に、笑いながら答えを返した。
「場所を変えましょう。見せたいモノがあります」
 そう言ってルースは席を立ち、出口へと向かう。
 それに対してヴェルデモンドは渋面をしながら、女主人へと飲み終えたグラスにコインを投げ入れ、先を行く黒いジャケットの背中を追う様に、カウンターを後にした・・・


 冷えたアスファルトのフロアを、爆火の紅が真っ赤な絨毯を敷き詰めて行く。
 同時に巨大な鋼鉄の腕が宙を舞い、低い天井に据え付けられたキセノン球のランプを叩き割る。
 轟音を起てて、黒いA・Cが崩れ落ちる様にして片膝を着く。
 反対側の壁際からスポットに照らされた、カーキ色の軽量A・Cは、敵の状態をあざ笑うかのごとく、ゆっくりと動けなくなった獲物へと近づき、右手に持った巨大な拳銃を突きつけた。
「殺せ!」
 誰かが叫んだ。
「立って戦いやがれ!」
 ビールの空き缶が飛ぶ。
 巨大なスクリーンに浮かぶ二機の様子を見ながら、群衆は銘々に怒声と歓声を口にしていた。
「どうです。懐かしい光景でしょう?」
 所々ペンキの剥げた手摺に両手を付いて、会場正面の大画面を見ながらルースは言った。
「君は何が言いたいのかね?」
 ヴェルデモンドは不快そうに質問を投げかける。
「かつて貴方がチャンピオンだった頃とは比べるべくも無い規模ですが、一応《闇アリーナ》ですよ」
「知らんな。アリーナはシティかネストが主催する物と相場が決まっている筈だ・・・」
 ヴェルデモンドは煙草に着火しながら呟いた。
「ははは、随分と杓子定規な事を仰る。貴方は嘘が下手な方の様ですね」
 隣の仏頂面のヴェルデモンドに向かって、ルースは屈託の無い笑顔を向けた。
 スクリーンの中では、軽量A・Cが至近距離から弾丸をコクピットへと撃ち込んで、黒いA・Cのコアを破壊して行く。
 恐らく中のパイロットは、不死身の英雄ジークフリートでも無い限りは、確実に即死しているだろう。
 それを見た観客達の狂乱に満ちた歓声が、観戦ホールを支配する。
 更にカーキ色のA・Cは、弾け飛んだ敵の頭部パーツを切り取る作業に取り掛かっていた。
「パフォーマンスとは言え、あそこまでする必要ってあるんですかね?」
 ルースは相変わらず、抑揚の無い声でヴェルデモンドに問いかける。
「私を呼んだ用件が無いのなら帰らせてもらう」
 吸い出したばかりの煙草を投げ捨てて、不遜な態度で眉を釣り上げながら足早に去ろうとしたヴェルデモンドの背中にルースの一言が投げられた。
「貴方の親友《リスキー》さんを殺した奴らしき人物が分かりました」
 ヴェルデモンドは時間が凍ったかの様に、ざわめく雑踏をかき分けながら足早にホールの出口を目指していた足の動きを止めた。
「悪い冗談ではあるまいな・・・」
 ルースへと振り向きもせず、ヴェルデモンドは低く唸る様に、そう呟いた。
「ええ、十年前に貴方が先代に依頼した事がようやく朧気ながら判明しましてね」
 そう言ってルースはジャケットの内ポケットから、一枚の黒いディスクを差し出す。
「元、リガ・シティのカウンター・マフィア・ガード所属の《コルテス》と云う男です。一応の現時点で判明しているデータが・・・」
 ルースが、詳細を言い終わりもせぬ内に、ヴェルデモンドは足早に彼へと近寄り、引ったくる様にして黒いディスクを受け取った。
「ガセで無いと云う裏が取れ次第、代金は後日、口座へ振り込んでおく」
 そう言って、再びヴェルデモンドがホールから退出しようとする後ろからルースが声を掛けた。
「また、お会いしましょう・・・」
「この情報が真実なら、事が済み次第、私は二度と裏の世界には顔を出す気は無い!」
 ヴェルデモンドは、きっぱりと言い切ると罵声と歓声が渦巻くホールを振り返りもせず去って行く。
 巨大なスクリーンには、カーキ色のA・Cが誇らし気にブレードで切断した黒いA・Cの頭部を掲げていた。
 ホールの防音壁が割れんばかりの歓声で震える。
 手摺に背を向け、もたれ掛かったルースは、ジャケットの内ポケットから取り出した1998年型の酸化して色褪せたリミテッド・ジッポーで、食わえた煙草に火を着けながら遠くなるヴェルデモンドの背中を静かに見送った・・・


 ヴェルデモンドは、雑な管理による準市民街特有の、プログラムに無い人工の小雨の降る歓楽街の大通りを歩いて家路を急ぐ。
 毒々しく照るネオンとすえた様な腐敗臭だけが、かつて、彼がここに居た当時のままで出迎えていた。
 そして、ふと目に留まった防弾ガラスのショウ・ウインドウに映った自分の姿を見て苦笑する。
「私もまだ若いな・・・闇アリーナを見て一瞬だけだが妙に心が躍った」
 誰にも聞こえぬ様にそう呟きながら、振り返った弾みにヴェルデモンドの手にした黒いスーツケースが通行人の一人に軽く当たった。
「あっ、これは失礼」
 ヴェルデモンドが鞄の当たった通行人を見ると、そこには年の頃なら、二十歳前後の青年が静かに目を閉じて伏せ目がちに俯き立っている。
「いえ・・・大丈夫です」
 聞き取り難い、掠れた様な精気の無い返事が青年から返された。
 彼はヴェルデモンドを避ける様にして、そのまま俯きながら黒いベロアのハイネックの首元を直し、雑踏へと消えて行く。
「あんな若者が増えたな・・・嘆かわしい事だ」
 若者を見送る様にして佇むヴェルデモンドの心の中に、何故か釈然としない物が小さく芽生えていた。
『あの青年、何かが違う・・・あの錆びた鉄の様なザラついた感覚、まさか・・・レイヴン?』
 ヴェルデモンドは僅かに思いかけた自分の予測を心の中で否定し、自嘲する様に小さく鼻で笑うと再び足早に歩き出した。
 道行く車のヘッドライトが時折、激しく彼を照らしては長い影を残して行き過ぎて行く。
 そこで足早に歩いていたヴェルデモンドは、不意にふと立ち止まる。
 彼の視線の先には水銀灯が立ち並ぶ陸橋があり、冷たく青白い光が瞬いていた。
「リスキー・・・」
 ヴェルデモンドが、今は亡き友の名を口にする。
 彼の瞳には、未だに泣きじゃくる彼女の表情と、震える小さい肩が焼き付いていた。
 真夜中の街に響いた悲痛な声すら、ヴェルデモンドは良く覚えている。
「お前の気持ちには応えられなかったが、どんな事をしてでも必ず仇は討つ・・・それが唯一、お前がしてくれた事に対する私のケジメだ」
 そう呟いてヴェルデモンドは、凍った様に白く照らされた歩道の感触を確かめるかの様に、今度はゆっくりと足を踏み出して行った・・・


「奴の居所は判ったのか?」
 黒いスゥエードのコンビシートに腰掛けながら、ルースは居並ぶ部下達に問いかける。
 マホガニーの机を囲むようにして立つ部下達は、めいめいの姿をしていたが、一様にボスであるルースに軽く会釈する様な姿勢であった。
 その内一人、黒服に身を包んだバーテン風の男が、皆を代表するかの様に重い口を開いた。
「いえ、ボス、闇アリーナの選手の情報は、極めて機密性が高く一筋縄では・・・」
 完全に恐縮しながら、男は報告する。
「それは重々承知の上だ。だが、何としてでも《コルテス》の情報を掴ま無くてはならん」
 ルースの端正な眉が寄せられ、普段は決して部下達に見せない様な険しい表情になる。
「これまでに判明した事は《グラニザータ》と言う二脚タイプA・Cに乗っている事と、元《カウンター・マフィア・ガード》で、例の《粛正の金曜日》に参加していた記録があると云う事だけか・・・」
 そう言いながら、ルースは諦めの溜息を漏らす。
 これでは、ほぼ何も判らないのと同じだ。
 だが、目的のターゲットが彼である可能性は極めて高い。何故なら《粛正の金曜日》に参加したメンバーの生き残りは彼を含めて数人と生き残ってはいないからである。
 苦悶の表情で目を閉じながら、小さく首を振るルースに部下の一人が、溜まらず言葉を掛けた。
「お言葉ですがボス、先代の残された仕事を引き継がれるのは良い事ですし反対はしませんが、それに振り回されてはどうかと存じます。ここに居る皆は先代よりもボスの方が優れておられる事は十分に分かっていると思います」
 ルースはそれを聞いて静かに笑う。
「いや、別に先代を越えようなんて、気負いは俺には無いさ。ただ・・・」
 ルースの表情が普段の穏やかな物に戻っている。
 有能な部下達は、そんなルースを見てそれぞれに何かを感じ取って一応は安堵した。
「俺が、この件に執心する理由は一つだ」
 そう言ってルースは机の上に、一枚の電磁スチール写真を投げ出す。
 その日付は古く、ピントのずれた写真ではあったが、紫のA・Cが写っている。
 それは当時、闇アリーナの《無冠の帝王》と呼ばれていた《ヒューイ・バンティロ》の機体だ。
「彼は俺の少年時代の憧れだった。スラムのチンピラから這い上がり、闇アリーナ・チャンプと云う成功を掴み取った生き方がな・・・」
 ルースは部下達を見回して微笑む。
「早い話がファンなのさ・・・彼のな」
 その言葉に、部下達は納得した様に互いの顔を見合わせて頷き合った。
「畏まりました。全力で情報を入手致します」
 部下の返答に、ルースは静かに目を閉じた・・・


 人工の海を見おろす丘は激しい風が吹いている。
 ヴェルデモンドは未舗装の道の端へと車を寄せ、ヘッドライトで道程を照らしながら、丘の上を目指して歩いていた。
 横殴りの風で彼の胸のネクタイが踊り、口にした煙草は煽られ、火の粉が闇の中で赤く散る。
 ヴェルデモンドは、無言で丘の中腹に立ち止まり、ゆっくりと膝を折って屈み込む。
 そこには、小さな黒曜石の墓石が幾つも並んでいた。
「久しぶりだな」
 ヴェルデモンドは、まるで旧友の誰かに話す様に、冷たい石の一つに話しかける。
「お前の仇が見つかりそうだ。あのカウンター・マフィアの《銀色のA・C》だ」
 彼がそう呟くと風が一際、強く吹く。
 延ばした指先に冷えた石の感触を確かめる様に、ヴェルデモンドは墓碑をなぞった。
 そこには『RISKEY』と小さく綴られている。
「リスキー・・・」
 うなだれる様にしてヴェルデモンドは、きつく目を閉じて友の名を呼ぶ。
『ヒューイ・・・』
 彼の耳には吹きすさぶ風に混じって、自分の本名を何度も呼ぶ彼女の声がはっきりと聞こえていた。
 その声は暖かく優し気でもあり、悲しく憂いでいるかの様でもある。
「お前が仇討ちなぞ望んで無い事は私は百も承知だ。だが、あの頃の私は、お前に何をしてやれた?」
 うなだれたまま、ヴェルデモンドは何度も首を振る。
「私だけが幸せになればなる程、締め付けられる位に辛くなっていく気持ちが、お前に分かるか?」
 ヴェルデモンドの悲痛な声が、夜の静寂へと拡がって行く。
「私は何をすればいい・・・何をすれば許される?」
 石の墓標は何も語らず、彼の前に立っていた。
 風と時間だけが、その場を流れて行く。
 それは、彼が友の亡骸をここに葬った時と変わらぬ同じ光景であった。あの忘れられぬ《粛正の金曜》と呼ばれた日と・・・
 その日は折しも、闇アリーナの全ブロック統一決勝戦の当日であった。
 決勝へと駒を進め、賞品である市民権獲得を目前にして、ヴェルデモンドは闘志を燃やし、勝利は確実な物と思われた瞬間、異変が起きた。
 A・Cの搬入庫から、治安維持組織、カウンター・マフィア・ガードが踏み込んで来たのだ。
 ヴェルデモンドを始め、闇アリーナ選手は、検挙されまいと必死で抵抗し、ガレージは戦場と化す。
 その最中、セコンド席に凶弾が飛び込み、無二の親友であるリスキーの命を奪った。
 その渦中にヴェルデモンドの瞳に焼き付いたのは、暗い地下ガレージに氷の様に白く浮かぶ、銀色をした二脚型のA・Cである。
 無我夢中でブレードを振り、三機のガードA・Cを破壊した後、瓦礫と化したセコンドから彼女の遺体をA・Cに掴ませて、ヴェルデモンドは未明の街を逃走した。
 そして、ここへとたどり着き、変わり果てた親友の姿に涙しながら埋葬したのである。
 忘れようにも忘れ得ない過去、親友の死、そして仇、ヴェルデモンドは掴みかけた全てを奪ったカウンター・マフィア・ガードに憎悪した。
 そして、闇アリーナの残党と共にカウンター・マフィア・ガード抹殺の為、テロリストとなり、一人、また一人と復讐者を親友の元へと送って行ったのだ。
 折しも、皮肉な事に暴走気味であったカウンター・マフィア・ガードは孤立しており、秘密裏にシティ側の援助を得て残党側は勝利を納めた。
 しかし、リスキーを殺した《氷銀のA・C》の乗り手は既にカウンター・マフィア・ガードを見限ったのか、退隊して行方を眩まし、それを追う様にして、ヴェルデモンドはレイヴンになったのである・・・
「どの道、奴は殺らなければならない」
 膝に着いた泥を払いながら、何かにふっ切れた様にヴェルデモンドは立ち上がった。
 横殴りの風は一層強くなり、彼を引き留めるかの様に吹く。
「思い直す気は毛頭無い。これが私の選んだ生き方だからな・・・」
 ヴェルデモンドは、墓に背を向けて歩き出す。
 その時、彼の内ポケットの携帯ナーヴが、けたたましく彼を呼んだ。
「また来る」
 そう言って、ヴェルデモンドは懐から取り出した携帯ナーヴのスイッチを押した・・・


「お呼びたてして申し訳無いですね」
 深々と豪奢なシートに座りながら、ルースはヴェルデモンドを出迎えた。
 その貫禄は彼の若さから想像も出来ない程である。
「奴が見つかったのか?」
 ヴェルデモンドは、部屋に入ると、超高級品である純木製のドアすら閉めるのがもどかしいかの様に話を切り出す。
「いえ・・・ですが奴に関する有力な情報です」
 ルースは、プリント・アウトした一枚のリストを机の上へと置く。
「これは現在の闇アリーナの選手リストです。主だった者は、ほぼ記載されている筈ですよ」
 細かい文字で、選手名がランク順に記載された紙をヴェルデモンドは指で文字を辿りながら眺める。
「東ブロック第2位に《コルテス》が居ます」
「この地区には何人の選手がエントリーしている?」
 即座にヴェルデモンドが言う。
「恐らく、20人前後、多くとも30人だと思います」
「そうか・・・分かった」
「どうするんです?」
 ルースは白々しい口調で問いかける。
「知れた事だ。奴への挑戦権利を獲得する」
 ヴェルデモンドは厳しい視線をルースへと投げた。
「駄目ですよ、貴方は有名過ぎる。下手に動くと《奴》に逃げられる可能性がありますがね・・・」
「本名もレイヴン・ネームも隠せばいい」
 ヴェルデモンドの返答に、ルースは溜め息を漏らして肩をすくめた。
「冗談でしょ、A・Cはどこで手に入れるんです?」
 ルースの言い分は正しかった。A・Cの特にコアは本名、もしくはネストに登録したレイヴン・ネームで無ければ購入は不可能なのだ。
 同一個人で、レイヴン・ネームを重複して所得する事は禁じられており、何より不可能である。
 仮に偽装戸籍でネームを所得したとしても、ネストのコンピュータ・ネットワークは、ナーヴ上のほぼ全てに達しており、バレた場合は命が無い。
「本名で出れば強力な後ろ立てでも無い限り、ネストに命を狙われるのは必定ですし、時間が掛かる。それに奴が復讐に感づけば逃走するでしょうね」
 ルースのもっともな意見にヴェルデモンドは下を向き、言いかけた言葉を飲んで喉を鳴らす。
「どちらにしても、貴方には家族がおられますから、それはマズイですよね・・・」
 終始飽くまで暢気な口調のルースに、ヴェルデモンドは苛立ちを隠せない感じを露にした。
「では、私にどうしろと言うのだ!」
 マホガニーの机に、ヴェルデモンドの力一杯両手を着く激音が室内にこだまする。
 しばらくの沈黙が流れた後、ルースは目を閉じて間接照明に照らされた部屋の床を指さして言った。
「リストの東ブロック第4位を見て下さい」
「何だと?」
 勢い余って、床に落としたリストを拾い上げ、ヴェルデモンドはルースに言われるがままリストに目を通す。
「これは・・・」
 東ブロック第4位の項、そこには紛れも無く《ルース》と綴られていた。
「そう・・・僕なら間も無く《奴》に挑戦権が得られる位置にいます」
「《リップル・ボス》が闇アリーナなどに出ていたとは誰もが夢にも思うまいな」
 複雑な表情で右手に持ったリスト越しに、ヴェルデモンドは瞳だけでルースを見た。
「まさか、部下に細工させたんですよ。幸い東ブロックに顔が利く者が部下に居ましてね。アシの着かないA・Cコアを手に入れるよりは簡単でしたよ」
 ヴェルデモンドは軽く鼻で笑うと、リストを机に放り投げる。
「どうせなら第3位に割り込めば良かったものを、それなら常時奴に対する挑戦権がある」
 対してルースは、にこやかに返事を返す。
「僕は、ガレージ・アリーナに出るのは初めてなんですよ。場に慣れておきたいのと、いきなり第3位では奴も警戒するのでは?」
 そう言いながらルースは、ゆっくりと椅子から立ち上がると、巧妙に埋め込まれた壁のスイッチを押す。
 ルースが座っていた壁の後ろにあるスクリーンが、画像を夜の摩天楼を映し出すのを止め、隠されていた本来の背後にある風景を見せる。
 そこには、A・C用の作業台が立ち並んでおり、見える限りで五機のA・Cが存在していた。
 ルースは、作業台中央のA・Cを指す。
「あれが僕の《クレイモア》です」
 そこにはモノトーン・カラーの重A・Cが、静かにたたずむ様にして立っている。
「筋書きが出来上がってるらしいな・・・」
苦虫を噛み潰した様な表情で、ヴェルデモンドは懐から煙草を取り出す。
「で、私はリングの外で歯がゆい思いをしながら、君の勝利を信じていろと言うのかね?」
 薄暗い室内が、ライターの炎でオレンジに染まった。
「そこなんですが・・・頼みがあります」
「断る!」
 ルースにヴェルデモンドは即答した。
「聞くだけでも、貴方の損にはなりませんよ」
 人を食った様な表情で、ルースはヴェルデモンドの食わえた煙草の灰が長くなっているのを見て、クリスタル・カットの灰皿を差し出した。
ヴェルデモンドは完全にそっぽを向いて、ポケットから取り出したアルミ製の携帯灰皿を左手で持て遊ぶ。
「人の書いたシナリオを演じる程、私はピエロでも無いし、他人の努力はあてにしない主義だ」
 そう、ヴェルデモンドは断言して窓の外を見る。
「そんな生き方疲れますよ。それに嘘は良くないです」
 ヴェルデモンドの背中を見ながら、ルースは静かに諭す様な口調で言葉を投げる。
「嘘だと?」
「そう、貴方は娘さんや、奥さんを愛してらっしゃるし、家族の理想の夫や父親でいて欲しい、って気持ちに応える様に努力してるでしょ?」
 ヴェルデモンドは溜め息混じりで返答する。
「それは私の選んだ生き方だ。それに君と決定的に違うのは妻や娘を愛している事だ。今の言葉では、私に君を愛せ、と言っている様にしか聞こえんな」
 ルースは屈託の無い笑顔をヴェルデモンドに見せながら言葉を続ける。
「曲解ですね。でも《信頼》位はして欲しいですね。お金は先代の時に頂いてるんですよ」
「信頼は金で買えはしない」
 にべも無く、ヴェルデモンドは鋭い視線をルースへと向けるだけだ。
「貴方が協力するもしないも自由ですが、僕は奴を倒しますよ」
「今度は脅しか・・・だが、君では奴に勝てない」
 その言葉にルースは依然、にこやかな表情を変えずに答えた。
「で、しょうね。でも貴方の前に奴を引きずり出す事位は出来るでしょう」
 ヴェルデモンドは、ここで初めてルースの目を見た。
 暗いブラウンの瞳に横を向いた自分が映っている。
「リップルは情報を提供するだけが仕事の筈だ、何故、そこまでする?」
「決まっているでしょ?」
 まっすぐに視線を受けながらルースは答える。
「同情か・・・馬鹿馬鹿しい」
 ヴェルデモンドは鼻で笑うと、クリスタルの灰皿に煙草を投げ入れる。
「まさか、ですね」
 ルースは首を竦めながら呆れた様な口調で言う。
「先代の仕事を完遂すれば、以前から傘下にいた連中は僕を評価するでしょう。《先代よりも優れている》とね。僕にもメリットはある訳です」
 ルースは表情を引き締め、ビジネス口調でヴェルデモンドにそう言った。
「成る程、私の件は絶好のチャンスと云う事か・・・」
 見下した様にヴェルデモンドは視線を再び外す。
「双方にメリットがあります。それに奴と実際に刃を交える気はありません。私は奴を貴方の前に連れてくるだけです。その後は好きになさって下さい」
 ヴェルデモンドは眉間に皺を寄せ、きつく目を閉じて思案を巡らしている。
「仮に失敗しても貴方にリスクは無いでしょ?」 
 ルースは、諭す様に言葉を繋ぐ。
 それを聞いたヴェルデモンドは、眼鏡を上げながら頑なな態度に疲れた様に口を開いた。
「分かった・・・私にどうして欲しいのだ?」
 ルースは安堵の溜息と共に、ジャケットの懐から紙片を取り出す。
「今週末、この場所で東部ブロックの三位決定戦があります。貴方には僕のセコンドとして出場して頂きたいんです」
「ほう・・・指を食わえて見ていろ、と言うかと思ったが、セコンドとはな」
 ヴェルデモンドは唇の端を上げ、皮肉めいた笑みをルースへと見せた。
「闇アリーナは初参加です。経験者の助言は必須だと思いましたが、該当者がおりません」
 対して、ルースは真剣な眼差しでヴェルデモンドを見ている。
「分かった。週末にここへ行く」
「助かります」
 話が纏まった瞬間、ヴェルデモンドはルースに背を向けて部屋を出ようとする。
 多分、ビジネスでもこうしているのだろうとルースは想像して、少し口元に笑みを浮かべた。
「勝ちますよ、必ず」
 ルースは、去り行く紺色のスーツの背中に言葉を投げる。
「信頼はしない。だが・・・」
 ヴェルデモンドは振り返って言葉を続けた。
「期待してるぞ」
 ルースは、その言葉を聞いて薄く微笑んだ・・・


 一頻り降った雨が止み、半ば乾いたアスファルトが斑になっている。
 準市民街、東部の一角にある巨大な廃ビルには、大勢の人間がひしめき合っていた。
 皆、一様に黄色いチケットを握りしめ、外壁の剥げかけたビルの入り口へと足を向ける。
 外装とは裏腹にビルの内部には、巨大なスクリーンが三面も設置され、それを囲む様にして長椅子が階段の様に据え付けられていた。
「盛況だな・・・」
 擦り切れた上着姿の男が呟く。
「へっ、アイザック・シティから来て、シード権でブロック四位なんて例外野郎が来るんだから仕方ありませんね」
 カーキ色のパイロット・スーツを着た痩せぎすの男は遜る様にして答える。
「気に入らんな。よそ者にでかい顔されるのは」
 上着姿の男は鼻で軽く笑うと、長椅子に腰掛けた。
「ヤツのネームは?」
 パイロット・スーツの男を見上げる様にして、上着の男は問い掛ける。
「《ルース》とか云う野郎です。アイザックではランカーだったとか・・・」
「聞かん名だが、ランカーなら油断は出来んぞ」
 上着の男はスキン・ヘッドの頭に手を当てながら、思案を巡らすかの様に目を閉じる。
「安心して下さい《隊長》、この間みたいにダウンさせて首を落としてやります」
「マリオ・・・その呼び方は止めろと、前にも言った筈だ。今度呼べば・・・分かっているな?」
スポットを浴びて光が乱反射する眼鏡の隙間から、寒気がする程に冷たい上着の男の視線が見える。
 マリオと呼ばれたパイロット・スーツの男の顔から、急に血の気が失せた。
「わ、分かっております《コルテス》様」
 マリオの声が、緊張のあまり裏がえっている。
「そろそろ行け、試合が始まる」
 上着の男《コルテス》は面倒臭そうに言い、大きな欠伸をした後、首を捻って骨を鳴らす。
「はっ、例え《奥の手》を使ってでも、奴は必ず排除致します。ですから・・・」
 マリオが全てを言い切る前に、コルテスは万事承知した様に静かに頷く。 
「では、頃合を見てセコンド席にお願いします」
 そう言って、マリオは一礼して振り向くと、会場の出口を目指して階段を昇り始めた。
「《奥の手》か・・・今夜は盛り上がりそうだ」
 コルテスは満足そうに頷いて、人差し指で下がった眼鏡の位置を直しながら、湿った様なくぐもった笑いを浮かべた・・・


 灰色の舗装された地下ガレージには二機のA・Cが静かに対峙していた。
 一方は薄いメタリック・シルバーと黒に塗り分けられたA・C、その奥の薄暗闇の向こうにはカーキ色の見るからに軽量級A・Cが居る。
 シルバーのA・Cの頭部センサー類に、ぼやけた緑色の灯が着いた。
「感度、視界共に良好。武器系統異常無し、制御系統正常。油圧、発電量共に問題無しです」
 シルバーのA・Cから、上方に三階分はあろうかと云う程の高さの天井ギリギリにある、防弾アクリルで仕切られたセコンド・スペースへと、ルースは無線で機体の状態を報告する。
「オーケーだ。こちらの端末でも異常は認められない」
 ヴェルデモンドはヘッドホンを片耳に当てながら、マイクに向かって返答した。
「データでは、対戦者である《マリオ・ビッティ》の《デュラムセモリナ》は完全な闇アリーナ用のA・Cに改造されているな。詳細は不明だが、外見から判断した限りでも両腕のリーチが極端に長い・・・」
 端末のデータを見ながらヴェルデモンドが唸った。 両腕のリーチ延長改造により、ブレード戦は注意を要するだろう。
 具体的な延長サイズが分かれば、A・Cに回避させるのが比較的容易になるが、どうしてもデータが無い現状では一撃目を避けるのが困難になってしまう。
「他にも当然、改造箇所は考えられるぞ」
「闇アリーナには、どんな改造が多いんです?」
 ルースは呑気に聞き返すが、対するヴェルデモンドの声には苛立ちの気が色濃かった。
「私の経験では、コア機銃に油性ペイント弾を混ぜたり、ミサイルの炸薬の量やロケット・モーターの強化、左手のブレード・スペースにパンツァー・ファウストを入れたヤツもいた」
「色々あるんですね。僕もやれば良かったですか?」
 着け慣れないヘルメットの顎紐を気にしながら、ルースは相変わらずな態度で通信を続ける。
「無改造とはいい度胸だ。ジェネレイターの出力強化位は当然、行っていると思ったが・・・」
 完全に呆れた口調でヴェルデモンドが言う。
「信頼性の低いパーツは駄目でして、それに調子が変わると扱い難い機体になりますからね」
 ルースは愛し気にスティックを撫でながら呟く。
「まあ、ポリシーは自由だ。要は君が勝ってくれさえすれば私は良い」
 ヴェルデモンドは半ば投げ遣りに答える。
「冷たいんですね。セコンドなら何かアドバイスを頂けませんか?」
 含蓄のある言葉をルースは不満そうに漏らした。
「君を信頼している訳じゃ無い事を忘れるな」
「期待はしてくれてるんでしょ?」
 そのルースの言葉を最後に沈黙が流れる。
 ディスプレイには、試合開始一分前を示すシグナルが点灯していた。
「一つだけ教えてやる」
 暫くしてヴェルデモンドが口を開く。
「常に周囲に気を配れ、敵は相手のみだと思うな」
「端的ですね。リスキーさんのセコンドも、そうだったんですか?」
 不満そうにルースが愚痴た。
「始まるぞ・・・」
 ヴェルデモンドが、低く呟いたのと同時にシグナルが赤から青へと変わる。
 ガレージに試合開始を告げるサイレンが、けたたましく鳴り響いた。
 同時に二機のA・Cは距離を詰めるべく、前方へダッシュ移動を開始する。
 青白いバーナー炎が、短い尾を引いて近づいて行く。
「相手の武装を見る限り、接近戦用に組まれたA・Cだ。君のクレイモアが得意とする中間距離をキープ出来るかが勝負のキー・ポイントだな」
 ヴェルデモンドの通信を受けながら、コクピットのルースは小さく笑った。
「分かっていますが、セオリー通りの戦法は通用しないと思いますよ」
 クレイモアは、デュラムセモリナへと更に距離を縮めて行く。
「何だ、コイツは素人か?」
 マリオは常識では考えられない、クレイモアの動きに戸惑った。自分から不利な接近戦を挑んで来たとしか取れない様な動きだからである。
「お望み通りブッ殺してやる!」
 デュラムセモリナは右手のハンド・ガンをクレイモアへと乱射した。
 クレイモアは左右の動きで、それを回避しながらプラズマ・ライフルを発射する。
 破壊のエネルギーが空間を走り、デュラムセモリナへと襲いかかった。
「ちっ、ブレード戦を挑むんじゃ無かったのかよ!」
 マリオの反応は素早く、愛機を上方へとジャンプさせて紙一重の差で一撃を避ける。
「いい反応ですね・・・だが!」
 ルースが叫んだ瞬間、クレイモアはアスファルトの冷えた地面へと膝を着き、背中のキャノンを展開させて構えの姿勢に入った。
「この場面で砲撃だと!!」
 信じられないと言った感じで、下面ディスプレイを見ながらマリオは驚愕の声を漏らす。
 デュラムセモリナは、前方へと空中移動を行う。
 何とか、グレネードの巻き起こす爆風が攻撃したクレイモア自身に跳ね返る距離にまで詰めて、発射を躊躇わせる為である。
「悪いが耐久力と装甲で勝ってるのさ・・・」
 ルースは迷う事無く、グレネード発射のトリガーを引いた。
 轟音と共に至近距離で発射されたグレネードは、デュラムセモリナへと炸裂し、情け容赦無く二機を紅蓮の爆風に飲み込む。
「信じられねぇ、コイツはクレイジーだ!」
 狼狽するマリオは、後退しながら背中の大型ミサイルを発射するが、着弾する前にクレイモアの胴体の迎撃機銃が弾頭を叩き落とす。
「不用意に上に逃れたらこうなるんだ」
 クレイモアはルースの声と同時に砲身を掴んだ左腕を上に向けて、再びグレネードを発射した。
「これしき避けられねぇとでも・・・」
 マリオは機体をバンクさせて、空中で急激に姿勢を左へと倒して熱弾を回避する。
 だか、余りに回避に専念する余り、ほんの一瞬だがクレイモアを見失う形となった。
 カメラを移動させ、クレイモアを捉えようとデュラムセモリナの頭部が下を向く。
 しかし、そこにクレイモアの姿は無かった。
 マリオは必死で完全に自分の感覚と一体化したレーダーを意識する。
「ヤツの匂いがしない。何処へ行った!」
 慌てふためきながら、マリオは周囲を見渡すが、一向にクレイモアの気配は無い。
「何処だ、何処だ!」
 デュラムセモリナの背中へ強烈な衝撃を感じた瞬間、マリオは漸くクレイモアを見つけた。
 いつの間にかクレイモアは、デュラムセモリナの背後の柱の蔭に移動していたのである。
「ちぃ!」
 マリオは柱に半身を隠しているメタリック・シルバーの機体を確認して舌打ちする。
「畜生、いつの間に移動しやがった!」
 デュラムセモリナはハンド・ガンを発射して牽制しながら、クレイモアの潜む柱とは反対側の柱の後ろへと一端、体制を整える為に着地した。
「流石はプロ、ガード連中や並のレイヴンなら機体は今頃、鉄屑だ」
 頬に余裕の笑みすら見せ、ルースは言い放った。
「追い打ちを掛けろ。敵は柱に近い」
「了解です」
 セコンドのヴェルデモンドの指示通り、ルースは三発目のグレネードを放つ。
 コンクリートの柱に着弾して、迫撃弾は圧倒的な熱量の嵐を巻き起こす。
「これでかなりのダメージを与えられた筈ですが?」
 ルースは次の指示をヴェルデモンドへと求める。
「駄目だヤツは回避している。今の内にグレネードのリロードをしておけ」
 ルースはクレイモアの背中の折り畳んだ砲身の基部を稼動させ、最後部を脇まで持ってくると、右手で腰の装甲板の裏から予備のカートリッジを装填する。
「初回分の二発は直撃しましたね」
「いや、最初の一発は浅い・・・ヤツの軽量さが災いして弾かれたか、爆心に居る時間が短かった」
 セコンド様の再現画面を見ながらヴェルデモンドは淡々と述べる。
「今、ヤツは何処に?」
 クレイモアの背中にあるレーダーは最軽量を誇るが、策敵範囲は狭い。ルースのリロードは素早かったが、その間に敵は見失ってしまっていた。
「ここは、移動しての策敵が良策ですかね?」
「動くな・・・そのまま左を向け」
 ルースは疑問を感じたが、言われるがままにクレイモアの向きを、その場で左へと向ける。
 その瞬間、暗がりの向こうからオレンジ色のバーナー炎が迫ってくるのが見えた。
「なっ、ミサイル!!」
 クレイモアのコア機銃が、低く唸るモーター音をさせながら作動して敵のミサイルを落とす。
「ふぅ・・・」
 ルースは安堵の溜息を漏らした。
「何をしているんだ、即座に回避しろ!」
 ヴェルデモンドの一喝で、ルースは反射的にスロットルを後方へと開ける。
 前方から、ミサイルを追う様にして、デュラムセモリナが滑空しながらブレードを振り翳して来ていた。
「小僧、まだ甘いな!」
 マリオは、必死で後ろへと下がろうとする、クレイモアめがけて背中に装備された爆雷を散布する。
「しまった!」
 ルースの行動は間に合わず、爆雷の効果範囲を脱する事叶わず、マグネシウムの激しい発光がクレイモアを包み込んだ。
「ケリャャ!」
 マリオは、奇っ怪な叫びと共に滑る様に飛行しながら、袈裟掛けにブレードを凪ぐ。
 着地と同時に、激しい閃光と共にデュラムセモリナの左手から衝撃が空間を駆け抜けた。
 クレイモアは、延長されたデュラムセモリナのブレード・リーチを計算し切れずに一撃を受けてしまう。
「死にやがれ」
 更にマリオは武装を切り替えて、手持ちの拳銃を乱射する。
 瞬く間に形勢は逆転して、一気にデュラムセモリナのペースに変わっていた。
クレイモアも必死で手持ちのプラズマ・ライフルを射出して応戦するが、デュラムセモリナは軽いジャンプで回避しながら、上方より爆雷のシャワーを注ぐ。
 何発かが再びクレイモアへと着弾して、肩とコアの装甲に亀裂を生じさせた。
 衝撃でコクピットのメーターが割れ、ルースのヘルメットのバイザーに突き刺さる。
「ちっ、前が見えない」
 軽く首を振り、ルースは顎のベルトを引きちぎる様にして、バイザーに細かなヒビが入ったヘルメットを脱いで後方へと投げた。
「調子に乗るな!」
 薄く額から血を滲ませて、ルースはクレイモアにブレードを振らせる。
 デュラムセモリナは、容易くそれを横に機体を反らしてかわす。
「甘いぜ、ニュー・ホープさん。アイザックじゃ通用したか知らないが、それじゃレベルが低いぜ!」
 マリオはデュラムセモリナに再度、衝撃波ブレードを発生させた。
 直撃を食らって、クレイモアが背後の柱へと叩き衝けられる。
「コイツで終わりだ。その首貰った!」
 動きの止まったクレイモアに対し、マリオは爆雷を散布した後、後方へ飛び退いてブレードの光波を繰り出した。
 轟音は床と柱を伝わって、一階の観客席にまで振動が伝わる。
 巨大なスクリーンを見つめる群衆からは、どっと歓声が巻き起こっていた。
 爆発炎と煙で極端に視界が悪い中で、セコンドのヴェルデモンドは突然叫んだ。
「今だ、射て!」
 その瞬間、突かれた様にデュラムセモリナは縛炎と一緒に後方へと弾き飛ばされた。
「何だと、どうやってアレを回避した!」
 柱に激突する寸前で、ブースターを噴射させながら、体勢を整えたマリオは叫んだ。
 朧気ながら、陽炎の向こうにクレイモアが地面に膝を着いているのが見える。
「グレネードの発射態勢で身を屈めたのか!」
 マリオは、武装のセレクターを大型ミサイルに切り替え、柱を楯にする様にしながら後方へと下がり、威嚇発射して暗がりに消えていった。
 クレイモアは、難なくそれを迎撃して立ち上がる。
「危なかった・・・」
 額を流れ落ちる汗を拭った手に、血が混じっている事でルースは初めて自分が負傷した事に気付く。
「ヤツはどこだ?」
 定石通り、柱から柱へ遮蔽物を利用して半身を隠しながらクレイモアは周囲を伺う。
 左から、閃光が走る。
「そこか!」
 ルースはロック・オンもさせず、左へとプラズマ・ライフルを射出した。
 次の瞬間、今度は背後からクレイモアにビームが着弾する。
「後ろだって・・・一体どんなスピードでヤツは移動しているんだ?」
 ルースが見渡す限り、ガレージの向こうは暗闇に包まれている。
 レーダー・センサーには何も表示は無い。
「ちっ、どうなってるんだ?」
 再び背後からのビームがクレイモアを襲った。
「立ち止まっていては不利だ」
 ルースはクレイモアのブースターに火を入れて、高速移動を開始する。
「?」
 移動するクレイモアのレーダーに光点がよぎる。
 策敵範囲ギリギリなのか、一瞬しか表示は無かったが、光点が複数だった気がルースにはした。
「ヴェルデモンドさん。今、確か・・・」
「気を抜くな、それと思い出せ。デュラムセモリナにビーム兵器が装備されていたか?」
 ヴェルデモンドの言葉にルースは、はっとなった。
 確かに言われて見ればデュラムセモリナの背中には爆雷と大型ミサイル、それと手持ちの武器は拳銃だったからである。
「伏兵・・・ですね」
 ルースの目つきが鋭くなる。
「可能性は大きい」
 上階から、死闘の下界を見下ろすヴェルデモンドは、ふと対面にある相手側のセコンド席を見た。
 試合開始時には誰もいなかった筈のそこには、人影が見える。
「ヤツは誰だ?」
 腕組みしているらしい影は微動だにしない。
 ヴェルデモンドは、それを見て一つの結論に到る。
「なるほどな・・・」
 彼には現在、ルースが於かれている状況の見当が着いていた。
 ヴェルデモンドは無言でセコンド席を立つと、背後にある厳重に閉じられた扉に手を掛ける。
「何処へ行くつもりです!」
 無線機からルースの声がした。
「これ以上は無意味の様だ。私は帰る事にする。君は勝手にリタイアしたまえ・・・」
「手助けは無用に願います!」
 ルースにはヴェルデモンドが、言葉とは裏腹に自分を助けに入る為に退出するのが良く分かった。
「・・・」
 ヴェルデモンドは無言で、ゆっくりと席に戻った。
「敵は何かの飛行物体を射出した様ですね・・・」
 暗がりに薄く光る尾を引くバーナー炎が見える。
「レーダーには捕らえられず、こちらのロック・オン機能も低下しています。もしや《タンケッテ》・・・違う。もっと素早い無人のマシンですね」
 ルースは高速移動する物体を見ながら、自分の今まで対してきたマシンを一つ一つ思い出す。
「そうだ、あれは《リグ》、《エスコート・リグ》!」
「正解の様だ。先程から現れたセコンド席の奴が遠隔操作してるらしい」
 ヴェルデモンドが言った、その間にも左右からリグの放ったビームがクレイモアを襲い続けている。
「考えたな・・・」
 思わず呟いたルースの声に、ヴェルデモンドの表情が非常時にありながら緩む。
 普通、この場合《卑怯》と云う言葉が漏れてしかるべきだが、ルースは確かに《考えたな》と言った。
 それは彼が紛れもなく彼が《レイヴン》である証拠と言えるだろう。
 食うか食われるか・・・レイヴンとはその様な世界なのである。
 ヴェルデモンドはヘッド・ホンを再び手に取ってルースへと指示を出し始めた・・・


 一方、マリオ側は余裕の会話を楽しんでいた。
「コルテス様、次はどう動きましょうか?」
「次は、こちらが正面から仕掛ける。お前は右からハンド・ガンを連射しろ」
 セコンド席からマリオに向けて、くぐもった声が送られてくる。
 指示通りに動くデュラムセモリナの前に、クレイモアは劣勢にある。
「《奥の手》をお願いしておいて正解でした」
 マリオは下卑た笑いを唇に浮かべる。
「闇アリーナは観客を沸かせた者の勝ちだ。アイザックの坊やには悪いが、我々にも目的があるのでな」
 コルテスは深く沈む様に呟く。
「この五年間・・・俺達は耐えた。その間に一人離れ、一人死に・・・一体いつになれば《奴》を見つけられるのか?」
 首筋に繋いだ毒蛇を思わせる多色のコードで、エスコート・リグを操りながらコルテスは溜息を漏らす。
「奴が動きます!」
 マリオの言葉でコルテスは目を閉じて、コントロールに集中を始めた。
「今は勝ち続けるしか無い・・・」
 そう言ったコルテスの表情は凍てついた氷の様に厳しく閉ざされてはいたが、僅かに儚い悲痛な悲しみを帯びていた・・・


 クレイモアは爪先から火花を散らし、ブースト・ダッシュを開始していた。
「なるべくデュラムセモリナとの距離を開けろ、その上で出来ればガレージのコーナーに位置を取れ」
「やってますよ!」
 ルースがきつい口調で反論する。
「背後と右を壁でガードするんでしょ?」
「それが分かっていて何故しない!」
 ヴェルデモンドが、痺れをきらせて怒鳴る。
 その間にエスコート・リグのビームをクレイモアは肩に受け、付け根からオイルが吹き出した。
「くっ、何て正確な射撃なんだ!」
 額から流れる血が左目に入るのを気にしながら、ルースはスティックを左右に振り、ペダルを踏み込む。
 ほうほうの体でクレイモアが壁を背にした時、機体は満身創痍の状態であった。
 コクピットのワーニング・ランプは三分の一が赤に変じている。
 上階では、客達が総立ちで歓声を挙げていた。
 よそ者のクレイモア劣勢の上に、エスコート・リグの登場だ。これで、沸かない訳が無い。
 暫くして、壁際でガードしながら電力供給の回復をクレイモアが行っている矢先に、暗闇からオレンジ色のバーナー炎が近づいて来る。
 ダッシュし続けていたクレイモアに大型ミサイルの追い打ちが掛けられたのだ。
「ここだ!」
 ルースはスロットルを全開にした。
 クレイモアのブースターが、甲高いターボの金属音で闇を切り裂いて行く。
 デュラムセモリナの放った大型ミサイルが、それを追う。
 正面の柱の陰から、エスコート・リグがクレイモアの脚を狙って姿を見せた。
「今だ。機体を振って回避しろ」
 ルースはヴェルデモンドの指示通り機体を傾けた。
 強烈な横加圧がルースを襲う。
 エスコート・リグが放ったビームが、狙い外さずクレイモアの膝間接を撃ち抜いたと同時に、姿勢を崩して傾斜したクレイモアの肩口から、デュラムセモリナの大型ミサイルが、反応仕切れず飛び出した。
 直進するミサイルの先には、再び柱へと隠れようとしていたエスコート・リグがいる。
 クレイモアが転倒する鈍い振動と共に、エスコート・リグはミサイルの直撃を食らって爆発した。
「何だと、信じられん!」
 マリオは奇想天外なルースの回避方法に驚愕した。
 そして、ゆっくりと左膝を庇いながら立ち上がろうとするクレイモアを見て怒りを露にする。
「この野郎!!」
 デュラムセモリナは持ち前の高機動を活かして、一気に距離を詰めて行く。
「ふざけやがって!」
 クレイモアの頚部を狙い、ブレードが装備された左腕を掲げて軽く飛翔するデュラムセモリナもまた、コアの装甲が、醜くはげ落ちて一部の内部機器が露出していた。
「これが・・・これが最期だ!」
 ルースはレバーを押し出して、グレネードの砲身を真下に向け発射ボタンを押す。
 強烈な爆裂音がして、クレイモアを火球が包み込む。
 同時に、間近に迫っていたデュラムセモリナも炎の洗礼を浴び、爆風で天井へと叩き衝けられる。
「や、やっぱりコイツは・・・クレイジーだ・・・」
 コアの機器を滅茶苦茶にされた、デュラムセモリナが黒煙を挙げて天井から落下した。
 地面との激突のショックで四肢が四散する。
 シルバー・メタリックの装甲が見る影も無い状態になってはいたが、クレイモアは未だ稼動可能で、ライフルを地面に捨て、柱に手を掛けながら立ち上がった。
「だから言ったろ、装甲で勝っているって・・・」
 肩で息をしながらルースが呟く。
 突然の大盤狂わせに、アリーナは水を打った様に静まり返っていた。
 マリオのセコンド席のコルテスは、首のコードを引きちぎる様に抜くと、血走った目でクレイモアを見る。
「アイザックの小僧・・・ナメやがって、次は必ず俺が殺してやる・・・」
 コルテスの振り下ろした怒りの拳は、卓上に置かれた端末を粉々に砕いた。
 それとは対照的に、無感動でルースの勝利を確認するとヴェルデモンドは何も言わず、背後のドアから足早に退出して行く。
 紺色のスーツの背中が上階へと差し掛かった頃、その背後で、試合終了を示す割れた音色のサイレンがけたたましく鳴っていた・・・



「今日は楽しかったね」
 茜色に照らされた人工の西日を浴びながら、少女は笑顔で振り返った。
「ああ、昨日は急な仕事が入って、約束破ってすまなかったな・・・《カリレア》」
 親娘は今日最後に乗った観覧車のドアを潜った。
 幾分、高い段差を少女は両足を揃え、飛ぶ様にして降車すると父親を見ながら、きつく目を閉じて何度も小さな首を振る。
「パパは、ちゃんと今日に守ってくれたから。それに昨日、雨が降る予定だったから『今日がいいな』って思ってたの」
 父親は優しい視線を娘に向け、静かに頷く。
「さて、帰ろうか。ママはどうした?」
 娘はキョロキョロと辺りを見回すと、傾いた眩しい夕陽の中に、手を振りながら歩いて近づいてくる母親の姿を見つけた。
「ママ、ここよ!」
 駆け出した少女を見て、父親が転びやしないかと、心配そうに後を歩き出した時、懐から無粋な電子音が鳴り響く。
 父親は上着から携帯ナーヴを取り出して、通話のスイッチをオンにする。
「私だ・・・」
「《ヒューイ》さん。僕です」
 受話器から流れて来た声は若い男のものだった。
「《奴》への挑戦をしておきました」
「それで、いつになる?」
 転ばずに無事、母親のスゥェードのスカートの裾へと辿り着いた愛娘を見ながら父親は言う。
「丁度、一ヶ月先の金曜日・・・場所は連立都市郊外のゴースト・シティに決定しました」
「了解だ。地図などの詳細は携帯に転送してくれ」
 そう言って父親が早々に会話を終えるべく、通話をオフにするスイッチに指が振れた時、若い男の声が話を続けた。
「ナーヴでのやり取りは、この我々の独自回線でも、ネスト等による盗聴の恐れがあるのでマズいです。近々使いの者を寄こしますので詳細は、その者に・・・」
「分かった」
 通話が切れ、父親は携帯ナーヴを懐へと戻す。
『ゴースト・シティか・・・』
 眉間に皺を寄せ、父親は思案を巡らす。
「パパ、何かあったの?」
 父親が、はっとなって前を見ると、母親に手を引かれた娘が心配そうに父親を上目遣いで見ている。
「あ、いや・・・何でもない。仕事の事でちょっとしたトラブルがあっただけだ」
 焦って言った父親の姿が映る母親の瞳は、何もかも分かったかの様に優しく微笑みかけていた。
「さて、カレリアの好きなハンバーグでも食べてから家に帰るとするか・・・」
 嬉しそうにはしゃぐ娘の右手を父親が握り、左手は母親に繋がれ、幸せを絵に描いた様な三人の家族は暮れかかる頃、帰宅の途に着いた。
 その後ろで大きな観覧車が回っている。
 昇り行くゴンドラの一つに、頭に白い包帯を巻き、右手で携帯を弄んでいる若い男が、優しそうな視線で去り行く三人を見送っていた。
「復讐か・・・」
 若きリップル・ボスは、きつく目を閉じると手にした携帯ナーヴのアンテナを仕舞って西の空を見る。
 そこには、ただ、人工の夕焼けに色を無くした街が広がるばかりであった・・・



『MISSION 7 完』


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