ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 8 〜 研究倉庫死守 〜


 雑な気候管理による準市民街特有のプログラムに無い人工雨の降る歓楽街の大通りは、今夜も毒々しく照るネオン・サインとすえた様な腐敗臭が来る者を出迎えていた。
 道行く人々は皆、一応に怪しい姿をしており一見して臑にキズを持つ人間だと分かる。
 その雑踏の中、ラスティは傘もささず、両手をジーンズのポケットに入れながら俯いて歩く。  道を行く車のヘッド・ライトが、その姿を激しく照らしては長い影を落として走り去って行った。
 ふと、俯いていたラスティの視線が、ある地点で上へと向く。
 その見上げた視線の先には、派手な看板の隙間に埋もれる様にして、一軒の小さな宝石店が存在していた。
「ここにするか・・・」
 暫く看板を見上げて呟き、ラスティは小さく頷いた後、歩き出すべく再び前へと出した脚へ不意に当たる物があった。
「あっ、これは失礼」
 ガラスのショウ・ウィンドウの前に立っていた背広姿の男がラスティへと謝罪する。
 どうやら、この男の持っていた黒い革製の鞄が振り返った拍子に当たったらしい。
「いえ・・・大丈夫です」
 先を行く気にケチをつけられて、ラスティは不機嫌そうに呟いた。
 ラスティは男に一瞥もくれず、雨に濡れて張り付いてしまったベロアのハイネックの首元を直しながら、軽く会釈する黒縁の眼鏡の男を後目に歩き出す。
 そして、後ろを振り返りもせず、ゆっくりと歩いて宝石商の敷居を跨いだ。
「いらっしゃい・・・」
 狭い店のカウンターには七十過ぎの老婆が安楽椅子に腰掛け、無愛想な表情で彼を出迎えた。
 店内は小汚く、味気ない生コンクリートの外壁は所々に飛び出したワイヤーが覗いている。
 ラスティは所狭しと並べられた商品を見回す。  端から順にラスティの瞳が値踏む様に泳ぐ。
 やがて彼の視線は、無造作に置かれた一つの指輪へと止められた。
「これを・・・」
ラスティは迷う事無く、ショウ・ケースに収められてすらいない、小さなアクア・マリンの銀製のリングを指さす。
 値札には雑な字で100コームと綴られていた。
「ほほう、あんた見掛けによらず目利きだねぇ」
 老婆は嬉しそうに、皺くちゃの頬を緩ませた。
「長年この仕事をやってると、タマにお客を試してみたくなる・・・こうしてガラス・ケースに贋作を入れてみたり、天然石が付いた商品をぞんざいに置いたりねぇ。あんた何故、これを選びなさった?」
 ラスティは軽く目を閉じると、溜息まじりで面倒臭そうに老婆の質問に答える。
「一瞬だが、貴方がこの指輪を見たからだ」
 老婆は満足そうに何度も頷くと、ラスティへと銀の指輪を放り投げた。
「坊や、持って行きな」
 ラスティは指輪を受け取ると、小さく首を横に振り、今度は老婆へとコイン・トスする。
「これはタダでは貰えない」
 ラスティが、そう言って振り返って店を出ようとすると背中に老婆が優しく言葉を掛けた。
「余程、大事な人への贈り物なんだねぇ」
「・・・ああ」
 ラスティは振り返って老婆を見る。その眼差しには僅かに暖かい物が宿っていた。
「その人の名を聞いてもいいかい?」
 老婆はまるで自分の孫に問い掛ける様な口調で、ラスティに尋ねる。
「フィオリエ・・・《フィオ》だ・・・」
 ラスティは、一言だけ答えると指輪をポケットに仕舞い俯いて店を後にする。
 残された老婆は、何度も何度も頷いて目を細めながらラスティを見送った。
 老婆の小さな動きに安楽椅子が揺れる。
 去り行くラスティの耳には何時までも、その暖かい音が心地よく鳴り響いていた・・・


 《連立大学所有》と書かれた看板の立つ、小高い丘で土砂降りの中を駆ける若い男が居た。
 頭上にファイルを翳して雨が眼鏡にかからぬ様にしてはいるが、遠く離れた大学の校舎から走って来た彼の視界は徐々に滲んで行く。
「サカキ君、こちらだ!」
 激しい雨音にかき消されぬ様、窓から顔を出す禿げた小太りの男は大声で彼を呼ぶ。
 道中、最後の水たまりを軽くジャンプで飛び越えて、若い男は白く塗られた壁の巨大な倉庫へとたどり着いた。
「急な用事って何ですねん、教授・・・」
 若い男は、頭にかかった水滴を無造作に払いながら、きつい西部訛りのイントネーションで不満そうに言った。
「サカキ助教授、君に会いたいと言う方と、見せたい物があるんだ」
 白衣の禿げた教授は渋面で答える。
「僕に会いたい人と、見せたいモンですて?」
 完全に水を含んで倍の重さになってしまった白衣を脱ぎ、纏めて左腕に掛けながら若い男は怪訝な表情で教授を見る。
 教授は簡素なスチール製のドアを開け、体育館の倍程もある巨大な倉庫へとサカキを導く。
「入り賜え、この中に《見せたい物》がある」
 サカキは釈然としない気分ではあったが、正直倉庫の中身には興味をそそられた。
 この離れの倉庫が閉鎖となり、一部の者しか立ち入る事が禁じられてから半年になる。
 学生はおろか教員からも有らぬ噂が流れ、サカキもかねてより、何をしているか気にはしていたのだ。
「ほな、取り合えず見るだけでも・・・」
 と、言ってドアを潜ったサカキが目にした物は、信じられない程巨大な《機械》 であった。
「教授、これは一体!」
 サカキが驚愕の声を挙げた。
 そこには全長20メートルは有ろうかと云う、金色をした機械が横たわる様にして存在していたのだ。
 それは未だ完成してはいない様で、所々に艶のない地金の部分が剥き出しになった内部機器が生物の臓器を思わせる配置で置かれている。
 幾つかの配線やケーブルも繋がれてはおらず、重力に従って下へと垂れていた。
「何でこんなモンが構内にあるんです。それにコイツは何ですねん!?」
 サカキは小さな眼鏡から、はみ出る位に目を見開いて教授へと問い掛ける。
「これは《ゴンドラ》と呼ばれていた機械のレプリカだ。理事長の指示でここで制作している」
「ゴンドラ?・・・何する機械ですコレ?」
 濡れた頭を掻きながらサカキは、ゆっくりと金色の巨大な機械《ゴンドラ》へと近づいて行く。
「君がそれを知る必要は無い」
 サカキの横あいから、教授とは違う掠れた初老の男の声が広い倉庫の壁に響く。  振り返ってサカキが声のした方向を見ると、そこには一人の男が車椅子に乗っていた。
「誰です、あの爺さん?」
 小声でサカキは耳打ちして教授に問う。
「《ドクター・ストラット・ランベル》だ、知らんのかね?」
 教授の答えにサカキは彼の事を思い出した。 『確か・・・テロ絡みか何かで、ガードに追われてアヴァロン・バレーから流れてきた亡命科学者だったかいな?』
 サカキは長身を折り曲げる様にして、ドクターへ深く会釈をする。
『確か・・・コイツは兵器開発の第一人者だった筈や、と云う事は、この《ゴンドラ》っちゅうヤツも焦臭いモンちゅうワケやな・・・』
 深く頭を下げたサカキの目は鋭く細められていたが、当然誰にも気取られはしない。
「君が《サカキ・マティン》助教授だな」
 低い車椅子のモーター音を起てながら、ドクターはサカキへと近づく。
「そうですが、僕に何の様です?」
  顔を上げ、サカキは大仰に首を傾げて見せた。 
「この書類にサインして貰いたい」
「はぁ?」
 ドクターが差し出した、時代遅れも甚だしい熱感紙でプリントされた書類をサカキは受け取る。
 そこには《短期契約書》と書かれていた。
「何を僕にやらそうっちゅうんですか?」
 大方の予想は付いていたが、サカキは白々しく眉を顰めて問う。
「これの警護を君に依頼するのだ」
 ドクターの言葉にサカキは乾いた作り笑いをする。
「一介の職員の僕に何故頼まれるんです。それならナーヴを介して《レイヴン》っちゅう奴等にでも依頼すれば宜しいんでは?」
 その言葉にドクターの視線が厳しい物になった。
「知らんとでも思っているのかね、連立都市25位のランカー・レイヴン《グリマルキン》君・・・」
  サカキの瞳が冷たい殺気を帯びてドクターを見る。
「何もかも、ご存じやっちゅう事ですね。」
「そうだ。どの道断れないが、とにかく契約の内容を確認する為、一応書類を見たまえ」
 サカキは溜息混じりで、ざっと書類に目を通す。
  拘束時間は《ゴンドラ》が引き取りに来る企業に渡される予定の十三時間後まで、報酬は三千コームとなっている。
「三千ですて、安過ぎでっせコレ!」
サカキは呆れた様に口を開ける。
「一応、僕はランカーなんですわ。一万以下の仕事なんてココ数年、受けた事ありませんけど・・・」
「理事長の許可は得ている。今まで出自や素性の怪しい君を雇って、助教授なとど云う職に就けたのは彼のお陰だと聞いているがね」
 ドクター・ストラットは、そう言ってサカキの発言に取り合おうとはしないかの様に元に居た場所である奥の端末へと車椅子を移動させる。
「はぁ・・・《恩返し》っちゅう事ですかいね?」
 サカキは横に居る、禿げた教授に向かって呟いた。
「もう一人、援護のレイヴンも要請してある。とにかく頼むよ《グリマルキン》君」
  教授の嫌みたっぷりな言葉に、サカキは肩を竦めて大きな溜息を吐いた・・・


 丘の上の巨大な倉庫を遠くに見上げる廃棄されたガード基地跡に三機のA・Cが待機していた。
 それぞれが独特の形状をしてはいたが、目立たぬ様に機体色と同色でカービングされたエンブレムは揃いの物である。
 薔薇の花に《S・C》と刻まれた、その紋章はネスト子飼いの暗殺破壊集団《スレイヴ・クロウ》以外の何者でも無い。
 一機はブルーグレーに白いストライプの軽量級に属する細身で、隣の一機は黒いA・Cであり最大の特徴は通常、A・Cが持つ事の無い巨大な《盾》を左腕に装備している事であった。そして、モス・グリーンの四脚タイプがいる。
 三機は一様にコクピット・ハッチが開いており、足元に搭乗者と思しき男達が立っていた。
「そろそろ突入時刻だ」
 真ん中の金髪の白人が腕時計を見て言った。
「こんな《デク人形》で大丈夫なのかよ?」
 左端に立つグリーンのコートを羽織った男が、手に持った褪せた金色のリボルバーで、目深に被った帽子を上げて呟く。
「これだけの数なら、並のレイヴン如き居ないのと同じだろう・・・」
 最後に、苦しく喘ぐ様な口調で病人を思わせる青白い肌をした男が言う。
 彼らの目の前には五機の無人A・C《ハンター》と、同じく一機の《ハリアー》 が並んでいる。
 塗色は暗いグレーで統一され、他の五機を指揮する機であるハリアーのみにオレンジのストライプが入れられていた。
「最悪でも、弾薬を消費させられて有利にはなる」
 金髪を掻き上げながら、真ん中のリーダー格らしい男が呟く様に言った。
「だが《ゼファー》の旦那、ここまで周到にやらなくても大丈夫なんじゃ無ぇか?」
 そう言ったコートの男はクルクルと拳銃を回して、退屈そうに愛機に背を預け欠伸混じりだ。
「おい《ゴディバ》安全装置を掛けろと言ったのを忘れたのか?」
 鋭い視線を金髪の男ゼファーはコートを羽織ったゴディバへと向ける。
「ネスト直々の指示だ・・・逆らう事は出来ない」
 両者の掛け合いに割って入る形で、病的な男が断定する様に言う。
「《デリンジャー》の言う通り、直命は絶対だ」
  ゼファーは、そう言いながらヒビ割れたアスファルトの地面に置かれた装置のスイッチを入れる。
  低い作動音が装置からすると同時に、ハリアーの頭部に取り付けられたレーダ・ブレードが、昆虫のの触覚の様に小さく動き始めた。
 装置のディスプレイには倉庫までの詳細地図が映し出されている。
 小高い丘の上の倉庫の三方向は人工河川で遮られており、唯一この廃棄基地から反対側に位置する都市側のみが陸続きであり、市道が通っている。
「要害の地だが、逆に言えば逃げ場は無い」
 そう言って、ゼファーは横に控えていたゴディバに装置の正面を譲る。
「正面から行くぜ《陽動》は派手にやらねぇとな」
 ゴディバはディスプレイの画面情報に指で触れ、次々と命令を打ち込んで行く。
「二時間経過、もしくはハンターが二機以下になったら引き上げろ、指揮機のハリアーがやられても同様にするんだぞ」
 立ち上がったゼファーは念を押す様に、ゴディバを指さして彼の愛機である《ヴィクセン・タイプ》の《オー・ド・シェル》へと向かう。
 デリンジャーも、その後を追う様に、ゆっくりと自機《ニーズホッガー》に足を向ける。
「へっ、しっかりな《カロン》の旦那ぁ」
  画面から目を離す事無く、小さな声でゴディバは去り行くデリンジャーに声を掛けた。
「貴様・・・バラせば命は無い物と思え、と言った筈だが死にたいらしいな」
 デリンジャーは凍てつく様な冷たい視線で、ゴディバを睨む。
「分かってるぜ、黙ってた方がオレにもメリットは多んでね。余計な心配すんな、 只のジョークだよ」
 そう言ってゴディバは懐から銀紙に包まれたチョコ・バーを取り出して口に食わえる。
「お前こそ余計な事を言うな・・・次は殺すぞ」
 ゴディバは、その発言に大仰に肩を竦ませる。
「お〜コワいねぇ」
 毒ずくゴディバを後目に、デリンジャーは眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちすると再び愛機へと進んで行く。
「我々は手はず通りに三十分遅れで現地を強襲する。動きを察知されぬ様に出来る限り注意をそらせ!」
 オー・ド・シェルから拡声器を通したゼファーの声が響く。
 デリンジャーはコアから垂れた乗降用ワイヤーを使ってコクピットへと乗り込んだ。
 シートに深く身を沈め、四点式のベルトで体を固定し、機体のメイン・スイッチをオンにする。各メーターの、ほの白い明かりがデリンジャーの色素の失せた肌に照る。
 デリンジャーは目を閉じて機体の状態を意識した。
 彼の感じる限り、機体に異常は無い。
「こちらも準備完了だ・・・」
「良し、では実行を開始する」
 オー・ド・シェルとニーズホッガーの背中から、高熱の噴流が吐き出され、廃棄基地の濡れたアスファルトから蒸気が起ち昇る。
 二機のA・Cは滑る様にして、東へと駆け出す。
「ヘイ・ベイビー達、お散歩の時間だぜ」
 遠隔装置でゴディバの操るハリアーは高々とジャンプして、一路北へと進み行く。
  その後を追う様にハンター達が次々と続いた。
「《ウェンズディ機関》でチューン・ナップされたオレの能力を見せてやるぜ!」
 頚にハーネスとコードを大量に差し込んだゴディバは声高らかに笑う。
 その時、雨が一頻り強く降った・・・


「教授、助っ人はまだですか?」
「この雨で遅れているらしい、暫く待ってくれ!」
 グリマルキンこと、サカキは姿勢を低くしたA・Cのコクピットのバルジに足を掛けながら、首を捻った。
「はぁ・・・ええかげんな話やな」
 雨に濡れた頭を掻いて、サカキは一人愚痴る。
「せやけど、A・Cまで運んできてるとはなぁ」
 自らの愛機《呪法猫》のネイビーブルーの厚い装甲板を撫でながら、サカキは感心するとも呆れるともとれる呟きを漏らす。
「サカキ君、実は・・・」
 教授は神妙な口調でサカキへと話しかける。
 だが、機体のチェックで忙しい彼の耳には届いてはいない様子であった。
「何か言いましたか教授?」
「いや、実はサカキ君・・・」
「ん?」
 サカキは起動前の機体チェックの合間、ふと目にしたコクピットのディスプレイに映るレーダーを僅かに掠める反応がある事に気付いた。
 その数は六機、規則正しい編隊を組んでこちらに急速接近して来ている。
「助っ人をアテには出けへん様やな・・・」
 サカキの瞳が、雨に濡れた眼鏡の奥で鋭くなった。
「教授、離れてて下さい。どうやら強盗のお出ましらしいですわ!」
 そう言って、コクピットに身を屈めて乗り込んだサカキは呪法猫のメイン・スイッチをオンにした。
 次々とコクピット内のメーター照明やディスプレイが点灯して行く。
「油圧、発電量、充電量は異常無しやね、さて返り討ちといきますか!」
 サカキは左手のスティックを手前に引き上げ、ペダルを踏み込みスロットルを開く。
 呪法猫は鳥類の様な逆間接の膝を素早く伸ばし、直立姿勢をとる。
 サカキは細かく修正を繰り返す計器を、目で追いながら機体の状態を把握して行く。
「良し、戦闘モードにシフトや」
『リョウカイ、セントウモード、キドウ』
 コンピュータの合成ボイスと共に、武装のセーフティ・ロックが外され、乾いた金属音を起て、ターボ・ジェットが作動し出す。
「助っ人はアテに出来へん様やし、キツ目のミッションになりそうやな・・・ほな、行くで!!」
 自らに激を入れ、サカキは進入機を迎撃すべく南側の人工河川へと向けて、ブースト・ダッシュを開始し始めた。
「サカキ君、済まない・・・」
 遠ざかるA・Cを見送りながら、心配そうな面もちで、禿げた教授は深々と頭を垂れる。
 その手には潰れる位に強く握られた小さなデジタル写真が握りしめられていた・・・
 濁流と化した人工河川は深さを増して、A・Cの膝位までになっている。
 二百メートル程の川幅を夾んで、サカキの呪法猫と人工知能兵器部隊は睨み合う。
「なんや《メンシェン・イェーガー》かいな・・・MT乗ってた時は泣かされたけど、A・Cに乗ってる今は敵や無いなぁ」
 サカキは対岸に見える敵機体を確認して言った。
 ハリアーなどの人工知能搭載機を一部の人間は《カオス》と開発コードネームで呼ぶ者がいる。
 もう一つの呼び名《メンシェン・イエーガー》と呼ぶ者は、A・C誕生前のMT時代より続くレイヴンよりも古い傭兵集団に属した者か、それに関わった経歴の持ち主だけだ。
「ほな、軽く捻ってやるか」
 サカキは既にロック・オン済みの表示を見て、トリガーを引き、肩の大型ミサイルを集団先頭のハリアーに向け射出する。
 ミサイルは、薄いジェット排気の尾を引きながら目標に一直線に飛ぶ。
 ハリアーはミサイルを十分に引きつけてから急激なジャンプを行い、空中で身を捩って回避した。
 その隙に、残りのハンター達は一斉に堤防を駆け下り河川へと進んで行く。
「ちっ、囮になるっちゅうんか!」
 サカキも素早く機体を宙に舞わせ、頭上から右手のマシンガンを直進するハンターへ浴びせる。
 集団に降り注ぐ様に銃弾が迫り、水柱が起つ。
「食らえ」
 肩武装のリロード・シグナルを確認したサカキが再度、大型ミサイルを射出した。
 一瞬にして身動きのままならぬ河川に足を捕られたハンターの一機が直撃を受け、後方へ弾かれる様に崩れ落ち沈黙する。
 それを確認する間も無く、上方の警戒アラームがコクピットに鳴り響いた。
「囮の親玉やな」
 サカキは上を目視する事無く、予想で機体を急降下させてハリアーのパルス弾を回避した。
 続けて前方よりミサイル接近の警告音。
「当たるかいな、そんなモン」
 着地の瞬間、呪法猫は軽くブースターを噴かせ、左へとスライドする様に位置を変えた。
 そしてミサイルを中心に、弧を描く動きで機体正面に位置するミサイル迎撃用機関砲の作動レンジへと敵弾を収める。低いモーター音と軽い振動がコクピットに伝わると同時に敵ミサイルは灰燼と化す。
「あと五機やな、渡られたらオレの負け、食い止めれば勝ちや・・・キツイけど、 しゃあないな」
 サカキはコクピットで薄く笑った。
 この男は根からのレイヴンである。危険が迫ればゾクゾクする一種の快感を覚えるのだろう。
 こちらには地の利が、敵には数の上での有利が存在する。条件は五分かサカキが若干不利となる。
「もう一発や!」
 大型ミサイルが呪法猫より発射された。
 即座にサカキは武装セレクターをマシンガンに合わせ、追い討つかの様に射出する。
 先頭のハンターは、ようやく腕に内蔵されたマシンガンの射程距離に到達し、濁流から腕を上げた所でミサイルを食らって激しく装甲の破片を飛び散らせる。
 黒い煤を吐き出す開いた装甲の隙間に呪法猫のマシンガンが集中して、先頭のハンターは炎を噴き出しながら、茶色く濁った河の流れに前のめりになって倒れ込んだ。
「二機目ダウンや、そろそろ決めるで!」
 そうサカキが言った瞬間、空中にいたハリアーが水飛沫を上げながら、河川の中程に着地した。
「もらった!」
 チャンスとばかりにサカキはミサイルを射出する。
 高々度着地で沈み込む機体を狙った一撃は、最も命中確率が高く絶好の攻撃点だ。
 更に相手の足元は流れの速い河川ときている。
「駄目押しっ」
 サカキはロックしたばかりのミサイルを重ねて撃ち出す。
 二発も直撃すればハリアーの薄い装甲など容易く弾け、タダでは済まない甚大な被害を与えよう。
 悪くとも、他のハンターを統率する指揮用のアンテナ・ブレードは、ほぼ確実に破壊可能だ。
「良し、命中やで!」
 コクピットでサカキの口元が緩んだ。
 しかし、ヒットする瞬間、敵側に異変が起きた。
 ハリアーのすぐ後ろに控えていたハンターが、指揮機であるハリアーを押し退け、ミサイルとの間に割って入ってきたのである。
「何やて、そんなアホな!」
 思わずサカキは正面ディスプレイへと身を乗り出す様にして叫ぶ。
 画面には二発のミサイルが生み出した爆炎が映し出され、どうなったかは確認が出来ない。
 仕方なくサカキは、左に位置する残りのハンターの足元を狙ってマシンガンを発射する。
 これは狙い通り、ハンターの脚部装甲を削り取り歩行速度を大幅に低下させた。
 サカキがカメラをハリアーのいた場所へと戻すと、鉛色した河から、姿勢を低くしていた後ろ側の機体がゆっくりと立ち上がる。
 頭部の無い扁平した胴体部には、横に向けて取り付けられた大型の情報伝達用アンテナ・ブレードが小刻みに動いている。
 紛れもなく、それは指揮機ハリアーであった。
「ちっ、逃してもうたな・・・」
 サカキは小さく舌打ちして、ずれた眼鏡の位置を親指で直す。
『まてや・・・コイツら何かが変やぞ。人工知能兵器は所詮、自己生存理論で動いてるハズやのに、なんで今、雑魚は親玉を庇う様な動きしたんや?』
 過去、サカキが対してきた無人兵器達は、戦略的な動きをする知能は有していたが、瞬時に己のポジション状況を把握して僚機を庇う様な人間的な行動を示した事は皆無であった。
『そうか・・・何や、あのハリアーも誰かが遠隔操縦しとおるんか・・・道理で動きが巧みなワケや』
 完全に立ち上がり、機体から水の滴るハリアーからパルス・ライフルが放たれる。
 呪法猫は、横へのブースト移動でそれを回避し更に、先程の脚を狙ったハンターへとミサイルをロックさせて発射し、ここで初めて前方へとダッシュを開始した。
 理由は一気にブレードでカタをつける為だ。
 呪法猫には最高の出力を誇る《LS-99-MOONLIGHT》を左腕に装備している。
 接近兵器を持たぬハリアーに効果は絶大で、一方的に切り刻む事が出来るのだ。
「手こずらせやがって、楽にしたるで」
 サカキは徐々に大きくなる正面モニターのハリアーを見ながら、唇を軽く舐めた。
「終わりや!」
 そう叫んで、サカキがスティックのトリガーに指を掛けた瞬間、異変が起こった。
 ハリアーの脇からハンターが高々とジャンプして、今まさにハリアーに止めを刺そうとしていた呪法猫を飛び越して行ったのである。
「しもた、罠やったんか!」
 堤防を越えられれば、倉庫は目前であり無防備な施設は格好の的にしか過ぎない。
 即座にサカキは振り返って、宙に浮くハンターへとサイトを合わせ武器セレクターをミサイルへと切り替える。 「ちっ、ロックが間に合わへん」
 愛機の目標検索アラームが鳴ってはいるが、ロックを示す表示は一向に出ない。
 更に敵の眼前で振り返ってしまった呪法猫にハリアーの攻撃が放たれる。
「コイツを倒しても倉庫は守れへん・・・」
 ハリアーの攻撃を意にも介さずサカキは、ようやくロックしたミサイルを発射した。
「当たれや・・・頼むで!」
 食い入る様に弾道をサカキは見つめた。
 迫り行くミサイル・・・降下するハンター。
 ハンターが堤防の上へと着地した。
 その後ろをミサイルが追う。
「当たりや・・・」
 長年の経験から、この状態ならばサカキには命中が予想出来た。
 背中からは、ハリアーが狂った様にパルスを連射してきている。
「黙れや、このデク人形が!」
 サカキはブレードを呪法猫に振らせた。
 連続して一千度強のガス・レーザーがハリアーをズタズタに切り裂いて行く。
 ここで、ハリアーは予想だにしない行動に出た。
 堤防のハンターが着地する地点にパルス・ライフルを撃ち込んだのだ。
 足元が崩れ落ち、姿勢を崩したハンターの頭部スレスレを呪法猫の放ったミサイルが掠めて行き、必中と思われた攻撃は避けられた。
 内部機器を露出して、掛かった雨にショートしながら呪法猫の足元にハリアーは倒れる。
 水飛沫を浴びながら振り向いた呪法猫を、あざ笑うかの様にハンターは倉庫を目指して飛び上がる。
「また罠か、鬱陶しいヤツ!」
 サカキはハンターへとマシンガンを乱射するが、距離が有り過ぎて命中はしない。
「こらヤバイ、間に合わへんで!」
 呪法猫はジャンプで堤防を乗り越えようと姿勢を低くする。
 だが堤防と倉庫は程近く、ハンターの攻撃開始までに追いつく事は、もはや絶望に近い。
 現実、ハンターは両腕を上げ、腕に取り付けられたマシンガンの狙いを定めた様子だ。
「アカン、間に合わん!」
 サカキが叫んだ瞬間、突然にハンターが目映い光に包まれた。
 激しい閃光と轟音の中でハンターは溶ける様にして、原型を失っていく。
「何や・・・どうしたんや?」
 サカキがレーダーの表示を見ると、そこにはピンク色の小さな点が映し出されている。
「この反応はフレンドリーの表示・・・助っ人か!」
 光の弾丸はハンターの爆発と共に収まった。
 宙をハンターの左腕が、光の放たれた方向へと落下して行き消えた。
 堤防の向こうから、低い作動音がして、不意に二つに裂かれた左腕が再び宙へと舞う。
 重々しい音を起て、地面へとめり込む様にして着地した左腕の後ろから錆色のA・Cが現れた。
「寿命が縮まるでホンマ・・・ヒヤヒヤしたで」
 安堵の溜息を漏らしながら、サカキは体をシートに深く埋まった。
「遅かったなぁ、あ〜・・・」
 そう言いながら、サカキは機載コンピュータで、目の前のA・Cとレイヴンをモニター検索する。
「《ラスティ》だ」
 コンピュータの解析を待つよりも早く、錆色のA・Cから通信が入る。
「遅かったで、何しとったんや・・・」
 サカキの言葉に、ラスティは無言だ。
「まぁ、結果オーライっちゅうトコロやな。一端、倉庫の方へ戻るで、弾の補充をするさかいな」
 錆色のA・Cは無言で倉庫の方へと振り向く。
「陰気な奴っちゃなぁ・・・」
 ジャンプで呪法猫に堤防を越えさせながら、前を行く愛想の無い相手に、コクピットでサカキは一人愚痴た・・・


 二機のA・Cは倉庫近くの空き地で、弾薬の補充を開始した。
  錆色のA・Cは、前に膝を折る様にして低い姿勢となった呪法猫のバック・ウェポン・ラックへ新たな大型ミサイルを取り付けている。
 サカキの判断で補充するよりも、パーツごと交換する事にしたのだ。
 確かに、この方が時間のロスを抑えられる。
 A・Cのコア思想ならではの補給である。
 一方の錆色のA・Cは補給を行わない様子であり、濡れた草へと片膝を着いて、 ジェネレイターをカットしてしまう。
「何やアイツ、不精な奴っちゃな・・・」
 慣れた身のこなしでコクピットから素早く降りたサカキは隣りに停止した錆色のA・Cの前に立つ。
「おい、補給はせえへんのか?」
 見上げる様にコクピットに向かってサカキは叫ぶ。
「キャノンの触媒は無いケド、手持ちのマシンガンのマガジンは共通やさかい、交換出来るで」
 サカキは提案するも、相変わらず錆色のA・Cからの返事は無い。
「寝とるんとちゃうか?」
 愚痴りながら、振り向いたサカキの後ろでコクピットのハッチが開く空気が漏れる様な音がした。
 気付いてA・Cへと振り返ったサカキは、少々面食らう。
 何故ならコクピットから出てきたのは、何の変哲も無い普通の格好をした青年だったからである。
 黒いベロアのハイネックにジーンズを履いた、十代後半と思しき年齢の容姿は派手好きの多いレイヴン特有の特徴らしき物は一切見あたらない。
「何や、A・Cと揃って地味な奴っちゃな・・・」
 サカキは頭上にいる地味な青年に向かい、やや大きな声で話しかけた。
「手間かけて済まんな。お前のA・Cの補給は、せんでエエのか?」
 問いかけに青年は黙って頷くだけだ。
 レスヴァークはマシンガンを使ってはいない。
 先程のサカキの位置からは見えなかったのだ。
「《ラスティ》やったな、オレは《グリマルキン》っちゅうんや、訛りがキツイかも知れへんけど、よろしゅう頼むわ」
 出来うる限りサカキは陽気に振る舞うが、ラスティの方の態度に変化は無く相変わらず首を縦に小さく振っただけで一言も会話しようとはしない。
「ホンマ暗い奴やなぁ」
 はき捨てる様にサカキが言った時、不意に俯いていたラスティが顔を上げる。
「来る・・・東から一機と西から一機だ」
「何やて?」
 呟く様なラスティの声を聞き取れなかったサカキが問い掛けるよりも早く、ラスティはコクピットへと搭乗した。
「おい、どこ行くねん!?」
 ジェネレイターの低い稼動音が響きわたる中、サカキはレスヴァークへと近づきながら叫ぶ。
「東へ向かえ、敵の第二波が来る」
 拡声器を通してラスティの声がレスヴァークから聞こえた。
「それで、お前はどこ行く気や?」
「西からの敵へ向かう・・・挟撃の様だ」
 そう言い残しレスヴァークは、西へと向かって歩き出す。
「あいつ何で敵が来るのが分かったんや?」
 姿勢を低くした呪法猫に乗り込みながら、サカキは呟く。
「もしかして・・・アイツはプラスか?」
 サカキの瞳が鋭く細まり、研ぎすまされたカミソリの様な光を湛える。
「まぁ今はエエ・・・それより敵が先や」
 そう言ってサカキが乗り込んだ呪法猫は、前へ折っていた膝を元に戻し、東へと向かってブースト・ダッシュを開始した。
 偽りに降る人工雨が一際きつくなり、水柱を挙げて遠ざかる二機の姿が煙って行く。
 辺りは夕闇が次第に濃くなっていた・・・


「ゴディバは失敗したか・・・まぁデク人形では無理からん事かな?」
 コクピットで待機していたゼファーは、レンジ・ブースターをカットして手袋をはめ直す。
「ランカー・レイヴン相手は久しぶりだな。もう一機の増援が何者か気になるが・・・」
 ゼファーは端末を操作してゴディバからの通信映像を再度確認するも、余りに不鮮明な為、判別と照合は不可能だった。
「ネストとリンクすれば判明するが・・・傍受されて位置を知られるのも面白く無い」
 そう言うとゼファーは画像をカットして、それ以上の詮索を止める。
「さて始めるか」
 ゼファーは緩やかにペダルを踏み込んで、目標の倉庫へと向かい愛機を前へと進ませた・・・


「おい、ラスティ!」
 レスヴァークのサブ・ディスプレイに映るサカキが切迫した響きで呼びかける。
「どうした?」
 対してラスティの答えは呟きに近い掠れた声だ。
「お前が向かってる西には倉庫で使用する燃料庫があるんや、多分そこを敵は狙って来るハズや」
「分かった。そちらに向かう」
 そう言うが早いかラスティは了解した旨だけ告げて通信の映像をカットする。
「何やアイツ、愛想も糞も無い奴っちゃな」
 呆れたサカキは腹いせの様にして既に切れている回線のスイッチをオフにして首を捻る。
 その時、左側面にレーダー反応を示す光点が表れていた。
「本命が来よったか。この動きは間違いなくA・Cや、それも・・・いい腕らしいな」
 サカキは武装を射程の長い大型ミサイルへと切り替えた。
「ほな行くで!」
 呪法猫はなだらかな坂道を滑る様にして、新たに表れた敵へと向かって駆け出して行った・・・


「ここか・・・」
 西に向かったラスティのレスヴァークは、巨大なタンクが幾つも並ぶ岩場の前まで来ていた。
 見渡す限り敵の存在は無く、ただ空から降る雨が錆色の機体を激しく打つ。
 くすんだ灰色の燃料タンクをカメラに捉え、ラスティは何かを感じ取った。
「居るな・・・1機か?」
 レスヴァークは一度、タンクから離れて周囲を見回した。
 その時、突如としてレスヴァークの居た位置にレーザーの青白い照射が走り、燃料タンクが火を噴いて爆発する。
「チッ、やはり《ジャミング》を使っているな!」
 次々と誘爆するタンクの爆風から逃れるべくダッシュするレスヴァークの背中ギリギリに再びレーザーが放たれた。
 ラスティは僅かに機体を傾斜させて回避する。
 避けきったレスヴァークは振り向いて地面に膝をつき、左肩のレーザー・キャノンを構えた。
 燃え盛る炎の中から、ゆっくりと細身のシルエットをしたA・Cが陽炎に揺らめく様にして近づく。
「あれは!」
 ラスティの唇から思わず声が漏れる。
「ニーズホッガー・・・」
 背中に装備された特別型のブースト・ユニットが巨大な翼を思わせる一見すれば忘れ様も無い特異な機体構成。
 右手に装備された最強のレーザーライフルWG-1-KARASAWAが鈍い光沢を放っている。
「こんな所で会うとはな」
 狂喜に満ちた声がニーズホッガーから発せられた。
「ムラクモの《カロン》、いや今は《ラスティ》だったかな?」
 くぐもった笑い声が響き、ニーズホッガーを煽る炎が激しくなる。
「俺は《カロン》などと言う男は知らない・・・人違いだ」
 ラスティは静かに、そう答えた。
「そう云う態度は気に入らんな。楽に殺さんぞ」
 ニーズホッガーは構えたライフルを照射する。
 空間を光が走り抜けると同時に、レスヴァークの頭部の横の岩が瞬時に赤熱して溶けた。
「次はコクピットを狙う・・・。だが久しぶりの再会だ。少し話をしようじゃないか」
 ニーズホッガーは無防備にも、正面からレスヴァークへと歩いて距離を詰めて来る。
「お前と話す事など何も無い!」
 ラスティの言葉と同時にレスヴァークはニーズホッガーに向かって左手のレーザー・ブレードで斬り掛かる。
「余裕の無い奴だ」
 ニーズホッガーは素早い動きでレスヴァークの右側へと逃れ斬撃を避けた。
「チッ!」
 ラスティは舌打ちしながら、機体を後方へと軽いジャンプで移動させる。
 レスヴァークがブーストを噴かせて着地し、頭部のメイン・カメラが元居た場所を映し出すと、そこに青白い光の波動が追う様にして迫る。
 ラスティは即座に横へとブーストを向けると、機体を傾斜させながら迫り来る光波を回避した。
「ククク、紛い物にしては良い動きだな」
 デリンジャーのくぐもった笑いが燃え盛る周囲に響き渡る。
『以前よりも手強い』
 心の中でラスティは呟いた。
「貴様は所詮、例の《あれ》の為に生まれた存在では無い。対して私は《あれ》の為だけに生まれた。その違いが如何に大きいかを思い知らせてやる」
 ニーズホッガーは右手のWG-1-KARASAWAをレスヴァークへと突き出し、引き金を引く。
 彼が最も得意とする中間距離での二連射。
 今まで、この攻撃を凌ぎ切ったレイヴンは唯の一人も存在しない。
 例外無くコクピットを焼き貫かれ、流麗なラインを描くニーズホッガーの足元に鉄屑となって崩れ落ち、無惨な屍を晒したのである。
 その絶大な自信を込めた攻撃がラスティへと牙を剥いて襲い掛かって来る。
 銃がこちらへと向いた瞬間、レスヴァークは身を反らして瞬間照射されたレーザーを回避し、切り替えた武装のマシンガンを構え、牽制攻撃を放つ。
 モニターを見つめるラスティの瞳の色は、完全に真っ赤な血の色をしていた。
「今は負ける訳には行かない・・・」
 高速で後方の炎の海へと鋭角なターンを繰り返して退がるニーズホッガーを見て、ラスティは小さく声を漏らし、左のポケットに入れた銀の指輪に触れて静かに目を一瞬だけ閉じる。
 そして火の紅の中で歓喜の踊りを舞う様な移動を繰り返すニーズホッガーへと挑んで行った・・・


 一方のサカキはゼファーと一進一退の攻防を展開していた。
「ちっ・・・ホンマ、しつこい奴っちゃな!」
 遮蔽物に隠れながら、呪法猫は手持ちのマシンガンのマガジンをチェンジする。
 湿った大地に弾の尽きたマガジンが落ちると同時に、素早く予備のマガジンが赤銅色の本体へと差し込まれた。
「回収の企業が来るまで、あと五時間もあるんか。それまで持つかいな?」
 大型ミサイルの残数は五発、マシンガンの残弾も二百を切った状態。
 倉庫まで辿り着けば補給は可能だが、相手もプロ中のプロらしく、簡単にさせてはくれまい。
「厄介な相手や。ヴィクセン・タイプを更にチューンしたカスタムA・Cやな。マシンの差は歴然やしネストの機体規約も違反しとるやないか!」
 サブ・ディスプレイに映る敵機のデータを見ながらサカキは一人愚痴た。
 そこへ突然の左からの熱源反応を示すセンサー・アラームが鳴る。
「回り込んだか!」
 即座にサカキはブーストを全開にして、遮蔽物である岩場の後ろに位置を変える。
 直撃したグレネードが爆炎を広げ、更に放たれたマシンガンが岩を粉々に砕く。
 しかし、既に呪法猫は別の岩場へと移動しておりゼファーの攻撃は機体に掠り傷一つ負わせる事は叶わなかった。
「流石はランカーだ。手強い・・・」
 ゼファーはオー・ド・シェルにマシンガン下部にあるグレネード・ランチャーをコッキングさせ次弾を装填する。
 そして、ゼファーは、モニターに映る足元に落ちているマガジンを見て呟いた。
「やはり弾が無くなってきたか・・・ここはチャンスと言いたいが・・・」
 ゼファーは、瞳だけを動かしてカウンターを見て機体の残弾を確認する。
 デジタルカウンターの情報では、拡散レーザーは未使用だが、グレネードは残が一発のみになっている。マシンガンもマガジンは使い切り、残りは本体に装填された五十発しか無かった。
「ブレードでケリを着ける事になるな・・・」
 左モニターに映ったオー・ド・シェルの腕に装備したシールドを見てゼファーは言う。
「次のブレイクで《殺る》。このままでは補給の叶わないこちらが不利になる一方だ」
 ゼファーはスティックを前方へと押しやり、レーダーに映る呪法猫へとダッシュを開始した。
 その先の岩場の上に呪法猫は、待ちかまえる様にしてオー・ド・シェルを見下ろしている。
「上を取られたか。だが!」
 ゼファーはブーストを下方へと稼動させ、機体を宙に舞わせた。
 サカキは大型ミサイルをオー・ド・シェルに向けて放つ。  オー・ド・シェルは迎撃システムに頼る事無く、空中で急激なターンを行い回避した。
 それを確認した呪法猫は苔蒸した岩場を蹴り上げて同じく宙へ舞い上がる。
『勝負!』
 二羽の隼と化した二人は、凄さまじいスピードで互いの距離を詰めて行った。
 狙いはブレードによる一撃。
 ヒットすれば瞬時に勝利は確定するだろう。
「行くぞ!」
 オー・ド・シェルのシールドから金色の光が発せられた。
「チャンスは一瞬や!」
 呪法猫の左腕からは高熱の青白い揺らめきが吐き出される。
 互いにブレードの死角を突くべく、中空で右へと旋回して位置を争う。
 やがて二機は同高度へと達した。
「ここだ!!」
 先に仕掛けたのはゼファーの方であった。
 チューンされたヴィクセン・タイプであるオー・ド・シェルは高推力のブースターを装備しており、突進するスピードは全A・C中でも抜きん出ている。
 横殴りの雨を機体に受けながら、オー・ド・シェルは呪法猫へ正面から突っ込んで行った。
「食らえ!」
 ゼファーの気合いを込めた一閃が放たれる。
 直線的な攻撃ではあったが、尋常なスピードでは無い為、並の移動回避では避けられない。
「速い、速すぎやで!」
 驚愕しながらもサカキは機体を沈ませて、一撃目を回避する事に成功した・・・かに見えた。
 ブレードを振り切ったオー・ド・シェルの肩越しには何かが宙に浮いている。
 それが、呪法猫の大型ミサイルと気付くのにはサカキにも暫くの時を要した。
「チッ、浅かったか・・・」
 ゼファーの舌打ちと同時に切り裂かれたミサイルの残弾が引火して爆発する。
「これや!」
 サカキは躊躇う事無く、爆裂を繰り返すミサイルの渦中へと高度を上げて飛び込んで行く。
 視界が奪われた上、背中越しになる為、ゼファーからは完全な死角となっている とは言え、通常では考えられない行動にオー・ド・シェルが振り向くのが若干遅れた。
「もらったで!」
 機体に突き刺さる破片に怯む事無く、呪法猫はオー・ド・シェルとの距離を詰め、ブレードのリーチの範囲へと到達すると同時に、左腕を真横に凪ぎ払う様に振る。
「くぉおお!」
 ゼファーは機体が捻れんばかりの勢いで、オー・ド・シェルを振り返らせた。
 中空に激しい閃光と、焼ける様なカン高い音がこだまする。
 雨を含んで泥溜まりと化した地表に何かが落ちた。
 茶色の水飛沫が周囲に跳ねる。  それは、巨大な盾を握った黒い左腕であった。
「しもた・・・こっちも浅かったで・・・」
 サカキはオー・ド・シェルと触れ合わん位の距離にまで到達した呪法猫のコクピットで悲痛な呟きを漏らしながら、距離を取るべく離脱を始めた。
「逃がすか!!」
 ゼファーは右スティックの安全装置を親指で弾き外し、赤いボタンを押す。
 瞬時にオー・ド・シェルのコアから目映い光の奔流が吐き出される。
「なっ、何やて。コアに短距離用の光学兵器を装備しとるんかコイツは!」
 効果範囲ギリギリにまで離脱していた呪法猫とは言え、逃げ切れなかった分の左腕が瞬時に蜂の巣となりコアから脱落する。
 地表に残骸が到達する頃には、パーツの原型は留めておらず完全に鉄塊と化していた。
 互いに片腕を失いながらも、落下しながら右手に残る手持ちの装備を乱射して二機は落下して行く。
「ここは一時、撤退やな・・・もう、アイツも限界のハズや」
「くっ・・・ここまで執拗とは計算外だ。弾切れでブレードが無くては打つ手が無い・・・」
 双方、痛み分ける形でこれ以上の戦闘を避けるかの様に地上の岩場を夾んで着地して行く。
「ヤバかったで・・・あれ以上やっていたら、間違いなく殺られてたのはコッチの方や」
 安堵の溜息をサカキは漏らす。
 相手はタダ者では無かった。マシンも彼の愛機とは比べるべくも無い程に強力な装備を有していた。
 だが、彼は勝利を掴んだのだ。
 勝利とは望む事柄を手に入れる事。例え戦闘に敗北したとしても任務に成功すれば勝利なのだ。
 サカキは自分を育てた傭兵の養父にその事を常に言われ続けた。
「ちゃんと実践したで・・・」
 他界して今は空の彼方へ居る養父へと向かってサカキは小さく呟く・・・
 その時、サカキは見上げた空に何かを発見した。  
「何やアレは?」
 ディスプレイに映るそれは、徐々に輪郭を見せ始める。
「あれは・・・A・C輸送機と大型ヘリみたいやな」
 サカキは袖をまくって腕時計を見る。
 回収の企業が来るまでには、まだ三時間あった。
「ちょっと早過ぎるで・・・」
 嫌な予感がサカキを過ぎる。
 釈然としない物を感じながら、サカキはブーストに火を入れて一路、倉庫を目指してダッシュを開始した。
 大型のヘリを先頭に、輸送機はゆっくりと進路を倉庫のある方向へと向ける。
 雨は次第に止みつつあり、その姿が目視出来る距離にまで謎の輸送機は近づいて来ていた・・・・


 激しさを失い、下火となった炎の中を駆け抜ける二機のA・Cの姿があった。
「ククク・・・逃げてばかりか!」
 デリンジャーは嘲笑しながらレーザーを放つ。
 一方のラスティは無言で、レスヴァークに軽いジャンプと旋回をさせ攻撃を回避した。
 驚くべき事は、追うニーズホッガーにも追われるレスヴァークにも、互いのディスプレイに何の表示も無い事だ。
 彼らは機体の管理を全て手動で行っていた。ロック・オンの表示も無くばレティクルも消されている。コクピット内部のセンサー・ディスプレイの殆ども光が落ちて電源がオフにされていた。
 二人はA・Cの機体制御に消費する電力を極限まで削り、ブースト使用時間を出来うる最大限に引き延ばしているのだ。
「死ね!」
 デリンジャー得意の二連射が再びレスヴァークへと照射された。
「二連射したか」
 ラスティは燃料タンクの残骸を盾にする様に機体をコントロールしながらマシンガンを在らぬ方向へと乱射した。
「ふん、跳弾狙いとは・・・小賢しい」
 デリンジャーはラスティの狙いを読んでニーズホッガーを後方へと下がらせる。
 足元にレスヴァークの放った銃弾が虚しく泥飛沫をあげて着弾した。
「残り六発・・・」
 ラスティは追い込まれているかに見えたが、冷静にデリンジャーの残弾が切れるのを待っていた。
 A・C史上最強の兵器、WG-1-KARASAWAの最大の弱点は少ない装備弾数にある。
 ニーズホッガーにはカラサワを除いての装備はブレードしか無い。
 ラスティは装弾数の有利を活かし、長期戦に持ち込むつもりなのだ。
「チッ、小知恵で勝ちを拾うつもりか・・・やはりお前は《紛い物》よな!」
 デリンジャーの嘲りとも焦りとも言えぬ叫びが、滑空するニーズホッガーの拡声器を通して燃える岩場に放たれた。
 返事の変わりに遮蔽物の陰からレスヴァークのレーザー・キャノンの閃光が発せられる。
 着地して回避したニーズホッガーは左腕から強烈な光の波動を発生させ、レスヴァークの隠れている燃料タンクの残骸へと撃ち込んだ。
 破裂する様にタンクの外装が裂け、レスヴァークの頭部が覗く。
 オーバー・ヒートか機体のトラブルでも起こしたのか、レスヴァークは、その場から移動しない。
「機体が反応速度に追いつかずトラブルでも起こしたか?・・・まあ、それも運命だ。今こそ紛い物に相応しい死を与えてやる!」
 デリンジャーの言葉と共に、再びニーズホッガーはブレードを構え、光波を同じ箇所に向けて放つ。
 タンクの外装がグズグズの鉄塊となった刹那、レスヴァークは残骸を飛び越えてニーズホッガーの前へと姿を現した。
「何、正面だと!!」
 即座にデリンジャーはカラサワを構え、レスヴァークを狙うが、ブレードを振ってしまった直後の為、一瞬だが銃を持ち上げる動作に遅れが生じる。
「貴様、これを狙って・・・!」
 素早くレスヴァークは前方へとダッシュして距離を詰め、ニーズホッガーの懐へと飛び込んで行く。
 デリンジャーは、最早間に合わないと瞬時に判断してカラサワを持ち上げさせず、ブレードでの迎撃に出るべく左腕を翳す。
「ここだ・・・この勝負貰った」
 ラスティの紅の目が鋭く細められ、奥の瞳には僅かな哀れみと深い悲しみの色を帯びる。
「驕ったな。あの頃の俺とは違うんだ・・・」
 そう言ってラスティはスティックを左へと倒す。
 レスヴァークは軽いバンクをして僅かに位置をずらすと、迎撃するべく放たれたニーズホッガーのブレード光波を反らすと同時に背中のレーザー・キャノンを発射した。
 ラスティの狙いは最初から、このブレードを振りきった機体の硬直にあったのだ。
 至近距離から照射されたレーザーは、狙いを誤る事無く次々とニーズホッガーへと吸い込まれる様に直撃を繰り返す。
「くっ、これしきの攻撃など!」
 デリンジャーは機体を急上昇させ、キャノンの効果範囲から離脱しようと試みた。距離が離れればキャノンの照射間隔が拡がって回避が望めるからだ。
 更に通常のA・Cなど止まって見える位の加速力がニーズホッガーにはある。
 これは、機動力重視のニーズホッガーに乗るデリンジャーが採るべき最良の選択と言える。
 通常人間ならば加重で確実に気絶するスピードでニーズホッガーは中空に舞い上がった。
「如何に奴のロックが正確でも、この加速にはキャノンの連射力が及ぶまい!」
 カウンターが吹き飛ぶかの様な勢いで増える高度計のデジタル表示が数百メートルに達しても、キャノンの照射は衰えを見せる事は無く、未だ至近距離と変わる事の無い勢いで放たれ続けている。
「馬鹿な、距離が開いていると云うのに何故、キャノンの照射間隔が拡がらないのだ!」
 考えられる事は一つ、ラスティがキャノンのリロードする間隔を何らかの手段で徐々に短縮している他には無い。
「奴には・・・そんな事が出来るのか!?」
 惚けた様に呟くデリンジャーへと次々と攻撃はヒットし続け、機体のA・Pが危険な状態になった事を示すアラームがコクピットに鳴り響く。
「認めん・・・認めんぞ・・・こんな事が・・・《ゴンドラ》の為だけに生まれた私が、少しばかり手を加えられた即席の改造人間などに!」
 既に背中のブースト・ユニットと片足を失ったニーズホッガーは徐々に高度を下げて落下していた。
 機体の各部よりドス黒い煙を挙げ、地表へと辿り着いた時には最低限安全保持装置による軽いブースト噴射すら完全には効を奏さず、残った片足を吹き飛ばしながら、叩き衝けられる様にその場に倒れる。
「もう《ゴンドラ》などに縛られる生き方など止めろ。自分の人生は何にも依存しない筈だ・・・」
 足元に崩れたニーズホッガーを見下ろしながらラスティは僅かに荒い息をしながら呟いた。
 額には玉の様な汗が滲んでいる。
 レスヴァークのキャノンの先端に小雨が掛かり、白煙を起てていた。
 恐らくは無理な連続照射で焼き付いてしまったのだろう。
「二度と俺の前に姿を現すな・・・次は確実に・・・殺す」
 ラスティは、そう告げるとレスヴァークを泥にまみれたニーズホッガーに背を向けさせ、倉庫の方向へ向かい、ゆっくりと歩き出した。
「認めん・・・認めんぞ・・・貴様の性能も生き方も・・・存在も・・・全てを」
 徐々に遠ざかるレスヴァークを見もせず、コクピットの中で、デリンジャーは何時までも虚ろな瞳で呟き続けた・・・


 巨大な輸送機の集団は、確実に倉庫へと前進を続けていた。
 それを頭上に見ながらサカキは倉庫を目指す。
「教授、奴等は何なんですか?」
 通信機に向かいサカキは叫ぶ様に問う。
「サカキ君、実は・・・」
 モニターに映る教授の顔は血の気が失せ、まるで病人を思わせていた。
「何か隠してましたんか?」
「そうだ・・・話せば長いが簡潔に言おう。先頭の大型ヘリに私の家族が乗っている」
 悲痛な面持ちで教授は俯きながら言った。
「成る程・・・察しがつきました。人質ですね?」
「そうだ。だからヘリだけには・・・いや、あの輸送部隊に手は出さないで欲しい」
 この申し出にサカキは溜息を漏らす。
「汚いマネする奴っちらやな・・・どこの企業や?」
「・・・《チンク・エンシェント》だ」
 このリガ・シティと資源採掘場を夾んで反対に位置する《タブレット・コミューン》と呼ばれる中小企業集団都市があり《チンク・エンシェント》は、その中でも高い発言権を有する常任理事企業の一つである。
「タブレット・コミューンは生き馬の目を抜く程に企業間競争が激しいっちゅう話ですね・・・形振り構わへんと言う事ですか・・・」
 サカキは目を閉じて静かに言った。彼には教授を恨む気持ちなど湧こう筈がない。
 何故なら彼はサカキに良くしてくれた恩人の一人だからと云うのもあるが、何よりサカキは彼の性格が気に入っていたのだ。
 おっとりして鷹揚な科学者には珍しいタイプであり、わりと意固地な性格のサカキの意見も根気よく聞いてくれ、人間として学ぶ処の多い人物とサカキは一緒に研究をする中で思ってもいた。
「教授、仰る事は分かりました。三時間後にくる企業では無く、癪ですけど奴等にゴンドラは渡します」
「サカキ君・・・本当に済まない」
 涙目で教授はサカキへ深々と頭を垂れる。
「はぁ・・・報酬はパーになりますね。叔父さんもカンカンに怒るんやろな・・・」
 無造作に頭を掻きながら、サカキは眉を顰める。
「その点は心配無い。今回の事は理事にだけは報告してある。それに報酬は私の用意出来る全財産を用意する」
 その言葉にサカキは鼻で笑う。
「そんな報酬は受け取れません。ですけど、お願いがあります」
「何だね。私に出来る事なら何でも言ってくれ」
 サカキは教授の映るディスプレイへと微笑みかけて小さな声で静かに言う。
「学食の特Aランチ一週間、ライスは大盛りにして下さい。男の約束でっせ」
「サカキ君・・・」
 教授は目から涙を浮かべながらサカキを見た。
「泣かんで下さい。たかだか一食で10コームの出費や無いですか・・・ほな、頼みましたよ」
 そう軽く冗談を言ってサカキは通信機のスイッチをオフにする。
「あのラスティとか言うレイヴンを説得せなアカンな・・・最悪、やり合う事も考えんと」
 倉庫に到着したサカキは、愛機から降り壁面に設置されたクレーンへと向かう。
「ミサイルだけでも乗せんとキツイからな」
 そう言って地面に置かれたビニールのシートを取り払い予備の大型ミサイルのフックにクレーンのワイヤーを取り付け出した・・・


 ラスティもまた倉庫へと急いでいた。
 だが、レスヴァークの足どりは重い。
 酷使された機体は油の切れた様な嫌な音をさせながら一歩、また一歩と前に進む。
 機体の間接などの酷使限界も歩行の遅さの原因ではあったが、一番の理由は、むしろラスティ本人の方にあった。
「ちっ《アレ》をやった後は必ずこうなるな・・・」
 ラスティは霞む視界を振り払う様に首を振った。
 未完成である強化人間のラスティには、武装のリロード時間を変化させる荒技は極端に体力を消耗する上、以後の行動に支障をきたす。
 肩で息をするラスティだが、薄れ行く意識の中で西から来る何かの反応を感じ取った。
「速いな・・・これはA・C・・・四脚タイプか?」
 早すぎる回収部隊、秘密裏に向かう四脚のA・C。 スレイヴ・クロウが動いているならば、確実に迎撃に向かっているA・Cなのは間違いない。
「行かなくては・・・」
 ラスティは進路を倉庫から不審な四脚A・Cの向かう方向へと変え、ブースターに火を入れた・・・


「これはどう言う事だ!」
 車椅子に乗ったドクター・ストラットの抗議の声も虚しく、倉庫の天蓋が開けられゴンドラに大型輸送機とヘリに牽引のフックが架けられて行く。
「同行願いますドクター」
 地上に降りた回収部隊の隊員達は小銃を構え、無理矢理にドクターを連れ去るつもりだ。
「まぁ、自業自得やな」
 ミサイルを装備し終えたサカキは呪法猫のコクピットの中で呟く。
「家族を、家族を返してくれ!」
 教授は縋る様にして回収部隊の隊員へと懇願する。
「我々が安全圏へ脱出したら降下ポッドで地上へ降ろす手はずになっている。それまで雇ったレイヴンには我々の護衛の任に就いて貰おう」
 教授は俯いて諦めた。ここは彼らの要件を飲むより他は無い。
「お前ら、ロクな死に方せぇへんで!」
 サカキは吐き捨てる様に言って、倉庫を後にして与えられた輸送部隊の飛行経路を先行する様に出発した。
 それを合図とする様に、輸送機とヘリは上空へと浮上して行き、呪法猫の後を追う様に発進する。
「サカキ君、頼む・・・」
 倉庫に残された教授は祈る様に冷たい倉庫の床へと跪いて言った。
 金色に鈍く輝くゴンドラを乗せ、回収部隊は物々しく出発を開始したのだ・・・


「ゴディバ、デリンジャーを回収した。もう形振り構うな、貴様の自由にターゲットを破壊しろ!」
 通信機からゼファーの声が響く。
「へへへ、言われなくとも好きにしますぜ」
 ゴディバの声は歓喜に震えている。
「おっ、と見えたぜ」
 丸い小さなサングラスを下へとずらしてゴディバは大型ロケットの照準を先頭のヘリに合わせる。
「カモン・カモン・・・」
 小高い崖の上に立つ、ゴディバの愛機《バレンタイン》の装備する最大の射程を誇る大型ロケットは、一撃でヘリなど粉砕する破壊力を有している。
 ゴンドラを運ぶ為に繋がっている輸送機や残りのヘリもバランスを崩せば速度が落ちて、一網打尽にする事は容易となる。
「来たぜ!」
 ゴディバはロケット発射のスイッチに指を掛けた。
 その時、眼下の岩場からミサイルが射出される。
「あんだと!お楽しみを邪魔するつもりかよ!」
 バレンタインは後方へと移動して迫り来るミサイルを回避した。
 ゴディバは武装を四連機関砲へとスイッチして地の利を活かし、上からミサイルの飛来してきたA・Cが居る付近へと弾丸を浴びせかけた。
「これでも食らいな!」
 ゴディバは更に武装をスイッチして背中のWM-ATミサイルを射出した。
 その目標はA・Cでは無く、先頭の大型ヘリに向けられたものだ。
 ゴディバの狙いは陰湿であった。ヘリを庇おうと岩場から出てきたA・Cを引きずり出す魂胆なのだ。
 A・Cが出てこなくとも確実にヘリは破壊する事が出来、WM-ATの強烈な爆風は周りの輸送機やゴンドラをも巻き込む事になる。
「こらヤバイで!」
 サカキは何迷う事無く機体をジャンプさせた。
「早よ落ちろや!」
 コアのミサイル迎撃機関砲が作動してWM-ATへと絶え間なく放たれる。
 が、ミサイルは何かに誘導されているかの様に巧みに機関砲の洗礼をくぐり抜けていた。
「ククク、落ちるのはお前だ!」
 ゴディバは機関砲の狙いを飛び出した呪法猫へと定めると容赦の無い攻撃を繰り出す。
「ミサイルを遠隔操作しとるな!」
 攻撃を受けながらも、サカキは必死でミサイル迎撃に専念した。
「コイツで止めだぁ!」
 ゴディバはダメ押しとばかりにWM-ATミサイルを今度は呪法猫へと発射する。
「アレだけは落とさな死にきれんわ!」
 迫り来る攻撃に委細構わず、サカキはヘリに向かったミサイルへと機体を向かせ続けた。
 サイドから回り込んだ呪法猫を狙った分は確実にヒットする軌道を描いてサカキに迫る。
「無念や・・・教授、済みません」
 ヘリの眼前へとミサイルは到達し、ついには呪法猫のコア迎撃射程から外れてしまった。
 サカキへもミサイルは迫る。今更振り向いても迎撃は不可能な距離である事は、長年の経験から彼は知っている。
「負け・・・やな」
 覚悟を決めたサカキは最後に目を閉じた。 一秒、二秒・・・サカキは自分の死までのカウントを開始する。 五秒・・・十秒・・・。
『おかしい・・・長すぎるで』
 そう思って目を開いた時、サカキの目に飛び込んで来たのは錆色のA・Cであった。
「何をしてる。早く着地して電力を回復させろ」
「ラスティか!ミサイルはどうした!」
「迎撃した。俺があのA・Cを輸送部隊から引き離すから、お前は輸送機に追従しろ」
 そう言って、ラスティのレスヴァークは崖を飛び越えてバレンタインの背後へと着地する。
「邪魔しやがって!」
 ゴディバは驚異的な早さで背後に振り返り、四連マシンガンを乱射しながらレスヴァークへと突進を開始する。
 闇雲な攻撃に警戒して身構えるレスヴァーク。
 だが、バレンタインはレスヴァークに目もくれず崖下へと突然に進路を変え逃げを選択した。
「あばよ!」
 ゴディバは巧みに機体を操り、岩場の陰から陰へと移動して追跡を困難なものにする。
「これで契約は完遂出来る筈だ・・・」
  ラスティはレスヴァークの膝を地面へと着けさせコクピットから降りた。
 雨は止んでおり、遥か彼方の偽りの空に空洞が開いている。
「あそこから逃げる気か」
 その空洞は恐らく、地表へと繋がっているのだろう。リガ・シティ管理局の誰かが賄賂を受け取って開けたモノに違い無い。
 ラスティは、レスヴァークの足を背にして、その場へと崩れる様に座り込む。
 最早、ラスティの体力は限界を迎えていたのだ。
 何より彼の契約内容は達せられた。
 《回収部隊を契約範囲まで護衛する》これが彼に教授がナーヴを通して依頼した内容だからだ。
「とにかく疲れた・・・後は好きにしろ」
 ラスティは半ば投げ遣りに言うと、深く目を閉じて安らぎと暗闇の世界へと落ちて行った・・・


 市街の明かりが眼下に望める様になる頃、大型ヘリから小さなポッドが降下して行く。
 オレンジ色の小さなポッドを呪法猫は手持ちのマシン・ガンを投げる様にして捨てると、右手で雛を抱く様に受け取る。
 サカキの呪法猫にはバイオ・センサーが装備されていないが、どうやら教授の家族は無事らしい。
 ポッドの小さな窓から、婦人に抱かれた幼い男の子が見えている。
「せいぜい気を着けて帰るんやな、このカス野郎共」
 遠ざかる輸送機に吊られた黄金の鉄塊を見ながら忌々しそうにサカキが呟く。
 そしてポッドを抱え、教授の待つ倉庫へと緩いブーストを噴かして帰路を急いだ。
 暫くして、サカキが人工河川にたどり着いた頃、背後で一際に明るい光が起こった。
 サカキが呪法猫を振り返らせた時、再び遠くの空に紅の炎が巻き起こる。
「あの破壊力はWM-ATミサイルや・・・ホンマしぶとい奴やなアイツは」
 完全に他人事の様にサカキは呟いて、流れの急になっている河川を飛び越える。
 今頃は本来、回収にくる筈だった企業からの苦情処理に追われながらも、首を長くして教授は待っている事だろう。
 背後ではゴンドラを積んだ輸送機とヘリが完全に火の塊となって地表へと落下して行く。
 多分、市街ブロックにも相当の被害が予想される事は容易に想像が着く。
「言うたやろ、ロクな死に方はせぇへんて・・・」
 振り返りもせずそう言ったサカキの背後の河に破壊されたハンターが恨めしそうに宙を仰いでいる。
 それもやがて濁流に飲み込まれる様にして、鉛色の河へと消えて行った・・・                   



『MISSION 8 完』


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