ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 9 〜 輸送列車護衛 〜


 荒涼と広がる無人の荒野を走り行く物がある。
 容赦無く照りつける乾いた大地の陽炎に揺らめく《それ》は巨大な陸上クルーザーを思わせる形状をしており、無限軌道の転輪が砂塵を巻き上げていた。
《それ》はこの世界で一般に《メンテナンス・リグ》と呼ばれる乗り物であった。
 ガードやレイヴン達が長距離を移動して作戦行動する為の言わば《A・Cの陸上母艦》である。
 その中でも、この艦のサイズは極めて大きい部類に属し、後部の格納用コンテナには二脚型A・Cならば二機は搭載出来よう。
 ド派手な純白のカラーリングも異彩を放っている。
「さっきから似た様な景色ばっかりね・・・」
可視光線のみを通過させる宇宙用の厚い防弾ガラスの向こうで、下着同然の薄着をした女が呟いた。
「うるせぇな・・・今イイとこなんだ話しかけるんじゃねぇよ!」
 白い皮張りのソファーに身を埋めてテレビでアメリカン・フットボールを食い入る様に見ていた男が鬱陶しそうに女に言う。
「ちょっと《ワイルド・カード》さっきからテレビばっかり見て、どうなってるのよ!」
 女の怒声にもワイルド・カードは完全に知らん顔で手にしたチケットを握りしめて画面を見ている。
「もう・・・」
 女は半ば呆れ顔で床に散らばったワインの瓶をかき分ける様にしてナーヴのリモコンを拾う。
「えい!」
 女の声と共に画面が暗転した。
「ゲッ、何しゃがるんだ《カシス》!」
 振り返ったワイルド・カードは、カシスに向かって抗議の声を出す。
 そこへ、カシスから勢い良く投げられた空瓶が飛んで来た。
「うわっ・・・と」
 咄嗟にワイルド・カードはチケットから手を離し、飛来した瓶を指輪だらけの大きな掌で受け止める。
「危ねぇだろうが!」
 そう言って立ち上がろうとしたワイルド・カードへ今度は同じ様にコーラの空き缶が飛んで来る。
「どういうつもりかはコッチが聞きたいわよ、いきなりウチに来てワケも言わずに拉致っておいて、誘拐でガードに通報するわよホント!」
 カシスの怒気を含んだ声がキャビンに響き渡る。
「ま、まあ落ちつけよカシス。冷静に俺とトーキングしようじゃねぇか・・・」
「どうせロクな事じゃ無いのは分かってるケド、言い訳位は聞いてあげるわ」
 そのカシスの言葉にワイルド・カードは、ほっと胸を撫で下ろす。
「やっぱりオマエは何もかも弁えたイイ女だぜ・・・実はな、これからテトラ連立の勢力圏ギリギリにある《ゾウラ・ステーション》へ行く」
 突然の成りゆきにカシスは憮然とした態度でワイルド・カードを見る事しか出来なかった。
「そこで、リガ・インペリアルの重要機密物資を輸送する列車を護衛するのが、今回のミッションだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私、自分のA・Cなんて持ってきて無いわよ!」
 《ミッション》と聞いてカシスが慌てる。新人だった彼女も漸くレイヴンらしくなってきたらしい。
 その慌てる仕草を見てワイルド・カードは苦笑いを浮かべた。
「現地に一人、リガ・インペリアルとの長期契約で現地に駐留しているレイヴンが居る。オマエはリグの管理をしてくれればいい」
「報酬は?」
「そうだな・・・二十万コームでどうだ?」
「二十万ですって!」
 カシスは法外な程、高額の報酬に驚愕して深い碧色の瞳を大きく見開く。
 20万コームと云う金額はカシスの様な駆け出しレイヴンが1ミッションで手にする額では到底無い。
 カシスはワイルド・カードに疑惑の眼差しを向けた。
「リグ転がして二十万はおかしいわね・・・アンタ他に何を隠してるの?」
 ワイルド・カードは、そっぽを向いて野太い手で自分の顎をさすりながら口ごもる。
「そりゃ、まあ・・・色々やってもらう事に・・・」
 ハッキリしない返事にカシスは苛立って声を荒げた。
「あのねぇ、私もヒマじゃ無かったの。彼氏とのデートの約束だってアンタのお陰でパーなのよ!」
「分かったぜ・・・怒鳴るなよ」
 渋々と言った感じでワイルド・カードは白状する。
「テロリスト共から脅迫文が来てて、列車は確実に強襲されるんだとよ・・・それにアバロン・バレーのランカーレイヴンが他の企業に雇われて動いているらしい、ヘタすりゃ現地で三つ巴になる予定だ」
「こっちの戦力は二機のA・Cとリグだけなの?」「まぁ、オレが居れば充分だろうがよ?」
 あっさりと答える無責任なワイルド・カードにカシスはただ首を横に振るだけだ。
 それだけ言う実力は認めるが、自然と無謀と言う文字がカシスの喉まで出かかる。
 だが、もうリグはテトラ連立都市を離れてしまっており、引き返す方が日数が掛かる地点まで来ていた。
「仕方無いわ。でも条件を着けさせて・・・」
 カシスは渋々ながら了承するしか無かった。
「流石はカシスだぜ、話の通りがイイぜ」
 ワイルド・カードは身を乗り出して上機嫌で言う。
「煽ててもダメ。報酬はアンタが企業から貰う半額で」
 ピシャリと言ったカシスの態度にワイルド・カードは二の句が継げぬ様になる。
 ワイルド・カードはA・C戦闘に於いては百年に一人と言われる程のセンスと技量を兼ね備え持つ屈強のレイヴンであるが、本人自身は見た目や経歴よりも遥かに実は気が弱い。
 取り分け女性には滅法、気を使う性格なのだ。
 カシスはそれを熟知しており、そんな所が嫌いでも無かったが今回はそれに付け込む事にした。
 何せ今回は、ワイルド・カードに振り回される形になったのだからである。
「分かった。三十万で山分けって事にする」
 嫌々と云った感じでワイルド・カードは溜息を吐きながら了承した。
「契約成立ね。でもミッション開始前に一つ聞きたい事があるんだケド・・・私にリグの動かし方を教えてくれるかしら?」
「何だと、オマエ動かせないのかよ!」
 思わずワイルド・カードは立ち上がってカシスへと詰め寄った。
「だって、私、リグに乗ったのも今回が初めてなのよ」
 ワイルド・カードはこめかみに指を当てて目を閉じると深い溜息をついた。
「ハァ・・・暇そうだからってコイツを選ぶんじゃ無かった・・・コレじゃ使いモンになりしゃねぇ」
「何ですって、勝手にヒマって決めないでくれる!」
 再びカシスの驚愕と怒気を含んだ声が、メンテナンス・リグのキャビン中に響き渡った・・・


 人影の無い静かな石畳の廊下に靴音が響く。
 黒いベロアのハイネックを着た靴音の主は無人制御された改札を潜り、構内へと進み行く。
 改札を通したカードは黒地に銀で縁取られた物。
 それは、紛れもなく彼が連立都市所属のレイヴンである事を示していた。
 カードに彫られたレイヴン・ネームには《ラスティ》と綴られている。
『アバロン・バレー行き最終列車《バルダー158便》が間もなくホームに参ります・・・』
 人気の無い深夜の駅に自動音声のアナウンスが響く。 夜霧でぼやけた視界は、人気無く薄暗いホームの寂しさに拍車をかける。
 遠くから汽笛が鳴り響き、淡いカーキ色の地味な列車が靄の中から姿をおぼろに見せ出した。
 それを待つ人影はホームには見られず、ただ一人、ベンチに座ってるラスティの姿しか無い。
 彼の重く閉ざされた瞼が上がり、その黒い瞳にホームへと近づきつつある列車が映る。
「来たか・・・」
 彼は地面に置いたアルミ製の小さなスーツケースを持ち上げ、停車する列車へと足を向けた。
 見渡す限り無人のホーム中央から、ラスティは列車の後尾へと足早に歩いて行く。
 列車は貨物車両のみが延々と続き、このリガ・シティ駅から連結される車両が、オートメーション化されたマシンの手により後列に新たに繋がれている。
 中には厳重に梱包された機密物資と思しき積み荷を慎重に連結する車両もあったが、彼は眼中に無いかの如く足早に通過して行く。
 彼は更に後ろへと進み、最後尾へと辿り着くと、その場で彼は歩みを止めた。
 そこには、取り付けられたプレートに雑な文字で殴り書く様にして《A・C》と綴られた淡い緑の貨物コンテナがある。
 ラスティは見上げる様にして、それを確認すると、言い訳程度に貨物車両に取り付けられたドアを潜った。
「こんな時まで、コイツと一緒とはな・・・」
 コンテナの中には彼を出迎える様にして錆色のA・Cが、窮屈そうに身を屈めて収められている。
 彼は鬱陶しそうにA・Cには一瞥もくれず、スーツケースを端に放り投げ、備え付けられた簡易ベッドへと身を投げ出す。
 仰向けにぼんやりと天井を見ながらラスティはポケットを探り、中の物を手の平に乗せた。
「フィオ・・・」
 暗がりの中で、美しい光を湛える銀の指輪が彼の手の平の上で揺らぐ。
 小刻みな振動で、指輪へと控えめに取り付けられたアクアマリンの中で光が微睡む。
 列車がアイドリングを始めたのだろう。
『アバロン・バレー行き、最終列車は間もなく発車致します。お乗りの方は・・・』
 少し離れたホーム中央でアナウンスが流れ出す。
「約束だけは守る・・・」
 ラスティは再びポケットに指輪を仕舞うと、深く目を閉じて発車までの時を静かに待つ。
 やがて時は過ぎ、空気の抜ける様な音と共にゆっくりと列車の車輪が前へと回り出す。
 列車は無人のホームを滑るよう走り抜け、僅かな休息を得た駅を後にして行った・・・


 ゾウラ・ステーション近郊の市場は今日も入り乱れる様に露店が軒を並べていた。
 活気ある売り子の声が立ち昇る陽炎を張り裂く。
 ここでは都市で有効なクレジット・カードや統一貨幣であるコームなどは何の意味を持たない。
 物々交換で運営される地下都市から弾き出された者達《ランダース》が集うバザールである。
 こうして望む、望まざるの違いは有るにせよ、地上での生活を余儀なくされた人々は汚染度の低い土地で物流が盛んな場所へと水が低い処に集まる様に流れてくるのだ。
「ねぇ、まだなの?」
 カシスはランダース達の雑踏に圧されながら、前を行くワイルド・カードに向かって愚知た。
「あいつはバザールから離れた所に住んでる。元々人の多い場所は好きじゃ無いヤツだったからな」
 ワイルド・カードは一昔前に流行ったシルバーの鏡面仕上げのサングラスが汗で擦り落ちるのを気にしながら面倒臭そうに呟いた。
 紛い物では無い本物の太陽は、西に沈み行く途中で、容赦無く町中を赤く染めている。
 人も街も黄昏に染められていた。
「あの丘の上にある小屋だな・・・」
 ワイルド・カードの指さす方向には確かにログ・ハウスの様な小さな小屋が見える。
「え〜、あんな所まで歩くの?」
 カシスの不満も当然である。小屋まで少なく見積もっても、まだ5キロは楽にあったからだ。
「日が暮れちゃうじゃないのよ・・・留守だったら承知しないわよホント・・・」
 不平を口にするカシスを後目にワイルド・カードは人混みのバザールを抜けて足早に丘を目指す。
「へっ、懐かしいぜ、射撃の腕は鈍って無ぇだろうな《アーラル》よ・・・」
 ワイルド・カードは小屋を見ながら笑った。
 その笑みは、輝いていた過去を懐かしむ様な嬉しくもあり、また寂し気な色を帯びている。今、この男の耳にはバザールの喧噪やカシスの言葉も届いてはいないだろう。
「どんなレイヴンなのかしら・・・ワイルド・カードと古い知り合いみたいだけど?」
 ふと、カシスはベスト・ランカーであるワイルド・カードが、ここまで夢中で再会を目指す小屋の主に興味が湧いてきた。
 バザールを通り過ぎて丘へと向かう一本道に辿り着いた時、日は静かに聳え立つ山々の背に寄り掛かる様にして沈んで行く。
「《今日》が終わっていくわ・・・」
 カシスは立ち止まり、偽物では無い時間がここにある事を改めて実感する。
「昔、人はこうして生きてきたのね・・・」
 彼女は大きく深呼吸をして、今日と言う日に精一杯の感謝の気持ちを込める。
 そして暫く目を閉じた後、脇目も振らず先を行くワイルド・カードへとカシスは駆け出して行った・・・


 小さな揺れが連続する車内で、ラスティは浅い眠りへと落ちていた。 微睡みの中、脳裏に浮かぶのは穏やかな日差しと蒸せる様な草の臭い。
『夢・・・ナノマシン管理された強度の強化人間の俺が・・・何故見れる?』
 ラスティの心の疑問に取り合おうともせず、鮮やかな緑の光景が瞼に映り、光の中に二人の少年と少女の姿が浮かび上がった。
 黒髪の少年は顔の前に手を翳して、眩しそうに日差しを遮っている。
『あれは・・・俺なのか?』

 少年の足元には、透ける様な光沢の金髪した少女がしゃがみこんでいる・・・



「まだかよ《フィオ》早く泳ぎに行こう」
 少年は苛立った様に少女を急かす。
「ちょっとだけ待って・・・もうすぐだから」
 少女は足元の白い花を摘んで何かを作っている。
 既に少女は同じ花で作った冠をブロンドの髪に乗せており時折吹く風が花弁を揺らす。
 少年は少女の傍らで先程からずっと待たされており、彼は苛立った様に腕時計を見て黙り込む。
 少女はそんな彼をよそに黙々と作業へ没頭しだす。
 そのまま暫くの時が流れた。
「ねぇ・・・高校って面白い?」
 突然、小さな声で少女が呟く。
「何だよ、出し抜けに」
 少年の不機嫌そうな返答に、俯いていた少女は視線を上げて彼を見た。
 一点の曇りも無いライト・グリーンの瞳に少年が揺れる様に映っている。
「来年になれば一緒に学校へ通えるのに・・・早く一年が過ぎないかしら」
 少年は跋が悪そうに視線を反らして、そっぽを向く。
「すぐ過ぎるよ。一年なんて」
 そんな少年の言葉に少女は静かに首を縦に振る。
「そうよね。きっと・・・」
 少女は黙々と花を摘み、小さく白い手の中に集めては繋げていく。
「ねぇ、私達も一年ごとに歳をとるのよね?」
 少女は退屈そうに立つ少年を再び見上げて言った。
「そうだよ。当たり前じゃないか」
「来年は私が十六で貴方が十七・・・そうやって時は過ぎていくのね」
 少年は、急に少女が力無い言葉を口にした事を気にして向かい合う様にしゃがみこむ。
「どうしたんだ?」
 その問いに少女は寂し気な表情で俯いて横に首を振るだけだ。
「何かあるなら言えよ。退屈そうにしてたのは謝るから。だって、さっきからフィオが・・・」
「違うの。ただ・・・」
 少年の言葉を少女が珍しく強い口調で遮る。
「ただ、何だよ?」
 少女は恥ずかしそうな仕草で少年を上目遣いで見ながら呟く様に薄い艶のある唇を開いた。
「言ったら・・・私のお願い聞いてくれる?」
「まぁ、僕に出来る事だったらだけど・・・」
 眉を寄せながら少年は渋々了承した。
「あのね。今考えてた事はね・・・時が経てば、私と貴方のどちらかが先に死んでしまうんじゃ無いかって思ったの」
「そうなるね・・・きっと」
 少年の素気ない返事に少女は悲しい顔になる。
「約束して。二人は同じ時に死ぬって・・・」
「それは無理だ。多分僕が先に死ぬと思うから・・・」
 少年は目を閉じて静かに言った。
 それを見て少女は泣きそうな声で呟く。
「私もそんな気がするの・・・それも近い内に・・・貴方が居なくなった後の事を想像したら・・・恐い」
 神妙な態度の少女を見て、少年は笑い出す。
「勝手に人の寿命を決めるなよ。僕は婚約者を残して簡単に死んだりはしないさ」
「だったら約束して・・・」
 縋る様な少女視線を外す様にしてズボンの裾に着いた草を払いながら少年は立ち上がる。
「でも、一緒に死ぬなんて無理だよ。何か別の約束にしてくれないか?」
 足元に付いた泥を払いながら少年は言う。
 少女は俯いて暫く考え込む様にして黙り込んだ。
 日差しが人工水蒸気で創られた雲に隠れ、草原の緑が色を濃くして行く。
「だったら私、貴方からここで指輪が欲しいの」
「え、今かい?」
 突然の申し出に少年は戸惑う。
「私が十八になった時に!」
 そう言った少女の表情は明るい。
 少女の笑顔に、つられる様にして雲が晴れ日差しが輝いて降り注ぐ。
「女の子はね。十八の誕生日に銀の指輪を貰うと一生幸せになれるんですって。だから・・・ね?」
「分かった。約束するよ」
 少年は軽い溜息と共に首を縦に振って頷く。
「ホントに約束よ」
 少女は念を押す様にそう言うと、急に立ち上がって微笑む少年の首に白い花の輪を掛ける。
「何だよこれ?」
 気恥ずかしそうにする少年を見て少女は笑った。
「私のティアラとお揃いよ。パパの選んでくれた最高のナイトさん!」
「からかうなよ。行こう、日が暮れちゃう」
「あっ、待ってよ!」
 足早に歩く少年を追って少女は駆け出した・・・



『あの時の約束・・・忘れた日は無かった』
 微睡みの中でラスティは静かに呟く。
『だが、どうして・・・《夢》なんか見る?』
 ラスティは軽い驚愕を感じていた。
『強化人間にされてから、一度も無かった事が・・・』
 揺れる列車の中、ラスティの暗い瞳が緑の壁を泳ぐ。
『体内のナノマシンの寿命が近いのか?』
 ラスティは先日のデリンジャーとの対決以来、自分の体に何かしらの変調を感じていた。
 朧気に戻りつつある感情や人間性・・・
 浅いとは云え夢を見るなど今まで無かった事だ。
『戦闘能力が落ちていなければいいが・・・』
 軋むベッドの上でラスティは深く目を閉じる。
「何れにせよ、俺の成すべき事は一つだ」
 ラスティは溜息を一つ吐いて寝返りをうつ。
 列車は留まる事を知らないかの如く戸惑うラスティを乗せて列車は進む。汚染された大地の夜闇を切り裂く様にして・・・


 丘の上の小屋は粗雑な木組み造りをしていた。
 周囲は暗闇に閉ざされ、気温は昼間とかなりの落差がありカシスは肩を抱いて震えている。
 日陰に立て掛けられた色とりどりのスノー・ボードが周囲を見回すワイルド・カードの目に留まった。
「間違いねぇ、ここだ」
「え、ちょっと・・・ココじゃ無かったかも知れなかったワケ?」
 白い息を吐きながらワイルド・カードの言葉に呆れた様にカシスが言う。
「まぁ、コイツは明日ステーションで合流する事になってるから、別に間違っててもイイかって思ったんだがな。だが、ここで正解だった様だぜ」
 余りのワイルド・カードの無計画ぶりにカシスは口を開くだけで何も言う事は出来なかった。
「さて、居るかな?」
 ワイルド・カードのゴツイ手がログハウスの取っ手に掛かった瞬間、背後で人の声がする。
「動くなよ、人のウチにノックもしないで何の用だ?」
 二人が振り返った先には浅黒い肌をした男が手にライフルを構えている。
 カシスは大人しく両手を静かに上げた。
「アーラルじゃ無ぇか!」
 突然、振り返ったワイルド・カードが男を見て叫ぶ。
「その声・・・ワイルド・カードの旦那か?」
「懐かしいぜ、相変わらず用心深いなオメエは!」
 アーラルの銃口を気にする事なくワイルド・カードはズカズカとアーラルとの距離を詰めていく。
「おい、カシス。コイツが俺の昔のダチで《アーラル・ベイジ》だ!」
「懐かしい顔だぜ旦那。相変わらず彫りが深くって分かりやすいツラしてるな」
「お前ぇこそ、ド近眼らしいな。自然の中で暮らしてれば治るってハナシは嘘か!」
 カシスは両手を挙げたままの姿勢で向かい合って大笑いする二人を見た。
 2メートル近い巨漢のワイルド・カードと1メートル60センチ位しか無いアーラルの姿はカシスに昔見た大破壊以前の映画《ツインズ》を思い出させる。
「よぉ、あそこのカノジョは旦那のコレかい?」
 アーラルは好色そうな表情で小指を起てる。
「へっ、イナカで冗談が下手になったな。近づいて顔を見てみろ、土下座して俺に謝りたくなるからよ」
 ワイルド・カードはそう言うと、アーラルの肩を押してカシスの方へ突き飛ばす。
 アーラルは勢い余って、両手を挙げていたカシスの豊かなバストに直行する事となった。
「ちょっと!」
 カシスはワイルド・カードに怒声を出すが、胸の中に堅いモノの当たる妙な感触が気になって下を見た。
 そこにはアーラルが構えたままの銃口が胸の谷間へと挟まる様に突きつけられている。
「あ・・・っと済まない」
 アーラルがそう言って銃口を下げたと同時に、カシスはその場にヘタリこむ様にして地面に膝を着く。
 カシスの仕草にワイルド・カードの大笑いする声が夜闇へと響き渡って行った・・・


「さあ、焼き上がったぜ旦那方」
「ほら、食えよカシス・・・」
 鈴虫が静かな曲を奏でる中で、焚き火を囲む3人は串に刺さった肉を前に座っていた。
 頻りに肉を進める二人の頬には、赤い手のひらの跡がクッキリと残っている。
「何度も謝ってるだろうが・・・大体、何で俺まで殴られるんだ・・・セクシーなフェイスが台無しじゃねぇかよ」
 愚痴をよそにカシスはそっぽを向く。
 彼女は相当怒っているらしい。当然の事だ。
「旦那が悪いんだぜ・・・反省したら?」
 焼き上がった肉を皿に乗せ、アーラルは手にしたナイフで細かく切りながら言った。
「ケッ、お前は女に弱いヤツだな。ガード時代からそうだったのを忘れてたぜ」
 半ば投げ遣りな態度で、ワイルド・カードは大仰に足を組む。
「そりゃ、旦那だろ。大隊でも有名だったぜ」
 アーラルは昔を懐かしむ様に言った。
「こうして今思えば、カウンター・マフィア・ガードの連中と殺り合ってた頃が一番辛くて、一番楽しかったな・・・闇アリーナの残党やマフィアの連中と組んで毎日、毎日A・Cに乗って・・・」
 アーラルは焚き火の中から、燃えている木切れを取り出して煙草に火を着ける。
「大勢死んだな。気のイイ奴から順番に・・・」
 珍しくワイルド・カードの顔が神妙なものになり、俯いて揺らぐ火を見ながら言葉を続ける。
「その跡に残ったモノって言えば、戦死したヤツの慰霊塔位のモンだ・・・」
 ワイルド・カードのブルーの瞳には、足元で燃え盛る炎とは違う暗い光が宿っていた。
「俺も結局、大した意味の無いガード内部の内輪揉って事で上層部同志の話し合いってコトでカタがついた時にぁ、絶望したな・・・」
 アーラルは俯いて紫煙を吐き出しながら言った。
「あの抗争で何人のガードと市民が死んだと思ってやがるんだ。フザケやがって!」
 吐き捨てる様にワイルド・カード叫び、燃え盛る炎から視線を逸らした。
 凍てつく様な沈黙が場に流れる。
 カシスは俯いて横目で二人の話を聞いていた。
 鈴虫の鳴き声と燃える木の弾ぜる音だけが、深い夜の静寂に拡がっていく。
 暫く経ってアーラルが重い口を開く。
「でもよ旦那、少なくとも、あの頃の俺達には《市の安泰を取り戻す》って目的があったから、後悔はして無いぜ、レイヴンなんかになった今でも・・・」
 アーラルは切り終えた肉が乗った皿をワイルド・カードへと差し出す。
「だったら何故、こんな所に居るんだ?」
 皿を受け取ってワイルド・カードは呟く。
「さぁな・・・気が付いたらステーション防衛の長期契約してた。イヤだったのかもね、テトラ連立都市に居るのが・・・」
 首を振りながらアーラルは小さく笑う。
「腕はイイが卑怯な男たぜ、まったくよ」
 ワイルド・カードも静かに笑った。
「それも大隊じゃ有名だったろ、旦那?」
 二人は互いを見て悲し気な顔で笑い合った。 そんな二人を横目で見ていたカシスがそっと呟く。
「あの・・・お腹減ったから、お肉貰ってもイイ?」
 アーラルは微笑んでカシスへと自分の手元にあった皿を差し出す。
「お姫さまの御機嫌も治ったようだし、湿っぽい話は止そうぜ旦那、それよかアノ時の話を聞かせてくれよ」
 アーラルは大袈裟に声を出して場を明るくする。
「おおよ、アレは準市民地区で、闇アリーナの残党と共同作戦した時だ。その中にイケ好かん野郎が・・・」
 そう言って話し始めたワイルド・カードとアーラル・ベイジを見つめるカシスの顔は微笑んでいる。
 二人の歴戦の勇士に向けた眼差しは、足元で揺れる炎の様に暖かなものであった・・・・


 明けの明星が薄れ、東の空が赤味を帯びる。
 この地方の気候は過酷そのものだ。
 明け方は零度近くまで冷え込み日中は体温を越す。
 ひび割れた大地に巨大な鉄の爪先が鈍い音を起てた。
 朝霧に翳る巨大な人型のマシン。紛れもなくそれはA・Cである。
 二機いるA・Cの後ろには純白のリグが砂埃を巻き上げながら前進していた。
 カシスの操るリグを背にして、オーナーであるワイルド・カードの趣味で今月のラッキーカラーである純白とグレーに塗り替えられたA・C《シュトラール》を先頭に、カーキに近いハーヴェスト・イエローの重逆間接で《特殊腕》と呼ばれるマニュピレータの無い武器腕を両腕に装備するアーラルの愛機《エルザリア》が続く。
「二人ともいいか、列車の到着は夜明けと同時の予定だ。敵はアバロン・バレー側から確実に向かって来る。どの位の規模の部隊かは企業諜報部も掴めなかったらしいから、気ィ抜くんじゃねえぜ」
 ワイルド・カードの言葉に、アーラルは笑いながら通信機で返答する。
「旦那こそ、昨日は結構飲んでたからな。ブーストダッシュでフラついても、攻撃の手が足りねぇからサポート出来ないかもよ」
「ぬかしやがれ、どんなヤツが来ても、俺様一人で充分だぜ、せいぜい足を引っ張るなよ」
 少し遅れて、薄闇に白く浮かび上がる純白のメンテナンス・リグが追いついて来た。
「シティ境界線はこの辺りよ。ここから中立地帯になるから向こうから攻撃を仕掛られるわ」
 カシスは慣れない装置を戸惑いながら操作していた。
 一行は都市側の勢力範囲の端にまで到着している。
 ここから先は10キロは、どちら側からも攻撃を仕掛けても領域侵犯にはならない中立とは名ばかりの、言わば完全な無法地帯だ。
「オーケー、後は列車の到着を待つだけだ」
 二機のA・Cとリグは、その場で停止する。
「早速に来たわ、上空にティル・ジェット三機と地上から・・・何かしらコレ?」
 ワイルド・カード所有のメンテナンス・リグは最新型ではあったが何分、実戦データは少なく機種の絞り込みはかなり限られていた。
「旦那見えるか?」
 アーラルはワイルド・カードに尋ねる。
 度入りの特殊偏光ゴーグルを着けても彼は人並み以下しか視力が無いのだ。
 ワイルド・カードは暗い地平線から見えるグレーの染みの様な物体を目を凝らして見つめた。
「あれは・・・《サガルマタ》だな。五機もいるぜ」
 サガルマタとは通常、拠点防衛用に配備される重量級四脚型M・Tである。
 非常に装甲が厚く加えて武装は強力。A・Cと云えど油断のならない大敵だ。
「移動速度がヤケに速え・・・脚部をホバー・タイプに変えたヤツだな。前に一度見た事がある」
 ワイルド・カードの指を折って鳴らす音が通信機を通して二人に聞こえる。
「上のティル・ジェットに、何を何機積んでるかは分からねぇが、地上もサガルマタだけとは思えないね。こりゃ旦那、久々に本気で掛からねぇとヤバいぜ」
 アーラルは溜息混じりで言う。
「ビビったんなら逃げたらどうだ?」
「お姫さまを残して逃げんのは趣味じゃ無いぜ!」
 そう言いながら、アーラルはゴーグルへとプラグを繋ぐ。弱視をカバーする為に武装の照準機と直接連動させたのである。
「ターゲットの《バルダー158便》が駅に到着したみたいよ・・・補給は三十分で終わるって」
 カシスはヘッドホンから流れる情報を二人に伝える。
「良し、そろそろ行くか旦那・・・」
「アーラル、遅れんじゃねぇぜ!」
 シュトラールは低い姿勢になり、背後のブースターを充分に噴かせると飛び出す様に敵へと向かう。
 エルザリアは逆間接特有の高いジャンプで先を行くシュトラールに続いた。
「二人共、余り喋らなきゃ格好イイ男なのにな・・・」
 遠ざかる二機のA・Cを見ながら通信機に流れぬ様、小声でカシスは呟いた。
「上空の蝿は任せるぜ、アーラル」
「オーライ!」
 エルザリアは両腕を上げて停止すると、ティル・ジェットへと狙いを定める。
「雑魚を生む前に消えてもらうぜ」
 アーラルはロックした先頭の機へと情け容赦の無い攻撃を放つ。
 射程が長い二器の特殊腕レーザー・キャノンが小刻みに照射され輸送機は炎に包まれた。
「運が無かったな・・・止めだ!」
 高度の下がった燃え盛る輸送機に向かい、エルザリアは軽いジャンプで距離を詰め両肩の大型四連レーザー・キャノンを撃ち込む。
 輸送機は閃光に包まれ完全に失速し乾いた地面へと突き刺さる様に墜落する。
 これではコンテナの中のマシンも助かりはしない。
「悪いな。こっちも命賭けでね」
 軽いブースト噴射で羽毛の様に着地したエルザリアは再び狙いを次の輸送機へと定めた。
 ワイルド・カードは上空の輸送機には目も繰れず、最大速度で直進する。
 シュトラールは背中に小型のレーダーしか装備しておらず、武器は手にした長距離ライフル一丁だけだ。
 黒い染みの様なサガルマタの輪郭が確認出来る頃、その足元にも幾つかのM・Tらしき影が見え出す。
「面白くなってきたぜ!」
 急接近するシュトラールに対しサガルマタは一斉にミサイルを撃ち出した。
 ミサイルのロケット・モーターが吐き出すオレンジ色のバーナー炎が未明の空に垂直に上がって行く。
 一定の高度に達したミサイル群は次々と牙を剥いてシュトラールへと襲い掛かって来た。
「ヘイ、ヘイ、ヘィ!!」
 ワイルド・カードは全く機体のスピードを減速させず、次々と落下して来るミサイルをパスして行く。
 その動きは全く無駄が無く高誘導を誇る垂直発射式のミサイルが機体を全く掠めもしない。
 敵側は唯ならぬ、このA・Cの動きに臆したのか動きを止めて前進を中止する。
「スターの動きに見取れた様だな。無理もねぇ」
 未だ降り注ぐミサイルを回避しながらワイルド・カードは口元に余裕の笑みを浮かべ、その様子を笑う。
 ミサイルの雨が止むと同時にサガルマタの足元に居たM・Tが迎撃に向かって来る。
 逆間接A・Cに似た形状をした人型M・T《ワスプ》である。その数は十機を確実に越えていた。
「サインしてる時間は無いんでな、鉛弾で勘弁しろよ」
 ワイルド・カードは迫り来るワスプの群にライフルを至近から撃ち込んで行く。
 集団戦での同士打ちを避ける為、ワスプの部隊は散開してシュトラールを取り囲む陣形に移るが、接近された今となっては既に遅い。
 瞬く間に蜂の巣にされた二機のワスプが崩れ落ちて鉄塊へと姿を変えた。
 更に敵側は近距離戦闘に持ち込まれてしまっており、ワスプの肩に装備されたミサイルは使えず小口径のマシンガンで必死に応戦するが所詮、A・Cの装甲の前には豆鉄砲にしか過ぎず分の悪い喧嘩となっていた。
 何しろシュトラールの神速の如きスピードの前に、その豆鉄砲すら掠りもしないのである。
 シュトラールと云うA・Cが並外れて速度が出るA・Cと云う訳では無い。操るワイルド・カードの腕が卓越しているのだ。
 移動に緩急を取り混ぜ、常に敵集団の死角に回り込み必殺の一撃を食らわせるその動きは相対した敵へ通常の何倍ものスピードに感じさせる。
「終わりだ」
 また一機のワスプがシュトラールのブレードで頭部を斬り飛ばされ、転倒して火を噴く。
 正に瞬間の出来事であった。シュトラールが接近して白兵を仕掛けた僅か十数秒でワスプは残り一機になってしまっていた。
 その僅かに幸運だった最後の一機も、シュトラールのブレードによる斬撃で真二つに裂かれて倒れる。
「他愛無いぜ、出直して来な!」
 ワイルド・カードは拡声器を通して足元に散るワスプへと向かって言う。
 倒されたワスプから次々と兵士が降りてくる。中には負傷した者もいたが、驚愕すべき事はワスプのパイロットの殆どが生存していた事だ。
 機体を炎で焼かれた機体も、炎が上がる部位は見事に本体から切り飛ばされていた。
「何者なんだ・・・あのレイヴンは」
 他の兵士に肩を貸す男が惚けた様に言った。
「強すぎる。化け物だ・・・」
 地に両手を着いた兵士は嘆く。
 口々に呟くM・Tのパイロットを後目にシュトラールはブーストの噴射風だけを残し、聳える様に未だ存在するサガルマタへと突進して行った・・・


 戦場から少し離れた場所に一台のメンテナンス・リグが傍観する様に停止していた。
 柿色がかった黒いボディは闇に溶け込む様に選ばれた塗色であり、暗いシルバーのエングレービングが不気味に朝日に照らされて重厚な光を放つ 。
「これでは我々が行っても遅いですかね?」
 黒い丹念に手入れされた髭を撫でながら、男は自分の背後へと問う。
「加勢などする気も無いのに良く言う・・・」
 髭の男が着る黒いシルクのスーツの背中に向かって、壁際に背を預けている男が呟く。
「ククク・・・流石は Mr・《葉霧》ですな。何もかもお見通しと云う事で?」
「あの部隊が全滅になれば、企業へ報告して賞金額を釣り上げる気だろう。貴様の考えそうな汚い手だ」
 吐き捨てる様に葉霧と呼ばれた男は言うと、足の先に散乱するブランデーの瓶を一つ拾うとキャビンの出口へと向かう。
「 オー! Mr・葉霧。何処へいかれるのですか?」
 シルク・スーツの男が大袈裟に腕を拡げる。
「真柚の処へ行く・・・ゲス野郎と同席は御免だ」
 葉霧は足元の空瓶をキャビンの壁へと蹴り跳ばす事でこの男への捨て台詞とした。
 カン高い音と共にガラス瓶が砕け散る。
「私も御免ですな。酒浸りの堕落した鴉との同席はね」
 スーツの男は、去り行く葉霧へと侮蔑の眼差しを送って鼻で軽く笑う。
「さて、万が一の為、私は外出するとしますか・・・」
 男は狡猾そうな邪悪な笑みを顔に浮かべると、首元のボータイに軽く触れ位置を正す。
 髭の男は振り返ってリグのコンテナへと向かうべく歩き出した。
 キャビンの出口に髭の男が達した時、足元で何かが砕ける音がする。
 髭の男の視線が下を向く。
 そこには、床の割れたガラスの破片が太陽の輝きを反射して美しくも危険な光を湛えている。
 男はそれを黒い革靴の底で詰るようにして潰すと、A・Cが搭載されている後部デッキへと向かって歩き出して行った・・・


 サガルマタの執拗なミサイル攻撃にワイルド・カードは攻めあぐねていた。
「旦那、遅くなって済まない」
 荒野の小高い丘に身を隠すシュトラールの背後からエルザリアが追いつく。
「輸送機はどうした?」
「兵員を回収させる分の一機は残したぜ」
 エルザリアが特殊腕で指す方角には、薄い飛行機雲が延びており、その先に輸送機が旋回している。
「《積み荷》も排除したから万事オーケーだぜ」
 ワイルド・カードは小さく頷くと通信機へと顔を近づけて叫ぶ様に言う。
「カシス、今から特攻を仕掛ける。リグからのミサイルもちゃんと撃つんだぜ!」
「分かってるわよ、怒鳴らなくても聞こえてるわ」
 そう言うが早いかメンテナンス・リグから、マルチ・ミサイルが射出された。
 サガルマタの手前で弾ける様に拡散して、次々と浴びせる様に命中して行く。
「アーラル、定石通りサイドとリアから攻めるぜ」
「了解だ旦那!」
 二機のA・Cは岩陰から飛び出して敵襲団の左へと回り込んだ。
 サガルマタは正面武装としてエルザリアが装備している物と同型のA・C用レーザー・キャノンが取り付けられている。
 更に正面の追加装甲は重量級A・Cと同じ材質のプレートで保護されている為、 攻めるのは側面か後方と云うのが攻撃側のセオリーなのだ。
 ワイルド・カードとアーラルはマルチ・ミサイルによって回頭の遅れたサガルマタへと前方ダッシュで一気に距離を詰めていく。
 ミサイルの雨をかい潜りながら、二機はサガルマタの集団を武器の射程距離へと収めた。
 最早援護機も無く攻める側から攻められる側へと成り果てた巨大なM・Tは完全に浮き足だっている。
「今更、振り返っても遅いぜ!」
 ワイルド・カードは一台のサガルマタへ急激に接近して白兵戦の距離にまで達した。
 サガルマタの後方に装備された近接防御用の三砲身12・7ミリのガトリング砲がシュトラールへと向く。
 その刹那、ガトリング砲台が閃光に包まれ溶け落ちる様にして完膚無きまでに破壊される。
 エルザリアのレーザーキャノンの狙撃である。
「旦那、行けるぜ!」
「言われるまでもねぇ!」
 シュトラールは深々とサガルマタへと左腕のブレードを刺し込み、そして払う様に切り裂いた。
 爆風を避ける為、二機は即座に後方へと離脱する。
 サガルマタは醜い傷跡から炎を噴き、内部機器を四散させて轟沈する。
 その爆炎を隠れ蓑にしてシュトラールは隣のサガルマタへと接近し、脚部ホバーのジェネレイターの部位を切り裂いて内部に直接ライフルを撃ち込む。  エルザリアはその奥の機体へと背中の四連レーザー・キャノンを食らわせ、続いて腕武器で止めを入れた。
「残り二つ!」
 機能停止したサガルマタを踏み台にしてアーラルのエルザリアは飛翔した。
 逆間接A・Cのジャンプは、他のどのA・Cよりも高く、苦し紛れに放たれた敵ミサイルは虚しく赤茶けた大地へと突き刺さっただけに終わる。
 宙に舞ったエルザリアは、サガルマタの上面へと腕のレーザーを照射して垂直ミサイル発射システムを破壊し、着地と同時に先程とは逆に、背中の四連キャノンでサガルマタを沈黙させた。
「旦那、ラス1は譲るぜ」
 残された一台のサガルマタは離脱するべくミサイルを乱射させながら後方へと下がりつつあった。
「何だ、逃げんのかよ?」
「アーラル、様子が変だぜ・・・あのサガルマタには正面用のキャノンが無い」
 確かに最後の一台の正面には巨大なA・C用の爆雷の様なスリットの入ったボックスが取り付けられていたが、本来有る筈のキャノンは無かった。
 正面を向きながら撤退するのであれば、何かは不明だが正面に取り付けられたを兵器を使用する筈であるのだが、サガルマタは垂直ミサイルを打ち上げながら撤退して行く。
 ワイルド・カードが不信に思い、シュトラールが一歩前へ出た時にカシスからの緊急通信が入った。
「《バルダー158便》が駅を出たわ。すぐにこちらに到着するって、間に合う? 」
 ワイルド・カードは背後の線路を見た。  黒い点の様に見える列車が、ゆっくりとこちらに向かっている。
「仕方ねぇ・・・逃げるヤツを追い打ちするのは主義じゃ無いが、やるか」
 溜息混じりでワイルド・カードが言った、その時、突然サガルマタの正面のスリットから何かが吐き出される様にして射出された。
 扁平なエイを思わせるそれは機体の真ん中に大型のファンが取り付けられ地面スレスレを滑空しながら列車を目指す。
「旦那ヤバいぜ、ありゃ《デザートマンタ》だ!」
「何だそりゃ?」
「元々、A・C用の移動型の爆雷だが、ありゃデカ過ぎるぜ、直撃すりゃ列車がヤバい!」
 サガルマタは次々とデザートマンタを吐き出して後方へと下がって行く。
 射出された数は四つ。ワイルド・カードは撤退するサガルマタなど無視して迎撃に急いだ。
 デザートマンタは直進して列車の方向へと向かう。
 シュトラールとエルザリアは、その間に割って入る様に迫り来るデザートマンタと正対した。
 線路の向こうから列車は徐々に近づきつつある。
 こちらまで達するのはもう時間の問題だ。
「ヤバいぜ旦那、時間が無い!」
 アーラルが叫ぶように言った。
 デザートマンタの進路は線路に対して直角に進んで来ている。
 ワイルド・カード達が一機でも反らせば、列車の側面へとデザートマンタは直撃してしまうだろう。
「カシス、早く列車に止まる様に伝えろ!」
「駄目、回線は一方通行で通信出来ないわ!」
 既にカシスは列車へと緊急勧告していたが、一向に返答は無く減速する気配も無い。
 その間にもデザートマンタは距離を縮めて来る。
 幸いなのはサガルマタ撤退の時間を稼ぐ為か、デザートマンタが直進する速度が若干遅い事であった。
「アーラル、狙撃出来るか?」
「全部は無理だ。キャノンのリロード・タイムの間に逃がす・・・それに一番右のヤツが厄介だ。キャノンの射程距離内で岩場の突起が邪魔で、射線が通らない」
 ワイルド・カードは目を閉じて考えた。
「良し分かった。三機はお前が落としてくれ。右のヤツは俺に任せろ」
 そう言ってシュトラールは迫り来る爆雷へと向けてダッシュを開始する。
「任せろってどうするんだよ!」
 アーラルが遠ざかるシュトラールの背を見た時、爆雷が射程距離に収まった事を示すアラームがエルザリアのコクピットで鳴り響いた。
「チッ、もう来やがったか!」
 アーラルはゴーグルにロックの表示が出た瞬間、スティックのトリガーを引き絞る。
 エルザリアのレーザーが照射される瞬間、デザートマンタは進路を曲げ迂回する様に回避体勢を取る。
「ゲッ、人工知能搭載型かよ、回避しやがるぜ!」
 エルザリアをジャンプさせアーラルはデザートマンタへと近づいて行く。
 距離を詰めて回避行動に移る前に叩き落とすしか迎撃する手段は無い。
 アーラルは至近距離での射撃で漸く一機のマンタを迎撃する事に成功した。
 列車は線路の向こうから徐々に近づきつつあり、無骨な先頭車両の輪郭が見え始めてきた。
「あと一分で列車が来ちゃうわ、間に合うの!?」
 カシスは半ば動転する様に二人へと問い掛ける。
「やるしかねぇだろがよ!」
 ワイルド・カードの大声が通信機から響く。
「一分で二機かよ、キツイねぇ・・・」
 アーラルは精一杯の軽口を叩いた。
 既にエルザリアはデザートマンタを後方に反らしてしまっており、迫り行くマンタを追う形になってしまっている。
 一番右のデザートマンタを追うワイルド・カードも焦っていた。
 ライフルは何発かが直撃しているのだが、装甲が厚く致命弾に到らないのである。
「鬱陶しいヤツだぜ、まったくよ!」
 ワイルド・カードはスロットルを全開にしてマンタへと至近戦を挑む。
 それを嫌うかの様にマンタは機体をバンクさせて即座にシュトラールから遠ざかって行く。
「逃げんなよ、この根性無し野郎が!」
 ブーストの連続使用により減り行く電力を気にする余裕など無い状態でワイルド・カードはひたすらデザートマンタを追う。
 前方の目の前に砂柱が見え、列車へと通じる道が二手に分かれていた。
「コレだ・・・先回りしてやるしかねぇ」
 ワイルド・カードはシュトラールに内周りのルートを取らせ更にブーストで加速させる。
「出会い頭が最後のチャンスだぜ・・・」
 一瞬のクロス・ポイントに全てを賭けたワイルド・カードの博打が始まった・・・


「いい加減落ちろよ!」
 連射するキャノンは虚しく回避され続けている。
 だが、これはアーラルのフェイントにしか過ぎない。
 デザートマンタは回避を続け、遂に大きな起伏のある地面へと辿り着き、機体が跳ねてしまっていた。
「手間の掛かる奴等だぜ」
 浮いてしまったデザートマンタをエルザリアのキャノンが仕止める。
「残り一機!」
 そう言って最後のマンタの方向へと視線を移したアーラルに瞬間だが油断が生じた。
 破壊したマンタから爆炎が立ち昇り、エルザリアが余波を食らって突かれる様に後方へと跳ばされたのだ。
「しまった、ミスったぜ!」
 これりより残りのデザートマンタとの距離が開いてしまい、迎撃がより困難な物になったのである。
 列車はもう、すぐそこまで来てしまっていた。
「間に合わない!」
 デザートマンタは脇目も振らず列車を目指す。
 体勢を崩しながらもエルザリアはロックしていないキャノンを乱射した。
 マンタは、あざ笑うかの様に全て回避して行く。
「当たれよ!」
 アーラルは武装を背中の4連キャノンへとチェンジして気合いを込めた一撃を放つ。
 これが外れれば列車への直撃は必至だ。
 幸いにもエルザリアから照射されたレーザーはマンタの後部ギリギリに掠める様に命中した。
 だが、それも一瞬でありマンタは跳ねる様にして上空へと飛び出してサイトから逃れる。
 これでは如何に強力な破壊力を持つレーザーと云えど照射時間が短すぎて装甲の貫通には到らない。
「ジーザス!!」
 アーラルは叫んだ。もう打つ手は無く直撃は決定だ。
 後は列車の被害が少なく済むのを祈るしか無い。
 マンタは軽いバウンドをして着地すると、傷ついた子鹿を狙う狼の如く列車へと襲い掛かる。
 その瞬間、どこからともなく一条の光がマンタを捕らえ直撃寸前で爆発した。
「狙撃、どこからだ!」
 アーラルはレーダーを見るが、何も反応は無い。
 炎に包まれるデザートマンタは暫くの間を置いて四散し列車に細かな破片を突き立てる。
 しかし直撃に比べれば被害は微細にしか過ぎない。
「スナイパーがどこかに潜んでいる・・・何処だ?」
 アーラルは不信に思った。
 ステーションに駐留する他のレイヴンの加勢と思われるのだが姿を見せないのは変だ。
 何より、無報酬でレイヴンが動く事など有り得ない。
「何故かは分からないが、助かったぜ・・・」
 アーラルは複雑な心境で通り過ぎる列車を見送る。
 列車最後尾の緑のコンテナが行き過ぎるのを確認した後、釈然としない気持ちのまま残る一機へと向かったワイルド・カードを追う。
「旦那、列車は通過したぜ!」
 遮蔽物だった岩場を越えたアーラルが見た光景は信じられない物であった。
「凄ぇ・・・」
 思わず、アーラルの口から言葉が漏れる。
 アーラルの眼に飛び込んできた光景はデザートマンタを正面からシュトラールが持ち上げて受け止めている所であった。 両脚は地面に半ばメリ込んでいる。
「よう、遅かったな!」
 そう言うとワイルド・カードはシュトラールにマンタを放なさせ素早く距離を開ける。
 前へと走り出したデザートマンタを即座にアーラルはキャノンで射撃して爆破した。
「ライフルが通用しなくってな。列車が過ぎるまでヤツにぁ、大人しくして貰ったぜ」
 そう、軽く言うワイルド・カードにアーラルは開いた口が塞がらなかった。
 人工知能搭載型でA・Cより素早いマンタを掴む事も神業に近い上、信管を作動させず完全に停止させる事は奇跡と言っても過言では無い。
 実見した後でもアーラルには、この事実が信じられなかった程であった。
「ホント、旦那だけは敵にしたくないねぇ・・・」
 アーラルが呆れた様に呟いた時、遠くで列車の汽笛が乾いた大地に鳴り響いていた・・・


 去り行く列車から離れた砂丘に一機の砂漠迷彩色のA・Cが物陰に隠れる様にして待機している。
 そのA・Cは、慎重に構えたライフルが不用意に地面に着かぬ様に移動を始めた。
 精巧にバランスが取られたそのライフルは、エネルギー系武器で最長の射程と命中精度を誇る《WG−RF/E》である。
「全く世話の焼ける・・・ここで列車に止まられては我々の仕事が無くなるではありませんか」
 コクピットで呟く男は丹念に手入れされた髭を弄びながら邪悪な笑みを浮かべる。
「さて、残った輸送機はともかく、逃げたサガルマタにも消えてもらいませんとねぇ・・・」
 A・Cはなだらかな丘を滑り降り、列車の線路を跨いで一路、撤退したサガルマタの方向へと進む。
「これで企業からの報償金を釣り上げる口実が増えると言うモノです」
 A・Cパーツ中、最長の索敵距離を誇る《RZ−Fw2》レーダーが捕らえた反応はサガルマタが南へと向かうのが確認出来る。
「彼らにもう戦意は無い様ですね・・・」
 明らかにサガルマタは列車のルートから遠ざかりつつあった。境界線地帯でしか攻撃を仕掛ける事は難しいからであろう。
 失敗して所属が分かれば重大な領域侵犯になる。
 敵はアバロン・バレーと連立都市以外の所属のテロリストに見せ掛けた他企業のガードらしい。
「あんな機密物資などに興味は無いですが、欲しがる企業もあるのですねぇ」
 呆れた様に髭の男が呟いてサイトを見た。
 既に遠く離れて豆粒にしか見えないサガルマタは、男のA・Cにロックされている。
「落ちなさい」
 男は無慈悲にトリガーを引いた。
 一筋の薄い色をした光線が狙い誤る事無く、サガルマタへと延びて行く。
 燃料タンクに被弾したのかサガルマタから巨大な火柱が立ち昇りレーダーの反応が消える。
「命中ですね、この《シルク・ハット》と狙撃用A・Cの《メトロノーム》から逃れる事など、どんな標的でも無理な話なのですよ!」
 男の高笑いと共に、爆裂したサガルマタを遠方に残し、狙撃型A・Cは自らのブースト噴射で巻き上げた砂塵の中へと溶け込む様にして消えて行った・・・


 次の列車がゾウラ・ステーションに到着する頃は日が西へと傾き出した頃であった。
 生コンクリートの簡素なホームには、3人の人影が長く延びている。
「じゃあな」
 アーラルは俯いて寂し気に呟いた。
「あばよ」
 列車に連結されたメンテナンス・リグを背にワイルド・カードは素気なく答える。
「元気でね・・・」
 力無くカシスは口を開く。
 ワイルド・カードは振り向いてリグへと足を向けた。
 カシスも後ろを気にしながらそれに続く。
「なぁ、アーラル・・・」
 不意に立ち止まってワイルド・カードは後ろを振り返らずに言う。
 アーラルの視線が上がって、広いワイルド・カードの背中を見る。
「契約期間が終わったら連立都市に帰って来いよな」
 アーラルはその言葉に目を閉じて答える。
「ここでやるスノボーに飽きた頃に帰るさ」
 ワイルド・カードは振り返ってアーラルを見た。
 アーラルは口元を歪ませて笑っている。
「旦那が、その頃まで生きてるか分からないケドな」
「抜かせ・・・ヘボい射撃するヤツが」
 そう言って振り返るとワイルド・カードは足早に歩き出す。
「お姫様も元気でな・・・悪い男に引っかかるなよ」
 アーラルは親指を立ててカシスへと微笑んだ。
「ええ、貴方みたいな男にね・・・」
 そう言って微笑み返すと振り返ってカシスもリグへと歩き出す。
『連立都市行き《バルダー159便》間もなく発車致します』
 割れた音声でアナウンスが流れ、けたたましいベルが鳴り響く。
 アーラルはポケットに両手を入れてリグへと向かう二人を見送った。
 やがて低い唸りと共に列車はゆっくりと紅の光へと向かって走り出す。
「連立都市に帰るのも悪くないかもな・・・」
 去り行く列車を眺めながら、アーラルは小さく呟いて自嘲の笑みを浮かべてゴーグルを上げる。
 遠くではランダース達のバザールの喧噪が真っ赤な空へと響いていた・・・                    



『MISSION 9 完』


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