ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 11 〜 遺跡強襲 〜


 青白い蛍光燈の光源に照らされた、小さな部屋に誰かの絶叫が響く。
 何かを床に吐瀉する低い音と共に鳴咽が漏れた。
「よくやるぜ、まったく・・・」
 分厚いガラスを挟んで小部屋を覗く、コートの男が肩を竦めて言う。
「しかし凄いな・・・シュミレーターの体感レベルが50は越えている」
 端末に向かっている金髪の男が目を見張った。
「何を感心してるんだ《ゼファー》の旦那」
 コートの男は、机に上げていた足を下ろしてゼファーと呼んだ金髪の男へと近づく。
「見ろ、奴のデータだ」
 ゼファーは端末の画面を分割して、ガラスの向こう側に居る男の状態を表示させた。
「こりゃ凄ぇ、A・Cとの同調率が通常人との比較で270パーセント強だぜ!」
「測定の範囲を越えてるのはこれだけじゃない。次のデータを見ろ」
 そう言ってゼファーは更に画面を開く。
「オマケにA・C搭載コンピュータとの代替率99.97パーセントかよ。アイツ一人でA・Cが動いちまう・・・測定器の故障なんじゃねぇか?」
 コートの男の目が驚愕に、小さなサングラスの奥で大きく見開かれた。
「《ゴディバ》次にお前が測定すればいい」
 ゼファーはコートの男《ゴディバ》に本気とも冗談ともつかない口調で答える。
「こう見えても俺はキレイ好きなんでね。奴の血反吐に塗れたシートに座るなんざ御免だぜ」
 ゴディバがそう言って面倒臭そうに親指で指したガラスの向こうでは、痩せた男が拘束されてシートに座っている。
 痩せこけた男の震える指先が、シート側面のスイッチを力なく押した。
「まだ続ける気の様だな・・・」
 ゼファーは興味深そうに画面を見続けている。
 シートに座った男はデリンジャーであった。
 上半身は何も着衣しておらず、肋骨が浮き出た胸に心電図の測定機の様なコードが無数に張り付いている。
 それらが纏まり、床に伸びた様はまるで色とりどりの毒蛇を思わせていた。
 シート脇のマニュビレーターがコードを忙しなく繋いでは切るを繰り返し、加熱しきったコードを取り替えていく。
「奴を・・・殺す!」
 喘ぎに近い声がデリンジャーの、不健康に罅割れた唇から漏れた。目は完全に充血しきっており、口の端からは吐瀉物が糸を引いて流れている。
「さっきからデリンジャーが言っている《奴》とは誰の事だ?」
 怪訝そうにゼファーが、ゴディバへと尋ねる。
「さぁね・・・俺とアンタじゃ無いのを祈るぜ」
 ゴディバの明らかに呆けた口調に、ゼファーは強く問い質す気が失せた。
「前回のゴンドラのレプリカを破壊した作戦からだ。奴のニーズホッガーが大破していたが・・・あれは燃料タンクが急に爆発したと報告されている・・・あれは事故だった筈だな?」
 ゴディバは知らん顔で愛銃をホルスターから出して、息を吹きかけながら磨いている。
「旦那の方がニーズホッガーに位置は近かっただろ?俺は奴を回収しただけだぜ」
「別のレイヴン相手に少し梃子摺っていた」
 ゼファーは吐き捨てる様に言う。
「そんで、俺の大活躍で見事にターゲットを仕留めたワケだよな?」
 ゴディバはニヤけながらゼファーを見た。
「嫌味な奴だ・・・」
 軽く舌打ちしてゼファーは再び画面に目を戻す。
「お前も知っての通り、午後から私は例の《会議》に出席する為に2日程、本部に行く。留守の間、デリンジャーから目を離すなよ」
 そう言われたゴディバは、鍔広の帽子に手を掛けて首を竦めた。
「最初は《失せ物探し》で《殺し屋》に、そんで今度は《お目付け》なるのかよ・・・まったく忙しいねココは」
 ゼファーは彼の軽口に、溜め息混じりで立ち上がると、ゴディバの胸に人差し指を突き立てて言葉を続ける。
「我々は連立ネストに一生を捧げた《奴隷》だ。殺し屋でもベビーシッターでも無い事を肝に銘じろ」
 ゼファーに対しゴディバは大仰に両手を挙げる。
「世間の噂じゃ、俺達は暗殺集団って言われてるのを知っているかい旦那?」
 これ以上話しても無駄と判断したゼファーはゴディバとガラス窓に踵を返してドアへと向かう。
「世辞には疎くてな。それに、お前の軽口に付き合う程暇じゃない」
 そう言い残し、不機嫌そうにゼファーは退室した。
「ヘッ、人生に潤いの無ぇ野郎だ・・・」
 ゴディバはガラス窓に目をやった。
「そんなに悔しいかよ・・・奴に負けた事が」
 ガラスの向こうでデリンジャーが、そう呟いたゴディバを睨む。
「油断したのだ」
 ゴディバはデリンジャーの唇を読む。デリンジャーは防弾並に厚いガラスを挟んでも彼の声が聞こえている様だ。
「じゃあ、油断しないで次は奴を殺す気か?」
 相変わらずなゴディバの軽口が続いた。
「次は・・・必ず!」
 鼻で軽く笑うとゴディバは小部屋に続くドアを潜ってデリンジャーの居る椅子へと近づく。
「俺達は奴隷なんだとよ、自由に戦いは選べはしない。次なんて機会は一生無ぇかも知れないぜ?」
 突然デリンジャーはコードを引き千切る様にして立ち上がると、ゴディバの胸倉を掴む。
「止せよ。お前の反吐でコートが汚れるだろう?」
 そう言ったゴディバの視線は鋭く変っていた。
「何故、お前は私がクロームのカロンだと言う事を皆に黙っている?」
 殺気に満ちたデリンジャーに対してゴディバの瞳に更に鋭い光が宿る。
「黙っていた方が何かと都合が良さそうだからさ」
 コートの下から金属音が響く。ゴディバが愛銃の撃鉄を上げた音だ。
「下を見ろ」
 デリンジャーは重い口調で呟いた。
 ゴディバが自分の足元に目をやり、驚愕する。
「何しやがるんだ!?」
 足元には小型のマニュピレーターが二本の太いコードを持ち上げている。
 これをゴディバに刺し込んで一瞬の内に感電死させるつもりだ。
 デリンジャー程の強化人間をコードを動かす前に一撃で殺すには、頭部を狙うしか方法は無い。
 ゴディバの銃口は胸を向いていた。コートの下からでは銃を上げるのに僅かにでも時間が掛る。
 明らかにゴディバが不利だ。
「協力しろ。お前しか出来ない事だ」
 デリンジャーの瞳は鋭く、有無を言わさぬ響きが口調にも現れている。
「何で、手前ぇの言うなりにならなきゃ・・・」
 強制を嫌う性格のゴディバが目を剥いて抗議しようとした、その瞬間、コードの一本がブーツを突き破ってゴディバの足に刺さる。
「マジなのかよ!」
 強化人間で無ければ気絶しそうな状況たが、ゴディバは脚の痛覚を瞬時にストップさせた。
 深くは刺さっていないらしいが、ブーツの穴から鮮血が滴り落ちる。
「プラスを刺した。次はマイナスだ・・・」
 喉から絞り出て来る様な不気味なデリンジャーの声は、ゴディバの反抗心を萎えさせた。
 ゴディバは溜め息と共に銃を下ろす。
「本気の様だな・・・ハナシだけは聴いてやる」
 デリンジャーは無言で肯くとゴディバに背を向けて上着を羽織る。鎌首を上げていたコードが力無く下がった。
「奴を誘き寄せる・・・ナーヴで奴だけに伝わる様に特上の条件依頼を流してくれ」
 ゴディバは苦笑しながら首を振る。
「ネストにバレたら命が無いぜ・・・」
 デリンジャーは唇の端を上げながら振り返る。
「お前なら露見しない様に細工が出来る筈だ」
 狂気を孕んだデリンジャーの表情にゴディバは背筋から冷たい物が流れるのを感じた。
「中立地帯にある遺跡に奴を誘い出せ。ゼファー達チーム・リーダーが居ない内にな・・・」
 そう言うと同時に、何かに気付いてデリンジャーは鋭い視線をドアへと向ける。
「立ち聞きは良くないな《アクセル》・・・」
 デリンジャーの言葉に、ゴディバは俯いて唇の端を歪めた。
「手前ぇも、ヒマなんだったら手伝えよ」
 ドアの向こうから口笛を吹く音が聞こえて来る。間髪入れずに、二人の前に姿を見せたのは褐色の肌をした少年であった。
「バレてたのか。なら部屋に入って聞くんだったね」
 悪びれた様子は欠片も無く、目の前の少年は微笑みさえ浮かべている。
 だが、デリンジャーもゴディバも彼が油断ならない存在である事は知っていた。
 アクセルはスレイヴ・クロウ内では有名な存在であったからだ。
 最も残忍な男で、自分の射線に割って入れば容赦無く、仲間でも攻撃する。隊長の命令を無視する事も、ままあるらしい。余りの容赦の無さ故に、彼のチームは常に隊長と二人構成になってしまっていた。
「隊長が会議に行っちゃって、僕も暇なんだ」
 アクセルは長い銀髪を弄びながら、屈託の無い、少女の様な笑い顔を見せた。
 含蓄の無い仕種なだけに、彼の本当の顔を知る者には、逆に空恐ろしい印象を与える。
「僕も一緒に行っていいでしょ?」
 アクセルの目に有無を言わさぬ光が宿る。
 獲物を見つけた鷹の目だ。
 だが、ここに居る二人は知っていた。じきにこれが鼠をいたぶり殺す猫の目になるのだ。
「勝手にしろ・・・邪魔になれば覚悟するんだな」
 デリンジャーは全くの無表情で答えた。
「それじゃ、メンパーが決まったトコロで獲物を誘き出すとするぜ」
 ゴディバは端末へと向かい、早速に首筋のジャックへとコードを繋ぎ出す。この面白そうなイベントに対し、ゴディバは先程の態度から一変して、嬉々として作業へと入り出す。
「A・Cの発進許可は僕が何とかするよ。三十分経ったら二人とも格納庫に来てよ・・・」
 アクセルが微笑みながら踵を返して部屋を出た。そして、即席チームの妙な連携で事は進んで行く。
「おい、ところでターゲットのアイツは、何てレイヴン・ネームなんだ?」
 ゴディバは早くも契約事項目に辿り着いたらしく、デリンジャーへ問い掛ける。
「《ラスティ》・・・それが奴のネームだ」
 名前を口にした時、デリンジャーの瞳は憎悪に満ち、震える拳からは鮮血が床へと一筋流れ落ちる。
「今度は逃さん。油断もせん・・・必ず殺す」
 そう言ったデリンジャーの口元は歪み、病的な色の唇には狂気の笑みが浮かんでいた・・・


 天井から光ファイバーが人工の夕焼けを映し出す頃、一人の青年が雑踏に押される様にして黄昏を追い抜くように歩いていた。
 青年は俯いて足元を見ながら、肩を落して前へと進んで行く。
 ポケットに右手を入れており、左手には重そうなスーツケースを引き摺っていた。
 やがて、青年は小さなアパートに辿り着き、そのペンキが剥げて赤錆びた階段を昇り始める。 二階の真ん中の部屋の前で、彼はカードを取り出してドアのスリットに刺し込む。
 カードの色は艶の無い漆黒。
 それは紛れも無く彼がレイヴンだと言う証だ。
 擦れた銀色の印字で、ネームの項には《ラスティ》と刻まれている。
 ラスティは酷く疲れていた。
 それもその筈である。たった今、アバロン・バレーから帰ってきたばかりだからだ。
「メールを開け」
 荷物を脇に置き、薄暗い部屋の中で彼が呟くと、卓上にある端末が起動して回線を繋ぎ始める。
 ラスティは部屋のベッドに身を投げ出す様にして、天井を見つめた。
 陽が落ちて薄暗くなり始めた窓を、端末の明かりが照らし出す。
 寝がえりをうって、横に向いたラスティは、右手の平に包まれた小さな髪飾りを眺める。
 それは別れ際に自分へと渡された、フィオが身に付けていた物であった。
 彼女が涙乍らに、去り行く列車へと駆け寄る姿が目に浮かぶ。
「俺にはまだ、彼女と正面から向き合う資格が無かったんだ・・・」
 ラスティの表情に暗い影が落ちる。
 卓上のディスプレイが、その横顔を濃く照らす。
 約束を果たしに行った事に対して後悔は無かったが、結果として、自分がレイヴンである事を彼女に知られてしまった。その事で、彼は心の中で激しく慟哭していた。
 だが、その瞳からは涙は一筋たりとて流れない。
 強度の肉体改造が感情から来る肉体反応すらコントロールしているからだ。
 しかし、彼にとって、今はそれすらマシに思えた。
 ナノマシンが正常に作動していた頃は、悲しいと思う感情すら、彼の心の中では儚い起伏でしか無かったからだ。
 確実に彼は人間らしさを取り戻しつつあった。
 だが、それと引き換えに戦闘に関する能力は低下している。
「俺はレイヴンでも、戦う道具でもない・・・」
 そう、ラスティは呟いてみた。
 声に出して確認したかったのだ。
 それより他に彼の苦悩を救う物は無い。誰も彼を慰める者など居ないのだから。
 繰り返し、同じ様な言葉を反芻する。
 何回目かの呟きと共に、メールの受信を終えるアラームが部屋に鳴り響いた。
 ラスティは、気持ちの整理が着かぬまま、暫くして酷く気だるそうに身を起こして端末へと向かう。
 用件は3件、2件はA・Cの管理と整備に関する事で請求と領収の内容だ。
 そして最後の一件は、破格の報酬が記載された依頼文章であった。
 前金で1万コーム、後金は3万コーム。
 内容は遺跡に巣食う、過激で有名なテロリストの排除となっている。
 詳細はネストの契約事項欄を参照となっていたが、レイヴンと企業間に良くある話しで、特定の者に向けて発信される所謂《デキ契約》の誘いである。
 連立ネストは厳密で、契約に関する事にも煩く、一度は絶対にナーブ上に契約内容を公開する義務を各企業に課せている。
 だが、何事も抜け道はあるもので、酷く適当な契約タイトルを着け、レイヴン達の感心を削ぐ様にして、本当の内容は隠す様にして特定者と契約する事が出来るのである。
 もちろん、例の一度開くと自動的に契約してしまう方式のカテゴリーに入っている。
 ラスティは、暫し悩んだ。
「何故、そんな契約を一介の中堅レイヴンの俺に名指しで依頼して来る?」
 ラスティはメールの内容を再度確認する。
 理由らしき物は何も見当たらない。簡素かつ必要な事のみしか記載は無かった。
 送り主は以前、一度だけ契約した会社だ。
「どうも怪しい・・・」
 ラスティはメールを無視する事に決めて、再びベッドへと戻ろうとする。
 その時、ふと彼の目に手にした髪飾りが映った。
 端末の青白い光を浴びて、赤い髪飾りは氷ついた様にも、泣いている様にも見える。
 彼の脳裏には列車を追いかける、泣き顔の少女の顔が鮮明に甦った。
 ラスティは迷いと苦悩の入り混じった表情を浮かべると端末へと向き直る。
「例え罠でも前金の一万は手に入る・・・か」
 ラスティは端末を操作して、契約事項欄の指定された場所を開いた・・・


 然程広くはない格納庫には三機のA・Cが肩を寄せるようにして並んでいた。
 その巨大な脚部の脇にある、メンテナンス用エレベータに座る二人の若い男達が談笑している。
「フロストさん。ホント、今日は楽でいいですね」
 作業帽を被った一際若い男が、年上の同僚に向かって柔らかな口調で言った。
「隊長連中が、会議で本部へ行ったからな」
 脚を投げ出して座る、年上の整備士が如何にも気だるそうに返事を返す。
「アーネストよ、それよりあのA・C誰んだ?」
 年上の整備士は、一番奥のメンテナンス・ベッドにロックされている重装脚部の黒いA・Cを面倒臭そうに指差した。
「ああ、あれは《ライオット》ですよ。アクセルさんのA・Cです」
 朗らかな声が格納庫の無機質な壁に反響する。
「《ケイ小隊》の生意気なガキのか・・・」
 三機は既に整備が終わっており、弾薬も燃料も装填済みだ。真ん中に位置する、大破していたニーズホッガーも完全に修理が成されている。
「暫くは出撃もないでしょうし、暇ですよね?」
 アーネストと呼ばれた若い整備士は、腰を上げて立ち上がると工具を片付け始める。
「また《エレナちゃん》の所へ行く気か?」
 呆れ顔でフロストは溜め息を吐く。
「前にゼファー隊長に注意されたろう?『関係ない整備部署の者が無闇に通信部署へ行くな』って」
 アーネストは小さく笑う。
 フロストの口真似がゼファー隊長に少し似ていたからだ。
「すぐ戻りますよ。その隊長も留守ですし」
 フロストは『勝手にしろ』と言った感じで、右手を開いて首を竦ませる。
 そこへ、通路から三人の靴音が近づいてきた。
 ゴディバを先頭に、アクセルとデリンジャーが続いて来る。
「フロスト、ちょっと出撃するぜ」
 やや高圧的なゴディバの物言いが格納庫に響き、反響は命令感を増長させる。
「隊長達からは、何も聞いてませんけど?」
 あからさまにフロストは嫌疑の表情を見せる。
「極秘命令でね。整備部には詳細を伝えない」
 ゴディバは口に手を当て、フロストに向かって小声で耳打ちする様に言った。
「やあ。アーネストさん」
 アクセルが若い整備士に向かって、少年特有の屈託の無い笑みを浮かべる。
「やあ、任務、頑張って」
 アーネストは軽く挨拶を済ませると、半ば駆け足で足早に去って行く。
「おい、アーネスト!」
 フロストが彼に気を取られている隙に、デリンジャーはコアから伸びるワイヤーに脚を掛けてコクピットへと昇って行く。
「そんじゃあ、行くぜ!」
 ゴディバも、そう言うと、巨大な四脚の前足を蹴って身軽に飛んでコクピットへと滑り込む。
「上に確認しに行っても無駄です。何せ極秘の任務ですから・・・」
 フロストの前を横切る時、アクセルは彼の目を見て呟く様に言って笑う。
 だが、その視線は異様に冷たく、フロストは格納庫の温度が一瞬、下がったのではないかと錯覚する。
『今度こそ負けぬ・・・いや殺す!』
 デリンジャーの赤い瞳が虚空を睨む。
 ニーズホッガーのブースターが熱の奔流を格納庫へと送り出し、巨大な機体を前へと押しやる。
 ゴディバのバレンタインとアクセルのライオットが後ろに続いた。
 瞬く間に、薄暗い荒野に砂塵が巻き起こる。
「行っちまったよ・・・」
 フロストは諦めた様に首を横に振り、軍手を放り投げて後ろを振り向いて歩き出す。
 白い軍手が格納庫の床で砂風に揺れていた・・・


 荒れ果てた崖の斜面に石造りの入り口が見える。
 遺跡は暗い闇に閉ざされて、湿った空気が緩やかに、そして吸い込まれる様に流れていた。
 辺りは、既に陽が落ちて暗くなっている。
 ラスティは神経を集中して入り口を見るが、敵機らしい反応は見受けられない。
「罠か・・・それとも警備が怠惰なのか?」
 森の中に口を開いている、一見護り易く堅牢に見える石造りの入り口にすら、感知器一つない事がラスティに突入を躊躇わせていた。
 ここまで来るのに、もう、一時間余り周囲と道程を慎重に捜索したが、何も見当たらない。
 それが、ラスティに突入の機会を逸させている。進入者に無頓着なテロリストなど稀有だからだ。
「地雷はともかくとして、警報機も無い」
 罠ならば、とっくに仕掛けてきても良い筈だ。何も攻撃が無い事がラスティにとって、このミッションが更に不気味に感じられる。
 不意に見たレーダの反応に、レスヴァークの後部から近づく物があった。
 レーダーレンジのギリギリに、小さな光の点が瞬いている。
「見張りが居たのか?」
 ラスティは即座に機体を振り向かせ、森に迫り出した斜面の岩場の陰へと隠れる。
 だが、今頃になって単機での背後攻撃というのも可笑しな話だ。
 目視して確かめねば、と言う腹積もりでラスティはワザと相手のレーダーに映るように位置をとる。
「撃つ・・・な、味方だ」
 唐突に、途切れがちな通信機から男の声がした。
「味方?レイヴンなのか?」
 これが敵の哨戒で無かった事に内心、更に罠かも知れぬという暗黙の危機感が募った。
 二機とは言え、A・Cの進入を易々と許すのだ。そんな間抜けなテロリストなど、居はしない。
 取りあえず、ラスティはコアの両端に取り付けられた、サーチライトの点灯で周波数をこちらに合せる様に信号を送る。
「本当に撃たないでくるなんて、有り難いねぇ」
 野暮ったい男の声が周波数の合った通信機に響く。
 暫くして森の向こうから、A・Cが姿を現した。
 近づくコアのライトの逆光が妙に巨大感を誘う。どうやら相手のA・Cはライトを強力な球と交換しているらしい。
 ラスティは、それに混じった、別の極く小さな光を見逃さなかった。
 どうやらスチールを撮られたらしい。
 相手のA・Cが横を向き、強いライトがカメラの視界から外れて視界が戻る。
 そこには、一風変った形をしていたA・Cがこちらを向いて立って居た。
 細身の逆間接の鳥を思わせる体躯で、腕からは砲身が伸びている。何よりも目の前のA・Cが異彩を放つのは、派手な黄色をした機体のカラーリングであった。
 ライトが作り出す影が異様さに拍車をかける。
「あんな内容の依頼で俺以外に契約したレイヴンがいたとはな・・・」
 ラスティは試す様に言った。
 コイツが雇われた入り口の警備担当とも限らないからである。
 味方と油断させておいて、後ろから撃って来るとも考えられる。
 横目でコンソールにある端末を操作して、ラスティは、この機体の検索を掛けた。
 この依頼に参加する味方のレイヴンならば、簡単に引っ掛かってくるのだ。
「俺は《ミハエル・カルティル》レイヴンは副業でな。本業は新聞記者をやってる」
 ラスティはナーヴでの検索が終了したサブ・ディスプレイを見る。
 レイヴン・ネームは合っていた。
 この一風変ったスタイルのA・Cの名は《ラプラス》と言うらしい。
 更に詳細データには、最近になってアイザック・シティから転入と言う事になっていた。
「アイザックの記者が何故、ここにいる?」
 ラスティは我ながら馬鹿な質問をしている事に気がついた馬鹿正直に答えるレイヴンなど居る方が珍しいからだ。
「ガードのスキャンダルをスッパ抜いちまって、左遷食らったからさ」
 ミハエルは軽く笑いながら言った。
「信じようと、信じまいと勝手だが、上からの命令で政治記者から軍事カメラマンに鞍変えさ・・・」
 そう吐き捨てる口調には真実味がある。
 どうやら少数派に属する変ったレイヴンらしい。
「良く、こんな内容の機密契約を開いたな」
 ラスティは油断はせず、レスヴァークのFCSサイトからラプラスを外さない様に動く。
「何かいいネタの匂いがしたんでな。テロリストとのA・C同士の戦闘写真ってのは貴重なんでね」
 ミハエルが、さも当然だろ、と言った感じで面倒臭そうに答える。
 確かにそうだろう。写真欲しさにA・Cの戦闘空間に飛び込む輩など、本当の命知らずだ。
「それに俺は巧くナーヴを使ってる」
 ラスティはミハエルの言っている事を理解した。聞いた事があった。一度開くと自動的に契約する用件の依頼も、横から覗くソフトがあるらしい事を。
 ただ、1月と経たずにネストがセキュリティを更新させてしまい役に立たなくなる為、不経済であるとも聞いた。
 それに使用者も製作者も発覚と同時に、ネストから命が狙われてしまうリスクもあり、余り人気は無い。
 更に、彼はコアのライトを改造している。この程度なら罰金で済むのだが、小規模とは言え、規律が厳密な連立都市でA・Cを改造する輩だ。
 彼は連立都市では、真っ当なレイヴンと呼ばれ無い存在と言える。
 最も、その真っ当で無いのがレイヴンと言えばレイヴンであるのだが。
「見ての通り、俺のラプラスは格闘戦が苦手でね。先に遺跡に入ってくれないか?」
 ラスティは図々しいとも言えるこの申し出を、溜め息混じりで了承した。
「その変りに俺とA・Cを撮影するのは止せ。写真を撮られるのは好きじゃない・・・」
 錆色の機体がラプラスに背中を向け、ゆっくりとした足取りで入り口を潜って行く。
「連れないねぇ」
 ミハエルはコクピットで肩を竦め、遺跡の入り口へと進むレスヴァークの後ろへと続いた・・・


 石畳に乾いた音が響き渡る。
 ゴディバはチョコバーの包みを捨てて、懐から新たな一本を取り出した。
「よく食べるね。もう三個目じゃない?」
 半ば呆れる様にアクセルが言う。
 彼の手には強化人間が良く口にする、ゼリー状の液体が入ったパックが握られていた。
「良くそんな、カロリー効率の悪い物食べるね」
 アクセルが飲み終えたパックを放り投げた。
「放っとけ、俺の好物なんだよ」
 広大な石造りの玄室に、蹲る様に待機した三機のA・Cが車座に集う。
 ここは地下四階層に当たる遺跡の最深部で、最も南に位置する場所である。
 もう何年も人が寄り付いていないのか、石垣の四方の壁に阻まれ、黴臭い匂いが部屋に充満していた。
 その広大な玄室の北と東西に厚い石の扉が有る。
 彼らの進入した西の扉は瓦礫に変っていた。
 圧倒的な火力で一瞬にして粉砕されたのか、扉の殆どが瓦礫と化している。
 今はゴディバのアーモンドを噛み砕く音だけが静寂の中響いていた。
「よう、デリンジャー、引っ掛かったのは奴を含めて2名だ。片方とは遊んでやっていいだろ?」
 ゴディバは一機だけ、駐留姿勢を取らずに立ち尽くすニーズホッガーのコクピットに向かって大声で言った。
「勝手にしろ・・・俺は奴だけ殺せればいい」
 デリンジャーは小声で呟くが、強化聴力を持った二人には充分に聞こえる。
「デリンジャーは彼を凄く怨んでるんだ・・・」
 人差し指を唇に当てながら、アクセルは呟いた。端正な面立ちと会いまった仕種は少女を思わせる。
「もう一人、引っ掛かれば最高だったんだがな」
 愛機の脚部ハッチに引っ掛けておいた、テンガロンハットを被り直してゴディバは軽く笑った。
「でも、あんな内容で二人も引っ掛かるなんて」
 アクセルも、愛機が踏んでソールに挟まってしまった小石を取りながら微笑む。
「レイヴンなんて金さえ積めば引っ掛かるモノさ、所詮はカラスが光る物に目が無いのと同じだな」
 そう言った瞬間、ニーズホッガーが起動して一歩前へ踏み出した。
 石畳の床に何年も掛けて積層した埃が舞う。
「奴が来る!」
 デリンジャーの声は嬉々としている。
「東から進入か・・・ここまで30分ってトコだな」
 ゴディバが素早くレンジブースターの取り付けられたレーダー頭部から引っ張った延長コードを首元に刺し込んだ。
「出来損ないめ・・・私が壊してやる!」
 ニーズホッガーのハッチを閉め、デリンジャーはゆっくりと進入者が来る東面の扉に向かって、機体を正対させた・・・


「やはり罠だったか・・・」
 ラスティは地上から数えて三階層目に到達した時、冷たい石畳を見て後悔の念と共に呟いた。
 地下遺跡の通路は徐々に収束して行き、終に枝道は無くなり、一本道になっていたのだ。
 レスヴァークが一歩前進する度に、積層した埃が狭い通路に舞うように散る。
 ここが本当にテロリストの巣窟であれば、 誰かがここを通らないなどと言うことは有り得ない。
「よう、早く進んでくれないか?」
 後ろから立ち止まったレスヴァークに、ミハエルが不満の声を通信してきた。
 背後から、強力なサーチライトを照らすラプラスに、ラスティは軽い嫌悪感を感じる。
「いい加減にライトを消せ。的になる」
 吐き捨てる様にラスティが言うが、ラプラスのライトは消える事は無かった。
「スイッチの絶線らしくて消えないのさ」
 ミハエルは、臆面も無く嘘を言う。
 ラスティは彼がコアに搭載したデジタル・カメラで敵との交戦を撮影するつもりなのは分かっていた。
 スターライト・スコープなどの暗視装置は振動が激しいA・Cには極めて不向きだと言う事も。フラッシュのみでは鮮明な画像は望めない。故にラプラスはライトを消さないのだ。
「言っておくが、俺はここで引き返すつもりだ」
 ラスティが答えると同時に、レスヴァークは後ろのラプラスへと振り向いた。照らされたライトで幻惑されない様に、レスヴァークの頭部は下を向いている。
「依頼放棄かよ、武装テロリストとの戦闘撮影はどうなるんだ?」
 ミハエルが自分勝手な事を並べ立てた。
 更にミハエルは罠だと言うのにも気付いていないらしい。
「俺の知った事じゃない。嫌な予感がする」
 ラスティがそう言って機体を入り口の方向へと戻ろうと歩き出した時、レーダーに異変が起こった。
 急に真下に反応が一つ現れたのだ。
「今ごろ敵が出てきたのか?」
 反応の大きさから言って、どうやらA・Cらしい事がラスティにだけ感じる事が出来た。
「やっと被写体が現れたぜ、先を急ごう」
 ラプラスが戻ろうとするレスヴァークへと制止する様に歩み寄る。
 その瞬間、二機の背後で轟音が響いた。
 一瞬、通路が真っ赤に染まり、徐々に石造りの低い天井が崩れて行く。
「やはり罠か!」
 ラスティは即座にレスヴァークの背部ブースターに火を入れた。熱の奔流が床の埃を撒き散らして、レスヴァークは通路の奥へと高速で走り行く。
 ラプラスも遅れてブーストダッシュで駆けた。
 二機が通過した後、通路の壁に巧妙に仕掛けられた爆弾が破裂する。
「チッ、どこかに追い込む気だな!」
 ラスティはレスヴァークの半身を捩じらせ、遥か先の壁に向かい、手持ちのマシンガンを発砲する。
 狙いは通路の壁に取り付けられた小型の爆弾だ。
「敵の思い通りになって堪るか」
 弾丸が着弾して壁が破裂して先の通路を塞いだ。同時に後ろの通路も瓦礫に閉ざされ、二機は通路の中程で孤立する形になった。
 足元から火花を散らせて、二機はブーストダッシュから静止する。
「閉じ込められたじゃ無ぇかよ!」
 ミハエルが驚愕の声を挙げる。
「このまま、爆発を避けて進んだら敵の思う壷だ」
 ラスティは抗議の声を気にする事無く、レスヴァークを前へと歩かせる。
「帰れもしなくなくなった。どうしてくれるんだ!」
 レスヴァークはミハエルの声を無視するかの様に、その場へ膝を着きだす。
「聞いてるのか、何考えてるんだ手前ぇ!」
 レスヴァークは、次第に怒声に変って行くミハエルの声を掻き消す様に、ゆっくりと背中のレーザー・キャノンを構え出す。
「奇襲して敵の思惑から外れるんだ」
 ラスティの呟きと共に、閃光が通路に満ちる。レスヴァークの背中に装備されたレーザー・キャノンが連続して床へと放たれたのだ。
 強力な光の照射は、冷えきっていた石造りの床を徐々に加熱させ、焼き溶かして行く。
「お前も愚痴ってないで手伝え」
 ラスティの声に、ミハエルは呆れながらも両腕の実弾砲を構えた。
「ふぅ・・・、アンタとの仕事は、中々いいネタになりそうだ」
 ミハエルはそう言って構えたキャノンのスイッチと、カメラのシャッターを同時に押した・・・


 デリンジャーは扉の前から位置を変え、広い玄室を歩み行く。
「ふん、小賢しい奴だ」
 そう言うと、ニーズホッガーが振り返り、扉に向いて手に持ったKARASAWAを照射する。
 扉から紫色のガスが巻き起こり、縁取りの金属部分を溶かして行く。
 それは彼らが罠として設置した金属を急激に腐食させるガスである。
 相手にブースト・ダッシュを強要させ、ここまで辿り着いた時にガスが敵機を包む様に仕掛けた罠であった。
「これに引っ掛かる訳は無い」
 ニーズホッガーの頭部がバレンタインへと向く。
 ゴディバは舌打ちで返事を返す。
 扉が轟音を起てて崩れる頃、天井が赤熱して、溶岩の様な雫が冷えた床に零れて蒸気を起てた。
「二人とも、獲物が来るぞ!」
 デリンジャーの声が更に嬉々としている。
 ニーズホッガーを先頭にして、ライオットとバレンタインが射撃距離位置ギリギリに着いた。
「へっ、トロい奇襲だぜ。手伝ってやるぜ」
 ゴディバがバレンタインの背中に装備された、ATミサイルを天井へと射出する。
 ゆっくりと微妙なカーブを描きながら、ミサイルは天井へと迫り、赤熱した部分へと着弾した。
 巨大な火球が天井を包み、溶岩の飛沫が玄室へと弾ける様に降り注ぐ。
 それをニーズホッガーは躱しもせず、直立不動で待ち構えた。
 完全に天井にはA・Cが楽に通れる程の穴が開き、上の階へと通じる竪穴が出来る。
「おや?殺っちまったかな?」
 ゴディバの狙いは溶けた溶岩をミサイルの爆風で押し上げてのダメージを狙った物だった。
 だが、それしきでダウンするとは思えない。
「彼等は突入の機会を狙っているんだ・・・」
 アクセルの呟きを最後に玄室に沈黙が流れる。
 斜めから見ている三機からは、穴から上階を見通す事は叶わない。
 レーダーには上階に、何かが確実にいる反応が動かずに存在し続けている。
 一分、二分・・・ 。
 五分を越えた時、ゴディバが口を開いた。
「どこかのパーツを破壊したんじゃ無ぇか?」
 バレンタインが前へと移動を開始する。
「待て・・・様子が変だ」
 ニーズホッガーが左手でバレンタインを制する。
「ミサイルでも、もう一発撃ちこむか?」
 今度は、それをアクセルが止める。
「駄目だよ、ATミサイルでは、爆裂が大きすぎて一瞬でも、視界が狭くなるから不利だ。相手に絶好の突入する機会を与えるだけさ」
 アクセルの声も段々と嬉しそうにトーンが上がっていっている。
 ゴディバは、それを聞いて呆れる様に肩を竦めた。
「ここは僕に任せてくれる?」
 ライオットが一歩前へ出て、背中の垂直発射型ミサイルを構える。
「成る程、そいつで燻り出すってワケか」
 ゴディバは感心した風で大袈裟に口笛を吹いた。
 アクセルは射撃位置へと機体を持って行く。
「外れても上階の天井が破壊されて、こちらが突入しなくちゃ成らなくなった時に有利さ」
 ライオットは次々とミサイルを射出した。発射位置によってミサイルの軌道が若干変る為、小刻みに機体をブーストで修正移動させ、一定の角度での射出を行う。
 それはアクセルが完全に、この武装を使いこなしている証であった。
 全てのミサイルが天井穴に滑り込む様にして、上の階へと消えて行く。
「これで、どうだい?」
 十数発のミサイルを正確無比に撃ち後え、アクセルが得意気に言った。
 上の階から瓦礫が止めど無く落ちて来る。
 だが、相変わらずレーダーの反応は微動だにせず存在し続けていた。
「突入もしないし落ちてもこない・・・妙だ」
 アクセルは唇に指を当てて呟いた。
「成る程な。一杯食わされた訳だ」
 デリンジャーは即座に竪穴へ機体をダッシュさせ、ブーへストを吹かしてし上階へと突入する。
 天井に残る瓦礫を払う様にしてニーズホッガーは玄室から上階の通路へと舞い上がった。
 粉塵舞い散る通路には攻撃の痕が残り、石畳があちこちで割れている。
「やはりな!」
 狭い通路で空中制止しながら、ニーズホッガーの首が上を向く。
 そこには、更に上階の通路へと縦穴が口を開いていた。敵は更に一階上の通路に身を屈めていたのである。そしてレーダーを欺いたのだ。
 ニーズホッガーが不意に見上げた頭上から、二発同時発射のキャノン砲の火線が伸びる。
「それに当たるとでも思うか!」
 射撃をデリンジャーは悠然と避け、周囲に被弾し、ささくれだった通路の瓦礫の幾つかが吹き飛ぶ。
 更に上から、マシンガンの熱弾がニーズホッガーへ射出されて行く。
 ブースト・ダッシュでニーズホッガーが回避した僅かな隙の瞬間、上階から一気にラプラスが駆け下りて最下層まで突入した。
「そちらに一機行ったぞ!」
 デリンジャーは無線機で下の玄室で待機する二機に対して叫んだ。
 ニーズホッガーへと向けられたマシンガンの攻撃は留まる事無く続き、やがて上階へと続く縦穴の垣間から、粉塵に紛れながら錆色のA・Cが姿を見せる。
「やっと来たな・・・」
 デリンジャーの薄い唇の端が、笑みとも苦痛ともいわれぬ角度で歪んだ。
 ニーズホッガーは真上へと威嚇射撃に右手のKARASAWAを二連射した。
 レーザーの通過で粉霧が青白くスパークし、上階に潜むレスヴァークへと襲い掛かる。
 レスヴァークは発射の瞬間、縦穴の射軸より外れ、姿を闇の中へと消していた。
「それで完全に避けたつもりとはな!」
 デリンジャーはニーズホッガーのスロットルを全開にして、背後の細かい瓦礫を吹き飛ばしながら上昇し、一瞬の間に上階へと躍り出た。
 暗闇から突然、ニーズホッガーへと光の帯が弧を描いて伸び、頭部へと迫る。
 ニーズホッガーは僅かな機体の傾斜で光斬を回避すると、振り切られた光の帯の付け根へと、細い左手を翳してレーザー・ブレードで斬りつける。
 青白い光の鋭利な筋が闇の中ですれ違う。
 暗闇に包まれ、徐々に小さく成り行く光の帯が一気に後ろへと退いた。
 互いのブレードが回避されて空を斬ったのだ。
 その隙にデリンジャーはニーズホッガーを静かに床へと着地させる。
 同時に、再びKARASAWAを二連射した。
 だが、これは接近させない為の意味でしかない。
「迂闊に近づけない・・・」
 ラスティはレスヴァークのコクピットで小さく呟きを漏らした。
 狭い通路の様な閉鎖空間では、破壊力と連射性を兼ね備えたレーザー・ライフルを相手取るのは不利以外の何物でもないだろう。
 マシンガンでは致命傷を与える事が難しく、レーザー・キャノンの残弾は床と天井に穴を開けた際に使用した為、残弾が少ない。
 一気に接近してブレードでケリを着ける意外にはラスティに勝機は見出せなかった。
「何とか接近戦に持ち込まなければ」
 そう言って下唇を噛むラスティ。
 だが、対するデリンジャーも言い放つ言葉程には余裕が無いのが現状であった。
僅か、一瞬のミスで直線で狭い通路は接近を許してしまう。
 攻撃の選択肢が少ない空間では、自分も相手も取るべき行動は限られてしまうのだ。
『ならば!!』
 二人は同時に同じ言葉を口にした。
 漆黒の闇の中、眩い二筋の光が伸びる。そして次の瞬間、激しい光が通路を支配した。
 鳴り響く轟音は石造りの通路を震わせる。
 レスヴァークがブレードを袈裟懸けに振り切った。
 ニーズホッガーは虚空を突らぬく。
 互いの左手から、圧倒的な熱量を帯びた激しい光の波が放たれた。
 暗い通路が弾ける様に瞬いて、爆発的に光が支配する世界へと変じる。
 その中で、両機が僅かに位置を変えるのが影絵の様に揺らいだ。
 激しく眩い光の奔流は、瞬間的に二機を通過し、二機を鮮やかに彩った後、暗がりの通路の遥か後方で霧散する様に掻き消えた。
 再び通路を、暗闇と静寂が支配を取り戻す。
「食らった!?」
 苦痛の呻きを漏らしたのはラスティの方だ。
 レスヴァークに装備された右肩の赤いレーダー・ブレードの先が完全に焼き溶けている。
「やはり、貴様はその程度か?」
 向かい合うデリンジャーは誇らしげに笑う。
「ここを選んだのは失敗か・・・」
 ラスティは後悔の軽く舌打ちして、額に薄く滲む汗を拭う。
 暗闇の中、紅に染まったラスティの瞳は、即座にニーズホッガーが音も無くライフルを上げる姿が映っていた。
「間合いを詰めないと確実に負ける!」
 ラスティの叫んだ、その瞬間、レスヴァークはニーズホッガーに向けて捨て身とも言える突撃をかけるべく、ブーストを後方に噴射させた・・・


 上階で轟音が轟き、天井が悲鳴を挙げる頃、玄室では最早、勝負が決しようとしていた。
 一気に突入したミハエルのラプラスは、二人の強化人間の操るA・Cに翻弄されたのだ。
 降下の初弾こそ、正面に立つアクセルのライオットに着弾したが、それも腕の盾に阻まれた。
 それから先は、ライオットが重A・Cのカテゴリーに入る低機動マシンであるに関わらず、特殊腕のキャノンが尽く躱されたのだ。
「何だコイツは、俺を弄る気なのか?!」
 コクピットでミハエルは叫んでいた。
 目の前の黒い重A・Cは、手持ちのプラズマ・ライフルを尽くラプラスが移動する一瞬手前の位置を狙って射出されていたのである。
 立ち止まると、逆間接の脚の隙間や頭部ギリギリを狙ったりして撃って来る。
「もっと動け、僕を楽しませてくれ!」
 アクセルの笑い声が甲高い、狂気を孕んだ物に変っている。
 ゴディバは最早、完全に戦意を削がれて観戦する立場に周っていた。
「可愛い顔して、女より怖いねぇ・・・」
 帽子に手をやり、ゴディバは軽く目を閉じた。
 レーダーが伝えて来る感覚で、上階では本格的な戦闘に入った事が分かる。
「さて、二人のカロンが、どうなるか楽しみだぜ」
 くぐもった笑いをゴディバはバレンタインのコクピットに震わせる。
 モニターにはライオットが凄い勢いでラプラスに接近して行くのが見えた。
「もっと怖がりな!」
 アクセルの笑いは止まらない。
 それはまるで、子供が虫を解剖する時の様な残酷さを含んだ笑いであった。
 肩の小型ミサイルを鋭い弧を描いて回避しながら急接近したライオットに、ミハエルは全身が総毛立つ思いがした。
 重A・Cの攻撃的接近は熟練のレイヴンでも肝を冷やす物だ。
 巨体から来るボリューム故のプレッシャーは軽量クラスの比ではない。
「何なんだコイツは!」
 ミハエルは絶叫する。
 間近に迫ったライオットはラプラスの足元に、強烈な蹴りを加えて転倒させた。
 ミハエルは何が起こったか分からないまま、仰向けにシートに張り付く。
 玄室の石畳に細かなパーツと粉塵が巻き上がる。
 通常、A・Cにはパイロットの過失で障害物に接触しない様にセンサーが設けられている。ある一定の素材や大きさの障害物に対してブースト移動などで、機体が激突してダメージを被らない様にしてあるのだ。勿論、A・Cも障害物のそれに含まれる。
 だが、アクセルを初め、極一部の強化人間や手練が操る機体では、そのセンサーをカットして追従性を高める者がいるのだ。
「そら、潰れな!」
 アクセルの楽しそうな声と共に、ライオットの丸太の様な脚がゆっくりとラプラスの脆弱な脚へと乗せられて行く。
 金属が変形する嫌な音を起てて、ラプラスの黄色い塗装が罅割れて脚部が徐々に曲がって行く。
「舐めるな!」
 ミハエルは乗せられたライオットの脚に、腕のキャノンを撃ち込む。
 ここからならば、絶対に躱せないと踏んだのだ。
 戦車砲と同等の破壊力を帯びた弾丸が、ライオットの脚部へと着弾する。
 だが、僅かに柔軟性を帯びた上、分厚いライオットの脚部装甲の前にダメージは皆無らしかった。
「そうだ、もっと抵抗しろ!抗え!」
 ライオットは踏みつけた足をにじる様にして、ラプラスの脚部を踏み潰して行く。
 ゴディバはその時、レーダーが戦況に異変を示すのを鋭く感じた。
 東から高速で接近する物が二つある。それに続いてもう一つ。
 前の二つの反応は間違いなくA・Cだ。
 後ろはトレーラーかリグに属する物らしい。
 恐らく、ここまで彼等が到着まで一番煩雑な東のルートと通ると言えど残り5分程度だ。
「アクセル、デリンジャー、増援だ!」
 ゴディバがそう通信機に向かって叫んだ時、天井の穴から最下層の玄室にニーズホッガーとレスヴァークが絡み合う様に、瓦礫と粉塵が降り注ぐ中を落下して来た。
「二人共、ヤバいから、さっさとキメちまえ!」
 そう言ってゴディバはATミサイルをレスヴァークへとロック・オンする。
「止めろ、絶対に手を出すな。殺すぞ!」
 デリンジャーが即座に怒声を放つ。
「悠長な事は言ってられ無ぇんだ。避けろよ」
 躊躇わず、バレンタインは緩やかに落下して来る二機に向かってミサイルを射出した。
 ニーズホッガーはコアの機関砲を使用してミサイルが到達する前に迎撃したが、そこに僅かな隙をラスティは見い出した。
「僅かにでも効けよ・・・」
 超接近状態で、レスヴァークのコアの機関砲をニーズホッガーの左手肘間接に向ける。
 ラスティの目がニーズホッガーの左肘を睨み、装甲の隙間を凝視した。
 軽快な機関砲の音が二機の間に反響する。
 マンシガンと比べて、余りにも頼りない火線がニーズホッガーの腕に伸びた。
「全発撃ち尽くしてでも!」
 機関砲の銃身が焼け付く寸前の悲鳴を機体から感じても、ラスティ構いなく、レスヴァークに発射の命令を下す。
 被弾するニーズホッガーの左手が小刻みに揺れる。
「ええい、また小賢しい手を!」
 ニーズホッガーはレスヴァークのコアに蹴りを入れ、一気に間合いを放す。
「へっ、絶好の的だぜ・・・死にな」
 ゴディバはレスヴァークへとミサイルとは逆の肩に取り付けられた大型ロケットを向ける。
 だが、言葉とは裏腹に彼は何故かレスヴァークのコアでは無く、脚部を狙っていた。
『殺すのはマズいからな・・・だがコレは貰った』
 ゴディバが発射の命令を脳波で機体に下そうとした時、横合いからニーズホッガーのレーザーが放たれた。
「うおっ!」
 短い叫びと共に、瞬時にゴディバは四脚のホバーを全開にしてフル・バックを掛ける。
「手前ぇ、どう言う了見だ!」
 ゴディバはデリンジャーに激しく詰問する。
「手を出すと殺す・・・誰だろうが殺す!」
 デリンジャーの呟いた不気味な口調の言葉にゴディバは完全に気押された。
『奴は正気じゃ無ぇ・・・』
 強化人間であるゴディバには口調のトーンなどで、相手の状態が並みの人間よりも良く分かる。
 彼はデリンジャーが、気が狂う寸前に起こるヒステリー状態に似た状態である印象を受けた。
『ここは退くか・・・今ならまだトボケが利く』
 ゴディバは思うが早いか、進入者の来る東とは逆の西ルートに機体を向け撤退を開始した。
 その背後では、噴煙の巻き起こる玄室で相変わらず一つの死闘と一つの惨劇が繰り広げられている。
「あの時の屈辱、晴らさせてもらうぞ!」
 既に着地して、間合いを開いたニーズホッガーはデリンジャーの叫びと共にレーザーを放つ。
「キャノンとシンクロ出来れば・・・」
 対するラスティは必死で背中のレーザ・キャノンへと同調を試みるが、上手くいかない。
「今、あの時の私と同じ苦痛を味わえ!」
 ニーズホッガーの振り上げた右手のKARASAWAから細い光の筋が伸びる。
「お前に出来る事は私には容易いのだ!」
 絶叫と共にニーズホッガーのKARASAWAを掴んだ右腕が振り下ろされた。
「何!!」
 思わずラスティは驚愕の余り叫ぶ。
 ニーズホッガーの振り切ったKARASAWAが地面へと軽く触れた時、レスヴァークの錆色の右腕がコアから離れ、宙を舞った。
 マシンガンを持ったままの状態で鉄塊となった右腕が、埃臭い石畳に重い音と共に落ちる。
「連続照射・・・」
 ラスティは背中に氷柱を突き込まれた様な戦慄を覚えて惚けた様に呟いた。
 ニーズホッガーの頭部が上がり、真っ赤なシールドを施されたカメラが不気味な笑みを浮かべる様にレスヴァークの方を向く。
 重く振り下ろされたKARASAWAが勢い余って玄室の床まで切り裂いていた。
「お前が、A・Cなどと言うゴンドラから比べれば玩具の様なマシンに、恥じも外聞も無く完全シンクロするならば、私もそれに合せてやる・・・」
 デリンジャーは自信に満ちた言葉を口にした。
『勝てない・・・』
 ラスティに彼がレイヴンになってから、初めて感じる戦いの最中での敗北感が襲う。
「いや、何か勝機がある筈だ。何か!」
 ラスティは激しく首を左右に振る。ここで戦意を消失しては生存の可能性は限りなくゼロだ。
 続いてニーズホッガーが巨大なKARASAWAの銃身を横に凪ぐ。
 ラスティは頭部を狙ったこの攻撃を、紙一重で回避するのに辛うじて成功した。
 至近を通過した光線の熱が、レスヴァークの頭部バイザーを溶かして歪ませる。
「逃げてばかりでは何時か殺られる!」
 ラスティに残された唯一の攻撃方法は接近してブレードに持ち込む。これしか無いと断定出来る。
「読めるぞ・・・貴様の動きが!」
 デリンジャーは興奮とシンクロの異常感の余り、口から泡を吹きながら嬉々として叫ぶ。
 ニーズホッガーは背中の特殊ブースターを全機噴射させながら、尋常で無い速度で小刻みなサイド・ステップを繰り返しつつ接近して来る。
 時折、石畳を蹴る脚も素早く、更に可能な限り突起の少ない平坦な面を明らかに選んで接地していた。
 ラスティには、完全にデリンジャーが機体と同調している事が嫌な位に、そして突き刺さる様に感じられる。
 圧倒的な技量と力の差は歴然としていた。
『死ぬのか?』
 接近するニーズホッガーを真っ赤な瞳孔に映しながらも、ラスティの脳裏に浮かぶのは緑の大地。
 そこでは小さな金髪の少女が笑っている・・・。
『やはり俺は・・・人間で無くなった時から、こうなってしまう運命だったのか?』
 ニーズホッガーが、素早く突進しながら左腕をレスヴァークへと突き出した。
 コクピットを狙う、その動きに寸分の無駄も無い。
「しまった!」
 ラスティの反応が白昼夢の為か、僅かに遅れる。
 差し出されたニーズホッガーの左手をレスヴァークに払う様に瞬時に命じた。
「死ね、私の勝ちだ!!」
「間に合え!」
 だが、レスヴァークの制止する腕をすり抜けて、ニーズホッガーの左腕がコアへと軽く触れる。
 その時、ラスティには一瞬時が止まり、自分のこの世の終りが垣間見えた気がした。
「終われ!ムラクモのカロン!いや《ラスティ》!」
 声高にデリンジャーが叫ぶ。
 その刹那、突然ニーズホッガーの左腕の装甲が内から膨らむ様にして弾ける。
 激しい爆裂が二機を遠ざけた。
「何!ブレードの作動不良だと!損傷している感覚は全く無かったぞ!」
 先程のレスヴァークが放った銃弾はニーズホッガーのブレードに確実にダメージを与えていたのだ。
 眼球が飛び出す寸前までデリンジャーは充血した目を見開いて叫ぶ。
 尚も爆発は続き、ニーズホッガーが左手を肘からだらしなく垂れ下げた。
 レスヴァークは爆風で吹き飛ばされ、玄室の壁を背に床へと膝を着く。
 ラスティは激しくシートに背中を打ち付けられつつも、辛うじて意識を保っていた。
 そこへ、瓦礫と化した東の扉から一発のグレネードが飛び込んで来る。
「デリンジャー、まずい援軍が到着した!」
 既にラプラスの両腕をブレードで斬り飛ばし、片足を踏み潰していた上に、次は頭部パーツに掛ろうかと言う状態のライオットから通信が入った。
 最早、ミハエルは良くて失神、悪ければ死亡していても無理はない状態だろう。
 それを尻目に爆風と炎熱に包まれた、西側の通路から現れたのは、黒い塗色を施されたヴィクセン・タイプのA・Cであった。
「ゼファー隊長の《オー・ド・シェル》?」
 アクセルは更に後方に控えるA・Cを見て驚愕した叫びに似た声を出した。
 「不知火型!《ケイ隊長》の《ゼクシェイド》!」
 その特徴的な青竹色と淡いグレーに塗り分けられた精悍なボディは、アクセルには見間違え様はない。
 何故なら、彼直属の隊長機体であるからだ。
 《不知火》は、かつてのムラクモ・ミレニアム直轄カードが使用していたA・Cであり、唯一無二の実剣を携帯する程に椀部の剛性に秀でた純粋な格闘用A・Cである。
「何故ここに二人が?本部会議に行った筈・・・」
 惚けた様にアクセルが口を開いた。
 無残な状態に変わり果てたラプラスの首を掴んでいたライオットの手が緩み、機体が床に落ちる。
「二人共、そこまでだ。基地に戻れ!」
 通信では無くスピーカーでゼファーは叫ぶ。
「アクセル、待機命令違反だぞ」
 同様にゼクシェイドからも太い男の声がした。
「速やかに支持に従うなら良し、さもなくば力ずくでも連れ帰る!」
 ゼファーのオー・ド・シェルが前に出た。
「・・・二人には敵わないから、・・・僕は従う」
 アクセルはしおらしく言うと、ラプラスの這いつくばる床へと、プラズマ・ライフルを投げ出した。
「デリンジャー、お前も武装解除するんだ」
 ゼファーの言葉を無視してニーズホッガーは、壁に背を預けつつも、ゆっくりと立ち上がるレスヴァークに正対の姿勢をとる。
『あのA・Cは!』
 ゼファーとケイは徐々に上体を起こすレスヴァークを見て、同時に短い呟きを漏らした。
 だが、二人の呟きのトーンは明らかに違っており、恐らく意図も違うであろう。
 ケイの声に抑揚は無かったが、ゼファーの声には僅かな憎しみのトーンが込められていた。
「なんだケイ隊長、アイツを知ってたの?」
 アクセルは既にライオットのコクピット・ハッチを開いており、無線などは使っていないが強化人間には、その言葉は届いた筈であろう。
 だが、不知火型A・Cのゼクシェイドからは何の答えも返らなかった。
「僕には秘密の事なんだ・・・」
 アクセルはふて腐れる様に、両手を首の後ろに回してシートに深く埋もれた。
 レスヴァークは肩のレーザー・キャノンを構えたかと思うと、不意に唯一無事な北側の扉へと照射し、退路を作る。
 それに気づいたデリンジャーはレスヴァークと北通路との狭間にニーズホッガーを正対させた。
「ここで、逃がしてたまるか!」
 右手に持ち、横に構えられたKARASAWAの銃口からは薄い光線が迸っている。
 そこへ背後からマシン・ガンが発射され、ニーズホッガーの足元に着弾した。
「これ以上は止せ、遺跡から脱出しろ!」
 ゼファーの悲痛な声が玄室に響く。
「邪魔をするな!」
 デリンジャーが病的に叫ぶと、即時にニーズホッガーは振り返って、オー・ド・シェルに向かってKARASAWAを振った。
 不純物を激しくスパークさせながら、青白い光の線がゼファーを襲う。
 咄嗟に構えたオー・ド・シェルの盾に、醜い焼け熔けた様な亀裂が走る。
「最早、実力行使しかないな・・・」
 ゼクシェイドが、ゆっくりとニーズホッガーへと歩み寄って行く。
「もうすぐ、この遺跡は我々の仕掛けた爆薬で吹き飛ぶのだぞ、即急に退避しろ!」
 その背中でゼファーが説得を続けた。
「奴を殺す・・・邪魔する奴も皆殺す・・・」
 だが、デリンジャーの耳には説得の言葉など、届いてはいなかった。
 冷静な判断力は無く、会話すら成立ってはいない。
「ゼファー隊長、奴を止めるぞ」
 抑揚無く、静かな口調でケイが言う。
「止むを得ませんね・・・」
 同役だが、連立ネスト最古参の彼にゼファーは敬語を使って答えた。
 レスヴァークは漸くこの隙に立ち上がるが、膝間接に、ゼファーが突入の際に発射したグレネードをまともに食らったらしく機体が安定しない。
『絶好の機会だ・・・何とか北扉まで移動すれば』
 ラスティはモニターに映る瓦解した北扉を、赤い瞳で凝視している。
『ブースターさえ無事なら、姿勢制御は何とかするんだが・・・』
 レスヴァークの背中に装着されたブースター《B-VR-33》のフィンが壁に激突したショックで外れてしまっていた。
 これでは、仮に噴射出来たとしても、速度も制御も難しいだろう。
 正面モニターでは見覚えのある、黒いヴィクセン型A・Cが盾を構えてニーズホッガーに向かって行く光景が映し出されていた。
 背後に、もう一機の不知火型も回りつつある。
『二機が仕掛けた瞬間なら、脱出が出来る』
 ラスティはそう踏んで、タイミングを待った。
「デリンジャー、手加減は出来んぞ!」
 ゼファーが叫びながら、ガード姿勢だった盾を振りかざした。
 盾の先端からは、二本の光の帯が揺らめいている。
 プラズマ・トーチの狙いはニーズホッガーの右手、武器を封じるのが狙いである。
「殺す、向かって来るならば誰でもな!」
 獣じみた咆哮を喉から絞り出し、デリンジャーは右手のKARASAWAをオー・ド・シェルのコア目掛けて振り下ろした。
 それは紛れも無く、完全にオー・ド・シェルに対し、激しい殺意を帯びた一撃であった。
 破壊の使命を帯びた光の剣が、軌跡を残して互いの相手へと迫る。
『ここだ!』
 ラスティはブースターを全開に持って行った。
 石畳との接触でレスヴァークが各部から火花を散らして北扉へと進んで行く。
 しかし、機体ダメージが酷い為、ラスティの望む速度とは程遠い遅さである。
「この程度で貴様を逃がすか!」
 焦りに満ちたデリンジャーの声。
 ニーズホッガーは降ろす右手の狙いを、攻撃の途中でレスヴァークへと変えた。
 更にニーズホッガーは転身し、オー・ド・シェルの盾に背中をぶつけ、右手を狙って振られたプラズマ・トーチの軌道を強引に変える。
 一瞬にして、オー・ド・シェルの一撃を浴び、ニーズホッガー背中の左側補助ブースターが焼け溶けて失われた。
 レスヴァークはKARASAWAの照射を受け、ブースターが完全に切り取られる形となる。
「お前はそこで、大人しくしているのだ」
 デリンジャーの侮蔑の声、発せられた口元からは止めど無く血が混じった吐瀉物が湧いていた。
 粘膜に濡れ、くぐもった笑い声が響く。
 彼はブースターのみをワザと狙ったのだ。
 狂気に歪む彼の目は、充血しきっており、真っ赤で白目が無くなった様にすら見える。
「万策尽きた・・・死ぬのか・・・俺は?」
 ラスティは朦朧とする意識で呟く。
 だが、強度の肉体強化は失神を許さない。
 惨い事に、死の直前ですら、彼は意識を繋いでいるだろう。
「ケイ隊長、連携して下さい。単体で向かっては彼は押さえられません!」
 ゼファーは金髪の髪を振り乱して訴える。
「承知した・・・これで決める」
 ケイは重く静かな口調で連携を承諾した。
 ニーズホッガーを中心に、弧を描く様にして二機がブースト移動しながら包囲する。
「馬鹿め、私にはコレがあるのを忘れたか!」
 ニーズホッガーは右手に持った、巨大で異様な形状をした史上最強のレーザー・ライフルKARASAWAを構える。
 再び連続照射を行うつもりだ。包囲されていようが連続照射をすれば、数の有利不利など消し飛ぶ。
「邪魔者よ消えろ!」
 ニーズホッガーが、腕を開いて右から左へと横凪ぎにしようとした瞬間、急速に二機の動きが直線的な突撃へと変じた。
 一気に距離と間合いを詰めてニーズホッガーへと襲い掛かる。
 先ず、ケイのゼクシェイドがニーズホッガーの懐へと飛び込んだ。
 ニーズホッガーは巨大な銃身の為、懐に潜られると抵抗する手段が左手のブレードのみに限られてしまうのだ。だが、今はレスヴァークに破壊され、左手は辛うじて脱落しない程度でしか無く、ブレードの使用は不可能であった。
 完全に弱点を突かれた事になる。
「畜生が!」
 デリンジャーは雄叫ぶと、残りのブースターを開いて機体をバックさせようとする。
「ここで、逃がしはしないぞ!」
 それを背後からゼファーのオー・ド・シェルが盾を使用して押え込んだ。
「これしきの事!・・・」
 デリンジャーは人とは思えない、獣の咆哮を絞り続けて必死に抵抗する。
 オー・ド・シェルの盾がニーズホッガーの推力に耐え兼ねて砕けた。
「ケイ隊長、止めを早く!」
 ゼファーの悲痛な声が玄室に轟いた。
 懐のゼクシェイドは左手でニーズホッガーのKARASAWAを掴んで自由を奪うと、残った右手を力強く握る。
 即座にゼクシェイドの肘装甲が滑らかにスライドして、拳へと装着された。
 そして間髪入れずに、ニーズホッガーのコアへと護拳もろとも叩き込む。
 強烈な電流が流れ、ニーズホッガーの周囲の灰塵が青白く閃光を放つ。
「何だ!、これは!?」
 デリンジャーは強烈な電流が、我が身と機体を貫き流れるのを感じる。
 次々と機体のブレーカーが落ち、センサーがショートして行く。
 電流はニーズホッガーを激しく痙攣させ、間接から火花を激しく散らして行く。
「決まったか?」
 盾を切り離して、後方へと下がったオー・ド・シェルのコクピットでゼファーは問う。
「これが《電磁ナックル》・・・」
 惚けた様にライオットからアクセルが呟いた。
 同部隊の彼でも、見るのは初めての様だ。
 それ程に、この武装は珍しい。
 加えて、確実に殴る行為には腕部の極めて高い剛性が必要な為、A・Cでは不知火型でしか見受ける事は無い幻の武装なのだ。
 ニーズホッガーの各部から、ドス黒い煙と焼け焦げた臭気が立ち昇る。
 更にデリンジャーの意識がまだあるのか、ニーズホッガーは抗ってKARASAWAを持ち上げようとする。
 尚も抵抗しようと足掻くニーズホッガーにケイのゼクシェイドは減り込ませた拳を更に二度、三度軽く突き入れてニーズホッガーの行動を完全に制止させる。
「脱出するぞ」
 ケイの号令でオー・ド・シェルはニーズホッガーの肩に手をやると、ゼクシェイドと共に踵を返して撤退を素早く開始し始めた。
 ライオットのコアハッチを閉じたアクセルは、足元に横たわるラプラスを口惜しげに見る。
「まあ、いいか・・・楽しかったし」
 最後にラプラスの黄色いコアへと蹴りを入れ、ニーズホッガーを引っ張る二機の隊長機に向かってブースト移動を開始する。
 ややあって、東と西から爆発音が響き渡った。
 埃臭く、暗い玄室が炎に包まれる。 何度かの振動が上階から響いて来た。
『更に・・・空爆され出したな』
 そう、残されたラスティは感じたが、機体も体も思うようには動かない。
 玄室の半ば崩壊した天井が割れて行く。
 ラスティは必死で北側の通路を目指し、即座に立ち上がれないレスヴァークを這わせた。
「生き残ってやる・・・こんな場所で死んで堪るか!」
 ラスティの目には、爆炎で赤く染まった通路だけが映っていた・・・


 遺跡から、やや離れた小高い丘に一台のトレーラーを囲むようにして数機のA・Cが膝を着き、駐留体勢を取っていた。
 その足元に、幾人かの男達が集っている。
「脱出が間に合って良かったです」
 トレーラーの荷台で、大破したニーズホッガーをフックを掛ける若い整備士が言った。
「どういうつもりか!?」
 その言葉を聞いてもいないかの様に、ゼファーが金髪を振り乱して、アクセルに問う。
「だって・・・僕はデリンジャーに脅されたんだ」
 しおらしい顔で、褐色の少年は堂々と嘘をつく。
「ゴディバはどうした?」
 ゼファーの脇に立つ、筋骨逞しい長身の男が問う。
 彼が先程の不知火型A・Cのパイロット、ケイである。
「分からない。僕は何も知らないんだ」
 如何にも当惑したかの様に、アクセルは身動ぎしながら口篭る。
「困りましたね、奴がアレでは真相の掴みようが有りません」
 ゼファーは当惑した風に、ケイに向かって溜め息混じりの言葉を口にする。
「ネストの幹部と《プロフィット》は今回の事を許しはしないだろう・・・だが、事後の事は任せろ。決して悪い様にはしない」
 ケイは、濃い茶色の髪を無造作に掻きながらゼファーに言った。
 《プロフィット》とは、予言者の意味を持つ、連立ネストのマザー・コンピュータの事である。
 この高い的中率を誇る《予言》と何人かの最高幹部の意志により、連立ネストは行動するのだ。
「会議の欠席は、アイザックのネストの侵略だった事にしておく。口裏は合せて欲せろ」
 ケイは、そう言うとアクセルの耳朶を引っ張って自分の愛機の足元へと連れて行く。
「ケイ隊長、痛い!」
 アクセルが抗議の声を挙げるが、それをケイ隊長は無視して足早に互いの愛機ゼクシェイドとライオットへと急ぐ。
「万事、丸く収まったみたいですな」
 トレーラーの荷台から、もう一人の整備士がゼファーに声を掛けた。
「気楽に言うなフロスト。下手をすれば、全員が処刑される処だったんだぞ・・・」
 そう言いつつ、ゼファーは安堵の溜め息を吐く。
 ケイ隊長に任せれば、何とかなると踏んだのだ。
 連立ネスト内では公然の秘密なのだが、ケイはネスト最高幹部の一人、若しくはそれに近い存在とされている。
 最高幹部の正体、素性は誰にも分からない。
 企業の会長とも、テロリストの頭目とも言われているが、その実、小売店の店主でも全く可笑しくは無いのである。
 一切が謎にして、実体は無きが如し。これが連立ネストを外敵から護ってきた所以である。
「問題は、アイザック・ネストが進攻してきた理由を上手くデッチあげる事位だな」
 ゼファーの呟く独り言に、アーネストとフロストは返事をしなかった。
 出来なかったと言うのが正しいだろう。
 アイザック・ネストと連立ネストは、永きに渡って敵対している事など一介の整備士が知る由もないからだ。
「ニーズホッガーを保持し終わったら、直ぐに退却だ。第二次空爆で遺跡を丸ごと吹き飛ばすからな」
 そう言って、ゼファーも自分の乗機オー・ド・シェルへと足を向けた。
『ケイ隊長も、あの錆色のA・Cを知っている様子だったが・・・』
 ゼファーは不意に思い出し、後ろを振り返るが、そこにはゼクシェイドの姿は無かった。
「ゼファー隊長、急ぐんでしょ?ケイ隊長達、先に行っちゃいましたよ!」
 後ろからアーネストの声がする。
「見れば分かる!」
 そう言って、ゼファーはオー・ド・シェルに飛び乗ると、白み出した人工の空を凝視した。
 彼方の偽り空に、黒い口が開く様に航空機様のハッチが開いている。
『ここまで、リガ・インペリアルのガードを動かす発言力・・・ケイ隊長が最高幹部の一人と言う噂はアテになりそうだ』
 ゼファーは後顧の憂いを払う様にして、先に行くトレーラーを追って発進する。
 遺跡の無数の入り口からは黒い煙が上がっている。
 朝の冷えた風が、それをさらう様にして吹き荒れていた・・・


「何とか命だけは拾ったか・・・」
 ラスティはコクピットを降り、洞窟の上を見ながら胸を撫で下ろす。
 敵の撤退の直後、何とか玄室から北側扉を使って逃げ果せる事に成功していたのである。
 傍らには無残にクラッシュしたラプラスが居た。
 その背中のブースターが焼き溶けている。
 玄室が倒壊する寸前にラスティは横たわるラプラスを見つけ、ブースターを強制的に外部操作して北扉を抜けて、この洞窟状のブロックへと滑り込む事に成功していたのだ。
「コイツが居なければ危なかった・・・」
 熔け落ちたラプラスのアフター・バーナーを黒い瞳で眺めながらラスティは呟く。
 彼の苦悶に満ちた表情が冷えた暗闇と混じり合う。
 洞窟は暗闇ではあったが、レスヴァークとラプラスのコクピット内の電気が漏れているのだ。
 僅かに青みを帯た頼りない光源が唯一、静まり返った漆黒の世界に灯を点している。
 その手には小さなディスクが握られていた。
 それは、ミハエルが撮影したデジタル・フォトを記憶させた物だ。
 ここに到着した際、ラスティが傷ついたミハエルをコクピットから降ろすついでに、ラプラスの固定デジタル・カメラから抜き取った物であった。
 既に気絶していたミハエルはシートのヘッド・レストを取り外した物を枕にして岩肌の露出した地面へと横にされている。
「コイツを発表されては堪らないからな」
 ラスティが呟くと、不意に背後から声がした。
「返してくれる気は無さそうだな」
 振り返ったラスティの目に、ゆっくりと身を起こすミハエルの姿が映る。
 ミハエルは酷く、傷ついた上、みすぼらしい服装をしているが顔の創りは悪い物ではない。
 金髪は無造作に後ろで束ねられ、不規則な生活を営む者特有の倦怠感を醸し出している。
「起きない方がいい・・・肋骨と右腕の骨が折れている。左足の骨も罅が酷い」
 ラスティは冷静に、この患者の病状を言い放つ。
「腹が減っちまってな。この手当ては、お前さんがしてくれたのかい?」
 そう言って翳した右腕に、適当な長さのパイプが括り付けられていた。
「コイツはその代金だ」
 ラスティは憮然とした態度で、ディスクを指先に挟んで弄ぶ。
「そいつは発表すれば100万コーム位の価値があるんだぜ、何せ奴等はスレイヴ・クロウだろ?」
 ラスティは舌打ちした。新聞屋の嗅覚に対してと言う事と、説明の面倒臭さの両方からだ。
 スレイヴ・クロウを《ネストの暗殺集団》と呼ばないだけでも、大した情報収集力と言える。
「100万を手にしても、一生狙われ続けるだろうな・・・何せ奴等はネストの暗殺集団だ」
 ミハエルはラスティの言葉を右から左に流しながら、左手で器用に煙草を咥えて火を着ける。
 そんな危険は百も承知と言いた気な態度だ。
「しかし、良く逃げ切れたな・・・でも、ここは何処なんだい?」
 ラスティは無言でラプラスのコクピットから取り出した非常食を放り投げる。
「玄室の北側扉から抜けた。ここだけ人の手が入って無いようだ」
 そう言ってラスティの見た足元には、小川と呼ぶには、余りに小さな水の流れが暗闇の奥へと伝っており、先程の玄室の床とは、まるで比べ物にならない程の突起した地面が続いている。
 天井は突起しており、冷えた空気が充満していた。
 傷ついた脚部のA・Cで、地上への脱出は恐らく困難を極める事だろう。
「途中で失神しちまったんだが、奴等は何処へ?」
 顎鬚を撫でながら、ミハエルは早くも食べ終えた非常食の包み紙を無事な右足で踏みつける。
「さぁな・・・だが、追手にはなっていない」
 暗黒の虚空を眺めながら、ラスティが素っ気無く答える。
 憂鬱そうな横顔を、コクピットから漏れる僅かな青白い光が照らしていた。
『奴等は完全に後から来た仲間に攻撃を止められていた・・・ネストが俺を追っていたのでは無く、奴の独断行動だった証拠だ』
 内心、ラスティは安堵する。ネストが事実に気付いていれば、三日と自分の命は持たないだろう。
『奴は《デリンジャー》と呼ばれていたな・・・あのKARASAWAの二連射する癖のせいか?』
 ラスティは僅かに口元が緩んだ。
 彼の想像の粋は出ないが、クロームのカロンがデリンジャーである事も、まだネストは正しく掴んでおらず、奴がその獅子心中に居るとは夢にも思わないと想像出来るからだ。
 仮にそうであれば、ラスティにとっては好都合以外の何物でも無い。
「よう、移動しないとマズくないか?」
 ミハエルは苦しそうに、カメラの一脚を杖変りに立ち上がって、ラプラスへと向かっていた。
「追手が来るかも知れんのだろ?」
 横倒しになったラプラスへと、ミハエルは窮屈に身を屈めて塔乗し始める。
 ラスティは無言でレスヴァークの膝に脚を掛け、コクピットのある胸部へと、よじ登って行く。
 その頬を冷たい空気が緩やかに撫ぜた。
「風がある・・・出口が案外近いのか?」
 レスヴァークのコクピットに身を沈めた時、ラプラスが嫌な軋み音を立てながら起き上がった。
「もう、立てないかと思ったぜ」
 ラプラスは辛うじて、二本の逆間接をフラつかせながら歩き出す。
 逆間接特有の機体の高安定性故に、ここまでクラッシュしても立てるのだ。
 通常の二脚では、こうは行かない芸当と言える。
 だが何時、脚の中程より急に叩き折れても不思議は無い程の酷い状態であった。
 辛うじて立っている。の危険な状態の粋は出ない。
 二機は足元に神経を集中しながら、ゆっくりと慎重に出口を目指す。
「よう・・・生きて出られたらネガを返せよな」
 そう言ったミハエルのラプラスは両腕も無く、歪に曲がったコアが痛々しい。
「駄目だ」
 ラスティのレスヴァークもまた、右腕を肘から失い、右膝の間接保持が極めて怪しく、ふらつきながら前進する。
 満身創痍ではあったが、時間を掛けて、更に戦闘さえしなければ充分に脱出の可能性はある。
 だが、その危うい状況一変する出来事が起こった。
 洞窟内部が微震を始め、それが激しい揺れへと変ったのである。
「マズいぜ、地震か?」
 ラスティは目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
 振動する岩屋は彼に地震とは異質な物を伝えた。
「違う、振動は上から来る・・・空爆だ」
 ラスティは顔を顰める。
 洞窟の天井は鍾乳洞特有の、鋭く突起した岩が無数に伸びて岩肌を覆っていた。
 その落下をまともに食らえば、A・Cとて無傷という訳にはいかないだろう。
 傷つき、疲弊した今の状態ならば、機体は完全破壊に至っても何ら不思議ではない。
「チッ、二機共ブースト・ダッシュが駄目になってやがるなんてな!」
 ミハエルが恨み言を舌打ちと共に吐く。
「こうなれば、方法は一つだ」
 ラスティはレスヴァークにレーザー・キャノン発射の体勢を取らせる。
 そして、頭上の突起岩へと残りの全発を照射した。
 次々と岩は赤熱して熔け、照射と蒸発の余波で更に何本かが落下する。
「あのブロックへ退避しろ!」
 二機はたどたどしい動きで、頭上の安全圏を辛うじて確保した場所へと避難した。
「暫くはこれでいいが・・・この先の出口を爆撃で塞がれたら終わりだな」
 ラスティは歯痒い思いで呟く。
「万事を尽くして、運を天に・・・さ」
 ミハエルは気楽な発言をするが、言葉ほどに口調に余裕は無かった。
 激震が続き、何本か小さな岩が振るが、僥倖にも二機には致命傷を被らずに済む。
 やがて激震は止み、小石の雨が降る程度で洞窟自信は静まり出した。
 足元に流れる細い水は降り注いだ土砂の流れで、薄い茶色に変っていた。
「何とか耐えたみてぇだな」
 姿勢を低くしていたラプラスが立ち上がる。
「次の空爆までに脱出しないと、今度こそ確実に生き埋めになるぞ」
 ラスティは安堵の暇も無くと言った感じで、レスヴァークを前へと進ませる。
 最早、二人には一刻の猶予も無い。
 途中、落下した岩が道を塞いだりはしていたが、レスヴァークのブレードで斬り飛ばす事で難を逃れ、二機は何とか洞窟の出口へと辿り着く。
 しかし、ここに到達するまでに、二機は余りに時間を掛け過ぎた様であった。
 ラスティの脳裏には、第三次の航空部隊の接近が感じられたのだ。
 二機の前にはA・Cがギリギリ一機通れない位に瓦解した出口が立ちはだかっていた。
「間も無く、また空爆が始まるな・・・」
 ラスティは重い口を開いた。
「ヤバいぜ、早く道を作れよ!」
 ラスティは躊躇った。センサーブレードを失ったとは言え、高性能レーダーから伝わる敵機の距離が到着まで、もう幾許も時間が無い事が分かったからだ。
 新たな空爆隊は間違いなく、この出口の正面の方向から来ている。
 その数は9機。
 3機が護衛の戦闘機だとしても、ここを瓦解させるに十分な数と言える。
「俺のレーダーにも映った。早く頼むぜ!」
 最早、レーザー・ブレードで悠長に岩を切り崩す時間は彼等に残されては居ない事は、一番ラスティが気づいてた。
 唯一の方法を除いては・・・ 。
「道は一瞬で出来る」
 ラスティは、そう小さく呟いた。
 その口調は何故か酷く悲しげで、重くミハエルには聞こえたが非常時だ。それが彼には苛立たしいだけに感じる。
「出来るんなら、さっさとやれよ!」
 ミハエルは怒声を挙げた。勿体ぶってラスティが自分に貸しをつくる気だと思ったのだ。
「そうだな・・・」
 ラスティの、心からといった悲痛な声と共に、レスヴァークが左手を翳し、左手を真横に振りきる。
 放たれた左手から、激しい光の奔流と一緒に洞窟内部に轟音が轟いた。
 一瞬にして、出口を塞いでいた岩は光波を受けて吹き飛んで行く。
 土砂が発破をかけた様に飛ばされて、A・Cが一機脱出可能な出口が出来上がった。
「道だ・・・行け」
 レスヴァークはラプラスの背中に手をやり、無理矢理にと言った感じで、今、出来たばかりの出口へと押しやる。
「お前は・・・」
 外へと出たラプラスのコクピット内で、ミハエルが呆然と呟く。
 深夜の森は静まりかえっていた。
 その上空から、小さな火球が振って来る。
 空爆が新たに開始されたのだ。
 レスヴァークは出口を潜ろうとするが、一発の着弾が土砂を撒き散らし、脱出を阻む。
 ラプラスは塞がれ行く出口へと向かうが、既に不安定だった地盤が崩壊して、道を塞いで来る。
「畜生がよ!」
 ミハエルは人工の空の高々度から爆撃を繰り返す、航空機に向かって叫んだ。
 風を切る様な音と共に、周囲の森へと火球が次々と着弾し火の海と化す。
 なおも斜面から降り続く土石流は止めど無く流れ、ラプラスの足元に達する。
 ラプラスは傷ついた機体を出口のあった位置に激しくぶつけた。
 流れる土砂に混じって、ラプラスを阻む様に無情にも巨大な岩が滑り落ちる。
 それに突かれると、ラプラスの所々剥げた黄色い機体が膝を着いて崩れる様に倒れた・・・


 電話が鳴り響く。
 朝のオフィスは喧騒に包まれていた。
 激しく行き交う声とコピー機の唸る音。
 連立都市最大の規模を誇る新聞社《テトラ・タイムス》の朝はいつもこんな風だ。
 スチール製の何の特徴も無い、窓際の簡素な机に一人の男が腰掛けている。
 右腕には包帯が巻かれ、左の頬にガーゼが張り付いていた。
 彼は器用に左手で端末に何かを打込んでいる。
 タイトルは《中立地帯遺跡からの脱出》だ。
「俺は写真屋でコラムニストじゃ無ぇんだがな」
 筆の一向に進まぬ彼が、思わず口にした。
 そう思わず彼が言うだけあって、タイトルからしてセンスが無い。
 そこへ事務職と思しき若い女性が、カップに注がれたコーヒーを差し出す。
「ミハエルさん、ここに置きますね」
 男は無言で無愛想に肯く。
「それと来客だそうです。一階ロビーに」
 事務の女性は不機嫌そうに用件を告げる。
「どこの誰だ?」
 アイザック・シティから連立支社へと最近飛ばされて来たミハエルに来客は珍しい。と、いうよりも知り合いなど皆無と言えた。
「存じません」
 事務職員は冷たい口調で言い放つ。
「やれやれ・・・面倒臭ぇな」
 ミハエルは机に立て掛けた杖をついてエレベーターへと向かう。彼は右足にもギブスをしていた。
「全く、この忙しい時に・・・」
 彼はここ数日の無断欠勤の埋め合わせとして、彼の体験記を編集長から命ぜられていた。
 A・Cで撮影したネガが無いならば、せめてコラムとして発表しろと、上からの指示でだ。
「気乗りし無ぇんだよな」
 彼はあからさまに嫌な顔をした。
 発表時には、指示でテロリストとの死闘と内容の変更を余儀なくされていた事もある。
 何より増して、彼が嫌がるのは写真屋としてのプライドから来るものではあったが・・・。
 一階のロビーに人影は無く、彼に気づいた受付嬢が穏やかな笑顔を浮かべている。
「よう、ミハエル・カルテイルだが・・・」
 受付嬢は彼に小さな黒いディスクを手渡した。
「先程来られた、お客様がこれを渡す様にと」
 ミハエルは怪訝な表情でディスクを眺める。
「その客はどこだ?」
 辺りを見回すが、狭いロビーに人影は無い。
「お帰りになられました」
 ミハエルは、溜め息を吐くと受付嬢に背を向けてエレベーターに乗り込む。
「全く何だって言うんだ?」
 不自由な体を押すように、再び彼は窓際の自分のデスクへと辿り着くと端末にディスクを捻じ込む様にして入れる。
 低い起動音が響き、画面に画像が出た。
 そのディスクには、先日彼が撮影した遺跡の写真が記憶されている。
「これは・・・!」
 慌ててミハエルは画像を確認した。
 枚数が異常に少ない。故意に消されていたのだ。
 だが、遺跡の風景やA・Cが一切映っていない物は残されていた。
「使いモノになりゃし無ぇ!」
 ミハエルは落胆と罵声を端末に投げかけた。
 そして窓に体を向けると、曲がりきったブラインドゥに指を掛ける。
 窓の外には街路樹が立ち並ぶ、朝の並木道に人々が忙しそうに歩いていた。
 その中で一人、俯いて歩く青年の姿がある。
 ミハエルに見覚えのある黒髪が風に揺れた。
「あの野郎・・・やっぱり生きてやがったか」
 不意に後ろ向きの青年の左手が挙がる。
 その手には一枚のディスクが挟まれていた。
「やっぱりあいつか・・・」
 振り返りもせず、青年は雑踏に紛れる様にしてミハエルの前から消えて行く。
「警告のつもりか?律義な奴だぜ」
 ミハエルは悪態をつきながらも頬が緩む。
「《書くな》ってか・・・分かったよ」
 そして意を決した様に立ち上がると、他の部下を怒鳴りちらしている太った黒人の編集長の元へと歩き出した。
「こりゃクビだな・・・」
 ミハエルは穏やかな表情で笑うと、金髪を無造作に掻き上げる。
 元々、気乗りしない仕事だったが、断るには多少の勇気と覚悟が必要だ。
 ミハエルは他の記者を押しのけて、腹の突き出した編集長の前に立った。
 そして暫くオフィスでは、今までにも増した編集長の怒声が響き渡った・・・。



『MISSION 11 完』


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