ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 12 〜 ゴースト・シティ決戦 〜


 リガ・シティ空港には、濃い朝靄が一寸前が見えない程に立ち込めていた。
 早々と他都市から降りて来る旅客機のエンジン音だけが、周囲を威圧する様に鳴動しいている。
「こんな時間に済みません」
 赤い車に乗った若い男が、俯いて呟くように言った。
「いや、それよりも用件を手短に頼む」
 それに対して低い男の声が、車内オーディオのスピーカーから流れた。
 若い男の乗る車のフロントバンパーからは、髪の毛位に細いワイヤーコードが前の車へと伸びている。
 それは盗聴防止の接触回線だ。増してこの朝靄の中ではコードが伸びている事の視認も難しい。
 一台入れるかどうかのギリギリの車間を開いて、前には黒いセダンが停車していた。
 その車には、黒い髪をオールバックに撫で付けた眼鏡の男が運転席に座っていた。
「奴との試合が決まりました。今週の土曜、午後3時からになります」
 若い男は、細いサングラスをジャケットの胸ポケットへと仕舞い込む。
「場所は地上の特設リングにしておきました。旧インカ帝国風の町並みになってます」
 そう言いつつ、若い男は自嘲した笑みを浮かべる。
「客へのアピールか・・・好ましくはないが、ステージなどどうでもいい。要は、私が奴を殺せれば文句は一言も無い」
 黒いセダンの男が溜め息混じりに答えた。
 ジェット機の着陸する振動が車を響かせ、若い男は慌ててホルダーに置いたコーヒーを押さえる。
「兎に角、金曜の夜にA・Cごとタブレット・コミューン東駅の10番スポットに来て下さい。そこに部下を待たせておきますから」
 少し慌てた口振りに、黒いセダンの男が不信そうに声を掛ける。
「どうした《ルース》、盗聴か?」
 ルースと呼ばれた、若い男は軽く笑いながら答えた。
「今日は朝から何故か色々とツイてませんで、アクシデントの連続ですよ」
 ルースは微笑んで、カップを持ち上げるとコーヒーを口にする。
 その時、不意に朝靄の中からヘッド・ライトが近づいてきて、二台の間に小型車が停車してしまった。
 当然ながら、コードは無情にも断ち切られてしまう。
 即座に黒いセダンはウィンカーを点灯させると発車して、ルースは一人、空港に残されてしまった・・・


 黒いセダンがライトを消して、小さな家の駐車場に静かにエンジンの火を消す。
 ぶ厚いドアから、オールバックの男が疲れた様に肩を落として降りて来る。
 ガレージのシャッターを降ろすと、玄関を潜り暖かな我が家へと男は帰ってきたのだ。
「ただいま」
 男が短く言うと、キッチンから小さな女の子が満面の笑みを浮かべながら走り寄ってくる。
「パパお帰りなさい!」
 父親は鞄を娘の小さな手に預けると、靴を脱いでキッチンへと向かう。
 そこには、彼の妻がレンジに向かって料理を暖めている姿があった。
「ただいま」
 父親はそう言って、妻に微笑みかける。
 そして、所定の場所に座ると娘が間髪入れずに嬉しそうに話を始めた。
 娘は今日、学校であった出来事を話すのが楽しい年頃なのだ。
 大体は彼女の自慢話と友達の愚痴が多いのだが、父親は、この話を聞くのが大好きな時間なのである。
 じきに反抗期が来ると言う寂しさも心中ではあり、この毎日が大切に感じられる為もある。
 娘が一通り話終えると食事の用意が整い、妻もテーブルについて一家の晩餐が始まる。
 娘は《いただきます》を言った後、母親の方を短く見て今夜の本題となる話を切り出そうとしている。
 言い難い事や心配事を言う時の娘の癖を知っている父親は、どんな無理難題が来るのかと内心、冷や汗の出る思いだったが、幸いにも今夜のお願いは極めて優しい課題であった。
「来週の日曜日ね、父親参観なの・・・今年は来てくれるでしょ?」
 母親の方をチラチラ見ながら、伏し目がちに娘は父親に問う。
 去年は確かレイヴン稼業が忙しく行ってやる事が出来ずに2、3日の間、家で肩身の狭い思いを強いられた記憶が父親に甦る。
 そして来年は必ずと約束した事も思い出した。
「日曜なら大丈夫だ。今年は必ず行く」
 娘は大袈裟に喜んで万歳の仕種を繰り返した。
 卓上の料理に箸を伸ばす父親は、ふと全て自分の好物ばかりが並んでいる事に気付く。
 妻の無言の《絶対に行ってやってね》と言う意志が父親に痛いほど伝わってきた。
『土曜は決着の日だが・・・これで絶対に死ねない事になったな。相打ちすらも許されないな』
 父親は心中で、そう自分に言い聞かせる。
『無論、死ぬ気も負ける気もないがな・・・』
 そう思わず呟くと、妻が心配そうな視線を送る。
「あ・・・いや、仕事は金曜の残業で何とかするよ」
 そう言い加えて、娘に分からぬ様に誤魔化す。
 妻には、長年探していた宿敵との対決が近い事は娘が寝入った後に話してある。
 恐らく妻は、その日が土曜である事は今の会話で分かった筈だ。
 妻の碧眼が複雑な翳りを見せている。
 当然だろう。夫の身を心配するのも多分にあるが、かつての恋敵の敵討ちに彼が危険を冒して出向くのだ。
 笑顔を見せられる筈も無い。
 そんな複雑な視線を背中に受けつつ、父親でもある連立都市ベスト・ランカー《ヴェルデモンド》は漸く巡り合えた仇に対して思いをはせる様に虚空を睨む。
『これでレイヴンを辞められるのだ』
 俯いて目を閉じるヴェルデモンドの表情には、安堵とも見える笑みが浮かんでいた。
 そんな気持ちとは無縁な、無邪気な笑みを浮かべて娘がテーブルを離れ父親へと抱き付いてきた。
「科目は算数なんだけど、私、いっぱい問題を答えるから、絶対見ててね」
 父親は軽く笑って娘に肯く。
「でも、カレリアは算数の成績は《がんばりましょう》だったんじゃなかったか?」
 娘は頬を膨らまして反論した。
「ちゃんと予習するから大丈夫よ!」
 そう言って、娘はプイと父親に背を向ける。
 娘の機嫌を損ねた父親は、先程よりも苦悩を浮かべた表情になり頭を軽く抱えた。
 そんな姿を見ながら、母親は溜め息を一つ吐いて、微笑むと洗い場へと向かって行く。
「女の子は難しいな・・・」
 ヴェルデモンドはそう呟きつつも、こんな悩みならば幾らでもして構わないという、幸せな気分で満たされていた・・・


「それでは、カメラは全部で6つなんだな?」
 ルースは決闘当日の現場見取り図を見ながら部下に向かって問い掛けた。
 広い欧風の調度品に溢れた事務室には、机に座るルースと部下が一人立っている。
「4つは、こちらでケーブルを切断して押さえますが、残りの2つは無線になっていて、周波数も極秘コードなんで破壊して貰うしかないですね」
 剥げた頭の筋骨逞しい男が、若い頭目の目を見ながら言う。
「では、僕が対戦開始早々にカメラを破壊するから、それを合図にケーブルを切断、その後にヴェルデモンドさんに突入して貰う手筈になるね」
 ルースは歯切れ良いイントネーションで、予定を組んで行く。
「現場を孤立させられるのは、我々でも30分が精々です。それ以内に撤収までを済ませて下さい」
 間接照明が彫りの深い、剥げ頭の男を照らす。
「ヴェルデモンドさんのA・Cはフォルムも特徴があるし、有名だからな・・・衆目に晒すとネストに闇試合していたのがバレてしまう恐れがある・・・か」
 顎に指を添えながらルースは呟いた。
「実際、A・C同士の戦闘時間はアリーナ・レベルの地区範囲では10分もあれば充分だろう。客の賭け金は無効試合という方向に持っていって、払い戻しにすれば問題ない筈だ」
 マホガニーの机に置かれた地図を見ながら、ルースは次々と部下へ指示を出して行く。
「これで万事整ったな・・・」
 ルースは指示を終えると、立ち上がって背もたれに掛けて有るジャケットに袖を通した。
「僕はこれから出るけど、後の細かい準備は任せていいかな?」
 ルースは万事において側近の部下を信頼している。
 それに先代の頃からの者は、自分よりも仕事に慣れている者が多く、情けないとは思いつつもルースは彼等を頼りにせざるを得ないのだ。
「若様、一応、無駄とは思いますが対戦者のコルテスについても探っておきます」
 禿げ頭の男は、頭を垂れながらルースに言った。
「敵わないな・・・そうしておいて下さい」
 苦笑いを浮かべつつ、ルースは部屋を後にする。
『もっと僕が頑張らないと、部下は気苦労が堪えない・・・か』
 ルースは苦笑しながら、愛車の赤いスポーツ・タイプのセダンへと乗り込んだ。
 向かう先は、リガ・シティにある人工の海辺だ。
 日付は木曜から金曜へと5分で変ろうとしていた。
 車も少なくなった環状線を飛ばして、ルースは一路、シティの境界へと向かって行く。
 街灯やガードレールの切れ目が矢の様なスピードで後方へと流れて行った。
 ルースは更にアクセルを踏み込む。
 既に速度は200キロに達しようとしている。
 当然ながらルースの車は水素を燃料とする外燃機関タイプのエンジンを搭載していた。
 パワーは当然、電動駆動車などの比ではない。
 低く重いエンジン音が運転席に伝わるのをルースは心地よく感じながら、都市間を結ぶトンネル状の環状線に入る頃、車載の電話が不意に鳴った。
 これはルースの持つ、携帯ナーヴとは全く違う回線を使用した情報屋独自の機密通話機器である。
「どうした?」
 ルースはハンドルの付け根にある、スイッチを入れて通話を始める。
 同時に、ルースは唇を殆ど動かさない話し方をしている自分に自嘲した。
 この速度での目視による情報漏洩は先ず有り得ないからである。
『若、対戦者のコルテスに関して、奇跡的に新たな情報がありました』
 通話の相手は先程の部下らしい。
「今、高速運転中なんだが、そんなに重要な事か?」
 そう言って、ルースはアクセルを少し弱める。
『私には判断着きかねましたので、急遽、連絡したんです。取りあえず、得た情報の資料を送信しますので、後程見て下さい』
 ややあって、部下は通話を切断し、同時に助手席の前面からプリント・アウトされた用紙が出て来る。
 ルースは横目で資料を見るが、流石に細かい判読は不可能であった。
 資料に綴られた文字には、情報屋の隠語や暗号が多用され、更に彼の統括する東ブロックでしか通用しない文字も見受けられる。
 しかし、部下が回線を使用してまで告げて来る情報というのは極めて珍しい。
 増して文字を送信して来るなど皆無と言えた。
「まぁ、いい。目的地に着いたら読むさ」
 時計は既に日付が完全に変っていた。
「いよいよ、残り一日になったか・・・」
 ルースは感慨深く呟くと、遅れた分を取り返すべく愛車に激を入れる様にして、アクセルを再び床まで踏み込む。
 フロント・グラスにはリガ・シティの夜景が見え始め、助手席で送信し終わった用紙が、音もなく静かにフロア・マットに落ちた・・・


 整備場のスポットを浴びる一人の男が居た。
 小さなサングラス越しの男の瞳は鷹の様に鋭く、バラクーダ型のティルジェットへと積み込まれて行くA・Cを見つめている。
「《コルテス》様、A・Cの積み込み終了です」
 背後から濃いオレンジ色を基調としたトリコロールのパイロット・スーツを着た男が声をかける。
「済まねぇな、色々と手伝わせて」
 コルテスと呼ばれた男は、その鋭い目を閉じ、毛髪の全く無いスキンヘッドの頭に手をやる。
「あの坊主、なかなかやりますから注意して下さい」
 パイロット・スーツの男の言葉をコルテスは鼻で軽く笑う。
「《マリオ》よ、お前が敗れたのは、どう見てもマグレだよ、まぁ、俺達をナメてくれた礼はしておいてやるか・・・」
 コルテスは不敵な笑いを浮かべて、頭を撫でた手を自分の肩へと置く。
 大柄なコルテスが着るには少し窮屈と思える暗い緑の服は彼等の誇りの証であった。
 かなり分からないように直されてはいるが、見る者によってそれが連立都市中を震え上がらせた《カウンター・マフィア・ガード》の物と分かるだろう。
 今でもその生き残りを吹聴するレイヴンや闇アリーナ選手は後を断たない。
「本物のカウンター・マフィア・ガードの実力を思い知らせてやるぜ!」
 コルテスは叫びと共に、急に近くにあったパイプ椅子を壁へと蹴り飛ばす。
 けたたましい音と共にメタル製の椅子が四散する。
「俺には目的があるんだ!あんな坊主にコケにされて黙ってるワケには行かねぇんだよ!」
 傍らに立つマリオは無言のままだ。
 驚愕しているのでは無い。このコルテスと言う男の荒い行動に完全に慣れている様子である。
「コルテス様、新しい情報では《スワロー・テイル》が近く連立都市入りする模様ですぜ」
 そう言ったマリオに、コルテスが先程とは全く違う嬉々とした表情で振り返った。
「懐かしい名前じゃねぇか。奴は今、何をしてる?」
 コルテスは胸のポケットから小さなアンプルを取り出して首筋に当てる。
 金属的な噴射音と共にアンプルから薬物がコルテスの体内へと流れ込み、彼の細い瞳に恍惚とした表情が宿った。
「何でもアンバー・クラウンの《フィーレン一家》に居る様で・・・何か訳アリの連立入りだそうです」
 マリオは白い薬品の入ったケースを鼻に当て、それを吸い込みながら答える。
「まぁ、人には色々あるさ。俺達にも目的がある様に好きに生きて、運が尽きたら死ねばいい」
 コルテスは恍惚のまま不気味な笑みを浮かべる。
 ティル・ジェットのハッチが閉まり、彼の愛機が収納され格納庫に暗闇が訪れた。
 コルテスはアンプルの空瓶を足元へと捨てると、ブーツの靴底で踏み潰して粉々にしていく。
 その行為が楽しいのか、薬による恍惚感なのかコルテスの口元には残忍な笑みが張り付き、執拗にその行為を繰り返す。
「俺の運が尽きる前に、邪魔する奴は皆殺しだ!」
 コルテスは薬物で完全にトリップしている。
 その姿は青白いスポットを浴びて、軋む様な嫌な金属音と共に、さながら凍て付いた様に暗闇に浮かんでいた・・・


 今日も、人工の海を見おろす丘には、今日も相変わらず激しい風が吹いている。
 冷たい横殴りの風が丘に立つヴェルデモンドの咥えた煙草の煙を攫って行き、火の粉が暗い闇の中で赤く散った。
 丘の中腹には、小さな黒曜石が無数に並んでいる。
 ヴェルデモンドは、その中の一際小さい『RISKEY』と小さく綴られた石を見下ろす。
 それは彼の親友の墓石である。
 準市民の、取り分け最下層の住民達、都市が禁止する裏稼業を営む者には、都市の共同墓地すら葬られる事はない。
 ここに並んでいる様々な石は例外なく全て、そういった連中の墓だ。
 丘に接した湾岸道路に一台の黒いセダンの横に、赤いスポーツ・カーが停車した。
 その中から、激しい風を遮る様に右手を額に翳してルースが降りてきた。
「遅れて申し訳ないです」
 彼の言葉が突風に途切れて伝わる。
 ヴェルデモンドは何も答えず、墓石を黒い瞳に映していた。
「お待たせしました。明日の件の最終予定をご報告しようと、お呼びだてしたんです」
 ルースは暴れる髪を押さえながらヴェルデモンドの横へと立つ。
「顔色が悪いな」
 開口一番、ヴェルデモンドがルースへ言ったのは、この一言であった。
「これだけ冷えれば、顔色も悪くなりますよ」
 ルースの返答にヴェルデモンドの眉間に皺が寄る。
「隠し事は、一切なしにして貰いたいが」
 ルースは俯いて首を横に振る。
 車を飛ばしていた時とは、明らかに違う気持ちを抱いている事は、自分でも良く分かる。
「顔に出てますか・・・僕も未熟なモノですね」
 そう言って上がった顔には、苦笑の笑みが浮んでいたが瞳は滲んでいるのは隠せない。
「言いたくないなら無理にとは言わない。どの道、奴は殺すし、そこで鬱陶しいレイヴン生活も終わる」
 ルースは悲しげな表情でヴェルデモンドを見る。
「止めには・・・しませんか?」
 そう言った瞬間、ルースの襟首をヴェルデモンドが目にも止まらぬ速さで掴んだ。
「馬鹿を言え!何の情報を掴んだかは知らんが、ここまで来て止めれるか!」
 ルースは視線を墓石に落として、呟く様に言う。
「仇など討っても、リスキー義姉さんは喜びませんよ」
 ヴェルデモンドは憤怒の形相で、掴んだ襟首を捻ってルースを地面へと横倒しにした。
「そんな事は、若造のお前に言われるまでもなく、百も承知だ。仇討ちなど所詮は生き残った者の自己満足に過ぎん!」
 そう言ってヴェルデモンドは丘を降り、自分の車へと歩き出す。
 その後を立ち上がったルースが追う。
「無駄な事と分かっていて、どうして奴を殺そうとするんですか?」
 ルースはヴェルデモンドの背広の裾を掴むが、それを鰾膠もなくヴェルデモンドは払った。
「お前には分からない。親友を殺された気持ちなどな」
 冷たくヴェルデモンドは言い放つと、愛車のドアに手を掛ける。
「分かりますよ、リスキーさんは、僕にだって義理ではあるけれど肉親なんですよ」
 ルースはヴェルデモンドの腕を掴み、ドアを開けささない。
「リスキーに会った事もない癖にか?君の義父のアレックスの娘だったのを知ったのは最近だろう?」
 この冷たく情けの無い言葉にルースは激昂する。
「それでも、僕の肉親なんですよ!」
 ヴェルデモンドは返事の変りに鼻で軽く笑う。
「どこまで知っている?」
 鋭い視線と共にヴェルデモンドから出たのは、その一言であった。
「何の事をお聞きなのか、僕には分かりません」
 その刹那、言葉を返す様にヴェルデモンドの拳がルースの頬へと飛ぶ。
 鈍い音と共にルースの体は、彼の愛車へと跳ねる様に飛ばされた。
「貴方は義姉の仇の事になると、何時も狂った様になる・・・何故です?」
 呻き声混じりで、苦しそうにルースは言った。
 ヴェルデモンドは、ルースの方から目背けて静かに語り出す。
「あいつは、当時の私には架け替えの無い存在だった。常に私の側で、何の見返りも求めずに助け続けてくれたのだ・・・」
 遠くで汽笛が鳴る。リガ・シティ観光のクルージングに出る客船の物だ。
 ヴェルデモンドはゆっくりと陸から遠ざかる船を見ながら続きを口にする。
「貧民街で飢えと怪我で瀕死だったのを拾ってくれたのが彼女だ。それだけでも恩を感じるには充分だった・・・その上、闇アリーナとは言えA・C乗りという生きる方法も彼女の父から貰った」
 ヴェルデモンドは懐からハンカチを取り出して、ルースに投げてよこす。
 ルースは口元を拭いながら、立ち上がってヴェルデモンドと正対した。
「心の優しい女性だったんですね・・・」
 ヴェルデモンドは俯いて目を閉じる。
「そうだ。試合で勝った時には心から喜んでくれて、負けた時にでも、無事を喜んで泣いてくれる奴が人生で何人も現れると思う?」
 ヴェルデモンドは背広を脱ぎ、シャツの左袖を肘まで捲り上げる。
 そこには、微妙に肌の色と違う筋が入っていた。
 肘だけでは無い。手首にも薄い筋が見える。
「それは・・・クローン再生の手術痕」
 クローン再生は連立都市では表向き医学倫理で禁じられた医療方法だ。
 自分の体細胞から、もう一人の自分を創り出し、内臓器官や組織移植する為に一切の拒否反応を伴わない、ある意味で完璧な手術と言える。
 しかし、その為に創られるクローンは生まれながらに死を約束されている哀れな生命と言えよう。
 そして、完璧な医療法は生命に対する尊重の軽視を引き起こす恐れがある。
 『腕の一本や、脚の一本位ならば、クローン再生すれば・・・』と皆が考える様になれば、殺傷事件数の桁は跳ね上がるだろう。
 故に、倫理に反しているとして医学界では有効と知りつつも禁止としているのだ。
 だが、それも表向きの事でしかなく、連立都市の準市民層では払う金次第で何とでもなった。
「この腕が試合で千切れ落ちた時・・・コクピットのシートの下から、グシャグシャになった左腕を泣きながら拾ってくれたのは誰だと思う?」
 ルースはヴェルデモンドの視線に身震いした。
 底知れない哀しい表情と怒りが、狂おしい程にヴェルデモンド瞳の中で揺れている。
「俺の汚くドス黒い血に塗れた彼女の白い手と、必死の瞳・・・俺の名を呼ぶ唇・・・今でも夢に見る」
 ルースはヴェルデモンドが自分を《俺》と呼んでいる事に気付く。
 恐らく彼の心は今、当時に戻っているに違いない。
「そんな彼女に俺は何をしてやった?・・・結局、何もしてやれなかったんだ!」
 苦悶の表情でヴェルデモンドは、車のルーフに拳を叩き付けた。
 ルースはかける言葉すら思い付かず、ただ、ヴェルデモンドの車のガラスに指で彼の娘が書いたと思しき文字を瞳に映すしかなかった。
「だからせめて、100万コームの大金を稼いで彼女を市民にしてやりたかった。それを目の前にしていながら彼女は奴に殺された。そして墓もこんな寒い所で墓石も小さな石ころなんて・・・彼女が満足と言ったとしても俺は耐えられない!」
 終にヴェルデモンドの膝が地面に跪く様にして、崩れ落ちた。
「だから奴を殺す。そうしないと俺が今、味わう幸せ全てに彼女への引け目を感じるんだ。」
 ルースは項垂れて、地面に手を着いて蹲るヴェルデモンドを哀しい気持ちで見下ろす。
「奴を殺す・・・その先から俺の人生が始まるんだ」
 そう呟くヴェルデモンドの言葉を、ルースは深く目を閉じて聞いた。
「突入の合図には緑の信号弾を使います。それが見えたら20分以内に勝負を着けて下さい。お膳立てと撤収は全てこちらで行います・・・」
 ルースは、そう言い残すとヴェルデモンドに背を向け、愛車に乗り込むとエンジンを掛ける。
 これ以上、説得しても無駄だと骨身に染みたのだ。
「どうしても言い出せなかった。重要な事を・・・」
 ルース自身、これを知らなければ良かったのにと心から思う。
 実際、ここに向かう、部下の資料を読むまでは仇討ちに心から賛成していたのだ。
 助手席に投げ出される様にして置かれた資料を、ルースは鷲掴みにして悔やむ様に歯噛みすると、車を発車させる。
 バック・ミラーには立ち上がって、再び墓前へと向かうヴェルデモンドの姿が映っていた。
「こんな数奇な運命でも決着は訪れるのか・・・」
 ルースは車の運転をオートに設定し、頭を両手で抱えて何度も首を降り続ける。
 矢のように過ぎ行く街灯に、握り潰された資料が寂しく照らされていた・・・


 罅割れ荒れた大地に、翳り始めた陽が差す。
 地面を緋色に染めつつ、偽りでない太陽は今日もその役目を終えるかの様に黄昏出していた。
 吹きすさぶ風が夜を迎えるかの様にして、虚しく聳える廃虚を通り過ぎる。
 ここは、もう何十年も前に人々が住む事を諦めた場所であった。
 かつては繁栄を誇った跡は、街の中央に立つインカ風の塔しか見られず、異国の雰囲気を醸し出していただろう石畳の道路も所々に亀裂が走り、地肌を無残に露出させている。
 ここは連立都市の闇アリーナ・ステージの一つ《ゴースト・タウン》。
 A・Cが一機ギリギリ通れる程度の狭く、入り組んだ通路と中央の開けた広場が対象的な、地形を使いこなすのには屈指の難ステージと言える場所だ。
 その街の南北に揃いの形をしたゲートがあった。
 北には、大型のメンテナンス・リグが後ろを向いて停泊している。
 対する南には迷彩塗装のティル・ジェットが一機、今し方到着した様子で着陸していた。
 メンテナンス・リグから一機のA・Cがゆっくりとゲートを潜り広場の中央塔へと歩み出す。
 美しいメタリック・シルバーの塗装が、西日に輝くこの機体はルースのクレイモアであった。
 背中の巨大なグレネード・ランチャーを揺らしながら力強く大地を踏み締め歩いて行く。
 クレイモアは中央の塔に辿り着くと、それを背にする様に振り返って北門へと向いた。
 南から、それを合図とするようにしてティル・ジェットのハッチが開く。
 中から、細身のA・Cが一切の無駄を排した滑らかな動きで姿を現した。
 クレイモアとは全く印象を異にする、霜の降りたような氷銀色の機体は対戦者コルテスのA・C《グラニザーダ》である。
「アイザック帰りの坊主、覚悟するんだな」
 HELMと呼ばれるタイプの、凶悪なイメージを見る者に与える頭部から、低い声が響く。
 背中に装備している大型に改造されたチェイン・ガンが、この機体が違法に組まれた闇アリーナ機体である事と手強さを同時に無言で物語っている。
『あの動き・・・情報通り強化人間だな』
 ルースはバック・モニターに映る、グラニザーダの動きを見て確信する。
 部下が事前にかき集めた資料には、強化レベルは連立都市基準で3レベル。つまりはチェイン・ガンを構えずに発射する事が出来るらしかった。
「ダンマリとは肝が座ってるな。それともビビって声も出せないのか?」
 コルテスの言葉による挑発は続く。
 グラニザーダのコクピットでコルテスは、禿げ上がった頭を撫でながら、首のジャックへとコードを繋いでいた。
 その表情は揶揄する言葉遣いとは裏腹に、冷静そのものと言える。
 この遣り取りすらも、闇アリーナで行われる、相手の精神を掻き乱すテクニックの一つと割り切った感が見受けられた。
 対するルースは、無言で北門のメンテナンス・リグを食い入る様に見つめている。
『ヴェルデモンドさん・・・僕は僕の責務を全力で果たしますから、全てをお任せしますね』
 陽炎にメンテナンス・リグの輪郭が揺れる。
 今ごろはリガ・シティの賭場では、観客達が大勢、この光景をモニターで見ているだろう。
 試合開始まで、残り5分。最も観客が盛り上がる頃合いだ。
「上手くやってくれよ」
 ルースは街から伸びるケーブルの先を見た。
 この先10キロ地点にある、映像中継地点には部下を待機させてある。
 彼等にケーブルを断線させる予定なのだ。
 どうしても、押さえられなかった非常用のモニターを破壊するのはルースにしか出来ない責務である。
 これに失敗すればメンテナンス・リグで待機するヴェルデモンドは突入の機会を逃す。
 一般のレイヴンがネストの介在しない、闇アリーナへ出場した場合、待つのは確実な抹殺だ。
 増してヴェルデモンドのA・Cである《LOVE−P・D》は連立都市で有名な機体なので観客達が気付くのは確実と言える。
 何としてでも、ヴェルデモンドが仇を討つには、試合中継のカメラを全滅させる必要があるのだ。
 ルースはその為だけに、闇アリーナへと潜り込み、コルテスへの挑戦権利を獲得するまでに至った。
 ここまで来て、今までの苦労の全てを無に帰す事は出来ない。
 ルースは圧し掛かる重責に生唾を飲む。
 試合開始1分前を告げるアラームがコクピットに鳴り響いた。
「精々、楽しませてくれよな、坊主」
 対するコルテスは正面ディスプレイに映る暇つぶしのクロスワード・パズルから、通常画面へと戻し、戦闘モードを起動させた。
 今頃、賭場会場は観客が総立ちになっている事だろう。このゴースト・シティでの対戦は客にとって非常に人気がある上、因縁試合と盛り上がる要素が多い。
 ルースは再びメンテナンス・リグを見た。
 夕映えに輪郭が歪んでみえる。
 残り10秒を切った。グラニザータは戦闘モードの起動を終えたらしく、背中のジェット・エンジンから甲高い音を響かせ始めた。
 《GO!》と、サインが両機の正面ディスプレイに大きく表示される。
 試合開始だ。もう互いに後には退けない。
 塔を挟んで、背を向けていた両機は真っ直ぐにブースト・ダッシュして障害物である家屋を模した強化コンクリートの塊へと向かう。
 両機にミサイルが装備されていない状態なので、この障害物を上手く制し、被弾を抑えた側が勝利者となるのは確実と言えた。
「僕の役目は二つ・・・カメラの破壊と弾薬の消費だ」
 ルースは逸る気持ちを抑える様に呟く。
 マップシステムが捕えたカメラの位置を確認すると、一基目は自機の直ぐ後方にある事が分かる。
 残り一基は、丁度、自機の対角線上でグラニザーダの背後にあった。
「先ずは向こうのをやる!」
 ルースは愛機クレイモアに片膝を着かせると、グレネードを構えさせた。
 FCSが障害物越しにグラニザーダを捕える。
「違う、もっと下を狙うんだ」
 ルースはスティックを起こし、射線の通っている対面の地面に埋め込まれたカメラを狙う。
 即時にFCSはグラニザーダへのロック・オンをキャンセルしてカメラにロックする。
 ルースがトリガーを押すと、グレネードの後方から大量のガスと共に、巨大な薬莢が砕けて飛び出し、銃口から火球が吐き出された。
 狙い誤る事無く、グレネードはカメラへと直撃して榴弾を周囲に四散させる。
「ナメてんのか?坊や!」
 爆炎はグラニザーダが居る障害物にも及ぶが、それを難なくコルテスはジャンプさせて回避した。
「お望み通り殺してやるぜ」
 コルテスはグラニザーダを高速歩行させながら、クレイモアの隠れる障害物へと周り込む。
 相手の左側へと、コルテスはグラニザーダを操って攻撃を開始した。
 構え射ちから、立ち上がってもこうすれば振り向くのに僅かにでも時間が掛って仕舞い、反撃を遅らせる事が可能なのだ。
「ちっ、セオリー通りに来たか!」
 ルースはコルテスの性格を完全に見誤っていた事に舌打ちする。
 当たる筈の無いグレネードの威嚇で、侮辱されたと怒りに任せて正面から来ると踏んでいたのだ。
 ルースに残された最善の方法は、可能な限り早く立ち上がって逃げるしかない。
「ほらほら、早く立ちやがれ!」
 グラニザータは右手のエネルギー・マシンガンをクレイモアに照射する。
 熱弾が絶え間無くクレイモアへと注ぎ、メタリック・シルバーの装甲に無残な黒い穴を穿つ。
 ルースは容赦の無い猛攻に、仕方なく、再びグレネードのスイッチを押した。
 灼熱の塊が両機の間に広がって、黄昏の景色を真っ赤に染める。
 グラニザーダは即座にグレネードの射出に反応して後方へと下がった。
 クレイモアは発射の反動で障害物へと、屈んだままで滑り込み立ち上がる時間を稼ぐ事に成功する。
「迂闊なグレネードはもう使えない・・・」
 絶妙の判断で危機を脱したとは言え、ルースの額には冷汗が流れていた。
「だが、カメラは残り一基だ」
 今の方法ならば、障害物のグラニザーダヘ牽制の意味でグレネードを発射したのが偶々、カメラに直撃してしまったと見せる事が出来たであろう。
 多少の被弾は覚悟の上の行動であったので、ここはルースの判断勝利と言えた。
「へっ、少しは楽しませて貰わんとな!」
 コルテスは禿げ上がった頭を嬉しそうに撫ぜる。
 だが、オレンジ色の小さなサングラスの上から垣間見える目には鋭い光りが宿っていた。
 ここで仕留め切れなかった事は彼には屈辱以外の何物でも無い。
「次でもう、仕舞いにしてやるぜ・・・」
 コルテスの口元が緩む。先程のブレイクでルースの実力の程が分かったからだ。
 ルースのセンスは充分と言えるが、コルテスの持つ戦闘経験には到底及ばないだろう。
 コルテスは舌舐ずりして、自分の首へとシートから伸びる黒いコードを更に接続した。
「遊びは終わりだ坊主!」
 そう、コルテスが叫んだ瞬間からグラニザーダの動きが豹変する。
 高速歩行でクレイモアの背後を取るべく、障害物を盾にしながら距離を積極的に詰めて行く。
 レーダーを見るルースは、フェイントを交ながら目まぐるしく位置を変えるグラニザーダの動きに対し、既に翻弄されかかっていた。
 時折、強化コンクリートの家屋から目視でグラニザーダの姿を捕えるとプラズマ・ライフルのトリガーを引いてしまい、自然と無駄弾が増えて行く。
「最初から勝とうなんて思ってはいなかったが・・・」
 今更ながら、改めてルースは相手と自分との実力格差を思い知る。
 このまま試合が続けば、撃破されるのは確実だ。
「その前に何とかしなければ!」
 額の止めど無く流れる汗を拭うと、ルースは意を決した様に自機の背後にあるテレビ・カメラへと向かい始めた。
 グラニザーダはクレイモアを中心に弧を描く動きで、急激に接近して来ている。
「ここだ・・・」
 ルースは家屋に模したコンクリートの塊の中に埋め込まれたカメラを確認したと同時にグラニザーダが正面から姿を現す。
「甘ぇ動きだな!」
 グラニザーダは左手を翳すと、ブレードを作動させながら横凪ぎに振った。
 周囲の空気が激しく振動し、グラニザーダの左手から黄金色の激光が広範囲に放たれる。
「その位置では、これを躱せないぜ!」
 グラニザーダは、光波を繰り出したと同時にブーストで後方へと退く。
 凄まじい爆炎が障害物が犇めく通路を満たした。
 砕けたコンクリートの破片すら、周囲に四散して凶器と化す。
「チャンスだ!」
 ルースはプラズマ・ライフルをカメラへと向けた。
 彼は敢えて、この攻撃を甘んじて受けたのだ。
 狙いはカメラの破壊。これ一点に絞っていた。
 クレイモアが右手のプラズマ・ライフルをカメラへと向ける。
 これを破壊すれば、ルースの役目は終わる。
 ルースが発射のトリガーを押す、その瞬間、クレイモアの姿勢が急激に前のめりになった。
「何だ?」
 アラーム・メッセージが機体への被弾を告げている。
 余りに迅速なコルテスの追い討ちに、ルースは舌打ちして表情を歪めた。
「奴はどこだ!」
 レーダーで確認すると、グラニザーダは何時の間にか背後へと廻り込んでいた。
 黒く煙る背後の通路の向こうから、細い光線が断続的にクレイモアに注がれている。
「仕舞った!さっきの光波は錯視効果狙いか!」
 それにルースが気付いた時には既に遅かった。
 クレイモアの右膝間接から下が、自重で砕ける様にして脱落してしまい、斜陽に光る大地へと崩れ落ちる。
 ゆっくりと壁のコーナーから銃口だけを出していたグラニザーダが姿を見せて、地面へと這いつくばるクレイモアに近づく。
 強い西日を受けてもなお、その機体は冷たい光を放ち見るものを凍えさせる印象を放っている。
「坊主、運が無かったな」
 グラニザーダがエネルギー・マシンガンをクレイモアのコアへと向ける。
「せめてカメラだけでも!」
 クレイモアが軋んだ動きでカメラへと銃口を向ける。
「ナメんじゃ無ぇ!」
 エネルギー・マシンガンがグラニザータから放たれ、クレイモアの右手の間接が吹き飛ぶ。
 鈍い音と共に、ライフルが地面へと砂煙を巻き上げて落ちた。
「何のつもりか知らんが、コイツを狙ってた様だな」
 そう言って、コルテスは銃でカメラを指した。
 そしてグラニザーダがエネルギー・マシンガンを放ってカメラの設置された家屋を粉々にして行く。
「坊主、これで心置きなく地獄へ行けるだろ?」
 コルテスは静かに、諭す様にルースへと告げる。
「まだ、死ねない」
 苦しげなルースの呟きがクレイモアから漏れる。
 何とか上体を起こした、クレイモアのグレネードが展開を始めた。
「ほう・・・せめて最期は華々しく散るか?」
 コルテスがそう言った時、グレネードの砲身が展開を終えて、赤く染まる天に向いた。
 そして轟音と共に一発の信号弾が空高く舞う。
 黄昏の街を、その緑に輝く光が染め上げる。
 同時に北側の閉ざされていたゲートが開いて、激しい砂煙が立ち昇った。
「やはり、もう一機居たか・・・」
 コルテスは予想通りの展開に口元を綻ばせる。
 彼は相手が大型のメンテナンス・リグで、この場に来た時から、こうなる事は予想していたのだ。
「この動き・・・真打登場ってトコだな」
 コルテスは脳髄に直接感じる敵A・Cの動きが、明らかにクレイモアとは段違いの物である事に気付く。
「坊主、俺相手に、中継カメラ狙いとはナメた真似してくれたな。コイツがその礼だ!」
 地に伏すクレイモアへとグラニザーダのエネルギー・マシンガンが向き、各間接の隙間へと寸分の狂いも無く熱弾を注ぐ。
 体を支えていた腕の関節が力を無くし、僅かな時間にクレイモアは伏せたままの姿勢で完全に沈黙させられてしまう。
「さて、新手の方はどこへ行きやがった?」
 コルテスは嬉々として、既に残骸と化したクレイモアを尻目に北へと向かう。
「派手なご登場の割に、隠れるとは情け無ぇな」
 そう、コルテスが言った瞬間、沈み行く太陽の方角から6つの影が高速で飛来して来る。
「いきなりミサイルとは、味の無ぇ真似を・・・」
 グラニザーダはブーストを噴射させ、右へと動いたと思うと即座に左の障害物の中へ消える。
 コンクリートの障害物が6発ものミサイルの集中着弾により罅割れて瓦解する。
 更に、夕日と重なり視界が極端に悪い西側から轟音が響いて散弾がグラニザーダを襲う。
 これは流石のコルテスも全弾を回避と言う訳にはいかず、左肩の装甲へと数発の被弾を許してしまう。
「カメラの事と言い、容赦の無い攻撃と言い。かなり周到で凝った事をする・・・目的は俺の暗殺か?」
 コルテスは隣の障害物の裏へとグラニザータを移動させると顎に手を当てて呟く。
 そして脳裏のレーダーの反応が動き、敵A・Cが広場の中央塔へと移動して行くのをコルテスは感じた。
「来いって言うのか?コイツもナメた野郎だ」
 グラニザータは赤く輝く西日から逃れる様に、氷銀の機体を傾斜させながら、中央の広場を目指す。
 オレンジ色に照らされたインカ風の尖塔の元には一機のA・Cが微動だにせずこちらを向いている。
「お前が元カウンター・マフィア・ガード実動隊長のコルテスだな」
 パープルと褪せた真鍮色をした奇怪な姿の二脚A・Cからグラニザーダへと通信が入る。
「答える必要は無ぇだろ?」
 コルテスは内心、相手に通信回線を合わせられた事に憤慨しながら答えた。
「貴様は《粛正の金曜日》を憶えているな」
 そんなコルテスの内心を置き去りにするかの様に通信は続く。
「カウンター・マフィア・ガードなら誰しもが、あの一大作戦を忘れる筈無ぇ・・・もっとも隊員は片手で数える程しか生き残ってないがな」
 コルテスの声は、不敵な物言いとは裏腹に少し震えていた。
「お前は、あの日私の親友を殺した・・・憶えているか?地下のアリーナで、この機体と全く同じ色のA・Cと闘った事を!」
 グラニザータと向き合った、濃い紫色の機体《LOVE-P・D》から、それに乗るヴェルデモンドの肺腑から絞る様な叫びが廃墟に響く。
 それに対して、コルテスの返答は無く、廃屋が赤い陽炎に輪郭ぼやけさせるだけで、物音一つしない空間に暫くの沈黙が流れた。
「貴様を探して殺す為だけに、仇を討つ為だけに、私は闇アリーナを捨ててレイヴンになったのだ」
 LOVE-P・Dからコルテスの返答を待たずにヴェルデモンドは言葉を繋いだ。
 突然、グラニザータからコルテスの高笑いが響いた。
 グラニザータが天を仰ぎ、笑い声は次第に狂気を孕んだ物へと変化して行く。
「そうか・・・お前か。あの時の闇アリーナ・チャンプだった《ヒューイ・バンティロ》だな!」
 自分の本名を言われたヴェルデモンドはコクピットの中で眉を曇らせた。
「私を憶えていたとは好都合だ。これで心置きなく貴様を冥土に送ってやれるからな!」
 LOVE-P・Dが右手のショット・ガンをグラニザータに向けた。
 グラニザーダは微動だにせず、沈み行く夕日を仰いだままである。
「よもや、レイヴンになっちまってるとは思わなかったぜ・・・てっきり俺は闇アリーナに戻ってくると思ってたからな」
 コルテスの声色は別人の様に深く沈んだトーンへと変化していた。
「俺もお前を探した・・・闇アリーナなんて小汚い世界に身を落としてな」
「探しただと、私をか?」
 グラニザーダは頭部を降ろし、LOVE-P・Dを凝視する様に立ちはだかった。
 ボディに当たる照り返しを受けつつも、更に凍てつく様な輝きが増している。
「何故、貴様が私を探す?」
 LOVE-P・Dが一歩、砂煙と共にグラニザーダへと進む。
 グラニザーダは俯いて、腕をだらしなく垂れ下げる様な姿勢でLOVE-P・Dに向いていた。
「それはな・・・」
 コルテスの呟きと共にグラニザーダの頭部センサーがLOVE−P・Dを睨んで異様なまでの光を放った。
「お前が、俺の弟の仇だからさ!!」
 そう叫んだコルテスの声と同時に、グラニザーダは尋常ならざる速度でLOVE-P・Dへと突き進む。
 対するLOVE−P・Dもブースターに火を入れてグラニザータ目掛けて距離を詰めた。
「弟の痛みを思い知れ!」
 グラニザーダのエネルギー・マシンガンが熱弾を連続的に吐き出した。
「リスキーを殺した罪を購わせてやる!」
 LOVE−P・Dのショット・ガンが咆哮を挙げ、無数の弾丸がグラニザーダへと放たれる。
 尖塔を中心として、鋭利に交差する二機の間に激しい光が満ちる。
 尖塔には醜い弾痕が刻まれていた。
 両機は尖塔を可能な限り盾として使用していたのだ。
「小賢しい野郎だぜ」
 コルテスは吐き捨てる様に言った。 グラニザーダの左肩には、浅く切り裂かれた様な傷痕が残っている。
「やるな・・・だが負けられない」
 LOVE−P・Dの左腕に装備された、小型の盾にも同じく傷痕が残っている。
 両機共に、交差の狙いはブレードによるコクピットへの一撃だったのだが、辛うじて共に躱され、そして躱していた。
「コルテス!私は貴様の弟を殺したかも知れんが、それは戦闘要員の筈だ。しかし、貴様は非戦闘員の女を殺した!」
 通信機へ叩き付ける様なヴェルデモンドの声が響く。
 同時にLOVE−P・Dが軽く中空に身を躍らせながらグラニザータへと振り返える。
「俺が逆恨みしてるとでも言いてぇのか?馬鹿な野郎だぜ、命の価値なんてのは皆同じなんだよ!」
 グラニザーダは横へのダッシュから弧を描いてLOVE−P・Dへと向き直ると、そのままの姿勢で背中のチェイン・ガンを乱射する。
「見ろ!俺はお前をブッ殺す為に強化手術を受けたんだ。そして全てを捨てて生きて来たんだよ!」
 LOVE−P・Dは左手でコアを庇いながら、背後の障害物へと身を隠す。
「ガードに居た時代、俺にとって闇アリーナ選手など、非合法の蛆虫にしか過ぎなかった。そんな奴に弟を殺された挙げ句、同じ存在へと身を落とす情けなさが、お前に分かるか?」
 グラニザーダの攻撃は蛇の様な執拗さで続けられる。
「それは貴様の勝手に選んだ人生だ。他にも生き方はあった筈だ」
 ヴェルデモンドは冷酷に言い放つと、乱射される弾丸を振り切る様に急上昇を始めた。
 そしてグラニザーダを下方に捕えると即座に、背中に装備されたミサイルを射出させる。
 同時に発射された6発のミサイルがグラニザーダへと不意打ちに近い形で襲い掛かった。
 グラニザーダのコア迎撃機関砲が小刻みに稼動して、ミサイルを叩き落とすべく火線を引く。
 至近で放たれたに関わらず、3発のミサイルが落とされ、残りはグラニザーダ自身の俊敏な動きで回避されて、この攻撃は徒労に終わった。
「ならば、お前が選んだ人生は正解だったのか?レイヴン風情が正しい生き方なんて反吐が出るぜ」
 グラニザーダがLOVE−P・Dの着地点を捕える位置へと移動し低く身構える。
「俺を殺す為に、わざわざここへ来たお前に生き方が正解なんて言わせ無ぇ!この死闘に勝った方の人生が絶対的に正解なんだよ!」
 グラニザーダはLOVE−P・Dの地面に脚が着く瞬間、左手を翳して激しい光波を放った。
 夕映えに反射して、金色に近い黄色のプラズマがLOVE−P・Dに向かって行く。
 ヴェルデモンドはモニターに映る幅広の効果範囲を持つ光波の隙間に空白がある事を瞬時に見抜いて、機体を滑り込ませる。
 そして同時にショット・ガンをグラニザーダに向けて発砲する。
 グラニザーダは散弾を直撃はするが、センサーや間接への被弾は免れて軽度の損傷で済み、斜め後方へと追い討ちを避ける為に退避した。
 LOVE−P・Dも反対側の障害物へと距離を開くべく移動する。
 長距離戦になれば当然、6連同時発射のミサイルを装備するLOVE−P・Dが有利になるからだ。
「ルース、生きているな?」
 ヴェルデモンドは目まぐるしく位置を変えながら、障害物を避けて間合いを開きながら、通信機へと問い掛けた。
「僕は無事ですが、機体はもう完全に駄目ですね」
 少し間が開いて、ルースの声がスピーカーから響く。
「奴が私を仇としていた事を知っていたか?」
 ヴェルデモンドの問いに、今度は先程よりも間が開いてルースの返答が返された。
「知っていました・・・お教えしようとは思ったのですが、どうしても言い出せなくて・・・お怒りなら、ここでコクピットを撃ち抜いて頂いても構いません」
 ルースの声は静かだが、確固たる意志の基に言葉が紡がれている印象を放っていた。
「感謝する。事前に事実を聞いていたら多分、私は混乱していた」
 そう言ってヴェルデモンドはルースへの通信機をカットして、コルテスに無理矢理繋がっている通信のボリュームを上げた。
 ノイズ音の不快な響きがコクピットに満ちるが、ヴェルデモンドは眉一つ動かさない。
 雑音に紛れ、相手の荒い息遣いが聞こえる。
 ヴェルデモンドは、ここで初めて相手が明確な人間であり、討つべき仇なのだと認識した。
 対するコルテスもまた、同じくスピーカーのボリュームを上げ、首へと繋いだコードから直接の聴覚としてヴェルデモンドの息遣いを聞く。
「ブッ殺してやる・・・その鬱陶しい呼吸を止めて、断末魔に変えてやるぜ」
 コルテスは、そう呟きながら胸のポケットからアンプルを取り出して腕から体内へ薬物を注いだ。
 彼の体型には窮屈に見える戦闘服は、他ならぬ彼の弟の物だ。
 剥ぎ取った階級章の解れた跡をコルテスは撫でる。
「もうすぐ奴をお前の処へ送ってやるぜ」
 そしてコンソールの幾つかのスイッチを押す。
 A・Cの戦闘モードの一部をカットしたのだ。
 既に戦闘が始まって2分が経過して膠着していた。
 タイム・リミットを知っているヴェルデモンドが先に攻撃を再開せざるを得ない状態になり、LOVE−P・Dが障害物から飛翔してミサイルを発射する。
 グラニザーダは障害物にピタリと接近して、ミサイルの猛攻を強化コンクリートで防ぐ。
 次弾が発射されるより速くグラニザーダはブースト・ダッシュで接近し、エネルギー・マシンガンの間合いへと滑り込む。
「やはり先に動くと不利か!」
 ヴェルデモンドは予想してはいた事だが、余りに素早いコルテスの反応へと舌打ちした。
 武装をショット・ガンに切り替えてトップ・アタックで対抗するが、短時間での破壊力ではエネルギー・マシンガンに軍配が上がる。
 加えてLOVE−P・Dは実弾への防御が高い反面、エネルギー兵器には弱い欠点を持つ。
 機体を小刻みに左右へと振り、相手のFCSの着弾予想を裏切るべく動くが、それでも避けきれはせずに一次装甲を何発かが突破する。
「死にやがれ!」
 コアに響く電力不足の警告アラームなど、気にも留めず、コルテスは狂喜に満ちた笑みを浮かべてトリガーを引き続ける。
 コアを庇っていたLOVE−P・Dの左腕に装着された小型のシールドの基部がビームにより焼き切られて脱落した。
 機体よりも先に着地した盾の残骸が、砂を撒き上げて西日に光り、金の粉が廃墟へと散る。
「耐えてくれよ!」
 ヴェルデモンドは奥歯を噛み締めながら、敵の猛攻に対して反撃したくなる衝動を抑えた。
 そして、敵の攻撃を受けながらLOVE−P・Dは着地点を障害物の陰では無く、グラニザータの射線が通っている狭い通路の場所を選んだ。
 コルテスのグラニザータの猛攻がここで一時、止まり背中のチェイン・ガンが展開を始める。
「ここが勝機だ!」
 ヴェルデモンドはスロットルを全開にしてLOVE−P・Dをグラニザータに向けて突撃を開始した。
 ミサイルの発射から始まる彼の狙いは一つ。ブースト・ダッシュとエネルギー・マシンガンの両方を使用させての電力消費にあったのだ。
「俺をナメめんな!!」
 コルテスは絶叫と共にチェイン・ガンを発射する。
 相手の狙いは明確極まりない。ブレードでの一撃しか、この状況ではあり得ないだろう。
 しかしグラニザータのチェイン・ガンはガードの使用するスパイトフルなどが装備している特別性の物で、A・Cの障害物センサーを誤認させてしまう弾頭を装填出来る物であった。
 これを食らったA・Cは所謂《足止め》を食らう事となり、障害物センサーと連動したブレードを自由には作動させなくする事が出来るのだ。
 更に至近距離の上、狭い通路での連射は、如何にLOVE−P・Dの機動性が軽量級並とは言え、避ける事は困難と言える。
 だが、ここでLOVE−P・Dは散弾を射ち込みつつダッシュから、再び飛翔してグラニザーダの真上を飛び越して背後へと着地した。
 グラニザーダも即座にジャンプで振り向くが、僅かの差で旋回が遅れてしまう。
 その刹那の差が駆け引きの明暗を分ける。
 地面へとA・Cの脚部が触れる寸前でLOVE−P・Dはブレードを作動させグラニザーダへと渾身の一撃を叩き込んだ。
 この状態はブースターから主に電力供給を受けているブレードの破壊力が最大になる瞬間であり、A・Cが繰り出す攻撃の中でも最大級の破壊力を生む瞬間である。
 当然ながら、それを食らったグラニザーダが只で済む筈も無く、右肩が半ばから宙に舞い、コア右側のインテークまでもが瞬時に蒸発して消えた。
「畜生がよ!」
 コルテスは怨恨に満ちた叫びを吐き、残った左腕のブレードでLOVE−P・Dへと斬り付ける。
 即座にバックしていたLOVE−P・Dだが、コルテスの渾身の反撃を躱せずにショット・ガンのバレルがブレードの効果範囲に捕えられて熔ける。
 左腕を開いて、ブレードを振り切った姿勢でグラニザーダが静止した。
 LOVE−P・Dは即座にデッド・ウェイトになる右手に握っていた残骸と化したショット・ガンを投げ捨てる。
 互いにレシーバーから相手の肩で息を吐く規則的な音を聞きながら黄昏色に染まる正面のディスプレイを睨んでいた。
「死んでもお前はプッ殺す・・・その為だけに俺は生き永らえてきたんだ!」
 歯ぎしりと共にコルテスが叫ぶ。
「貴様が死なねば、私の何もかもが始まらん」
 ヴェルデモンドが喘ぐ様に言った。
 同時にLOVE−P・Dのコアの端から、迎撃機関砲の銃弾がばら撒く様に地面へと捨てられる。
 グラニザーダにミサイルが装備されていない点を見越した上で、少しでも機体を軽くしているのだ。
 それを見たコルテスの口元が歪む。
「そうこなくっちゃ、俺も殺し甲斐が無ぇぜ」
 この行為はレイヴンには極めて希なケースだ。
 目の前の相手に集中する為に、A・Cの利点である自らの汎用性を失ってまでの対決の覚悟と言えた。
「どんな手を使ってでも貴様には負けない・・・否、絶対に勝たねば先へは進めん!」
 LOVE−P・Dが姿勢を低くして身構える。
 常識的に考えればミサイルを主軸に遠距離攻撃を仕掛ければLOVE−P・Dが圧倒的に有利だ。
 しかし、この障害物の多さではミサイルに充分な命中を期待するのは難しいと言える。
 ブレードではLOVE−P・DはMoonLightを装備するが、グラニザーダを駆るコルテスは強化人間であり格下のブレードであるLS−3303とは言え、光波の脅威は侮れない。
 脚部は同じで移動速度、旋回性能も互角と言える。
 敢えて勝敗を決定的な物にするのは、搭乗者の瞬時の判断と強靭な精神と言えよう。
 コルテスは更に腕へとアンプルを射ち込んで、精神を激昂させて行く。
「殺す・・・その為に俺は、この身体を捨ててまで生きて来たんだ・・・お前が無情にも奪った、弟の人生を償わせてやる」
 コルテスの目は完全に血走って怨念を呟く。
「私は自分自身の為に生きる・・・その為に貴様には死んで貰う」
 ヴェルデモンドはコクピットで、先程の攻撃で捻った左足を押さえながら呟いた。
『死ね!』
 二人は同時に叫ぶと、何の躊躇いも無く接近戦を選択して左手を振りかざした。
 狙いは当然の如くコクピットだ。
 二機は相手の斬り込みを躱すべく、僅かに体を捻りながら攻撃を繰り出す。
 この僅かにして複雑な動きを、ヴェルデモンドは熟練の素早さでA・Cのモーションから選択する。
 だが、コルテスは脳と直結した操縦の為に絶対的なアドバンテージを有していた。
「貰った!」
 グラニザーダは更にモーション中、最も速く敵機体へとブレードが到達する突きを選択していた。
 対するLOVE−P・Dもまた、突きを選んでいたが刹那の差でグラニザーダが速い。
 更に、ブレードの先が通常よりも幅広い。紛れも無くこれは光波を放つモーションであった。
 グラニザーダは相手の攻撃も、自ら吐き出すプラズマの余波をも回避する事など念頭に無い捨て身の一撃を繰り出すつもりなのだ。
『死んでも勝つ』
 それがコルテスが、自分の身体を捨ててまで手に入れた強さの象徴と言えた。
 その一途とも言える常人の域を越えた目標への達成心が現われた攻撃は恐怖と脅威以外の何物でも無い。
 ヴェルデモンドの神経は完全に張り詰めて、正面モニターに映るグラニザーダのブレードを凝視していた。
『強い・・・ここまで捨て身で来るとは思わなかった』
 半ば切れかけた精神の糸を必死に繋ぎ留めながらもヴェルデモンドは絶叫していた。
「こんな場所で死んで堪るか!」
 LOVE−P・Dの右腕が瞬時にグラニザーダが突き出す左腕へと伸びて、小型のシールドのエッジが衝突する。
 軌道を無理矢理に変えられた、グラニザーダの左腕が伸び切って在らぬ咆哮へと光波を放つ。
 ヴェルデモンドは即座に、前へと翳したLOVE−P・Dの右腕ごとブレードをグラニザーダへと突き入れた。
 無残にもLOVE−P・Dの腕はプラズマの高熱に炙られて熔け落ちるが、グラニザーダのコアへと無残な黒穴を穿つ。
 力無く、グラニザーダは糸の切れたマリオネットの様に夕日の照り返しを受けながら膝を着き、そして乾いた大地への倒れ込む。
 勝負は一瞬にして決着を見た。
 街の中央の尖塔が地響きを起てて崩れる。
 コルテスの最後に放った光波が直撃したらしい。
 強化コンクリートの欠片が風に運ばれ、夕日に染まって真っ赤な雹の様に二機へと降り注ぐ。
「今から私の本当の人生が始まる・・・」
 根雪の様に蹲る、かつて敵であった残骸を見下しながら、ヴェルデモンドはコクピットで倒れる様に深い眠りへと落ちていった。
 傷だらけの勝者を最後に祝福するのを控えるかの様にして、夕日が地平線へと沈む。 そして廃墟相応しい静寂の夜が訪れた・・・


 麗らかな日差しが教室のガラスへと差し込んでいる。
 窓際の席に座る少女は、落着かない仕種で時計を見ていた。
 授業終了まで、残り10分しかない。いつもなら期待に胸躍らせる時間だが、今日は違う。
 神経質そうな女教師の言葉が、彼女の耳には宙に浮く様に流れて行く。
 少女は黒板よりもグランドを見る回数の方が多くなっている自分に気がつくが、それでも見るのは止まらない。
 彼女が落着かない理由は、父親が未だ、ここへ来ない事であった。
 教室の後ろには、クラスの雰囲気とはそぐわない大人達が笑顔で並んでいる。
 今日は年に一回の父親参観日なのだ。
 時計が無情に進んで、ベルが鳴るまで残り8分を刻んでいる。
 少女は俯いて泣きそうな表情になった。
「来てくれるって、約束したのに・・・」
 そう、呟いてみても気は晴れず、益々焦りが広がるばかりだ。
 半ば諦めかけた時、校門を潜ってこちらに向かう人影が見えた。
 それを見た少女の顔がパッと華やぐ。
 その人影は紛れも無く彼女の父親の姿であった。
「悪いな、こんな事までさせて」
 車椅子に座るヴェルデモンドは、背後でそれを押すルースに向かって詫びながら笑みを浮かべる。
「上得意様へのアフターサービスですよ」
 ルースは白衣を羽織っていた。
 端から見れば若い看護士と言った感じに見える。
「間に合いますかね?」
 ルースは時計を見て呟く。
「ギリギリだが、一応約束は守れる・・・遅れた分はプレゼントで何とかするさ」
 ヴェルデモンドはそう言いつつも、ギブスを嵌めていない無事な右足を忙しなく動かしている。
「僕に可能な限りは急ぎますが・・・一つ聞いてもいいですか?」
 ヴェルデモンドは目的の教室を見上げ、首を長くする様にして肯く。
「何故、奴を生かして帰したんです?」
 ヴェルデモンドは面倒臭そうに、その問いへと即答する。
「仇討なぞ、生者の自己満足だと前に言っただろ?」
 ルースは小さく笑った。
「でも、奴はまた貴方を殺しに来ますよ・・・」
 ヴェルデモンドは小さく首を振る。
「君は分かってないな。何故に私が勝ったのか、そして奴が負けたのかを・・・少なくとも奴は痛い程に分かった筈だ」
 ルースは首を捻る。答えが分からないのだ。
「もう既に、奴との本当の勝負は始まっている。だが、これにも私は絶対に負けんよ」
 そう言って、ヴェルデモンドは初めてルースへと振り返って微笑んだ。
「それより勝手な言い分だが、走ってくれないか?少しでも早く教室へ入りたい」
 ルースは軽い溜め息を吐くと、車椅子を押しながら校庭を駆け出して行った・・・


「最後の問題です。これが分かる人?」
 眼鏡をした神経質そうな女教師は、普段は絶対に使いもしないだろう教鞭で黒板の問題を指す。
 クラスの子供達の数人が手を挙げる中、一際目立つ少女が居た。『はい、はい』と大きな声で机から身を乗り出して、教師に当ててもらおうと懸命に頑張る。
「では、今日は一回も答えて居ないから、カリレア・バンティロちゃんに答えて貰います」
 少女は、教室の後ろに居る父親に笑顔で振り返ると、誇らし気に黒板へと進み出た。
 そしてチョークを掴んで、黒板へと向かうが何やら首を捻る仕種を繰り返す。
 暫くして、少女は意を決した様に肯くと、大きく黒板へと答えを書く。
 その瞬間、クラスから失笑が漏れた。間違いも甚だしい数字がそこには書かれていたのだ。
「分からないのに手を挙げたの?」
 女教師は困った表情で少女を見る。
「はい!」
 少女は臆面も無く、元気一杯の答えを返した。
 クラス中から再び笑いが漏れる。
 だが、少女は照れもせずに笑顔で席へと戻った。
「娘さん、算数は苦手なんですか?」
 ルースが綻ぶ口元を押さえながら、ヴェルデモンドへと耳打ちする様に言った。
「ああ、だが《出来るか、出来ないかをグダグダ考える前に挑戦してみろ》とも教育してあるんだ」
 ヴェルデモンドは満足そうな笑みを浮かべている。
 少女が後ろを振り返って、小さな舌を出す。
 父親は深く肯いて目を閉じる。
『この親にして、この子有りか・・・間違ってもレイヴンにはなって欲しくないね』
 ルースは身を縮める仕種で、瞳の中に映る親子に彼なりの賞賛の言葉を捧げる。
「これが、私の勝った理由さ」
 後ろを振り返ってヴェルデモンドが思い出した様に、そう言った時、授業の終了を告げるベルが校内に鳴り響いた・・・



『MISSION 12 完』


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