ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 13 〜 労働者団体死守 〜


 高らかな大声が街の目抜き通りに響く。
 リガ・シティの休日は、早朝から行われている賑やかなデモから始まった。
 赤や黄色の旗が、準市民ブロックのメイン・ストリートを歩行者天国にして埋め尽くしている。
『市民の様な年金制度を実施せよ!』
『年間休日に最低基準を!』
 繰り返される叫びには、どれも労働者の悲痛な思いが込められている。
 リガ・インペリアルの準市民に対する労働条件は苛烈を極め常に連立都市中の、他のどの企業よりも最低条件だ。
 それでいて、デモ鎮圧のガードの出動率は最高であるのだから、リガ・インペリアルは準市民労働者の嘆願など聞く耳持たない事は明確と言えた。
「リガ・シティ・ガードの連中、来るかな?」
 若い女の声が通信機に乗ってビルの向こうへと飛ぶ。
「絶対に来る・・・来ない日が今まであったか?」
 落ち着いた熟年の男の声が問いに対して答えた。
 問答が終わるや否や、労働者のデモ隊から阿鼻叫喚の悲鳴が起こる。
「《武涙》奴等が来たわよ!」
 相手の若い女の声が、武涙と呼ばれた熟年男の座る狭いA・Cのコクピットに響いた。
「奴等の足止めは俺がやる。お前は労働者の退避を援護しろ」
 武涙と呼ばれた男は愛機《ラッセル》の戦闘モードを起動させると、即座に隠れていたビルから一気に労働者達の先頭とガード達の間へと割って入る。
 右脚を軸にして鋭いターンを描きながらラッセルはビルを縫う様に駆け、ガード達の前に立ちはだかる。
 鮮やかな濃紺の光沢を放つ巨塊は人型である事とあいまって対峙したガード達へと強烈な威圧感を与えるだろう。
 ガード達は、うろたえながらも手にした機関銃や散弾銃をラッセルに向けて乱射して来た。
『撤退しろ!これ以上、攻撃したら反撃を行う』
 ラッセルの頭部スピーカーから武涙の警告が響く。
 ガード達は警告を無視するかの様に更に激しい攻撃をラッセルに向けて放つ。
 武涙は退避するデモ隊を庇うようにラッセルの脚部を閉じ、ガード側の射線を封じた。
 滑らかな曲面で構成されているラッセルの脚部はガード達の放った小銃弾を容易く跳ね返す。しかし、A・Cの脚部だけで散弾などが全弾防げる筈も無く労働者の方へも銃弾が飛ぶ。
『警告はした。攻撃を開始する』
 武涙の冷めた口調と同時にラッセルのコア中央に装備されたミサイル迎撃機銃が作動して、下方を射撃し始める。
 瞬時にガード達が叩かれる様に地に伏し、軽装甲車両が蜂の巣になり火を噴いた。
『こちら《威瑠 美砂》の《ミサイルアーム》そっちはどう?』
 先程の若い女の声が通信機から聞こえる。
「不本意だが、血の海だな・・・」
 武涙は遣る瀬無い口調で返事を返す。
「10時の方向からガードのA・Cが来るわ!」
 武涙は目を細め、やや老眼になりかかった視力でレーダーを睨む。
 だが、その眼光は鋭く年齢を全く感じさせない。
「多分、準市民ガード用の《ダンケル》だな」
 ダンケル・タイプはリガ・インペリアル準市民ガードに広く配備されているA・Cだ。ショット・ガンと小型のミサイルを装備しているのが普通だが、対A・C戦闘の場合は装備を若干強力な物へと換装する。
「ちょっと数が多くない?」
 若い女レイヴン、美砂は困った感じの声色を発した。
 十代と言った若さから、完全に感情が隠せないのだ。
「5機・・・いや6機だな」
 武涙はレーダーに映る光点が5つであるに関わらず、6機と断定した。
 連立都市ガードは歩兵に準じて3機で1小隊を形成するのが常だからである。
「一機はどこかに伏せているぞ、気を付けろ」
 武涙は向かって来る、ガードA・Cの方向へとラッセルを駆け出させる。
『毎度、毎度と懲りない連中だ・・・』
 武涙の深い溜め息がコクピットに満ちる。
 ラッセルの立ち去った後には、割れたショウ・ウィンドウのガラスが散乱しており、返り討ちになったガード達の血がコンクリートへと流れていた・・・


 熱風が吹き荒れる高地に三台のホバー・トレーラーが道無き道を駆けていた。
 三台のどれもが一様に黒い塗装が施され、時折後部から妙な金属片を噴射している。
 車体に叩き付ける砂の量は尋常では無かった。まともな神経の輩ならば、この時期に熱砂の吹き荒れる地上などに出る者はいないだろう。
「全く、こんな任務をしなければならんとはな」
 吐き捨てる様に、先頭車両の助手席に座る金髪の男が言う。
「普通なら処刑だったんですから、これで済んで良かったんじゃないですか?」
 ハンドルを握る若い整備士風の男が、苛立つ金髪の男へと呑気そうに返事を返す。
『面白ければ、それでいいんじゃ無ぇの?』
 有線式の通信機から、後続車両に座る男の声が響く。
 金髪の男がモニターを見ると、テンガロン・ハットを目深に被った男が酒を呷っている画像が見える。
「こんな任務が面白い筈あるか!」
 金髪の男は激昂した様にモニターへと叫ぶ。
『俺に当たるなよ《ゼファー》の旦那。そもそも《デリンジャー》が前回、勝手したのが原因だろ?』
 肩を竦めるテンガロン・ハットの男の横の画像には、車両内部の画像が映っていた。
 そこには、今回の懲罰作戦を受けなければならなくなった騒動の発端である、最後尾の車極めて顔色の悪い痩身の男が腕組みしながら目を閉じて座っている。
「面白いかどうか、今回の任務を再確認しよう」
 ゼファーがそう言うと、車のフロント・グラスの端へとホログラフィが投影されてマップが映る。通常の連立都市の下層に位置する、現在は外光を投影する光ファイバーすら稼動していない見捨てられた地区の地図が表れていた。
 殆どが廃墟と化しているが、準市民の取り分け貧民が住む場所として知られる地区だ。
「これが第一破壊目標の建造物だ」
 マップの中央に表示されている、一際大きなビルが薄赤く色を変える。
「次に第二破壊目標の発電施設」
 市街地の一部がグリーンに瞬く。
「更に、第一目標建造物に居る人間の排除となる」
 ここで、最後尾の車両画像に映るデリンジャーが、薄い唇を開いて喘ぐように言葉を挟んだ。
「要は皆殺しにせよ・・・と言うことだな?」
 間髪入れずに隊長であるゼファーが答えた。
「そうだ。奴等は全員《リガ・インペリアル》に反旗を翻した元労働者団体と、何処からか紛れ込んだ地上に住む輩《ランダース》それに一部が準市民の都市には必要無い連中だ。これを機に一掃するのも目的の内と心得てくれ」
 ゼファーの淡々とした言葉に一同が黙り込む。
 元々、この任務はリガ・シティを完全に牛耳る企業であるリガ・インペリアルから、ネストへ直接に依頼された任務経路は、ここに居る皆が周知していた。
 要は自前のガードでは対処仕切れなくなって、ネストに泣きついて来たのだが、邪魔物を闇に葬るにしても、その遣り口には半ば呆れる物が有る。
「リガ・シティ・ガードは先週、準市民ガード用A・Cのダンケル・タイプが6機、市民ガード用のマベリックが3機、返り討ちにあっている」
 ファイルを見ながらゼファーは確認を続ける。
「マベリックって言えば、確か全機がMoonLightとレーザー・ライフルを装備してる凄いA・Cですよね?」
 ゼファーの横の運転席に座る若い整備士風の男が特に興味を持ったらしくゼファーの話を遮った。
「そうだ。そのマベリック3機と、ダンケル4機は敵側のたった1機のA・Cに破壊されたらしい」
 ホログラフィにA・Cと思しき不鮮明な映像が映る。
 濃いブルーの機体が肩のグレネード・ランチャーを構えている様だが、ピントが完全にずれていて、細部を見分けるのは難しい。
「そいつA・Cの名前は《ラッセル》と言う。元アイザック・ランカーの一人で、数年前に連立都市入りしたレイヴンの《武涙》が乗っている」
 ここで、ゴディバの口笛が鳴る。
 「あの、ムラクモの大型地上ビーム砲台をブッ潰した事で有名な武涙かよ?願っても無ぇ相手だな!」
 その態度と発言に、ゼファーは額を指で抱える様にして反論した。
 「お前の嗜好に口を挟む気は無いが、こんな鬱陶しくて不名誉な任務を指揮する私の身にもなってくれ」
 ゴディバは返事の変りに、笑いながら先頭車両への通信をカットして画面から姿を消す。
「前回の待機命令違反の挽回はする・・・」
 そう言ってデリンジャーも通信をカットした。
「任務は任務ですから完遂すれば、いいじゃないですか。処刑よりは断然マシですよ」
 若い整備士はゼファーに向かって微笑む。
「《アーネスト》、お前に言っても無駄だが、この任務が行われる事は既に奴等に漏れていると考えて間違いない・・・」
 ゼファーは端正な顎に肘を着きながら、砂嵐の虚空を見て言った。
「当然、敵は増援もするし、何らかの対策を講じて来るに違いない。まるで罠に飛び込む兎の心境だな」
 アーネストと呼ばれた若い男は、辛辣な表情のゼファーへと変らぬ微笑みを浮かべている。
「だから懲罰なんでしょ?昔から連立都市ネストは甘く無いですからね」
 ゼファーは溜め息と共に深く肯く。
「その通りだ。それは、この中では私とお前が一番知っている事だったな・・・」
 ホログラフィがフロント・ガラスから消えて、変りに砂嵐が吹きすさぶ光景が見える。
「見えましたよ」
 アーネストが呟いて指差した先には、砂に埋もれる様にして半ば朽ち果てたゲートが崖を背にして口を開いている。
「良し・・・ここで待機して、地上の日没と同時に突入を開始する」
 突風に流される悲鳴の様な砂の音が周囲に満ち、ホバー・トレーラーは僅かな時間で埋もれる様に砂丘の一部と化していった・・・


「なんで増援のA・Cが、たったの一機なのよ!」
 そう叫ばれた相手の男の手に握られた老酒の瓶が、若い女の声に震える。
「それに、どこの馬の骨とも知れないレイヴンだなんて、世の中どうなってるの?」
 女は半分脱いだパイロット・スーツの袖を巻き付けた腰に手を当てて立腹の様子だ。
「美砂、少し落ち着け」
 傍らに座る壮年の男が透明の液体で満たされたグラスを煽ると焼ける様な老酒の香りが、冷たい鉄の床が広がるガレージに満ちて行く。
「ちょっと武涙!こんな手筈で貴方は平気なの?」
 若い女レイヴンである彼女の栗色の瞳が大きく見開かれた。
 それを見た武涙は、深く皺の刻まれた浅黒い頬を緩ませて軽く笑う。
「今から確実に連立ネストの刺客と殺り合う事になるんだ・・・それに資金難で報奨が充分に出せない現状では、一人でも増援が来た事の方が不思議って物さ」
 武涙は美砂に肩を竦めながら言うと、グラスをテーブルの上に置いて瓶ごと老酒を嚥下していく。
「それにアイツ、顔を合わせても挨拶も無しよ。感じ悪いったらないよ!」
 そう言って美砂は、傍らに駐車してある増援のレイヴンが乗ってきたトレーラーへと蹴りを入れる。
 武涙はメンテナンス・ハンガーに佇む愛機が見下ろすテーブルに、放り投げられる様に置かれた資料を手繰り寄せ目を通していた。
「奴は約半年前に他都市から移転してきた奴らしいな・・・ほう、以前我々が雇った《バック・ギャモン》の《バンダースナッチ》を退けてるな・・・」
 武涙は苦笑で口元を歪ませる。
 それがフリーのレイヴンの定めとは言え、昨日の敵が今日の味方になるのは滑稽と言える。
「バック・ギャモン?・・・ああ、あの口だけは達者なスケベ男ね」
 両手を再び腰へと戻し、美砂は思い出すのも嫌そうな感じで以前雇ったレイヴンの名を口にする。
「奴は口に見合った腕は充分にあった・・・俺は奴が敗れたのは相手が悪かったからだと思っていたがな」
 武涙は淡々と酒を口にしながら、バインダーに綴じられた資料を捲って行く。
「連立都市順位は83位、中堅の上クラスだな・・・」
 そう、武涙が呟いた時、トレーラーの近くに居た美砂の小さな悲鳴が挙がる。
「もう!引っ掛かっちゃったわ。邪魔な金具ね」
 美砂は再びトレーラーに蹴りを入れようとしたのか、爪先が小さな金具に挟まってしまっていた。
「美砂、子供じゃないんだから物に当たるな」
 武涙は資料をテーブルに投げ置くと、心配そうな表情で美砂へと向かう。
 美砂が金具に噛み込んだ爪先を乱暴に抜くと、トレーラーに掛けられていたシートが滑る様に格納庫の床へと落下する。
 当然、真下に居た美砂に、上からA・C用の巨大なビニール製のシートが降ってきた。
「何これ!」
 更に美砂は悪態を並べている様子だが、厚いシートに邪魔されて側まで来た武涙にも、はっきりとは聞き取れなくなっている。
「仕様の無い奴だな」
 武涙はシートの端を片手で抑えて、美砂の脱出口を作ってやる。
「押しつぶされるかと思ったわ・・・」
 ほうほうの体で美砂は覆い被さるシートから出ると、Tシャツに包まれた柔らかな胸を撫で下ろす。
 武涙は軽く笑うと、床にへたり込む美砂からトレーラーへと目を移した。
 荷台には一機の錆色をしたA・Cが載せられている。
「このアッセンブルは連立都市では珍しいな・・・」
 そう言って武涙は、何気なく視線を投げた頭部パーツに酷く見覚えのある特徴を見出した。
「この六角ボルトの形状と色・・・それにセンサー類のメーカー・・・こいつはアバロン・バレー製だな」
 そして更に、コアの下面に取付けられた腰部を保護するバーの裏にあるロット・ナンバ−の刻印を見て武涙は顔色を変える。
「間違いない。これは《アンクレット》だ・・・」
 珍しく、目を見開いて立ち尽くす武涙の姿に、美砂は小首を傾げる。
「武涙、アンクレットって何?」
 床へ座ったまま、上目遣いで美砂が問う。
「俺が若い頃、アバロン・バレーでトップだった伝説のレイヴンの一人《テッド・クロサワ》が使っていたA・Cだ」
 武涙はトレーラーの荷台へと登ると、A・Cの左肩を確認する為に奥へと進む。
「やはりな・・・」
 武涙の目には、左肩の装甲が映る。
 本来、ここにある筈の《月に向かって吠える狼》のエンブレムは、かなり前に削られていた様子ではあるが上から無理に塗装した形跡が見受けられる。
 更に殆ど剥がれてはいたが、上からネスト支給のステッカーが貼られていたらしく、それを隠そうとしていた事が武涙には予想された。
「雄々しく白金に輝いていたアンクレットが、こんな片田舎の都市で使われているとは・・・俺も随分、歳を食ったものだ」
 武涙は苦悶とも自答とも見える複雑な表情で、荷台を降りて行く。
「武涙の知り合いのレイヴンが使ってたの?」
 美砂は、微笑んで降りて来る武涙に対して屈託の無い質問を投げた。
「アバロン・バレーとか、アイザックに居た頃が懐かしくなった?」
 そう言って美砂は、からかう様に笑う。
「それよりもシートを元に戻しておけよ。奴が帰ってきて嫌な顔するのを見るのは堪らんだろう?」
 武涙は無理をして微笑むと、酒が待つテーブルへと足を向ける。
「ちょっと、手伝ってよ!武涙も共犯でしょ!」
 美砂の無茶苦茶な理論の抗議に、武涙は肩を竦ませて答える。
 再びテーブルに戻ると、武涙は老酒の瓶を掴んで一気に嚥下していく。
『マリア・・・何故、機体を手放した?』
 武涙は心から沸き上がる、ほぼ確実な彼女の死の確信を拭う様に何度も小さく首を振る。
『あの子とクロサワの息子だけには、幸せになって欲しかった・・・それに、なる権利があった筈だ』
 もう、風化しかかった武涙の記憶が甦り、在りし日の二人の子供が泣いている姿を思い出す。
「レイヴンが永く生きても知らなくてもいい事や、詰まらん事が多過ぎるな」
 武涙は寂しそうに呟いて深く目を閉じる。
 頬や額に刻まれた幾つもの皺に、格納庫の青白いスポットが暗い影を落とした・・・


 地下都市の最下層に繋がる通路は、数年ぶりの来客を迎えていた。
 暗がりに3つの光点が宿り、埃に塗れた地面が規則正しい鳴動を奏でる。
「酷いな。インテークのフィルターを砂漠仕様にして正解だったとしか言いようがない」
 先頭を行くヴィクセン・タイプのA・C、オー・ド・シェルのコクピットでゼファーが呟いた。
「先頭を変ってやろうか?ゼファーの旦那?」
 続く四脚A・Cのバレンタインが、ホバーで埃を大気に散らせながらオー・ド・シェルとの距離を詰める。
「止せゴディバ。只でさえ、お前の強化ホバーで埃が散っているんだぞ。視界を遮られるのは鬱陶しい」
 ゼファーは呆れ口調で言う。ゴディバの冗談は彼の生真面目な神経を逆撫でする事が多いのだ。
「あと、どの位で目標に辿り着くんだ?」 最後尾の軽量二脚A・Cのニーズホッガーからデリンジャーの絞る様な声が発せられた。
「約一時間ってトコか?途中には多分、奴等のガード・システムが配置されてると見た数字だけどな」
 ゴディバは即答する。この中で索敵と情報処理関係に関してはバレンタインが最も秀でている。
 更にバレンタインには、通常レイヴンは装備していない小さなコンテナが特殊腕の機関砲のサイドへ取付けられ、四脚の各脛にプロペラント・タンクが備わっていた。
「無人砲台に気取られたら、一気に駆け抜けて目標を目指せ。敵に配置の時間は与えたくない」
 ゼファーのオー・ド・シェルもまた、背中に推進剤の増槽を背負っている。
「こちらの配置はどうする?」
 デリンジャーのニーズホッガーにも、例外なく膝下と追加された特殊ブースターに小型の燃料タンクが見受けられる。
「武涙のラッセルは多分、第一目標のビルの守備に就く筈だ。それは、私とゴディバが受け持ち、デリンジャーは電力施設を破壊した後、我々と合流してビルの破壊を行う」
 ゼファーは、そう言って地上へと残したメンバーのアーネストへ通信を廻す。
「ここからは傍受の恐れが強いので通信とパッシブ式のナビ・トレース・システムをカットする。そちらに6時間で戻らなければ、お前達は撤退しろ」
 小さな画面に少年の面影を色濃く残したアーネストが映っていた。
『機体を派手に壊さんで下さいよ』
 アーネストの隣に居る、もう一人の整備士からの声を最後にゼファーは通信をカットした。
「しかし、この任務は腑に落ちん」
 ゼファーの呟きを、抜け目無くゴディバが拾って答えを返す。
「多分、リガ・シティ・ガードも後から来るぜ。トンビに油揚げを攫われんようにし無ぇとな」
 ゴディバは懐から、銀紙に包まれたチョコレートを取り出して噛み砕く。
「我々の存在は公に出来んからな。事実の隠蔽を容易にする為に、一斉突入して来るとみて間違いない」
 ゼファーは機体をオート前進移動にして、腕組をすると深く目を閉じて更に話を続ける。
「栄えあるスレイヴ・クロウが未だに、こんな掃き掃除に近い任務を続けなければならんとは、リガ・シティ司法局の脆弱さにも困った物だ」
 ゴディバは、ゼファーの溜め息を聞きながら揶揄する様に言葉を挟む。
「いっそ、ネストが表に立って支配した方が、俺達は楽になるんじゃ無ぇの?」
 その冗談に残りの二人は鼻で軽く笑う。
 有り得ない話にも程があるからだ。
「何にせよ、ネストを総括する人工知能《プロフィット》直々の命令だ。奴隷の俺達は考えるだけ無駄ってモンなんだろ?」
 ゴディバは食べ終えたチョコの銀紙を丸めて、コクピットのフロアへと投げ捨てる。
 その言葉を最後に三機から言葉は消えた。
 黙々と暗い通路を息を顰める獣の様に進み行く。
 その眼前にやがて、巨大なエレベーターの入り口が暗がりに浮く様に姿を浮かび上がらせる。
 非常灯の赤いランプが妙に瞬いて、気味悪く辺りを照らしていた。
 三機は電気が通っている事を確認すると、無駄の無い動きでバレンタインを前に出し、巨大な接続コードを壁面のプラグへ繋ぐとロックを解除し始めた・・・


 美砂は、頬に手を当てながら目の前のレイヴンを、その円らな茶色の瞳に映していた。
 彼はどこから見ても、到底レイヴンとは思えない容姿で、静かに食事を口に運んでいる。
 広い食堂に二人は差し向かいで座っていた。
 時間が食事時と言う事もあり、配給のコーナーにはオレンジ色のプレートを持った食事を待つ人達が行列を作り始めている。
 皆、一様に戦闘要員らしく、腰に銃が見える輩が多い。一般の事務員らしき人間は皆無だ。
 恐らくは敵の来襲に備え既に避難したか、今頃は移動中の物と見える。
 何人かの笑い声が辺りに聞こえるが、二人の席には一切の会話が無く、食器の乾いた金属音だけが時間と共に流れていた。
「ねえ・・・貴方どこの出身なの?」
 沈黙に耐え兼ねた美砂が彼に問い掛ける。
 しかし、若い男は無視する様に黙々と食事を続けるだけであった。
「ちょっと貴方ね!私が話しかけてるのに、無視はないんじゃないの!」
 賑わう食堂に美砂の黄色い怒声が響いた。
 何人かは振り返って彼等の方を振り返るが、ここに永らく居る人間は《またか》と言った顔で通り過ぎて行く。
 美砂は感情を隠すのが下手なので、この労働団体組織支部では有名なのだ。
 最も、それは《可愛い》と認識され、美砂は自分達を守ってくれるレイヴンと言う事とあいまって、若い男達には結構な人気がある。
「答える必要が無い質問ばかりだからだ・・・」
 初めて男が口を開く。
 目線は下を向いたままだったが、美砂は反応があった事に対して、少し嬉しくなると同時に言葉の意味に対して強烈に腹が立ってくる。
「なんですって?これから死線を潜ろうって仲間の事を少しでも知りたいのは当然なんじゃないの!」
 男は溜め息を一つ漏らしただけで、再び沈黙の中で食事を続ける。
「レイヴンって、本当にロクな男の人が居ないんだから・・・貴方もそうね」
 美砂の何気ない呟きに、目の前の男が俯いたまま、珍しく即答した。
「俺の事は《レイヴン》じゃなくて《ラスティ》と呼んでくれ・・・お前はどう呼ばれたい?」
 美砂は目を丸くして驚いた。
 そう言えば初めに会った時、彼に自分の名前は告げていなかった事を思い出した。
「私は、威瑠 美砂・・・よく変だって言われるけど本名よ」
 ラスティと名乗った男は、料理から視線を初めて美砂へと移す。
「何も変とは思わない・・・レイヴンに本名があるだけで充分過ぎる」
 淡々とそう言った後、ラスティはまた俯いて食事に手をつける。
 美砂はラスティの態度が、先程と変った事に驚きを感じながらも、彼女なりに何か納得した様な様子で小さく肯いた。
『この人、案外律義なのかも・・・』
 美砂も再び頬杖をついて、二人が話し始めた時と同じ元の姿勢に戻った。
 周囲の喧騒とは裏腹に沈黙が流れ、ラスティが起てる食器の音だけが響く。
 ただ一つ違うのは美砂の口元が、ほんの少しだけ微笑んでいる事だけだ。
「もう一人のレイヴンはどうした?」
 ラスティが美砂に問い掛ける。
「武涙は格納庫で、お酒飲んでると思うけど?」
 美砂も漸く自分の食事へと手を伸ばす。
 今日は出撃前と言う事で、彼女の好物のクリームシチューなので、胸の痞えが取れた事と一緒になり、つい頬が緩んでしまう。
「そうそう。武涙が言ってたんだけど、貴方のA・Cは昔は《アンクレット》って呼ばれてたのよね?」
 猫舌の美砂は、少し冷めたシチューを美味そうにスプーンで掬う。
 ラスティは、その問いに反応して一瞬だけ食事の動きを止めるが、直ぐに何も無かった様に安物の硬いフランスパンを小さく千切って口に入れる。
「俺のA・Cは貰い物だ。詳しくは知らない」
 抑揚の無い声に美砂は、それ以上の詮索をする事を止めた。彼女なりにレイヴンならば脛に何本かの傷がある事位は重々承知しているのだ。
 暫し無言の後、ラスティが唐突に席を立った。
「どうしたのよ?」
 美砂は、彼の少し残された食事のトレーを勿体なさそうに見つめながら視線を上へと挙げる。
「格納庫で待機しておく」
 変らず抑揚の無い声で、ラスティは賑やかな食堂から逃れる様にして立ち去った。
「何なのあいつ?《格納庫で待機しておく》だって!」
 普通ならば聞こえない距離での美砂の呟きに、 ラスティは少し口の端を歪めて自嘲するが、それも一瞬の出来事で彼の黒い瞳が暗く沈んで行く。
『マリアは言っていた・・・自分の愛機の名前を知る男に会ったら自分の最期の言葉を伝えろと』
 嫌な過去の記憶が鮮明に脳裏へと再生された。
 手にした拳銃の冷たい感触や光沢、肺に送られる硝煙臭い空気の質が胸を焼く心地悪さも憶えている。
「武涙という男、何を知っている?」
 鬱陶しい記憶に抗いながら、そう言い残してラスティは格納庫へと通じる通路へと出たが、その呟きを聞く者は誰一人として無かった・・・


 滑り止めの施された鉄板の床を踏みしめて、ラスティが格納庫へと到達した頃には、武涙のA・Cであるラッセルは一通りの整備を終えて、低くジェネレイターの発する鳴動が響いていた。
「食事は済んだ様だな」
 ブルーに冷たく輝く、ラッセルのコクピット付近からラスティに向けて武涙が声をかける。
 ラスティは武涙を見上げる事無く、武涙を素通りして、ラッセルの隣に待機させてある自分のA・Cへと向かう。
「《マリア》は元気か?」
 唐突な言葉にラスティは思わず、振り返って武涙を見上げてしまう。
「やはりな・・・」
 武涙は手に持ったトルクレンチで、眉を掻きながらラスティのA・Cであるレスヴァークを見た。
「コアと頭部がアバロン・バレー製、脚と腕は大分修復してフレームしか残ってないがアイザック製だ。こんな田舎で珍しいパーツ構成だから直ぐ分かる」
 ラスティは整備用のエレベーターに乗り、武涙と同じ高さまで登る。
「あんたが、まさか・・・」
 ラスティの鋭い視線を振り払う様に、武涙は口で脱いだ整備用の軍手を振った。
「俺が彼女の父親じゃない。彼女の父親の《カール・シュベルト》と、そのA・Cの持ち主の《テッド・クロサワ》とは無二の親友だったがね」
 武涙の撫ぜる顎の無精髭の音が、ラスティの耳に響いて心が障る。
「彼女と他人なら干渉しないで欲しい。今は俺のA・Cなのだから」
 ラスティはそう言って、コクピットへと潜り込む。
 要らぬ所を弄られていないかチェックする為だ。
「安心しな。お前のA・Cには触れちゃいない」
 武涙は鼻で笑う。そう言っても、この男の性格からして鵜呑みに信じはしないだろうからである。
 レスヴァークからジェネレイターが起動する音が響きラッセルの物と共鳴して、耳障りな高い金属音が辺りに響く。
「マリアは今どこで何をしてる?」
 不意に武涙は声を小さく、そして低くして尋ねた。
「干渉するなと言った筈だ」
 コクピットからラスティの声が即答で響いた。
 武涙は、それを聞いて一人肯くとラッセルのコクピット内部シートを跳ね上げて、ラゲッジの奥から救急箱の様な取っ手の付いた箱を取り出す。
「何でも残しておく癖が役に立つ・・・か」
 武涙は小箱に堆積した埃を老酒の香りのする息で吹き飛ばすと、全く年齢を感じさせぬ力強い跳躍で隣接するレスヴァークのコクピット付近へと着地した。
「何のつもりだ?」
 ラスティがそう言って、コクピットから半身を出すと武涙は小箱を押し付ける様に手渡す。
「こいつはナノマシンの活性剤だ。何に使うかは分かってるだろう?」
 ラスティの瞳が細くなり殺気を帯びた物になる。
「齢を重ねると、少ない情報からでも色々な事が分かる物だ」
 ラスティは小箱を一瞥すると武涙へと投げ返す。
「何の事か分からんが、干渉するなと言った筈だ」
 そう言って、傍らに立つ武涙を見もせずにラスティはコクピットへと再び潜る。
「《武士は食わねど・・・》か」
 武涙は満足げな表情で肩を竦めると、小箱をコクピット後部目掛けて投げ込む。
「俺には全く必要ない物だ。お前も要らなければ後で捨てるなり、売るなりするといい」
 そう言い残すと武涙は愛機へとポケットに手を入れたまま飛び戻る。
 そこへ食事を漸くに終えた美砂が遣って来た。
「武涙!もうすぐ出撃だって」
 駆け寄って来る威瑠 美砂の表情は明るかった。
 今から戦場に向かう悲壮さや、暗さなどは欠片も無い。
「時代・・・のせいだな」
 武涙はそう言って、間近にあるセンサーの明かりが消えたラッセルの頭部を苦い顔で見つめた。
 今回の任務は、このビルを放棄して非戦闘要員が地上に移された新たな本拠へと退避するのを死守すると言う、敵を全滅させる決戦に比べれば比較的楽なミッションと言えた。
 武涙と美砂の受け持ちは、ビルから撤退して地上へと繋がる大型昇降機までのルート確保と、敵の足止めである。
 雇ったレイヴンのラスティには、昇降機の電源を確保する為に電力施設の死守が割り振られていた。
 どちらにも当然、労働者側のM・Tが護衛に就く。
「ネストの奴等を如何に速く退けるかが、作戦の是非を分ける・・・か」
 武涙はコクピット入り口に座り込むと、愛機の艶やかな青い塗装面を撫ぜる。
 独自の情報源からはリガ・インペリアルのガード連中もタイム・ラグで突入して来るらしい事も武涙の心配の種である。
 時間を掛ければ、掛けるほどに撤退するのが困難になる上に不利になるのは必定だ。
 故に事務員関係の退避は既に始っている。
「お前も何年かすれば、あんな色になるのか?」
 隣に待機するレスヴァークを見ながら、愛機の頭部を撫ぜ、武涙は自嘲の笑みを浮かべる。
「そいつだけは、お互いに御免被りたい物だな」
 武涙は愛機ラッセルのボデイを軽く叩くと、コクピットへと滑り込む。
 ラッセルの頭部センサーから朧げに光が灯った。
「《カール》・・・それに《クロサワ》・・・一体あれから何があったと言うんだ」
 武涙は在りし日の友の名前を呟いた。
 計器の照り返しに、武涙の頬に刻まれた深い皺が浮き立つ様に映え、彼の苦悩と重ねてきた年月を無言で物語っていた・・・


 最下層にある準市民居住地の天井から火の粉が散る。
 火の粉の軌跡は時計周りに巨大な円を描いて行き、線が繋がった瞬間には弾ける様に下へと落下する。
 開いた穴の向こうには、漆黒のヴィクセン・タイプのオー・ド・シェルが街を見下ろしていた。
 盾のサイドからはプラズマ・トーチを冷却する為の蒸気が吹き出している。
「良し、定刻から2分15秒遅れで突入を開始する!」
 ゼファーの号令と共に三機のA・Cはブースターを吹かしながら市街へと降下を始めた。
「マップのレッド・ラインはアスファルトの舗装道路だ。間違っても降下したり通過はするなよ!足を取られて機動力が落ちる」
 ゼファーはサイド・モニターに映るターゲットへの最短距離とルートを最終点検している。
「俺のバレンタインはホバーで浮遊するから関係ないぜ、一直線で行かせて貰うさ」
 ゴディバは不敵に笑うと、四つの脚に取付けられた増加燃料タンクを切り離す。
 続いてニーズホッガーとオー・ド・シェルもタンクを捨て戦闘態勢に入った。
 市街から無数の迎撃用のミサイルが三機へと迫る。
「ほう・・・《スゥオーム・ロケット》かと思ったが、ミサイルとはな」
 デリンジャーは迫り来るミサイルを凝視した。
 三機はブースターで落下速度を抑えながら、ミサイルの方向へと向き直る。
 瞬く間にコアの迎撃機関砲の射程へと到達したミサイルであったが、三機の全く無駄の無い動きの機銃弾の雨の前には無力であった。
「機銃をリロードしておけ、着地までに第二波が来るかも知れん」
 そう言ったゼファーのヴィクセン・タイプであるオー・ド・シェルには両肩のハード・ポイントに光学式の迎撃ビーム砲が取付けられているのでリロードの必要は皆無だ。
「迎攻撃が早かったな・・・突入の情報がリークしていたのか、テロ共の準備が良かったか・・・」
 ゼファーが呟いた時、降下ポイントが見え始め、そこにはクレーン車を改造したビーム砲台が待ち構えているのが確認出来た。
「笑わせるねぇ、あれでA・Cを止める気だぜ」
 ゴディバは大型ミサイルのロックを終えると、即時に発射させる。
 俗に《ATミサイル》と形式番号から呼ばれるミサイルは比較的ゆっくりと目標へと到達し、巨大な漠炎でクレーン車を包み込んだ。
 焦土と化した降下ポイントには、鉄塊と化して四散したクレーン車の残骸しか残ってはいない。
 炎を舞い上げる様にして、三機のA・Cはそこへと降り立った。
「ここから二手に分かれる。デリンジャーは電力施設へと向かえ」
 デリンジャーの乗るニーズホッガーのボディは炎の照り返しを受けて暗い紫に光っていた。
「了解だ」
 そう短く言い残し、サイド・モニターに映る電力施設までの通路指示に寸分の狂いもなくニーズホッガーは滑る様に低く滑空して行く。
 電力施設と行っても、実際に施設自体が発電している訳ではなく、地上のレクテナ施設から伸びる電力供給ケーブルを何処かしらからジャックした物を中継・増幅するステーションに過ぎない物だが、最下層民達の重要なライフラインには違いない。
 コンクリート舗装の、元は高速道路と思しき道をニーズホッガーは矢の様に飛ばす。
 今は廃墟と化したオフィス・ビル街を抜け、短いトンネルへと差し掛かった時、前方から赤い光線が放たれてニーズホッガーの頭部にスポットした。
「待ち伏せか!」
 短い舌打ちとニーズホッガーの回避は同時。 その後に眩い光弾が連続して放たれる。
「この出力はA・Cの物だな・・・」
 デリンジャーは狭いトンネル内部で小刻みに位置を変えながら見事に回避して行く。
 当然その間、全く速度は落とさない。
 十数発の光弾を回避した時、攻撃が止んだ。
 如何なA・Cとて、光学兵器を無限に連射させられはしないのだ。
「今度はこちらの番だな」
 デリンジャーはニーズホッガーの脚部を地面に接地させ、爪先から激しい火花を散らせながら左手を一閃らせる。
 トンネル内部を揺るがす程の轟音が響き、巨大な光の波が出口へと向けて放たれた。
 その刹那、光波の効果範囲ギリギリの端から一機のA・Cが飛び出して来る。
 その姿を見て、デリンジャーは驚愕と共に狂喜した。
 錆色と暗い赤に塗り分けられた、そのA・Cはデリンジャーにとって特別な存在だからである。
「私は何と運の良い・・・それとも運命か?」
 ニーズホッガーの前に躍り出たのは、ラスティのレスヴァークであった。
「やはり奴か・・・」
 ラスティは対象的に苦渋の表情で、ブルーグレーと白に塗られた敵機を睨む。
 そして、バック・ダッシュでトンネルを抜け高速道路へと出ると、即座にガードレールを割って眼下の都市部へと降下する。
 前回の戦闘でデリンジャーが行った技を駆使されれば遮蔽物の無いトンネルや高速道路では勝ち目が全く無いからである。
「誘うか・・・だが、如何なる状況でも、今の私に負けは無い」
 デリンジャーは血走った目で、FCSコンピューターが予測する敵機の位置を凝視する。
 その心には、電力施設破壊などと言う、彼にとって矮小過ぎる任務の陰は欠片も無かった。
「奴を倒して殺す!それが私の本来の役目だ!」
 デリンジャーはそう叫ぶとブースターを噴射させてニーズホッガーを上昇させて行く。
 そこへ下方からマシンガンの弾丸が放たれるが、圧倒的で急激なニーズホッガーの上昇には照準が追いつかず尽くニーズホッガーの脚下を掠めて行く。
 そして重量を感じさせぬ優雅な姿勢でニーズホッガーは、建ち並ぶ廃ビルの一際高い位置に着地すると、敵の潜む下界を見下す。
「来たか・・・ムラクモのカロン。いや、確か今は、ラスティなどと名乗っていたな」
 デリンジャーの声は歓喜に震えていた。
 老朽化した廃ビルは辛うじてニーズホッガーの自重を支えている状態だが、デリンジャーには、位置を変える気は全く無い。
 高所の方が低所よりも確実に有利なのと、A・Cの肩の機構上、上方への攻撃には限界があるからだ。
 デリンジャーは感覚を研ぎ澄まし、ラスティのレスヴァークが潜む位置を掴む。
 暫くしてデリンジャーの脳裏には、微かなA・Cの駆動する振動が感じられた。
「そこだな・・・」
 ニーズホッガーは左後方へと振り返ると手にした大型のレーザー・ライフル《KARASAWA》を構え、隣接するビル群の僅かな隙間を狙う。
 焼ける様な音と共に、閃光が澱んだ空気を切り裂いて行く。
 熱線はコンクリートを容易く貫通し、道路の下に有るガス管を直撃して爆炎が立ち昇る。
「奴か!」
 ラスティが驚愕する様に呟く。
 運良く、着弾した地点を擦れ擦れに通過していたレスヴァークは危うく難を逃れていた。
 隣建するビル群の射線の狭さに助けられたのだ。
 怯む事無く、レスヴァークは応戦体勢になる。
 当然、ニーズホッガーは初弾を外せば位置を変えての再攻撃に移るからだ。
「上か・・・それともビル群を縫ってくるのか・・・」
 ラスティはレーダーを見つめ、更に五感を研ぎ澄ますがニーズホッガーの動きは、着地のフェイントを交えた複雑さで一秒先の移動地点すら読めない。
「どうした。動きが鈍いぞ・・・」
 デリンジャーは口の端を曲げながら、スティックを小刻みに倒してニーズホッガーに変則的な動きを追加して行く。
 ラスティは賭けに出て、襲撃は上方と予想する。
 当然、デリンジャーはラスティが、そう予想する事は見通していて、一旦は急上昇した後、背中のブースター6機を全て使って降下した。
「貰ったぞ!」
 デリンジャーは、凄まじい加圧の中、小さく篭もった笑い声と共に一気にペダルを踏み込む。
 ニーズホッガー背部の、特殊ブースターが青白いバーナー炎を引いて、尋常でない速度を以ってレスヴァークの後方へと滑り込む様に周り込んだ。
「これもフェイントだと?狙いは後ろか!」
 狙いの外れたラスティは顔を顰めて、レスヴァークに振り向く指示を与えるが、時既に遅しだ。
「こうも簡単に後ろを取らせるとはな!」
 デリンジャーの優越に満ちた声がハックした通信で、ラスティの耳へと不快に響き割る。
「前より手強い・・・」
 ラスティは小さな舌打ちと共に、ペダルを踏み込みスロットルを全開に開く。
 ニーズホッガーは好機を逃す事無く、KARASAWAを連射するが、急加速でサイドへと逃れたレスヴァークに紙一重の差で照射は敵わない。
 だが、体勢の崩れたラスティに対し、依然としてデリンジャー優勢は変らず、更に距離を縮めて行く。
 相手の反撃など意に介さぬ、と言わんばかりの強気の構えでニーズホッガーは突進する。
 狙いはブレードでのコクピットの寸断、若しくは距離を詰める事による回避時間の短くなったレスヴァークへKARASAWAを叩き込む、短距離戦闘と至近戦闘の二択攻撃。
 どちらも、ブースターをサイド回避へと使ってしまったレスヴァークは一瞬だが反応が遅れてしまう。
「今度こそ終わりだ!」
 デリンジャーの狂喜に満ちた声は、ニーズホッガーへと伝わりブースターが周囲を轟かせる。
 この絶対不利の状態でラスティが選んだ行動は、レスヴァークに背中のレーザー・キャノンを構えさせる事であった。
「相討ち狙いなら無駄だ!」
 デリンジャーは再び、極めて不規則な飛行でレスヴァークへと迫る。
 同じレーザー兵器と言えどA・Cを固定して放たねばならないのと、動きながらの射撃ではどちらが優勢なのかは言わずもがなであろう。
 デリンジャーは、自分と同クラスの強化人間なら当然、バック・ウェポンを移動しながらでも射出可能な事は当然知っている。
 ここで敢えて、ラスティが構え射ちを行う理由は只一つ。電力消費を抑え連射力を僅かにでも上げての正面からの叩き合い。これしか無い。
 だが、デリンジャーには、このパワープレイに絶対に勝利する自信があった。
 ニーズホッガーのエネルギー兵器防御力は、レスヴァークに優る。更に連射力を高めても、攻撃の全てを躱し切ればダメージは理論上皆無だからだ。
「当たれ!」
 ラスティの叫びと共に、レスヴァークは有りっ丈のレーザー・キャノンをニーズホッガーへと放つ。
 たが、ニーズホッガーはそれらを余裕で躱し更に距離を詰めて行く。
「狙いが甘いな!」
 デリンジャーは、そう叫ぶと更に加速し、レスヴァークのFCSの射幅から至近で外れる位置へまで刹那で到達する所まで来た。
 レスヴァークは立ち上がって、バック・ダッシュの姿勢を取るのが下部モニターに映る。
「今更、回避など遅い!これで終わりだ!!」
 デリンジャーは嬉々としてそう叫ぶと、トリガーに指を掛けてニーズホッガーへとKARASAWA照射の命令を下す。
 その瞬間、ニーズホッガーのコクピットへと障害物センサーからのワーニング・ピープ音が響く。
「何!!」
 驚愕するデリンジャーを乗せた、ニーズホッガーの上方から巨大な瓦礫が降り注いで来たのだ。
「これは天井の破片?脆い部分を狙ったのか!」
 先程のラスティの攻撃は上方から襲い掛かるニーズホッガーを狙った物では無かった。
 本当の狙いは、その後ろに位置する老朽化した地下都市の空である天井にあったのだ。
 降り注ぐ巨大な瓦礫は凶器と化して、ニーズホッガーを襲う。
 流石にデリンジャーは突然の襲来となった瓦礫を回避するしか無く、この間にレスヴァークは完全に体勢を立て直す。
「貴様、最初からこれを狙って・・・だが、こんな物が当たるとでも思うか!!」
 ニーズホッガーは辛うじて瓦礫を回避するが、その瞬間、正面からレスヴァークが突然現われた。
「思ってないさ・・・」
 完全に先手を取ったレスヴァークは左手のブレードを作動させニーズホッガーへと一閃する。
 ニーズホッガーの正面モニターは、青白いプラズマで一切の視界が奪われた。
 デリンジャーは瞬時に視力を断ち、他の感覚をフル回転させブレードの軌道を読む。
『横凪ぎ!』
 即座に読んだデリンジャーは、ニーズホッガーを斜め後方へとブースターをフルに使用して躱す。
 しかしながら、完全に不意を突かれた奇襲の前に回避し切る事は適わず、瞬時に左肩の上面と背部の特殊ブースターのスタビライザーが薄紙を裂く様にして熔断された。
「浅いか!?」
 ラスティも視力を断っていたが、金属の蒸発する音の短さで相手は致命傷ではないと判断して即座に距離を置くべく着地を開始する。
「やってくれたな・・・小僧が!」
 デリンジャーは地獄から響く様なトーンで、心底から悔し気に唸る。その唇には薄く血が滲んでいた。
 両機は互いの動きを牽制しながら、距離を開いて着地した。 天井からは細かな破片が依然と降り注いでいる。
 着地した両機は改めて敵機へと向く。
 駆け引きも、勝負も未だ始まったばかりだ。
 どちらが勝って、また倒れても可笑しくない一進一退の攻防は続く。
『外したか・・・』
 ラスティは天井を見上げながら、口の動きだけで辛辣に呟いた・・・


 また一機、労働者側のイエローに塗装されたM・T《ビショップ》が火を吹いて四散した。
「雑魚に構い過ぎるな、弾は補給出来ないんだ」
 ゼファーは次々と迫り来るM・Tを派手に撃破するゴディバへと指示を飛ばす。
「ゼファーの旦那、俺には秘密兵器があるんだ。武涙が出てきたらコイツを使うから心配すんなよ」
 ゴディバのバレンタインには未だ、鋼鉄の地肌が剥き出しの小型のコンテナが二つ、切り捨てられずに背負われている。
「何機のA・Cが来るかは分からんのだ。無駄弾を撃って弾切れの撤退など話にならんぞ!」
 ゼファーの言った瞬間、横合いからミサイル接近の警告が鳴る。
 即座にゼファーはオー・ド・シェルに左手の盾を構えさせ、肩に装着された光学式の迎撃ビームを照射し始める。
「漸く来たらしいぞ、何機だ?」
 ゴディバは、止めの大型ミサイルをM・T群に射出した後、目を閉じて神経を頭部のレーダーへと集中する。
「一・・・否、二機だぜ旦那。一機は人型、重さから見て、多分ラッセルだ」
 ゴディバのミサイルは着弾してM・T群を軽く一蹴し火の海で全滅へと追いやる。
「武涙!皆が!」
 美砂は悲痛な叫びで、サイド・モニターのラッセルを見る。
「美砂は、この位置をキープして援護してくれ」
 武涙はそう言って、ラッセルを全速で敵機へと突入させる。
「退避の状況を知らせてくれ」
 武涙は敵機への単独突入の最中でも冷静に、戦局全般を見ていた。
「まだビルに2割りの人が残ってるって・・・」
 美砂は暗号通信を判別して、武涙に告げる。
「10分稼げば何とか退避は成功する・・・か」
 武涙はマシンガンの射程に入ると、トリガーを引いて敵機へと射撃を開始する。
 オー・ド・シェルとバレンタインも、それぞれの腕に装着された兵器を放つ。
 僅かな秒数に凄まじい量の弾丸が戦場へと破壊のエネルギーを伴って飛び交う。
 先に着弾を許したのは、ゴディバのバレンタインであった。
 右前の脚部の空気取り入れ口に、武涙の放った熱弾を食らって右前脚のホバーが作動を停止する。
「手前ぇ!四脚の弱点を狙ったな!」
 ゴディバは怒りに任せて、近距離に関わらず大型ミサイルを射出した。
「ゴディバ!何を考えている!」
 爆風の巻き添えを恐れたゼファー機が、盾を構えながら後退した。
 そこへ、後方から美砂のミサイルアームが射出した小型ミサイルが襲い掛かる。
「巧いぞ、美砂」
 武涙は今度はオー・ド・シェルへと向いてマシンガンを放つ。
 その間、武涙は巧みにFCSの端ギリギリにオー・ド・シェルを収めつつ、大型ミサイルへと正対し、迎撃機関砲で大型ミサイルを落としていた。
「やるな・・・悔しいが連携も見事だ」
 小型ミサイルを辛うじてゼファーは落とすが、武涙のマシンガンは盾のサイドを抉っていた。
「だが、これでどうだ!」
 ゼファーは一気に勝負に出る。オー・ド・シェルのコアの拡散式レーザーを放ったのだ。
 戦場に点在する街路樹や街灯、そして小さなビルまでもが瞬時に高熱の照射を受けて蒸発する。
 しかし、武涙は攻撃を予測しておりレーザーの効果範囲を大きく離れていた。
 更にブースターの慣性で横滑りの動きで、地面のコンクリートから火花を散らせながらラッセルを屈ませると肩のグレネードを射出する。
「こいつ!私と同じヴィクセン型との戦闘経験があるのか!」
 ゼファーは即座に回避するが、大出力のレーザーを使用した為にオー・ド・シェルの動きは遅く、再び盾に頼る他無く、直撃は免れたもののセンサーに熱片を幾らか食らう嵌めとなる。
「手強い・・・などと言う物じゃ無い。奴は《伝説のレイヴン》クラスやも知れん!」
 ゼファーは全身が総毛立った。
 幾多の修羅場を潜り抜けた経験からくる戦況の理解力と瞬時判断、それに卓越した操縦の技術。
 横滑りさせながらのバック・ウェポン射出など、普通の操縦技術とタイミングでは目標物への着弾は愚か、射出する事自体が不可能で、転倒するか姿勢制御コンピューターが行動をキャンセルするのが落ちだ。
 目の前の男は、それをやってのける。しかも僅かなミスが命取りになる近距離の相手のレンジ内で。
「これがネストの懲罰と言うのか・・・」
 滝の様に流れる冷や汗を拭う間も無く、ミサイルアームからの攻撃がオー・ド・シェルを襲う。
「またも連携!」
 迫り来るミサイルを迎撃すべくオー・ド・シェルは正対するが迎撃ビーム砲は作動しない。
「しまった!フェイントか!?」
 オー・ド・シェルの迎撃砲が作動しないのは当然であった。射出されたのはロケットでミサイルでは無かったのだ。
 誘導波をキャッチして作動するのがコアなどに着けられる迎撃砲なのだが、目標へと直進するだけで誘導波の出ないロケット弾では作動する筈は無い。
「引っ掛かったわね」
 美砂は頬に満身の笑みを浮かべると、更に狙いを着けてオー・ド・シェルへと背中のロケット砲を連射して行く。
「怪我してる仲間が戦闘エリアに居るから、ATミサイルは使えないけれど、これでも援護は充分よ!」
 真っ赤なボディの後部から、発射の反動を抑えるガスを中空で撒き散らせてミサイルアームはロケットを撃った後、再び特殊腕のミサイルを発射する。
 こうして二つの飛翔物の織り交ぜられた攻撃は受ける方からすれば厄介以外の何物でも無い。
「ゴディバ!もう形振り構ってられん。もう《あれ》を使え!」
 猛撃の中、回避と防御で手いっぱいになりながらもゼファーは叫ぶ。
「言われるまでも無ぇ・・・これで形勢逆転だ」
 ゴディバの深い恨みの篭もった呟きと同時に、バレンタインの背部に背負われたコンテナが、小さな炎と共に炸薬で吹き飛んだ。
 その中から、黒い小型の偏平形の物体が飛翔する。
「有線式《タンケッテ・EB》だ・・・コイツの性能を存分に味わって貰うぜ」
 髪の毛程の細いコードから、ゴディバの指令がタンケッテへと伝わり、機器上面のレードームに似た皿状の装置が回りはじめる。
「タンケッテ・Eの進化型か・・・また厄介な」
 武涙は苦虫を噛み潰した表情で、虚空に浮ぶ二機のタンケッテを見る。
 ラッセルのモニターにノイズが走り、ロック・オン不能の警告表示が瞬く。
 武涙はノイズ・キャンセラーのスイッチを入れるが、現状に変化は無かった。
 ノイズ・キャンセラーに対抗する試作最新式のロックオン・ジャマーらしい。
「あと、撤退完了まで25分と言ったところか」
 武涙は画面が荒れた後方モニターに映っている、労働団体本拠ビルを見て苦し気に呟いた・・・


 乱立するビルの垣間に開いた巨大なスクランブル交差点を挟んでレスヴァークとニーズホッガーは対峙している。
 互いに微動だにしないのは、先程のブレイクで消費し切った電力を回復させるからに他ならない。
 強烈に張り詰めた状況の中、二人はジェネレイターが金切り声をあげてフル回転する音を聞いていた。
「お前はまだ《ゴンドラ》に執着しているのか?」
 先に口を開いたのはラスティの方だ。
 額から一筋の汗が流れている。
 このまま行けば先に電力を回復するのはニーズホッガーと言うのが分かったからだ。
『奴の興味を惹く会話して時間を稼ぐ・・・』
 心中、ラスティは焦っていた。
「答えろ!」
 一際、大きな声でデリンジャーを挑発する。
「あんな物、今となっては・・・」
 ラスティがそう言った時、デリンジャーが怒声で『黙れ!』と返答を返す。
 《あんな物》呼ばわりが気に障ったらしい。
「貴様の様な紛い物に何にが分かる!」
 デリンジャーの声は挑発と知りながらも、怒りに震えていた。
「我々は《あれ》の為だけに創られた《道具》だ。貴様と私が生まれ、そして生きる意味を思い出せ!」
 デリンジャーの感情が情報と化してニーズホッガーに伝わり、右手がレスヴァークに向けて上がる。
 A・Cの武装中、1、2を争う重量を誇るKARASAWAを掲げてしまい、保持するのは無駄なエネルギー消費であり、ほんの僅かとは言えラスティの思惑にデリンジャーは引っ掛かっていた。
「意味だと?」
 ラスティは、デリンジャーの言わんとする事を知っていてわざと呆けた。
「貴様は何の為に人間の能力を超えた?私は何の為に能力を持って生まれたのだ?」
 デリンジャーも時間の引き延ばしをラスティが試みているのは周知していた。
 だが、デリンジャーは敢えてそれに乗っている。
 これが彼なりの正々堂々とした態度と、決してラスティなどに遅れを取る事など有り得ないと言うプライドでも心中にはあったのだ。
「A・Cなどと言う矮小な兵器に押し込められる為では決して無かろう?」
 ラスティはニーズホッガーの脈動とジェネレイターの音から、デリンジャーが既にエネルギー・チャージを終えている事に気付く。
「俺はもう、ゴンドラの為になど生きてはいない」
 ラスティは、時間稼ぎでは無く本心から呟く。
「欺瞞だな!」
 デリンジャーはラスティの言葉を途中で遮る様にして言葉を重ねる。
 更にデリンジャーは電力をコンデンサに貯えるのを終えると、バッテリーへと電力をプールし始める。
 ラスティは心中で焦っていた。
 最早、デリンジャーは前回の死闘の際に使用したレーザーの擬似連続照射を行うのは確定だからだ。
 相手のサイトに入ってしまえば・・・いや、デリンジャーの照射を管理する事が出来る範囲と間合いに入ってしまえば前回同様、敗北は必至と言えよう。
「貴様の持つ、その卓越したマシンとの同調能力、そして戦闘能力は何だ?今まで生き抜いてこれたのは全て《ゴンドラ》と、そして《ジルコニア》のお陰では無いのか?」
 ラスティはコクピットで強く否定する様にして首を横に振た。額の汗が玉になり中空に弾ける。
 否定しようにもラスティの唇から言葉が出ない。
 デリンジャーは、即答の無い事に唇の端を歪ませる。
「そう・・・我々は人に役立つ為の道具なのだ」
 舌戦で勝利を収めたデリンジャーは余裕の笑みを浮かべながら、ニーズホッガーに身構えさせる。
「そう!道具に自由など無い。あるのは使命だ!!」
 滑空に近い低い高度をブーストでニーズホッガーがダッシュして来る。
 背中のスビライザーを一枚失っていたニーズホッガーは今までの様な立体的な攻撃は効果が落ちると判断して、デリンジャーは前方へと全速力で駆け抜ける方法を選んだのだ。
「俺は、お前とは違う!」
 ラスティは、それに対し迎撃の姿勢を取った。
 コンデンサはチャージ出来たが、バッテリーは未だ消費されたままであり、デリンジャーに対して背中のレーザー・キャノンへのリロード速度を変化させられる電力は得られてはいない。
 そのままの位置でラスティはレスヴァークにマシンガンを発砲させる。
 相手は速度を緩めるか、回避に移ると考えたのだ。
 しかし、ニーズホッガーは速度を落とすどころか、むしろアップさせて行く。
 マシンガンの徹甲弾がニーズホッガーの装甲を抉るが、一切構わずニーズホッガーは突っ込んで来る。
「こいつ!」
 ラスティは驚愕と共に狼狽した。
「こうして互いに争い、殺しあう事も道具として決められた定めだ。貴様が生きるのに、どんな道を選ぼうが、それが変る事は無い!」
 そう言って、デリンジャーは高速で接近しながらニーズホッガーの左手を翳す。
 二機のブレードが作動を始める、低い鳴動が寂れた廃ビル街の空気を震わせる。
「決着をつけるぞ!ラスティ!」
 デリンジャーの声は歪んだ喜びに満ちていた。道具としての使命を全うしている、自分が生まれた意味に殉じている。そんな恍惚感を感じさせる声だ。
「まだ《カロン》の事を言うのか・・・」
 対照的にラスティの沈んだトーンの声が通信機に流れる。
「決着なら、昔についていた筈だ。デリンジャー」
 見る見ると画面に大きくなって行くニーズホッガーを力無く見ながらラスティは呟く。
 マシンガンは尚も連射を続けているが、致命傷にはどれも至らない。
 終にレスヴァークへと到達したニーズホッガーは至近で、僅かにレスヴァークのブレードの降りが遅れる右へとスライド移動して腕を大きく振り上げた。
「我々の決着は生か死だ!!」
 デリンジャーの、殆ど高笑いに近い声と同時に破壊の意志を託された鋭いプラズマ光がレスヴァークの脳天目掛けて振り下ろされる。
 デリンジャーの狂喜の嘲笑は止まらない。
「貴様は死ね!正しい生き方は私の方なのだから!」
 ブレードは完璧なカーブを描いてレスヴァークの頭部とコクピットを切り裂くべく、振り下ろされつつもスナップする。
 レスヴァークはそれを辛うじて紙一重で左へと躱し、姿勢を僅かに崩しながらも距離を開いた。
 それをニーズホッガーはKARASAWAで追い撃つが、それも見事なダッシュで躱された。
「例えそれが・・・お前の言う事が全て真実でも」
 深く沈む様なラスティの声と共に、レスヴァークは、ゆっくりと乱れた体勢を立て直して完全な応戦の姿勢となる。
「俺は絶対にそれを認めはしない!」
 レスヴァークの左手から薄いプラズマが吹き出す。
 それは只のブレードの暖機にしか過ぎないのだが、デリンジャーの目には絶対の意志を表す彼の決意の証と見えた。
「お前の全てを否定してやる。そして俺に架せられた全ての呪縛を断ってやる!」
 ラスティの瞳が完全に血の赤に変じていた。
「よかろう・・・何れにせよ、それで我々の使命は果たされるからな」
 デリンジャーはニーズホッガーにKARASAWAを構えさせた。
「もう戯れ言を聴くのも飽きた。一発で仕留めてやる」
 美しい銀色に輝く銃身から低い唸りが聞こえる。
 デリンジャーの目を血走らせながらニーズホッガーの制御系機器と同化して自らをA・Cの一部品へと変じて行く。
 ラスティは天を仰ぎ、上面モニターを見ていた。
 決して観念した訳でない証に彼の瞳は何かを一心に念じる様な輝きを有している。
「レーザー・キャノンは駄目だ・・・」
 ラスティは必死で天井を見ながら、何かを探す様に視線を移す。
 そして、何かを見つけると瞬時に、マシンガンのトリガー引いた。
 火線が先程の落とした天井部分に延び、吸い込まれる様にして暗闇に消えて行く。
「今更、また瓦礫を使うのか?」
 デリンジャーの嘲る声と共にトリガーは引かれ、赤いスポットがレスヴァークへとスポットされる。
「今度は当たっている筈だ・・・」
 ラスティはスポットされたエース・ポイントの真っ赤な光点を怯む事無く正面から見つめる。
 その刹那、天井から光の粒が大量に落下してきた。
「終わりだ!」
 デリンジャーが泡を吹きながら苦しげに、絞る様な声で呟くとKARASAWAから眩い光が放たれた。
 一瞬にしてレーザーの通過した空間の空気が焼かれてプラズマに変る。
 レスヴァークは照射と、ほぼ同時に斜め下に屈みながらダッシュで接近する。
「無駄な足掻きを・・・」
 次の瞬間、デリンジャーは驚愕して思わずコクピットから半身を持ち上げて叫んだ。
「何だこれは!!」
 レーザーは水蒸気を大量に発生させながら、レスヴァークとは大凡見当違いの場所へと照射されている。
「雨・・・なのか?」
 ここで漸くデリンジャーは状況に気付いた。
 ラスティは既に最初のブレイクでこれを狙っていたのだ。
 更に、翼と強力なレーザーをニーズホッガーから奪う為に天井を撃ち抜く行為を選んでいたのであった。
「奴が《外した》と言ったのは、ニーズホッガーでは無く、貯水タンクの事だったのか!」
 一寸先も見えない程のスコールが二機を包んでいる。
 デリンジャーは歯噛みして悔しがった。
 この状況でのレーザー照射軌道は如何なデリンジャーと言えども読む事が出来ない。
 降って来る雨滴の一粒、一粒までも計算しなければ照射軌道が定まらないのだ。
 小さな振動がコクピットへと伝わり、ニーズホッガーの右腕の動力系統に異常が生じた事を告げた。
 レスヴァークの放ったマシンガンの着弾。
「何故だ・・・正しいのは私だ。能力も性能も私の方が優れているのに・・・・何故負けるのだ?」
 デリンジャーはだらしなく雨に煙る虚空を見つめて呆然と呟く。
 その瞳には薄く涙が滲んでいた。
「人間を越えて生まれた存在の《シフト》の私が人間を少し弄った程度の《プラス》などに何故、こうも敗北せねばならないのだ?」
 デリンジャーは糸が切れた人形の様にコクピットのシートへと腰を降ろす。
 肩を震わせながらデリンジャーは咽び泣いた。
 更に容赦無いラスティの攻撃は続き、ニーズホッガーの膝関節を粉々に撃ち抜く。
 レーダーと着弾は完全に別方向であり、土砂降りで視界が遮られる状態からの跳弾射ちを駆使していた。
 ニーズホッガーの機体警告ランプの殆どがレッドに変っている。
 だが、デリンジャーにはそんな事はもう、どうでも良かった。
「貴様は全くの偽りとは言え、カロンとして皆に愛されている様に見えた。それに引き換え、人間でも無い私は道具になる他に何が出来たと言う?」
 薄いブルーに映るレーダーの光点を見ながら、デリンジャーは震える指でそれを撫ぜる。
 着弾は尚も続き、脚部の燃料タンクを突き破ってニーズホッガーの下半身が粉々に吹き飛ぶ。
 叩き折れた大木の様にニーズホッガーは地に伏す。
「見事な腕前、そして判断力、強靭な精神。何よりも常に誰かに愛される・・・私に無い物ばかり、貴様は持っているな」
 ラスティは首を横に何度も振りながら、デリンジャーの言葉を意識の外へと飛ばす。
「世迷言を言うのは止めろ!」
 レスヴァークがスコールを突き破る様にして現われ、蹲るニーズホッガーの傍らへと立った。
「止めを刺せ、《決着は生きるか、死ぬか》だ」
 デリンジャーの乾いた声が、罅割れた雑音の通信から流れる。
「では死ね・・・俺はもう、自由に生きたい」
 ラスティが目を閉じてマンシガンのトリガーを引いた時、土石流と化した大量の冠水が二機の頭上へと降り注ぎ、全てを包む様にして渦を巻いて広がって行った・・・・


「武涙!あれ!」
 美砂は電力施設近くの異変に気が付いた。
 天から流れる土石流は、かなり離れたこの地点にも振動を伝えて来る。
「今は、敵から目を離すな!」
 武涙は叱咤して、マシンガンをバレンタインに向けて連射する。
「へへっ、狙いは御見通しってね!」
 バレンタインは有線のタンケッテを背後へと隠す様に移動させた。
「あの鬱陶しい《線付き》を何とかせんと、このままでは不利だ・・・」
 武涙は唸る様に呟いた。
 画面にはロックオン表示は失せ、盲撃での射撃を強いられている。
 武涙には当然、こう言ったケースでの闘いは初めてでは無かったが、相手は手強の上に二機のA・Cときている。不利なのは絶対であった。
 美砂もミサイルをロック出来ない現状、ロケットしか作動せず、かなり苛立っている。
「通常腕にパッとチェンジ出来ないかなぁ・・そしたらブレードが使えるのに、もう!」
 武涙は美砂の言葉に少し笑った。
「無い物強請りは止せ、何とか時間を稼ぐんだ」
 八方塞がりの状態でも、撤収の状態は良好なのが武涙にとっての救いと言えた。
「あと少し、何とか凌いで・・・武涙」
 美砂の声は武涙に活力を齎した。
「レイヴン稼業しか出来ない、こんな俺でも必要としてくれる人間が居る限り負けはせんよ」
 武涙のラッセルが今度はオー・ド・シェルに向かってグレネードを射出した。
「何て奴。この状態でも我々と互角に闘ってる」
 ゼファーは形の整った眉を顰める。
 しかし、スレイヴ・クロウ側が押しているのは確実で武涙は後退し続け、遠くに見えていた本拠ビルがもう間近まで来ていた。
「武涙!あれが最後の一台よ」
 後部モニターに小さなトラックが地下駐車場のゲートから出て来るのが見える。
「ゴディバ!私が次の攻撃をしくじったら、後はデリンジャーを連れて脱出しろ!」
 ゼファーの何かを決意した言葉に、ゴディバは何か逆らえない雰囲気を感じた。
「しくじったらって・・・何をやる気だよ?」
 モニターにはオー・ド・シェルが盾を構えてラッセルへと向いている画像が映っていた。
「もう後が無い。身を捨ててでも奴を倒す・・・」
 ゼファーの頼もしい言葉に、ゴディバは賞賛の口笛を鳴らす。
「私が死んだら。後を頼むぞ」
 オー・ド・シェルのブースターが熱噴流を地面へと叩き付けて行く。
 「あの一台のトラックだけでも潰さねば、スレイヴ・クロウの・・・いやネストの沽券に関わる!」
 ブースター噴射がピークに達すると同時に、突かれる様にしてオー・ド・シェルは超高速でラッセルへと迫る。
『来る!しかも、これは完全に捨て身だ!』
 武涙は即座にラッセルを立ち上がらせ、マシンガンの掃射をオー・ド・シェルへと向ける。
 オー・ド・シェルは盾に弾丸を食い込ませながら、ラッセルへの間合いを一気に詰めた。
「貰った・・・」
 ゼファーが凍る様に冷たい声を発した時、オー・ド・シェルは盾ごとラッセルへと激突する。
「接触センサーをカットしているな!」
 武涙は通常は有り得ないA・Cの激突による衝撃に耐えながら、ラッセルにマシンガンを捨てさせてオー・ド・シェルの盾を掴む。
「このまま潰す気か?」
 食い止められて尚も盾を押し付けるオー・ド・シェルに対して武涙は全力でラッセルへと押し返す指示を与えつつ、グレネードを展開してオー・ド・シェルのコクピットへと突きつけた。
「私は、それを待っていたんだよ!」
 武涙がダメージ覚悟でグレネードを射出しようとした瞬間、オー・ド・シェルは盾を腕のラッチから外してラッセルを中心に弧を描いて後ろへ周り込む。
 そして右手のマシンガンを、浮き足立った姿勢のラッセルの首の付け根へと強引に捻じ込んだ。
 全てが一瞬の出来事である。
「さあ、踊れ!」
 オー・ド・シェルがマシンガンをラッセルへと射出すると、爆ぜる様にして銃弾がA・C内部を駆け巡りラッセルが諤諤と震え始める。
「終りだ!」
 ゼファーはマシンガンが暴発する寸前で、下部に取付けられたグレネードを発射する。
 ラッセルもまた、銃弾のショックで作動したグレネードを地面へと放つ。
「嫌!武涙!!」
 美砂が叫ぶ。二機が巨大な火球に飲み込まれ、爆炎が周囲のビルを吹き飛ばした。
「ゼファーの旦那、俺以上の無茶するぜ!」
 ゴディバは飛び散る破片を回避しながら驚愕した。
 こんな無茶な攻撃をするレイヴンなど居はしない。
 ネストの為に命を投げる事の出来るスレイヴ・クロウのみが使う、一遍の迷いも許されない文字通り捨て身の攻撃である。
「武涙!生きててよ・・・武涙!」
 炎の中から現われたのは漆黒のヴィクセン・タイプ、オー・ド・シェルの方であった。
 コアと左腕だけの無残な姿になったラッセルを、オー・ド・シェルは手首から千切れた右手と、左手に誇らし気に抱えながら、ゆっくりとバレンタインに歩み寄る。破損の状態からして、爆風に対してラッセルを盾変りに使用しらしい。
「先程の命令は却下だ・・・残敵の掃討に移れ」
 ゴディバは、ゼファーの言葉に背中に氷を突っ込まれた様な悪寒が巡るのを止められない。
 今し方、決死の突撃を敢行したばかりなのに、ゼファーと言う男は安堵の溜め息よりも早く任務の事を口にした。
 連立ネストの奴隷《スレイヴ・クロウ》と言う言葉は存在で無く精神にこそ、その意味がある事を今更ながらにゴディバは知ったからである。
「イカれてやがる・・・」
 オー・ド・シェルは無造作に、ラッセルだった残骸を投げ捨てると、殆ど鉄屑と化した盾を拾って左手へとロックすると、トラックへと歩み寄った。
「よくも・・・よくも武涙を!」
 美砂は涙声でロケットを無茶苦茶に発射する。
 オー・ド・シェルはブースターで後退すると、コアの拡散レーザーをミサイルアームへと向けた。
「マズいぜ旦那、もう、リガ・シテイ・ガードが突入を開始しやがる!」
 ゴディバは随所に仕掛けておいた振動センサーから、ガードの大軍が押し寄せて来るのを感知しのだ。
「仕方ない。雑魚は諦めて即座に撤退だ。ゴディバはミサイルを置き土産にしろ!」
 漸く回復した通信モニターには、血溜りと化したコクピットで脇腹を抑えているゼファーが映っていた。
「言われるまでも無ぇよ!」
 オー・ド・シェルとバレンタインは後退して行き、空中へと浮くと、言葉通り大型ミサイルを発射しながら彼等の突入して来た穴を目指す。
「あれを落とさないと、皆が!」
 美砂はミサイルアームを挫座したラッセルとトラック、そして飛来して来る大型ミサイルの間へと割り込ませるが、一向に迎撃機関砲が作動しない。
「何故なの!?」
 美砂は瓦解したビルの脇に、小さな物体が飛んでいるのを見つけた。
「タンケッテ!あれを先ず落とさないと!」
 即座にミサイルアームからロケットが発射される。
「弾が無くなってもいいから・・・落ちて!」
 見る見るロケットの残弾カウンターが減っていき、一桁に達した時に漸くタンケッテのレドームが吹き飛んで地に落ちた。
「次はミサイルを・・・!」
 美砂が大型ミサイルの方向を見た時、もう目の前まで来てしまっていた。
『間に合わない!』
 美砂は目を閉じて観念する。
 せめてもの救いは自機がトラックの盾になって、仲間だけは助けられる事だな、と美砂は思った。
「武涙・・・誉めてくれるよね?」
 美砂の声は穏やかで、優しい囁きだ。
 そこへ突然、轟音が響き、ミサイルアームと大型ミサイルの間に割って入る物があった。
 着弾する瞬間、鉄の腕が差し出され、奇妙な角度で数本の指が曲がった手がミサイルを掴む。
 奇跡とも言える技は完璧で、ミサイルの信管は作動せず、ロケットのバーナーが消えて力無くミサイルは大地へと落ちた。
「死んだら・・・誉められないだろう?」
 ミサイルアームの間に割って入ったのは、ラッセルの変わり果てた姿であった。
 左手とコアだけになりながらも、ブースターを使用して無理矢理に移動しミサイルを掴んだのだ。
「武涙、生きてたのなら、ちゃんと返事してよぉ」
 そう言ってから美砂は堰を切った様に、涙を流して号泣した。
「済まんな。少し気を失ってた様だ」
 武涙の呟く声と一緒に、一斉に貧民層へとガードが突入して来る。
 大型のエレベーターからは準市民ガードのダンケル・タイプが隊列を組んで前進して来た。
 天井に開いた各所の空気取り入れ口などからは、市民ガードのマベリックが降りて来る。
「早く逃げないと・・・もうここは危険だ」
 武涙の擦れた声を、誰かの放ったキャノン砲の轟音が掻き消した・・・


「ここなら、安全だろう・・・」
 巨大なドーム状の空間にラスティの声が響く。
 元々、ここは大破壊の際に地下都市民が生き延びたシェルターの一つであり、ここから巣立った者達が今の社会を形成した場所である。
 核兵器でも無い限り、ここを破って攻撃するのは難しいと言えよう。
 何より、こんな場所は完全にうち捨てられていて、ガード達も興味は示さない。
 街に残る残党狩りに今頃は必死の筈だ。
「済まんな、最後まで手間を掛けた」
 武涙は腹にテーピングを巻いて、美砂の膝の上で横になっている。
 深く刻まれた顔の皺でも、苦悶を隠すのには足りない様で、傍目にも辛そうに見えた。
 右手は肘から無くなっており、右脚も折れている。
 ラスティはトレーラーへ、ふら付く足取りで戻ると救急箱を片手に二人の元へと戻って来る。
「輸血と麻酔をしろ」
 美砂は素直に肯いて、救急箱を開ける。
 それを武涙は、擦れた微笑みで制した。
「無駄だ。もう俺は助からん」
 ラスティには返す言葉が無い。彼には武涙の命がもう幾許も無い事が良く分かるからだ。
「無駄でも・・・するよ。」
 目を泣き腫らしながら美砂は武涙へと点滴を施して、右手の止血を始める。
「何時か、地上にある武涙の住んでた家に連れてってくれるって約束してたよね?」
 美砂は静かに言った。
「奇麗な池の湖畔に、天然の木で作った家なんでしょ?春には黄色い菜の花が咲いて、秋には紅葉って木が色着くのよね?」
 武涙は無言で満足そうに肯く。
 そして深々と目を閉じた。
「美砂・・・お前は、もうレイヴンなんか辞めろ」
 声にならない程の、薄く低い言葉で武涙は呟く。
「武涙が家に連れていってくれたら辞める」
 包帯を巻きながら美砂は優しく言う。
 ラスティは静かに背を向けると、自分のトレーラーへと戻るべく歩き始める。
 その背中へ武涙が問い掛けた。
「ラスティ、マリアは今どうしてる?」
 振り返る事無く、ラスティは武涙の問いに答える。
「レイヴンを辞めて、クロサワさんと静かに暮らしてる。A・Cなんかもう、要らないからと言われて俺が貰った・・・俺には要るから」
 そう言って、ラスティは二人の元を離れる。
 武涙は乾いた笑いを頬に浮かべた。下手な嘘をラスティがついている事が良く分かったからだ。
「マリアも死んだ・・・か、もういい頃合いだ。美砂、これで俺を撃て」
 血に濡れた拳銃を左手でホルスターから抜くと、武涙が美砂へと差し出す。
「馬鹿な事言わないで!」
 美砂は即座に武涙から拳銃を払い除ける。
「ずっと一緒に居てあげるから、痛さとか怖さとかに負けないで」
 涙を流す美砂に対して、武涙は静かに肯いた。
「死ぬ時は愛機の中って決めてたが、お前の膝の上なら文句は付けられんな」
 そう言って笑うと武涙は咳こむ。
 滑る様に転がって、足元に当たった拳銃をラスティは複雑な表情で見つめた。
『俺も、彼女にあの時、こうしていれば何かが変っていただろうか・・・』
 そう心の中で呟くと、ラスティは再びトレーラーへと歩き出す。
「こんな時代に生まれた弱い人間、金の無い人間は不幸だ。希望した場所に住めず、心から就きたい職種にもなれやしない・・・」
 武涙は擦れた声で誰に言うでもなく呟く。
「きっと皆がなりたい職に就ける。そんな時代がきっと来る。その為に誰も傷つかない世の中が・・・」
 武涙は何かを掴む様に左手を軽く挙げ、そして力無く落とした。
「レイヴンなんか要らなくなる、そんな世の中を俺は創りたかった・・・」
 シェルターに武涙の腕が最期に起てた音が響く。
 美砂は鳴咽しながら、静かな死に顔の上にある白い物の混じった髪を撫ぜた。
「もう一度、美砂って呼んでよ・・・武涙って呼び返すから、そしたら頭を撫でてよ・・・本当にそれだけで良かったのに」
 美砂は武涙の亡骸にしがみつく様に掴まると、俯いて目を閉じる。
 彼女が号泣するまで、時間はそう掛らなかった。
 冷たく硬い壁に覆われたシェルターで、ここに一生を労働者を護る為と、当たり前の自由が満ちた世界にする為だけに生きたレイヴンが一人死んだ。
 今の社会の全てが生まれ、始まったこの地で。
 ラスティは、ぐったりとトレーラーのシートに身を埋める。
 シェルターの冷えた空気の中、遠ざかる意識の中で、瞼に朧げに映る金髪の女性が微笑んだ様な気がした・・・



『MISSION 13 完』


BACK