ARMORED・CORE CRIME OF DAY SCANNER 



 MISSION 14 〜地上戦艦迎撃〜


「しかし、ここは熱いねぇ・・・」
 だらしない男の声が、雲一つ無い青空に響く。
 果てしなく広がる無人の荒野を轟音を起てながら行く巨大な鉄塊は、船を思わせる形状をしており、長さは優に100メートルを越えていた。
 それは『地上戦艦』と呼ばれ、かつて大戦時に使用された超兵器の一つだが、現存する数は極めて少ない前世界の不快な遺産である。
 その頂上にある広い甲板の上には3人の男達が居た。
 照りつける太陽は対有害光線ガラスを通しても容赦なく差し込み、甲板を熱して水を撒いた床から水蒸気を起てる。
「連立都市テリトリーの地上はロクなトコじゃ無いね」
 最初に声を発した男が続けてぼやく。 男は濃い茶色のタンク・トップを着ており、ラフなイメージを見るものに与えるが、晒した肩は病的に白かった。
 何よりも特徴的なのは、二の腕に毒々しい色で刺青された蝶が舞っており、一見してまともな職種の人間では無いと分かる。
「ここいらは気象の変化が激しいから仕方あるまい」
 蝶の刺青の男に傍らに座る、黒人の大柄な男の分厚い唇が答える。
 黒人の男の手には、温くなって気の抜けたコーラの赤い缶が握られていた。 この男も軽装ではあるが、鍛え抜かれた肉体にアンモパウチをベスト代わりに羽織っていて、傭兵崩れの印象が強い。
「よう《パステル》お前、そんなの着けてて暑く無ぇの?」
 刺青の男が首を捻って振り向きながら、甲板のステーに腰掛けている最後の一人に声を掛けた。
「別に・・・慣れてますから」
 パステルと呼ばれた最後の男の姿は三人の中でも群を抜いて異様であった。
 鋲の打込まれた黒い袖なしのフェイク・レザーを始め、全身が黒ずくめであり、顔には銀色の仮面を被っている。
「しかし変だと思いませんか《スワローテイル》?」
 パステルが刺青の男、スワローテイルに問う。
「連立都市の奴等が表れない事かよ?」
 地べたに座るスワローテイルは、僅かにカールした金髪を手櫛で掻き上げると、伸ばした両脚を勢いよくコンパクト・デッキに置いた。
「多分、あと2、3日は現われ無ぇさ」
 スワローテイルの言葉に黒人の男が、黒々と生えた髭を撫でながら首を捻る。
「どうして、そんな事が分かる?」
 木箱に腰掛けていた黒人の男は、立ち上がるとスワローテイルの傍らに立った。 黒人の男の背丈は異様に高く、2メートルを越しており、スワローテイルの輝く金髪が、彼の影に隠れ鈍い光を宿す。
「《チュードリッヒ》よぉ、情報収集不足なんて、お前らしくないね」
 スワローテイルが足で器用にラジオのスイッチを入れると、スピーカーから酷く雑音に紛れながらも、都市間の共通語でニュースを読み上げる声が響く。
 内容は先日リガ・シティ・ガードが準市民の過激派達の根城を一掃し、現在、後処理の対処に追われていると言う物だった。
「これが、我々と何か関係が?」
 訝し気にパステルが問うが、表情は分厚いマスクで外からは見えない。
「俺達はリガ・インペリアルと水面下で敵対してる筆頭企業のティンク・エンシェントに呼ばれて来たんだ。リガ・インペリアルは今、反乱か何かの鎮圧で手一杯ってトコなんだぜ?」
 そこまで来てチュードリッヒは納得した様に肯く。
「成る程・・・だが、リガも馬鹿では無い。レイヴンを雇って足止めに来るな」
 パステルは腕組みする。光の加減で彼の瞳が綴じられている事がスワローテイルにも垣間見えた。
「ご明察、事件があったのが2日前、俺達が連立都市のテリトリーに入ったのと同日さ。だからレイヴンが来るなら早くても明後日って計算になるワケさ」
 スワローテイルはクーラーボックスからアイスキャンディーを取り出して美味そうに咥える。
「確実に腕利きのレイヴンが来ますよ・・・連立都市入り成功はもちろんの事、《お嬢》は何としても護らなければ・・・」
 パステルは仮面の下で誰に言うとは無しに呟いた。
「へへっ、また始ったぜパステルの《お嬢》ナイトっぷりが!」
 スワローテイルがアイスを齧りながら笑った。 チュードリッヒもつられて唇の端を曲げる。
「僕は先代に拾われました。だから命を盾にしてでも彼の孫である彼女は護ります。使命ですから」
 パステルは臆面もなく二人に言い放って背を向けるとステーから立ち上がって歩き出した。
「俺もブリッジへ戻るとする。お前はどうする?」
 チュードリッヒも、袴の様な形のズボンの腰に手を当てながら甲板に靴音を刻む。
「俺は日光浴を楽しむさ、ガラス越しだけどな」
 スワローテイルは天井の放射線防止ガラスを指差し、食べ終えたアイスの棒を、開いたダスト・シュートの口へと投げ捨てる。
 棒は即座に排出されて宙を舞い、遥か下方へと落ちて行く。
 とてつもなく巨大な船体に、棒は一度バウンドすると、ホバーが捲き上げる砂に混じって彼方へと飛んでいった・・・


「外気温35度だって、外は猛暑みたいね」
 髪をブルーに染めたグラマラスな女が、他人事の様にして呟き、空調機近くに座る男二人に声をかける。
「よう《カシス》下着でキャビンをウロウロするのは止めてくれ無ぇか?」
 金髪をメッシュで染めた、セクシーな面持ちの男が風に当たりながら鬱陶しそうに言い放つ。
「お前の連れには相変わらずロクな奴が居ないな」
 金髪の男と差し向かいに座る、グレーのスーツ姿の男が呆れた様に溜め息を吐いた。
「ちょっと二人共!これは水着で下着じゃ無いし、ロクな奴が居ないってのは誰の事よ!」
 カシスは右手に持った団扇で二人を指しながら、反論する。
「なぁ《ヴェルデモンド》よ、お前レイヴン辞めるって言ってた筈だよな?」
 カシスの言葉をわざと無視して、金髪の大柄な男はスーツ姿の東洋人に質問した。
「そう簡単にベスト・ランカーをネストが辞めさせてくれるか、今シーズンが終わるまではレイヴン登録は抹消してくれないとさ」
 諦めた様な口調で、そう言いながらスーツ姿の男、ヴェルデモンドは眼鏡をハンカチで拭き出す。
「しかし《ワイルド・カード》、お前がこんな大型のメンテナンス・リグを持ってたとはな」
 ヴェルデモンドは、大柄な金髪の男に半ば呆れる様な口調で話し掛けた。
「前のリガ・インペリアルがらみのミッションで、ギャラとして貰ったのさ」
 ワイルド・カードはメッシュの入った金髪を撫で上げながら、不敵な笑いをヴェルデモンドに見せる。
「ほう・・・儲かってる企業はカスのレイヴンにも気前がいいと言うのは本当だったか」
 いちいちワイルド・カードの起てるアクセサリーの音が耳障りだったヴェルデモンドは、嫌味な言葉でささやかな抵抗を試みた。
「しかしネストも嫌な人選するよな〜前回このメンバーで誰かさんのミスが原因でミッション落としてるってのによぉ!」
 このワイルド・カードの返した軽口にヴェルデモンドは激昂して席を立つ。
「誰のミスだと?お前がトロ臭いから落としたミッションだったんだろうが!」
 ヴェルデモンドの反論に対してワイルド・カードも立ち上がって、唾を飛ばして反論する。
「トロ臭いだと?俺の《シュトラール》は連立都市最速なんだぜ!手前ぇのA・Cがトロ臭いんじゃ無ぇかよ!」
 カシスは自分を置いて盛り上がる二人に対し、怒りはどこかに消え失せて手近なシートに腰を降ろした。
 ワイルド・カードのメンテナンス・リグの室内は彼の趣味で広くとられていて、リビングがある変りに武装が極端に削られている。
 呆れた理由での武装ダウンだが、快適なのはこの際有り難い。 三人が居るブリッジ兼キャビンも、大人五人が優に寛げるスペースを有していた。
「お前の様な奴は、レジスタンス時代に後ろから撃っといた方が連立都市社会の為だったな!」
「五月蝿ぇ!連立都市の超エリート・ガード隊員だった俺とタメ口聞けるだけでも幸せに思いな!この闇アリーナの元犯罪者野郎が!」
 二人の口論は、益々エスカートして行くが、それに反比例してカシスの感情は萎えて行く。
「はぁ・・・毎度とは言え、ワイルド・カードの美味い話に乗って来るんじゃ無かったわ」
 溜め息吐きながら肩を落とす、カシスの足元に黒い小猫が近寄って来た。
「お前も私も災難ね《アルジャーノン》・・・・」
 カシスは愛猫の名を呟いて膝に乗せると、二人の怒声が響く中、抜ける様な蒼い空を見詰めた・・・


 地上戦艦のブリッジでは慌ただしく、連立都市境界付近の状況のチェックが続けられていた。
『衛星からの情報は連立側にカットされたぞ』
『炉心温度上昇、速度を20%下げよ』
 10名程のスタッフが口々に状況を読み上げる中、キャプテン・シートには周りの物々しさにはそぐわない、一人の少女が身を埋める様にして座っている。
 スタッフの質問に彼女は逐一『各自、独自の判断に任せる』を繰り返していた。
 そして、その度に瞳に哀しい色が滲む。
 実際、彼女は地上戦艦の詳しい機構や知識は心得ていなかった。
 先日、亡くなったばかりの頭領兼、艦長であった祖父の跡を継いだばかりなのだ。
「《お嬢》少しお休みになられては?」
 キャプテン・シートの上に据え付けられた補助椅子から皺枯れた声がした。
 声の主は白髪を湛えた隻腕の男だ。海賊の船長を思わせる風体ではあったが、その声と表情は優しい。
「私が何も出来ないから、邪魔なのですか?」
 少女は厳しい目つきで後ろを振り返る。 薄い金色の光を宿すブロンドが揺れ、機械や計器に囲まれたブリッジには、およそ不似合いなサンダル・ウッドの香りが満ちる。
「そう、苛立ちなさるな。この状況は明日まで変りませんし、艦長の責務として休める時には、しっかりと休みませんと・・・」
 老人の言葉に少女は項垂れるしかなかった。
 彼は祖父の代から副艦長を務め、祖父が自ら戦闘する際には艦を預かり続けた歴戦の強者である。
 新米の頭目である自分と、判断力や戦況把握力は比べるべくも無い。加えて部下達の信任も厚い。
「少し休むわ・・・後をお願い」
 そう言って彼女は、俯いたまま高い位置にあるシート下げ降りて後方の扉へと向かう。
 片方しか無い老人の目に、少女の白い小さな手が固く握られ、薄い唇も固く閉じているのが映る。
「お嬢、焦っても寝ていても明日には連立入りです。どうか余裕を持って下され。頭目が張り詰めていては部下が先に参ります」
 痛々しいと知りつつ、老人は少女へ言葉をかける。
 少女は何も言わず、ただ肯いてブリッジを後にした。
『よし、野郎共!ブリッジに5人残して後は休め。6時間ごとに交代するんだ』
 老人の安心感を伴った太い声がドア越しに響く。
 それを聞いた少女は首を振り、悲しそうな表情で駆け出した。
『私ではまだ、部下を統率する事は出来ない・・・』
 瞳の端に涙が零れる。14歳になったばかりの彼女には頭目や艦長など、余りに重責と言えよう。
 それは艦の誰もが分かってる事で、皆はあえて口にはしないが祖父の仕切っていた頃よりも、独自の判断や技量で、彼女の負担を減らす様に無理をしてくれている。
 それが逆に少女の胸を締め付け、上手くやれない自分を責めさせているのだ。
 彼女は誰にも泣き顔を見られぬ様に、人の多い居住ブロックへは向わず、ブリッジの後ろに位置する展望室へと向って走っていた。
 ワンピースの裾が波打って、乾いた靴音が冷たい鉄造りの廊下に響く。
『どうしたら私、皆に認めて貰えるの・・・』
 階段を駆け上がり、展望室に辿り着くと彼女は床へ崩れる様に両膝を着いた。
 そして床を見つめて涙を流す。誰かが昼間捨てたコーラの潰れた缶が彼女の視界で潤んでいた。
「どうしたらいいの・・・どうしたら私は皆に心配かけないで済むの?」
 誰に問う訳でない彼女の苦悶が、ガラス貼りの展望室に反響する。
 落日が赤く少女の髪を照らし、紫色に変えていた。
「先ずは泣かない事・・・そして焦らない事ですね」
 少女は、はっとなって顔を上げる。
 展望室の奥に手すりに、一人の長身の男が座っているのが見える。
「パステル?」
 夕日を背にしている彼の姿は朧にしか見えなかったが、彼女には聞き慣れた声で、相手が分かった。
「《フィーレン一家》の頭目《スー・フィーレン》が、ちょっとの事で泣いてたら、皆の心配は一向に減らない。違いますか?」
 パステルが手すりから立ち上がる。彼の被った銀の仮面が照り返しを受けて鈍く輝いている。
 彼の問いかけに、スーと呼ばれた少女は返す言葉も無かった。
「さあ、立って」
 パステルはスーへと歩み寄り、右手を差し出す。
 しかし、彼女は首を横に振り目を伏せる。
 この手を取る訳には、今の自分ではいかない気持ちが先に立った。
 パステルの仮面から覗く瞳が黄昏に翳る。
「先代が居た頃は、もっと皆が近かったのに・・・今は皆が遠いの」
 それを聞いたパステルはスーへと差し出した手をゆっくりと下げ、腰に当てた。
「それは違う。皆の距離は昔から変ってませんよ」
 パステルの優しい響きの言葉に、スーは首を激しく横に振る。
「違う!パステルも昔は私に敬語なんて使わなかったし、そんな仮面なんかも被ってなかった。先代が亡くなって、まだ数ヶ月しか経ってないのに、皆がどんどん遠くになった・・・」
 パステルは無言で俯く。頑なな彼女の態度にかける言葉が見当たらない。
 彼はまだ若いのだ。何もかもを言葉に出来る程に器用でも無い。
 仮面には日が沈んで、変りに月明かりが映ってる。
 パステルはスーとは3つ違いで、家族同然にこの艦で育った。
 年上だった彼は、幼い時からスーと一番仲が良く『フィーレン一家の婿として次期頭目になるだろう』と冗談混じりで艦のクルー達が言った程だ。
 だが、彼は先代が急逝してからと言うもの、常に鉄仮面を被り、彼女との距離を置いた。
 それは彼なりのけじめであり、個性と感情を殺してでも、この若く儚い頭目へ仕える意志の掲示であったのだが、スーには彼が冷たくなったとしか理解出来ないでいるのが現状だ。
「この地上戦艦《クレアド》に居る56名のクルーの命はお嬢に預けられています。今まではそうではありませんでしたが、そうなったのは事実でしょう?」
 スーは静かに、パステルを見上げ肯いた。
「皆が遠くなったのでは無く、お嬢の視野が広くなっただけです。皆の命を預かる者として色々な事を見るようになったから距離が広がったと錯覚しているんですよ。ただ、それだけです」
 パステルは内心、この言葉を言うのに断腸の思いだった。
 明らかにスーを気遣う為の嘘だ。クルーは《お嬢》と呼ぶ限り、彼女を心から信頼する頭目とは認めてはいないに違いない事は、パステルには痛い程分かっていた。実際、自分も彼女の指揮能力や経験は《プラス・ハンター》と異名をとった先代とは天と地の差があると言うことを強く感じる。
「ゆっくりでいいです。焦らずに行きましょう」
 パステルは振り向いて、再び元居た手すりへと歩きはじめた。
「相変わらず嘘が下手ね。パステルは」
 スーは床から立ち上がって、パステルへと近づく。
「でも、少し気が楽になった。焦ってたのかな私?」
 銀の仮面が小さく縦に揺れる。
 スーは少し瞳から流れていた涙を、か細い人差し指で払った。
「パステル、今だけ仮面外してよ」
 スーは満天の星空を背にする彼に、消え入りそうな小さな声で言った。
「それは頭目としての命令ですか?」
 パステルは努めて優しい声で答えを返す。
「そうです。早急にお取りなさい」
 スーは静かに笑いながら言った。
 パステルが仮面を取ると、金色の髪が鼻先まで垂れて瞳を隠す。
「何だか久し振りにパステルに逢えた気がする」
 スーは嬉しそうな顔でパステルを見つめる。
「俺も、そんな気がするよ・・・スー」
 星空が二人を包むかの様に瞬いていた。
 パステルはスーの華奢な肩に手を置いて、彼女に正対する。
「俺だけは、お前と遠くないから、安心するんだ」
 パステルはスーの項に流れる髪を、手で掻き揚げながら落ち着いた声でそう言った。
 スーは何も言わずに目を閉じて顔を上げる。
 パステルは首を横に振って、スーを遠ざけた。
「今はまだ・・・済まん」
 そう言って再び、パステルは、髪を上げて仮面を着けた。
 項垂れるスーを、パステルは軽く抱き寄せる。
「でも、私は貴方の遠くには行きません・・・ずっと側にいますから」
 スーは何も言わず、パステルの胸へと小さな首を預けた。
 乾燥した砂漠の空が星の光を際立たせる。
 低い鳴動を奏でながら、地上戦艦は二人を乗せて連立都市へと向けて絶え間無く進んでいた・・・


「そろそろ、予定のポイントだな」
 ヴェルデモンドは背広の上着を脱いで、キャビンのハンガーへと掛けた。
「さて、待ち伏せの体勢に入るか」
 ワイルド・カードも上着を投げ捨て、白いTシャツ一枚になる。
「カシス、A・Cのコクピットは激暑になってるから覚悟して行くんだぜ。何なら水被って乗ってもいい位だ」
 そう言ってワイルド・カードは豪快に笑う。
「お前の《フルモンティ》は無理矢理、リグの天井に積んでるから直射日光でコクピット内部の温度は3機の中で最高になってる筈だ」
 ヴェルデモンドは、さらりと惨い事を言う。
 カシスは頬を膨らせ、簡易キッチンで青いポリバケツへと水を汲み始める。
「是非にって、頼まれたから来てあげたのに、酷い仕打ちね!」
 ワイルド・カードが電気剃刀で髭を剃りながら、笑って答えた。
「仕様が無ぇだろが、四脚ってのは幅があってリグの中には入らないし、コイツは二脚タイプが二機しか積めないんだからよ」
 水を汲み終えたカシスは、一気に頭から水を被る。
「先に行くぞ。その梯子から外へ出てA・Cに乗れ。無線のコードは、タイプM160にしとけよ」
 ヴェルデモンドは、ズボンのポケットから取り出したアイス・パックを叩いて冷やすと首へと巻いた。
 ワイルド・カードも同じ様にして、背中へとパックを入れる。
「そんな物持ってるなら、くれればいいのに」
 ずぶ濡れで、愚痴をこぼすカシスを置いて二人は足早にA・Cへと歩き出す。
 それから十秒も経たずにワイルド・カードとヴェルデモンドは、A・Cのコクピットに座っていた。
 一分程遅れてカシスが、フルモンティのコクピットに辿り着く。
「遅いぞ、30秒で発進体勢に入れなければ、レイヴン失格だ」
 ヴェルデモンドの声が通信機から響く。
 カシスは小声で『うるさいわよ』と呟いた。
 コクピットの中は40度を越えていて、被った水が蒸気になりつつあった。
 空調を作動させるも、この猛暑では冷えるまでに時間が掛るだろう。
「今はいいが、戦闘中は空調をカットしろよ。電力が勿体無ぇからな」
 ワイルド・カードが首の骨を鳴らしながら言った。
「一時間後に、東20キロ地点に地上戦艦は来る。我々は待ち伏せして、先ず対A・C用の砲台を破壊、その後にブリッジか移動用の機器を破壊する。これでミッションは終了だ」
 ヴェルデモンドは愛機《LOVE-P・D》にバズーカ砲を取らせながら皆に告げる。
「A・Cも出て来やがったら、そいつらを何とか振り切るなり破壊するなりして、艦を狙うんだぜ」
 ワイルド・カードは《シュトラール》にPPKと呼ばれるタイプのレーザー・ライフルを持たせた。
「リーダーは、お前がやれ」
 ヴェルデモンドは顎を上げながら、ワイルド・カードに向けて言い放つ。
「まぁ、この場合俺が適任だな」
 ワイルド・カードはコクピットの傍らにビールの入った小さいケースを置きながら即座に了承する。
 通常、レイヴン同士が共同ミッションを行う場合、当然ランクが上の者がミッション遂行に当たってリーダーとなるのが常である。
 しかしながら、一介の闇アリーナ選手出身のヴェルデモンドよりも、生粋のエリート・ガード教育を受けたワイルド・カードの方が指揮能力が当然高いと判断して2人は、あっさりと通例を覆した。
「ほんじゃ、俺達は20キロ東にある旧軍事施設で待ち伏せするぜ」
 3機のサブ・ディスプレイにマップが映り、ワイルド・カードが指でなぞった線が赤く引かれる。
「ここには、貯・給水施設があって、奴等はそこへ立ち寄るって手筈になってる」
 ワイルド・カードの太く落ち着いた声が、インカムを通して二人の耳に響く。
「ねぇ、どうして彼等がここへ寄るって分かるの?」
 カシスの疑問は正しい。アンバークラウンからの長距離を進んできた上に、砂漠越えをして来たとは言え、確実に地上戦艦がここへ給水に来る保証は無い。
「そんな事は我々の危惧する事じゃない。ネストの事だから何かしらの工作なり細工を済ませて、我々に任務を依頼してきてる筈だ」
 ヴェルデモンドは面倒臭そうに答える。特に《依頼》と言った彼のイントネーションには刺があった。
 彼にしてみれば依頼などではなく、強制派遣と言うのが正しい認識となるのは、カシスにも分かる。
「とにかく行くぜ、リガ・シティ・ガードの連中が迎撃体勢を整える半日程度、足止めが出来りゃいいんだ。欲出して撃沈とか武装解除なんて狙うんじゃ無ぇぞ」
 そうワイルド・カード言ったと同時にメンテナンス・リグ後方のハッチが開いて、鮮やかなブルーと純白に塗り分けられたシュトラールが、強い日差しを浴びて熱砂の大地へと飛び出す。
「この武装と数で、地上戦艦を沈黙させられたら、それこそ《伝説のレイヴン》並だな」
 鼻でヴェルデモンドは軽く笑うと、スティックを前へと押しやる。
 シュトラールに続いて、巨大なバズを肩に担いだ、紫ラメと褪せた真鍮色のA・C、LOVE-P・Dが砂煙をあげてハッチから出る。
「次は、もっと楽で、こんなに暑くないミッションに誘ってよね」
 カシスの不満が通信機から響くと同時に、メンテナンス・リグの天井からホバーと背部ジェットを噴かせて肌色の四脚A・C、フルモンティが降下して陽炎の中で先に出た2機と並ぶ。
「旧軍事施設に到着したら分散して、A・Cの動力をカットするぜ、そんで射程に地上戦艦が来たら攻撃開始だ」
 ワイルド・カードの号令と共に、3機のA・Cは砂塵を撒き散らして、一路目標地点へと進む。 メンテナンス・リグはホバーを作動させて、真上に大量の砂を吐き出しながら、砂中へと埋まって行く。
 その後を、一陣の熱風が強く吹き抜けて、灼熱の太陽が砂紋をなぞるように照り付け、濃い影だけが揺らいでいた・・・


 地上戦艦は大量の砂を後方へと吹き出しながら、全速力で連立都市を目指していた。
 さながら、それは山が時速80キロ近いスピードで進んでいる状態に近く、見る者が仮に居たとしたら間違いなく戦慄を覚える程、異様な光景である。
「まずいですな・・・」
 片目の老人が顎鬚を撫でながら、渋い声を絞った。
「どうしました?」
 キャプテン・シートに座るスーは訝しげに尋ねる。
「移動システムの冷却系の作動が芳しくありません」
 それを聞いたスーは細い首を傾げた。
「出発の時のチェックでは万全でしたし、今までトラブルは無かったのに、どうして今頃?」
 老人は何かを深く考える様に、片方しか無い目をきつく閉じる。
「詳細を報告しなさい」
 スーは操舵手とオペレーターに命令口調で言う。
「移動、推進機器用冷却水のリークですね・・・生活用水などを使用する事は出来ますが、リークしていますから結局、文字通り《焼け石に水》ですね」
 ボブ・ヘアーの女性オペーレータの軽い冗談に、ブリッジのメンバーが暫し談笑する。
「余計な感想は報告に要りません。事実を明確に報告なさい」
 スーの冷たい一言に和やかな笑いは消し飛んだ。
「ここから100キロ先に旧軍事施設がありますね。どうやら水源があり、給水施設がある様子です」
 スーの言葉にふて腐れるでも無く、女性オペレーターは続けて報告した。
「そこへ立ち寄って、修理と給水を行います」
 スーは溜め息混じりで命令を下す。
「お嬢、それはお考え直し下さい!」
 スーの指示に真っ先に反対したのは、片目の老人だった。
「何か変な気がします。突然のトラブルに合わせた様に給水施設が近辺にあると言うのはどうも・・・」
 スーは小首を傾げて、老人への返事に困った風だ。
「どの道、砂漠のド真ん中で修理出来ないし、この際《天のお恵み》に頼ってもいいんでない?」
 二人の会話に割って入る者が居た。
 スーが振り返ると、ブリッジの入り口にはレイヴンの3人が何時の間にか立っていた。
 肩を竦ませて先頭のスワローテイルが言葉を続ける。
「このまま整備不備でリガ・シティのガードと交戦になったら不利だし、待ち伏せがあるにしても奴等は部隊を2つに分ける事になるから、個別撃破出来て有利なんでないかい?」
 スワローテイルの口調は、だらしないイントネーションで、緊迫したスー達には嫌味に聞こえるが意見自体は実に的を得ているので反論の余地は無い。
「彼の意見に反対の者は?」
 スーは毅然とした態度でブリッジ・クルーと3人のレイヴン達を見渡す。
 全員、返答はしないが反論も無い。
「では、警戒体勢で旧軍事基地に向います」
 スーの号令直下、地上戦艦は進路を東に向け、遠くに見える地肌が剥き出しになった崖へと向かう。
「では、我々は臨戦態勢で待機します」
 バンクして足場のぐらつくブリッジの床を踏みしめ、パステルが扉の奥へと消える。
 続いて、チュードリッヒとスワローテイルも彼の後に続いた。
「私、正しい選択したのよね?」
 スーは、去り行く後ろ姿の銀の仮面に向って呟いてみた・・・


 荒涼たる基地跡には絶え間無く風が吹き、隣接している砂漠の砂を捲き上げてくる。
 基地を見下ろす崖の上で待ち伏せの体勢に入った3人は、既にA・Cの動力をカットして待機状態に入っていた。
 巧みに砂と瓦礫で擬装している為、この状況では間近にでも敵が来ない限り発見されはしないだろう。
「ここって酷いトコね。しゃべるだけで口の中に砂が入ってくるわ」
 口元を抑えながらカシスがぼやく。
「砂漠のド真ん中よりマシさ。ここらは少し気温が低いからな」
 ワイルド・カードがハンカチを口に押し当てながらカシスを宥める様に笑う。
「気温が低いですって。これで〜?」
 カシスが、手をヒラヒラさせて仰ぐ。
 日陰とは言え、気温は30度を越えている。
 この状況でA・Cのコクピットなどに座っていたら、半時間で脱水症状になるだろう。
「貴方、良くスーツなんか着てられるわね」
 半ば呆れる様に、カシスは力無く日陰から出ているヴェルデモンドを指差す。
「知らないのか?砂漠ではスーツは、結構適した衣類に入る。貴様のだらしない格好より暑さはマシだ」
 ヴェルデモンドは上着を頭から被り、双眼鏡を見ながら、振り返りもせずに言い放つ。
「おい、ワイルド・カード」
 ヴェルデモンドが手招きをしてワイルド・カードを呼び寄せる。
 ワイルド・カードは面倒臭そうに立ち上がって、ヴェルデモンドの隣に並ぶ。
「あれは、何だと思う?」
 ヴェルデモンドの指差す方をワイルド・カードが受け取った双眼鏡で覗いた。
「分からねぇが・・・確かに怪しいな」
 暇を持て余したカシスが、二人に割って入って双眼鏡をワイルド・カードからひったくる様にして覗く。
 そこには、崖の壁面に金属の巨大な扉が据え付けられ、周囲とは明らかに違う雰囲気を醸し出している。
 更に間近に巨大なクレーターの様な凹みが、剥き出しの大地を見せていた。
「何コレ?隕石か何か落ちた跡なんじゃ無いの?」
 カシスは詰まらなさそうに、双眼鏡を投げると日陰へと戻ってペット・ボトルの水を嚥下しだす。
「何か大気圏外から落ちてきた物体を、あそこの中に入れたらしいな・・・」
 ヴェルデモンドは目ざとく、クレーターから何か巨大な物を引き摺った跡が扉へと続いているのを見つけて呟く。
「クレーターを埋めようとした跡があるぜ、完了してない処を見るに相当急いでた様子だな」
 ワイルド・カードは懐からオペラ・グラスを取り出して覗いている。
「ある程度埋めて、後は砂が流れて埋まるのを期待したとも考えられるな。状況から考えて何らかのトラブル・・・例えば予想外の襲撃か?」
 ヴェルデモンドは目頭を押さえながら、日陰へと移動した。
「余程、重要な物か・・・大金の匂いがするぜ!」
 ワイルド・カードは興味津々でクレーターと崖のゲートを交互に何度も見かえす。
「良く見とけよ。ついでに敵の索敵も忘れるな」
 その一言にワイルド・カードが急に振り向く。
「手前ぇ!本当は俺と見張りを交代させる為に呼びやがったな!」
 その鼻先にダーク・カラーの上着が投げられる。
「特別に貸してやる」
 歯噛みして悔しがるワイルド・カードを見て、暇なカシスが大笑いする。
 照りつける日差しは、容赦無く降り注ぎ、待機する3機のA・Cの鉄の肌が軋む様に小さな音を起てて焼いていた・・・


「見えました。目標の基地跡です」
 暫し、うたた寝していたスーを起こしたのは、女性オペレーターの声だった。
「基地跡に近舷し、A・Cでパイプとコンプレッサーを給水施設に運べ」
 即座に老人の張りのある声がブリッジに響く。
「整備担当は船外で修理にあたれ」
 スーも、命令を出すが遅れた感は否めない。
 しかし、クルーの動きは迅速で即座に船外へとA・Cが3機、砂上を滑るようにして飛び出していた。
「パステルは艦の警備にあたってくれや。俺とチュードリッヒは給水施設に向かうからよ」
 先頭を行く、異様に肩だけが大きな極彩色A・C《ティンカーベイル》からスワローテイルの声が響く。
 それに続く、茶系のA・C《ラシュオーン》にはチュードリッヒが乗機していた。
「敵の待ち伏せが予想されます。3人共、襲撃の際には速やかに艦の防衛にあたりなさい」
 スーの通信を、銀の仮面越しに聞きながらパステルはトラブルのあった後部推進装置に愛機《スレイヤー》を向わせた。
「どうだ?修理出来そうか」
 パステルはコクピットのハッチを開いて、足元に居る整備担当者の一人に問い掛ける。
「ラジエターが吹き飛んでますね。こりゃ何か爆破臭いですよ」
 ツナギを着た、巻き毛の黒人青年が、スレイヤーを見上げて返答をする。
「ここでの修理は無理ですよ。応急処置なら3時間あれば何とかってトコですね」
 続けて、白人の壮年の整備班長が、白煙の立ち込める推進装置のハッチから顔を出して言った。
 パステルは彼等の言ったままを、ブリッジへと通信で伝える。
「故障がオーバー・テクノロジーの個所で無くて、不幸中の幸いでしたな」
 ブリッジで老人は安堵の溜め息を漏らす。
 地上戦艦は大戦時の技術をふんだんに用いられており、一部システムは整備が不可能だ。
 この個所が故障した場合、放っておくか代替装置を搭載するしか手が無い。
 五十年も使っていれば、こんな個所は山とある。
 大体にして主砲すらレーザー方式から実体弾に十年前に壊れて変えた位だ。
 スーが緊張した面持ちで集中モニターを食い入る様に見つめる。
 画面には、先行していた2機のA・Cが、基地跡の一番奥に位置する給水施設へと辿り着いた姿が映っていた。
 コンクリートで囲まれた円形の貯水地には、この辺りでは貴重極まりない水が満ちている。
 ティンカーベイルが左の小脇に抱えたパイプの口を水の中へと沈め、コンクリートにフックで固定すると、同様にラシュオーンもコンプレッサーをパイプへと取付けて作動させた。
 即座にパイプが、のたうつ蛇の様に身をくねらせ、1キロ程離れた地上戦艦へと水を送り出す。
「これだけの量の水があれば、小一時間で給水は終わりそうだな」
 眼下のモニターを見ながら、チュードリッヒは口元を綻ばせる。
「だがよ、寂れた砂漠の基地跡なんかに、よくこんなに水があったもんだ」
 スワローテイルの濃いブルーの瞳が、油断なく周囲を見回す。
 ティンカーベイルは腰にマウントしていた、ハンド・ガンを右手に構えた。
 同時に、頭部の後ろに畳まれていた2本のアンテナが上を向いて戦闘システムが起動する。
「コンプレッサーの圧力が安定した。我々は周囲の警戒にあたります」
 チュードリッヒも、ラシュオーンの左手に取付けられた円形の盾の外側にチェーンで固定していた火炎放射器を構えた。
 彼の機体は独特で、肩にはロケット砲が取付けられておりロック・オン兵器は排除されたアッセンブルになっている。
「待ち伏せか罠なら、確実に動けないって時を狙う。今が一番のチャンスなんだけどな」
 スワローテイルがそう口にした瞬間、戦艦のレーダーにリンクした3機のA・Cに敵の熱源反応警告が放たれる。
 地上戦艦の副砲の一つが爆炎に包まれて、破片を撒き散らす。
「10時の方向、A・C3機です!」
 女性オペーレータの艦内とA・Cに向けた言葉が終わらぬ内に、敵からの第2射が艦を襲う。
 着弾は尽く、基地跡を向いた左面の副砲に集中しており、片側4門ある対A・C用副砲の半数が屑鉄と化した。
「敵の武装は?!」
 パステルがスレイヤーのコクピットで叫ぶ。
「最初の攻撃はミサイル。6連射タイプで、第2射はビーム・グレネードが更に2門と思われます」
 女性オペーレータは淡々と状況を告げる。
「各個、即座に撃破せよ」
 スーの命令が飛ぶが、些か遅れた感は否めなく、彼女は自分の判断力の低さに内心で歯噛みした。
 その間に、敵A・C3機は崖の斜面を高速で滑り降り、地上戦艦の左舷を目指す。
 背後には照りつける太陽があり、崖は濃い影で覆われていた。それに第1射のタイミングと言い、完全に全てを計算した奇襲だ。
 これならば、ある程度奇襲を相手が読んではいても、防ぐのは容易ではない。
「これは、貰ったな」
 崖の斜面を滑り降りながら、LOVE-P・Dのコクピットでヴェルデモンドは呟いた。
「いいか、先ずは副砲を全滅させて、次は対空用のミサイル・ポッドだぜ」
 ワイルド・カードは、既に手持ちのレーザー・ライフルの射程に入って戦艦へと照射している。
「四脚は、こう言う時に楽でいいわね」
 カシスのフルモンティは斜面を降りながら、背中のビーム・グレネードを発射していた。
「副砲が全滅しました。迎撃出来ません!」
 悲痛な女性オペレーターの叫びが艦内に響く。
「スワローテイル、チュードリッヒ即座に戻れ、艦を護らないと沈む!」
 ブリッジの片目の老人の激が飛ぶ。
「分かってるよ爺さん!とっくに向ってる!」
 スワローテイルの言葉にも焦りが見える。
 砂の浮いたコンクリートを2機のA・Cは、全速力で駆け抜けて行く。
 砂塵と黒煙が舞い、基地跡はそれまでの静けさを失って瞬時に修羅場の戦場と化した。
「予定通りだ。ここは任せろ」
 ヴェルデモンドは機体の肩に担がせたバズーカへと武装を切り替えて発射させる。
 後方への凄まじい噴射と共に、弾が発射されて戦艦を襲う。
「よっしゃ!頼むぜ」
 ワイルド・カードは、崖の突起を足掛かりにしてシュトラールを絶妙のタイミングで方向転換させる。
 そして、一路給水施設へと向わせた。
「マズいぜ。1機はパイプを狙う気だ!」
 スワローテイルは、ティンカーベイルの背部ジェットを真横に向け、地表に着いた左足を軸に180度旋回を行ってシュトラールへと向かう。
「へへっ!手前ぇが俺の相手か?」
 ワイルド・カードは下部モニターに映る極彩色のA・Cに向けて不敵な笑いを浮かべる。
「生意気な野郎だ!蜂の巣にしてやるぜ!」
 スワローテイルはハンド・ガンを構えると、シュトラールに向けて突撃を開始した。
 一方のヴェルデモンドとカシスは、奇襲により地上戦艦の対A・C武装の殆どを壊滅に追い遣っている。
「案外、楽勝だったんじゃない?」
 カシスの呑気な問いに、ヴェルデモンドは溜め息混じりで答えた。
「これからが、こっちの正念場だ」
 地上戦艦とカシス達2機のA・Cの間に立ちはだかった、パステルのスレイヤーが画面に映っている。
「よくも・・・これ以上はさせん!」
 パステルの仮面の奥の瞳が怒りの色を帯びている。
 スレイヤーは崖を物ともせずに駆け上がって来た。
「有利、不利が分からないらしいな」
 ヴェルデモンドはバズの照準を戦艦からスレイヤーに向ける。
 2対1の上に頭上からの攻撃では、スレイヤーは圧倒的に不利と言え、戦艦の援護が当てに出来ない以上はパステルの勝機は皆無に等しいのだ。
 カシスはビーム・グレネードで、近づいて来るラシュオーンを牽制し始めた。
「そいつに構うな、目の前の一機が先だ!」
 ヴェルデモンドが叫ぶのと、ほぼ同時にパステルが動く。
 スレイヤー背部ポッドから、大型のミサイルが放たれて、ロケット炎が瞬きながら美しいカーブを描いてLOVE-P・Dへ襲いかかる。
 ヴェルデモンドは器用に斜面をLOVE-P・Dに蹴らせながら、降る様に降下して来るミサイルを躱す。
 更にスレイヤーはブーストを使用してジャンプしており、ミサイルに重なって隠れる様にLOVE-P・Dへと至近戦を挑むが、これもヴェルデモンドは予測しており回避した。
「口程にも無い攻撃だな」
 ヴェルデモンドが嘲笑うが、次の瞬間、LOVE-P・Dは鈍い衝撃と共に突かれる様にして、左側へと飛ばされる。
「どこからの攻撃だ?」
 全く予想だにしない攻撃の前に、ヴェルデモンドは狼狽する。
 周囲をヴェルデモンド警戒すると、遥か下方に茶色の重装A・Cがこちらを向いていた。チュードリッヒのラシュオーンである。
「ロケット砲か・・・」
 ヴェルデモンドが唸る様に呟く。 敵はロック・オンが、全く不要なロケット砲を駆使していたのだ。
 相当の距離が2機の間にある事から、敵の行動予測力と精密照準の技術は脅威的である事を無言で示していた。
「してやられた様だな」
 更に先程の攻撃でスレイヤーはLOVE-P・Dとフルモンティよりも上方の崖に着地している。
 完全に挟撃の体勢。一気に有利と不利が逆転した。
「ここからが正念場なのよね?」
 カシスの苦し紛れの軽口に、ヴェルデモンドは答える気も失せていた・・・


 地上戦艦のブリッジは蜂の巣を突ついた様に騒然としている。
「左舷の砲座が全滅しているのでは、支援攻撃出来ませんな。見事な奇襲と言わざるを得ません」
 片目の老人は溜め息混じりで下方のスーへと呟いた。
「主砲は無事なのでしょう?」
 スーは毅然とした態度を見せる。指揮側が混乱や焦りを見せれば敗北に繋がるのは周知していた。
「主砲を使用するには味方A・Cが近すぎます」
「直ちに主砲で支援なさい」
 スーは即答する。
「現在、パワード・スーツ発艦の用意をさせておりますから、そちらで・・・」
 老人の提案をスーは細い手で遮った。
「それでは乗組員に犠牲が出ます。敵の行動を制限するだけで構いません」
 そう言ったスーの目に迷いは見られない。
「スワローテイル達A・C部隊の善戦を信じるとおっしゃるのですか?」
 老人の目に、前を向いた彼女の白い項が肯く。
「A・CにはA・Cでしか対抗出来ません。いざと言う時には私も・・・」
 艦に着弾する微震の中、スーはじっと戦況を示す正面のスクリーンを見つめていた。
『パステル、昨日の約束、信じていいよね?』
 スーはモニターに映る、黒と紫の見慣れたパステルのA・Cへと心の中で問い掛けた・・・


 巨大なコンクリートで囲まれた円形の貯水地では軽量二脚のA・Cが激しく水飛沫をあげて戦闘していた。
 水面の中央に聳える円柱の影から極彩色のA・Cが発砲する。スワローテイルのティンカーベイルだ。
 それを、軽い左へのブースト・ダッシュで白と青のツートンカラーの機体が躱す。ワイルド・カードのシュトラールである。
 二機の背中からは、被った水か蒸発して、絶え間なく白い蒸気が立ち昇っていた。
「艦をやってくれた礼はしなくっちゃな!」
 スワローテイルは、白い手袋に包まれた人差し指をトリガーにかけてハンド・ガンを連射させる。
 対するワイルド・カードもレーザー・ライフルを照射して牽制しつつ、可能な限り有利な地形へとシュトラールを移動させる。
「ここだ。来やがれ趣味悪野郎!」
 ワイルド・カードは、中央の円柱を左に見る位置へと辿り着くと、ここでレーザー・ブレードをシュトラールに振らせ、水面を切っ先で撫でさせる。
 瞬時に水が蒸発し、焼ける様な音と共に凄まじい蒸気が辺りを包む。
「ちっ!それで錯視のつもりかよ?」
 スワローテイルは、ワイルド・カードを罵倒する。
 先程からの消極的な回避移動と言い、この効果の薄い錯視戦法と言い、完全に苛立って居た。
 スワローテイルのティンカーベイルはハンド・ガンとブレードのみの武装で、重装甲と機動力を兼ね備えた《アリーナ・スタイル》と呼ばれる一昔前にアイザック・シティのアリーナで爆発的に流行したアッセンブルをしていた。
 最近では、流石に対抗戦法が確立され、数が減ったとは言え、強力なA・Cチューンに変りはない。
 スワローテイルは正面きっての戦闘ならば、どんなA・Cにも負ける気はしない。
「水蒸気はレーザーの威力を鈍らせる!墓穴を掘ったなツートンのA・Cさんよ!」
 スワローテイルはハンド・ガンを乱射しながら、水蒸気の中へと突っ込んで行く。
 ブーストの噴射が後方へと水を飛ばし、更に両機の視界は最悪な物になって行った。
 ティンカーベイルの持つ《WG−HG1》はA・Cに対し、強力な瞬間硬直性を持つ弾を、更に散弾で射出するハンド・ガンである。
 並みの安定力しかない脚部のA・Cなら、弾を食らい出すと接地・障害物センサーがパニックを起こして身動きすらままならなくなるのだ。
 スワローテイルは若干に右へと移動しながら、無視界のまま銃弾を放ち、敵を示すFCSの赤いレティクルへと接近して行く。
「どうだ?動けなかろうが!」
 レティクルは微動だにしない。スワローテイルは相手が《固まった》事を確信してほくそ笑む。
「終わりだ!連立のレイヴン!」
 瞬時に左手のスティックを下げてFCSのサイトを下げつつ、スワローテイルはティンカーベイルを軽く上昇させた。
 ジェット・エンジンがフル回転を始め、左腕に直結させたコンデンサーへと電力を送り出す。
 コンデンサーが電力を貯え、一気に装備されたブレードへ限界近い供給を行う。
「切り裂いてやるぜ!」
 スワローテイルが吠えて、ティンカーベイルへと横凪ぎのモーションを指示した時、モニターの視界が完全に失せた。
 おびただしい量の水蒸気と飛沫がコンクリートで囲われた貯水槽に撥ね飛ぶ。
 砂漠の強い日差しに輝く水に混じり、極彩色の残骸が弧を描いて宙を舞う。
 中央の柱へと突き刺さる様にして激突したのは無残に拉げたティンカーベイルの頭部であった。
「一機、貰い!」
 そうワイルド・カードが叫ぶと同時にティンカーベイルの腰部へとシュトラールのブレードがアッパー気味に入り、上半身と下半身を二つに割る。
 更に崩れ落ちる上半身の右へとブレードが返す刃でコアと腕部を切断した。
 この間、僅かに2秒とかからぬ早業だ。
 凄まじい衝撃と共にティンカーベイルの上半身は水の中へと没し、一瞬前には宙を舞っていた姿は見る影も無く戦場から消え失せていた。
「何だ?何がどうなってんだ?」
 震える両手の平を見つめながら、浸水してきたコクピットの中でスワローテイルは呆然としていた。
「俺にミスは無かった。完璧な間合いとタイミングだった筈じゃ無かったのかよ?」
 彼の言う通り、ティンカーベイルの動きは完璧であった。しかし、ワイルド・カードは視界の悪さを利用して密かに背中のビーム・グレネードへと武装をチェンジしていたのだ。
 更に、シュトラールが屈んで構えている事を悟られぬ様に貯水槽のコンクリートで囲まれた塀の上へと位置していた。
 高さ的にシュトラールがシルエットで見る限り立っているのと変らないのがスワローテイルには見抜けなかったのだ。
 そして至近で頭部に突きつける様な間合いでグレネードを放ち、反動で塀から降りると爆風から逃れ、更に落下してくるティンカーベイルを切り裂いた。
「地の利は俺にありってな。そこで頭を冷やして敗因を考えるがいいぜ」
 ワイルド・カードは砲身が裂けたグレネードをシュトラールの背中から爆離しながら言い放つ。
「そいつは、お前にくれてやるよ」
 グレネードの廃棄した残骸を指差してワイルド・カードが豪快に笑う。
「そんじゃ、スターは色々と忙しくてな!あばよ!」
 シュトラールが再びブーストを噴射させて貯水槽からヴェルデモンド達の苦戦している崖へと向かう。
「何だ奴は?あんな野郎、レジスタンスのエース『ワイルド・カード』以外に見た事が無ぇ。ひょっとして奴がコルテスとマリオが捜してる闇アリーナの・・・」
 浸水して行くコクピットの中でスワローテイルは未だ震えている膝を握り締めた・・・


 地上戦崖を臨む崖の中腹では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
「あのミサイルとロケットの複合攻撃は何とか牽制出来ないのか!」
 ヴェルデモンドは珍しく焦った声色で、カシスへと言い放った。
「やってるわよ!文句言う暇があったら貴方の機体のミサイルでも撃ったらいいでしょ!」
 ヴェルデモンドとカシスの焦りは当然と言える。
 徐々に地上戦艦の主砲の狙いが、こちらを捕え始めているのだ。
「味方機と乱戦の中に主砲を撃つなど、狂気の沙汰としか思えん!」
 ヴェルデモンドはチュードリッヒのラシュオーンと交戦しており、それを更にパステルのスレイヤーに装備された大型ミサイルが襲う。
 LOVE-P・Dの周囲に、スレイヤーの連続攻撃によるミサイルとレーザーキャノンが次々と着弾して、自由な動きを封じている。
「鬱陶しい奴等だ」
 ヴェルデモンドの眼鏡の奥の瞳に殺気が宿る。
 視線の向こうにはラシュオーンが居た。
 ラシュオーンは手にした火炎放射器をLOVE-P・Dに向けて放つ。
 それをLOVE-P・Dが回避した先にはスレイヤーのミサイルが襲い掛かった。
「弾切れまで粘れば確実に勝機が見出せるが、その時間がないか・・・」
 スレイヤーとラシュオーンが急激にブーストで後方に下がる。地上戦艦からの主砲が来るのだ。
「カシス!また来るぞ。離脱しろ!」
 カシスのフルモンティはLOVE-P・Dと並ぶ様にして離れた支援位置から近づいてくる。
「何故、私と並ぶんだ?最悪の場合全滅するぞ!」
 目を剥いてヴェルデモンドが叫ぶ。
「貴方、さっきから回避上手いでしょ?私、回避が苦手だから真似してるの」
 カシスは軽く舌を出して笑う。
 そこへ強烈な轟音と共に、戦艦の主砲が土煙をあげて着弾し、周囲を炎で染め上げる。
「くわばら、くわばら」
 カシスは即座にLOVE-P・Dと距離を開ける。
 敵の2機が、仕留められなかった事を即座に察知して襲撃に来るからだ。
「この状況が続けば、先にこちらのブースト燃料が無くなって終わりになる」
 ヴェルデモンドはブーストの燃料計を見ながら、忌々し気に呟いた。
「危険極まりないが、特攻するしかないな」
 冷房をカットして蒸せるコクピットの中、ヴェルデモンドは眼鏡を外してネクタイを緩める。
 先程とは比べ物にならない程の、殺気を帯びた瞳がモニターを睨んだ。
「鬱陶しい奴等だ。もう死ね」
 LOVE-P・Dはブーストを噴かせて、まだ2機の距離が開かぬ体勢の敵へと突っ込んで行く。
「パステル!離れろ」
 通信機からパステルへ、チュードリッヒの叫びがスピーカを震わせて聞こえた。
 パステルはブーストでラシュオーンとの距離を開きつつ、背中のミサイルを放つ。
「今更、遅い」
 ヴェルデモンドはスレイヤーへと距離を詰め、肩に担いだバズーカの狙いを定める。
「まずい!パステル飛べ!」
 チュードリッヒは完全にパステルが捕捉されてしまっているのを見て再び叫ぶ。
 完全にスレイヤーの横の動きにLOVE-P・Dは合せて移動しており、射出されるバズの射軸は一直線に限りなく近い。
 普通ならFCSを介すると外れてしまうシチュエーションだがヴェルデモンドはサイトの端ギリギリで敵機の捕捉を外している。
「こうなっては仕方ないです。俺が囮になるから、その隙に奴を仕留めて下さい」
 パステルは冷静な声で返答を返す。
 LOVE-P・Dのバズが放たれ、スレイヤーの左の肩を根こそぎ持っていった。
 激震のコクピットの中でパステルが唇を切りながらチュードリッヒに向って激を飛ばす。
「今です!ロケットで奴の脚部を!」
 チュードリッヒは全くFCSに頼らない精密射撃の腕を持っており、武装の全てにロックオン機能の無い物を選んでいた。
 モニターに映る、赤い横向きの小さなバーにLOVE-P・Dの脚部を重ねると、チュードリッヒは躊躇なくトリガーを引く。
 間髪入れずラシュオーンの右肩から白い煙と共に大型のロケット弾が射出された。
 LOVE-P・Dはバズを構えて仁王立ちし、ラシュオーンへと振り返る。
 そこへ先程パステルの放ったミサイルが着弾し、LOVE-P・Dは背中のブーストを噴射して奇妙にも、殆ど位置を変える事無く小刻みにステップし始める。
 すると射出されたロケットとミサイルが接触してLOVE-P・Dの脚部に到達する前に両者共に爆発してしまう。
 それを確認するとLOVE-P・Dは一気にラシュオーンとの距離を放し、空中へと舞った。
「パステルがミサイルを撃つのと、俺がロケットを撃つタイミングを計算していたと言うのか?」
 チュードリッヒは驚愕した。相手が最初からこれを狙っていたのか突発的に出てくる状況を利用したのかは分からないが、とにかく連携は躱されてしまったのである。 そして次にチュードリッヒは再び驚愕した。
 LOVE−P・Dの放ったミサイルが頭上から降り注いで来たからである。
「狙いは俺だと!手負いのパステルの方じゃ無いのか!」
 迎撃機関銃が火を吹いてミサイルへと放たれるが、2発を落としただけで、残り4発がラシュオーンへと着弾する。
 更に6発のミサイルが容赦なく迫り、ラシュオーンは回避を試みるが、崖の悪い足場と、自重が災いして上手くミサイルの軌道を反らす事が出来ない。
 更にラシュオーンは5発のミサイルの直撃を許してしまい、更に反動で一瞬、動きが止まる。
「最初からお前狙いだ。死ね」
 ヴェルデモンドはLOVE-P・Dにバズーカを追い討ちとしてラシュオーンへと放たせた。
 頭部と右腕がミサイルでラシュオーンは吹き飛んでおり、更にバスの一撃でコアの上面が鉄塊へと瞬時に姿を変えて四散する。
「チュードリッヒ!」
 パステルは遅まきになりながらもスレイヤーの体勢を立て直して手持ちのニ連レーザー・ライフルをLOVE-P・Dに向って放つ。
 LOVE-P・Dは深追いせず、カシスのフルモンティの居る崖の上段へと退避した。
「すまん、パステル」
 ラシュオーンからスレイヤーに通信が入った。
 幸いチュードリッヒは生存しているらしい。
「あの、茶色のA・Cなかなかやる・・・」
 ヴェルデモンドは唇の端を上げて笑みを浮かべる。
 バズの着弾の瞬間、モニターでラシュオーンの残った左手が咄嗟にコアを庇うのが見えたのだ。
 もしも、それが無ければチュードリッヒは確実に絶命していた事は間違い無い。
「あと、一機よ!これで楽勝ね」
 カシスは指を鳴らして喜ぶ。
「そうは、容易く行か無ぇっぽいぜ・・・」
 崖下に辿り着いたシュトラールからワイルド・カードが苦い声で呟いた。
 シュトラールがライフルで指した先の地上戦艦は轟音を蹴立てて、反転しようとしている。
「ヤバいな。回頭されて砲門の無事な面をこちらに向ける気だ」
 ヴェルデモンドが眼鏡を掛け直して首を振る。
「動力系か、移動系を破壊出来れば旋回するのは何とかなるが、我々の火力では到底無理だな」
 地上戦艦は巨大過ぎ、A・Cごときの携帯する火器などでは止めようは無かった。
彼等に残された道は撤退するか、物陰で砲撃をやり過ごすかの2つしかない。
「リーダーはお前だ。決めろ」
ヴェルデモンドはネクタイを結び直して言い放つ。
「よし、離脱して給水施設の近辺に潜伏するぜ、さっき行ってきたんだが、あそこなら遮蔽物が多い」
ワイルド・カードの心積りは『可能な限り時間を潰して足止めする』だ。
元かに契約もそうであったし、あと一時間もすれば充分な時間稼ぎと認められるに違いない。
「飽くまで契約続行か。そうするしか無いな」
 ヴェルデモンドは、そそくさとLOVE-P・Dに崖を下らせ、スレイヤーの放つレーザー・キャノンを回避しながら給水施設へと向かう。
 残る2機も、それに続くが、突如にして戦況は一変した。
 崖の麓にある鉄のゲートが開いて、そこから多数のプラズマ・キャノンが戦艦に向って放たれたのだ。
「何だぁ?」
 ワイルド・カードは、あわやキャノンの直撃を受けそうになり、シュトラールを横へ飛び退かせると、唖然とした口調で言った。
「新手か?・・・いや、我々を狙っているのでは無さそうだな」
 キャノンは次々と地上戦艦へ向けて放たれ、急遽、戦艦は後ろへと下がって行く。
 やがてゲートの奥から、太い男の声がスピーカーを通して戦場に響き渡った。
『我々は思想集団《オベロン》である。ここは我々のテリトリーだ。速やかに退去せよ』
 この言葉が何回か繰り返された後、キャノンの砲撃は止み、戦場に静寂が訪れる。
「テロ・グループか何かの基地なのここ?」
 カシスは惚けた様に呟く。
「けど、今までダンマリってのは変だぜ」
 ワイルド・カードはシュトラールのカメラをズームさせて日陰になっているゲート内部を覗く。
 そこには、一機のA・Cがキャノン砲群を背にして立っていた。
「見ろよ!コイツは!」
 ワイルド・カードが驚愕して画像をヴェルデモンドに送る。
 それは、青竹色をした鎧武者を思わせる独特のシルエットをしており、左手が妙に太かった。
 旧ムラクモの《不知火》の改造タイプのA・Cだ。
「奴が生きていたとは・・・」
 ヴェルデモンドの声が震えている。
 以前、彼等は共同で挑んだミッションで、一度このA・Cと海底基地において交戦していたのだ。
 結果は2機共にギリギリの勝利を掴んではいたが、互いのネストから貸与された、それぞれの特殊オプションによる連携を駆使しての全力勝負であった。
「これは希望が入った憶測だが、奴が戦艦の足止めになる。即刻撤退しよう」
 ヴェルデモンドは即座に提案した。
「そうしようぜ!奴とやるのは二度と御免だしな」
 ワイルド・カードも賛同し、二機は給水施設から離れ、一路、メンテナンス・リグを埋めた地点へと撤退を開始する。
「ちょっと!何でそんなにビビるのよ!」
 カシスは不承不承に脱兎の如く離脱する2機を追うようにして戦場を離れた・・・


「何の集団か知らないが、水を分けて貰えれば撤収します。暫し時間を下さい」
 パステルは鷹揚に日向へと出てきた不知火へと向って通信を入れた。
「駄目だ。これ以上の停泊は認めない」
 不知火から野太い男の声が鰾膠も無くパステルの要求を却下した。
 パステルは唇から流れる血を拭い、横目で地上戦艦を見る。
 旋回は中止されては居るが、必死の修復作業が続けられているらしく、下面から溶接用のアセチレン・バーナーの火が瞬くのが見えた。
 このままの状態では、連立都市入りは難しい。
「では、仕方ないですね。腕ずくでも水は貰う」
 パステルは残ったスレイヤーの右手の2連レーザー・ライフルを構えると、無防備に立つ不知火に向けて突進を始めた。
「パステル、駄目!」
 突然、入ったスーからの緊急通信が聞こえるが、パステルは闘志を剥き出しにして不知火へと迫る。
「時間を稼ぐ位は何とかします!その間に給水と可能な限りの修理を!」
 そう言ってパステルは通信を一方的にカットする。
 濃い影を機体に纏わりつかせながら、不知火はゆっくりと左手を前に掲げ、空手家の様な低い戦闘姿勢になって迫り来るスレイヤーへと対峙した・・・


「スワローテイルとチュードリッヒの回収を急がせなさい。私は出ます!」
 ブリッジのキャプテンシートから降りて、格納庫へと駆け出そうとするスーの腕を老人が掴んだ。
「なりません!危険過ぎます」
 スーは老人の手を払って、大声で反論する。
「破損したスレイヤーで何分の時間が稼げるの!私が行けば少しでも時間が稼げるわ!」
 最早、口調は一人の少女の物だ。艦長や頭目のそれでは無かった。
「パステルは独自の判断で囮になりました。即座に撤退が上策では・・・」
「私は行くの!パステルが死んでしまう!」
 老人は理論的に説得を試みるが、スーは首を振り言葉を重ねて聞き入れようとしない。
 老人がほとほと困り果てた頃、一人の女性オペレーターが静かに言った。
「お嬢、行ったらいいわ。指揮官としての実力が無いって事を認めるならね」
 この言葉はスーにとって完全に冷や水だ。己の行おうとしている事が如何に利己的な行為かを嫌な位に気付かせる。
「総司令官が前戦に出る・・・勇ましいけどリスクが大きすぎるのではなくて?」
 スーは黙って床を見つめる。
 老人は胸を撫で下ろした。こういう時は女性同士の方が説得が巧い事を痛切に感じながら。
 だが、スーは老人の思惑とは別に顔を上げて皆に向って毅然とした態度で話し始める。
「皆んな聞いて・・・私はパステルが好き。小さい頃からずっと一緒でお兄さんみたいに頼ったり、弟みたいに一緒に悪戯とかして皆を困らせたね」
 ブリッジは水を打った様に静まりかえる。
 淡々と事実を映すモニターの中ではスレイヤーが不知火と死闘を繰り広げている。
「その彼が身を挺して艦を護ってくれてるの。見捨てて行ける?でも、それが指揮官として間違った判断なのは分かってる。皆が危険になるのもいくら私が未熟でも分かるわ・・・」
 スーの小さな両手がきゅっと下で握られていた。
 不知火の右手に持ったマシンガンから火線が走り、スレイヤーの脚部が蜂の巣になるのがモニターに映っている。
 背部武装のレーザーキャノンも不知火へと銃口が向けられた瞬間に吹き飛ばされる。
「私は行くから逃げて。皆んなの期待に応えられなくって御免ね。無能な指揮官で御免ね。せめて迷惑だけはかけない頭目で居たかった」
 最早、誰も反論はしない。いや、出来ないのだ。
 それ程に彼女の意志が痛い程に伝わってくる。
「行ってきます・・・さよなら」
 そう言って、スーは深々と頭を下げ、後ろを振り向いて格納庫へと駆け出した。
 その目には涙は無い。迷う事無い彼女の選択だ。
 駆ける脚も自然に前へと出る。
 自分にとって本当に大切な物が何か分かった瞬間、彼女にはそれが実感出来る。
「お嬢!カタパルトに《ディアボロス》をセットしときましたよ!すぐ出れます」
 整備服の中年の男がキャット・ウォークを走るスーへと声を掛ける。 スーが訝し気にしていると、艦内放送が流れた。
『野郎共!頭目の出陣だ!久々だシメてかかれ!』
 片目の老人の朗々とそして嬉々とした声が響く。
 スーは、そこで先程のやりとりを女性オペレーターが艦内に流していた事に気付いた。
『早く、行ってくだせぇや!頭目の出陣はやっぱ血が滾りますぜ!』
『パステルが羨ましいね!返ったら奴は奢り決定だ』
 皆、口々にスーへと激を飛ばす。
 その表情は明るく、士気の高さを物語っていた。
 気負っていた彼女には決して向けられなかった笑顔。スーはこの大事さに初めて気がついた。
 この面々ならば、どんな危難をも乗り越えられる勇気が湧いてくる。
「みんな・・・ありがと」
 下に集まった艦内クルーの声援の中、初めてフィーレン一家頭目のスー・フィーレンの瞳から堰を切った様に涙が零れる。
 涙で見つめる深紅に塗られた愛機が炎の様に揺らぐ。
 《ディアボロス》悪魔の名を冠するタンクレッグのA・Cがリニア式のカタパルトの上で燃え盛る様にして彼女の塔乗を静かに待っていた・・・


「まだ、まだ!」
 パステルはズタズタになったスレイヤーを引き摺る様にして攻撃を繰り出す。
 既に脱落しないのが不思議な程に脚部には甚大なダメージを被っていた。
 背部のミサイルも残り1桁、そしてライフルも数発分のエネルギーしか残っていない。
 だが、彼は絶対にパイプとコンプレッサーを死守しなければならないと言う気力は萎えなかった。
『脚部だ・・・ここを刺し違えて狙えば、大幅に時間が稼げる』
 パステルは覚悟を決めた。先程から眼前の不知火は一切の手傷を負わず、鬼神の如き強さを見せている。
 今のパステルの技量では絶対に勝てはしない。
 実力から言えば先程の襲撃してきた連中を全機相手にした方がまだ楽とも思える。
「だが、これは読めまい!」
 パステルはセンターコンソールの中央にある透明のケースを拳で叩き割った。
 中には赤い小さなボタンが2つある。
 そのボタンの1つへと、パステルは指を伸ばして触れる。
 それはスレイヤーを自爆させるスイッチだ。
 今、押したのがセーフティ。次のボタンで全ての燃料と可燃物に引火する様になっている。
「行くぞ・・・」
 パステルの仮面の中の瞳が細く鋭くなる。
 対する不知火は左手を前に出す、例の独特の構えでスレイヤーに対している。
 パステルが吠えて左手でスティックを倒し、スレイヤーが前へ出る。
 ライフルが不知火へと向いた瞬間、信じられない事に不知火はダッシュして間合いを詰め、更に蹴りを繰り出し、ライフルを掴んだスレイヤーの腕が弾かれた。
 普通ならばA・Cが立ち状態から蹴りを繰り出した事に驚愕するのが普通だがパステルは怯まない。
 不知火の左肘装甲が関節軸で回転して巨大なナックル・カードになりスレイヤーの右手を殴り付ける。
 コクピットのモニターがスパークしてショートを起こし、右モニターが破裂した。相手は電磁ナックルを使用したらしい。
 破片がコクピットを跳ねてパステルの仮面へと突き刺さって鈍い音が聞こえる。これが無ければ即死していても不思議ではない衝撃だ。
「取った!」
 スレイヤーは崩れ落ちる様にして無くした両腕の無い幅の狭くなったコア部分を不知火の懐へと飛び込ませた。
 その刹那、激しい衝撃がパステルを襲い、彼は肩に食い込むベルトの圧力で血を吐く。更に肋骨が何本か折れたらしい。
 委細構わずパステルは半ばスクラップと化したスレイヤーを不知火へと接近させる。
「お嬢・・・すいません。約束したけど、戻れそうにないです」
 パステルは、そう静かに言うとセンター・コンソールのスイッチを力無く押した・・・


 冷たい洞窟の中に女性の金切り声が響き渡る。
「何とかならんのかアレは」
 茶色の濃い髪を掻きながら、曲がった煙草に男は耐水マッチで火を灯す。
「慣れてくださいな《ケイ隊長》、彼女のハッキングレベルはあれで連立都市ネスト屈指です」
 レプリカントと見まごう程に精気の無い、長身痩躯で色白の神経質そうな男が答えた。
 視線の先には大仰な機器に上半身の素肌を晒した女性がケーブルに埋まる様に繋がれている。
「半年前にやっと2つ目の扉が開けられました」
 彼の指差す方には更に奥の扉が見えている。
「ところで、いつから思想集団《オベロン》になったんですか?我々は?」
 先程、突然出てきたケイの出鱈目な組織名を部下が笑う。
「あれなら《ケイ隊長と10人の盗賊》の方がマシでしたね」
 ケイは部下の軽口を全く相手にもせず、茫洋と虚空を眺めた。
「あの、色の黒いおチビさんはどうしてます?」
 部下は装甲車両のドアを開けながら振り返ってケイに問い掛けた。
「別の任務を与えてある。行方不明のメンバーの捜索だから、時間は稼げると思う」
 面倒臭そうな小声での呟きだが、互いにプラスであるから二人には十分に聴き取れるのだ。
「で、一体、幾つ扉がある?」
 ケイは、湿気で消えた煙草に再び火を着けた。
「スキャンを通さない鉛製のも多いですが、大凡に26のゲートが存在する模様です」
 ケイはその答えに頭を抱える。
「単純計算で13年かかるのか?爆破した方が経費がかからなくて助かる」
「そして、ゲートに仕掛けられた爆薬で、この洞窟が木っ端微塵、今までの苦労も水の泡・・・」
 部下の即答にケイは溜め息を吐く。
「連立ネストもバカ揃いだが、間抜けでは無い。何れここに《例の物》がある事に気付くぞ」
 ケイは愛機である青竹色の不知火型《ゼクシェイド》の脚部タラップに爪先を掛けて、胸部のコクピットへと向かう。
 左肩と右腕にはスラッグガンで撃たれた醜い弾痕が残っている。
「不意打ちのフロック・ヒットとは言え、やってくれるな・・・右腕が利かん」
 ケイの口元が綻ぶ。苦笑いではあるが部下は珍しい彼の笑顔を目にして驚いた。
「効率は上がってます。今回の扉は3ヶ月で開きましたから、1年半くださればオールゲート、ロック解除させてみせましょう。それまでネストへ隠し通して頂ければ《ゴンドラ》は我々の手に」
 足元の部下の声を聞きながら、ケイはゼクシェイドを立ち上がらせた。
 女の金切り声が一段と高くなり、洞穴に響き渡る。
「ゲート開きます。我々は退避を」
 ゆっくりとゲートが開くと、奥から無人ガードロボが姿を現す。
 その数はレーダーで確認するだけで50機を越えている。タイプはクルセイダーと思われた。
「一分でカタを着ける。こんな時間も俺には惜しいからな・・・待ってろよ《レナ》」
 ケイは永らく口にしなかった妻の名を呟くと、ゼクシェイドは群がるガードロボへと突き進む。
 巻き起こる爆炎が洞窟を赤く染め、ゼクシェイドはガードロボを次々と左手一本で殴り付けて鉄塊へと変えて行く。
 その姿は宛ら修羅の如しであったが、何故か炎の照り返しを受けるゼクシェイドの背中は見る物に哀しさを感じさせずにはいられない、言い知れぬ葛藤が渦巻いていた・・・


 何も感じない。
 何も見えない。
 暗闇の中、パステルの意識は漂い、身体に力が入らず指一本動きはしなかった。
「死んだ・・・か?」
 パステルは笑ってみた。苦しまなかった事を少し何かに感謝して意識を閉じる。
「しかし、きっと暇だな。このまま何も無いと」
 だが、不思議と安らいだこの状態も悪くないとパステルは気に入り出した。
 意識が白濁する波に呑まれる。
「どの道、生きていたって苦しみが多いし、訳も分からない死を恐れて暮らすだけだしな・・・」
 そう達観ぶってみたが、心の中に不安が芽生えた。
『生きてたくない?死んだ方が幸せ?』
 誰かに問いかけられた。
「いや、強がってるんだ。でないと苦しいから。それにちょっと焦ってる。怖いから」
 パステルは全てに疑問を抱かず素直に答える。
『焦っては駄目・・・そう教えてくれたでしょ?』
 パステルは、その言葉ではっとなり意識を開く。
 そこには、スーの顔が間近にあった。
 近すぎるのか、彼の目の焦点が合わないのか、やたらと彼女が霞んでみえる。
 少しパステルの知っている彼女とは、何故か大人っぽくも見えた。
 だが、現実に引き戻った彼は冷静に考える。
 どうやらパステルは彼女の膝枕で、ずっと寝ていたらしい事だけは、スーの体温が仮面越しに伝わっているから分かった。
「ここは?」
 全身を打撲したのか、パステルの身体は鉛の様に重かった。
「ディアボロスの上よ。助かったの私達」
 パステルが首を捻ると、横にはコアだけになったスレイヤーが砂に埋もれて転がっていた。
 二人が座るディアボロスも前面も、何かに殴られたかの様に大きく歪んでいる。
「俺は自爆スイッチを確かに押した筈・・・」
 パステルは思い出そうとするが、スイッチを押した後の事は全く記憶にない。
 それもその筈で、彼がスイッチを押しても自爆装置への伝達ケーブルは一発目のナックルを食らってショートした時に断線していたのだ。
 そして間髪入れずに2発目が下半身を根刮ぎにスレイヤーからもぎ取って、コアは落下し砂中へと埋もれた。その直後にスーのディアボロスがカタパルト射出で不知火と激突しながら至近で、ありったけのスラッグの散弾を浴びせたのだ。
 その後、不知火は即時に撤退、ゲートは再び閉じられて艦は未だ無事に水を補給している。
「あと五分で補給は終わるわ」
 スーは、そっとパステルの仮面に手を伸ばして彼から外した。
「痛っ!」
 スーは仮面に突き刺さったモニターの破片で手を切った様で、血がパステルの頬を濡らす。
 震える手でパステルはスーの手を取り、指を口に含んで血を吸い止める。
 スーは静かな笑顔を見せて、彼の口から指を抜くとパステルの首を起こして唇を重ねた。
 パステルの目に、スーの唇が血で赤く染まっているのが見える。
『レイヴンの・・・俺のキスにしては上等だ』
 パステルはそう心の中で思って自嘲した笑みを浮かべた。
 地上戦艦が大きな汽笛を鳴らす。補給が終了した合図だ。
「行こう、早く連立都市入りしなくちゃ。それとも死んでいたい?」
 スーはパステルに笑いかける。
「いや、生きてる方がいい。死んでるよりも少しだけど、いい事あるしな」
 パステルは重い体を引き摺る様にして、ディアボロスのコクピットへ向いシートへと座る。
「さあ、行こう。スー・フィーレン頭目」
 パステルはスーに手を差し伸べる。
 スーは迷わず、彼の手を取った。
 燃える黄昏が砂丘を炎の塊に変える。
 ディアボロスは転輪を軋ませながら、彼等の返るべき場所へとゆっくりと進みはじめた・・・


「だらし無ぇな!まったくよ!」
 ワイルド・カードは新聞紙を力一杯丸めて、ダストボックスへと投げ捨てた。
 見出しには『驚異の地上戦艦・連立都市に!』と大きく書かれている。
 レイヴンが集まる連立都市の中央に位置する中立地帯のバーで珍しくヴェルデモンドとカシスの三人は一応の祝杯をあげていた。
 理由は簡単、今回の結果がいち早く知りたいからだ。
 ナーヴに流れる情報に先駆けて、ここではミッションの是非を知る事が出来るのだ。
「記事も酷くリガ・ガードを扱き下ろしてるな・・・記者は《ミハエル・カルテイル》命知らずと見える」
 ヴェルデモンドは一字一句見落とさぬ様に、濃いサングラスの上から再び記事に目を通しはじめる。
「A・C1機残ってたんだね。戦車タイプのが大分とガードを撃破したって事になってるよ」
 カシスは面倒なんで、写真しか見ていない。
 記事では白黒のデジタル・スチ−ルで戦車タイプのA・Cがグレネードで一面を火の海にしているのが掲載されていた。
 これだけ大きく取り上げられれば、嫌でもレイヴンの間では今後、一目置かれる存在になるだろう。
「で、俺達のミッションは今回、成功したってネストは判断してくれたんだろうな?半日はキチっと足止めしたが」
 ヴェルデモンドは、そろそろ流れてくる、1日前のミッション結果の報告される大画面に目をやる。
 安っぽい電子音楽が流れて、バーに居るレイヴン達が歓声をあげた。
『ミッション結果・第4、5、256位レイヴン共同ミッション・失敗・・・』
 これを見て、3人は溜め息を同時に吐いた。
「んじゃ、アバよ」
 ワイルド・カードは、即座に席を立って店を出る。
「ネストが勝手なのには、いい加減慣れてる」
 ヴェルデモンドも、スーツを肩に引っ掛けながら席を立つ。
「また、タダ働きね・・・アルジャーノン、エサは今晩抜きで我慢してね」
 カシスは足元の黒猫の背を撫ぜた。
 哀しそうに『ニャア』と鳴いた声に、隣のボックスで飲んでいた団体客の中で、全身包帯だらけの銀の仮面を被った男の隣に座った少女が笑いかける。
 仮面の男は皆に奢らされているらしく、頻りに皆の飲んだボトルの数を指差して数えていた。
 カシスは少女に軽く手を挙げて、微笑み返すと両肩を下げながら、勘定を済ませて店の扉を潜る。
 岩肌が露出した、中立地帯特有の地上世界の本当の空が彼女を出迎えた。
 そして丁度、20時を越えたらしく、空の照明が半分消えて幾分か街が暗くなる。
 それは、万人に等しく今日も一日が終わった事を告げていた・・・



『MISSION 14 完』


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