ARMORED・CORE CRIME OF DAYSCANNER 



 MISSION 15 〜デス・レース〜


 立ち並ぶ雑居ビルの群れが路地裏に濃い影を落としていた。
 地面にはビラなどの紙片、そして隅にうず高くゴミが積まれている。
 ここは暗い連立都市準市民街の路地裏だ。 遠くに聞こえる騒音と、すえた様な悪臭が漂う。 ひび割れたアスファルトの地面には草一本生えてはいない。
 その袋小路の一角に蹲った男の人影があった。
 ドス黒い染みのついたボロ布を頭から被って身動きひとつしないで居る。
 その男は、罅割れた雑居ビルに背を預ける様にして座っていた。
「ボスこいつです」
 太い声が割れる様に路地裏に響き、路地の暗がりから四人の男が現れた。
 どの男も一見するだけでまともな職業の者とは思えぬ服装だ。
 ダークスーツに趣味の悪い柄のシャツを着ており、タイはお義理と言った感じにだらしなく結ばれているだけ。
 その中にあってボスと呼ばれた男は身なりが良い白髪混じりの初老の男だが、目つきが尋常な鋭さでは無かった。
「三日前からコイツはここに居やす」
 蚊の鳴く様な声で言ったのは一番後ろに居るホームレスの男だ。他の三人に対してオドオドと案内する態度にも落ち着きがない。
「ここいらの連中は気味悪がって近づきやせん。見た目からして普通の人間では無いとは思うんですが・・・」
 ボスと呼ばれた初老の男は、この言葉に口の端を歪ませる。
「はぐれ《プラス》なら有難いんだがなぁ。立たせろ!」
 ボスは髭の生えた顎で、脇に立つ部下の二人にそう指示した。
 二人は迅速に蹲る男に近づいて行くが、近づくにつれて見える周りの異様な光景に一瞬、たじろいで立ち止まると生唾を飲み込んだ。
 ボロを纏った男を中心としてドブネズミが無数に死んでいる。 そして暗がりの中で目を凝らすと、そのどれもが喉を噛み切られていた。 屍骸は切った首から生き血だけ啜って飲み乾された・・・そんな感じだ。
 躊躇いながらも部下達は累々と横たわるネズミの屍骸を越えて、蹲る男の両脇に立つと、脇を掴む様にして無理やりに男を立たせる。
 その前にボスがステッキを手にしつつ威圧的に立ちふさがった。
「このままじゃ野垂れ死ぬだけだぜ。俺のトコに来な。悪い様にはしねぇ」
 ボスは手にしたステッキの先でボロ布に覆われた男の顎を持ち上げた。
 持ち上がった男の目は不気味な光を帯びて暗がりへと真っ赤な光を放つ。
 皆、声こそは挙げなかったがボス以外の三人は背筋が凍る思いがした。
 男の口の周りにはドス黒い血がこびり付いている。
「間違いなくプラスの様だな。とりあえずメンテしてやるから俺の為に働け」
 ボスは満足げに髭を撫でながら有無を言わさぬ口調で告げる。
「プラスでは無い・・・」
 消え入りそうな声がボロ布の塊の様な姿から聞こえた。
「じゃレイヴンと呼んで欲しいか?ま、どっちにしてもマトモな人間じゃ無ぇ。裏の世界でしか生きられない・・・そうだろ?」
 ややあってボロ布の男から搾り出す様に答えが返される。
「《カロン》・・・俺は《カロン》だ」
 ボスは白髪混じりの眉を顰めて鼻で笑う。
「OKだ。ではカロン。お前に仕事をくれてやる。お前みたいなロボット野郎は人間サマのお役にたたんとタダのガラクタだ。ありがたく思うんだな」
 ボスは一方的かつ高圧的な口調で話し、部下にステッキで合図すると表通りに向かって歩き始める。
 カロンと名乗った男はボスの言葉に納得したのか、軽く頷くと力尽きる様にして飢えた様に赤く光る瞳を閉じた。
 両脇の部下達がカロンを引きずる様にしてボスの後を追う。
「これで例の《蜃気重工》の仕事が楽に片付きそうだ」
 ボスは満足そうに部下へ笑みを浮かべて表通りへと足を向ける。
「ボス・・・あの」
 振り返ると卑屈な態度で後ろのホームレスがボスへと笑みを向けた。 ボスはあしらう様に小さな袋をポケットから出すとホームレスの男に投げる。
「お手柄だったな。またこんなヤツが居たら報告するんだぞ」
 そう言ってボロ布の男を部下に引きずらせながら再び歩き出す。
 小袋を受け取ったホームレスの男は首を縮めた。
「こんなのに関わるのは二度とゴメンだぁな」
 そう言って袋を抱えて彼もまた路地裏の闇へと消えて行った・・・


「お兄ちゃん!はやく起きて!」
 暖かい布団を剥ぎ取られて青年の心地よい眠りは妨げられた。 けたたましいカーテンのレールの音と共に、日差しが目をつく。
「《セレナ》・・・あと五分だけ。寝かせてくれよ」
 青年は誰しもが一度は必ず言うだろうセリフを臆面もなく口にした。
「もう私は登校時間なの。食器が片付かないよ!」
 妹のセレナがバンバンと寝ている青年の枕を叩く。
「昨日、遅くまで仕事探してたから眠いんだよ・・・ったく」
「ゲームしてただけのクセに。今日はお仕事探しに行くんでしょ?」
 青年は目を擦りながら観念した様に起き上がる。
「食器は俺が洗っとくからって、いつも言ってるだろ?」
 寝癖のついた茶色い髪を、青年は押さえながら不満そうに言った。
「お兄ちゃんが洗うとお皿が汚いの。さっさと起きて食べて」
 セレナは兄の掛け布団を剥ぎ取る。兄の寝ぼけ眼には綺麗にレースのテーブルクロスが掛けられた上に、皿に乗せられたスクランブルエッグが湯気をたてて用意されているのが日差しにぼやけて映った。
 青年は心中で睡眠と食欲を秤にかけ、やはり空腹には耐えかねるのか重い腰をあげて居間の食事へと向き合う。
「小学部も、あと残り一ヶ月なんだよな」
 食事を前に窓際にかかったカレンダーを見て、ふと夢見心地から現実に戻された風に青年は呟く。
 忙しそうに布団を畳む、お下げ髪のセレナの動きがその言葉に止まった。
「お兄ちゃん・・・私、中等部に行かなくても別にいいよ」
 セレナは布団を畳み終わると、古くなって所々罅割れがした赤いスクールバッグに目一杯ノートを詰めながら元気の無い声で言う。
「入学費って高いんでしょ?それに学費だって滞納してるし・・・働いてお金が出来たら申請試験受けて高等部へ行くからお兄ちゃんが無理しないで」
 そう神妙に言われた兄の朝食の手が止まる。
「入学金はあと少しで貯まるんだ。それにお兄ちゃんは無理なんかしてないし、お前は何も心配しなくていい!友達の皆と中等部に行ける」
 兄の声が上擦っていた。利発な妹にはそれが嘘なのどうなのか位は分かる。
「うん・・・ありがとね」
 セレナは席を立つと、兄の食べた食器を流しに持って行く。 兄は出来るだけ自然にコーヒーをすすって見せるが、いつもよりその音が大きい事が妹には悲しくもあり、辛くもあった。
「じゃ行って来るね。お兄ちゃんもお仕事探し頑張って」
 セレナは少し元気のない声でそう言うと玄関へと向かった。
「おう!しっかりな」
 乾いたベルの音と一緒にドアが閉まり、妹が登校したのを確認すると兄はカレンダーを見てひとしきり頭を掻き毟りながら落ち込んだ。
「あと二週間か・・・どうするよ俺?」
 彼、《ディオ・カドラル》は自分の不甲斐なさと甲斐性の無さにほとほと呆れつつも、ある小さな決意をして席を立つ。
「うしっ!もうヤバい仕事でも何でも今はやるしか!だよな」
 起き掛けのノロさとはうって変わってディオは迅速に着替えを始めた。
 居間のテレビ・ナーヴの上には亡くした両親の写真があった。
「父さん、母さん。セレナの学費くらいは俺が何とかするよ」
 いつもの様に話しかけても写真の両親は笑顔でディオを見送るだけだ。
 ディオは自分の黒いレイヴンIDカードをテレビ・ナーヴから取り出すと決意した表情で胸のポケットに閉まって玄関へと歩き始めた・・・


 連立都市《リガ・シティ》準市民ブロックの朝は一際に慌しく始まる。
 通りにはスーツ姿の男たちが露店で朝食を頬張り、ペンキの剥げた掃除ロボットのテック・ボットが忙しなく地面のゴミを吸い込んで行く。 頭上には所々に光ファイバーの断線で暗くなった朝の空が映し出されていた。
 今日はナーヴによる学習日ではなく、登校日なので路上には学生の姿も多い。 駅へ向かう人に紛れて改札を抜けると、ディオは周囲に居心地の悪さを感じながら地下鉄に乗っていた。
 彼のいつものスタイルであるラフな格好は、明らかにこの時間帯の周囲からは浮いて見える。幸いにもディオは学生でも通る歳なのだが、すさんだ生活者特有のだらしなさと雰囲気は否めない。
 彼はレイヴンであったから、滲み出るそれは尚更に強い。
 ディオは世界経済の中心都市アイザック・シティで小さな街の工場をしていた両親が病気と事故で亡くし、家業が傾いてからというもの残された借金を返すべく地価の安い連立都市に引越した。そして中学を中退してから数年の間、住んでいた家以外の全てを売り払い仕方なくレイヴンをやっているのだ。
 そして少なからず彼は幸運と言え、死ぬ事は無くここまでこれた。
 だが借金は未だ半分返したばかりであり生活は妹と暮らすのに精一杯だった。
『東ブロック中央駅です』
 無味乾燥なアナウンスが車内に流れ、ディオは押される様にして地下鉄を降りる。駅の最北出口を出ると、そこは雑居ビルが立ち並ぶオフィス街だった。
 ディオは携帯ナーヴを手にしながら改札を出てナビゲート画面を頼りに一軒の小さなビルの前に辿りつく。
「ここか・・・」
 ディオはナーヴと建物を交互に見ると、足を止めてビルを見上げ生唾を飲み込む。
 雑居ビルの一階は表向き何でもないただのゲームショップだ。先日発売されたロボットアクションゲームのデカいポスターが貼ってある。
 だが、これは表向きの事でここは東ブロックの暗黒街を仕切るボス《フェンダー・チェン》の組織の末端であった。
 ディオが組織に用向きがある事柄は一つ。
 ヤバくて誰も手をつけないか、危険だが大きく稼げる仕事にありつく。
 これしかない。
 こういった組織を利用する事はレイヴンでも滅多にはしない。 リスクが高すぎるからだ。
 ネストが介入しない仕事も扱っており、場合によっては仕事の後に口封じに消される事も多々ある。そこまで行かなくとも結局は報酬無しで利用される事もザラにあるのだ。
「行くしかないしな!」
 ディオは頬を両手で叩いて気合を入れると意を決して店のドアを開けた。 薄暗い店の中は意外にも整然としており、ソフトが棚に大量に並んでいる。
 奥のレジらしき囲いに収まる様に、凄まじく太った男が店番をしていた。 男は下を向いて何やら作業をしている風に見える。
 店内をディオは見まわすが、変わった店番以外はありきたりの小さなゲームショップにしか見えない。
「チェンに会いたいんだけどな」
 ディオは店番の男の前に立ち、チェンの名を口にした。
「うーん・・・君は見たトコ、レイヴンなのかなぁ?」
 男は荒い息をしながら顔を上げて面倒そうに答えた。手元にはディオからよく見えないが人形の脚らしき白い塊と紙ヤスリらしい物を両手に持っている。
「チェンさんは、今なら二階の事務所に居るよ。そこの階段から上がりな」
 紙ヤスリが挟まれたぶくぶくの指が、積まれたダンボールに隠れる様にして半ば塞がれた扉を指差す。
 見た処、人当たりの良さそうな男だが床に散らばるバーベキュー味のポテトスナックの独特な匂いと口臭が鼻につき、ディオは顔を顰めた。 ディオは短く礼を言うとダンボールを踏み越えて、簡素なドアへと向かい、細い階段を二階へ昇って行く。
 ドアの閉まる音と共に、男は窮屈そうにカウンターの中で背筋を伸ばす。
「レイヴンの《ディオ・カドラル》と云う奴が今そちらに行きました。ランクは低級ですが今回の仕事に使えると思います。武器類は携帯していません」
 先程までの口調とは全く違う覇気のある通る声だった。
 ディオは気付かなかったが入口の万引き防止用のセンサーに見えるスキャナーで既に店内に入った瞬間から素性が割れていたのだ。
 何かおかしな真似でもしよう物なら防犯カメラに偽装したレイガンが彼を瞬時に彼を蜂の巣にしていた事だろう。
「気の毒に・・・チェンの旦那に骨の髄までしゃぶられな」
 太った店番の男は腹に隠したマイクを再び腹の肉の間に隠すと、再び一心不乱に手元の作業へと戻った・・・


 短い階段を上がると白い壁に囲まれた小さな部屋にディオは出る。
 応接室と言うには余りにも狭い部屋ではあるがソファーが置かれ、壁には額に花籠を持つ少女の絵が飾られている。古い病院を思わせる様な内装だ。 床の薄い絨毯は擦り切れており、平素から来客が決して少なくはない事を無言で物語っていた。
 奥のソファーには痩せぎすの顔色が異様に悪い男が一人座っている。 頭からタオルケットに包まり、病人の様にもディオには見えた。
「あんたがチェンか?」
 ディオが声をかけるが男は俯いたまま彼に目もくれない。 よく男を見ると異様な程に肌が白く、瞳の色は血のように真っ赤だ。 何やら小言でブツブツと呪詛の様に聞こえる言葉を繰り返している。
 ディオは、一見しただけでこの男に何か背中に冷たい物が流れるのを感じた。
「そいつは俺が拾った男だ。こっちに来な」
 気味の悪い男が座る椅子とは反対側の部屋から、ドスの利いた太い声が響く。 その声でディオは男から目を離すと言われるままノブに手を掛けて部屋へと入る。
 扉を開けると先程の部屋や廊下とは違い、生コン打ちの壁の狭い部屋になっており、一番奥に身なりの良い白髪混じりの初老の男がステンレスのパイプ椅子に深く腰掛けて居た。
「私がチェンだ。レイヴンが私に何の用かね?」
 先ほどの男とは比べるべくもないがチェンもまた鋭い眼光をディオに向けた。
「週末までに即金で20万コーム欲しい。何か仕事を斡旋してくれ」
 ディオは端的に話しを切り出す。
 こういう手合いと世慣れた交渉をするのには彼はまだ若過ぎ、下手な駆け引きに出るよりもこうした方が賢明だからだ。
 余計な事を話さなければうっかりボロが出てお安くは見られない。 それだけはディオも今までの経験から冷静に世渡りを心得ていた。
 チェンは口の端で笑うと、椅子とは全く不似合いなメタル製のテーブルに置かれたナーヴの端末画面をディオの方へと回転させて見せる。
「即金の20万ならコレしか無ぇな。《デス・レース》だ。レースの賞金がお前の取り分、その他の収入はこちらの取り分になるぜ」
 ディオは目の前に置かれた契約画面を見て暗雲がたちこめた様になる。
 連立都市名物のデス・レース。地下複合都市の各地で定期的に行われる通常のACを使用したレースとは異なり、実弾を使用したゴールまで辿り着ければ何をしても構わないルール皆無のデス・マッチレースだ。
 毎年このイベントで死者が必ず大量に出る事でも有名で、危険極まりないACバトルやアリーナと並ぶ民間には超人気競技である。
「知ってはいると思うが、勝たなきゃ賞金はゼロだ。更に言うならデス・レースは二機で1チームだから、お前の相棒はこちらで用意する。毎年、1機はノーマル仕様で、もう一機はプラスの搭乗か基準違反機体で構わないルールだが、お前はノーマルのACで構わねぇぜ」
 デス・レースは基本的に他のモータースポーツと同じく、スポンサーがつく企業単位での出場となり、当然ながら企業のお抱えレイヴンがメインの参加となる。 故にフリーのレイヴンが参加する事は難しく、チェンの様な斡旋業者が弱小企業の仲立ちをしてチームを持たない企業にレイヴンを《傭兵》としてレースへと参加させる。ただ、レイヴンを使う関係からネストを通さない不正規のルートでの仕事はこういった仲介者を入れないと抹殺される危険がつきまとうのだ。
「カードをよこしな。このマッチはお前らレイヴンの使用するナーヴに流れてない特別なヤツだ。お家に帰ってよ〜く考えるなんてのは出来ないぜ」
 チェンは小馬鹿にした様に鼻で笑う。
 ディオはその子供扱いな態度にカッとなりカードを投げる様に渡した。
「やるさ!勝てば20万どころか賞金は100万だろ!」
「大きく出たな。ハナシが早くて助かるぜ・・・さぁパスを打ち込め」
 素早くチェンはリーダーにカードを通すと投げる様に返し、ディオにキーボードを差し出す。 ディオは一瞬、躊躇するが、意を決した様に自分の認証バスワードを打ち込んだ。
『承諾しました。契約は成立です。ご利用ありがとうございました』
 その直後に端末から場違いな程に明るい女性の合成音声が部屋に響いた。
「だとよ。木曜の夜七時までにACをアリーナ会場に持って行きな」
 チェンは満足そうに何度も頷く。適当な企業の名前を借りてゴロツキのレイヴンを登録し万が一にも入賞でもすればチェンは礼金でボロ儲けとなるし、当然ながら企業から広告料もとる。こうして集めたレイヴンが勝っても負けてもチェンの懐は暖まるという寸法だ。笑みがこぼれない訳がない。
 反面ディオは渋面を顔に貼り付けていた。 やるしかないのは分かってはいたが、今更ながら勢いで契約した感は否めない。
「確か今年はあの《バック・ギャモン》と《ブレイド》が出るんだよな・・・」
 それを思い出したディオはチェンが用意するパートナーが万にひとつでも《ワイルド・カード》か《ヴァイオ・ウルフ》クラスの強豪ではないだろうかなどと全くもって有り得ない希望を託しつつ部屋を出る。
「稼げるチャンスにありついただけマシなのか?・・・俺、マジで来週まで生きてるんだろうか?」
 ディオは深い嘆息と共に、狭い店内へと続く階段を下って行った・・・


 連立都市最大の都市リガ・シティの歓楽街は、深夜にも関わらず煌々とネオンが灯り眠る事を知らない街だ。 その中でも準市民街の東通り一角は派手な看板の店が軒を連ねている。 歩く人々も一見してマトモな男女は一人として居ない。 棘の着いた革ジャン姿や、あからさまにレイヴン用の耐圧服を着た者も居る。 道路にはゴミが散乱し、壁には一面にスプレーが毒々しく吹き付けられていた。
 その中を肩で風を切る様にして二人の男が舗道の真ん中を闊歩している。
 前を行く金髪を短く刈り込んだ男が、地面に転がるパーツを殆ど抜き取られた小型清掃マシンのテック・ボットの残骸を邪魔そうにブーツで蹴り退かすと、後ろの男へと振り返った。 続く後ろの長身の男は壊れたテック・ボットに憂いの表情を見せる。
「おう、この店だ」
 短髪の男が顎で示した派手な店に対し、後ろの男は肩を竦めて応えた。 前の男よりも身長が高く2メートル近い。
「《バック・ギャモン》いかにもお前の好きそうな店だな」
咥えていたメンソールのタバコを吐き捨て、後ろの長身の男はブーツのつま先でイラついた様な仕種で消した。
「まぁ、そう言うな《ブレイド》よ。週末まではパートナーだろうが」
 バック・ギャモンは頭を掻きながら豪快に笑う。既に少し酒が入っているのか顔が僅かに赤らんでいた。
 ブレイドと呼ばれた後ろの男は、諦めた様に薄手のコートを翻し、逆立った金髪を低い入口に触れない様に身を屈めて店内へと入る。
 ガンガンにハードロックが流れる店内には、肌もあらわな姿のホステス達が客の対応に追われて忙しそうに右往左往している。
「VIPルームは空いてるかい?」
 店に入るなりバック・ギャモンはレジの男性店員に高圧的に声をかける。
「こちらでございます」
 動作に一部の滞りも、また高圧的な態度にも嫌な顔もせず黒服の男性店員は実に優雅な姿勢で二人を奥の部屋へと導く。
「おい!この店はいつも、こんなにウルさいのか!?」
「はぁ?金の事なら心配すんな」
 ブレイドの声は悠々と前を行くバックギャモンには騒音に近い音楽に遮られて届かない。会話にならない事に短い舌打ちしてブレイドは軽く頭を振った。
 音楽に合わせて狂った様に照明が色とりどりに変わって行く。
 バックギャモンは男性店員に現金でチップを渡すと純銀と思しきドアをくぐってVIPルームへと入った。ブレイドも続いて部屋へと入る。 ドアを閉めるとフロアとは打って変わって、心地よい環境音楽が静かに流れる静寂が支配する部屋になっていた。
「お前好みに予約をしといた。今日はお前の接待だからな」
 入室したブレイドは満足そうに部屋を見渡して何度も頷く。
 壁は水槽が四面を占めており、ネオンテトラとエンゼルフィシュが泳いでいる。 間接照明の青白い光に包まれて二人は差し向かいでソファーへと身を沈めた。
「気に入ったみてぇだな」
 得意そうにバックギャモンは煙草のヤニで薄く汚れた歯を見せた。
「ああ。お前が戦死したら、ここの常連にでもなるか」
 不敵な笑みをブレイドは返して見せる。
「まぁ、色々と過去にあったがそうトンがるなよ。今日は週末のミーティングだ」
 テーブルに用意された高級シャンバンを抜いてバックギャモンはグラスに注ぐ。
「で、今回の俺たちのスポンサーは何と?」
 ブレイドはグラスを受け取って、薄いピンク色のシャンパンで唇を濡らす。
「俺たちのスポンサーの《蜃気重工》は特に《クフィル社》のマシンを完膚なきまでボロ負けにしろと仰せだ。俺たちにとっちゃ簡単な仕事さ《ワイルド・カード》や《ヴァイオ・ウルフ》でも出てこない限りはよぉ!」
 バックギャモンはそう言って既に二本目のシャンパンの瓶に手をかけて笑う。
「クフィル社も出るのか?あそこには確かお抱えのレイヴンなど居ないが?」
 ブレイドは眉をひそめながら答える。
「知らないのか?今回のレースは言わば『見せしめ』さ」
 バックギャモンは手に持った酒瓶を掲げて勝ち誇った様な視線を向けた。
「見せしめ?」
 ブレイドはその言葉に興味を示したらしく身を乗り出して話しに聞き入る。
「おうよ。蜃気重工とクフィル社が確執のある事は知ってるだろ?」
 蜃気重工は旧クローム系列会社でACパーツのライセンス生産を行っている。対するクフィル社はクローム技術者を買収し、設計図を入手しての無許可でACパーツの言わばコピー品を近年リリースしていた。 性能、価格に全く両社の差がない事からレイヴン間でも気にしている輩は少ないがクロームへとライセンス所得に莫大なロイヤリティを過去に支払い続けていた蜃気社に対し、少ない初期投資で同じ製品をリリースしているクフィル社を快く思うはずはない。
「今回の俺達は蜃気重工側の代表選手として広報されてるってワケだ。そして向こうのクフィル社は雇われレイヴンが出る。もっとも予選で消えるかも知れんが、その時はブッちぎりで優勝すればいい」
 バックギャモンはぶ厚い胸板をおどけた様に叩いて見せる。
「蜃気重工がらみのミッションなど受けた事もないのに・・・な」
 ブレイドは皮肉そうな苦笑いを浮かべる。
「この以来を受けて蜃気重工が『これを使用して試合に臨め』と突然メールがあった後に、俺のガレージに新品のコアとレッグが届けられたのも納得がいく」
 その言葉にバックギャモンは驚いた顔をブレイドに向けた。
「マジかよ!俺のトコには何も来なかったぜ!」
 今度はブレイドは勝ち誇った様に嘲笑してグラスを手に取る。
「俺の方がアリーナのランクが一つ上だからな。スポンサーも投資は最小に抑えたいらしいと見える」
 呆れた様にバックギャモンはソファーに身を沈める。
「いかにも専属チームなしのケチ臭ぇ会社だな・・・ヤル気が削げるぜ」
「そうでも無かろう?」
 そう言ってブレイドは壁に埋め込まれた大画面のナーヴを指差す。
 そこには既に二人のACが並んで派手な演出をされた宣伝が流れていた。 まだ装備をアリーナ側にも報告もしていないに関わらず、既にアッセンブルが決められているのが二人を渋面にさせる。
「どうやらこのCMを事前に撮っていたらしいな。スターは辛いぜ」
 バックギャモンはため息を吐いて肩を落とす。宣伝の金の使い方が尋常ではない。深夜とは言え、このナーヴのチャンネルで連続CMを流そうものなら数十万コームはかかる筈だ。
 一躍、彼らは優勝候補として扱われる事にもなる。
 事実、今回出場するレイヴンの中でも彼らのアリーナのランクは最も高い。
「あとは精々、スポンサーに気に入られる試合にするだけの様だ・・・」
 こうして名前が売れるメリットは大きいが、多くのレイヴンは自由を尊び、企業の歯車にされる事を嫌う。それが二人の態度にも現れているのだ。
 ブレイドが露骨に嫌な顔を画面へと向けると、そこには執拗に例のCMを繰り返して流す大画面があった・・・


 水曜の夕刻にディオはアリーナ会場へとACを運ぶ為にレンタルしたトレーラーの運転席へと座っていた。 いつもは借りているACガレージから直接に機体を依頼側に運んで貰う事が多いのだが、今日は依頼主が居ずそういう訳にもいかなかったのだ。
 平日の高速は渋滞もなく順調に中央ブロックにたどり着く事が出来る。 中心ブロックへの検札と検問を終え、都市の中央道路をトレーラーは進む。 ディオが乗っているのはACを運搬する大型トレーラーだが、それに関わらず車線を狭く感じる事はなかった。その上、片道八車線もあるアリーナへと続く道は広すぎて平日の交通量ではかなり寂しく感じるほどだ。
「これが週末になればギュウギュウに混むんだぞ」
 ディオは隣に座る妹のセレナへと声を掛けた。
「凄いんだね。いつもお兄ちゃんはこうして仕事してるの?」
 セレナは久々のお出かけにワクワクした感じだ。おしゃれして髪形もいつものお下げではなく綺麗に束ねてセットをしている。
「あ?・・・ま、まあな」
 セレナの問いにディオは少し慌てた。何故ならディオはアリーナの経験はあるものの流石にデス・レースには参戦した事が無いからだ。 それに殺伐とした殺し合いである戦場が彼の職場であるので、詳しくは妹に仕事の事は話していないのも重なってディオの歯切れを悪くする。
 そんなディオの気持ちを乗せてトレーラーは都市の中心にあるアリーナ会場へと進み行く。
 アリーナの競技ドームはとてつもなく大きく、高速を降りて既に外周道路へと差し掛かっているが一向にディオのACを搬入するゲートにたどり着かない。この中は様々な地形のAC擬似戦闘スペースと来客用の施設や宿泊施設がある一大イベント・ゾーンである為に巨大にならざるを得ないのだ。
『そのまま道なりに進んで下さい。三十分で到着です』
 ディオはナビゲーションの音声に
ウンザリとなる。自宅のあるリガ・シティからここまで二時間掛かっているのに更に走らねばならないからだ。
「ったく!もうレースやアリーナになんか二度と出ねぇぞ」
 サイドガラスには代わり映えしないアリーナドームの塀が延々と続いている。 特に選手の機体搬入に使用される北ゲートは防衛面と、経費削減とアリーナ運営側のAC運送サービスを使わせる為にワザと簡素に遠くしてあるのだが、初めて来るディオはそんな事は知るよしもない。
 何度目かディオがサイドガラスを開け、片手を外に出してドアを叩くのをセレナが『危ないからやめて』『髪型が崩れちゃうから窓を閉めて』と注意した頃にやっとトレーラーは北ゲートをくぐり搬入ブロックへと辿りついた。
「こっちだレイヴン!」
 浅く整備帽を被り、腕まくりをした若い男がディオのトレーラーを誘導する。
 広いガレージの黄色いワクが描かれた所定の場所にトレーラーを停め、ディオはセレナを助手席に残して後部のデッキへと上がる。
「No518769、ACネームは《ゼノン》でいいな」
 面倒そうに整備士はナーヴ画面を読み上げた。
「武装は全て外してきたな?コアの迎撃機関砲も全弾抜かないと預かれんぞ」
「大丈夫だ。それより大事に扱ってくれよ」
 ディオはセレナの手前、慣れた風を装っているが内心胸を撫で下ろしていた。 前回のミッションで迎撃機関砲まで撃ち尽くしていて補弾はしていなかったのが幸いした。言われるまでディオは武装だけを解除すればいいものと思っていたからである。
「実はレギュレーションをあまり読んで無いんだよな・・・」
 ディオは愛機ゼノンのコクピットに座ると、通常モードで確認起動させつつ携帯ナーヴで今回のレギュレーションを再度よくよく読み直す。 そこには『木曜の十九時までにACの全武装を解除の後、北ゲートへACを搬入の事』と綴られていた。
 更にレースの予選は中立地帯のアリーナドームの真下で行われる。それぞれのチームが違うスタートゲートから進入して、迷路の様に入り組んだ通路をひた走り最深部にあるターゲットを破壊したチームの勝利となる。 ターゲットが破壊された時点で進行したブロックの数や撃破数やダメージ係数が細かく計算されて以下の順位が決定されるシステムとなっていた。
「なんだ。搬入は明日でよかったのかよ!急いで損したぜ・・・っと、それよか俺と組むパートナー誰なんだ?」
 携帯ナーヴは音声で質問を受け付けて検索を始める。ディオはその間にゼノンを立ち上がらせ、壁面にズラリと立ち並ぶメンテナンスベッドへと進んだ。 メインモニターには冷たい鉄の床の格納庫が見え、後部モニターにはトレーラーの助手席でセレナがゼノンを見上げているのが見える。 床の滑り止めのパターンとゼノンの脚部の裏が擦れて嫌な音を起てた。
 ディオはオートで指定された格納ブロックへゼノンを進ませる命令を下す。 ゼノンがブロックに差し掛かかり、背中を壁面に向けるとアームが伸びてきて各所にあるロッキングポイントを掴む。
 メインモニターのロッキングのワーニングランプが全てグリーンに変わるのを確認するとディオはハッチを開けてACから降りた。
 そこで手元の携帯ナーヴが震え、先程の検索が終わった事を告げる。
「ん?俺のパートナーは『カロン』の『グラスホッパー』か。聞いた事ないヤツだな・・・隣のメンテナンスベットじゃないか」
 ディオは聞いたことのないマイナーなレイヴンがパートナーで内心がっかりしつつも「当たり前か」と妙に納得する。
 だが、検索を終えていた携帯ナーヴと隣のメンテナンスベッドに居るACを交互に覗き込んでディオは事の他に驚いた。
「まさかコイツが俺のパートナー・・・嘘だろ?」
 ディオの眼前には薄いグリーンのACがその鋼鉄の身体をベッドに横たえている。それは駆け出しのACを持たないレイヴンがネストから最初に貸与されるタイプの通称『初期機体』と呼ばれるタイプのACであった。
「ブースターとかFCSまでノーマルなのか?」
 ディオは隣の薄い緑色のAC構成パーツリストを見て毒づく。 それからのディオは落胆した表情を見せたきり、格納庫でも帰り道でも一言もセレナと口を聞かず『お兄ちゃんの職場を見せてやる』と言われて、喜んで着いて来たセレナが退屈そうに詰まらなそうに頬を膨らます。
「こりゃ最悪、俺のAC売らなきゃならんかもな・・・」
 小声でディオはようやく悪態を口にした頃、セレナはもう助手席で眠っていた。
「何とかお前を学校に行かせてやるからな」
 ディオは自分の上着を脱いでセレナに掛けてやる。彼女はいつの間にか、いつものお下げ髪になっていた。
「お兄ちゃんのバカ・・・つまんないよ」
 セレナの小声は前走車へのクラクションと、トレーラーのエンジン音にかき消されディオの耳に届く事はなかった・・・


 週末のアリーナ周辺は人に埋め尽くされ、全ての道が都市交通管理局の処理キャパシティを遥かに超えて渋滞が起こっている。 あれだけ広い高速道路すら会場であるアリーナへと向けて車が埋め尽くしクラクションが断続的に鳴り響いていた。 歩道のそこかしこに露店が軒を連ね、ひっきりなしにバスや地下鉄で来た人々の群れがアリーナ会場へと足を向けている。 煌々と照る周囲施設のライトやネオンは真昼の明るさを一帯にもたらしていた。
「さすが年に一回の大レースだ。盛況だねぇ」
 のべ数万人を見下ろすアリーナの最上階で強化ガラスを覗き込みながら鍔広の帽子を被った男が皮肉めいた口調で言った。
「みんな刺激が欲しいんだよね」
 赤い絨毯が敷かれた小さな部屋の奥でアンティーク調の机に腰掛けて、外の喧騒など興味なさげに本を読む少年が答える。
「本物の刺激が欲しいならレイヴンになっちゃうか、僕らみたく・・・」
「よせ《アクセル》!何処で誰が聞いてるか分からない」
 少年の言葉を、隣に座る腕組をしてたたずむ金髪の男が制した。
「我々は情報通りに《奴》がここに居るのであれば連れ戻すのが目的だ。それ以外の事は考えるな」
 金髪の男はそう言って立ち上がると部屋を隅々まで見回す。
「心配しすぎじゃないの?この部屋には盗聴器とかは多分ないよ《ゼファー隊長》」
 アクセルと呼ばれた少年が本をスタンドへと投げ捨てる様にして、椅子に腰掛けたまま思いっきり背伸びをする。
「本当なのか《ゴディバ》?」
 ゼファー隊長と呼ばれた男が窓際の鍔広の帽子の男に問う。
「さてね・・・あったトコで困りはしないでしょ?我々は単なる客なんだし」
 と言いつつゴディバはサングラスを下へとずらし、部屋の片隅にある観葉植物の鉢へと視線を投げると、そこには枝に偽装したアンテナが土中から伸びていた。 それを見たゼファーの表情があからさまに怒気をはらむ。
「そうだね。今日の試合は楽しみだなぁ」
 バツが悪そうな顔をしながらアクセルは大きな声でわざとらしく言った。 ゴディバは懐から携帯ナーヴを取り出してすさまじい速さでキーを打ち込む。
「これでこの部屋からは電波は飛ばねぇし快適な空間にはなったぜ」
 その言葉を聞いてゼファーは落胆の溜息を漏らす。
「最初からそうしろ。ここの奴らは油断も隙もないな」
 首を振りながらゼファーは眉をひそめた。
「そういいなさんな。すぐに機械のトラブルが起きるのも怪しいだろ?」
 即答でゴディバが返す。ゼファーはそのあらかじめ用意されていたかの様な台詞に表情を曇らせる。
「奴の試合が終わるまではこちらも手出しできない。ここの運営管理は各都市共同の上に厳正中立だ。ネストとて簡単には入り込めない。賄賂も恐喝も効かんしな。情報入手が遅れたから仕方が無いとは言え・・・」
 ゼファーは首を振りながら、端正な顎に手をやり目を閉じる。
「あのフェンダー・チェンとかいう男、口が堅かったものね。おかげで僕は随分と楽しめたんだけど」
 アクセルは残忍な、それでいて屈託のない笑みを浮かべた。
「僕はね。指の骨を折るのって好きなんだ。可愛い音がペキってするクセに折れたら皆すごく痛がるでしょ?」
 その言葉にゴディバは笑い、ゼファーはその意見に眉間へと皺を寄せる。
「お前ほど他人の痛みに鈍感な奴は見たことがない。施設でどんな教育を・・・」
 そうゼファーが言った時、インターホンが鳴った。
「《アーリア都市共同組合》の方々、申し訳ありませんが空調のトラブルが起こりました様でチェックに参りました。」
 その言葉に三人は再び苦笑いを浮かべる。
「手早いこって・・・ある程度は《招かれざる客》なのがバレてるみてぇだな」
 ゴディバは肩をすくめるとホルスターから愛用のリボルバーを抜きながらドアに向かって歩き出す。
「レースの邪魔するつもりは無いのに心外だよね。・・・たぶん扉の向こうは九人。ちょうど三人づつが相手だよ」
 アクセルも背中から小型のサブマシンガンを取り出し、袖に隠してあったマガジンをゆっくりと装填する。
「運営妨害すると思われたな。だが潔白の証明も、我々の素性を明かす事も出来ないとなると完全にここでの任務は失敗だ。それにしても二人共、ここまでよく武器を持ち込めたものだな?」
 落胆と呆れ顔でゼファーは二人を見ると、よくよく考えてまとめて溜息を漏らす。 ここへの武器の持ち込みから会場側にマークされたとも考えられるからである。
「次からはもっと慎重にしてくれ。命がいくつあっても足らない」
 嬉々として戦支度する二人にゼファーが警告した。
「あれ?ゼファー隊長は丸腰でやるの?」
 彼の思惑を他所にして、からかう様にアクセルが笑う。
「ケイ隊長ではあるまいし・・・素手で武装した兵士を三人も一度はキツい」
 ゼファーは気持ちを切り替えて靴底から細い投げナイフを数本取り出した。
「そんじゃ開けるぜ。お待ちかねのショータイムだ!」
 ゴディバがドアを蹴破ると同時に銃声が廊下に響き渡った・・・


 僅かな振動と小さな電子音。
 カロンと名乗った男はACのシートに深々と腰掛けていた。
 ここに居れば心地よい陶酔感に包まれる。
 彼にとってこの空間は葛藤や苦しみから逃れられる楽園と言えた。
 神経の一本、一本がマシンと繋がっていく感覚。自分自身が役立たずの人型をした道具ではなく機械の一部としてここに居る。そんな自負も持てる。
 足元には矮小で非力な人間が右往左往していた。
 ハッチは開いているが彼の脳内には既にACとリンクし、巨大な頭部から見た視点でも同時に物が見えている。
 カロン。
 デリンジャー。
 人が自分を呼ぶ名前はどうでもいい。 生命維持に必要最低限な肉体すら、彼にとっては忌まわしい檻の様に感じる。
「何故、私はこの様な姿で生まれたのか?」
「そして何の為に生命活動を続けるのだ?」
 自問自答してみるが明確な答えはない。
 ただ路地裏で蹲っている時と違い、充足感と満足感だけは心に満ちた。
「私は人殺しの為に、その為にマシンを操る為に造られた人工生命だ」
 《シフト》
 それは《プラス》を超える為に受精卵の段階から改造された人工の生命体である。故に彼は生まれしその時より、誰よりも戦闘マシンに適応する事を義務付けされた存在なのだ。
「だが誰の為に?私を生み育てた者もおらず、最早《ゴンドラ》も・・・」
 今までこんな事を思考する事は彼にはなかった。実際に誰よりも彼はACに適応し、連立都市ネストという小さな枠の中ではあったが彼よりも優れた存在という者は彼の前には姿を見せなかった。
 究極の破壊兵器の一部でなくとも何より優れたACのユニットである事、それで何とか現状は自己の存在に我慢が出来た。
 だが《奴》との決定的な敗北の瞬間から自分の中で何かが崩れた。 そして「誰の為に」「何の為に」・・・この二つが彼の中で何度も繰り返される。 ただ今の彼に言える事は、あのフェンダー・チェンとか言う、街のダニの為に生きるのではないという事。そして自己の存在はやはりACなどという小さな器の為ではない事だった。 それをひたすらに彼は強く思った。
 自分はもっと優秀な機械のはずだ、と。
「私は何を成すべき生命体なのか」
 何度も何度も呟き、思考したが答えは出ない。 だが、今までの様にその事を思考する事は辛くはなかった。なぜなら彼は破壊兵器のコクピットに収まっているから。少なからず相手を倒し、自らの存在を肯定出来る場所にいるのだから。
 彼の思考は暗い闇の海を漂うかの様に揺れる。
 自分は迷っているのだ。と彼は思う。
 安穏とした安定に身を固めて機械となるか、感情に身を任せて激しく、また愚かにも見える人間として生きるのかを。
 何の答えもなく小さな脈動と電子音は狭いコクピットに響く。
「おじさん・・・」
 不意にコクピットの脇から声がした。
 振り向いて見るとコクピットに取り付けられたタラップに幼い少女が一人、自分を見下ろす様にして立っていた。
「私、おじさんの試合のパートナーの妹で、セレナっていいます」
 少女の顔は少し強張っていた。
「何の用だ?」
 男は真っ赤な瞳をセレナに向ける。久々に明確な肉声を出した為にしわがれた老人の様な声になった。だが、これでも彼にしては出来るだけ相手に恐怖を与えない様に接していた。逃げられては用が聞きだせない。
「頑張って下さい。挨拶しておかないとって思ったので・・・お兄ちゃんってばそういうトコが不精だから」
 セレナは小さな声で恐々といった感じでそう答える。 その後ろから妹を見つけたディオが慌てて全速力でやってきた。
「お前、危ないからウロウロすんなって言ったろう!それに訳の分からないレイヴンに礼儀なんて必要ないって・・・」
 と言いつつコクピットを見たディオは明らかに嫌悪の表情を見せる。
 シートに収まっている男は、蒼白を通り越して生気のない真っ白な肌をしており肉の削げた針金の様な体格が異様だったからだ。
 瞬きひとつしない真っ赤な瞳だけが異様な生気を発している。
「あんた・・・かなり肉体改造してるプラスなんだな」
 ディオは精一杯の平静を装いながら男に話しかける。 それに対する答えはない。ただ男は目を伏せて深い瞑想に入ったかの様に黙る。
「しっかし、こんなACでよくデス・レースになんか出る気になったな。余程のワケありなのは分かるけどよ」
 ディオは呆れた様に薄いグリーンの初期機体タイプのACの装甲を拳で軽く叩く。
「ま、せいぜい足を引っ張らない様に頼むぜ」
 そう憮然として言うと妹の手を掴んでタラップを降りようとする。 早々に気味の悪い男との関わりを断ちたかったからだろう。
「この人に失礼よ!ごめんなさい・・・本当に頑張って下さいね」
 セレナは兄の手を振り解いて男に小さな頭を下げた。
「ひとつ・・・聞いてもいいか?」
 その姿を見て、しわがれた声が男の唇から漏れた。 立ち去ろうとしていたセレナがその言葉に振り向く。
「お前には私が機械でなく《人間》に見えるのか?」
 その問いにセレナは首を捻ってしばらく考える。
「うん。見えるよ。最初はびっくりしたけど・・・」
 男の目が開いて初めて少女に瞳が向けられる。
「それはどうして?」
 セレナは身を乗り出す様にしてコクピットの男に向かって微笑む。
「だってこうしてお話しているから。それと・・・」
 そう言いながらポケットから薄いピンク色の可愛らしい携帯ナーヴを取り出して得意そうに男に見せた。
「ほら。機械は私に自分が機械かどうか?なんて聞いたりしないもの」
 男の目が一瞬驚愕の表情を見せて見開かれ、セレナの携帯ナーヴを捉えた。
「じゃあ、そろそろ試合が始まるから行きます」
 セレナはポケットにナーヴをしまって一礼すると兄のもとへと駆けて行く。 それを見送る事もなく男は再び目を閉じて項垂れる様に下を向いた。
「人間・・・私は機械には完全にはなれないのか?」
 確かに機械に好き、嫌いなどを思う資格も自己の存在や機能を他人に確認したりする必要もないはずである。 そして、この様な身体に造られた憎しみの暗い炎が再び心に灯る。
 《憎しみ》や《嫌悪》は何の為に自分にあるのか。
「人間だからなのか?人間として生きる為だからなのか?」
 果たして自分が機械としてあるべきか、人間としてあるべきか・・・そして、そこからどうあるべきなのか?感情と事実の入り混じる永遠に答えの出ない命題を突きつけられた優秀なパイロットを載せた、整備万全の薄いグリーンのACが暗い格納庫で冷たく光る。
 これから始まる半ば殺し合いを見世物にした饗宴の為に。
 闇の中でナノマシン活性剤を注入するアンプルの乾いた音が響いた・・・


 暗い通路には巨大なジュラルミンの扉が道を塞いでいる。 蛍光イエローの下手な文字で《B》と綴られた扉の右上には、信号機の化け物の様な簡易シグナルの光が通路を赤く染めていた。
「いよいよだぜ」
 ディオは誰に向けるともなく呟いた。
 コクピットのサイドモニターには十機程度のACが横並びになっている。 ブレードのみを装備した四脚や、異様に脚部だけが軽装の重量違反機体・・・普段の実戦では見かけない異様なアッセンブルのACが目立つ。このレースのレギュレーションに合わせて各々がアッセンブルした結果だ。スタンダードな筈の重量二脚の装備をしたディオのゼノンが逆に珍しく見える。
『スタート10秒前』
 突然、コクピットに明るい声で女性のアナウンスが響く。
 今頃、上階で観戦するは客は総立ちでモニターを見ているに違いない。
 ディオは緊張で薄く汗をかいた右手を軽く振って乾かすと、操縦桿を握り直す。
 すでに何機かのACは背部のジェットを軽く吹かし、高い金属音がスターティングブロックに響き渡っていた。
 ゼノンの右隣にはカロンと名乗った男の初期機体ACのグラス・ホッパーが並んでいる。 他のチームは殆どが軽量機体と高火力の機体のペアだが、ディオのチームは何とも半端な構成をしていた。武装も実弾兵器ばかりで他のチームと比べて到底有利とは言えない装備だ。
 他の企業のリリースしてくるワークスマシンの様に派手な美しいカラーリングもなく、肩に小さく竜巻をイメージしたクフィル社のエンブレムステッカーが急遽無理やりに貼られている。
「ホントに、こんなのでイケんのかよ」
 ディオはコクピットでサイドモニターを見ながら首を捻って呟いた。
 扉が開いた瞬間から僚機を除いた全機が敵にまわる事になる。 軽量機体はなりふり構わず先を急ぐことだろう。 重量機体は当然ながら後続になり、撃破ポイントを稼ぐのと生き残る為に目の前に居るACと潰し合いを始める事が当然ながら予想される。
 普通のACレースと違い、このデスレースは必ずしも先頭を切るのが正解とは限らない。後方から攻撃するACと障害物に配置されたMTや無人砲台を相手にもせねばならないからだ。
「俺の機体はスピードがない・・・となれば後ろからの追い上げしかねぇ」
 ディオがヘルメットのバイザーを降ろすと同時にシグナルが赤から緑に変わった。
 『予選Bブロック・スタート』のアナウンスと表示が正面モニターに映る。
 それを合図に一斉にACが扉に向かってダッシュを開始した。
 何機かのACが放つロケットやグレネードが鉄の扉に向かって飛ぶ。 扉が開くのを待っても構わないのだが、そんな悠長な事をするブロックは一つとしてない。派手にこの扉を破壊するのも、この大会の予選名物と言えた。
 ディオは目の前が爆炎で真っ赤に染まるのに怯みながらも、速度差で早くも前に出た一機の軽量ACへとライフルの狙いを定める。 二発ほど発射した刹那、突然に横合いからタンクACのロケットがゼノンに迫る。
「危ねぇ!」
 着弾のすんででディオはゼノンの左手を翳しコアを庇う。 幸いにもロケットは狙いを外しており壁面へと飛び去った。
 そこかしこで乱戦が始まり、先程ディオを狙ったタンクは別の方向からくる小型ミサイルを撃ち落とすべく迎撃機関砲の効果範囲へと機体を向けている。
「もう何がなんだかワケわかんねぇぜ!」
 少なからず実戦を経験していたディオではあったが、ここまで狭い範囲に多数のACが入り乱れての戦いは流石に未経験であった。
 前方では邪魔な扉の残骸をブレードで切り刻みながら、中量ACなどが軽量ACを追って前へと進んで行くのが見える。もうゲートを通過していないのはディオを含めて三機しか居ない。
「出遅れちまったって言うのかよ!」
 ディオは背部ブースターを吹かして前を行くACを追う。
 その後ろからグレネードが迫るが、何とかそれをパスするとゲートをくぐって広いホール状の闘場へとディオは出た。 床には早々に撃破された軽量ACが三機ほど無残に横倒しになっている。
 ドーム状の室内中央では中量級AC同士が死闘を演じていた。
 ディオは天井に十分な高さがあるのを確認すると、そのうちの一機に狙いを定めて背部のミサイルを発射する。 コクピットにも伝わる軽い振動と共に数発のミサイルが垂直に上がり、その後にターゲットへと飛んでゆく。 更にディオは武器をライフルへと切り替えて中量ACへとダッシュを始める。
 中量ACは目の前の敵に気を取られていたせいか、回避もせずにディオのミサイルをまともに食らって頭部が吹き飛んだ。 更にディオのライフルの掃射を受けて横へと弾き飛ばされる様にダウンする。
「まず一機!」
 ディオは自らを奮い立たせようと出来るだけ威勢よくそう言い放つも、全身に冷や汗をかいていた。
 再び背後からグレネードの熱塊がゼノンへと迫る。 かろうじてそれは距離が離れている為に回避する事が出来た。 ロックオンされていない牽制の一撃であることがディオにも分かる。 それを見て中央で戦っていた残り一機の中量機体も振り向いて先を急ぐ。 またしてもディオは最後尾となってしまった。
「くそ!それにしても俺の相方はどこへ行きやがったんだ?」
 この闘場の床に転がるACにはそれらしい機体が居ない。 ディオの心に『ひょっとしてトップとかだったりして』と甘い期待が沸き起こる。 だが、すぐに自嘲しつつ首を振り、淡い期待を振り払う。
「あんな機体じゃ、この先の通路の入り口で転がってても不思議じゃないよな」
 そう言いつつドーム状の室内を抜けて先の通路を目指す。 その背中を恨めしそうに派手な赤と白に塗り分けられたボディを無残に焼け焦げさせたACのヘッドが見送っていた・・・


 先頭を走る軽量四脚ACの後方に隠れるようにしてカロンのグラスホッパーが着かず離れずに着いてゆく。
 かなりのハイスピードで突き進む四脚に軽装とは言え中量級ACが着いてくるだけでも異様なレース展開だといえる。 更に後方のグラスホッパーは殆どといっていいほど発砲していない。
 狭い通路の向こうから軽量四脚の前に無人の《タイガーモス》と呼ばれるタイプのホバーマシンが迫って来た。 円柱状のボディの下方に対AC用の火炎放射器を搭載した、纏わりつかれると至極厄介な相手だ。
 四脚ACは殆ど無視する様にダッシュでタイガーモスをパスしてゆく。後方のカロンに押し付けようという魂胆だ。 一機だけをハンドガンで仕留めた後、四脚は左コーナーをその特異な脚部形状を生かし、減速に左足を接地させつつ火花を散らしながら高速で曲がっていく。
 この走り方は軽量四脚のACのレイヴンはACレースの経験者である事を示していた。
 《バリエント・シガー&マテリアルチーム》の《アレシェーフェ》。現在連立都市ACレース四脚カテゴリーで彼は四位のレイヴンである。
 実際に彼の機体は交戦はほとんどパスして、ひたすらに走りきる作戦でここまでトップで来ており、濃紺とイエローに白のストライプの上に貼られた煙草メーカーのエンブレムには傷一つなく被弾も殆どないままで独走を続ける。
 先ほどからアレシェーフェとグラスホッパーとの差は、敵を押し付けているに関わらずに縮まらず離れずでトップを行く彼の神経に障っていた。
 まるで『先を行かさせてやっている』と言わんばかりの態度にもアレシェーフェは業を煮やしている。
「そろそろだ・・・」
 グラスホッパーのコクピットでカロンはレースが始まって初めて口を開く。
『お前、まだ生きてんのかよ!何処に居るんだ!』
 通信に気づいた僚機のディオの声が通信機から響くが、即座にカロンは音声をカットする。
 前を行く四脚ACは最後のコーナーを曲がってスタートから三つ目の広い区間へと突入して行く。
 アレシェーフェとカロンは既に予選ブロック最終ステージにまで達していた。
 ゴールのブロックはそれまでの無味乾燥した印象のステージとは違い、白いコンクリートの石柱が立ち並ぶ、やや広めな場所であった。 石柱にはそれがビルに見える様に特殊塗料で窓まで書き込まれている。 モニターを見ている観客には街さながらに見えることだろう。
 部屋の四方は全て電磁バリアで仕切られており、それが分かる様に薄いブルーのスクリーンが揺らめいて入り口の面だけが鉄の肌を晒していた。
 カロンの真っ赤な目が細められ、ビル群の奥に置かれた物体を捉える。
 そこには頭部のない奇怪な人型のマシンがこちらを向いて立っていた。 《バッカニア》と呼ばれるタイプの無人兵器だ。 かのクローム・マスターアームズが開発した《ハンター》や《ハリアー》の無人機シリーズのうちの一機種だ。
 無人機シリーズ、通称《メンシェン・イェーガー》は、無人機ならではのパイロットの生存性を無視した構造と軽量化などでACよりも高機動を誇る。 しかしながら優れたレイヴンには戦闘能力では及ばず、戦略の応用性に難を残すものの、こういった限定区間での簡単な無差別掃討には適している為に侮れない相手だ。
 バッカニアはその長い四肢を小刻みに動かすと二機に向かって、腕にあたる部分に取り付けられたチェーンガンを発射する。
 カロンはサブディスプレイに映るバッカニアの情報を見て口の端を歪めて笑った。この機体を破壊すれば、その時点でこのブロックの予選は終わる。 加えて撃破したチームは確実に予選を突破するポイントが得られるのだ。
「さて、私とお前と、どちらが優れているのか」
 グラスホッパーは高くジャンプしたバッカニアを見上げてライフルを向ける。
 アレシェーフェは後退して傍観の構えだ。 機会を見て戦いに参加するつもりか、後方から来るであろう僚機の高火力のACに任せるつもりかも知れない。
 カロンのグラスホッパーは最小限の足裁きでチェーンガンを回避しつつ、右手のライフルを放つ。 狙い誤らずその一発の弾丸はバッカニアの股関節にヒットして右足が股間接より脱落した。更にグラスホッパーは発砲してバーニアを破壊する。 バッカニアは数十メートルの高さから落下して潰れる様に地面へと転がった。
 そのたった一撃で勝負の行方はグラスホッパーへと傾く。
 全くの着地に対しての措置が働かないで、この高さから落下した場合、レイヴンが乗っていたなら死亡してもおかしくはない。
 だが、バッカニアは上半身は無傷である為に掃討の命令は生きているらしく。今度は背中のパルスライフルをグラスホッパーへと向けて放つ。
 グラスホッパーはそれをビルを模したコンクリート柱でやり過ごす。
 そこへ割り込む様にして軽量四脚のアレシェーフェがハンドガンを乱射して半ば残骸となったバッカニアへと突撃を開始してきた。 これらならば破壊のポイントも獲得できるチャンスと踏んだのだろう。 アレシェーフェは自機へと向けられた数発のパルス砲を食らいつつも至近距離まで接近すると軽く機体をブーストで機体を浮かせて、とどめの一撃とばかりにブレードでの突きを狙う。
 
ジェネレーターがフル起動して左手へとパワーを送る。この突きの一撃を受ければ重ACとて撃破される可能性がある。ましてや半壊した無人ACなど確実にダウンさせられる筈だ。
 そこへ横から放たれたグラスホッパーのライフル弾が、アレシェーフェの振りかぶった左肘関節にヒットした。
 腕が吹き飛びこそしなかったものの、左腕のブレードは作動せずに軽量四脚の腕がだらしなく垂れ下がり機能を停止する。
 そしてブレードのモーションを中断する形で、バッカニアの間近に着地だけするだけの態勢となってしまった。 即座に形勢を立て直すべくアレシェーフェはフルバックするが、そこへ殆ど残骸と化したバッカニアが急激に襲い掛かる。 長い両腕の先からブレードを噴出させ、軽量四脚へと左右の二撃を繰り出す。
 アレシェーフェは右足を完全に切断され、更に腰部にも更に突きを食らう。
 バッカニアは無人機シリーズで格闘をメインに強化された事を知る物は殆ど皆無に近い。それ故の油断もあり軽量四脚は手痛いダメージを受けた。 そこへ更に狙い済ましたかの様なグラスホッパーからのミサイルの連射で完全にアレシェーフェは沈黙する。
「すべてが《奴》とは大違いだ・・・」
 そう言ってカロンは地に伏すバッカニアへと近づく。 先程と同じ様に二連撃をバッカニアは見舞うが、軽くジャンプして回避したグラスホッパーには全く触れる事も適わずブレードが虚しく空を切る。
「同じ攻撃モーションか?まるで木偶人形だな」
 そして着地と同時にグラスポッパーはバッカニアの上面を踏みつけ、そのまま地面へとめり込ませる様に潰した。 暫くの間、バッカニアの両腕はでたらめな動きを続けていたが、グラスホッパーはそのまま踏みにじる様にして無人ACの弱点である中央制御部を破壊していく。
 力なくバッカニアは、その長い両腕を冷たい地面へと落とした。
「・・・奴からすれば、私もこいつと変わらないレベルなのだろうか?」
 完全に残骸と化した無人ACを足元に眺めながら、戦闘モードの強制終了とレースが終わった事を示すアラームに消されそうな声でカロンは虚しく呟いた・・・


「勝因はチーム・ワークですね」
 若い金髪のレイヴンと、眼鏡をかけた恰幅のよいレイヴンが肩を抱き合いながら群がる記者達のフラッシュを浴びていた。
 予選を通過したチームのブースは華やかに飾られ、アリーナ側の運営や警備スタッフが忙しなそうに右往左往している。
 デス・レースの予選を通過したチームは一同に集められ、整備や修理の時間を利用してインタビューや企業アピールなどのイベントが催されるのだ。 観客にはこの時間を利用して食事や休憩をさせる意味合いもある。
 この間にアリーナ側や周辺施設に落ちる金も尋常な額ではない。 インタビューする側の記者達にとっても試合の情景はアリーナ施設でしか放映されない事もあり、このインターバルと最終のインタビューは数少ない一般放映が可能な貴重な時間とも言える。 現地に来れない市民達はテレビ放映に釘付けだろう。
 ここに来てようやく企業のトランスポーターがマスコミと企業関係者のみに用意されたアリーナの開放スペースへと殺到していた。
 スター選手などは各新聞社の質問攻めを浴びたり、顔見知りと喜びを分かち合ったりもしている。 通常のアリーナ対戦では考えられない程の華やかな光景だ。
 デス・レースは企業単位のイベントである為に、大衆へのアピールやサービスもまたかなり重要になってくる。 そこかしこでフラッシュの光が瞬き、各企業の新商品名が連呼されていた。 ACを背にしてレイヴンやキャンペーン・ガールなどが華やかなスポットを浴び、さながら企業の合同見本市とモータースポーツ会場の雰囲気を見せている。
「Bブロックの・・・グラスホッパーか?あれにはインタビューしたのかよ」
 無精髭を生やした記者が、横に立つ黒人の同僚に向かって声をかける。
 喫煙ブースで煙草を吸いつつ、その記者は詰まらなそうに辺りを見回す。
「《ミハエルさん》それより蜃気重工チームのブレイドにコメントもらわないと、この予選突破最短時間なんですよ!」
 ミハエルと呼ばれた記者は興味なさげに首を捻って骨を鳴らす。
「そんな記事は他の奴らも書いてるし、売っても知れてるだろうが」
 そう言って煙草を灰皿へと突っ込むと、記者腕章を指でまわして鼻で笑う。
「誰も書かねぇ都市の真実を書くのが『記者』じゃねーのかよ」
 同僚の黒人記者はその答えに肩をすくめて親指でBブロックのクフィル社の方向を指差す。そこにはディオのゼノンと何の変哲もない初期機体がメンテナンス・ベッドで修理を受けていた。
「あんな華のないACじゃ絵になりませんよ。特にあのレイヴン・・・えーっとカロンとか言うのはコクピットから出てもこないらしいっスよ」
 その言葉にミハエルは益々、興味が湧いたらしく親指で顎を掻きながら不敵な笑みを見せる。
「いいね・・・そういうのソソられるぜ」
 そう言ってミハエルはクフィル社の方へとカメラを担いで歩き始めた。 黒人記者は足元の機材を肩に担ぐと、蜃気重工のブースへ向かう人ごみを掻き分ける様にして進む。
 クフィル社のブースは他と比べて明らかに粗末なもので、急に拵えたものだというのが明らかに分かった。勝ち抜く可能性が殆ど無い企業は予選の結果をみて大急ぎで機材を揃えてやってくる。クフィル社もその御多分に漏れず、アリーナ会場に近いレンタル業者から機材を掻き集めたのであろう。
 ディオはその中でバツが悪そうに白いフレームの簡素な椅子に腰掛けていた。
 全く暑くも日差しもないのに際どい水着の様なコスチュームを着たキャンペーンガールが傘を差してくれている。 傘の意味が分からなくディオはキャンペーンガールに尋ねてみたが『伝統ですから』の一言と笑顔しか返ってこなかった。
 仕方なく紙コップに注がれたスポーツドリンクを飲みながら対面に座るクフィル社の代表の賛辞を聞き流している。
 先程からクフィル社の広報部長と名乗った小太りの親父は満面の笑みを浮かべて、恐らく観てもいない予選の内容を褒めちぎっていたのだ。
「よぉ、ディオ」
 声のした方を振り返ると、そこにはディオの知った顔が立って居た。
「ミハエルさん。どうしてここへ?」
 ディオは以前、一緒にミッションをこなした事でミハエルを知っていたのだ。
 ミハエル・カルテイル
 こう見えても彼は《ラプラス》という逆間接ACを駆るレイヴンである。 被写体に最も迫れるとの理由でレイヴン登録した変り種ではあるのだが、そこいらのレイヴンより腕は確かで、何よりこの世界に顔が広い。
「もう散々ですよ。こんなにハデなイベントだとは思わなくって・・・」
 ディオはなるべく顔を隠すかの様にタオルを頭にかけていた。 ポイント最下位での予選通過チームを取材する者など余り居ないが、それでも写真を無断で撮られるのには抵抗を感じるからである。
「それにあの相棒です。気味が悪いったらないですよ」
「気味が悪い?」
 ミハエルは更に興味がそそられたらしくディオの肩を掴んで聞き返す。
「よぉ、そいつにインタビューさせてくれよ」
 ディオは申し出に、手のひらを挙げて返した。
「勝手にどうぞ。ってゆーかコクピットから出てこないんスよアイツ」
 ミハエルは返事を聞くと軽くウィンクで返しながらメンテナンスベットに横たわる初期機体タイプACへといそいそと駆けて行く。
 薄いグリーンのコアの左脇の前に添えられたタラップを登りコクピット近くに辿り着くと、そこには少女が一人座っていた。
「おじさんだれ?」
 ミハエルは僅かの間、驚いた表情を見せるがすぐに思い当たる名前を口にした。
「あーっと確か・・・セレナちゃんだよね?俺はミハエル・カルテイルっうんだ。お兄ちゃんの友達で・・・えーっと新聞記者って分かるかな?」
 ミハエルは仕事柄、一度聞いた名前などは、ほぼ完璧に憶える。以前、一度だけディオに妹が居ると聞いていたので記憶していたのだ。
 少女は首を縦に元気よく振って頷く。
「ところで何をしてるんだ?」
 ミハエルは屈みこむとセレナが一心に見ている物を覗き込んだ。 手にはピンクの携帯ナーヴが握られている。
「これで中のおじさんとお話しているのよ」
 よく見ると彼女はメールのやり取りをしている。 どうやら余程、中のレイヴンは出てきたくないらしい。ミハエルは半ばインタビューは諦める様に嘆息すると、金髪の頭を掻きながら少女に問いかけた。
「で、何を話してしるんだい?」
 ミハエル半ば興味本位で聞くとセレナは笑顔で画面を見せる。
「えーっとね。今は《友達》って何かを教えてあげてるの」
 ミハエルは不思議そうに画面を見た。
 そこには確かに『友達とは何か?』と書かれている。
「コクピットの中に居るのはレイヴンではなく人工知能か?・・・最近完成したと噂のAI搭載ACか何かなのか?だとしたらルール違反だが・・・」
 ミハエルはもしそうなら特ダネだと微かな期待をこめて小さい声で呟いた。すると今まで貝の様に閉じていたコクピットのハッチが静かに開く。
「自分の目で確かめるがよかろう」
 コクピットの暗がりから、くぐもった男の声がする。
 ミハエルが半開きになったをハッチ開けるとそこには信じられない位に白い肌をした痩せぎすの男が座っていた。
「《プラス》か・・・だが俺が今まで見たどのタイプとも違うな」
 ミハエルの言葉に中の男の唇が歪む。どうやら笑ったらしいと分かるまでミハエルには暫くの時間が要た。
「おじさん。勝ってくれて、ありがとう」
 セレナが横から紙コップのジュースを差し出す。
「ずっと中に居たままだったから、ぬるくなったけど飲んでね」
 男は枯れた様な細い指でコップを掴むと、上を向いてシートに座ったままで中の透明な液体を嚥下する。
「写真いいか?」
 ミハエルは小さなカード型のカメラを懐から出した。
「命が惜しくなければ撮れ」
 その即答にミハエルは直感で危険を感じて慌ててカメラを懐へと仕舞い込む。 普段なら確実に撮っている筈だが、これは本当に何かが危険だと感じたのだ。 そういう危険に対する嗅覚に似た感覚がミハエルはズバ抜けている。
 クフィル社はコピー製品とギリギリの商品を創る二流メーカーであり、それなりに後ろ暗い世界と繋がりもあるが、この感覚は異質な物にもミハエルは感じた。
「よぉ、アンタ何者だ?どうしてこんなレースに出ている?」
 答えるとも思えないが記者の習性の様なもので一応、ミハエルは問いかける。
「《スレイヴ・クロウ》の脱走者だ・・・と言ったら信じるか?」
 意外にも答えが返ってきたので、ミハエルは目を丸くして男の顔を見た。
「そう言えば、その声・・・聞いた事がある。玄室で確か・・・《ラスティ》と殺り合ってたのはアンタじゃねぇか?」
 コクピットの中の真っ赤な瞳がミハエルを捉えた。
「やはりあの時のレイヴンか・・・奴はどこだ?」
 ミハエルはあからさまに嫌な顔をして首を横に振る。
「特に親しい交流があるワケじゃないし分からん。レイヴンの事ならネストの方が詳しいんじゃないのかよ?」
 男の赤い瞳が、暗がりで光る様にして見える。憎悪とも焦燥ともミハエルには映るが、そのどちらでも無い様にも思えた。
 全く感情が読めない。
「なら用はない」
 その言葉と同時にハッチが静かに閉まってゆく。
 ミハエルは呆然とそれを眺めるしかなかった。気がつくとミハエルは両手の中に汗をびっしょりとかいていた。
「ミハエルさんと、おじさんは友達なの?」
 気づくとセレナがミハエルのズボンの裾を引っ張っていた。
「違うよ・・・見た事もない奴さ」
 そう言ってミハエルは顔面蒼白になりながら振り返ると整備台のタラップを降りだす。下には黒人の記者が機材に腰掛けて待っていた。
「いい記事になりそうですかい?」
 ガムを噛みながら黒人記者は面倒そうにミハエルへと話しかけて来る。
「ああ、コイツは都市のみんながブッ飛ぶ記事になりそうだが・・・命がいくつあっても足りなさそうだ」
 そう言って笑みを浮かべ、同僚の肩を叩くふりをしながら掌の汗を拭くミハエルはいつもの通りになっていた。
 一人取り残されたセレナは再び、その場に屈みこむと携帯を手に取る。
「おじさん。友達っていうのはね・・・大切な人の事をいうんだよ」
 年下の弟に物を教える様にメールと言葉の奇妙な会話を少女は続ける。
 セレナの言葉の数秒後に携帯へとメールが届いた。
「そう。難しい事はわからないけど、知らない人じゃなくて大切な人のこと」
 ピンクの携帯の画面の文字を見てセレナが微笑んだ。
「うん。おじさんは機械になるより人間になった方がいいよ」
 その返事に即答で入るメールを見てセレナは満足に頷く。
「そしたらきっと強くなれるんだと思う。人間は大きくなるのよ。私も大人になったら背が伸びて今より強くなれるんだから」
 暗がりの中、コクピットの中でカロンは俯いたまま一点を見据える様に凝視する。
 《奴》は言った。『架せられた全ての呪縛を断ってやる』と。
 それが奴の強さと優秀さの源なのか?
 与えられた使命や機能を超える力になるのか?
 答えは暗い闇の中だ。
 たが自分も同じ様にする事で憎悪や嫉妬、そういった感情が肯定され、あまつさえ力に成りうる気もする。
 男は暗闇を見据えて考える。
 今よりも強くなる為に。奴を越える為に。
 何よりも機械でもなく人間でもない自分の存在を肯定する為に・・・


 紙吹雪がスタンドに舞う。
 本戦のスターティィング・グリッドは見守る観衆で埋め尽くされていた。
 巨大なACが騒然と並ぶだけでも壮観なのであるが、このデス・レースは連立都市の大きなイベントである為に更に華やかでもあった。
 予選を下馬評通り、ほぼ各ブロックの優勝候補が突破しては居たが、二つ程のブロックは予想外の企業が勝ちあがってきた事もあり、観客達は賭け金のオッズや予想を見つつ盛り上がりを見せる。
 本来は7ブロックあった予選だが、全機破壊で本戦に残らなかったブロックも1つあった。死者も現時点で5名が出ている。 予選を突破はしたが死亡や大破でパートナーを欠いたチームもあった。
 各機体が企業のイメージ・カラーの色鮮やかな色彩で飾られ、地下都市の強力なライトに照らされている。
 ここ連立都市の中立地帯は他の都市と違い《空》というものがなく補強や硬化コーティングされた地面の地肌を頭上に見せていた。 すでに時間は真夜中になっているが、この日のこの時ばかりは無理やりに煌々とライトが照り《昼》を創り出している。
 ポールポジションには下馬評通りに蜃気重工の代表であるブレイドの《インフィニットX》とバック・ギャモンの《バンダースナッチ》が並んでいた。
 両機共に蜃気重工のイメージ・カラーである濃いブルーに塗られている。
「ヘイ!ブレイド!本戦もぶっちぎりで頼むぜ」
 愛機バンダースナッチの暖気運転をしながら、バックギャモンがハイなトーンで前方に声をかける。わざわざ外部スピーカーを使用して並み居る観客にもアピールをしていた。
「レースは任せろ。お前はクフィル社の代表を殺れ」
 一方のブレイドは既に発表されたコースを再度確認しつつイメージトレーニングしながら相棒へと内線通信で面倒臭そうに答えた。
 本戦はアリーナ地下ではなく中立ブロックの一部の国道を使って行われる。 国道の直線道路を突っ切って、河を渡る巨大なつり橋を目指す。それを抜けて地下通路に入り、ターゲットを破壊するのが今年のコースになっていた。
 決して長い距離のレースではない。 それ故に全てにおいてスピーディーさが要求される。一つのミスがスピード型のACにとっては敗戦へと直結するのだ。
「問題は二位のリガ・インペリアル・チームの《コスモソリッド》と四位のティンク・エンシェント社チームの《チグリスブルーム》だな」
 そう呟きながらブレイドは後方とサイドモニターを見る。 斜め後ろには真紅一色に塗装されたリガ・インペリアル・チームが、後ろにはエメラルドグリーンとオレンジのストライプのティンク・エンシェント・チームが虎視眈々とトップを狙っている。
 前の方のポジションに居るACの中で、この二機のみが自機よりも瞬間出力の高いブースター《B-PT000》と《B-P351》を装備したACなのも確認済みだ。
 このレベルになると先行する軽量ACも各々が強力な武装の装備や、戦術を体現している為に最終目的であるターゲットを単独で破壊する事も可能な為に、ダッシュ先行型のACでも全く侮れなくなってくる。
 毎年の事ではあるが先行するACがターゲットを、そして後続のACは可能な限り敵チームを破壊した者が勝利を掴んでいる。 更に何より撃破された時点で大きな減点となる為に、両機が最終まで生き残るという事が大きなポイントとなってくるのだ。
『スタート1分前です』
 そのアナウンスの声を聞いて観客が総立ちになる。スターティング・グリッドには超強化アクリルのゲージがあり、轟音や熱風から観客を護っているがそれを突き破るかの様に一斉にACのブーストに火が入れられる甲高い音が響く。
『三十秒前』
 最後尾のディオは操縦桿を強く握って、早々と前の機体をロック・オンする。予選と同じく戦闘禁止の観客ブロックを抜けた瞬間から乱戦になると予想している為だ。幸いにも最後尾の為に彼の後ろにACは居ない。
『10秒前』
 殆どのACは既にブーストを吹かし始める。先行を受け持つ機体は巨大な脚部で踏ん張って、前に飛び出すギリギリの状態を保っていた。
『9、8、7・・・』
 ブレイドの目が細められ、一気に加速する為のGに身構える。
 インフィニットXは右手に装備された巨大なKARASAWAと呼ばれるプラズマ・タイプの貴重な巨大ライフル銃を構えた。
 後方のバンダースナッチもバズーカを構えてブーストを吹かし始める。
『3、2、1』
 先行型のACはブーストの力に推されて、ほぼ爪先立ちになる。 熱気と噴流で周囲が陽炎の為に揺らいで見えた。
『GO!』
 シグナルがグリーンに変わると一斉にACがブースト・ダッシュで前方に見える巨大なつり橋へと向けて飛び出して行く。
 ブレイドは急加速スタートの強烈なGに耐えながらも、正確に操縦桿を操作して直進する。空力など考えられていないACが高速ダッシュでベストな進路からブレるのを抑えるのだ。コンピュータはオートで姿勢制御するが完璧ではない。
 ブレイドのACはバランスが取り易い様に、予選では取り付けていたレーザー・キャノンとレーダーをバックウェポンから外していた。 それでも超重武器であるKARASAWAを右手に持つ為に完全なダッシュ型よりは速度が落ちる上、装備した右側に重量が傾く為に通常のダッシュとは違う高速走行モードの操縦にはかなりのテクニックが要求される。
 背後からミサイルやロケット弾が迫るがそれをバックモニターで目視回避しながらトップを維持してゆく。
 ほぼサイド・バイ・サイドで真紅の軽量二脚のACコスモソリッドが同じ様にして二位をキープしている。あちらはブースターの性能が高いが速度の維持力がなく時折、減速してオーバーヒート状態になるのを防いでいた。
 背後から追い上げるチグリスブルームがマシンガンを撃ってくるも、お互いのACが限界まで加速しているこの状態では、ロックオンが不確実で単なる牽制にしかならずヒットはしない。
 ブレイドは他の二機ACよりも手前で機体を減速させ、通常のダッシュモードに入る。手持ちの武器が実弾系とは違いエネルギーを食う為だからだ。
 「予定通りだ。このレースもらった!」
 ブレイドは背後のマシンガンを巧みに左右へと回避しながら狙いを自機を高速で追い抜いてゆくコスモソリッドと向ける。
 焼ける様な音を発てて
インフィニットXの右手から凄まじい熱線が射出された。
 コスモソリッドドはそれを予期していたかの様に回避するがインフィニットXは更に連射を続け、真紅の右腕を吹き飛ばす。
「撃破されないとは、少しはやるな!」
 ブレイドはACの爪先を接地させて無理やりに急減速すると、振り向きざまに姿勢を低くしつつ左腕のブレードを振る。
 チグリスブルームは減速したインフィニットXをパスしつつブレードで斬撃するつもりで居たので、姿勢を低くしたインフィニットXにブレードを空振りする姿勢で隙をつくってしまった。逆に追い抜き様に右脚部を斬られ、バランスを崩して転倒する。 ブレードを使用したブーストの連動加速で更に瞬間速度が上がっていた。
 ACがこの速度で転倒した場合、当然ながらタダでは済まない。増してや軽量二脚のACなどは致命的と言える。 チグリスブルームは残る左脚も膝から叩き折れる様にしてクラッシュし、路肩に転がりながらパーツを四散させて行く。
 ひしゃげ飛んだ頭部が、最後の足掻きの様にインフィニットXの肩を掠める。
 チグリスブルームは、もはやコアと右肩だけになった無残な残骸と化しつつ、廃ビルへと刺さる様にして突っ込んでようやく止まった。
「生きているか、死んでいるか・・・半分くらいの確立だな」
 コアの剛性などは極めて高く、これだけのクラッシュにも関わらず原型を保っているが衝突の衝撃などに中の人間が耐えれるかどうかは別の問題であった。
 ブレイドは冷ややかに、横目でその光景を見ると再びダッシュを開始してトップを行くコスモソリッドを追う。
 戦闘になれば右腕を失ったACなど問題もなく叩けるだろう。加えて橋のゾーンからは妨害用のMTなども現れる予定な為に俄然有利となる。
「まったくここまでは予定通りだ」
 ブレイドは口の端を歪ませて笑ったが、即座に後方を振り返りインフィニットXに回避行動をとらせる。コアの迎撃機関砲が火を吹いてミサイルを即座に叩き落した為に機体に被害はなかった。
「ミサイルだと?」
 単発の小型ミサイルではあったが、自機を含めた3機以外に、後続のACが射程距離に入るには彼の計算だとあと数10秒はかかるはずであった。
「データでは我々のスタートダッシュにこの時間で追いつけるACなどスペック上では存在しないはずだが・・・」
 どんなACか確かめてみたいが、ここは予定オーダー通りにコスモソリッドを追うのが先と判断して前へと向き直ってブレイドは再びダッシュを開始する。
「やはりデータには我々以外にダッシュ型に組まれた軽量二脚は居ない・・・
ララウェイ・インダストリーの軽量二脚《天海六号》は小型ミサイルなど装備していないが・・・」
 ダッシュしながらブレイドはデータを呼び出させるが単発の小型を装備しているのはクフィル社のグラスホッパーだけだ。
「なるほど。強化人間というワケか」
 忌々しそうにブレイドは吐き捨てると更にブーストを加速させていく。
 眼前に巨大なベイブリッジが迫り、前をゆく真紅のコスモソリッドが吐き出すブーストの薄い炎が見えた。
「束の間のトップを楽しむがいいさ。すぐにスクラップにしてやる」
 ブレイドはそう呟くとインフィニットXを軽くジャンプさせてコスモソリッドへと狙いを定める。
「所詮は《アリーナ・レイヴン》実戦に近いこのデス・レースでは貴様など俺の相手にはならんよ!」
 インフィニットXの右手の
KARASAWAが再び熱線を吐き出す
 コスモソリッドは数発を回避するも、ブリッジを目前にして冷たいコンクリートの地面へと転がりながら炎上していった。
 橋の入り口には数機の無人兵器《ハリアー》が規則正しく並んで両腕に内臓されたチェーンガンを乱射している。
 ブレードのみの片腕のACでは前後の猛攻には耐えられなかったのだ。
「ここからが本番って事だな」
 ブレイドは不敵に笑うと、炎上するコスモソリッドの文字通り、真紅の残骸をパスして昆虫を思わせる奇怪なシルエットをした無人機へと突入を開始した・・・


 チェーンガンの弾着が地面をのたうちながらディオのゼノンに向けて延びる。
「くうっ!」
 ディオはダッシュで回避しながらクラッシュしたACの残骸を盾にした。 残骸が蜂の巣になり、数発が貫通してゼノンにヒットする。 ディオはコクピットで荒い息を吐く。 罅割れたヘルメットのバイザーをあげて、ディオは目の周りの汗を拭った。
「どうした?《待ち》に入るなら先に進んじまうぜ」
 外部スピーカーでバック・ギャモンの嘲る声が響く。 先程からバンダースナッチは執拗にゼノンを追い回していた。
「もういい加減、そうしてくれよ・・・ったく!」
 最後尾の戦闘区域には既に五機のACが横たわっている。その殆どが目の前のバックギャモンのバンダースナッチが作り上げた残骸だ。
 バックギャモンの機体も激戦で左の肩装甲が無残に吹き飛んではいたが、機体そのものの機能にはさしたる影響は見られていない。
「一発くらいは当たれよ!」
 ディオは垂直発射型のミサイルをバンダースナッチに向けて発射した。
 発射体勢のチェーンガンを折りたたみ、バンダースナッチはブースト・ダッシュでその攻撃を左右に軽く回避する。
「臆病野郎が!全く詰まらねぇ攻撃をする奴だな」
 更にバンダースナッチは別のACが横合いから発射したグレネードも軽く回避し振り向き、手持ちの
バズーカをお返しとばかりにリガインペリアルチームの真紅のタンクAC《アローエンブレム》に撃ち出した。
 重量級のACはこのレースでは手当たりしだいに相手のACを破壊して進んで行くしかポイントは稼げない。ブーストでダッシュしてみた処で後方から狙い撃ちされて撃破されてしまう危険性の方が遥かに高いのだ。
「離脱したいけどアイツの方が、俺のゼノンよりもスピードがあるから追いつかれてしまう・・・」
 遮蔽物があればまだしも、この国道のゾーンでディオの逃げ切りは無理だ
  後続破壊タイプの中量クラスのバンダースナッチは火力は抑えて、ある程度の機動力を保持している為に適わない程の重量ACからは何時でも逃げれる上に、逆に一度ターゲットに決めたACを逃がさない戦法が採れるのだ。
 更にこの二人が巧みなのは、規定である基準違反機体を予選と本線で入れ替えている為に予選でのデータが全くアテにならない様に工夫もしていた。
 「予選突破して5万コーム。修理代は負けた時には自腹だったな・・・」
 ディオは既に負ける事を想定した考えを巡らしてしまう。 軽く4位以内に入れば軽く20万と鷹をくくっていた事に後悔し始める。
「ええい!簡単にヤラれてたまるかよ」
 ディオはゼノンを盾にしていた残骸から離れると、バンダースナッチ目掛けて決死とも思える特攻を開始する。
 「俺の機体がアイツより勝るのは防御力と耐久性しかないしな!」
 左手でコアを庇いつつダッシュで距離を詰めようとするが、それを察したバンダースナッチは回り込んで反対に今までディオが盾にしていた残骸へと隠れる。 そこへACアローエンブレムが再びグレネードを放ってきた。
「ちっ、お仲間の仇討ちか?殺ったのはブレイドだぜ」
 バックギャモンは軽口を叩きながら残骸より躍り出る様にして飛び出すとアローエンブレムに向かってバズーカを射出する。
『ここしかない!』
 ディオは意を決してブーストでバンダースナッチを振り切るべく、形振り構わず前方へとダッシュを開始した。
 リガ・インペリアル・チームの真紅のタンクACがバンダースナッチを足止めしてくれると期待したのだ。
 ディオの眼前には先を行く中量級が激しく撃ち合う火線が見える。
「あそこまで辿り着けば、何とか・・・」
 ディオは乱戦になればバックギャモンのターゲットが他に移ると読み、敢えて激戦区へ突入する事を選んだ。
「逃がしはしねぇよ」
 ディオの予想も期待も虚しく、後方のアローエンブレムからの支援射撃もなくバックギャモンの追撃が開始された。
 左右にブーストダッシュさせつつ逃げるゼノンへと、バンダースナッチのバズーカ砲が火を吹く。 ゼノンは間一髪で第一射を回避するも、直進して急速に後方へとバンダースナッチが迫り、その姿が後方モニターに大きく映りつつある。
「なんで俺ばっか狙うんだよ!?」
 ディオは唇を噛み締めて後方のバンダースナッチへと叫ぶ。 彼は知る由もないがバックギャモンはスポンサーの蜃気重工からクフィル社のACを完膚なきまでに叩く事を言い渡されているので、他のACよりディオの方を優先させるのは当然であった。
「ただブチ壊すだけじゃ詰まんねぇしな」
 コクピットの中でバックギャモンは残忍な笑みを浮かべている。
「スポンサーもより無様な負け方の方が喜ぶだろうぜ」
 再びバンダースナッチはバズーカの発射体勢に入る。この狭い国道では敵のFCSの効果範囲から外れて回避する事は不可能だ。
「次は回避する自信がない・・・」
 ディオは後方モニターで、ややスピードダウンしてバズーカを担ぐバンダースナッチを確認して身構える。
 前方には交戦する中量級のシルエットが目視で確認出来る距離にまで来ていた。 バンダースナッチのバズーカが肩から発せられ、右側のブーストが機体のバランス確保の為に一瞬だけ強く吹かされる。 その瞬間、ゼノンは機体を振り返らせて左手でコアを庇いつつ防御した。 激しい振動と共に機体が揺れる。
 更にバンダースナッチの攻撃はこれに留まらず、背中のチェーンガンを発射すべく片膝を地面へと擦りながら急速に減速を開始していた。
 膝から激しく火花を散らしつつ、慣性で滑る様にして距離を詰めながらバンダースナッチはゼノンへと迫る。 対するゼノンは後方を向いたままバックダッシュで逃れようとするが既にチェーンガンの有効射程に入ってしまっている。
「蜂の巣になりな!」
 バックギャモンはチェーンガンのトリガーを引いた。
 ウェポンラックから激しい振動が起こり高速徹甲弾が射出される。 瞬く間にゼノンはその身に無数の弾丸を浴びて装甲に小さな穴が開く。幸いだったのは完全に防御の体制を選択していた事で間接やコアなどのウィークポイントには一発も弾丸を食らわなかった事であった。
 ディオはからくもバックダッシュでチェーンガンの射程から振り切る様に逃れると、再び振り向いて形振り構わず前方へと逃れる。 機体を左右に振り、追撃のバズーカも何とか回避する事が出来た。
「次に攻撃されたらもうヤバいぜ」
 ディオは機体の全体ダメージを端的に示すAPを見て冷や汗をかきながら呟いた。
 ベイ・ブリッジの入り口の重装備中量級の交戦ポイントが近づく。
 足元には大破したハンターが何機か分か転がっていた。
「早くトップがターゲットを破壊してくれよ」
 ディオは遥かな前方を見て呟く。 その後方をバンダースナッチが追い越さんばかりの勢いで急接近していた・・・


 トップを行くのは依然としてインフィニットXであった。
 高速ダッシュで橋を渡りきり既にトンネル状の地下道を進んでいる。
「このまま逃げ切り・・・楽勝だ」
 後方から追い上げて来る蜃気重工のACとは二十秒近く差が開いている。 インフィニットXの武装を考えれば破壊する最終ターゲットが余程の重装甲・高耐久力を持つ相手でない限り逆転はありえない。
 ゆるいコーナーを曲がるインフィニットXに正面から天井に接地された二台の固定砲台が火を吹く。 スピードを落とす事もなくKARASAWAとブレードの斬撃で、難なくそれを排除しつつインフィニットXは最終ゲートへと差し掛かった。
「まったくつまらん位だ」
 ブレイドは左手のマニュビレーターにゲートの解除を命令する。 インフィニットXの指がゲートリフトのスイッチに触れると巨大なスチール製の粗末な扉が横に開き、徐々に暗い室内に明かりが灯る。
「むっ!」
 ブレイドは室内の様子を見て眉をひそめた。
 視線の先には赤色灯に照らされて不気味に光る、無数に立ち並ぶ燃料タンクと、それらを結ぶパイプが縦横無尽に走っていた。
 その先に何かが居るらしくFCSのロックオン表示が赤く光る。
「無作為にライフルを発射したらACもろとも吹き飛ぶ仕掛けか・・・」
 コンピューターのマップシステムがタンクの中身はジェット燃料系の極めて爆発性の高い気体だと瞬時に解析する。
 ブレイドは部屋に入るのを躊躇う。
 理由は二つ。
 自機が燃料タンクを傷つけての誘爆の可能性がある事。そしてもう一つは追い上げてきたACがダメージを気にせず発砲して、この部屋ごとターゲットを破壊しようと考える事を懸念してだ。
 パイプに邪魔されて先が分からないが燃料タンクを爆破しての殲滅が成功するのはここでは確率的にブレイドは低いとみてとった。
 当然ながら撃って即座に後退しても自機のダメージも半端な物ではないだろう。下手をすると中量級ACでも即昇天が考えられる位のタンクの数だ。
「追い上げて来ているACが重量級とは考え難い・・・」
 ブレイドは意を決して室内へと飛び込む。ブーストを使用せず迷路の様に入り組んだACが進入可能なスペースをインフィニットXは進み行く。
「あれか!」
 ブレイドはパイプとケーブルの向こうに小さく動く物体を見つける。 視線の先には銀色の円筒状の機械がゆっくりと前後に歩行していた。
「《テックボット》だと・・・」
 忌々しそうにブレイドは唇を噛む。この最終ターゲットは主催者側が用意した笑えない冗談としか思えない。
 テックボットは通常、人間よりやや大きいサイズの作業用ロボットだ。最深部に配置されたこのテックボットは並外れて小さい。軽作業用の物なのか殆ど人間と同じサイズであった。
「ここから狙えるか?」
 ブレイドは自機のコンピュータに問いかけるがモニターの表示は『ターゲットへの命中確立40%』との回答が出た。
 ブレイドは舌打ちをしてインフィニットXを更に奥へと進ませる。
 テックボットはちょこまかと動き回り、腕部の回転式のモップで床を綺麗に掃除していた。愛らしい動きだが、それがまたブレイドを苛つかせる。
「後続のACが来てしまう前にやらねば」
 室内に侵入してから既に20秒が発つ。 追いついたレイヴンが短気か短慮なら誘爆の方法を選択するかも知れない。ブレイドの額に弾の様な汗が吹き出た。
 インフィニットXは次の射撃ポイントへと到達すると肩膝をつく。
「ここならどうなんだ!?」
 流石に冷静なブレイドの声も荒いものになっていた。
『命中確立78%』
 それを映す正面モニターの端に薄いグリーンの脚部が見えた。 相手も入室を躊躇っているのか暫し立ち止まっている。
「ちっ・・・後続が追いついたのか!」
 ブレイドは同時にACデータ照合を終えて舌打ちした。
 よりによってクフィル社のグラスホッパーだったからである。
「くっ!バックギャモンめ・・・あれほど軽二脚の方の撃破が優先と言ったのに」
 こうなればより高い確率の射撃ポイントを抑えた者の勝ちとなる。 更にインフィニットXは室内の中程まで進んで来ている。万が一にも相手が燃料タンクを破壊すればダメージは甚大な物に確実になるのだ。
 パイプの隙間から追いついたACの姿が垣間見えた。
 グラスホッパーは入り口に立ち、その場でライフルを構えている。 何かに狙いをつけるかの様にグラスホッパーの手首が小刻みに動いていた。
「バカな!止せ!」
 ブレイドは思わず外部スピーカーのスイッチを入れて叫ぶ。 警告を無視するかの様にグラスホッパーは手首を固定して狙いをつける。 半身にライフルを構えて撃った瞬間に通路へと逃れる姿勢だ。
「止めろと言っている。外せばお前の機体も無事で済まないぞ!」
 警告から怒声となったブレイドの声が室内に響く。 その声を無視するかの様にグラスホッパーは一歩前へと踏み出した。
「こんなヤツに殺される位ならぱ!」
 ブレイドは即座に賭けに出る事を決意する。この射撃ポイントの確立は決して低い物ではなかったからである。
 その刹那、グラスホッパーは既にダッシュで通路へと消えていった。それと全く同時に通路から二発の火線がのび、タンクを捉えて爆炎し次々と燃料タンクは吹き飛んで行く。
「アイツめ!姑息な手を!」
 ブレイドは遅れてインフィニットXにKARASAWAを射出させる。
 カロンの狙いは最初から燃料タンクであったのだ。焦れてインフィニットXが発砲するのを待っていたのである。
 テックボットがKARASAWAからの熱を食らって四散するのと、室内の全てのタンクが吹き飛んで爆炎に染まるのがほぼ同時になった。
 轟音が通路に響き、火災警報が発令されて天井のスプリンクラーから消化液が大量に噴射される。
 この瞬間、デス・レースのゴールが確定し、各機へと強制的に戦闘モードを解除する信号が流れた。
 そして通路の脇のハッチから大量の消火用テックボットが現れる。 焼け焦げた装甲を無残に晒し、通路の突き当たりまで吹き飛ばされてコアだけになりつつも何とか生き残ったブレイドはその光景を見て苦笑いする。
「ここまで徹底されると、下らない冗談も笑える・・・」
 作業を開始する大量のテックボットを見ながらブレイドは苦笑いを浮かべると意識を失った・・・


 国道では激しく争っていたACが銃を降ろし、滑空していたACも緩やかに地面へと着地して戦闘が終了していた。
「まったく運のいいヤツだよな」
 コクピットでバックギャモンが吐き捨てる様に言い放つ。
 バンダースナッチは、ブレードを今にも振り下ろす姿勢で、巨大な左腕を挙げて停止していた。その足元には機体を傷だらけにしたゼノンが居る。
「助かったぜ・・・コイツしつこいよ」
 コクピットでディオは首を項垂れて安堵の溜息を漏らす。
 ヘルメットを投げ捨てる様にコクピットの床へと落とした。
 彼は必死に逃げ回り何とか時間を稼いだのだ。
 ディオのゼノンはバンダースナッチよりもゴール側、つまり前方に居る。 破壊機数では完全に負けているが位置順位は奇跡的に勝ってもいた。
「ま、勝負が終わったら俺たちはそこまでだ。機体は動くのかよ?」
 バックギャモンは鷹揚な声で問いかける。
「お蔭様で、何とかね」
 ディオは精一杯の悪態をつきながらゼノンを立ち上がらせる。 右の膝フレームが完全に曲がっていて安定して直立が出来なかった。
「勝負は判定だな。スッキリしねぇが仕方ねぇ」
 バンダースナッチは先程、弾切れして地面へと捨てた弾切れのバズーカを拾いながらベイブリッジの先を睨む。 その先には累々とACの残骸が並び、稼動しているACは彼ら2機の近くには他に3機程度のACしか居ない。
「今年は激戦だったな。去年よりも立ってるACが少ねぇや」
 前方の中量級の一機が親しげに共有通信で声を掛けてきた。
「ま、死者は何人出たか知らねぇが、盛り上がったんじゃねぇ?」
 半壊した重装備四脚のレイヴンが答える。
「ウチのチームの相棒は死んだみてぇだ。運のないヤツだったが・・・」
 既にコクピットを開けて大破して転がる逆間接ACのレイヴンが言った。
「それにしてもアンタは強ぇな」
 咥えタバコでコアから身を乗り出しながら中年の逆間接レイヴンが顔を出してバンダースナッチに笑いかける。
 バンダースナッチの左手がそれに答える様に軽く挙がった。
「私のチームはどうも最下位みたいよ。ボーナスがカットされちゃう」
 後方のリガ・インペリアルチームのタンクACアローエンブレムが近づいてくる。
 一分前までは試合とはいえ、殺し合いをしていた連中が集まって談笑している。死者も数名出ているし、足元に転がるコアの中には自分が殺したかも知れない人間や重傷者が居るのかも知れない。 一般人から見れば奇異な光景だが、ここが傭兵たるレイヴンであると言えた。
 生き残る事が何よりも勝る。
 それはレイヴンの鉄則だ。
 死ねば金も夢も手にする事なく忘れ去られるのみ。 中には仲間の死を忌み、涙する者も居るがそれはむしろ異端と言える。
「戦争や紛争を食い物にするカラス野郎か・・・」
 ディオは穏やかに流れる時間の中で、改めて自分もその一人なのだと周囲に労いの挨拶を交わし、救護の車両が来るのを眺めつつ、結果の集計を待ちながら深くそう思った・・・


 暗い廃坑道に激しい轟音が響く。
「逃がすな!」
 戦闘を行く黒いヴィクセン・タイプのACは後続の二機へと檄を飛ばす。
 足元には昔に打ち捨てられたMТが虚空を掴む姿勢で倒れている。
 追いついてきた四脚のACは既に戦闘不能ギリギリの状態であった。
 もう一機の巨大な重ACもボディに無数の傷を晒している。
「もう諦めたら?三機でこの坑道封鎖は無理だよ」
重ACから少年の声が響く。
「俺の《バレンタイン》もヤバいぜ。出来れば機を捨てたい位だ」
 四脚のACはホバー脚部から黒い煙を吹いている。腰部の辺りからは絶え間なくドス黒いオイルが漏れていた。炎上しないのが不思議な状態である。
「あと一回だけ総がかりする。それで駄目なら退却も止むを得ない・・・か」
 肩部に異様に長いバルス砲を取り付けたヴィクセン・タイプは腰の後ろにラックしていた盾を取り出し、被弾して用を成さなくなった背部のアクティブ・ステルスの装備をパージして床に捨てる。
 三機は週末の深夜からずっと一機のACを追い続けていた。
 既に丸二日、補給時以外は追うか、戦闘している勘定だ。
「しっかし、あの大将もよく動けるよな」
 吐き捨てるかの様に四脚のパイロットが忌々しげに言った。
 追われているACは全くの無補給とは思えないが、孤立無援の筈なので連続稼動させているとしか思えない。普通ならACの戦闘稼働時間など半日とはもたない筈である。
「敵にまわすとあれ程までに強力とは・・・それに中立ブロックのアリーナガレージから地下道、下水道、廃坑道と繋がってさえいるかどうか分からないルートをよくも上手く選択してくれたものだ」
 半ば歓心するかの様に隊長格の金髪の男が漏らす。
 ヴィクセン・タイプは更にインテークに食らったライフル弾がコンプレッサーを直撃しており出力が低下している。 整備班との合流で応急処置は済ませているが、ダッシュの速度や機体のパワーが格段に落ちていた。
「たぶん地上に逃れる気だよ。そうなったら行くトコは限られてるし、もう外で捕まえようよ。その方がきっと早いから」
 重ACの少年パイロットは飽きたかの様にも聞こえる甘えた声を出した。
「と、言ってもいられねぇ様だな。来たぜ・・・狙い通り真後ろだ」
 四脚のパイロットが二人に告げる。
「毎回、先回りは成功するが・・・今回で止めないと地上に逃げられる」
 隊長格の男のヴィクセン・タイプが三機の先頭へと立った。
 ほの暗い坑道の先から小さな影が高速で近づいて来る。 ACと思しき人型の影は手に持っていた何かを床へと放り投げた。
「走りながらの補給とは恐れ入る。だが弾薬とジェット燃料は補給出来まい」
 隊長格の男は皮肉めいた口調で呟く。 ヴィクセン・タイプの全ての砲門が迫り来るACに向けられた。
「奴の残弾はライフルが十発とミサイルが五発ってトコだぜ」
 四脚ACは長い脚部を引き摺る様に振り返った。 三機は坑道を封鎖する様に各々の武器を視線の先のACへと向ける。
 急接近する機体は坑道の薄いブルーのライトに照らされながらライフルを手に三機へと半ば特攻する形で更に速度を速めた。
 《初期機体》と呼ばれるタイプの薄いグリーンのACだ。
『俺はまだ還らない』
 三機に向けて掠れた声の男から通信が入る。
 返答の変わりに三機が一斉に初期機体へと発砲を始める。
「コアは極力、狙いから外せ!」
 暗い廃坑道に隊長格の男の声と、激しい閃光と轟音が響き渡たった・・・


「お兄ちゃん。朝だよ」
 妹のいつもより優しい声でディオは目が覚めた。
 あのデス・レースが終わってからというもの何故かセレナの機嫌がいい。
 眠い目を擦りながらディオはレイヴン稼業の選択画面だった居間のナーヴをテレビへと切り替える。
 ニュースはひっきりなしに蜃気重工の優勝した二人の若いレイヴンをインタビューする内容を垂れ流していた。
『勝因はやはりチーム・ワークですよ』
 胡散臭そうな笑顔を見せて画面のバックギャモンが歯を見せて笑っている。 その横で苦虫を噛み潰したかの様な表情のブレイドが車椅子に載りながら頬杖をついていた。
「ちぇっ、お兄ちゃんも運が良かったら、ここに映ってたんだぜ」
 ディオはどのチャンネルを変えてもデス・レースの内容なのにウンザリしながら重い腰をあげてテーブルへとつく。
「でも、お兄ちゃん。かっこよかったよ」
 妹は朝から満面の笑みだ。
「ごめんな。お金の工面つかなくて・・・もう少しかかるよ」
 ディオは用意されたトーストに噛り付きながら小声で言うと肩を落とす。
 賞金の総額は15万コームにはなったがトレーラーのレンタル費用などを差し引くと13万コームまで減ってしまっていたのだ。貯金と合わせてディオのレイヴン・カードには18万コームがあった。
 判定の結果、ディオのクフィル社チームは六位。ポジションだけは良かったのだが撃破数が余りに少なかった為である。
 かなりの高収入にはなったが、あと一歩足らない事をディオは悔しがった。
「その事なんだけどね」
 セレナはピンクの携帯を開いて兄に手渡す。
 そこには『奨学金資格試験合格の方へ』との文字が見える。
「受かったんだ・・・奨学金の資格」
「はぁ!?」
 ディオは携帯を持ったまま金縛りにあった様に硬直した。
「レースの帰りに通知が届いて・・・ちょっと言い出し難くて。ごめんね」
 妹は小さく縮こまる様にして上目遣いで兄を見ている。
「セレナ・・・俺はなっ!」
 ディオはそう言い放ってから暫く沈黙した後に項垂れながら首を捻った。
 そしてがっくりと安心する様に肩を落とす。
「おめでとう。よかったな」
 ぶっきらぼうだが優しい口調でディオは妹の合格を祝う言葉を口にする。 その言葉を聞いて妹の顔がほころび、太陽の様な笑みを見せた。
「すごく頑張ったのよ。でも受かる自信もすごく無くて」
 誇らしげな妹の声をディオは力ない表情で聞いていた。
 ディオは反対に泣きそうな表情になる。
「俺、来週末まで生きてっかな?」
 なぜなら彼は昨夜に必死の思いで、かなり危険と思しき報酬の良さそうなミッションを今週に2つもエントリーしていたからである。
 一度交わした規約は絶対だ。
 死亡か負傷でもしない限りキャンセルなどしたら最早、信用が落ちてレイヴンを続ける事が極めて困難になる。
「そういう事は早く言えよ・・・試験があったなんて聞いてもないし」
「ごめんなさい。本当に受かる自信なくて。落ちたら恥ずかしいし・・・」
 妹は落胆する兄の姿を、少し勘違いして心から謝った。
「ま、いいけどな。これで中等部へ行く資金の心配は今のトコはないから、滞納した学費さえ払えば何とかなるか・・・」
 そうディオが前向きな意見を言った時、手にしていたピンクの携帯が鳴った。
 バイブレータと連動してディオの手の中で震えている。
「ほら、メールだぜ」
 ディオは妹に可愛らしい携帯を返した。
 半ばディオから奪い取る様に携帯を取り返すと、セレナはメールを見て屈託の無い笑顔を見せた。 そして同時に兄に隠す様にして携帯の画面を開いて覗く。
「おい!まさか男の子からじゃねーだろうな!」
 その姿にピンときたディオは向かいの食卓へと座る妹へと身を乗り出す。
「いいでしょ!お兄ちゃんにはカンケーないし!」
 妹は舌を出して携帯を抱える様にして隠す。
「おい!ボーイフレンドなんてまだ早い!」
 妹は逃げる様に、さっさとスクールバッグを背負って玄関へと駆けていく。
「お皿洗っといてね。行ってきまーす」
 そういい残し、未だにテーブルでうろたえるディオを尻目にセレナは元気よく登校して行った。
 ディオは食べかけのトーストを再び口に頬張ると、自分の頬を叩いた。
 メールの相手は気になるものの、それより自分が生き残らないと話にもならない。
「うっしゃ!今週、気合入れねーとな!」
 そう言った後に黒いカードを胸のポケットから出して、ナーヴ・テレビの上にある両親の写真と一緒に眺めた。
「俺、レイヴンになっちまったけど何とか家を守ったよ。何人も殺したかも知れない・・・それでも、父さんと母さんは褒めてくれるか?」
 微笑む両親の写真からは何の答えもなく、テレビはデス・レースの結果と上位のインタビューを相変わらず映している。
 出場したチームのレイヴンの一覧が映っていたが、数名の名前が鬼籍に入った事を示す赤い文字になっていた。
 ディオも運がなく、下手をすればこの中に入っていたかも知れない。
 死者十名、重傷者二十三名を出した、連立都市の実に一割のレイヴンが参加した今年の一大イベントはこうして終わった・・・


 少女が胸に抱えたピンク色の携帯を開く。
 小さな画面には『街を離れる』の一言だけが綴られていた。
 余りメールが得意でないのか、たどたどしい操作で少女が答えを返す。
『離れていても友達だよ』と。
 送り終えると少女は少し悲しそうな顔を見せて携帯を閉じた。
「私も、お兄ちゃんに迷惑かけない位に強くなるんだ・・・」
 そう言うと携帯を胸に大切そうに抱え、しばし友の無事を祈る様に目を閉じて再び学校へと続く坂道を少女は駆けて行った・・・


『MISSION 15 完』


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