ARMORED CORE CRIME OF DAYSCANNER



OUTER MISSION 3 〜暴徒殲滅〜


 砂嵐の中を一台のトレーラーが走っていた。
 そのボディの所々には弾痕を残しており、薄く錆の浮いた荷台にはボロボロの幌に包まれた巨大な人型のマシンがロックされている。
「まだ・・・なのか?」
 苦しげにトレーラーの運転席に座った黒い髪の青年が唸る様に呟いた。
 彼は酷く疲れた様な表情でハンドルを握っており、既にドス黒く変った血痕は彼が相当の血を流している事を無言で語っている。

 彼は何もかもを失った逃亡者だった。

 アバロン・バレーから、大金さえ積めば戸籍を得られる連立都市まで向かう最中、追手を尽く返り討ちにしてはいたが流石に無傷とはいかず、たった一度のミスを突かれ深い傷を負っていたのだ。
「強化された身体とは言え、このまま出血するとマズい事になる・・・」
 玉のように吹き出る汗を拭いながら、青年は砂嵐で全く前の見えないフロントガラスを睨む。  
 既にウォッシャーの水は底を尽き、虚しく揺れるワイパーは用を成さないばかりか、青年の焦りを増長させるだけでしか無い。
 視界が砂に埋もれる様に失せて行く。
「目が霞む・・・」  
 青年の黒い瞳がきつく閉じられた。  
 彼の意識は深い闇の渕に何時間も前から引っかかっては這い上がる事を繰り返している。
「こんな所で・・・」  
 恨めしそうに顔を歪ませて青年は呟く。  
 そして、終に彼の意識は暗くて冷たい世界へと引きずられる様にして落ちて行った・・・  


 崩れかかった廃ビルが立ち並ぶ荒れた大地へと昼の日差しが注いでいる。
 あれほど激しかった砂嵐は止み、今は倒壊したビルと罅割れたアスファルトに雪の様に積もった砂が残るだけだ。
 そして一台のトレーラーが比較的小さな雑居ビルへと突き刺さる様に衝突して停止している。
 辺りにはフロントガラスが砕け散り、穏やかな日差しを乱反射させていた。
 無惨にクラッシュしたトレーラーの奥には、生コンクリートを積み上げた様な粗末な小屋が見える。
 その小屋からは一筋の薄い煙が立ち上っていた。  
 曇ったガラス窓から見えるベッドに一人の青年が苦悶の表情を浮かべて寝ている。
 彼の額へと、布を持つ細い手が伸びて汗を拭う。  
 青年はそれに気付いてか低いうめき声を挙げると、薄く目を開いた。
 彼のその瞳は髪と同じく、深い闇を思わせる漆黒をしている。
「意識が戻った様ね」  
 細い手の持ち主は、幾分か疲れた様な口調で彼に話し掛けた。
「ここは・・・どこだ?」  
 覚醒したばかりで未だ目がはっきり見えないのか、青年は何度か瞬きを繰り返しながら声の主へと問い掛けた。
「ここは《テトラ連立都市》から西へ100キロ程離れた所にある旧地上都市の一つよ」
 細い手の女は静かにそう言って、疲れた様な緩慢な動きで青年に背を向ける。そして剥き出しのコンクリート床に置いてあるジュラルミンのケースから、白い液体が入ったパックを取り出し、青年のベッドの脇にあったメタル製のパイプに吊るされた同じ物と交換しだす。
「人工血液のストックは、もうこれが最後よ」
 青年が良く目を凝らすと、自分の腕には点滴の細い針が射ち込まれているのが分かった。
 屑篭と思ぼしきドラム缶には、同じラベルの貼られた空パックが幾つか捨ててある。
「助けてくれたのか・・・済まなかったな」
 抑揚の無い声で青年が言った。
「貴方《ありがとう》とは言わないのね・・・」
 女は青年を僅かに哀れむ様な視線を投げ、少し冷たい表情になる。
「貴方はレイヴンなの?」
「・・・トレーラーの積み荷を見たんだろ」
 黒髪の青年は小さく呟いて、彼女の眼差しから逃れる様に寝返りをうつ。
「脇腹の傷は縫合しておいたけれど、立ち上がれるまでは数日かかると思うから安静に」
 女はそれだけ言うと立ち上がって部屋を出た。  
 青年は静かに目を閉じ、溜め息を一つ吐くと、血で薄く汚れたシーツを払って立ち上がる。
「出血さえ止まれば問題は無い。傷を《縫う》とは気がつかなかったな・・・」
 そう言って彼は脇腹に手を当てた。
 白いガーゼが貼られているが、少し吊る感覚があり、本当に糸を使って縫合してある事は分かる。
 今の時代、傷を縫うと言う行為は処置としては余り一般的ではない。 主に医療用の接着剤で止めるか、応急処置でも止血テープを使用するのだ。
 青年はゆっくりと壁に掛けられた自分の衣服を身に纏い、女の後を追う様にして小屋を後にした・・・   


 強い日差しを右手で遮りながら、黒髪の青年はうず高く積み上げられた鉄屑の間を歩み行く。
 湿り気を帯びた砂に黒いオイルが染み着いた地面は異臭を放ち、所々にある水溜まりはどこからか伝う冷却用のクーラント液で赤黒く濁っていた。
「酷い環境だな・・・」  
 青年は地表に住まざるを得ない貧民の暮らしぶりを聞き知ってはいたが、実際に彼らの生活圏を目の当たりにして、そう呟かざるを得ない心境になった。  
 ここは比較的に有害な放射線などは少ない様子ではあったが、人が住むのにはギリギリの環境と言った感がする。
 ジャンクの山に女の姿は無く、青年は少し歩いて荒涼と広がる砂丘の見える場所へと辿り着く。   
 そこには、地面にかなり大規模な亀裂があり、赤茶けた岩肌と粘土の濃い灰色の重なっている様が、はっきりと視認出来る位に激しい段差が見えた。  
 亀裂の谷は暗く底が見通せぬ程に深い。
「これが《大破壊》の爪痕か」  
 深く切り裂かれた谷間からは、不快な生暖かい熱気を伴った風が、少し離れた場所に立つ青年の頬にも緩やかに吹き付けていた。
 青年は嫌悪の表情で崖とは反対側を見ると、そこにはガレキと化したビル群が、巨大な墓石を思わせる光景が広がっている。
 その中の比較的小さなビルに、見覚えのあるトレーラーが突き刺さる様に停止していた。
 その傍らには例の女の姿が見える。
 青年は巨大な崖を背にして、女の元へとゆっくりと靴底に砂の摩擦感を感じながら歩き出す。
 強い風が崖からビルへと吹き込むと、ビルの屋上の朽ちた宣伝看板が降り注ぎ、轟音を起て地面で鉄塊へと変わった。
 女はそちらに振り向く事も無く、トレーラーのそばで何かの作業をしている。
 多分、こんな事は珍しくも無いのだろう。
 青年の黒瞳に映る所々断ち割れたアスファルトに散らばる無数の破片がそれを無言で物語っていた。
「何をしている?」  
 青年は女の背後に立つと静かにそう言った。
 女は少し驚いた様に振り返って青年を見るが、すぐに平静を取り戻して立ち上がる。
「あまり動かない方がいいわよ。貧血になっても、輸血は出来ないから」
 青年は、漸くにして女の姿を始めて良く見た。
 先程は覚醒したばかりなのと部屋の暗がりで良く見る事が出来なかったからだ。
 女は年の頃、30歳位とおぼしき楚々とした顔立ちをしており、髪を後ろに編んで束ねていた。 垣間見えるうなじは、きめの細かい褐色で彼女が白人と黒人のハーフである事が分かる。
 衣服は所々、かぎ裂きがあり毛羽だってはいたが、女に似合った静かな印象を与える物を纏っていた。
「俺の質問に答えて無い。俺のトレーラーをどうするつもりだ?」  
 青年は彼女に無遠慮な鋭い視線を投げかける。
 彼は女がジャンクとしてトレーラーをどこかに売り捌くつもりなのだと思ったのだ。
「貴方・・・最低ね」
 女は青年の考えを察して、明らかに不機嫌そうな呟きを漏らす。
「トレーラーは好きにすればいい、どうせ俺も通りかかったテロリスト共から奪った物だからな。だがこのA・Cだけは渡せない」
 青年は冷めた様な口調で淡々と女に告げる。
「そう言うと思ったわ」
 女はトレーラーの荷台からズリ落ちそうな錆色のA・Cを見て事務的な口調で答えた。
「背中のラッチにはレーダーだけ、手持ちの武器も見当たらないから。何か貴方にとって特別なA・Cだと思ってたのよ」
 青年は女の言葉に静かに首を横に降る。
「レイヴンにはA・Cが必要なだけだ。それだけの事に深い勘ぐりは止してくれ」
 そう言った彼の言葉を、嘘か誠かを見抜く事は出来ずに彼女は黙り込む。
 ただ青年は何故か悲痛な面もちと、悲しそうな目で自分のA・Cを見ていた。
「それよりもA・Cの武装に詳しいな・・・お前もレイヴンなのか?」  
 この質問に女は眉を寄せ、軽蔑を含んだ視線で青年を睨む。
「貴方、最低の上に礼儀知らずなのね。私の事を《お前》なんて呼ばないで欲しいわ」  
 女は静かな印象とは打って変わって激しく眉を釣り上げて反論した。 穏やかな印象の女だが気は強いらしい。
「なら何と呼べば気が済む?」
 青年は面倒臭そうに憤慨する女へと問いかける。
 彼には他人の名前など興味が無いからだ。
「《クライア》・・・それが名前、そして私はレイヴンなんかじゃないわ。ここでは目立つからトレーラーを移動させようとしていたのよ」
 女はそう言って、そっぽを向いた。
 青年はクライアの態度に構わず、トレーラーを周回しながら軽く見て、外見からダメージを確認すると、半ば倒壊したビルへと歩いていく。
「運転席の操作系は辛うじて無事か・・・タイアが一輪バーストしているが、何とかなりそうだ」
 青年はひしゃげたドアから、身を屈めて窮屈そうに運転席へと乗り込んだ。
 衝撃で何ヶ所かが割れ、既に円型で無くなってしまったハンドルを握るとキーを差込み直し、イグニッションを捻る。
 低い唸りと、接触した金属の擦れ合うカン高い音を何度かさせながらエンジンに火が入った。
「バックするから、離れていろ」
 青年は表にいるクライアへと、そう告げるとクラッチを踏んでギアをバックへと繋いだ。
 微妙なバランスで保持されていた頭上のコンクリートの破片が逆走するトレーラーの抜けていく後に降り注ぎ、車体が表へと出る頃には下層部の外壁の殆どが剥がれ落ちてしまう。
「外から見る限りでは、トレーラーの損傷は左の正面とドアだけだわ。貴方は運が良かった様ね」
 クライアは少し感心する様に声を漏らす。 ビルに突き刺ささり、この程度の損傷で済んだのは奇跡に近い確率と言える。
 通常ならばトレーラーのフロントは全損していても不思議ではない程の衝突状態だったからだ。
「本当に俺に運があったら、今頃はこんな所にいるものか・・・」
 運転席で青年はクライアには聞こえぬ様、小さな声で一言呟きを漏らす。
「約束通りにトレーラーは好きにしろ。介護の代金変わりだ」
 少し開きの悪くなった右のドアから、トレーラーを降りて青年はクライアへと言葉を投げる。
「壊れかけたトレーラーなんか貰っても仕方無いわ。それよりも貴方には手伝って貰いたい事があるの」
「それで俺を助けたのか?」
 その青年の答えにクライアは溜め息混じりで目を伏せ、静かに首を縦に降った。
 常にドライな思考しか出来ない彼には、何を言っても仕方が無い事が良く分かったのだ。
「そう、レイヴンとしてね」
 クライアの言った自分への《レイヴン》と言う言葉で青年の表情には明らかに複雑な色が浮かぶ。
「その前に貴方の名前を聞いて無かったわね。別に言いたく無ければレイヴンと呼ぶけれど・・・」
「《ラスティ》だ」
 青年は鋭い口調でクライアの言葉を遮る。
 有無を言わせぬ位の即答であった。
 彼の性格を汲んでの会話をクライアは心掛け、ドライな性格の彼ならレイヴンと呼んでも構わないだろうと想像したのだが余りに意外な彼の反応に内心少しだけ驚いてもいた。
「俺の事はそう呼んでくれ」
 クライアは明らかに彼のレイヴン・ネームと分かる名前にも、小さく肯く。
 それを見返す彼の表情からは、もう何も読み取れそうに無かった。
「じゃあ、ラスティ・・・先ずはトレーラーを家の横に着けて停車して頂戴。話はそれから」
 それだけ言うと、クライアは即座に踵を返して小屋の方へと歩き出す。
「連立都市に到着もしない内からレイヴンの仕事をする事になるのか・・・」
 ラスティと名乗った黒髪の青年は、暫くの間、暗く沈んだ表情でうつ向いていたが、やがて肩を落としながら再びトレーラーの運転席へと向かって歩き始めた・・・


「一週間後に連立都市からパーツバイヤーが来るわ」
 それが部屋に戻ってクライアが最初に言った言葉だった。
 ベッドは新しいシーツが掛け代えられており、ラスティは腰掛けて輸血の続きを受けながら目を深く閉じて聞いている。
「彼らに商品を引き渡す時の手伝いと、一応の護衛が貴方の仕事よ」
 クライアは冷めた口調でラスティにそう告げると、食事の支度をするべく旧式のカートリッジ式のガスコンロへと向かう。
「一年に一回だけの大事な取引なの、行商側もレイヴンを雇っていると思うし、ここが強襲される心配は殆ど無いのだけれど、一応・・・ね」
 背を向けたクライアから缶詰の蓋が開く金属音が聞こえる。
「いつもレイヴンを雇っていたのか?」  
 ラスティは空になった輸血パックを握り潰して屑篭に投げ入れた。
「去年までは夫が全部していたわ・・・」  
 クライアは棚の上に飾られた写真に目をやった。  
 それに写っていたのは精悍な顔つきの男と、微笑むクライア、そしてA・Cの脚部らしき物が奥に見える。
「お前の主人はレイヴンなのか?」  
 クライアが振り返って強い目でラスティを睨む。
「ええ、そうだったわ《レイヴン》・・・」   
 それに対しラスティは渋面で首を振る。
「すまなかった。クライア・・・だったな」  
 クライアは皿の上に缶を乗せた物をテーブルに置いて、そっと手の平で指す。
「缶が熱いから気を付けて」  
 ラスティは緩慢な動作で食事に手を着け始める。  
 かなりの保存料が含まれている薬っぽい味は決して旨い物とは言えなかったが、食べられない程でも無いと言った感じだ。
「旦那は死んだのか?」  
 ラスティは下を向いて缶の中へフォークを突っ込みながら言う。
「去年の夏の暑い日にね」  
 それだけ言うとクライアは黙り込んだ。  
 ラスティもそれ以上は何も聞かない。  
 沈黙の中、崖から吹く激しい風だけが小屋を揺らしていた。そして遠くで何かが落下する響き。
 窓に差し込む日差しはオレンジ色に翳りを帯びて、荒野に夜が訪れ始めた・・・


 今日も早朝から熱風が吹き荒れている。  
 ラスティは酸化して色の変わったフレームのクレーンを操作して、山積みのガラクタの中から商品として耐えうるパーツを選別する作業を自ら始めだしていた。
「殆どかなり旧式のパーツだな」
 操作台を降りてラスティは作業重機の物とおぼしきエンジンを見る。
「まだ何とか使えそうだが、これが一体幾らになるのやら・・・」  
 そう呟いた後ろでクライアが幾分か穏やかな口調で答える。
「そうね、それで飲料水のボトルが2ケースってトコかしらね・・・」  
 ラスティは振り向く事無く再び作業台へと向かう。
「起こさない様に気をつけていたんだがな」
 クライアには、どうやらそれが伝わっていた様で彼女は目を細めている。
「もう起きちゃったから、騒々しくやってくれても構わなくてよ」
 そう言ってクライアは比較的小さなジャンクの山へと向かって行く。
「ここには他に誰も住んではいないのか?」
 クレーンを操りながらラスティは問い掛ける。
「そうよ、皆は去年の末にチャンスがあって集団で連立へ行っちゃったから」
「何故ここに残った?」
 ラスティの問いにクライアは白い手で指さした。  
 その方向には破壊され、完全に朽ち果てたA・Cがかく座しており、足元には小さな墓とおぼしき十字架が見える。
「あの人と離れたくなかったから・・・」
 A・Cは重量級の脚部と、そして背中のレーザーキャノンだけが判別出来たが、その他は見るも無惨に破壊されていて内部機器を熱風に晒している。
「何て名前だった?」  
 ラスティは漠然と呟く様に言う。
「夫の名前は《ハング》、A・Cは《レスヴァーク》って名前を付けていたわ」
「《レスヴァーク》か・・・」  
 クライアはラスティの呟きへと、少し悲し気に笑って話を続けた。
 彼の興味はA・Cの方だったからである。
「主人の生まれた場所の昔話に出てくる大きな鳥の名前から着けたそうよ。《俺はレイヴンなんて小さなカラスなんかじゃ終わらない》って言うのが口癖だったわ・・・」
 クライアはうつ向いて肩を落としていた。
 今は亡き主人を思い出しているのだろう。
「そうだな・・・俺もカラスで終わるのは嫌だ」
 そんなクライアを見ながらラスティはそう言うと、再び屑鉄の山をクレーンで持ち上げる作業へと取り掛かり出す。
 クライアは主人の墓を見て、そっと目を伏せる。
 膝を屈してうずくまるA・Cに日差しが差し込んで背中のレーザーキャノンが反射して輝いていた。
 クライアは顔を上げて再び自分の仕事を始める。
 彼女の茶色の瞳には一筋の涙が滲んでいた・・・


 それから幾日かが過ぎ、ラスティも次第にここの生活にも慣れ始め、残骸からもクライアの思っていたよりも多くのパーツを取る事が出来ていた。
  最初こそ互いを警戒していた二人だが、クライヤの深い心の温かさをラスティは日々感じ、次第に打ち解ける様になっていたのだ。
 バイヤーが訪れる前日は激しい雨に見舞われてしまい作業は午前中で中止せざるを得なかったが、それでも例年と比べて遜色の無い商品が用意出来ていた。
「良く髪を洗うのよ、タオルはここに置くわね」
 金属のボウルに溜められた水でラスティは洗髪して酸性雨を流している。
 クライアは、彼の後ろ姿を見て目を細めた。
 何をしても礼の言葉一つ言わない彼のドライさは相変わらずではあったが、クライアにはそれが本来の彼の持つ性格では無く、何かが原因で彼の心を閉ざして仕舞っている事が酷く漠然とではあるが彼女には伝わっていた。
「クライア、ここには端末は無いのか?」
 髪をタオルで拭いながら、ラスティは不意に言葉を投げ掛ける。
「連立都市までの直通の物ならあるけれど・・・《ナーヴ》なら無いわ」
 クライアの答にラスティは沈んだ顔を見せる。
「家族にでも連絡するつもりなの?」
 クライアは数日で、ラスティに穏やかな口調で話している自分に気がついて少し微笑んだ。
「家族はいない・・・ただアバロン・バレーにメールを送ろうと思っただけだ」
 こうやって時折見せるラスティの寡黙で複雑な表情にもクライアは幾分か慣れていた。
「恋人へ・・・ね」
 ラスティは目を閉じて小さく首を横に振る。 だが、今のクライヤには、それが彼の肯定である事が良く分かる。
 クライアはラスティに憂いを含んだ視線を投げる。
「バイヤーなら移動式のナーヴを持っている筈よ、それを借りればいいわ」
「いや、止めておくよ」  
 その口調は何処となく、寂し気な響きでクライアには聞こえた。
「貴方は何かに自信が無い様ね」  
 その呟きにラスティは髪を拭うタオルに隠れてはいたが少し笑った様だった。
「隠せないな・・・何故そんなに俺の事が分かる?」
 クライアは洗髪し終わったラスティと変わるべく、水の溜まったボウルへと向かう。
「主人も無口だったかしらね」
 水を浄化装置へと流し込んで、クライアは新たにボトルから水を注ぐ。
「今まで一人で寂しくはなかったのか?」
 不意にラスティはクライアへと問う。
 上着を脱いで下着姿になったクライアは暫く下を向いて髪を水に浸す。 そして静かに艶のある唇を開いた。
「一人じゃ無いわ、ここには主人が居るもの・・・それよりも貴方の方が孤独な様ね」
 それにラスティは深い溜め息を吐く。
「違いない・・・詰まらない事を聞いたな」
 クライアの髪が水の中で泳ぐ様に揺れていた。
「それよりも髪を洗うの手伝って頂戴、食事の支度が早くなるわよ」
 その言葉にラスティは今度は軽い溜め息で答えてからクライアの傍らへと屈んだ。
「私、髪が細いから優しくやってね」  
 ラスティは出来るだけ彼女の言う通りに従って努めて優しく髪を洗う。
「これでいいのか?」
 クライアには平静を装ってはいたが、ラスティがいかにも当惑しているのが手付きで分かっていた。
「なかなか上手わ、彼女にしてあげてたの?」
「こんな事、フィオにもした事は無い・・・」
 思わずラスティが彼女の名前を漏らしてしまったのでクライアは下向きのまま笑った。
「今度逢ったら、こうしてあげるといいわ」
「からかうなよ」
 そう言いつつもラスティは指の隙間を抜けるクライアの髪に、家族を失ってから得る事の無かった感覚を心地良く感じていた。
 遠くでまたビルから何かが落下する音が響く。
 それさえもラスティには、酷く日常的な事に思え始めている自分が居る事を少し嬉しく思う。
 髪を流す水の音と、聞こえて来る外の雨音と音が静かに交じり合い、ラスティは久しぶりに感じる安堵感に暫し目を閉じた・・・


 翌朝になっても降り注ぐ雨は止まない。
 空は昼間にも関わらず暗雲が垂れ込め、周囲の視界を遮っていた。
 薄手のレインコートを纏ったラスティは高いビルに上って遥か東を見つめている。
 バイヤーがここに来る筈の定刻は間もなくだと言うのに、その影すら見えない。
「妙だな・・・」  
 ラスティの面持ちが険しくなる。  
 たかだか連立都市から100キロ程度の距離で移動に遅れるなど通常は有り得ないからである。
 崩れかかったビルの下には心配そうに彼を見上げるクライアがいる。  
 ラスティは荒野の果てを凝視した。
 彼の黒い瞳に薄く赤い光が滲む。
 すると通常の人間には見える事の無い不可視領域の情報がラスティに届いてくる。
「やはりな・・・」  
 真っ赤に変じた彼の目には、小さな光点が激しく交差する様が見て取れた。
 ラスティは、それを確認すると振り返って朽ちた螺旋階段を駆け足で降りる。
「バイヤーが襲撃を受けている」  
 階段を降りた二階の踊り場でラスティはそう言うと、一気に飛び降りてトレーラーへと駆けた。
 クライアもラスティの後を追ってトレーラーの荷台へと走る。
「武装の無いA・Cで、一体どうする気?」
 クライアはトレーラーに掛けられた幌のフックを取り外すラスティ向かって問う。
「左手にレーザー・ブレードがある。奇襲すれば敵の戦力は削げる筈だ」
「私が依頼したのは、ここの護衛だけよ。無茶は止して!」
 クライアは両手を広げてラスティに抗議する。
「バイヤーが来なくなってて困るのはクライアだ。最悪の場合、もうバイヤーはここへは来なくなるぞ」
 確かにラスティの言葉には一理ある。  
 バイヤーが全滅してしまえば、彼らはここを危険地帯と認め、以後わざわざ来たりはしなくなる。
 クライアはラスティの言葉に反論出来ず、ただ黙るしか無かった。
「離れろ、A・Cを稼働させる」
 ラスティは幌を全て取り去ると、レインコートを脱ぎ、錆色のA・Cのコクピットへと滑り込む。
 暫くしてトレーラーの荷台が競り上がり、錆色のA・Cは低い振動音と共に立ち上がった。
「野党か何かだ。A・Cで少し脅せば消える」  
 ラスティの声が錆色のA・Cから聞こえた。  
 背中のブースターが陽炎と水蒸気で煙る。  
 クライアは静かに肯くと、東の方を見た。  
 ラスティはコクピットのサイド・ディスプレイで下に居るクライアを横目で見た後、スロットルを開いてブースターを開く。
 崖から吹く風にも似た熱風が背中から巻き起こると錆色のA・Cは彼方へと駆け出して行く。
 降りしきる雨の中、残されたクライアは次第に小さくなるA・Cを複雑な表情で見つめていた・・・


 バイヤー達のホバートラック集団は完全に包囲されている。  
 取り囲む野党集団の装甲車は、嘲笑うかの様に威嚇射撃を繰り返しては離れて行く。
「よお、さっさと金と物資を置いてけよ」
 ハッチから身を乗り出した派手なバンダナの男が顎を上げて叫んだ。
 装甲車の内の一台が天に向かって機関銃を放つ。
 周囲にはクライアが予想していたバイヤー達を護衛するレイヴンの姿は無く、野党達はこれ幸いとハイエナの如く襲い掛かかったのである。
「護衛無しの丸腰トラックなんざ、俺達のエサになるしか無いんだぜ、こう言う風にな!」
 バンダナの男がトラックへと機銃を向ける。 狙いは確実に運転席だ。
 引き金に男の指が掛かる。 その時、急に男の背後に圧し掛かる様にして土砂降りと共に巨大な影が射す。
「失せろ・・・ハイエナ共」  
 背後から聞こえた抑揚の無い声に機関銃を構えたまま、男は振り返って恐怖に凍り付く。
 辿る影の先には、いつの間に立っていたのか錆色のA・Cが居た。
 感情の欠片も見当たらない、冷たい鉄の頭部を見上げた男は惚けた様に呟く。
「レ、レイヴン・・・か?」  
 周囲の威圧的な響きの機関銃の音が止む。  
 激しい雨の中とは言え、こんなに近くまで来ていたに関わらず、この場に居る誰一人として、このA・Cに今まで気付かなかったのだ。
「おい、お前、レーダーを見落としたのか?」
「いや、何も映ってなかったぜ・・・あの野郎どうやって近づきやがったんだ・・・」
 装甲車の中にいる野党は口々に疑問を漏らす。
「もう一度だけ言う。失せろ」  
 コクピットでラスティは吐き捨てる様に呟く。  
 その警告を無視してバンダナの男が装甲車のハッチから身を乗り出し、見るからに旧式の肩射ち対戦車ロケットを肩に構える。
 ラスティは即座に何の躊躇もする事なくスティックのトリガーを引いた。
 コア下面の機銃が火を吹き、バンダナの男へと熱弾が直撃する。
 情け容赦の無い攻撃はいとも簡単に装甲車のハッチと一緒にバンダナの男の半身を削り取った。 肉片が飛び散って砂地へと吸い込まれて行く。
「失せろと言ったのが聞こえなかったか?」
 ラスティの沈む様な威圧的な声。
 野党達はその光景に凍った様に沈黙した。
 生身の人間相手にレイヴンとは言え、ここまでする奴はそう居ない。
 旧式の対戦車ロケットなど、A・Cに発射しても運が良くてセンサーの一つを破壊する程度の抵抗だ。
 それを目の前の男は容赦の無い攻撃に出た。
《奴は人間じゃ無い。本物のカラス野郎だ・・・》
 野党の誰もが戦慄と共に侮蔑の眼差しを錆色のA・Cに向ける。 居合わせた誰もがA・Cの乗り手は情け容赦のない非情な輩だと言う事に背筋を凍らせる。 それは助けられている立場のバイヤーですらも例外では無かった。
「チッ・・・引き上げるぜ!」
 舌打ち混じりにリーダーらしき男が叫ぶ様に言うと、装甲車の集団は反転してリガ・シティの方へと去っていく。
 ラスティはそれを澱んだ瞳で見送る。
 コクピット下面のディスプレイには雨に打たれた金属片と赤い血溜まりが映っていた。
 その中で、バンダナだったであろう引き裂かれた細い布が浮いているのが見える。 ラスティの目に、更に艶の無いくすんだ影が挿す。
「運がなかったな・・・お前は」
 そう呟いてラスティは一度だけ静かに目を閉じ、何かを振り切る様にバイヤー達のトラックに向かってA・Cを前進させた・・・


 荒野に振り注ぐ雨は止み、夜の帳が降りている。
 バイヤーとの取引は無事に終わり、クライアの家には真新しい木箱が幾つも積み上げられていた。
 取り引きの交渉は救助の功績も手伝って、比較的優位に進み結果は上々だ。
 小さな電球に照らされる木箱を、ラスティは軽く撫でる様にして手を置きながら見つめている。
「どうしたの?」  
 後ろの安楽椅子で分厚い本を読んでいたクライアが声を掛ける。
「俺は自分以外の何かの為にA・Cに乗った事は無かった・・・」
 クライアは本を閉じてラスティへと微笑み掛ける。
「だったら、お礼なんて言われた事ないでしょ?」
 ラスティは俯いて呟く。
「俺に掛けられる言葉は敵の罵声と捨て台詞だ」
 クライアは立ち上がってラスティが撫でていた木箱に彼と同じ様にして軽く手を当てた。
「これは貴方が守ってくれた物、そして私はおかげで生き延びる事が出来るの。野党の事はバイヤーの人から聞いたわ・・・仕方無かったのよ」
 ラスティはクライアに向かって首を横に振る。 クライアには分かった。それは彼なりの《意味が違う》と言った態度だ。
「人を殺す事に抵抗がある訳じゃ無い。ただ、そうしなければ生きて行けない事も悲しくは感じない」
「じゃあ、何故悲しいの?」
 彼は何かに悲しがっている。それだけはクライアにも伝わってきていた。
「さあな・・・強いて言えば、この世界の仕組みがかも知れない」
 クライアは木箱からラスティの背中へと掌をうつして、そっとラスティを撫でる。
「全部を世の中の性にしては駄目、貴方は自分の信じる通りに生きればいい。何かを信じていれば、きっと幸せになれるわ・・・きっと」
 それに対してラスティはクライアの手を払う様にして解き背を向ける。
「俺にはクライアが幸せには見えない」
 深い溜め息を吐いた。  
 ラスティは複雑な表情で横目に木箱を見つめる。
「クライアは何を信じているんだ?」
 風の吹き抜ける音が部屋に響く。  
 彼女は暫く黙り込んで再び椅子へと腰掛けた。
「私が信じているのは夫と暮らした日々が、自分にとって間違いじゃ無かったって事、だからここに居ても寂しいとは思った事はあるけど苦しいと感じた事は無いわ」
 ラスティはクライアに向き直る。 静かな口調とは対象的に彼女の表情は明るく、口元には笑みが浮かんでいた。
「だから他人がどう見ようと私は幸せなのよ」
 そう、ラスティの目を見て言った彼女の瞳には一点の曇りすら見当たらない。
 ラスティはクライアの迷いのない眼差しから、何故か逃れる様に目を反らしてしまう。
 遠くで風の吹き抜ける音と、何かが倒壊する乾いた重い音が響く。
「さあ、考えるのは明日にでも出来るから、今夜はもう寝なさい」
 そう言ってクライアはラスティに毛布を手渡して屋外に取り付けられた発電機のスイッチを切る。
 ラスティは暗闇の中、手渡された毛布にくるまりながら窓の外へと目を向ける。
 暗がりの中、遠くの小高い丘の上に朽ちたA・Cの曇ったレンズがラスティを見つめていた・・・


 翌朝、相変わらず吹きすさぶ熱風の中でラスティは連立都市へと旅立つべく、A・Cを積んだトレーラへと足を踏み出した。
 彼の薄汚れた白いバッシュが、赤茶けた砂埃を巻き上げながら進む。
「気をつけて行くのよ」
 ラスティの後ろで、右手を隠す様にして立つクライアが静かに言った。
 それにラスティは無言で肯く。
 ドアの閉じる音を背後に聞きながらラスティは俯いてトレーラーへと向かう。
 不意にラスティの視線が上がった。
「これは?」
 呟きが思わず彼の唇から漏れる。
 ラスティが見上げて見るとトレーラーに乗せられたA・Cの左肩には昼の日差しを反射させて銀色に輝く物が取り付けられていた。
 それは《WC−01QL》と呼ばれる小型のレーザー・キャノンである。
「まさか!」  
 ラスティは振り返って丘の朽ちたA・Cを見た。
 肩膝を着いてうずくまる機体には確かに昨晩まであった筈の同じパーツが無い。
 恐らくクライアは一晩かけてパーツを取り付けた上に奇麗に錆を落として磨いたに違いない。
「クライア・・・」  
 ラスティが生コンクリート壁の小屋の小さな窓を見つめる。
 そこにはクライアが微笑んで立っていた。
『気をつけて』  
 ゆっくりと彼女の唇が動く。
 強化された聴覚を持つラスティには、その言葉がはっきりと聞こえる。
「ありがとう、クライア・・・」  
 ラスティはここ数年の間、決して口にはしなかった言葉をクライアへと向けた。
 そして踵を返してトレーラーの運転席へと乗り込む為、ステップに足を掛ける。
『私に弟が出来たみたいで嬉しかったわ・・・でも、さよならね・・・』  
 再びラスティの耳にクライアの寂しげな声が届く。  
 それと同時にトレーラーのエンジンが重く低い唸りをあげる。
「クライア・・・俺を初めて人間として扱ってくれた人・・・この恩は忘れない」
 巨大なタイヤが乾いた大地を削る様にして前へと転がり出し、トレーラーは荒野へと走り出す。
 ラスティの黒い瞳には、バックミラーに映る小さな小屋が揺れている。
 それも、次第に強い日差しと吹き荒れる砂埃に埋もれていく。
 だが、ラスティの脳裏には何時までもクライアの寂しそうな笑顔と片膝を着く朽ち果てたA・Cの姿が焼き付いていた・・・



 冷たい円形のドームに轟音が轟く。
 シュトルヒと呼ばれる無人機が炎と鉄片を捲き散らして地面へと落下して爆ぜた。
 その奥にも同じくもう一機が炎上している。
「《なるほど、それなりの力はある様だ・・・認めよう君の力を、今日から君はレイヴンだ》」
 罅割れたアナウンスが広い場内に響く。
 燃え盛る二つの残骸の向こうで、錆色のA・Cが背中の小型レーザー・キャノンを定位置に戻しながら、ゆっくりと立ち上がる。
 そしてコクピットのハッチが跳ね上がり、中から黒い髪の青年が顔を覗かせた。
 髪と同じ黒色の瞳はぼんやりと虚空を睨みながら暗く澱んでいる。
「《A・Cをガレージに止めて登録所まで来たまえ》」
 青年は言われるがまま、正確無比な機械の様な動きでA・Cに背後のハッチを開けさせると、燃え盛る鉄塊を背中にドームを後にした・・・


 受付には、雑な造りのデスクの後ろで小太りの白人がガムを噛みながら座っていた。
 卓上には黒い小さな端末が乗せられている。
「随分と若い野郎だな・・・レイヴン志願とは、外で何やったんだ?殺人か?強盗か?」
 嫌味を気にするでも無く、デスクを挟んで黒髪の青年が粗末なパイプ椅子に腰掛ける。
「それに他の都市からの転入か・・・A・Cは自前で持って来てるんだな?」
 その問いに、黒髪の青年は目を合わせる事なく足元を眺めたままで首を縦に振った。
「レイヴン・ネームは何て登録するんだ?」
「《ラスティ》・・・でいい」
 青年はそっけ無いが即答する。
 受付の白人は面倒そうに太い指で端末を叩く。
「レイヴン・ネームの重複は無い様だ。受理する」
 青年は相変わらず俯いたままだ。
 受付の男が噛むガムの音と、安物の合成ブルーベリーの臭いが狭い部屋に充満する。
「毎年、全体の一割のレイヴンが死んじまう。その内訳の六割りが新入りで、二割りが転入間もなくだって知ってるか?」
 白人はニヤついた顔でラスティを値踏みする様な目で見ていた。
「まぁ、せいぜい六割に入らない様に気を着けるこったな。それでA・Cネームはどうする?」
 ラスティは、ここで初めて顔を上げて白人の男の顔を見ながら言った。
「《レスヴァーク》で登録してくれ」
 彼の黒い瞳に受付の男が映っている。
 迷いも躊躇いもない、毅然とした意志を感じさせる強い視線に受付の男は目を見張る。
 そして何か深く考え込む様な仕草をしながら端末へと入力を開始した。
「分かった。レスヴァークだな・・・」
 端末に入力が済むと画面に詳細が映る。
 結果は重複無しで、画面の右上には《過去重複あり、機体登録抹消済み》の注意書きが出ていた。
「OKだ。レイヴン用のIDカードを発行する」  
 端末が低く唸り、スリットから、ゆっくりと艶の無い黒いカードを吐き出して行く。
「一つ聞いていいか?」  
 受付の白人は目の前の青年に問いかけた。
 ラスティは鋭い眼差しを男に向けている。
「どうして、この名前をA・Cにした?」  
 ラスティは出来上がったばかりのカードを端末から引き抜きながら無言で立ち上がる。
「伝説の大きな鳥の名前だそうだ」  
 そう、ぞんざいな口調で言うとラスティは白人に背を向けた。
「カラスじゃ終わらない・・・そんな意味か?」
 そう言われたラスティは振り返って男を見る。
「レスヴァークか・・・懐かしいな。実は十年も前に俺の飛び出した故郷の伝説の鳥なんだ」
 ラスティは再び床に視線を戻し、憂いを帯びた表情になる。
「過疎が進んで無くなっちまったがね」
白人は肩を竦めて軽く笑いながら言葉を続ける。
「あんたも俺と同郷かね?」
 ラスティは問いには答えず無言でドアを開ける。
 廊下には誰もおらず、天井の青白い蛍光燈が静寂を強調していた。
「俺もカラスなんかで終わらない・・・」
 ラスティは顔を上げ、連立都市のレイヴンとしての最初の一歩を踏み出す。
「終われない理由があるから」
 彼は再び下を向き、俯いて歩き出す。
 先が見えない程に長く冷たい廊下を・・・


OUTER MISSION 3 〜暴徒殲滅〜 《完》