ARMORED CORE CRIME OF DAYSCANNER



OUTER MISSION 5
『宇宙ステーション推進システム破壊』


 ジェネレイターが回転不良を起こして咳をしている様な鈍い音が無機質な通路に響く。
 窓には暗い星空が瞬いていた。
「ステーションの回転数が変りつつある様だな」
 黄金色の整えられた髭を撫で付けながら、中年のレイヴンは眉を顰めた。
 彼の乗る純白の軽量A・Cの背後にはM・Tの残骸がセラミックの床に累々と鉄塊と化して伏していた。天井のライトは尽く割れ、ショートの火花が時折、激しく瞬いている。
「《クロサワ》急ごう。もう落下が始まっている」
 髭の男は、愛機を暗闇の背後へと振り向かせる。
「了解だ《カール》」
 返答は落ち着いた同じく中年の男の声。
 そして、暗闇が支配する背後から巨大な影が近づいてくる。
 徐々に純白のA・Cの居る明るい場所へと来るに連れ、もう一機のシルエットが見え始めた。
 鏡の様に傷一つ無い銀の装甲、そして血の様な深紅の塗装が施されたA・Cだ。
 右手には巨大なレーザー・ライフルを鷲掴みにし、凄まじいばかりの殺気を機体から放っている。
 《アンクレット》
 それが、このA・Cに着けられた呼び名であった。
 現在レイヴンズ・ネスト・ランキング第一位。最早、アイザック・シティでは知らぬ者の居ない存在だ。
 そして操るレイヴン《エディ・クロサワ》は情け容赦など欠片も無い男として並み居る同業者を震え上がらせる存在だった。
 任務達成率99.9%、A・C撃破数100機を優に越える《伝説のレイヴン》の一人である。
「このままの勢いでステーションの重力が1Gを越えたら、A・Cの行動に支障が出る。早めに勝負を着けないと不利になる一方だ」
 クロサワのアンクレットは、純白のA・Cを追い越してステーション最深部へと通じる最後のゲートの前に立つ。
「カール。後悔しないな」
 クロサワは小さな声で友に問い掛けた。
 相変わらず髭を撫でつけながら、カールと呼ばれた男は鼻で軽く笑って即答を返す。
「もう決めた事だ。俺と娘達の命は易々とはムラクモの連中にはやれんよ」
 アンクレットが、その答えを聞くよりも早くゲートのロックを解除する。
「お前ならそう言うと思った」
 クロサワはカールへと笑みを浮かべる。
 低い鳴動と共にゲートが開いて、巨大な円形のドームが姿を見せた。
 刹那に奥から火線が走る。2機はブーストで扉の左右へと分かれて銃弾をやり過ごす。
「敵は3・・・いや4機だ」
 クロサワが高性能レーダーで索敵を終える。
 カールは既に一機を壁越しにロック・オンしており、突入のタイミングを計っていた。
「例の方法でいく」
 そう言うとカールは、銃撃が未だ止まないのにも関わらずブーストを吹かしてゲートを潜り、ドームへと身を躍らせる。
「やはりA・Cか!」
 カールの純白のA・Cはハンド・ガンを乱射しながら一番手前の目標へと突撃して行く。
 必然と残りの近くにいた3機が銃口を純白のA・Cに向け、一斉にマシンガンを構えた。
 だが、その内の1機たりとて銃から熱弾を発射する事は無かった。
 一瞬にして全てのA・Cの右腕の手首関節がレーザーで撃ち抜かれ、手首ごとマシンガンを床に落としていたのだ。
「先ずは1機!」
 カールは急速に唯一無事なA・Cに向って急激に接近して左手のブレードを一閃する。
 前に構えたマシンガンが二つに割れて暴発を起こし、後ろへとのけぞった。
 純白のA・Cは間髪入れずに、敵の股関節から真上へとブレードを降り抜く。
 瞬きするよりも速く、敵A・Cは縦に裂けた後、爆発して四散した。
 それと同時に残りのA・Cもクロサワの放ったレーザーでコクピットを撃ち抜かれ床へと這いつくばる。
「残りは上だ!」
 クロサワが珍しく怒声を含んだ叫びを挙げた。
 真上からマシンガンがカールの機体へ向って放たれるが、彼は難なく回避してクロサワの居るゲートの入り口へと合流する。
「相変わらず無茶を・・・お前と組むと必ず一度は肝を冷やす」
 クロサワは安堵の溜め息を漏らした。
「すまんな。これは娘が生まれても治らない」
 カールはからかう様に笑う。
 超絶な能力を持つクロサワをしても唯一、カールは至近戦闘では一歩譲る存在だ。
 彼の操る《アルベリオ》もまた、アイザックで知らぬ者は居ない程のA・Cであった。
 その極限まで軽量化された機体のトップスピードは群を抜き、一旦接近を許すと先に待つのは死以外の何物でもない。
 彼の名は《カール・シュベルト》。
 アイザックシティでは《ハスラー・ワン》と《エディ・クロサワ》と共に並び称され数多に知られる、もう一人の《伝説のレイヴン》である。
「最後の1機、只者ではないな」
 カールは愛機アルベリオの右腕をクロサワのアンクレットへと向ける。
 ドス黒い弾痕が掠った痕が、純白の細い腕部に残されていた。
「お前に弾を当てる奴とは、なかなか厄介そうだ」
 クロサワは油断無くドームを睨む。
「今、一瞬見えたんだが、ムラクモ側の《比叡》では無かった。見た事もないA・Cだ」
 カールがハンドガンのマガジンを床に捨てて、腰の物とチェンジする。
 まだ、マガジンには何発か弾が残されている状態の筈だが、カールは躊躇う事無く交換を選んだ。
 中途半端な弾数では不利との判断だが、彼にそこまでの決断をさせる相手にクロサワは内心、戦慄を感じていた。
「さっきの方法は、もう通用しないだろう」
 クロサワは沈んだ口調でカールに言った。
「逆に同じというのも裏をかけるかもしれんが」
 カールは髭を撫でながら渋面になる。
「この局面で相手は切り札のA・Cか・・・悔しいが完全に向こうが有利だ」
 クロサワは動きを察知されない様にレーダーの範囲ギリギリまで離れて行く敵機に苛立ちを感じる。
「間違いなく凄腕だ。こんな奴がムラクモ・ガード側に居るとは信じ難い。それにレイヴンにしても、こんな腕のヤツはアイザックには居なかった」
 アンクレットはアルベリオが廃棄したマガジンを拾い上げドームの内部へと投げる。
 乾いた金属音がしてマガジンが床を滑った。
「加えて冷静だ。無駄弾を使わない」
 二人は強い耳鳴りを感じて、額から汗を流す。
「落下阻止限界まで、恐らく後、10分とあるまい」
 クロサワはスティックのトリガーに指を掛けた。
「さっきの逆だ。私が囮になろう」
「止めろ、それは短慮過ぎるクロサワ!」
 カールが反論するが、クロサワは首を振って制する。
「では、どうする?このままでは、ステーションが落下して息子達の命が無いのだぞ」
 クロサワは内腑を絞る様な声を出す。
 彼等の焦りとは裏腹に、ドームの暗がりは視界を妨げて、一切の進入を拒み続けていた・・・



 夏の下草が鮮やかな緑に輝く。
 五月蝿い蝉時暮れは、穏やかな会話を遮る様に響いていた。
「娘達を頼むぞ。迷惑とは思うが、お前しか我々には信頼に足る友人が居ない」
 カールは俯いて芝生を軽く蹴りながら呟く。
 その彫りの深い顔立ちに濃い影が差していた。
「迷惑なら俺の方が多くかけましたし。恩返しと思えば何ともありません」
 カールと同じくA・C用の大型トレーラーを背に隣り合う、中華系の男が笑う。
「すまんな《武涙》」
 懐から煙草を取り出しながら、カールは武涙と呼んだ男へと乾いた笑みを返した。
「願わくば、もうこんな社会構造は一刻もはやく終わって欲しいが・・・無理からんかもな」
 ジェット・ライターが激しい熱噴を吐き出して、曲がった煙草に火をつける。
「暗いニュースばかりではないですよ。新企業連合が一掃、吸収されてクローム規模の一大組織になると言う噂もありますし」
 武涙もポケットから煙草を取り出す。カールはライターを投げてよこす。
「アヴァロン・バレーの《ムラクモ》か・・・結局、それもクロームへの抑止力にならず、2大組織の大抗争にならねば良いが」
 現に今回も新企業連合側は、劣勢に立たされた局面を打破すべく、手元の宇宙ステーションをアイザック・シティに落とす計画を水面下で画策している。
 カールはネストより、強制的にそれを阻止する任務を今回与えられていた。
 かつてカールがこなした幾多のミッションよりも最悪の、予想任務成功確率10%未満、生存確率はその半分と言う過酷すぎる内容だ。
 これは一般のレイヴンを基準としている数字だが、最悪なのには何ら変りはない。
 武涙は、そんな悲痛なカールの言葉に相変わらず笑いかける。
「そう我々がしなければいいんですよ。破壊に偏ってるとは言え、折角、僕らに与えられた力を世の中の為に生かさないと勿体無い」
 武涙の意見にカールは何度も肯く。
「だな。それ位しか我々レイヴンには、存在意義は見出せない・・・か」
 武涙は、暗い表情のカールの肩を軽く叩く。
「随分とネガティブですね。俺はこれでも今のポジションが気に入ってますよ。何せレイヴンの行き方は自由なんですから」
 カールは燻った煙草を投げ捨てる。
「だから俺は、これからは選べる人生を有意義にする為、常に弱い立場の人間を護る事で広い世の中の役に立ちます。それで、きっと時代が変るから」
 屈託の無い若者の様な夢想論だが、今のカールには何よりも、その言葉が嬉しく感じられた。
「年寄りは、その礎にならんとな。それが俺に出来る精一杯の事らしい」
 カールの視線の向こうには、薄いブルーのビニール・シートに座っている三人の人影がある。
 その内の一番小さい影が、小さな手を振って彼を呼んでいた。
「お父さん、武涙の叔父ちゃん、早く」
 可愛らしい少女の声が風に乗って、二人のレイヴンへと届いた。
「最後の別れになるかも知れませんから、親子水入らずの時間を過ごして下さい」
 武涙は、出来るだけ冗談に聞こえる様に軽い口調で、そう言ってトレーラーの運転席へと向かう。
 カールは、そんな小さな心遣いにも感謝しながら娘達の居る場所へと脚を進めた。
「これ、私が作ったの」
 金髪が美しい少女の差し出したバスケットには、卵の入ったサンドイッチが入っている。
 白いパンが日差しに栄えて、カールの目には眩しく映った。
「美味いぞ。これなら何時、テッドのお嫁さんに貰ってもいい」
 穏やかな笑みを浮かべてクロサワが手に持った一切れを口にする。
「武涙の叔父ちゃんはこないの?」
 クロサワの横にいる少年が、照れを隠す様に話題を変える。
「アイツは車の点検だとさ」
 カールの言葉にクロサワの瞳が翳る。
 彼には、この一言で全てが伝わっただろう。
 クロサワと言う男は昔から『一を知れば十を知る』そんな男だ。余計な説明は要らない。
 二人はアイザックのダウン・タウンで少年の頃からチンピラまがいの人生を送った。
 成人してガードに拘置所へと叩き込まれた後にA・Cの教育を受けて無理矢理レイヴンにされたのだ。
 それ位しか彼等に人生の選択の余地は無かった。
 彼等は決して自由を選んでレイヴンになった訳では無い、いわば時代の被害者達である。
「お父さん達は、これからまた仕事に出る。大人しくまってるんだぞ」
 カールは愛娘の小さな頭に手をやって撫でた。
 彼女の曇り一つないグリーンの瞳に自分の顔が映っている。
「うん。テッドと一緒だから寂しくないよ」
 娘は無邪気に隣の男の子の手を取って笑う。
 男の子は赤くなって俯いた。
「お父さん。今度はどこへ行くの?」
 テッドと呼ばれた男の子は、傍らで片膝をつく父親に問い掛けた。
 彼は父から聞く、広い世界の話が大好きだった。
 極寒の局地や、砂漠の秘密基地、そして古の遺跡。そのどれもが少年の好奇心を満たしてくれる。
 そして、父を何よりも彼は尊敬し慕っていた。
「今度は宇宙だ。凄いだろう?」
 テッドの黒い瞳が輝く。
「宇宙って、空の果ての?」
 クロサワは静かに首を縦に振る。その表情は微塵も穏やかさを失わない。
 正対するカールの方は逆に瞳に影が差す。
「お父さん。お腹でも痛いの?」
 敏感に少女が父の表情を読み取った。
「あ、いや。お父さん飛行機が嫌いだろ?だからスペース・プレインに乗ると思うと少し恐くて」
 この言葉に一同は笑い声をあげた。
「カールの叔父さん、だらしないね。僕が大きくなってレイヴンになったら倒しちゃうぞ」
 テッドが得意げにカールに言った。
「大丈夫さ。テッドがレイヴンになったら飛行機使う仕事は受けない様にするから」
 これにはクロサワまでも、声をあげて笑った。
「だが、願わくば、この子達が大人になる頃にはレイヴンなんて商売は廃業になっているといいな」
 クロサワは彼方の空を見上げながら呟く。
「そろそろ行くか」
 カールはトレーラの横のクロスカントリー車を親指で指す。
「そうだな。ミッション開始まで時間も余りない」
 クロサワはスラックスに付いた芝生を払いながら立ち上がった。
「武涙の言う事を良く聞くんだぞ」
 クロサワは我が子の髪に優しく触れる。
「じゃあ行ってくる《マリア》」
 カールは髭に隠れそうな唇で、愛娘の頬に短い別れのキスをした。
「気をつけてね」
 カールの目に、彼女の心配そうな眼差しの、グリーンの瞳が夏の日差しと共に焼き付いて離れない。
 蝉の声が一際激しくなり、アイザック地方地表に初夏の到来を告げていた・・・



 悪夢の様な激しい爆炎がゲートを包む。
 2機は咄嗟に通路の奥へとブーストで後退した。
「後退だと!この時間がない状況で!」
 カールが悲痛な叫びを漏らす。
「敵は恐らく、あのドームの向こう側にプレーンを接舷している。装備を変えたな・・・」
 クロサワの瞳が屈辱に歪む。
 なおもグレネードの射出は続けられ、ゲート近辺は瞬く間に火の海となる。
「このまま酸素を炎で失っても、A・Cが止まる。最早、我々に選択の余地はない。特攻に出る」
 クロサワはアンクレットに前へのブーストを指示し、カールのアルベリオも続く。
「出口で左右に分かれろ、最悪でも撃破確率が半分だ」
「了解だ。不本意だがな」
 二人は一気にゲートを潜ってドームへと突入した。
 グレネードは右の方に集中して発射される。
「やはり通信を傍受していたな!」
 左側に居たクロサワが吠えて、KARASAWAを乱射する。
 距離が離れており、ロックはしていない。
 それは相手も恐らく同じだ。これは互いに牽制の意味でしかない。
 アンクレットの真後ろに着けていたアルベリオが飛び出して敵への距離を一気に詰める。
 グレネードの放たれている右には誰も居ない。
 二人は短いやり取りで、この1/2の確率に賭ける戦法に踏み切っていたのだ。
「貰った!」
 漸くにこちらを向いた敵A・Cのグレネードをアルベリオは真っ二つに切り裂く。
 そして下からの斬り上げ。カールの最も得意とする斬撃の型だ。これを外した事は片手で数える程しか過去にない。
 しかし、敵A・Cは瞬時に後方へと下がり、その必殺の一撃を回避する。
 更に床に置いたマシンガンを拾い上げてアルベリオへと発砲した。
「しぶとい奴め」
 カールは奥歯を噛み締めて、眼前で発砲されるマシンガンの銃口を恐怖に耐えながら睨む。
 アルベリオは右へと体を沈ませて、相手のマシンガンを切り裂いた。
 その刹那、敵A・Cの拳がアルベリオ目掛けて突き出される。
「何だと!!」
 カールは予想だにしない敵の攻撃に一瞬怯んだ。
 一撃目を何とか反射神経だけで躱すが、体の開いた体勢では、新たに繰り出された2撃目は回避出来ない。
 そこへ、後方からレーザーの照射が敵A・Cに行われるが、軽く身を捻って敵は照射を躱す。
 即座に放たれた2発目はアルベリオの持つハンドガンに直撃した。
 ガンが爆発して暴発弾を目茶苦茶にばら撒く。
 後方へと倒れ込む姿勢のアルベリオは、ガンを手放して自動姿勢制御が働いて後方へと下がった。
 対して敵のA・Cは突っ込む姿勢で爆発の影響をモロに受ける。
 結果、アルベリオも損傷を受けるが微少な物に留まり、敵はハンドガンの一斉掃射を食らったに近い被害を機体に受ける形となった。
 これは、クロサワの瞬時の状況判断が主な勝因であるが、カールがマガジンを満発にしていた事も幸いしていると言えよう。
『流石は《伝説のレイヴン》・・・やるな』
 通信機から、野太い男の声が響く。 暗いドームに月光が差し込んで敵の姿が闇から浮かび上がった。
 その姿は異様で、今まで二人が見た事の無い型のA・Cであった。
 細い脚部に不釣り合いな程、逞しいシルエットの上半身。特に腕部は鍛え上げられた格闘家を彷彿とさせ、肘の装甲が異様に大きい。
 焦げた装甲は青竹色に、威圧感のある金色の縁取りが施されていた。
「ムラクモの新型か?格闘戦闘用のA・C開発に着手している話は聞いた事があるが・・・試作にしても完成が早すぎる」
 クロサワは額から汗を流していた。彼の考えが最悪の到達点へと至ったのだ。
「レイヴンズ・ネストの刺客・・・だが何故?」
 眼前の格闘型A・Cは、腰を沈めた戦闘態勢を取り2機へと正対する。
「クロサワ、奴はもう手持ちの銃器が無い。ここは俺が食い止める!お前は推進システムに向って進路プログラム書き換えろ!」
 カールは有りっ丈の声で叫んだ。
 もうステーションの落下を阻止する事は間に合わない。ならせめて落下個所をアイザックから出来るだけ遠くへと設定するしか彼等の出来る事は最早なかった。
『そうはさせない。ステーションはアイザックに落下して貰わねば困る』
 格闘A・Cがアンクレットへと向く。
 その間にアルベリオが滑るような、素早い速度で割って入った。
「格闘戦で俺から逃げれるとは思わない事だ。クロサワは何としてでも行かせる!」
 カールが、そう言うが速いかアルベリオが格闘A・Cに向って斬り掛かった。
『先ずはお前を・・・と言う事か。良かろう!』
 2機が弧を描きながら移動して、互いの出方を伺いはじめる。
 クロサワは、それを横目に下唇を噛みながら、ドームの隅にある推進制御システムへと向かう。
「済まん・・・任せる!」
 アンクレットが背中からブースト炎を吐き出して、脇目もくれず戦場から離脱した。
「ここで護衛の要素も入るとは、つくづく俺は何も選べない人生のレールが轢かれてると見える」
 カールは髭を撫でながら不敵な笑みを浮かべた。
「それはお互い様だ」
 短いクロサワの返答。彼の声色は真剣そのもの。
『私とて選んで来た訳じゃない』
 敵から思わぬ返答も返ってきた。
「ネストはアイザックのクロームと繋がっているんじゃないのか?ステーションが落ちれば、ネストとて被害を被る筈だ。何故、落下阻止を止める!」
 アルベリオが真横にブレードを一閃する。
 素早く左へと身を翻す格闘A・Cには、切っ先たりとて当たらない。
『ネストがアイザックにある物だけとは思わぬ事だ。それに反目する《ネスト》と称する組織もある』
 格闘A・Cが拳を繰り出す。アルベリオは後方へと下がって回避した。
「極めて強い電磁波・・・ただの護拳装甲では無いな。噂に聞く《電磁ナックル》か?」
 カールは全身が総毛立つ思いに駆られた。掠っただけでもエレクトロニクスにダメージを与えられ、直撃を許せば確実に一撃で仕留められてしまう。
 流石に連続してはA・Cの貯電容量から使えないだろうが脅威以外の何物でも無い装備だ。
 だが、カールにも勝機は十分にある。クロサワが推進プログラムを書き換えてしまえば、それはそれで勝利だし、何より至近戦闘においてカールは未だ敗北を喫した事はただの一度も無いと言う自信もあった。
「推進制御システムの端末前に着いた。3分で進路を書き換える」
 クロサワの通信に敵は明らかに焦りを見せた。
 一気に畳み掛けるべく、ナックルを連続的にアルベリオへと放つ。
 通常なら、連続した攻撃は隙を生む物だが、敵は相当の腕前らしく、カールには全く攻撃の終わり際には隙は見出せない。
「こんな凄腕が世の中に居たとは!だが俺とて!」
 防戦一方だったアルベリオがブレードを振り抜く。
 敵の攻撃の先手を取る形で腕を狙う。
 攻撃後に隙が見出せなければ、前を狙う。カールが永い戦場での生活で身につけた技術だった。
 だが、相手はそれを察知していたかの様に左腕を引き、ブレードに空を斬らせる。
『優れた技術だが、お前とは戦場の数が違う』
 そう言い放って、敵は拳からナックルを肘に戻して、振りぬいたアルベリオの左腕へと肘打ちを浴びせた。
「まずい!」
 カールは短い舌打ちと共に、素早くスイッチを押してコアから左腕を瞬時に切り離す。
 高圧電流が青白いスパークを空間に走らせて、アルベリオの純白の左腕を焦がす。
 重い音を蹴立てて、セラミックの真っ白な床へと黒焦げになった左腕が落ちた。
『咄嗟の判断は流石だが、最早打つ手無しだな。カール・シュベルト』
 敵A・Cは残骸を踏みつけて勝ち誇った様に、クロサワの居る推進制御装置へと頭部を向ける。
 格闘A・Cの頭部カメラがズームする小さく低いモーター音がドームに響く。
 その先にはクロサワがA・Cから降りて、端末に向っている様が映っていた。
『させん!』
 ブーストに火を入れて、クロサワの方へ向かおうとする格闘A・Cに再びアルベリオが割って入る。
「行かせる訳には行かないぞ。それに、俺はまだ戦場に立っている」
『そんなに死にたいのか?お前達と俺は似ているから命までは取りたくなかったのだが・・・』
 格闘A・Cは再びナックルを拳へと装着してアルベリオへと、ゆっくりと歩み寄る。
『大人しく見ていろ。そうすれば命は取らない』
 格闘A・Cが逞しい腕を横に振って威嚇する。
「お前は俺達に似てるんだろ?なら俺の答えが分かる筈だ」
 アルベリオは臆する事無く、一歩前へと踏み出した。
 カールのアルベリオには武装はもう何も無い。
 極限の速度と引き換えに武器はハンドガンとブレードしか装備して居ないのだ。
 今の彼に出来る事は一つに思える。
 身を挺してA・Cが破壊される、ほんの一瞬の時間を稼ぐ事しか考えられない。
 そして、その自殺とも思える挺身で相手の意識に訴えて躊躇わせ更に時間を稼ぐ位しかない。
『俺は、それ程甘くない。それにしなければならない事もあるのでな!』
 穏やかな前半と対象的に後半は怒声に満ちた声が通信機に轟いて、格闘A・Cは一気に拳をアルベリオに向けて繰り出した。
 アルベリオは肩越しにナックルを避けて地面へと片膝を着く。
『悪いがこれ以上時間がかけられん!』
 そう行って、格闘A・Cは先程と同じ様に瞬時に電磁ナックルを肘へと戻し、繰り出した拳を肘から上に上げて打ち下ろす。
 その瞬間、アルベリオのコクピット・ハッチが開き、カールが身を乗り出した。
 その肩には無反動砲が担がれている。
 短い射出音と共にバズーカ弾が格闘A・Cの脇の下に当たる部分に着弾し、カールは転がり落ちる様にアルベリオから飛び出す。
 格闘A・Cの肘がアルベリオの薄いコアの装甲へと減り込む様にして止まった。
『送電ケーブルを狙っていたのか・・・』
 悲痛な敵レイヴンの声。
 普通なら、今の一撃でアルベリオは四散している筈だ。たが、ナックルに送られる筈の電力はカールの攻撃により断たれた。
 これで、敵A・Cはアルベリオと同じく武装の全てを失った事になる。
『それでも、ステーションは落下させてみせる!』
 内腑から絞られる様に響く声を残し、格闘A・Cはクロサワの居る制御装置へと、高速でブースト移動を開始した。
「俺の役目は何とか果たしたぜ。後は任せる・・・」
 カールの意識に暗く重いカーテンの様な闇が降りる。
 ドームからは地獄の番犬が吠える様なブーストの轟きが反響していた・・・


 クロサワは背後で行われている死闘を伝える通信に歯噛みしながら端末を操作していた。
 友の窮地を聞いても一言も発しないのは、己に架せられた責務を果たす責任感からと、彼の懸命の健闘に水を差さない様にする無言の思いやりだ。
 進路プログラムを呼び出して、細かく設定された推進剤の数値を大幅に変えて行く。
 そしてステーションが大気圏突入前にバラバラになる様に各部の切り離しを指示して行く。
「これで終わりだ」
 クロサワが安堵の溜め息を漏らした瞬間、背後から彼の頭に拳銃の突きつけられる詰めたい感触がした。
「そこを退け」
 野太い声には聞き覚えがある。あの格闘A・Cのパイロットの声だ。
 手を挙げもせず、クロサワが振り向く。
 そこには、濃い茶色の髪の男が双銃身の大型銃を片手に構えて悠然と立っていた。
「もう一度だけ言う。そこを退け」
 男は低い声で、そう告げると2つある銃のトリガーへと指を掛ける。
「もう遅い。ステーションの進路と切り離し指示は終わっている。今から書き換えても間に合わない時間にも設定した」
 クロサワは額に銃口を当てられながらも乾いた笑いを向ける。
 短い舌打ちと、共にクロサワの肩を掴んで退かせると男は端末の前へと向かう。
「25秒後に切り離し開始だと!お前は脱出の事を考慮に入れなかったのか!」
 男は狼狽しながらも端末のキー打ち始める。その速度は尋常では無く、みるみる内にクロサワが専用の機器を使った上で1分かかって解除したセキュリティを数秒で突破して行く。
「間に合わんか!」
 男の茶色の瞳に焦燥が色濃く映る。
 彼の指の動きは尋常では無く、最後の12桁ものパスワードすら瞬時に入力して、推進とパージプログラム部位に到達する。
 だが、その瞬間にステーションが鳴動して艦内にアラームが鳴り響いた。
「あと一秒でも、早ければ・・・」
 男は悲痛な面持ちで端末を殴り付けた。
 それと同時にドームの入り口の3つにシャッターが降り、先から轟音と振動が伝わってくる。
「酸素もここに残っているだけだ」
 クロサワは静かに男に向って言った。
 遠心力による重力を失い、2人の床から脚が離れて行く。
「脱出の事は考えていたさ。お前の乗ってきたプレーンがある!」
 クロサワは瞬時に、懐から投げナイフを取り出して男に向けて投擲する。
 男は難なく銃でナイフを弾いて、再び銃口をクロサワへと向けて発砲した。
 クロサワの右肩が瞬時に吹き飛んで、血が飛沫の玉となり宙を漂う。
「これで俺の妻の眠るカプセルを連立都市ネストからまた取り戻せないのか・・・」
 男は俯いて落胆の力無い呟きを漏らす。
 そして腰のホルスターに銃を戻して、愛機へと振り返った。
「頼みがある」
 咳込みながら、右腕を無くして宙を漂うクロサワが男に話し掛けた。
「奴を・・・カールを助けてやって欲しい」
 男は振り向いて、絶命しかかったクロサワの方を向いた。普通ならショック死していても不思議ではない容体だが、彼の精神力は並みの物では無かった。
「俺にそんな義理があると思うか?」
 冷たい口調で男は言い放つ。
「お前は俺達と似てる・・・だから、頼んでいるんだ」
 男の鋭い視線が、哀しみを湛えた瞳の色に変った。
「試合終了。ノーサイドと言う事だな」
 男はクロサワに近づいて、残った左腕を掴む。
「俺はもういい。奴だけを助けてくれ」
「中途半端に助けるのは、好きじゃない」
 そう深く沈んだ笑みを浮かべると、宙を漂うカールの元へ端末の画面を蹴って向った。
 男が指を弾いて鳴らすと、彼のA・Cは立ち上がって待機するアンクレットの左腕を同じ様に掴んで、唯一開いた奥のゲートへと向かう。
「無重力下でも、そのA・Cは動けるのか・・・」
 クロサワが苦しそうに、驚愕した声を出す。
「あれはA・Cじゃない。もう、黙っていろ。生存確率が減る」
 クロサワは小さく肯いて目を閉じる。
 その脳裏には、炎に包まれた悪夢の様な戦場の日々と、夏の緑と、そして木陰で佇む4人の姿が鮮やかに甦っていた・・・


 トレーラーはなだらかな岡を越え、見晴らしがきく高台へと差し掛かっていた。
 湖畔はキラキラと水面を反射して、夕映えを照らしている。ここは地上に住む僅かな人達が自給自足を営んでいる最後の楽園と言える場所だ。
 対岸に小さな小屋が見える。その奥にある教会が鐘を鳴らしていた。
 誰かの結婚式が行われているらしい。
「武涙の叔父さん。あれが僕らの家なの?」
 テッドは嬉々とした声で、運転席へと笑いかける。
「違う、あれは俺の家さ。あの教会の神父さんが、テッド君達を預かってくれるんだ」
 その答えに武涙の膝に座っていたマリアが不満を漏らした。
「私、尼さんになるのは嫌。お名前もマリアだし」
 武涙は大笑いして、彼女のご機嫌を伺う。
「違うよ。お父さん達が帰ってくるまでの間だけさ。そしたら皆であそこに住むんだ」
 マリアは手を叩いて喜ぶ。
「武涙の叔父さんも、ずっと一緒なんだよね?」
 小さなグリーンの瞳が武涙を見上げた。
「いずれ・・・ね。俺はまだ、しなくてはならない事が沢山あるから」
 マリアは、不て腐れた様に、ハンドルに手を伸ばしてクラクションを目茶苦茶に鳴らす。
「おいおい!」
 慌てて武涙はマリアの手を止める。
 切りそこなったハンドルで、トレーラーはギャップを踏んでしまって大きく揺れた。
 マリアは大声で無邪気に笑う。
「ネストよりもおっかないな。この子は」
 武涙は短く刈り上げた髪を掻きながらぼやく。
「あっ!凄いよ。流れ星だ」
 テッドはサイドガラスを開けて、黄昏の空に赤く尾を引く無数の流星を見つけた。
 それは流れ星ではなく、四散した宇宙ステーションが大気圏で燃えている姿だ。
『クロサワさん、カールさん。上手くやりましたね』
 武涙は内心で安堵しつつ、彼等の偉業に対して敬意を表して短く目を閉じた。
「お願い事をしないと!」
 マリアは武涙の膝から降りて、テッドの横に並んで座る。
 二人の子供は仲良く、お互いの手を組んで目を閉じて流れ星へと向かう。
『お父さん達が早く帰ってきます様に。そして、ずっと4人で仲良く暮らせます様に』
 声を揃えて二人は星に願う。
 願い終わった後にマリアは、はっとなって、もう一度星に向って目を閉じた。
「忘れてました。武涙の叔父さんも、長生きして、マリア達と一緒に住めます様に」
 そう大きな声で言って、小さな舌を出しながら武涙へと振り向く。
 武涙は、そんな優しいマリアの小さな気遣いが心から嬉しかった。
『この子達が大きくなる頃には、レイヴンなんて職業も差別も、貧困も無い世の中にしないと』
 焦る気持ちが武涙に芽生えるが、彼にはそれが何故か今は心地よかった。
 彼女達の願いが篭もった星が流れる。
 夕映えは全てを赤く染め、宵の明星が輝いて本物の空に夜が訪れた・・・


「世話になった」
 金髪の男は振り返って、背後の男に呟く。
 酷く落とした男の肩には精気が失せていた。
「お前のせいじゃない。殺したのは俺だ」
 茶色の髪の男の髪を潮風が撫ぜて通り過ぎる。
 ウミネコのカン高い鳴き声が、絶壁に響き、規則正しく波の音がざわめく。
 二人の男の前には、十字に組まれた木が夕顔に包まれた地面へと突き刺さっていた。
「いや、お前は懸命に彼の助命に努めてくれたよ。あの時、俺が気を失わなければ良かったんだ・・・」
 黄金色の髭に西日が射し、十字架の影が落ちる。
 彼はこの先、恐らく自分を責め続けて生きて行くに違いない。そう分かっては居たが、今のこの男には誰も何も言葉を掛けられはしないだろう。
「どこか行くあてはあるのか?」
 茶色の髪の男は、煙草に火を着けながら問う。
 無骨で、ごつい彼の手の中ではオイルライターが一際小さく見える。
「あては無い。だが、もう娘達の所へは戻れない。新企業連合の残党やムラクモからの追っ手を完全に振り切らない限り」
 眼下に見下ろす、着水したシャトルの脇に膝まで海に漬かった銀色のA・Cが佇んでいた。
「良かったら連立都市ネストへ来るか?それならアイザック・ネストと言えども滅多には手を出せなくなると思うが?」
「いや、止めておくよ。友の形見のA・Cは何処の組織の鎖にも繋ぐ事は出来ない」
 金髪の男は友の墓へと屈み込む。もう泣きはらした瞳からは涙が流れもしなかった。
「じゃあ、もう行くよ。追っ手は俺が全て引き受けてテッドにもマリアにも及ばない様にしないといけないからな」
 彼の大きな無骨な手が、友の墓の右肩を撫でた。
「A・Cの燃料は補給済みだ。東に50キロ行った鉱山跡に大型トレーラーと物資を用意させてある」
 煙草を投げ捨てながら、茶色の髪の男が後ろに振り向いて歩き出す。
「本当に済まん。《ケイ》」
 金髪の男は深く頭を垂れて、丘を降りて行く背中に心からの礼を口にする。
 その大きな左手が軽く挙がり、別れを告げた。 友の墓にも一礼した後、金髪の男は地面へと置いてあったザックを取り上げて肩に担ぐ。
 そして確固たる信念と、深い哀しみを背負った背中が指先程になった沈む太陽の光を受ける。
《カール・シュベルト》
 アイザック・シティ伝説のレイヴンの一人に、これから来る未来を示すかの様に、太陽は沈み孤独の闇が訪れた。
 小さな声で祈る声が、カールの背後から、か細い少女の声が海鳴りに混じって聞こえる。
『お父さん達が、早く帰ってきます様に。そして、ずっと4人で仲良く暮らせます様に』
『お父さん・・・ずっと・・・仲良く』
 カールは目を閉じて、心に何度も響くそれが、愛する自分の娘の声だという事を、何も言わず目を閉じて確信していた・・・


OUTER MISSION 5《完》