(無事に残っている……よかった)
プレートの隙間から差し込む陽光を浴びて、まばゆく浮き上がって見える教会を前に、クラウドは安堵した。
メテオは消滅したものの、その余波は凄まじく、ミッドガルはずたずたに引き裂かれてしまった。この伍番街とて、被害を免れてはいないと思っていたのに。
ケット・シーを筆頭に、仲間達は魔晄都市の人命救助のために、スラムに散っている。彼だけは、まず、ここに来た。
なぜか、来たかった。来なければならない気がした。……いや、彼が無意識に呼んでいただけのことかもしれない。
(星からの答え、か。わかるだろうか)
扉を開く。いつも遊んでいたはずの子供達の姿はない。メテオに巻き込まれたか、それとも親とともに逃げ延びたのだろうか。
祭壇の前の小さな花畑には、枯れもせずに花々が咲き乱れている。……弱いけれど強い。あるべき命の姿。だが、ところどころに雑草が背を伸ばしている。このままでは、花を駆逐してしまう。同じいのちには違いないが、できれば花のほうを残してやりたくて、彼は草を引き抜きはじめた。
「あっ、だめ。それ、お花の芽、だよ」
突然声が降ってきて、彼は驚いてあたりを見回した。
誰もいない。いるわけがない。自分の願望が生んだ幻聴だ。そう納得して彼は再び作業に戻ろうとした。
「ふふ、こっち」
今度ははっきり頭上から聞こえた。逆光でよくわからないが、彼が以前あけた天井の穴から、誰かがのぞいている。
ちらりと揺れた、ピンク色の裾。
「……! エア」
「受け止めて、ね?」
彼の言葉をさえぎって、人影は天井からさっと身をおどらせた。
「うわっ」
「っきゃ、……いった〜、ちゃんと、受け止めてって、言ったでしょ。クラウド」
体勢をとる暇もなく、クラウドは後方に倒れ込んで、したたかに頭をぶつけてしまった。それでも、なんとか彼女をかばうことには成功したようだ。
無傷の彼女はからだを起こして、座り込んだままにっこり微笑んだ。
「再開の、再開、だね。びっくりした?」
「エアリス……幻じゃない、のか」
「うん。だいじょぶ、ここにいるよ」
そう言ってエアリスは彼の手を自分の頬にあてた。あたたかい。ちゃんと存在を感じる。生きている。
「わかった? だいじょぶ、でしょ」
いたずらっぽく笑うエアリスを見ていると、急に力が抜けて、彼はため息をついた。
「あのな……びっくりした? じゃないだろ」
「でも、びっくりしたでしょ」
彼の手を、ぽいと放り出し、彼女は立ち上がろうとした。その足がふらついて、あっけなく転んでしまう。
「エアリス、どうした」
「う〜ん、やっぱり、まだ調子が悪い、かな」
「え?」
立てないらしい彼女を教会の長椅子に座らせて、クラウドはその隣に腰かけた。こころもち彼によりかかったエアリスのぬくもり。生きている彼女。
……何故だ? あのとき、確かにあいつの刀につらぬかれて……冷たくなっていった肌。ほどけた髪。冷たい湖の底に、俺の手で沈めた……
「呼ばれたの」
ぎくりと震えた彼に気がついているのかいないのか、エアリスは光を浴びる花畑を見つめながら、語りはじめた。
「ライフストリームのなかで、わたし、みんなを見てた。戦ってた。たすけてあげたくて、でも動けなくて。……クラウドのことも、ずっと、見てた気がする」
「気がする? しっかり憶えてないのか」
「うん、……でも、解放されたの、わかった。まもらなきゃ、急がなきゃって、感じた。……それで、ライフストリームとほんとにひとつになろうとしたら、聞こえたの。誰かが呼ぶ声」
俺だ。彼は思う。俺が呼んでいた。無駄だとわかっていても、呼ばずにいられなかった。
「誰か、呼んでる。いってあげたいけど、いけなかった。わたし、星とひとつになりたかったから。はやく星にならなきゃって、なぜか、焦ってた。そしたらね、母さんの声、聞こえたの。『帰りなさい』って。まだここに来なくていいって。行ってあげなさいって。……それと、他にもたくさんの声がそう言ってくれた。……父さん? ……ううん、……ザックス……?」
ふと、彼女の声が愛しさをはらんだ気がして、クラウドは不安に駆られた。
「気がついたら、ね。ここにいたの。でも、からだ、うまく動かなくて。
……来てくれそうな予感、したから、がんばって、天井に隠れたの。ふふ、ほんとに、来たね、クラウド」
くすくすと、エアリスは無邪気に笑う。もう一度、この笑顔が見たかった。
「ここに来たら、わかると思ったんだ」
「な〜に?」
「星からの答え」
「クラウド、わかった?」
「まあね」
「教えてくれないの?」
黙っていると、彼女はふくれた。子供っぽいしぐさ。だが次の瞬間には、彼の腕に、手をからめてくる。表情がくるくる変わる彼女。
彼が惹かれてやまないもの。
「……逢いたいって、言ったの、憶えてる?」
「ああ」
「あっ、意外〜。忘れてると思った」
嬉しそうに彼の腕を抱きしめる。跳ね上がった鼓動を聞かれそうで、彼はすこし身を引いてしまった。
「忘れてない。……意味がわかったから」
「……ほんと?」
彼女から離れてから、彼は左腕に巻きつけてあったピンクの布をはずした。
あのときほどけたリボン。忘れてしまわないために、大切にしていた。
「あ、わたしのリボン。持っててくれたんだ〜。うれしいな」
彼女は受け取って髪に結ぼうとしたが、指が震えて形にならない。ついに怒ったように、クラウドにリボンを差し出した。
「結んで」
「俺が?」
「それくらい、できるでしょ」
「……」
言われたままになんとか努力してみたが、やはりうまく結べない。あきらめようとした瞬間、彼は誘惑にあらがいきれなくなって、彼女を後ろから抱きしめてしまった。
「っきゃ、び、っくりした。あ、あの、クラウド?」
「……星からの答え、約束の地」
かすかに薫る花の匂い。エアリスの香り。
「星はエアリスを返してくれた。……人間は、……俺は生きててもいいんだ。約束の地は、北の大空洞じゃなくて、ここだった」
「……ううん、違う」
「……え?」
「わたしにとっての、約束の地はね」
彼と向かい合って、彼女は微笑んだ。
「ここ」
「……だから、ミッドガル、だろ」
「ん〜ん、違うの。ここ!」
エアリスは彼の胸に飛び込んできた。反射的に華奢な彼女の肩を抱き寄せながら、クラウドは困惑した。
「え? 教会じゃ、ないのか?」
「わからない? 忘らるる都のときも、たったいまも、わたしにとっての約束の地、たったひとつ、だよ」
『セトラにとっての約束の地。辛い宿命から逃れ、死を迎える場所。……すなわち、やすらぎの地』
コスモキャニオンで得た知識が甦る。死に場所。……忘らるる都ではなく?
と、いうことは、俺の、………………腕の中???
彼は赤面した。エアリスに見られなくて心底よかったと思う。腕に力を込めたのが答えだとさとったのか、エアリスはからだをすりよせてきた。
ほのかにあまい香りが漂う彼女の耳もとで、クラウドはささやいた。
「逢いたかった」
エアリスは、それに答えた。
「やっと、逢えた、ね」
………………わたしだけの、約束の地、み〜つけた………………!